IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第16話 もしも(IF)の話

 正面からの刺突。

穂先にべっとりと付着しているのは、左上腕を切り裂かれた剣の血液だった。

いつもの彼ならばいかようにも回避することができたはずの突きだった。

だが既視感が形となったという衝撃に、剣の思考は完全に止まってしまったのだ。

 

 

(剣っ、どうしたのっ! 避けられない攻撃じゃなかったよねっ!?)

 

 

 意識の中のヒメの言葉で止まった思考が動き出す。

 

 

(っ、すまないっ、咄嗟に身体を動かしてくれたおかげで助かったっ)

 

 

 八坂の攻撃に完全に剣は動きを止めてしまっていた。

そのためヒメが両足を後方に動かすことで、槍の一撃を何とか最小限の被害に抑えたのだった。

 

 

(何か気づいたことでもあるのっ?)

 

 

 ヒメの言葉に一瞬言いよどんだが、状況を打破するためには情報共有は必須だと判断してもう1人の己に告げる。

 

 

(奴の攻撃が……どういうわけか、たっちゃんの動きに重なったんだ)

 

(たっちゃんと……どういうことっ!?)

 

 

 ヒメの言葉にも困惑の感情が含まれていた。

その答えは、攻撃を繰り出した目の前の敵から与えられることになる。

 

 

「どうやら相当困惑しているみたいだな。どうした? (おれ)の動きが知り合いの動き(・・・・・・・)とでも似ていたのか?」

 

 

 クククっと笑みを浮かべた八坂がそのまま続ける。

 

 

「お前が感じた感覚は間違いじゃあない。なぜなら(おれ)が使っている槍術は、三種の神器……護国三家に伝わっていたものだからな」

 

「……まさかっ」

 

 

 八坂の口から出た言葉と、以前己と楯無に伝えられた護国三家の情報。

そこから確信めいた推察を導き出した剣に、彼の顔色を察した八坂が続ける。

 

 

「そう、この槍術は八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)(おれ)のご先祖様が滅ぼした八咫鏡(やたのかがみ)の……八咫家で編み出され、すでに失伝した八咫流槍術(やたのりゅうそうじゅつ)、と呼ばれていたものだ」

 

 

 八坂の口から発せられた答えは己の中でも推測として導いていたが、やはりかと納得ができるものであった。

 

 【八咫家】のごく僅かの生き残りが名を変えたのが今の【更識家】だ。

失伝してしまった源流の槍術も、歴代の【更識楯無】を筆頭とした武芸者達によって【更識の槍術】として復伝している。

そのため動きが類似しているのだろう。何度も手合わせをした剣がハッキリと既視感を感じるほどに。

 

 

「その技が【八咫流】……だとっ!?」

 

(おれ)のご先祖様は物好きだったみたいでな。自分達が殺した相手の技を己のものにするため、八咫にあった書物を密かに保管していたらしい。(おれ)も幼い頃から手遊び程度だが、この通り学んでいたわけだ」

 

 

 手首のスナップによって掌で槍を高速回転させる。

甲高い空気を裂く音が聞こえ、それを止めると彼女は再び槍を上段で構えた。

 

 

「手首のスナップによる槍の高速回転を用いた迎撃技。それが八咫流槍術(やたのりゅうそうじゅつ)壱式 【海神(わたつみ)(ことわり)】……そして、何も防御だけが技ではないっ!!」

 

 

 グッと右脚の筋肉が隆起した八坂が数メートルの距離を一瞬で跳躍する。

共通で修めている【体術】である【天鳥船】からの跳躍、その速さは空を飛ぶ燕の如く。

 

 それはあきれるほどに明快、単純な攻撃だった。

それ故に完成された、槍にとっては基本となる【刺突】の動作だった。

そして穂先が三度煌めく。

 

 一撃目は上段から降り注ぐ矢の如き鋭さを持って襲い掛かった。

八坂の跳躍と共に後方に下がっていたことなどまるで意味をなさない。そもそもが槍の有効射程は刀よりも広いのだ。

 

 上段からの突きを、剣は刀を滑らせるように受けて見せる。

小さな火花が両者の間に瞬き、後方の床を槍の穂先は抉った。

人体など容易に貫く威力を持っているのは間違いがない。

 

 次ぐ二撃目、刀で反撃するよりも早く引き戻されそして再び力を蓄えて放たれる、穂先の煌めき。

今度は中段構えから全身のバネを使って踏み込みつつ放たれた刺突。

勢いだけならば、一撃目よりもさらに高い。

 

 だが、受け流すことができないわけではない。

緊張の連続で鋭敏化した視覚、感覚は槍の軌跡をはっきりと目に捉えていたからだ。

再び刃で受け流してみせる。

甲高い金属音が耳に届くが、今は呼吸へ割く意識すら惜しい状況だ。

 

 三撃目、今度は剣の下段、足元を狙う槍の穂先。

刺突よりも、薙ぎ払いに近い。

 

 結果で言えば、三撃目も剣は受けて見せた。

右前方から迫る薙ぎ払いを、右切上の要領で切り返し弾く。

再び響く金属音、だがこれは【悪手】だった。なぜなら、八坂の口元には笑みが浮かんでいたから。

 

 

「そぉらっ!!」

 

 

 切り返されると同時に、槍の穂先が遠ざかる。

それは彼女が一歩踏み込みつつ、穂先を素早く返していたからだ。

そして穂先に代わり、槍の石突部が己の横面へと切り返しと同等の速度で叩きつけられた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 咄嗟に後方に跳んだ剣だったが、石突部分は彼の右横面を綺麗に捉えていた。

鈍い音を立てて直撃した彼はその威力に弾き飛ばされる事となった。

 

 

「今の三段突きが八咫流槍術 弐式【海神(わたつみ)三針(さんしん)】。ちなみに石突部分は(おれ)オリジナルだ」

 

 

 少しだけ自慢げに起き上がった剣に向かって、八坂が口を開く。

右こめかみを裂き流れ落ちる血液と、脳髄に響く重い痛み。

咄嗟に跳んでいなかったならば意識を吹き飛ばされていただろう衝撃だ。

視界がぶれて視点が合わない。

 

 だが、このままでは終われない。

両手にずしりと感じる日本刀の重さと質感。

身体にはまだ力が、熱が奔る。

それならば視界がぶれている状況でも、ほかの感覚で補えばいいだけのこと。

 

 駆けながら、上段から振り下ろされた唐竹割り。

速度と体重の乗った、重い一撃だった。

 

 だがその一撃すら、横方向からくる槍の柄に弾かれた。

回転によって残像を残す槍の軌跡は、これ以上先に進ませないというかの如く。まるで【制空権】だった。

 

 弾かれたままの剣に、回転によって速度の乗った石突が迫る。

剣の視界はまだ回復しきってはいない。ほかの五感で補っているが付け焼き刃で流せるほどの一撃でもなかった。

だが、剣には頼りになる半身(・・)がいる。

 

 

『左前方50度っ、袈裟切り気味っ!!』

 

 

 意識の中に響く言葉に身体が動く。

弾かれた日本刀の柄頭を、迫る石突へ叩きつける。

そしてその反動を退避に使うことで、槍の射程距離から逃れて離れる。

 

 そんな彼の所作を見た八坂は思わず感嘆の息をこぼした。

 

 

「素晴らしいなっ、今の反応っ! 同じ技はそう簡単には通じんかっ!! いいっ、これだっ、(おれ)はこれを待っていたんだっ、草薙剣っ!!」

 

「……っ」

 

 

 興奮した様子の八坂に対をなして、こめかみから垂れた血が口内に入ったためペッと吐き出す剣の思考は冷めていた。

ぶれていた視界はようやく正常に八坂の姿を捉えられるようになった。

 

 

(……【肆式(よんしき)】だ)

 

(え?)

 

 

 ヒメが驚きの声を上げる。

剣が言う【肆式】。それは彼女もよく知っているものだ。

だが槍相手では相性が良くないのではないか、というのが彼女の感想だ。

 

 それをわかっているのか、剣が続ける。

 

 

(回転防御の制空権を草薙流の【最速】の技で超える。回転の速度は今の一撃で把握した。俺の肆式なら超えられる速度だ。奴をここで処理するためには、これしかない)

 

 

 神経が鋭敏になっている今ならば、高速回転している槍の軌跡も確かに目で捉えられる。

槍の有効射程は長いが懐に入られた場合の対処は限られているし、二人が想定している【肆式】ならばその心配もない。

だから、ヒメは彼の言葉にうなずいて答えた。

 

 

(……わかった。私も、それしかないと思う)

 

(ありがとう)

 

 

 ヒメの同意の声に心中で感謝の言葉を述べながら、剣は視線を床に向けた。

戦闘の最中に床に落としていた鞘はちょうど目の前に転がっていた。

鞘に手を伸ばし、そのまま刀を収めて腰を落とす。

そして大きく深呼吸し、瞳を閉じる。

 

 スゥーという大きな呼気。

肺の中の空気をすべて吐き出し、吐き出した分だけ吸う。

 

 繰り返し、吐く。吸う。吐く。吸う。

同時に身体から余分な力を全て吐き出していく。

 

 己の身体がすべてが弛緩して溶けていくように。

水になっていくかのように、脱力を続ける。

 

 

(鞘に刀を収める……か。なるほど、抜刀術(・・・)か)

 

 

 剣の所作によって、まるで水を打ったような静けさがあたりを包み込む。 

正確には学園内で行われている催し物の喧騒が届いていたが、それから完全に意識が外れ目の前の敵のみに集中しているのだ。

 

 上段に構えた和槍を持つ手に力を入れ、剣と同じく八坂も全感覚を集中して目の前の好敵手の所作を目に焼き付ける。

 

 ゆっくりと右手を柄に充て握りしめた剣は瞳を閉じていた。

呼吸も深く、身体には余計な力を抜いているようで負傷した傷からは赤い液体がしたたり落ちていく。

 

 

(凄まじいほどの脱力と集中。瞳を閉じているが視覚以外の感覚で完全に(おれ)を捉えているな)

 

 

 互いに静止した状態に移行してまだ10秒も経っていない。

だが八坂にはその時間が非常に長い時間に感じていた。

 

 

(おそらく奴が繰り出すのは今まで以上の、おそらくは最速の技……いいだろう受けて立つっ!)

 

 

 ニィっと弧を口に浮かべた八坂。

静けさに包まれた2名はすでに互いの間合いに入っている。

 

 

 

――そして、撃鉄が落ちる。

 

 

 瞬間、剣の瞳が見開かれ、鞘に納められた刃は加速し、上段に構えた和槍は回転に移行する。

 

 

 ――刹那、2人の姿がぶれ、激突する。

 

 

 肉眼ではとらえるのが難しいほどの速度で振り回される、和槍。

そして回転によって形成される、防御の制空権。

 

 

 ――その間を、光り輝く刃が奔る。

 

 

(っ、速いっ!)

 

 

 海神の理による回転防御の制空権。

手首のスナップによって得られる高速を用いて、槍を円状に回転させることで相手の攻撃を弾くことがこの技の基本である。

常人では決して見切ることなど不可能な速度。

 

 だが日光を反射して煌めく刀身は、その制空権を突破して己に迫っていた。

決して八坂が油断したわけではない。単に彼女の技よりも、相手の速度のほうが速かっただけなのである。

 

 【天鳥船】による加速を得て圧倒的な速度となった斬撃。

極度の脱力状態から、一気にトップスピードへと加速することで初めて得られる、超神速(・・・)

 

 それこそが、草薙流剣術の最速最強抜刀術。

 

 

 

――  草薙流剣術 肆式【都牟刈(つむがり)】 ――

 

 

 奇しくも、剣の持つ専用機と同じ名を持つ奥義。

甲高い金属音と共に、宙に鈍色の塊が舞った。

 

 それは八坂が構えていた和槍の穂先だった。

見事に柄から両断され、カランと音を立てて床に落ちた。

 

 戦闘の衝突が終わり、互いに加速が停止する。

 

 そして崩れ落ちる、八坂の右膝。

同時に切り裂かれた首筋から溢れる血を、右手で抑えこむ。

 

 

(浅いっ!!)

 

 

 首を狙った剣の一撃は、彼女が咄嗟に槍を犠牲にして防御することで両断するには失敗した。

すぐさま剣は追撃のため、上段から刃を振り下ろす。

 

 

『クハハッ!!』

 

 

 八坂の自由な状態の左腕に身に着けられた腕輪が煌めき、黒いマニピュレータが現れる。

彼女のIS【ツクヨミ】が部分展開されたのだ。

そして黒い霞がマニピュレータ部分から溢れ、剣を囲むように覆った。

 

 

『危ない危ない。遊びで死ぬところだったぞ?』

 

「……ちぃっ!!」

 

 

 ISが機能停止しているままの、剣にこれ以上の追撃は不可能であった。

生身の状態でISの攻撃を受けたら、原型も残らないのだから。

 

 ISの展開と同時に出血が止まっていた彼女の右首筋へ、黒い霞が集まっていく。

 

 

『今のが、最速の抜刀術か……あれは手遊びの【槍】では超えられないな』

 

 

 まるで先ほどまで使っていた【槍術】を取るに足らないものというばかりの態度。

だがその言葉を止めることは今の彼にはできない。

 

 

『思いのほか熱中できた。感謝しているぞ、草薙剣っ』

 

 

 右首筋に集まっていた霞が消える。

同時に彼女が傷口に当てていた手を離すと、剣の一撃でつけた傷が塞がって(・・・・)いた。

黒い霞が【医療用ナノマシン】の効果を発揮したとは理解できるが、目の前のISが持つ規格外の性能に内心で舌打ちを打つ。

 

 同時に空間投影ディスプレイが八坂の顔の前に出現した。

流石に少し驚いたような八坂だったが、すぐにいつもの表情へと変わる。

開かれたのは通信用のディスプレイ。内容は秘匿されており剣にはわからない。

 

 一言二言会話した後、表示されたディスプレイを閉じて八坂は再び剣へと視線を向ける。

 

 

『名残惜しいが、(おれ)の役目も終わりみたいでな。なぁに、門限というやつだ、気にしないでくれ』

 

「っ、逃げる気かっ!!」

 

『あぁ。正面から堂々と逃げさせていただく。今のお前じゃ追えないだろう?』

 

 

 そういって八坂は、何か思いついたように拡張領域から【古い書物】を1冊引っ張り出した。

どうやら古書のようで表紙が黄ばんではいるが、紙質自体はしっかりとしているようだ。

 

 

(おれ)を楽しませてくれた礼だ。好きに使うといい』

 

 

 そう言って廊下の窓へと視線を移し、追加で展開した右腕のマニピュレータを振りかざす。

振り下ろされた一撃に防弾仕様のガラスでも、耐えきることなど不可能であった。

 

 

『さて、次は……こんな遊びではなくISでの戦いも含めて、今度は(おれ)自らの技でお前を殺す』

 

 

 振り返って狂気の感情を覗かせる笑みでそういった八坂焔。

四散してキラキラとガラスが舞う中へと、彼女は飛び出してそのまま空を舞っていく。

そして、すぐにその姿はノイズ交じりに消えていった。

 

 剣は破壊された窓からその様子を見ていることしかできなかった。

ギリッと奥歯をかみしめる。それこそ砕けてしまうかのごとき力で。

 

 

(……剣)

 

(……わかってる)

 

(……うん)

 

 

 日ノ本の脅威に、完全に手玉に取られた。

互いに手傷を負わせあったが、心にはあるのは【敗北】の二文字。

 

 

「……いいだろう。次は必ず……お前を殺す(・・)

 

 

 【処理】ではなく明確な殺意を持って誓う。

ぎゅっと握られた拳からは、真新しい血が溢れて滴り落ちていた。

 

 


 

 それから1時間程度立って――

IS学園 生徒会室。

 

 

「本当にごめん」

 

 

 そこには困惑した表情を浮かべている楯無、虚の二人に向かって、深々と土下座した剣がいた。

彼の負傷した箇所はすでに治療が済んでおり、包帯がまかれているため遠慮なく額を床に付けている。

 

 

「剣っ、もういいですから……頭を上げてください」

 

「そうよ、もういいから……ほら、立って、ね?」

 

 

 二人の言葉で顔を上げる剣を、楯無が無理やり立たせる。

それに剣は渋々といった感じで一人で立ち上がる。

 

 

「任されていたのに八坂を取り逃がしたんだ……罰は覚悟してる」

 

 

 そんな彼の言葉に楯無が苦笑しながら、口を開く。

 

 

「それを言うなら、私だって亡国機業(ファントムタスク)のエージェントを取り逃がしちゃったのよ? お相子様よ」

 

 

 剣が八坂と戦闘を行っていた同時刻に、楯無は警護していた一夏がとある秘密結社である亡国機業(ファントムタスク)のエージェントに襲われており、彼の救出と迎撃を行っていたのだ。

最終的にセシリアやラウラ等の各国代表候補生が入り乱れる乱戦になり、結果として取り逃がすことになってしまったのだという。

 

 また【観客参加型演劇 灰被り姫(シンデレラ)の真心】についても、乱戦の結果、楯無と一夏が王冠を守り抜いたことで有耶無耶になっていた。

 

 

「最終的に学園側の死傷者はゼロなら、文句は言われないわよ。というか言わせないわっ」

 

「……わかった。たっちゃんがいうなら、そうなんだろうな」

 

 

 ふふんっと胸を張った彼女に思わず笑みが漏れてしまった剣だが、不思議と悪い気はしなかった。

 

 そして楯無の視線が大机の上に置かれた、古書へと向けられる。

それこには先ほど八坂が置いていった【古書】があった。

表紙はかすれて読めない部分が多いが【八咫】と書かれていることは読み取れた。

 

 

「……剣、これが?」

 

「あぁ。八坂が置いていった……【八咫流槍術】に関する書物。中身を読んでみたけど、指南書みたいなものだったよ」

 

 

 剣の言葉に、楯無が息をのむ声が聞こえた。

八咫家直径の子孫が、今の更識家なのだ。

つまりは先祖の残した遺産にも等しいものがいきなり目の前に現れた事になる。

動揺するな、というほうが無理というモノだ。

 

 丁寧に手に取って、パラパラと頁をめくる。

 

 

「……確かに、更識の槍術に似通ってるわね。槍を回転させるとか、特に……」

 

「俺もはっきりと既視感を感じたよ」

 

「……とりあえず、これはお父様へお送りしないと」

 

 

 パタンと本を閉じた楯無は、再び机上へ丁寧に本を置いた。

 

 

「お父様ならこれを私以上に読み取れるはず……そうすれば今の技術と組み合わせて、八咫流槍術の完全な復伝も可能になるかもね」

 

「蔵人さんなら1か月か2か月くらいで完全に習得しそうだな」

 

「お互いに親が規格外だと、苦労するわね」

 

 

 軽口を叩きあう二人。

その様子に虚もほっと溜息をついた後告げる。

 

 

「さて、学園祭はまだ続いています。これ以上の混乱はないとは思いますが……いかがいたしますか?」

 

「そうね。念のため私が見回りを。剣はこの部屋で休むかしら?」

 

「いや、一応教室に戻っておくよ。この程度で休んでたら一夏が一人であの地獄に耐えてるのに忍びないからさ」

 

 

 剣がそう言って立ち上がり、そのまま生徒会室を出ていく。

虚も見回りのために生徒会室を出ていったため、楯無も同じように生徒会室から出ていこうとした時だった。

 

 

「……あら?」

 

 

 先ほどまであった感触(・・)がいつの間にかなくなっていることに気づいた。

何かに気づいた彼女は机の上に視線を向ける。

だが机上には何もない。

数秒経って、まるで音を立てるかのように彼女の顔が血の気をなくしていく。

 

 

「っ、嘘っ、ない? ないっ!?」

 

 

 パンパンと小さく己の身体を両手で触っていく。

胸ポケットやスカートの中、最終的にはISの拡張領域に至るまで何かを探す彼女だったが、彼女の求めるものはどこにもなかった。

 

 

「まさかっ、落としたっ!? 探さないと……っ!?」

 

 

 冷や汗を顔に浮かべた彼女も、そういって部屋を後にしたのだった。

 

 


 

 その日の夕刻――

IS学園 学生寮

 

 昼間の喧騒は嘘のように、学生寮は静まり返っていた。

正確には多くの生徒達は打ち上げでワイのワイのと学園本棟で騒いでいるからである。

中には疲労困憊で学生寮に戻ってきている生徒達が何名かいたが、そのうちの1人に剣がいた。

 

 剣の負傷はそこまで重くない。

すでに治療も終えており全力で動くことも可能ではあるのだが、さすがに精神的に疲労を感じていた。

加えて剣が不在の際には彼の分も働いていた一夏は完全にグロッキー状態であった。

そこで本音から休んでもいいと提案があり、剣と一夏はその厚意に甘えることにした。

もっとも一夏は箒、鈴、シャル、ラウラのヒロインズを筆頭にして連れ去らてしまったのだが。

 

 そんなこともありながら剣は学生寮で休むために戻ってきていた。

何かあればすぐに連絡するよう本音には伝えているのだが。

 

 

「まだ戻ってないか」

 

 

 自室の部屋、楯無と相部屋の扉を開いて入室しながら彼がつぶやく。

楯無は学園内の見回りや学園祭の後始末に忙殺されているため、己よりも早く戻ってくるわけがないとわかってはいるのだが。

 

 

(今日はいろいろとあったよねぇ)

 

(あぁ)

 

 

 ヒメの言葉にうなずいて、上着を脱いで自席へと放る。

剣はそのままソファに身を投げて、ふぅと大きく息をついた。

 

 ソファの抜群の心地よさが、己が感じていた疲労が思いの外大きかったことを認識させてくる。

まるで重りを身体中に付けられたかのように、鈍重さを感じている。

このまま瞳を閉じたら、すぐに意識を手放せるだろう。

 

 

(ふぁ……私も眠い)

 

 

 ヒメの言葉に内心同意して、ゆっくりと目を閉じていく。

身体中の重さがすぅっと消えていき、感覚が消えていく。

 

 そんな時だった。

コンコン、とノックの音が聞こえたのだ。

 

 微睡みかかっていた意識が急速に覚醒してソファから飛び起きる。

意識の中のヒメも同じように覚醒していたが、ふあっと大きくあくびしていた。

 

 

(誰だろ?)

 

 

 彼女の疑問の言葉と同じ思いを浮かべながら、部屋の扉を開く。

夕焼けの光が差し込む学生寮の廊下には、誰もいなかった。

 

 

(あれ? ノックの音したよね?)

 

「悪戯か?」

 

 

 周囲を見渡す。

学生寮の廊下には人気はほぼなく、静かであった。

だが右側の曲がり角にとあるものがあることに気づく。

 

 曲がり角から手だけがにょきっと現れて、存在をアピールしていたのだ。

 

 

「剣、こっちこっち」

 

 

 同時に見知った声が響く。

その声は更識楯無(・・・・)のものであった。 

 

 

(あれ、たっちゃんはまだ学園にいると思ったのに……?)

 

(……)

 

 

 ヒメは楯無の声に少しばかりの疑問を感じたが、剣ははっきりと違和感を感じ取っていた。

それは彼女がここにいることではなかった。

 

 部屋の扉を閉めた剣はコツコツと曲がり角へと歩み寄っていく。

一瞬ビクリと反応した手にクスっと笑みを浮かべるが、曲がり角直前で歩みを止めた。

そして口を開く。

 

 

「簪だろ? どうかしたのか?」

 

 

 剣の返答に、再びビクッと手が震えて曲がり角に引っ込む。

それから10秒くらいたって、声の主が現れた。

 

 

「声真似は自信あったんだけど……凄いね、剣」

 

 

 楯無と同じ水色の髪を持つ彼女の妹、更識簪が制服姿で現れた。

彼女の言葉に苦笑しながら剣は続ける。

 

 

「まぁ、似てたけど……よく聞けば全然違うからさ」

 

 

 剣にとっては毎日聞いている相棒の声だ。

聞こえた声が、楯無のものではないことなど最初からはっきりとわかっていた。

 

 そんな彼の返答に簪が苦笑する。

それは意識の中のヒメも同じで。

 

 

「本音も虚もわからなかったんだよ? そんなのわかるの、剣しかいないよ」

 

「そうか?」

 

「そう」

 

「それで、何か用でもあるのか?」

 

 

 剣の言葉にコクリと頷いて、簪がこちらを見上げる。

その視線は先ほどまでの冗談めいた雰囲気ではなく、真面目なものであることは剣も理解できた。

 

 

「虚から聞いた。また八坂と戦ったって。それにお姉ちゃんも亡国機業のエージェントと戦ったって」

 

 

 彼女の言葉を肯定するように剣は頷く。

彼女の目に少しだけ陰りが見える。それは不安や心配の色をしていた。

 

 

「お姉ちゃんや剣の立場が大事だってことは分かってる。だから剣に聞きたいことがあったの」

 

「俺に?」

 

 

 うんと頷く彼女が続ける。

 

 

「もしも……もしもの話だけど……剣はお姉ちゃんがいなくなったら……どうする?」

 

「――」

 

 

 彼女の口から出た言葉に、剣は完全に絶句した。

言葉の意味はしっかりと頭で理解できている。

だが、思考が回らないのだ。それこそ殺し合いの中で初見殺しの技を視て、思考が停止したかのようだった。

 

 数秒が数時間に感じるかのような錯覚を、剣の意識は感じた。

急に喉が渇き、目の奥がチリチリと痛むような幻覚まで感じている。

 

 

(たっちゃんが……いなくなったら?)

 

 

 まず間違いなく、日ノ本の護国が成り立たなくなる。

いや、それ以上に己はそんなことを考えたこともなかった(・・・・・・・・・・)

初めて会った幼少の頃から、今に至るまで彼女はそばにいたのだ。それこそ家族といっても過言ではないはずだ。

時間にしてわずか10秒にも満たない空白が剣と簪の間を支配する。

だが、何とか剣の思考の再起動は完了した。

 

 

「……IFの話だろ、それって。あんまり好きじゃないな」

 

 

 彼の口から出た言葉は、質問に明確に答えてはいないもの。

どういうわけか、無意識でこの言葉が己のうちから浮かんできたのだ。

 

 

「うん。IFの話ですごく意地悪な質問だとは思う」

 

 

 簪が剣の態度を観察するように視線を下げた後、やさしく微笑む。

 

 

「けど時間があるときでいいから、さっきの質問にちゃんと答えられるようにしてほしい」

 

「それは……どういう?」

 

「言葉通りの意味」

 

 

 それ以上は教えてあげないと、人差し指を口に当てる。

そして、彼女はそのままポケットから何かを取り出した。

 

 

「それと、これ」

  

 

 取り出したもの、それは赤い宝石がはめ込まれた小さな王冠であった。

剣はそれに見覚えがあった。八坂の件の隠れ蓑として行われた【観客参加型演劇】の報酬であったはずのもの。

だが、宝石の色が違った。報酬として一夏に持たされた王冠は青色の宝石がはめ込まれていたはずだ。

 

 

「更衣室の近くで虚が拾ったらしいの。お姉ちゃんに渡してあげて」

 

「別に……いいけど」

 

 

 先ほどの話の衝撃が大きかったためか、生返事を返しながら王冠を受け取る。

そんな剣の様子にホッと小さく胸をなでおろす簪。

 

 

「うん。それじゃあ私はこれで」

 

「おっ、おう」

 

「ちゃんと、絶対直接渡してね」

 

 

 最後までそう念を押した彼女は少しだけ早歩きで、廊下の先に消えていく。

 

 

「……何だったんだ?」

 

(なるほどねぇ、かんちゃんもイケイケムードかぁ。うん、これくらいしないとだめだよね、剣には)

 

 

 今まで黙っていたヒメが意識の中でうんうんと頷いている。

その様子に少しだけカチンとくる。

 

 

(なんでお前は分かったようなしたり顔してるんだよ)

 

(かんちゃんがあんな質問する意図を掴めたからに決まってんでしょうがっ!)

 

 

 ヒメの言葉に少しだけ目を見開く。

まさか怒声に近い勢いで返答されるとは考えてもいなかったのだ。

 

 

(さっきのかんちゃんの質問、ちゃんと考えて、しっかりと答えられるようにしておくこと。それ以外私は教えてあげませーんっ)

 

 

 そういったヒメは意識の奥に引っ込んでいってしまった。

 

 

「……なんだってんだよ」

 

 

 まとまりきらない思考に無性に腹立たしいが、とりあえずは約束を果たさなければ。

そう思った剣は、王冠を持ったまま部屋に戻っていった。

 

 

 ――部屋に戻ってから1時間程経った頃。 

 

 

 ソファに座り込んで目を閉じていた剣の耳に、扉の開く音が聞こえた。

パチリと意識を覚醒させ、ソファから起き上がると丁度楯無が部屋に戻ってきたところだった。

 

 

「あら、起こしちゃった?」

 

「いや、大丈夫。だいぶ身体も楽になった」

 

 

 包帯変えてあげようか?と彼女が身振りで示すが、もう変えたよとつぶやいて返す。

剣の返答を確認した彼女も手に持っていたバッグを己の机の上に置いた後、ふうと息をつく。

どういうわけか、その顔がすごく疲れているように見えたのだ。

 

 

「生徒会の仕事は大変なんだな」

 

「えっ、まぁ……うん、そうね。剣君も副会長なんだから手伝ってくれてもいいのよ?」

 

「それ聞いたの初耳だったんだよなぁ」

 

 

 剣の返答にクスリと笑う彼女に、そこまでは疲れていないようだと内心ほっと息をつく。

そして先ほどの約束が頭の中にリフレインした。

 

 

(ちゃんと、絶対直接渡してね)

 

 

 己の机の引き出しにしまっていた王冠を取り出すために剣が立ち上がる。

 

 

「そうだ、たっちゃん。渡すものがあるんだった」

 

 

彼の言葉に不思議そうに首を傾げた彼女だったが、その表情はすぐに驚愕に変わることとなった。

剣が机の引き出しから取り出したのは、自分が探しているモノそのものだったのだから。

 

 

「はい、これ。たっちゃんが用意していたヤツだよな?」

 

「えっ、えぇ……これ、どこにあったのっ?」

 

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような表情でいた彼女に、剣は王冠を手渡す。

 

 

「いや、拾ったものだから渡してほしいって簪から……あ、元は虚が拾ったんだっけか」

 

「~~~~っ!」

 

 

 思い出しながら言う剣をしり目に、声にならない声を上げて顔を赤くする楯無。

愛しの妹と己の従者の行動には一言二言言ってやりたい言葉もあるが、いまはこの場を取り繕うことを選択する。

だが、彼女の思いはすぐに崩壊することになった。

 

 

「あ~、それを手に入れた子は同室同居の権利を得るんだっけ?」

 

 

 ドキリと剣の言葉に心臓が高鳴る。

そう、楯無は【観客参加型演劇】の報酬として同室同居の権利を提示していた。

結局は有耶無耶になってしまったが、それは【青色の王冠】を用いた演劇での事。

 

 

(~~~っ、いえるわけないでしょうっ!? 元々、自己満足のために用意したなんてっ!)

 

 

 赤色の王冠は元々己の自己満足のために用意したものだったのだ。

赤色の王冠は誰にも渡さず、自分だけが持つために用意したもの。

つまりは剣との同室同居の権利は渡さないという、意思表示そのものだから。

 

 そのため赤色の王冠は肌身離さず持っていた。

だが、亡国機業とのいざこざでいつの間にか失くしてしまっていたのだ。

だからこの時間までずっと探していたというのに、まさか探し物は王子が持っているとは思わなかった。

 

 高速で思考が展開していく彼女だったが、なけなしの理性全てを用いてこの場は誤魔化すことにする。

 

 

「えっ、えぇ。まぁ、元々剣は私と同室だから、変わらないでしょう?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 苦笑する彼にヒートアップしていた思考は急速に冷却されていく。

だが、それは一瞬だった。

 

 

「けど、俺はたっちゃん以外の女の子だと、嫌だな」

 

「っ!?」

 

 

 思わず顔を背けてしまった。

剣が何と言ったのかは理解できているが、顔はもはや林檎の様に真っ赤になっていることを隠したかったのだ。

 

 

「そっ、そういうこと、私以外には言わないほうがいいわよ」

 

「あぁ。たっちゃん以外には言わないよ」

 

 

 当たり前でしょっと小さく呟いて、楯無は洗面台まで歩き出す。

顔が火照って仕方がないのだ。

すぐさま冷却しなければISを使うこともやぶさかではないなどという滑稽な考えが浮かぶほどに。

 

 

 そんな彼女をしり目に、剣の意識には先ほどの簪の言葉が響いていた。

 

 

(もしも……もしもの話だけど……剣はお姉ちゃんがいなくなったら……どうする?)

 

 

「……そんなこと、俺は考えたくも、ないよ」

 

 

 小さくそう呟いた剣は今度は己のベッドへと移動して、身を投げる。

ソファ以上に己を包み込む睡魔がすぐに襲ってきたおかげで、剣は意識をすぐに手放すのだった。

 




次回予告

「第17話 貫け、ヤツよりも速く(キャノンボール・ファスト)


「真面目にやらないと、ヒメが出場しそうだからな」

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