IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第13話 あなたと私の心の距離

 銀の福音破壊作戦のあった臨海学校から、3週間ほどたったある日。

時期はすでに夏真っ盛りのIS学園は、夏季休暇に入ったばかりであった。

生徒達は各々、夏季休暇を満喫するために帰省したり、学園に残り訓練に打ち込んでいたりしている。

 

 そんな中、第3アリーナに備え付けられている整備室に剣と楯無の姿があった。

空調を十分に効かせている整備室であっても、ISの整備に使うメンテナンス機器からの排熱によって室温は30度を超えている。

そのため彼の上半身は黒のタンクトップ、下半身は学園指定のジャージ姿というラフな格好であり、楯無の格好も夏服を少しだけ崩したものだった。

 

 

「478……479……480……」

 

 

 正確には剣がラフな格好をしているのは整備室が暑いからではなくトレーニングを行っているからであるのだが。

小さく回数をつぶやきながら、逆立ち腕立て伏せを行う彼の頬から汗が滴り落ちる。

両腕の筋肉の隆起は、目を止めるだけの逞しさを発露させていた。

 

 

「相変わらずトレーニング好きね」

 

「485……まぁ、日課だよ日課……486、たっちゃんだってやってるだろ?」

 

「流石に貴方ほど非常識なものじゃないわよ」

 

 

 くすっと笑った彼女は流石に暑いのか、扇子でパタパタと顔を扇ぐ。

扇子には熱中症に注意と表示がされているのを見て、剣も思わず笑みを零してしまったのだが。

 

 

「ふ~む」

 

 

 そんな剣と楯無をしり目に、整備室の一区画で頭をひねっている白衣を着た男性、ジャックはお手上げのように頭をかいていた。

目の前にはメンテナンスべッドに鎮座した【都牟刈】の機体があり、彼の隣には空間投影ディスプレイを眺めつつコーヒー牛乳を飲んでいる簪や、スパナ等の工具を片付けている本音がいた。

 

 

「……ジャックさん、暑くないの?」

 

 

 飲料から口を離した簪はいままで気づかなかったが、隣の男性はスーツを上下着こんだうえで白衣を羽織っている。

己や本音は整備服を着ているが流石に暑いため上半身は脱いでおりシャツ姿であるというのにだ。

 

 

「ん、あ~……そういえば暑いね。集中していて気づかなかったよ。まぁ、それは置いといて……剣くーん」

 

 

 苦笑いを浮かべたジャックは、後方でトレーニングを行っている剣を呼ぶ。

呼ばれたことに気づいた彼は腕立て伏せを中止して、タオルで汗を拭きながらジャックの元に駆け寄ってきた。

 

 

「悪いね、待たせて」

 

「いえ、大丈夫です。それで、都牟刈のほうはどうなんですか?」

 

「ん、そうだね……取り合えずは機体自体に問題はないよ。正常にエネルギーも回復するようになった(・・・・・・・・・・・・・・・・)からね」

 

 

 ジャックが剣から空間投影ディスプレイに現れている都牟刈の機体情報へと目を移す。

 なぜ彼がここにいるか、それは今彼の口から出た言葉がすべてを表していた。

 

 

「臨海学校が終わってからだったかい、都牟刈のエネルギーが回復しなくなったのは?」

 

「はい。学園に戻ってきてからエネルギーが全く回復せずに、ずっと2割のままでした」

 

 

 第2次福音破壊作戦。

その際に剣は、首謀者と思われるテロリスト、護国三家の1つである【八尺瓊勾玉】の末裔、【八坂焔】と戦った。

決め手となったのはIS【都牟刈】専用の戦闘特化オートクチュール【十種神宝】と呼ばれる装備である。

 

 福音破壊作戦は問題なく終わり、臨海学校からIS学園に帰還して少しして気が付いたのだ。

作戦完了後から、都牟刈のエネルギーが全く回復していないことに。

そのことに気づいた剣は楯無を通じて開発元の日出工業に連絡し、責任者であるジャックが学園に赴いて調査を続けていたのだ。

 

 

(ジャックさんや、かんちゃん達に調べてはじめてもらってもう3週間も経つんだよねぇ)

 

(そうだな)

 

 

 意識の中で語りかけてきたヒメに剣は内心でうなずいて答える。

 

 

「これまで調べた結果だけど……その不調の原因は【十種神宝】で間違いはない」

 

 

 ジャックの操作で空間投影ディスプレイが切り替わり、複数の映像が映し出される。

それは剣と八坂焔の戦闘データであった。

機密情報にあたるものだが、現在の整備室は貸切状態であるため問題はなかった。

 

 

「【十種神宝】の拘束武装、3つあるけどわかるかい?」

 

「はい。【蛇比礼(おろちのひれ)】、【蜂比礼(はちのひれ)】と……あと使いはしませんでしたけど、【品物之比礼(くさぐさのもののひれ)】、ですよね」

 

 

 剣の返答にこくりと笑顔でうなずくジャックが続ける。

それと同時に剣が八坂相手に拘束武装を使用した場面が、空間投影ディスプレイに映し出された。

ジャックはそれを確認すると懐からペンを取り出した彼は、まるで指揮者のような優雅な手つきで空中に丸を描く。

 

 彼が丸を描いたのは、八坂に対して使用した【蛇比礼(おろちのひれ)】、【蜂比礼(はちのひれ)】を用いた場面であった。

 

 

「剣君が使用したこの2つ。僕が設計した仕様とは異なるんだ」

 

「異なるって……どういうことですか?」

 

「【十種神宝】に装備されている拘束武装は、本来は機体本体(・・・・)からワイヤーを射出する装備だったんだ。こんな機能は盛り込んでないよ」

 

「……でも、実際は【天磐船(あめのいわふね)】から射出されている……」

 

 

 剣がその変化を指摘したため、ジャックが大きくうなずく。

 

 

「そして最も大きい変化が……剣君、【十種神宝】の4つの宝玉は覚えてるかい?」

 

「ええっ、はい。【生玉(いくたま)】【死返玉(まかるかへしのたま)】【足玉(たるたま)】【道返玉(ちかへしのたま)】の4つですよね」

 

「うん」

 

 

 今度の映像はちょうど剣がその4つを破壊した場面だった。

 

 

「そう。これは本来外付けのプロペラントタンクみたいなもの。正確にはラファール・リヴァイヴ系列のISに秘密コードで実装されてるコア・バイパス接続の技術を解析して得たものなんだけどね」

 

(技術解析して新しい技術を実装するってアニメみたいだよね。例えば鹵獲した機体を……っ)

 

 

 ヒメの言葉を8割ほどスルーしつつ無言で続きを促すと、一息入れたジャックが続ける。

 

 

「これも本来(・・)は、本体のエネルギーとは別に再生成する仕様のはずなんだけど……」

 

「本来は……ってことは仕様が異なるってことですか?」

 

「そう。どういうわけか本体エネルギーの回復よりも優先されるようになってるんだ。これの再生成に【2週間】から【3週間】かかっていた。機体のエネルギーが回復しない原因はこれだったわけだ」

 

 

 簪が思わず尋ねた疑問にジャックが答える。

 

 

「しかも【生玉(いくたま)】【死返玉(まかるかへしのたま)】は他のISのエネルギーへ回すこともできる仕様に変更されている。エネルギー回復量も1つの宝玉で、【実戦仕様(アンリミット)】していないISならほぼ回復できる」

 

「それもジャックさんの設計した仕様ではできない、と?」

 

「流石にエネルギーを他ISへ譲渡できるようにはしてないよ。戦闘特化のコンセプトだからあくまで自己完結の範囲にしていたんだ」

 

 

 楯無の疑問にジャックは答え、映像が切り替わる。

切り替わった映像は、剣が【十種神宝】の最大火力である【八握剣】を起動させた場面であった。

 

 

「それでもって極めつけはこれだ。八握剣の出力が本来の出力の5倍以上になってる」

 

「5倍ってことは、本当は30mくらいだったってことですか?」

 

日出工業(うち)のビーム粒子制御技術での限界値ギリギリにしていたんだがそれを遥かに上回っているんだ、これがね」

 

 

 本音にそう回答したジャックはお手上げ、と肩をすくめた。

 

 

「何でそんなに仕様変更が起こったんですか?」

 

「それは剣君が詳しいと思うよ。ISのコア人格にあったんだろう?」

 

 

 ジャックの言葉に剣がうなずくが、それに簪が目を見開いて驚いていた。

 

 

「剣、初耳なんだけど」

 

「ごめん。伝え忘れてた」

 

「……まぁ、いいけど。それでどんな姿だったのっ?」

 

 

 少し興奮したような彼女の姿に苦笑しながら剣は己の前に現れた少女の姿を脳裏に映し出す。

 

 

「巫女服を着た銀髪の女の子だったよ。いや、どちらかと言うと女の子というか成人の女性だったな」

 

(綺麗だったよね~、都牟刈ちゃん)

 

 

 綺麗だったというところには内心同意するが、口には出さない。

一瞬だけピクリと楯無の眉が動いたことに気づいたのは、妹の簪だけだったが彼女も決してそれを顔に出さずに内心で苦笑していた。

 

 

「彼女が【十種神宝】の機能を封じていたって言ってました。仕様が変更されているのも、彼女が何かしら干渉したのかもしれませんね」

 

「ISのコア部分となると、ブラックボックスが多いからなぁ。いや当然日出工業(うち)も解析してるけど、僕はそっちは専門じゃないからなぁ……おっと、話がそれたね」

 

 

 手の仕種で話題を変える、とそう言った。

 

 

「現状の都牟刈を纏めると、【十種神宝】を最大使用すると2週間から3週間程度エネルギーが回復しない期間ができてしまう、ってことだね」

 

「そういうことに、なりますね」

 

 

 ジャックが複数展開されていた空間投影ディスプレイをペンの一振りで閉じる。

剣へ視線を送ると、剣はメンテナンスベッドに鎮座している己のISへと歩を進めた。

そして待機形態へ都牟刈を変化させて、腰のホルダーへと納める。

 

 

(十種神宝、強力だけど使い方と使い所には気を付けないと、だね)

 

(あぁ)

 

 

 ヒメの言葉にうなずいて答えた剣は反転してジャック達に視線を移してから深く頭を下げた。

 

 

「ありがとうございました、ジャックさん。それに簪に本音も、都牟刈をみてくれてありがとう」

 

「かんちゃんの弐式とは違った機体を整備できるの、楽しいからモーマンタイってやつだよ、つるぎん!」

 

「私も色々と参考になるところが多いから、気にしないで」

 

「まぁ、僕は仕事だしね。それにいろいろと今後の課題が見えてきたよ」

 

 

 フフフと笑みを浮かべるジャックに、剣や簪は若干引き気味の笑みを浮かべていた。

 

 


 

 

 8月が始まってすぐのIS学園。

夏季休暇が始まって少し経てばまばらに残っていた生徒達も、各々の都合を優先して休暇を楽しむために帰省するのがほとんどとなっていた。

IS学園は全寮制である。思春期の少女が親元を離れて1人で生活するというのは、ストレスにしかならないものだ。

それは各国代表候補生もまた同じで。

少ない例外を除いて、すでにほとんどの代表候補生達は母国に帰国していたりしていた。

 

 閑話休題

 

 さてそんな中、真夏の日差しを浴びつつ学生寮から学園に向かう通学路を走る男が1人だけいた。

男の目に通学路に設置されたベンチが目に入り、そこで足を止め倒れるようにベンチに座り込む。

丁度木陰に設置されたベンチであるため、直接真夏の太陽に熱せられてはおらず通学路にそのまま座り込むよりは精神的に幾分かは楽であった。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……あっちぃ……っ!!」

 

 

 そうつぶやいた織斑一夏は、首元のタオルで顔中を流れる汗を拭っていく。

ジャージの上着のジッパーを全開で開いているが、そもそもランニングで火照った身体と周りの気温のせいで汗はなかなか止まらなかった。

 

 

「限界っ、ドリンクドリンク……げっ」

 

 

 腰につけたドリンクホルダーから水分補給用のドリンクを引っ張り出すが、中身の見える透明の容器の中は無情にも空であった。

暑さと疲れのために頭から先ほど空になったのが抜け落ちていたのだ。

 

 

「うへぇ、マジか……」

 

 

 喉が渇き、口の中はカラカラだ。

水分が身体から抜けていった影響か少しだけ指先がチリチリする。

彼が覚えている限り、自動販売機は学園内に設置されているがここからかなり離れた場所にある。

 

 

「仕方ねぇ、歩いていくか……うおっ!?」

 

 

 疲れた体を引きずって自販機の元に向かうかと立ち上がった彼の手元に、何かが飛び込んできた。

咄嗟に飛び込んできた何かを受け止めた彼の手に伝わるのは、冷たさだ。

一夏が受け止めたのはスポーツドリンクであり、ヒヤリと冷えた今一番彼が欲しいものともいえた。

結露した水が掌を冷やしていく感覚は今の彼にとってとても心地いいものだった。

 

 

「水分補給はマメにしとけよ」

 

 

 一夏が向かおうとした方向に視線を向けると、そこには黒髪に炎のメッシュを宿した己と同じ男性搭乗者である、草薙剣がいた。

この暑い中でも制服姿の彼は、左手にビニール袋を持っておりその中にはスポーツドリンクが数本入っているようだった。

 

 

「よっ、よう。剣。あ、もしかしてこれ……?」

 

「丁度購買で買ってきた途中で余分に買ったからな。やるよ」

 

「サンキュッ!!」

 

 

 返事をするや否やすぐにキャップを開けて一気に呷る。

ゴクゴクと一気に半分ほどを飲み干した一夏はプハァッとそれこそ、テレビCMのそれかと思うほどに見事なため息を出した。

 

 

「ふぅー、生き返った……助かったぜ、剣」

 

「どういたしまして」

 

「いやぁ、マジで喉乾いてたんだ、ランニングで頭少しぼおっとしてたから助かったよ……っと後で金払うよ」

 

「気にするな、たまたま余分に買ってただけだからな」

 

(本当は一夏の警護してたからだけどねぇ。こればっかりは言えないけど)

 

 

 一夏の言葉に肩をすくめて返した剣の意識の中で、ヒメがそうつぶやいた。

剣がベストのタイミングで一夏の前に現れたのは、トレーニングをしている一夏を秘密裏に警護していたからだ。

 

 先の福音戦を経て、作戦に参加したメンバーは以前にもましてトレーニングに精を出す者たちが多かった。

その中には一夏も含まれており、ランニングの量などできる範囲ではあるがトレーニング強度を上げていたのだ。

猛暑の中でのトレーニングは熱中症などの対策が必要になる。そのため剣は己の分と一夏の分の飲料を用意していた、ということである。

 

 

「まぁ、あまり無理はしないほうがいい。今夏は去年に比べてかなり猛暑らしいからな」

 

「そうするわ……剣は寮までか?」

 

「あぁ」

 

「ならそろそろ切り上げるから戻ろうぜ、シャワーも浴びたいしな」

 

 

 一夏の言葉に剣は頷き、2人は学生寮に向かって歩き出す。

歩き出してから十数秒は一夏が歩きながら汗を拭っていたのだが、拭い終わった彼は口を開く。

 

 

「そういえば剣は夏休みに予定とかってあるのか?」

 

「どうした急に?」

 

 

 歩きながら一夏の言葉に返す剣だが、彼はそのまま続ける。

 

 

「俺はもあと3日位経ったら実家のほうに戻るからさ、剣もそうなのかなって」

 

「いや、夏季休暇中でも俺は仕事がある」

 

「あー、そっか……」

 

 

 納得したかのように一夏が苦笑しながら歩を進めるが、剣は歩みを止めていた。

 

 

「……」

 

「剣?」

 

 

 歩みを止めた剣に気づいた一夏が振り返って尋ねるが、すぐに手で何でもないと返答した剣は再び歩き出したため一夏もうなずいて答えたのだった。

 

 

「と、いうわけで一夏は数日経ったら実家に戻るみたいだ」

 

 

 それから1時間程度たった、IS学園生徒会室。

クーラーが効いており、過ごしやすい温度の部屋の中には、日ノ本を守る護国に属する者たちしか存在していない。

剣、楯無、虚、簪、本音の5人がそれに含まれていた。

 

 

「情報ありがとうございます。剣」

 

 

 虚の言葉に右手を上げて剣が答えた。

 

 

(タイミング的にベストだったから、わざわざ聞き出す手間がかからなくてよかったね)

 

(そうだな)

 

 

 先ほど本来は一夏に剣のほうから夏季休暇の予定を尋ねるつもりであった。

ただ向こうから欲しかった情報を教えてくれたおかげで手間が省けて肩透かしを食らっていたのだ。

 

 

(これから忙しいよねぇ……ねぇ、剣。日曜はちゃんと休めるんだよね?)

 

(さぁな。虚がスケジュールを練るからそれ次第だろ)

 

(ちゃんと休めるスケジュールでお願いしますっ、うーちゃんお願い!!)

 

 

 意識の中で虚を拝み倒すように手を合わせているヒメに苦笑している剣をさておいて、虚は彼からの情報を手に持ったデバイスに入力してから、ふむと小さく頷いた。

 

 

「それでは更識と草薙の実行部隊で行う、夏季休暇期間中の織斑君の警護スケジュールをお嬢様と剣の携帯のほうに送りますね」

 

 

 剣と楯無が彼女の言葉にうなずくと、数秒経ってから仕事用の携帯が振動した。

取り出して確認すると、夏季休暇中の己のスケジュールがしっかりと表示された一覧表が表示される。

 

 2人しか存在しない男性搭乗者の1人、一夏の存在はIS学園に所属していることで守られている。

だが夏季休暇中という条件が付いた場合は完全に安全というわけではない。

彼の身柄を狙うテロリストの襲撃、誘拐など想定されるケースは山ほどあるのだ。

そのために草薙家と更識家は彼を秘密裏に警護する事を決定していた。

 

 

(わぁい! 日曜日はしっかりとお休みだぁ! うーちゃんありがとうっ!!)

 

「結構な人数で回すんだな。前元さんに天城さん……知ってる人ばっかりだな」

 

 

 直接の警護を担当する人間は剣や楯無を含めて10数名。サポートやバックアップまで含めると50人を超えていた。

直接警護担当の中には見知った名前である前元や天城も含まれており、その誰もが顔見知りであった。

 

 

「実行部隊の皆さん、ちゃんと休みを使ってくださいって言ったのにほぼフルで入ってるじゃない」

 

 

 スケジュール表を確認した楯無が苦笑しながらつぶやく。

その言葉に釣られて視線をスケジュール表に移すと、確かに彼女が言ったようにほぼ全日スケジュールが入っており、休みと言えるのは交代している休憩時間しか存在していなかった。

対照的に剣や楯無は警護期間もそれなりに存在し、数日おきにきちっと休暇が挟まれている。

 

 

「そのことについてですが、実行部隊の最年長である前元さんから、学生時代の夏休みは重要だから任せておいてほしい、とメッセージが」

 

 

 主と同じく困ったように笑みを浮かべた虚の言葉に、楯無はため息をついた。

 


 

 それから数十分経って。

警護についての基本的な事項を虚と確認した剣はすでに生徒会室から自室に戻るために席を立っており、現在生徒会室にいるのは4人しかいない。

剣が生徒会室から離れていく足音を扉越しに聞き耳を立てた虚は、十分に彼が離れたことを確認してから振り返る。

 

 

「さて、剣は十分離れましたのでそろそろいいですか? お嬢様」

 

 

 生徒会長専用の椅子に座って紅茶を口に運んでいた楯無は、その言葉にビクッと震える。

彼女から発せられる雰囲気がいつか感じたものと同じだと薄々だが楯無は気づいているがあえて問うた。

 

 

「えっと、虚ちゃん? 何がいいのかしら?」

 

「この夏で剣をしっかりと落とすために動くんですよ。早いに越したことはありませんからね」

 

 

 照明を反射してキラーンと光った眼鏡をクイッと持ち上げた虚が、デバイスを楯無の前に突きつける。

そこに映っているのは先ほどの警護スケジュールの一覧表だが、いくつか赤く塗りつぶされている日時、時間帯が表示されていた。

また1つだけ紫色で塗りつぶされている時間帯も存在している。

 

 

「いいですか? 剣とお嬢様がどちらもフリーになる時間帯を赤く塗りつぶしています。まぁ、これらはあくまで予備、本命は紫のここですっ!」

 

「夕方から次の日の昼まで丸々空いてるね、虚」

 

 

 デバイスを覗き込んだ簪が紫の時間帯の詳細を確認して言った。

簪の言う通り、紫に時間帯は夕方18:00から次の日の正午まで丸々空いている時間帯であった。

 

 

「はい、その通りです。簪様。加えてこちらの調査で分かっているのですが、この日は近くで夏祭りが行われるそうです」

 

「わー、夏祭り! 久々に行きたいなぁ! リンゴ飴とか久々に食べたいなぁ」

 

 

 己の姉の言葉に本音が簪と同じようにデバイスを覗き込んで言う。

妹の言葉にコホンと軽く咳払いしてから虚が続ける。

 

 

「お嬢様。いいですか、前元さんの言葉を借りますが学生の夏休みは1度しかありません。剣をしっかりと落とすためにはこの日はぴったりなのです!!」

 

「そっ、それはそうだけど……っ!」

 

「いいですかっ!? 剣が学園にいなかった去年はまともに活動もできませんでした。ですが今年は違うのですっ! 時間がっ! あるのですっ!!」

 

 

 ぐぐっと迫る虚の圧に押されたのか、楯無はしどろもどろとしている。

妹である簪から見ても、混乱して視線が泳いでいる姉を押し切るにはあと少しと思えた。

いつも頼りになる自慢の姉だが、色恋沙汰となると弱いのはよく知ったことだ。

だからこそしっかりと己の気持ちに向き合ってほしいと思うのは、妹だからこそである。

 

 

「虚。その夏祭りだけど……何か策があったりするの?」

 

 

 コクリと、簪の言葉に虚が頷く。

 

 

「私にいい考えがあります」

 

 

 再びキラーンと光った眼鏡をクイッと上げて自信満々に答えたのであった。

 

 


 

 それから数日経った夕暮れ。

夏の日没は遅く辺りはまだ少し明るい。

昼間は閑静な住宅街でも、一日の業務や学業を終えて帰宅途中の人々であふれていた。

 

 一夏の実家から数十m離れた場所に、黒塗りの高級車が停まっていた。

フロントガラス以外はすべてが遮光仕様であり、中の様子を窺うのは不可能だ。

 

 そんな車に1人の青年が近づき、トントンと運転席のドアを軽くノックした。

すぐに窓ガラスが開き、運転手が顔を見せる。

 

 

「前元さん、天城さん、夕飯買ってきましたよ」

 

 

 車のドアをノックしたのは私服姿の剣であった。

その両手には小さなビニール袋が握られており、いくつかの種類の菓子パンと飲料が入っているようだ。

 

 

「おー、サンキュサンキュ。天城、お前は菓子パンだったな?」

 

「はい。後は牛乳ですね。あ、剣君、わざわざありがとう」

 

 

 ビニール袋から菓子パンと牛乳を取り出した前元は、助手席に座っている天城へと手渡す。

 

 

「いえいえ。交代の時間よりも少しだけ早く代わっていただいたんですから、これくらいは」

 

「そうそう。もう交代(・・)の時間だったっけなぁ?」

 

 

 剣には気づかれないようにニヤッと口角を歪めて、菓子パンに噛り付く前元に助手席の天城は苦笑する。

 

 

「あれ、そういえばたっちゃんは?」

 

 

 あたりを見回してみても、自分と同じく交代したはずの相棒の姿が見えないことに気づいた。

 

 

「あー、楯無様ならちょっと用事が、な?」

 

「そうですね。大事な用事があってね」

 

 

 二人の言葉に剣が首をかしげる。

すると、カランと乾いた音が背後から聞こえ、前元と天城が剣の背後を顎で示す。

 

 彼等に促されて振り返ると、紺と黄色の二色に彩られた浴衣を纏った楯無が立っていた。

紺の下地によって太陽のように鮮やかな向日葵の柄が際立ち、元々の素材が間違いなく美少女である楯無の魅力を高めている。

夕焼けの逆光も役立ち、一枚の絵画としても成立しそうなほどの美しさを感じる。

 

 

「どっ、どうかしら?」

 

 

 夕焼けの逆光に負けないほどに赤く染まった頬の彼女が手を軽くブンブンと振り回して剣に尋ねた。

 

 

「……似合ってるよ」

 

 

 少し驚いたような表情を浮かべた剣だったが、すぐに笑みを浮かべてそう言った。

それと同時に空には祭り開始の合図である信号雷(しんごうらい)が上がり、炸裂音がドンドンドンと3回響いていた。

 

 

「さぁて、役者もそろったわけだし、もう祭りは始まってるっぽいし行ってこいって」

 

 

 前元が窓ガラス越しに軽く剣の背中を押して、少しよろけ苦笑しながらも剣は楯無の隣まで歩み寄る。

 

 

「そういうわけで、前元さんたちの好意に甘えましょう、剣?」

 

 

 そっと楯無が右手を差し出すと、剣は優しくその手を握り返す。

 

 

「分かったよ」

 

 

 辺りには浴衣を着こんだ人々の姿も少しずつ増えており、その集団の中へと剣と楯無は手をつないだまままぎれていった。

そんな様子を、ハンドルに突っ伏すようにしてニヤニヤと眺めている前元に天城が気付く。

 

 

「初々しいですね、楯無様。まぁ、年頃の女の子なんですから、あれが正しい姿なんですがね……」

 

「天城ぃ、お前、楯無ちゃんが来ていた浴衣の花の意味って知ってるか?」

 

「浴衣の花、ですか?」

 

 

 天城の言葉に前元が頷く。

 

 

「まぁ、花言葉だな。楯無ちゃんの浴衣の向日葵の花言葉だよ」

 

「えっ、えぇっと……すみません、知らないです」

 

 

 咄嗟のことだったから天城は頭をかく。

 

 

「お前、そんなんだから彼女いねーんだよ。こういう雑学は持ってると少しはモテるようになるんだぜ?」

 

 

 カカッと笑う前本が続ける。

 

 

「向日葵の花言葉は【熱愛】とか【あこがれ】に【情熱】……んで、最も有名なのが【私はあなただけを見つめる】だ。 かーっ、青春っていいなぁっ! 酒が飲みたくなってくるっ!」

 

 

 大笑いしつつバンバンと己の膝を叩く上司を見て、天城は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 ――それから少し経って。

 すっかり夜の闇に包まれた神社、ここが本日の祭りの舞台であった。

頭上に並ぶように吊るされた提灯の明かり、綿あめや金魚すくいなど祭りでしかみない屋台。

それらが作り出す、祭り特有の【熱】に包まれた空間は人を大きく高揚させる場へと変化させる。

かなりの人込みであっても、誰もが笑顔になっているのがその証明であろう。

 

 さて、そんな人込みの中に剣と楯無の姿があった。

前が詰まるほどの人込みであるため自然と2人の距離は縮まっており、剣に握られていない楯無の左手の掌はすでに汗でまみれていた。

当然、顔も紅潮したままだ。

 

 

「人が多いな。まぁ、賑やかなことはいいことだけど」

 

「そっ、そうねっ……きゃッ!?」

 

 

 ふいに、ドンっと横から衝撃が奔る。

いつもの更識楯無ならば不意の衝撃でもすぐに立ち直ることができる。

だが、今の彼女ははっきりと浮かれている状況だ。

そのため下駄をはいている足が縺れて、倒れこんでしまう。

 

 だが、倒れかけた彼女を支える者もすぐそばにいた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 倒れかけた彼女の右手をぐっと引き寄せて、支えたのは剣だ。

そのまま彼女は立ち上がろうとするが、衝撃で彼側に倒れてしまったせいで偶然にも腕を組む形になっている。

 

 

「人混みが予想以上だな。転ばないように気を付けないとな」

 

「えっ、ええっ」

 

 

 不意の不幸が一瞬にして幸運へと変化したおかげで、紅潮した顔を見られないように顔をそらすが、それには剣も気づいていない。

そのまま人込みの流れに逆らわずに、歩を進めていくと剣が歩みを緩めた。

彼の視線を追うと、ある1つの屋台につながっていた。

 

 

「リンゴ飴?」

 

「そうそう。たっちゃん好きだろ?」

 

「っ、えぇ」

 

「よし」

 

 

 彼女と共に人込みを縫うように抜けて、目的の屋台の目の前にたどり着く。

屋台にずらりと並んだ新鮮なリンゴの果実が店主の手によって手際よく割り箸を刺され、艶めかしく提灯の明かりを反射させる砂糖の中に沈められる。

砂糖がコーティングされていく景色は唾液を分泌させるに十分な魅力と、美しさを備えていた。

 

 

「すいません。リンゴ飴2つ」

 

 

 剣が懐から財布を取り出して、2人分のリンゴ飴を購入して受け取った。

丁度リンゴ飴屋台の隣に少しスペースがあり、2人はそこに移動する。

 

 

「はい」

 

 

 すっと差し出されたリンゴ飴を受け取った楯無だったが、すでに食べ始めている剣に視線を移す。

どこか気の抜けた、いや正確にはまるで子供のような笑み(・・・・・・・・)を浮かべている彼の様子に、ふと笑顔がこぼれてしまった。

 

 ここ最近、特にIS学園に編入されてからは何かと厄介ごとが続いていた。

そんな彼がいつか、幼い頃(・・・)に見せた無邪気な笑顔を浮かべていることが、楯無にはたまらなくうれしく思えたのだ。

 

 

「たっちゃん、食べないのか?」

 

「っ、たっ、食べるわよ」

 

 

 袖を捲ってペロリと小さく飴をなめる楯無に、剣も再びリンゴ飴を食べ進めていくのだった。

 

 

 それから数十分。

剣と楯無は様々な屋台をめぐって祭りを堪能していった。

特に金魚掬いでは楯無の神業ともいえるタモ捌きで、ほぼすべての金魚を掬ったことで店主から怪物のように見られるという出来事もあった。

 

 そして祭りの最大の見せ場である花火が上がる20時前。

神社の小さな広場に腰を掛けて、紙袋からベビーカステラを取り出して口に運ぶ剣。

その左隣に金魚の袋を眺めている楯無も腰を下ろしていた。

食べ、遊び、歩いた2人はこうして花火が上がるのを待っているのだ。

 

 

(ねぇ、剣~)

 

 

 そんな時、ふと意識の中で声がした。

楯無と屋台巡りをしている最中はずっと黙ったまであったヒメであったが、ここにきて話しかけてきたのだ。

 

 

(どうした?)

 

(いや~? 十分楽しんでるんだけど、このままだと80点のまま終わっちゃうなぁって)

 

 

 ニタリと笑う彼女の言葉に少しだけムッと顔をゆがめる。

 

 

(十分楽しんだのなら、100点じゃないのか?)

 

(……もう我慢できないから言っちゃうけど、たっちゃんの浴衣姿、どう?)

 

 

 はぁっと大きくため息をついたヒメの言葉に意識の中で首をかしげる。

 

 

(どうって……似合ってるだろ)

 

(ちっがーうっ!!!!)

 

 

 キーンッと響く彼女の大声にハッキリとわかるほどに顔をしかめる。

今が夜でなければはっきりと周りの人間にもわかるほどだ。

 

 

(似合ってるのはわかるよっ! でもさ、もっとこう……あるでしょっ!?)

 

(もっとこうって……?)

 

(このおバカっ! 綺麗だって言ってあげなってことだよっ!!)

 

 

 フーフーっと興奮して息を荒げ、ワナワナと指を動かすヒメの言葉に、剣は頷く。

 

 

(綺麗って……たっちゃんはいつも(・・・)綺麗だろ?)

 

 

 彼のその言葉でヒュッと息をヒメは飲み込んだ。

先ほどまで感じていた怒りは彼の言葉で霧散し、込み上げてくるのは呆れの感情。

 

 

(そうだっ、剣はそういうヤツだった。てか私なんだけど……っ。やだなー、特定の女の子だけにニブチンなのはやだなー)

 

(何言ってんだよ、お前は……)

 

 

 ヒメの言っていることの半分も理解できていない剣だったが、すぐに気持ちを切り替えたヒメが口を開く。

先ほどまで呆れの感情はなく、彼女の表情は真剣そのものだった。

 

 

(剣っ、たっちゃんにちゃんと綺麗って言ってあげて。お願い)

 

(……分かったよ)

 

 

 いきなりまじめな雰囲気を出した己の半身に首を傾げた彼であったが、しっかりと頷く。

それをしっかりと見届けたヒメはグッとサムズアップした後に姿を消す。

言うだけ言って意識の奥に引っ込んだヒメに苦笑していると、ドーンッという音が響いた。

 

 

「始まったな」

 

「えぇ」

 

 

 轟音と共に次々に夜空を彩っていく青、赤、黄の流星や、菊花火、青銀乱に残光。

この祭りの花火は百連発で有名であり、それも納得の種類と美しさであった。

 

 

「……綺麗だ」

 

「えっ、えぇ、ここの花火は有名らしいから……っ!!」

 

 

 一瞬、その言葉に早鐘を打った心臓を無理やり抑え込んだ楯無が苦笑しながら剣に視線を移す。

大方花火のほうを向いて先の言葉を口走ったとばかり思っていた彼女だったが、その思惑は外れた。

 

 なぜなら、彼は己のほうを向いていたからだ。

 

 

「浴衣、綺麗だよ。言ってなかったよな?」

 

 

 思わずヒュッと小さく息をのんだ彼女の仕草には気づかず、剣が続ける。

 

 

「俺にとって、たっちゃんはいつも綺麗だから……けど、ヒメがさ、ちゃんと言えって。よく考えたらそうだよな。父さんだって、母さんにはいつも綺麗って言ってたし」

 

 

 バカだよなぁと剣は苦笑する。

対する楯無は、その言葉に小さくため息を零した。

早鐘を打っていた心臓も、彼の言葉によってその鼓動を落ち着かせていた。

 

 

(まだ私のこと、【家族】って認識なのね……はぁ)

 

 

 心中で肩を落としたが、すぐにくすっと笑って立ち直る。

 

 

(でも、ちゃんと綺麗って言ってくれたのは初めてよね。だから、あきらめないわよ、私)

 

 

 この程度で挫けてしまうほど、己は軟弱ではないとわかっているからだ。

 

 

「……女の子は綺麗って言われるの嬉しいものなのよ。ようやくわかったかしら?」

 

「さいですね」

 

 

 互いに苦笑を零す。

 

 

「花火、綺麗ね」

 

「あぁ」

 

「剣、今日は楽しかった?」

 

「あぁ。祭りなんて久々だったけど、回れてよかったよ」

 

「私もよ」

 

 

 座ったまま、そっと彼の左肩に頭を預ける。

 

 

「たっちゃん?」

 

「これくらいいでしょ、疲れたの」

 

 

 彼女の言葉に剣は頷いて再び花火へ視線を移した。

それから数十分、2人は夜空を彩る花火を眺め続けたのだった。

 




次回予告

「第14話 波乱の学園祭(フェスティバル・ディスターバンス)


「横暴だーっ!!」

「この、【若頭にご褒美セット】をひとつ」

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