IS-草薙之剣-   作:バイル77

17 / 26
第15話 混迷の中へ

 目の前で足を組んでこちらを見上げる八坂焔。

幻覚や立体映像ではなく、確かに目の前に存在して生きていた(・・・・・)

彼女が生きていることには驚愕したが、それはつまり日ノ本の脅威が目の前にいるという事だ。

 

 それを理解した剣の行動は迅速だった。

待機状態の【都牟刈】は短刀であり切るよりも突く用途のほうが隙が少なくて済む。

必要最小限かつ最速で身体をひねり、全身に溜められた力の全てを右手へ構えた刃へと乗せて突き出す。

その結果神速の速さを得た刃は八坂の喉元へ伸びていく。

 

 だがすぐに己の身体に纏わりつくような悪寒が全身に奔り、黒い靄(・・・)が視界に映り込んだことで、刃は彼女に届くことなく静止した。

その一部始終を見ていた八坂は、小さく拍手しながら口角をいびつに歪めていた。

 

 

「反応は当然ながら勘もいいようだな、草薙剣?」

 

 

 剣も以前彼女との戦いで目にした【黒い靄】、ナノマシンの集合体だ。

それがいつの間にか己の身体を覆うように纏わりついているのだ。

これ以上刃を近づけた瞬間に、命を失うような絶対的な悪寒を剣は靄から感じていた。

 

 

「慌てるなよ。今日は遊び(・・)だ」

 

「……遊びだと?」

 

 

 剣の言葉にコクリと頷いた八坂は、パンクロックワンピースの一部を捲り上げ、己の胸部を眼前に晒す。

病気のようにも見える白い肌、確かに存在を主張する双丘の間に大きさ50cmほどの長さで色素が抜け落ちている箇所があった。

 

 

「お前に付けられたこの傷がまだ完治していないんでな。だから遊び、というわけだ」

 

 

 剣も彼女の胸元の傷跡には心当たりがあった。

先の臨海学校での戦闘の際に彼女の胸に刃を突き立てたものである。

だがその傷の大きさは、すでに何名もの命を奪った経験のある剣からしても、到底助かるはずがないものであった。

 

 

「明らかに致命傷だったっ、なぜ……生きていたっ?」

 

「お前の刃に貫かれる瞬間、ISの展開を止めて残りのエネルギーを【治療用ナノマシン】の生成に充て、体内を循環させていた」

 

 

 スッと、己の傷に指を這わせた後に捲っていたワンピースを元に戻して軽くはたきながら八坂は返答する。

 

 

「つまりお前の刃に貫かれる前(・・・・・)から身体の中で治療を行っていた、というわけだ。それでも痛みは当然あるし落水の衝撃もある。生還できるかは3割程度だったがな」

 

 

 治療用――つまりは医療用ナノマシン。

一般の医療機関でも普及は広まっており、大きな成果を上げていることは剣も知っていた。

IS学園でも生徒が怪我をした場合には投与されるケースもあり、一般生徒たちもたびたびお世話になっている代物だ。

彼女のISがナノマシンを操るのは戦闘が行った剣もよくわかっている。

そんな機体が生成する医療用ナノマシンなのだ、その効力は一般に普及している代物よりも効果が高くても不思議ではない。

 

 

「次からは、()を狙うことを勧める……さて、挨拶(・・)はこれくらいにしておこうか」

 

 

 ナノマシンに包まれて動けない剣をしり目に八坂は席から立ちあがって、遮光カーテンを捲ってそのまま歩を進めていく。

 

 

「っ、どこにいくっ!?」

 

「まずは追いかけっこ(・・・・・・)から始めさせてもらおう。(おれ)は学園から外には出ないから、せいぜい楽しんでくれ?」

 

 

 メイドとして雑務をこなすクラスメイト達に軽く手を挙げて挨拶なんてこともしながら、彼女は出口から外に消えていった。

その瞬間、剣の身体を覆っていた黒い靄が、まるで空気に溶けていくように消える。

 

 

「っ!!」

 

 

 それを確認した剣は、まるで弾かれた様に草薙の体術である【天鳥船】で文字通り教室の出口から飛び出た。

一組の出し物である【ご奉仕喫茶】の待ち行列の一部からは驚愕の声となぜか歓声が上がっていたが、今の剣の耳には届いていない。

彼の視線は廊下の先、曲がり角までに歩を進めていた八坂の顔にくぎ付けになっていたのだから。

狂喜の歪んだ弧を浮かべている彼女の表情に剣の意識は冷めていく。

 

 

 ――日ノ本の脅威を払え、と。

 

 

「逃がす……かぁっ!!」

 

 

 待機状態の【都牟刈】は懐にしまい込んでいつでも出せる状態のまま、一般生徒や一般客の間を縫うようにして駆け出す。

同時に曲がり角にいた八坂も笑みを浮かべて、先へと消えていく。

八坂が消えてから混雑している廊下10数メートルをほんの1秒程度で駆け抜け、剣も曲がり角まで到着してその先へと駆け出す。

 

 

「八坂焔ぁっ!!」

 

「おわぁっ!?」

 

 

 だが、ドシンと出会いがしらに自分と同じくらいの身長の青年と正面からぶつかってしまった。

剣もいきなりのことであったため避けることができずに彼を弾き飛ばしてしまう結果となった。

 

 

「っ、すまない。大丈夫か?」

 

 

 剣はすぐに懐の都牟刈を鞘にしまい、己にぶつかって尻もちをついていた赤毛の青年へと手を差し出す。

 

 

「あっ、あぁ。ちょっと驚いただけだから……おわっ、あんたっ、草薙剣じゃないかっ?」

 

 

 赤毛の青年が剣の手を取って立ち上がるとともに、少々大げさなリアクションを取った。

見たところ転んだ際に急所を強打したこともないようにも見えたため、ほっと息をつく。

 

 

「……逃げられたか」

 

 

 声量を落として呟いた通り、青年が歩いていた先へと視線を飛ばすがすでに八坂の影も形もなかった。

あのまま追いかけて追い付いていた保証はないが、生きていた日ノ本の脅威を逃がしてしまったのは痛い。

すぐに八坂が生きていたことを楯無たちにも共有しなければ、と剣が足を進めようとした瞬間であった。

 

 

「おーい、剣。どうかしたのか、いきなり教室飛び出して……?」

 

 

 教室での剣の様子がおかしかったことに気づいた一夏が彼の後を追って現れたのだ。

彼に説明すべきか一瞬悩んだ剣だったため、先に赤毛の青年が口を開くことになった。

 

 

「おっ、一夏じゃん」

 

「お、弾っ! 来てたんだな」

 

「そりゃな、お前からもらった招待券。ありがたく使わせてもらってるぜ」

 

 

 意外にも赤毛の青年は、一夏と顔見知りらしいようであった。

 

 

「もしかして、顔見知りか?」

 

「中学の時の友達、今は別の学校だけどな。なぁ、弾」

 

「おう……って一応年上だっけ。五反田弾です、草薙さん」

 

 

 途中で自分よりも年上であることを思い出した弾の様子に苦笑した剣だったが、軽く手で振ることで気にするなと示す。

 

 

「敬語なんて気にしない。ここで会ったのも何かの縁だし、弾、でいいか?」

 

「おう」

 

「よし、早速だが弾。さっきこの通路を曲がってきたはずの女……の子を見ていないか? 君と同じ赤毛だったんだが」

 

「女の子? いや、見てねぇけど……知り合い?」

 

「そんなところだ」

 

 

 剣の質問に軽く頭を傾げて弾は答えた。

その様子に嘘をついている様子は微塵も感じられなかった剣は、頭の中で仮説を浮かべていく。

 

 

(おそらく、ナノマシンか)

 

(だろうね。うーちゃんの報告にもあったし、実際見た事あるしね)

 

 

 意識の中で同意するヒメに頷く。

臨海学校での戦闘の際、完璧なステルス迷彩を披露していた。

同じ効果のナノマシンをこの場でも使ったのだろう。

 

 

(対策は温度感知とかいくつか考えられるが、そもそもの逃げ足が速いな。厄介だ)

 

(あっちも天鳥船使えるからね。身体のバネもすごいし障害物が多いと下手するとこっちより機動力あるよね。それに向こうは素手で人間の身体を裂いたり貫いたりできるわけだから、厄介だね)

 

 

 ヒメの意見と剣の考えも同じであった。

草薙流の【剣術】は懐にしまわれている待機形態である短刀の【都牟刈】でも十分使用できる。

だが八坂については完全に素手の状態から人を殺めるには余りある攻撃を仕掛けてくることができ、なおかつそれが己と同程度の速度を持ち不可視であること。

厄介と評価するには十分だろう。

 

 少し考え込む剣の様子を一夏と弾の2人は多大に首を傾げながら眺めていた。

そんな時、彼らの背後から声が届いたのだった。

 

 

「剣? それに織斑一夏君?」

 

 

 3人が振り向くと、そこには【布仏虚】が手にタブレット端末を持ちながら立っていた。

どうやら学園祭の催し物についてのチェックを行っている途中のようであった。

 

 

(うーちゃんに情報共有しておこうよ!)

 

「丁度いいところに」

 

 

 ヒメの言葉に内心頷いた剣は、彼女のもとに歩み寄って声量を落とした。

 

 

「学園祭に八坂が現れ……虚?」

 

 

 事情を説明しようとした矢先、なぜか呆けたような表情になっている虚。

彼女と同じような表情になっている者がこの場にもう一名いることをすぐに剣は知ることになった。

 

 

「弾? どうしたんだよ、ぼーっとして」

 

 

 剣が振り返ると、先ほど知り合ったばかりの弾も同じような表情で固まっていた。

どういうわけか2人の視線はしっかりと交わっているようであった。

 

 

「あっ、あのっ、いい天気ですねっ!!」

 

 

 突如、呆けていた弾が大声で声を発した。

突然のことに驚いた一夏であったが、今の弾は友人の様子を正確に把握しているようには見えない。

それは虚も同じで。

 

 

「そっ、そうね。今日は晴天ね」

 

 

 長年布仏と仕事をしている剣が聞いたことないような、上擦った声。

それに驚いた剣だったが、すぐに意識を切り替えて虚に話しかけた。

 

 

「虚、大丈夫か? 話があるんだけど……?」

 

「っ、えぇ。大丈夫……大丈夫です」

 

 

 少し顔の赤い虚だったが、軽く頭を振った彼女は剣にそう返す。

いつもの調子に戻った彼女に剣もうなずいて答えた。

 

 

「たっちゃんは生徒会室だよな?」

 

「はい。移動しながら話を聞きます。いいですか?」

 

 

 彼女の言葉にうなずく剣はそのまま歩き出す。

同じく踵を返して生徒会室へと向かう虚だったが、その視線は名残惜しそうに弾へと向かっていた。

 

 

「あっ」

 

 

 足早に遠ざかる虚の姿に思わず右手を伸ばす弾。

だが一般客も多々いる廊下であるため、すぐに見えなくなってしまった。

 

 

「弾……?」

 

 

 ぐっと右手を握りしめた友人の表情は見えない。

一連の流れを飲み込むこともできずに呆然と眺めていた一夏だったが、弾からあふれる雰囲気が重くなっていくのは感じ取っていた。

 

 

「……名前」

 

 

 ぼそり、と弾が小さく呟く。

 

 

「弾?」

 

「名前、聞いておけばよかったーっ!!!」

 

 

 どういうわけか涙目の友人が叫んだことで再び驚愕することになった一夏であったが、彼の視界にスーツ姿の女性(・・・・・・・)が映り込んだ。

 

 


 

 それから10分後の生徒会室には楯無と虚、そして剣の姿があった。

 

 

「まさか、生きていたとはね……」

 

 

 楯無がため息交じりに呟く。

彼女としても一度生身の状態で交戦したことがあり、殺されかけたこともあった。

先の臨海学校での剣の戦闘記録は閲覧しており、その時に負った傷は明らかに致命傷だった。

だというのに、生きていた。その事実を認識したくないのも無理はない。

 

 

「お盆はもう過ぎてるのに。なんて冗談言っている場合じゃないわね」

 

 

 剣と虚もその言葉にうなずく。

彼女はテーブルに置かれていたタブレット端末を用いて学園内の監視カメラの管理画面を起動する。

己のISとリンクさせてその情報を空間投影ディスプレイとして目の前にも表示してくれていた。

 

 

「とりあえず監視カメラには映ってないわね……以前と同じってわけじゃないみたいね」

 

「八坂は俺に追いかけっこ、だと言っていた。奴は間違いなく俺に執着している……きっとまた俺に接触するはずだ」

 

八尺瓊(やさかに)の殺人衝動があるわけだからその可能性、高いわね」

 

 

 嫌になるわね、と肩をすくめた彼女だったが続ける。

 

 

「ただね、学園祭を中止にすることはできないのよ。IS学園にも世間体や評判、名誉ってものがあるのよね」

 

 

 楯無が言っていることは、【信頼】のことを意味しているというのは剣にもわかっていた。

もちろん剣達のような暗部という存在しているが、国家に属さずあらゆる干渉を許さないIS学園は、世界各国に対する絶大な【信頼】というモノで成り立っているといっても等しい。

学園で行われるイベントなども、最高のセキュリティを持ったIS学園だからこそ許されるもの。

それをたった1人のテロリストのせいで中止としてしまったら、傷つくのはIS学園の信頼そのものだろう。

 

 

「中止はできない。だから続行しつつ八坂を追う。私たちができる手はこれしかないわね」

 

「……八坂と遭遇した場合は戦闘になる。一般人への対応はどうすればいい?」

 

「そうねぇ……案としては……いえ、あれはダメよ、ハチャメチャすぎるもの……」

 

 

 後半部分の声量をだいぶ落としながら思案する楯無。

チラリと生徒会長と書かれたネームプレートのある己の席へ視線を移した彼女の姿を虚は見逃さなかった。

 

 

「私にいい考えがあります」

 

 

 クイッと眼鏡を上げた虚は、かつかつと歩を進めて楯無が視線を向けていた会長席へと向かう。

その行動に思わずギョッとしてしまう楯無だったが、虚の行動は早かった。

大机の引き出しを開け、そこにしまわれた【2つの物体】を取り出して机上に置く。

 

 

「……王冠?」

 

 

 そう、虚によって机上に置かれた物体とは、【王冠】であった。

本物ではなくバラエティグッズとして販売されているようなものであり、それぞれ【青】と【赤】の宝石をはめ込まれた金色の王冠であった。

そのあとさらに原稿用紙の束がドサリと机上に追加される。

原稿用紙の束は数センチの厚さであり、相当な枚数であることがうかがえた。

 

 

「お嬢様があたためていた【観客参加型演劇 灰被り姫(シンデレラ)の真心】。これを隠れ蓑に使い、その間に剣には八坂を追跡してもらいます」

 

「ちょっとぉーーっ!!」

 

 

 虚の提案が説明されると同時に、机の上の原稿用紙の束をひったくるかのように回収する楯無。

かなりの興奮状態なのか顔が真っ赤であり、涙目でフーッフーッと肩で息をしている。

 

 

「なっ、なんでこれのことを虚ちゃん知ってるのよっ!?」

 

 

 ギュッと原稿用紙を抱きしめている楯無の様子に、ため息交じりに虚は答える。

 

 

「最近は空いている時間があればそれを執筆されていましたよね。まぁ、学園内を探しに行く手間が省けていたのでよかったのですが……」

 

「うぅっ……」

 

 

 必死になって今度は背中に隠そうとしている楯無に、剣は苦笑していた。

彼女のそんな様子を見たことがある(・・・・・・・)のだ。

 

 

(そういえば、たっちゃんは小説とか物語のシナリオ書いてたな)

 

(童話とかファンタジー物好きだったよね。それでシンデレラか~。う~ん、王道っ!)

 

(懐かしいな)

 

 

 剣の脳裏に、幼い彼女が書いていた小説をひょんなことから読んでしまった記憶が蘇る。

その時も同じように必死になって隠していた。

 

 

(感想言ったら泣かれちゃったっけな)

 

(私は女の子の夢たっぷりのたっちゃんの小説好きだよっ! ファン一号を自称してるからねっ!!)

 

 

 ヒメの言葉にクスっと笑いが漏れた剣だったが、思考を切り替える。

 

 

「たっちゃん、今は時間がないんだ」

 

「……そうだけどぉ……っ!!」

 

「お嬢様」

 

 

 剣と虚が視線を楯無に向ける。

それからたっぷり1分、観念したかのような表情を浮かべた彼女は、背中に隠していた原稿用紙を机上に置く。

 

 

「わかりましたっ、使いましょうっ」

 

 

 彼女の言葉に剣と虚が頷く。

 

 

「この演劇のストーリーなんだけど、()に餓えたシンデレラ達が、王子の冠に隠された隣国の軍事機密を得るために戦う物語なの」

 

(おっと、まさかのダークファンタジー兼軍記物語かぁ~?)

 

 

 演劇のシナリオをかなりの早口で説明していく楯無と思わず心中でツッコんだヒメ。

恥ずかしいのか顔は赤いままであった。

 

 

「シンデレラ達はその戦いの中で、王子のやさしさに触れて王冠と共に王子の愛を手に入れるって……あぁ、もうっ、そこは重要じゃないわ。重要なのはこれっ」

 

(あ、よかった。ちゃんとラブストーリーだった)

 

 

 机上に置かれていた2つのうち【青い宝石の王冠】を手に取った彼女が説明を続ける。

 

 

「要はこの王冠を取った生徒は、取られた生徒と同室同居の権利を与えるっていう催しなの。これなら学園内が色々と騒がしくなっても演劇のせいってことにできるわ」

 

「同室同居の権利は使えますね。生徒の皆でしたら喉から手が出るほどにほしい権利でしょうし、生徒会長権限でごり押しすれば可能でしょう」

 

 

 虚の言葉を聞いた剣の背中に小さい悪寒が走った。

 

 

「……まさか……その王冠を持つ生徒にするのは……」

 

「剣が持っていても八坂追跡の邪魔になりますので、織斑一夏君が適任でしょう。彼を餌にするようで申し訳ないですが……」

 

「一夏には悪いことをしてしまうな……」

 

 

 そうは言いつつホッと小さくため息をついた剣だったが、その様子は2人にはバレていないようだった。

 

 

「ただこの演劇、一夏が危なくなったりしないか? 一部力づくでって行動をしそうなやつらを知ってるんだが?」

 

「そこは任せて。私が織斑君を警護するから」

 

 

 ポンと己の胸をたたいた楯無。

現役国家代表、現在の生徒の中で最強の彼女がいればよほどのことがない限り一夏と王冠は無事だろう。

 

 

「だから剣。八坂については任せるわ」

 

「あぁ。任された」

 

「剣、私はここに残って監視カメラの映像を確認します。もし八坂を見つけたら仕事用の電話に連絡をしますので、よろしく」

 

 

 剣が彼女からの言葉にコクリと頷く。

その後剣は八坂を追跡するために生徒会室を飛び出していき、同じく演劇の準備のために楯無も王冠を2つとももって駆け出していく。

一人残った虚も生徒会室から指示を出すために、タブレット端末の操作を開始する。

 

 監視カメラの映像を逐一チェックしていくが、ふと指が止まった。

 

 

(……名前、聞いておけばよかったですね。もしかしたら剣や織斑一夏君なら彼のこと、知っているのでは?)

 

 

 先ほどであった赤毛の青年の姿が脳裏に浮かんだ虚だったが、今はやることがあると意識を切り替えるのだった。

 

 


 

 それから30分ほどたって。

剣は学園の廊下を歩きながら、周囲に気を配っていた。

また接客用の甚平からいつもの制服に着替えてもいた。

 

 すると、校内放送で見知った声が響き始めた。

 

 

『むかしむかし、あるところにシンデレラという少女がいました』

 

「始まったか」

 

『否、それはもはや名前ではないっ、幾多の舞踏会を抜けっ、群がる雑兵をなぎ倒し、灰燼を纏う事すら厭わない最強の乙女、それが灰被り姫っ!』

 

(すごい内容だよね、ホント)

 

 

 楯無による校内放送で演劇が開始されたことを知った剣は、ヒメの言葉に苦笑しながら頷く。

だが視線は周囲を注意深く観察し続けていた。

そんな時、視界に【赤い影】が映り込んだのだった

 

 

「っ!」

 

 

 心臓が一瞬で早鐘を打つ。

だが意識は逆に氷のように冷えていく。

視界に映り込んだ人物へピントが合った。

 

 ――先ほど見失った八坂焔。

彼女もこちらに気づいているようで、口角をゆがめていた。

 

 全くの同時で駆け出す2人。

体捌きは互角だが、わずかに速力は剣のほうが速く少しづつ間隔が縮まっていく。

 

 そして追跡を開始してから5分が経った。

すでに楯無による演劇開始は宣言されており、学園のあちらこちらで喧騒が響いていた。

その正体は演劇に参加したシンデレラという名の生徒達。すでに喧噪ではなく地響きのレベルに達している。

一般客のほとんどは教室内で行われている催し物の中に避難しているようであった。

そのためか廊下にはほとんど人影はなく、剣にとっては都合がいい状況へと変化していた。

 

 ――そして、事態は突然変化していく。

目の前10m程度まで差を縮めた、八坂が急に足を止めて振り返ったのだ。

 

 走り続けていた剣はそのまま、待機形態で取り出していた短刀【都牟刈】を構える。

先ほどのアドバイスに従ったわけではないが、その狙いは【首】だ。

首がちぎれて生きていられる生物はいないのだから。

 

 目標まであと3m。

刃を繰り出すために腕を振り上げ、下す。

その瞬間だった。

 

 剣の視界に、【鈍色の物体】が映り込んだのだ。

 

 

「っ!!」

 

 

 回避はもちろん、刃を止めることはもはや不可能だった。

とっさに視界に映り込んだ物体へ攻撃の対象を切り替えることを選択した剣だったが、それは【悪手】であった。

 

 【鈍色の物体】を両断することには成功した短刀【都牟刈】であったが、両断した瞬間、まるで電流に似たエネルギーが流れたのだった。

 

 

「っ!?」

 

 

 反射的に追い詰めた八坂からバックステップで数mの距離を取る。

都牟刈に流れたエネルギーはその間に消え、いつも通りの感触を手に感じていた。

その様子に、八坂は笑みを浮かべて口開いた。

 

 

「流石、反応がいいな」

 

(……機械? ドローンか?)

 

 

 両断した鈍色の物体が足元に転がっている。

それは大きさ40cmほどの4本足の装置。

ドローンのようにも見えるそれは、完全に機能を停止しているようであった。

 

 

(なんだろう、罠?)

 

(分からないが……ISを展開してヤツを処理するっ)

 

 

 短刀状態の【都牟刈】を起動させると、翡翠色の光が――溢れなかった(・・・・・・)

 

 

「何っ!?」

 

 

 思わず【都牟刈】を凝視してしまう。

先ほどからISを起動しようとしているのに、全く反応を見せない【都牟刈】。

困惑するのも無理はなかった。

 

 そしてその答え(・・)は目の前の人物の口から放たれた。

 

 

「今、お前が切り裂いたのは停止剤(シャッター)。ISを強制解除する剥離剤(リムーバー)の試作品だ。その効果は一定時間ISを強制停止させる。あの女(・・・)からもらったものだが、中々どうして役に立った」

 

 

 己の拡張領域から【日本刀】を取り出した八坂は、それを剣に向かって放ってくる。

咄嗟にその刀を受け取った剣だったが、彼女の行動の意図が掴めない。

 

 

「使え。なかなかの業物だ」

 

 

 彼女の言う通り鞘からわずかに刀身を覗くと、まるで濡れているかのように描かれた刃文が静かに存在を主張しており、確かに業物であった。

ますます彼女の行動の意図が掴めない剣だったが、さらに彼女は己のISの拡張領域から【黒い棒】を取り出していた。

 

 否、正確にはそれは【棒】ではなかった。

それは彼女の身の丈ほどもある【和槍】であった。

彼女はその和槍を軽く振り回して、感覚を確かめているようであった。

 

 

「……何のつもりだ?」

 

「先ほどもいっただろう?」

 

 

 振り回していた和槍を上段に構える八坂。

 

 

「今回は遊びだ。まぁ、楽しんでくれ」

 

「っ、ふざけるなぁっ!!」

 

 

 刹那、混乱から殺意に意識を切り替えた剣は、八坂から受け取った日本刀を鞘から引き抜き、草薙の体術【天鳥船】で跳躍する。

すでに八坂は彼の間合いに入り込んでいたのだ。

峰に左手を添えた構え、それは先の臨海学校で彼女にとどめを刺した技。

 

 

――  草薙流剣術 弐式【天叢雲(あめのむらくも)】 ――

 

 

 草薙流が誇る神速の一本突き。

当然生身で使えるその突きは、まるで流星の如き。

 

 だがすでに間合いに入り込んでいたの、剣も同じ(・・)であった。

 

 八坂の首を狙って放たれた神速の突きであったが、空気を切り裂く甲高い音と共に現れた柄によって横方向に弾かれてしまう。

当然その柄は八坂が持つ、和槍の柄だ。

剣の攻撃の瞬間、上段に構えた槍を振り回すように回転させて正面からの突きを弾き落したのだ。

 

 

「そぉらっ!!」

 

 

 回転の勢いをそのままに身体を捻ることで、上段からの振り下ろしへと移行した一撃。

技を返され体勢を崩した剣は、咄嗟に弾かれた衝撃を用いて右方向に倒れこむことで迫る鈍色の刃を凌いで見せた。

勢いをそのままに追撃の一撃を繰り出す八坂であったが、倒れこみそのまま転がることで距離を取っていた剣には届かない。

 

 

「……槍術、だと?」

 

(おれ)からすれば手遊(てすさ)びのようなものだ」

 

 

 だが完全な回避には遠く、左肩を穂先に抉られ白い制服には赤い染みができていた。

体勢を立て直した剣は、八双の構えに移りながら八坂の槍に視線を移す。

手首のスナップで軽々と和槍を振り回す彼女は再び、上段に槍を構えて見せた。

 

 彼女の構え姿にどういうわけか、剣は既視感(・・・)を感じていた。

槍の構え、体重移動の仕草が剣の感じている既視感を強めていく。

 

 

「さぁ、続きと行こうかっ!!」

 

 

 八坂の咆哮と共に、己に迫る槍の穂先。

 瞬間、既視感は形を成して、視界に映り込む。

いつも隣にいて、己と共に日ノ本を守る少女。

 

 

 ――更識楯無(・・・・)の姿が、八坂焔と重なった。

 

 

 ――刹那、鮮血が舞った。

 

 




次回予告

「第16話 もしも(IF)の話」

「もしも……もしもの話だけど……剣はお姉ちゃんがいなくなったら……どうする?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。