IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第18話 終わらない蒼の円舞曲(ブルー・エンドレス・ワルツ)

 ロケットスタートを決めた専用機達。

あっという間に第1コーナーに差し掛かりそれぞれがコーナリングに移る中、剣達を【紅い光の翼】が照らす。

 

 

「さぁ、第1コーナーっ! ここで前に出たのは更識簪選手の【弐式・飛燕】だぁ!!」

 

 

 リーゼントの男性MCが興奮した様子でマイクに叫ぶ通り、第1コーナーをトップで通過したのは簪が駆る【弐式・飛燕】だった。

フレキシブルに稼働する光の翼と彼女の操作技術により、速度を落とすことなくコーナリングを成功させてそのまま彼女を先行してグループができている。

 

 先行する簪を追うセシリアによる先頭グループ、それより幾分か遅れながらもタイミングを計っているシャルロット、鈴、剣の中間グループ。

そして中間グループから少し離れた一夏、箒、ラウラの後続グループの3つだ。

 

 

(かぁー、かんちゃんとセッシーはっやーっ!)

 

(全くだなっ)

 

 

 ヒメの言葉に、先ほどから出力を高めにして機体を飛ばしているのに差がなかなか縮まらない先頭グループを視界に入れながら剣が同意する。

高機動機としての性能が高い2機に、簪とセシリア、奇しくも先のタッグトーナメント優勝ペアの2名の基礎操作技術の高さが如実に表れているといっていい結果だ。

 

 だが、ただの機動力で決まるほどキャノンボール・ファストは甘くない。

なぜならばこの競技はISを用いた【高速バトルレース】であるからだ。

 

 

 ロックオンアラートが都牟刈のコンソールに表示される。

 

 

『っ!』

 

 

 咄嗟にバレルロールの形で回避を行う。

数瞬前まで都牟刈が存在したポイントを、大型の弾頭が通り過ぎ衝撃波が機体を掠る。

その攻撃は回避先にいた鈴への流れ弾として飛来し、衝撃砲を用いて先頭グループのセシリアを砲撃しようとしていたため完全には躱し切れなかった彼女は大きくコースアウトする結果になった。

 

 

『おーっと!ついに妨害が始まったぞー! これこそただのレースにはない、キャノンボール・ファストの見せ場だぁ!!』

 

 

 MCが捲し立てるように叫ぶと、会場も同じようにヒートアップしていく。

 

 

『あった~!? やってくれるわね、ラウラっ!?』

 

『次善は取れたがこのまま本命を狙うっ!』

 

 

 大型リボルバーカノンが高機動を維持したまま射線をこちらに向けようとしてくる。

だが、そのままなされるがままというわけにはいかない。

剣も都牟刈用実体剣【無名】を引き抜いた。

 

 

『悪いが、実績を残す必要があるんでなっ!』

 

 

 剣が楽しそうな笑みを口元に浮かべたまま刃を構える。

 彼の行動に疑問を持ったのは、剣と同じく中間グループで様子をうかがっていたシャルロットだった。

 

 

(っ、この距離で近接用武器を抜く? 何か、あるっ!)

 

 

 咄嗟に乗機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのスラスターを吹かせて距離を取る。

彼女が距離を取ったのと、大きく都牟刈の刃が振りぬかれたのはほぼ同時であった。

 

 大きく虚空を裂いた刃。

何もないのかと虚を突かれた次の瞬間、ラファールとシュヴァルツェア・レーゲンを衝撃が襲った。

 

 

『なっ!?』

 

『うわっ!?』

 

 

 その衝撃自体の威力は大したことはない。

シールドエネルギーの消耗も、弾丸が数発の直撃した程度で特段目を見張るものはなかった。

だが、視覚ではとらえられない攻撃方法に直撃を受けた2人には疑問符が浮かんでいた。

 

 

 意外にも、その攻撃の正体に気づいたのは後続グループにいた一夏であった。

 

 

『斬撃を、飛ばした(・・・・)のかっ!?』

 

『正解だ』

 

 

 オープン・チャネルで一夏の言葉に剣が頷く。

先の銀の福音戦、そして八坂焔のツクヨミ戦で使用した、都牟刈特有の機能【天磐船(あめのいわふね)】を利用した飛ぶ斬撃【布都御魂(ふつのみたま)】。

【天磐船】同士を斬撃で干渉させ押し出すことで、飛ぶ斬撃とした攻撃。

それがシャルロットとラウラを襲ったのだ。

 

 

『見えない斬撃、受けてみるか?』

 

『やるなっ、けど俺も負けてられないぜ、剣っ!』

 

 

 先の攻防で遅れたシャルロット達を抜いて、後続から接近する一夏の白式・雪羅。

それに向けて都牟刈は斬撃を振るう。

同時に雪羅のビームクローが起動され、見えない斬撃はビームクローによって弾かれた。

それを感覚で理解した一夏は、にぃっと笑みを浮かべる。

 

 

『この程度なら、弾けるっ!』

 

 

 そう言って都牟刈の元に飛びかかろうとした一夏であったが、彼の元へ赤いレーザーが飛来した。

 

 

『箒かっ!』

 

『剣、そして一夏っ! 悪いが、先に行かせてもらおうっ!』

 

 

 飛来したレーザーを白式・雪羅はビームクローで弾き、都牟刈は【十種神宝(とくさのかんだから)】の防御武装【沖津鏡(おきつかがみ)】、【辺津鏡(へつかがみ)】が起動してそのレーザーを上空へと弾いていた。

 

 

(アイ・ハブ・コントロールっ!)

 

(そのまま防御は頼むぞ、ヒメっ! 突っ切る!)

 

 

 己の半身が鏡を操作するイエスの相槌を聞きながら、剣は機体を加速させて一夏達から先行する。

幾度かレーザーが飛来するが、その全てを1対の鏡が全て弾き飛ばしていた。

 

 

(フハハハッ、脳波コントロールができる私の鏡にレーザーなんて効くかぁっ!!)

 

 

 変にテンションが高いヒメ相手に苦笑を混ぜながら、先頭グループへ合流すると挨拶替わりとばかりにレーザーが飛んでくる。

発射してきたのはターンバックの体勢になったセシリアの【ブルー・ティアーズ】だった。

 

 

『やるなっ!』

 

『先にはいかせません、剣さんっ!』

 

 

 長大な大出力BTライフル【ブルー・ピアス】からレーザーが発射され、二つの鏡がそれを弾く。

それと同時に、レーザーとは異なる赤いビームが飛来し、間一髪で鏡がそれを弾いた。

 

 

『セシリアにっ、簪かっ!』

 

『うん、このまま先頭は渡さないからっ』

 

 

 現在1位を維持している簪からの先制攻撃を、かろうじて対処することに成功した都牟刈だったが意識の中でヒメが叫んでいた。

 

 

(さっ、流石に二人同時は無理でーすっ!)

 

 

 先ほどまでのテンションはどこへやらと、突っ込みたくなる剣だったが飛来してくるレーザーとビームの数は増えている。

ただこのままなすが儘にやられるわけにはいかない。

 

 

(防御はそのまま継続してくれっ! 切り抜ける策はあるっ!)

 

(りょうかーい!)

 

 

 ヒメの言葉と同時に、再び飛ぶ斬撃を繰り出す都牟刈。

先程と同じく大きく振られた見えない刃はコースを駆け抜け、ブルー・ティアーズと弐式・飛燕へと向かう。

そのままブルー・ティアーズには直撃し体勢を崩すことに成功するが、弐式・飛燕は踊るように斬撃を回避してみせた。

まるで見えないはずの斬撃が見えている(・・・・・)かのように。

 

 

『飛ぶ斬撃、そのデータは見せてもらってるから入力済みっ。予測もできるから効かないっ!』

 

『流石っ!』

 

 

 ターンバックしつつ先行する弐式・飛燕の左マニピュレータにある【掌部ビーム砲 飛鳥】が煌めく。

だが彼女がその攻撃をしてくるのは、剣も承知していた。

故に、意識の中の半身へと叫ぶ。

 

 

(ヒメ、簪の攻撃は防がなくていい(・・・・・・・)っ!)

 

(えっ、いいのっ!?)

 

(いいっ!!)

 

 

 ヒメへの返事と同時に、弐式・飛燕の掌部からビームが発射された。

ビームへ防御武装の2つの鏡は動かなかった。だがその代わりに、2つの【玉】がその射線上に出現していた。

ビームはそのまま玉を破壊しただけで、都牟刈本体へは届かなかった。

 

 

『っ、あれは!?』

 

 

 この場で剣が何をしたのか、それを簪はよくわかっていた。 

今破壊された玉の残骸が落下していく中、都牟刈の背部非固定浮遊部位(アンロックユニット)の剣と車輪が組み合わさったような【紋章型のモジュール】の宝玉が力を示すかのように光り輝いていた。

九つの宝玉の内、今輝いているのは四つ。それが何を意味するのか、簪は理解していた。

 

 

(まさかっ、八握剣(やつかのつるぎ)をっ!?)

 

 

 都牟刈が装備している戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】。

その最大火力となる【八握剣(やつかのつるぎ)】は、エネルギーチャージ用の宝玉4種を破壊することで使用が可能になる。

だが、それは最大火力を用いる場合だ。正確には八握剣は2つ宝玉を破壊すれば使用できるのだ。

最大火力の全長150mのビームサーベルには及ばないが、巨大なビームサーベルを形成することには変わりがない。

その脅威を、都牟刈の整備に深く関わっている彼女はよく知っていた。

 

 

布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

 

 音声認識のためのコードを剣がつぶやいた瞬間、簪は目を見開いて一瞬だけだが確かに機体の挙動が鈍った。

それを見逃す剣ではなかった。

 

 

『……なんてな』

 

 

 おどけた様に笑みを浮かべた剣。

その瞬間、弐式・飛燕の背後の空間が歪んでワイヤー(・・・・)が飛来したのだ。

 

 

『っ、【蛇比礼(おろちのひれ)】っ!? なんで後ろからっ!?』

 

 

 がっしりと左マニピュレータに絡みつく鉤爪型のワイヤーを見て、簪が驚愕の声を上げる。

このレースは己が先頭で進行して、現在もターンバックしつつ進んでいる。

蛇比礼(おろちのひれ)】は【天磐船】の力場から展開する捕獲用の装備であることは彼女も知っているが、自分が先行しているということは背後からワイヤーが届くはずがないのだ。

 

 だが、ハッと脳裏に閃きが奔る。

先程1つだけ【天磐船】が後方に飛んでいったことに、気づいたのだ。

 

 

『まさか、さっきの【布都御魂】!?』

 

『正解だっ!!』

 

 

 ぐっとワイヤーに引かれる弐式・飛燕はたまらず、左マニピュレータをパージすることで牽引力から逃れるが、その隙に都牟刈は加速していた。

ターンバックを解除して弐式・飛燕の出力を高めてコーナーをほぼ同時に曲がる。

その機動力に着いていけている都牟刈を見て、簪はうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 

『まだまだ、これからだよっ!』

 

 

 彼女の言葉の後に、背後からのアラートが響く。

防御武装の2つの鏡が動いて、背後から迫っていたレーザーを弾く。

 

 

『お二人のダンスに割り込ませてもらいますっ!!』

 

 

 高速で迫るセシリアと、一夏達後続の専用機。

簪の言う通り、まだまだキャノンボール・ファストは始まったばかりなのだ。

 

 

(マリカなら3週で終わるのになーっ!)

 

 

 ヒメがそう叫ぶが、楽しそうな声色は隠せていない。

それは剣も同じで。

 

 

『あぁっ、やってみせるさ』

 

 

 レースが2週目に入る――その時、異変が起こった。

 

 

 上空から、光が降り注いだのだ。

その光は、立体コースを翔けていたISを狙ったもの。

 

 その攻撃に反応できたのは、先頭グループと後続グループのメンバーたち。

位置取りが悪く、反応が遅れてしまったのはシャルロットとラウラであった。

あまりに突然の攻撃に、両機はスラスターを完全に撃ち抜かれてコースアウトしていく。

 

 

『っ!?』

 

 

 降り注いだ光の回避に成功した剣が、上空に視線を向ける。

ハイパーセンサーが捉える突然の襲撃者。

 

 

『あれは……サイレント・ゼフィルスっ!?』

 

 

 同じく回避に成功し、隣で静止したセシリアが驚愕の声を上げる。

 

 

『なぜ、あの機体がここに……っ!?』

 

 

 セシリアの疑問の声ももっともだが、すでに剣の思考はキャノンボール・ファストを楽しむ【1人の生徒】から切り替わっていた。

日ノ本の人間を守る、という【草薙之剣】としての思考へと。

 

 スラスターを撃ち抜かれて壁に激突したシャルロットとラウラを守るように機体を動かす。

防御武装【沖津鏡(おきつかがみ)】、『辺津鏡(へつかがみ)】が(ヒメ)の意志をくみ取って2人を守るように動く。

同じように彼女達を守るように、一夏の白式・雪羅も傍によって来る。

 

 次の瞬間、BTライフルの攻撃が降り注ぐ。

だが全てのレーザーは、2つの鏡と雪羅が展開したエネルギーフィールドに弾かれた。

 

 

『……っ!!』

 

 

 その様子を眺めていたセシリアは、ギュッと表情を引きしめて機体を動かす。

 

 

『セシリアっ!!』

 

 

 剣が彼女の名を叫ぶ。

少しだけ振り返った彼女は何も言わない。

 

 

 だが、彼女の瞳は雄弁に物語っていた。

 

 

 ――奴はわたくしに任せてほしい、と。

 

 

 その彼女の瞳へ、剣は静かに頷いた。

剣の返事を確認した彼女は、少しだけ微笑んだ後、襲撃者であるサイレント・ゼフィルスへと飛翔していく。

 

 

 その姿を、サイレント・ゼフィルスの搭乗者も捉えたのかバイザーで隠されていない口元を歪める。

 

 

『貴様は、あの時のっ』

 

『今日こそその機体、返してもらいますわっ!』

 

 

 高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】が齎す大出力で真っすぐにサイレント・ゼフィルスへと迫る。

迎撃のため、BTライフルが向けられるがサイレント・ゼフィルスの下方からビームが飛来する。

パージせず残していた右の【掌部ビーム砲 飛鳥】で攻撃を加えたのは簪の弐式・飛燕だった。

 

 

『チっ……』

 

 

 飛来したビームを踊るように回避したサイレント・ゼフィルスだったが、すぐそばまで迫っていたブルー・ティアーズを迎撃するには遅かった。

サイレント・ゼフィルスの両腕を押さえつけるように飛翔し、そのままアリーナのシールドバリアへと押し付ける。

スラスターを全開で吹かし、何度も叩きつけるかのように突進を続けていると4度目の突進で、バリアを突き破った。

 

 

『貴様……っ』

 

『わたくしの名はセシリア・オルコットっ、このBT1号機ブルー・ティアーズを預かる者の力、存分にお見せしましてよっ!』

 

 

 割れたバリアの隙間から、そのまま蒼い2機のISが市街地上空へと飛翔していく。

 

 

『セシリアっ!』

 

 

 割れたバリアから後を追うように一夏が飛び出していこうとするが、雪羅のマニピュレータを掴んで剣が引き留める。

 

 

『一夏、少し落ち着け』

 

『でも……っ!』

 

『セシリアは任せてくれ、と伝えてくれた。ならば俺達は会場の皆を安全に避難させるべきだ。襲撃者が奴1人だけとは限らないからな』

 

『っ……あぁ、そうだっ、今日は弾の妹の蘭も、来てるんだったっ』

 

『なら、猶更だ。シャルロットとラウラは俺に任せて、観客の避難を優先してくれ』

 

 

 剣の言葉に一夏がコクリと頷く。

 

 

『わかったっ、箒っ、手伝ってくれるか!』

 

『あぁっ!!』

 

『蘭の事でしょ、わぁ~ってるわよっ!!』

 

 

 一夏に続いて、箒と鈴がパニックを起こしている観客たちの元に向かう。

剣は壁に激突したシャルロットとラウラの元へ簪と共に降下していく。

 

 

『2人とも、生きてるな?』

 

『うん、何とかね』

 

『あぁ。だが、戦闘は無理だな……避難の支援も正直かなり厳しい』

 

『2機ともスラスターを完全に撃ち抜かれてるから、PICで浮くことは何とかってところ、だと思う』

 

 

 簡単に両機をスキャンした簪が状況を伝える。

その言葉にコクリと頷く。

 

 

『なら俺と簪で2人をアリーナに下す。その後は生身で避難誘導をしてくれ。たっちゃんと彼女の部下の人達が率先して避難誘導しているはずだから、それに従ってくれればいい』

 

『あぁ、できることが少ないからな、了解した』

 

『うん、わかった』

 

『簪も、避難誘導を頼む』

 

『うん。わかったけど……剣は?』

 

 

 ISの展開を解除したシャルロットをマニピュレータで抱きかかえる。

剣も同じようにラウラを抱きとめて降下を開始するが、彼の視線は上空の割れたシールドバリアの、その先へと続いていた。

 

 

『俺はセシリアを、迎えに行く。彼女はきっと、サイレント・ゼフィルスを倒すだろうから』

 

 

 そう返答した言葉は、彼女への信頼にあふれたものだった。

 

 


 

 

 サイレント・ゼフィルスがアリーナを強襲したことで発生したパニックは未だ収まっておらず観客たちはスタッフの誘導に従って避難を進めている。

そんな中、静かに立体コースを眺めるものがいた。

 

 

「専用機持ちがひい、ふう、みい……エムは1人で連れていかれちゃったのね。彼女(・・)を呼ぶのは癪だけど……必要かもしれないわね」

 

 

 年齢は20代後半ほどだろうか。

金髪に豪華な赤いスーツ、そしてシャープな造形のサングラスで目元を覆う女性はアリーナの様子を眺めながらそう呟いた。

胸元のポケットから小さな通信端末を取り出して開き、コンソールを操作する。

数度画面を押した後、パタンと端末を閉じてしまい込んだ。

 

 カツン、と靴音が響く。

金髪の女性が視線を横に移すと、一文字槍を手にした更識楯無が彼女をにらみつけていた。

 

 

「まさか【亡国機業(ファントム・タスク)】のエージェントがこんなところで試合観戦だなんて、招待もしていないのに図々しいとは思わないのかしら?」

 

 

 ヒュンヒュンと掌の上で一文字槍を回転させる音が響く。

その様子に金髪の女性が美しい口元に笑みを浮かべた。

 

 

「そう」

 

 

 彼女が振り向く。刹那、楯無に向かって煌めくナイフが投擲される。

だが、すでに彼女の周りには【制空権(・・・)】ができている。

その動きは先の学園祭で八坂焔が使った槍術と全く同じものであった。

 

 

「マナーを知らないのかしら?」

 

 

 高速回転している一文字槍の柄が、迫るナイフを弾き飛ばして床に落とす。

そのまま上段に槍を構えた彼女の様子に少しだけ驚いたように、ステップで距離を取る女性。

 

 

「あら、その技……八咫流槍術【海神(わたつみ)(ことわり)】だったかしら?」

 

「会話が成り立たないわね。質問文に質問文で返すとテストで0点だということ、常識よ?」

 

 

 彼女の言葉にクスリと笑みを浮かべる女性は、パチパチと軽い拍手を楯無に送る。

 

 

「その技、失伝していたんでしょう? 復伝したようでなによりだわ」

 

 

 彼女のその言葉に、楯無は内心で驚いていた。

己の使う技が失われていたことを知っている。

それはつまり【亡国機業(ファントム・タスク)】の背後に、八坂焔の存在が少なからず関係している事を示していた。

 

 余談だが、彼女の使う【海神の理】は八坂から手に入れた八咫流槍術の指南書を読み解いた更識家で完全に復元されている。

元々の更識の槍術が回転を主軸に踊るように一撃を繰り出すものであったためか、復元にはそう時間がかからず数週間程度で彼女も実戦で使用できる程度の練度で修めることに成功していた。

 

 

「【亡国機業(ファントム・タスク)】の【土砂降り(スコール)】……あなたの目的は何?」

 

『あら、いうわけないじゃない。せっかくいいシチュエーションができたっていうのに』

 

 

 金髪の女性――スコールはそう言って自身のISの左腕を部分展開して、かけていたサングラスを放り捨てる。

 

 その刹那、一文字槍を手放した楯無は同じくISの右腕を部分展開して跳躍していた。

跳躍先はアリーナに敷設された手すり。跳躍した際の加速を殺さずに、足場として利用する体術【天鳥船】でスコールへと飛びかかる。

右マニピュレータには呼び出されたランスが握られており、その加速全てを威力に乗せることが可能であった。

 

 楯無の跳躍を見た瞬間、防御へ移行していたスコールはマニピュレータで迫るランスの刺突を受け流す。

キィンという高い金属音と火花が両者の間に奔るが、行動が速かったのは楯無であった。

なぜならば、ランスの穂先は三度(・・)煌めくからだ。

 

 スコールの反撃よりも早く引き戻されそして再び力を蓄えて放たれる、ランスの煌めき。

頭部狙いの初撃とは異なり、中段構えから全身のバネを使って踏み込みつつ放たれた一撃。

 

 

『ッ』

 

 

 楯無の戦闘能力の見積もりを誤ったかと目を細めたスコールだったが、彼女は二撃目の刺突にも反応してみせた。

一撃目の刺突を払ったマニピュレータをそのままに、ランスを弾き落す。

次はこちらの番だとばかりにマニピュレータを構えようとするが、加速した意識は楯無の笑みを捉えていた。

 

 弾き落されたランスは、今度は足元を狙うかのように軌道を変化させたのだ。

すでに刺突よりも、薙ぎ払いの動作。楯無の本命はこの三段目の薙ぎ払いだったのだ。

スコールは咄嗟にバックステップで回避を図る。

 

 この技も【海神の理】と同じく、復伝された八咫流槍術の1つ。

その名は――

 

 

――  八咫流槍術 弐式【海神(わたつみ)三針(さんしん)】 ――

 

 

『ッ!?』

 

 

 彼女の舌打ちをかき消すかのような薙ぎ払いの一撃。

結果で言えばスコールのバックステップによる回避は、成功していた。

だが無傷ではない。

彼女が身についている豪華な赤色のスーツ、ちょうどスカート部分の一部をランスが抉り切っていたのだ。

 

 バックステップで楯無の射程距離から離れたスコールは、切られたスカート部に視線を落とした後フッと笑みを浮かべた。

 

 

『あら、中々やるわね』

 

『えぇ。これでも私、護国の要の1人ですもの』

 

 

 楯無の言葉を受けて、スコールは少し思案顔になった後に肩をすくめた。

 

 

『今のあなたと戦うのもいいんだけど……残念ながら、それはまた別の機会にさせてもらうわね』

 

 

 ISを部分展開していない右腕で髪をすいたスコールは、髪の中に仕込んでいたナイフを投ずる。

 

 

『そんなものっ!』

 

 

 ランスの回転による制空権が、楯無の周りに現れる。

投擲されたナイフは、ランスの高速回転によって容易く弾かれた。

しかしその瞬間、ナイフは大爆発を起こした。

 

 

『目くらましっ!?』

 

 

 もうもうと辺りを覆う黒煙。

この程度の視界阻害はISにとってはないにも等しい。だがハイパーセンサーではすでに逃走し、範囲外に出ようとしているスコールを捉えていた。

向こうも楯無の様子は把握しているらしく、わざとらしくウィンクした後、彼女の反応はハイパーセンサーの探知範囲外に出てしまった。

 

 

「……これで二度目。我ながら情けないわね……こんな体たらくじゃ」

 

 

 部分展開していたISを格納し、放り捨てた一文字槍を拾い上げて拡張領域に格納する。

その間彼女は己の唇を悔しそうに噛み締めていたが、まだ避難は完全に完了したわけではない。

ギュッと表情を引き締めた彼女は、そのまま避難誘導のために走り出した。

 


 

 市街地上空 1000m

 

 ISアリーナから飛び出たブルー・ティアーズはサイレント・ゼフィルスを押えたまま上昇し続けていた。

セシリアがこの高度(フィールド)を選んだ理由は、BT粒子の十分な減退距離を稼ぐためであった。

初速は光速で速度に秀でているレーザーだが、空気中では大きく減退を起こす。

地上から1000mも離れれば、市街地への影響はほぼないといっていい。

 

 だが、いつまでも押さえつけられているエムではなかった。

 

 

『いい加減に離してもらおうかっ!』

 

 

 左脚のスラスターを点火させた蹴りを繰り出したサイレント・ゼフィルス。

咄嗟に機体を離して、大出力BTライフル【ブルー・ピアス】を出現させる。

セシリアと全く同じタイミングでBTライフル【スター・ブレイカー】を展開して、砲門を開いた。

 

 市街地上空を全く同じ色のレーザーが空を放たれ、消えていく。

蒼穹の空と同じ色をした蒼いISと、蝶を模った蒼紫のIS。

 

 搭乗者の純粋な技量は互角。

しかし、戦況は圧倒的にセシリアが不利の状況であった。

 

 

『くっ!!』

 

 

 サイレント・ゼフィルスのビットを含めて放たれた6つのレーザーが、高速旋回して避けたはずのブルー・ティアーズに向けて歪曲してくる。

ブルー・ティアーズは瞬時加速で上方に逃れるが、それでもレーザーは歪曲して追跡してくる。

 

 

『このっ!!』

 

 

 咄嗟に近距離用のショートブレードであるインターセプターを展開して、迫るレーザーに向かって放る。

迫る6つのレーザーが歪曲する直前にインターセプターが干渉して、そのエネルギーを四方に散らせることに成功する。

当然、インターセプターは6つの熱エネルギーを受けて四散してしまったが。

 

 

『ほう』

 

 

 セシリアが行ったレーザーの回避方法に、エムは少しだけ驚いたような声を上げた。

だが、すぐにビットと共にライフルの砲口を向ける。

 

 

『こちらだってっ!!』

 

 

 ブルー・ピアスのトリガーを3度引いて、レーザーを放つブルー・ティアーズ。

だが、そのレーザーはサイレント・ゼフィルスに届く前に2基のシールドビットが盾となって、エネルギーを散らしてしまう。

当然ながらサイレント・ゼフィルスは無傷であり、セシリアから一定の距離を取るかのように後退する。

 

 

(くっ、こちらの攻撃は届かず……あちらの攻撃は、偏向射撃(フレキシブル)でこちらに届いてしまう……っ!!)

 

 

 歯ぎしりの小さな音が己の心に響く。

 

 ブルー・ティアーズとサイレント・ゼフィルス。

機体性能面でもブルー・ティアーズの分が悪いのだが、それ以上に決定的な違いがある。 

 

 

 それは、偏向射撃(フレキシブル)の有無であった。

 

 

 通常一発撃った弾丸は、回避さえしてしまえばその後の脅威はない。

だが、偏向射撃(フレキシブル)の場合は状況は大きく異なる。

先程の様に、高速旋回で回避したとしても歪曲して命中するまで追ってくるホーミング攻撃となるのだ。

 

 現在のセシリアとブルー・ティアーズには、できない芸当が相手はできる。

それが戦況を大きく不利にしている原因だった。

 

 もちろんこの状況でもセシリアは偏向射撃(フレキシブル)を発現させようと、トリガーを引く際に意識を傾けていた。

しかし現実は変わらない。放たれるレーザーはそのまま直進して、シールドビットに弾かれるだけ。

 

 

『さぁ、これならどうだ?』

 

 

 まるで相手を嬲るような笑みを浮かべるエムが、先ほどと同じく6つのレーザーを放つ。

円の軌道で、サイレント・ゼフィルスを中心に高速旋回していたブルー・ティアーズへとレーザーが迫る。

 

 急激に高度を下げて回避行動に移るが、6つのレーザーはまるで獲物に迫る肉食獣のように執拗に追いかけてくる。

 

 

『放るっ、銃をぉっ!!』

 

 

 拡張領域から普段使用している【スターライトMK-Ⅲ】を左手に展開。

そのまま、迫るレーザーへと放る。

先程のインターセプターと同じく、レーザーは歪曲の瞬間に放られたスターライトMK-Ⅲに命中して今度は爆発を生じさせた。

 

 

 偏向射撃(フレキシブル)は戦況を大きく支配している一因だ。

しかし、防御することができないわけではない。

先程からセシリアが行っているように、レーザーの盾となる物体を用意すれば防御は十分可能なのだ。

 

 

(後手を取ったら負けるっ、攻めなければっ!!)

 

 

 歯ぎしりをしながら、爆発から距離をとるブルー・ティアーズ。

だが、その爆発を突き破った閃光が左マニピュレータを貫いた。

 

 

『きゃぁっ!?』

 

 

 左マニピュレータから生じた爆発と衝撃で、ブルー・ティアーズは弾き飛ばされるがすぐさまAMBACで体勢を整る。

スターライトMK-Ⅲが爆発した爆煙が消え、現れるのはサイレント・ゼフィルスだ。

 

 

『一度見せた手が私に通用すると思ったか?』

 

 

 見下すようなエムの言葉にギリッと奥歯をかみしめる。

 

 

『だが、一度目は見事な回避だった。それだけは伝えておこう』

 

 

 エムが次に口にしたのは称賛の言葉。

だが明らかに自分のほうが上で、セシリアを格下に見ている声色だ。

現に、バイザーから見える口元にはいびつな笑みが浮かんでいた。

 

 

『……いささか時間がかかったが、そろそろ遊びは終わりだ』

 

 

 再びビットが展開され、砲門が開く。

勝負を決めに来ているのは明白であった。

 

 

(最後の切り札……使うしか、ないっ!!)

 

 

 ギュッと表情を引き締めたセシリアもブルー・ピアスを格納して行動を起こす。

 

 高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】の禁じ手。

それは、閉じられてスラスターと化しているビットのトリガーを引くことだ。

これを行えば最悪機体は空中分解する危険性をはらんでいるが、リスクは全て度外視した彼女は躊躇わなかった。

 

 

『ティアーズ、フルバーストッ!!』

 

 

 彼女の咆哮と共に、閉じられた砲門からの4門同時発射。

それが彼女に残された最後の切り札であり、偏向射撃(フレキシブル)が使えない彼女にとっての、最大威力の砲撃。

 

 4つの閃光がサイレント・ゼフィルスへと迫る。

 

 だが――

 

 

『無駄だ』

 

 

 サイレント・ゼフィルスは、シールドビットを起動。

4つのレーザーの内、回避できる2つを高速ロールで躱し、回避できないコースの2つをそれぞれシールドビットで弾き受け流してしまった。

そのまま瞬時加速で高機動移動手段を喪失した、ブルー・ティアーズへと迫る。

 

 

 ザクッ、とスター・ブレイカーの銃剣が、セシリアの右腕を貫いた。

 

 

『あああああぁぁぁぁぁぁーっ!!!』

 

 

 蒼穹の空に、セシリアの絶叫が響く。

貫かれた右腕からは鮮血がほとばしり、引き抜かれたナイフにはべっとりと彼女の血が付着している。

 

 

『これで、終わりだ』

 

 

 エムとしてはセシリアの絶叫が耳に心地いいが、目的は別にある。

だからこれで本当に遊びは終わりにするために、急所へと狙いを変える。

 

 

(――ああ、もう、どうしようも……ない……のですね)

 

 

 迫る銃剣の煌めきが、痛みに霞む目でもはっきりと見えてしまう。

最後の切り札も効かず、もう闘志も消えかけている。

 

だがそんな彼女の意識の中で、何かが聞こえた。

 

 

 ――水面に落ちる一滴の水。

 

 ――どこまでも澄んだ蒼の空。

 

 ――空の水面に静かに波紋が広がっていく。

 

 

 ――それは幻覚ではない、とセシリアは不思議と理解していた。

 

 

(……あぁ、わたくしは、一人ではないのですね)

 

 

 ――この感覚を、誰が齎してくれているのかを。

 

 ――そして己が何を願えばいいのかも。

 

 

(お願い……ブルー・ティアーズ……力を、最後の力を貸して)

 

 

 痛みで震える左腕を空にかざす。

 その瞬間、意識が広がっていく。

 

 

 ――広大な蒼穹の空が、まるで己の心の中の水面と同化したかのように。

 

 ――水面に映る最後の力を、加速した意識は正確にとらえる。

 

 

『あぁ、こんな簡単なことでしたのね……ブルー・ティアーズ』

 

『……何のつもりだ?』

 

 

 息も絶え絶えの獲物の最後の行動に、理解ができないエム。

セシリアは指でピストルの形を作って、エムへと向ける。

 

 

『……バーン』

 

 

 当然、指の先からは何も発射されない。

だが、次の瞬間、サイレント・ゼフィルスを頭上から4つのレーザーが貫いたのだ。

 

 

『なっ!?』

 

 

 それは、偏向射撃(フレキシブル)

BTエネルギー高稼働時のみに使用できる、BT系列の到達点。

それをこの土壇場でセシリアは自分のものにしてみせたのだ。

 

 

『この、状況でっ、偏向射撃(フレキシブル)に目覚めたのかっ!? ぐあっ!?』

 

 

 サイレント・ゼフィルスを貫いたレーザーは、下方に貫通し歪曲して再び襲い掛かりそのままビットとシールドビットの1基を貫く。

ストライク・ガンナーの禁じ手として放った高威力のレーザーだからこそ、装備を破壊することができた。

しかし、そこでレーザーの威力は減衰してしまった。

 

 だが、まだ最後の武器が残っていた。

血が滴る右腕に展開されたブルー・ピアスの照準を、サイレント・ゼフィルスへと向ける。

 

ISの搭乗者保護が発動しているとはいえ絶えず激痛が走る腕に、偏向射撃(フレキシブル)の反動か痛む頭。

だが、その銃口は少しもずれていなかった。

 

 

『……これで終焉(フィナーレ)ですわ』

 

 

 完全に無防備になった、サイレント・ゼフィルスへ向かいトリガーを引く。

 

 

 ――だが、カチンと空虚な音が響いただけだった。

 

 

(エネルギー、切れ……っ)

 

 

 コンソールに表示されている残存エネルギーはすでに空。

アラートもひっきりなしに表示されている。

 

 

(……約束、したのに)

 

 

 ギュッと唇をかみしめるが、機体はもういうことを聞いてくれない。

 

 

『……雑魚風情が、最後はエネルギー切れかっ、調子に乗ってくれてっ!』

 

 

 セシリアの最後の射撃が不発に終わったことに、無防備になっていたエムはようやく気が付いた。

静かな口調だが、その声色は怒りしか感じさせない。

 

 

『死ねっ!!』

 

 

 力なく降下を続けているセシリアに向かって、先ほどの鬱憤を晴らすかのようにスター・ブレイカーの砲口が開いた。

コンマ数秒以下で致命的な隙を晒したセシリアは撃ち抜かれてしまっていたことだろう。

 

 

 ――だがそうはならなかった。

 

 

『ぐはっ!?』

 

 

 何故ならばサイレント・ゼフィルスは、上方から高速で割り込んできた翡翠色の光に蹴り飛ばされて吹き飛んだのだから。

 

 

『つ……るぎ……さ……』

 

 

 普段以上に負荷をかけた脳、絶え間なく届く右腕の激痛によって霞んでいく彼女の視界。

だが翡翠色の粒子を絶え間なく溢れさせて、己を守護してくれた存在にはピントが合った。

搭乗者である彼が浮かべている微笑みも、はっきりと読み取れるくらいに。

 

 

 ――お疲れ様。あとは任せてくれ。

 

 

 確かに、小さく彼の唇はそう動いた。

優しく抱きかかえていられるぬくもりの中で、セシリアの意識は途絶えてしまった。

 

 

『チィっ!?』

 

 

 弾き飛ばされた機体を即座にAMBACで立て直してみせるエム。

だが攻撃は続いていた。

ガクンと、機体が何かに引っ張られたのだ。

 

 

『っ、ワイヤーっ!?』

 

 

 サイレント・ゼフィルスの背後の空間から鉤爪付きのワイヤーロープが出現しており、それが右腕部マニピュレータを絡めとっていた。

引き離そうにも雁字搦めの状態で巻き付き、鉤爪もマニピュレータをがっしりと掴んでいるため引き離すのは不可能に近い。

 

 そしてサイレント・ゼフィルスがワイヤーによって機動を阻害されている間も、相対者である【都牟刈】は動いていた。

戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】は完全稼働状態であり、ウイングスラスターからは翡翠色の粒子が絶えず溢れている。

レース中は四つまでしか点灯していなかった九つの宝玉もすでに全てが点灯しており、音声認識ですぐさま【八握剣(やつかのつるぎ)】も使用可能であった。

 

 だが都牟刈は通常装備である実体剣【無名】を構えて、振るう。

近接用装備の実体剣とサイレント・ゼフィルスとの距離は20mほど。

ISには一瞬の距離だが、明らかに射程の外。

 

 だというのに、まるで斬られたかのような【衝撃】がエムを襲っていた。

 

 

『ぐっ!? まさか飛ぶ斬撃だとでも……ぐぅっ!?』

 

『【布都御魂(ふつのみたま)】。貴様には勿体ない技だが、その痛みはセシリアの痛みと知れ』

 

 

 二度、三度、空を切り裂く無名の刃から放たれる、不可視の【斬撃】。

威力はそのものは大したことはない。

しかし、セシリアの偏向射撃(フレキシブル)によって具現維持限界(リミット・ダウン)間近の今のサイレント・ゼフィルスにとっては十分な脅威であった。

 

 

『このっ、程度でぇっ!!』

 

 

 エムは右腕部マニピュレータを【十種神宝】の捕獲用ワイヤー【蛇比礼(おろちのひれ)】に巻き取られながらも、AMBACを成功させてみせた。

機体の一部を拘束されながらもAMBACを成功させた彼女の技量は、本来は称賛すべきことなのだろう。

 

 しかし、今の剣にそんな考えは微塵も存在していない。

何故ならエムは日ノ本を、左腕の中で意識を失った友人を、仇なす存在だからだ。

ならば、自分がすべきことは1つ。

 

 

『セシリアはお前に勝っていた……もはやお前は詰んでいる』

 

 

 彼女がAMBACを成功させた瞬間には、剣はすでに【布都御魂】によって新たに配置していた【天磐船】と【天鳥船】によって加速し【無名】を彼女へ突き立てるべく間合いに踏み込んでいた。

大きく右腕を反るような構えから繰り出す刃の軌跡は、彼女の胴を狙った神速の一撃。

 

 

――  草薙流剣術 壱式【大蛇裂(おろちさき)】 ――

 

 

『ッ!?』

 

 

 ぞくりと眼前に迫る寒気へ向けて、虎の子のシールドビットを割り込ませるエム。

その判断は正しかった。

甲高い破砕音を響かせてシールドビットは上下真っ二つに切断されて爆発する。

もしシールドビットを割り込ませなければ、上下真っ二つになっていたのは己の身体自身であると錯覚させるほどに鋭い一撃であった。

 

 

(くっ、織斑(・・)でもないこんな奴などに……ごっ!?)

 

 

 最後のシールドビットを盾にして剣の一撃を防いだエムだったが、スラスターによって加速された蹴りを腹部に叩き込まれたことによって弾き飛ばされる。

そして即座に、彼女の背後の空間から伸びるワイヤーが2つ。

左マニピュレータをフック型の先端を持つ【蜂比礼(はちのひれ)】が、胴体部分を手錠型の先端を持つ【品物之比礼(くさぐさのもののひれ)】がそれぞれ拘束して縛り上げる。

すでに捕らえられていた右マニピュレータと合わせて、エムは身体の3か所を拘束されてしまった。

 

 

(このまま捕獲でもする気……か……っ!?)

 

 

 エムが己を捕える目的に意識を裂くが、すぐさまそれは誤りであったことに気づいた。

それは自分を見下ろす相対者の瞳の色にあった。

 

 

一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむななやここのたり)

 

 

 彼女を見下ろす剣の視線は、研がれた刃のように鋭く、同時に氷のように冷たかった。

左腕の中で眠るセシリアへの負担を考えて、最大火力を切ることを選択したのだ。

 

 

布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

 

 キャノンボール・ファストのレースでも、詠み上げた祝詞。

先ほどのブラフ目的ではなく、眼前の日ノ本の脅威を討ち払うために明確な殺意(・・)を持って。

 

 目の前に量子展開された剣の柄を掴み上げる。

 

 

八握剣(やつかのつるぎ)、起動』

 

 

 顕現した柄を引き抜くと、刀身から光の粒子が溢れ光柱となる。

市街地へは届かないが、その光の刃は市街地からでもはっきりと視認できるほどの大きさだ。

全長150mの大型ビームサーベルが、そのままエムへ向かって振り下ろされた。

 

 

『くっ、こんなものっ、こんなものぉっ!!』

 

 

 【十種神宝】の捕縛用ワイヤー3種を引きちぎろうと出力を上げるサイレント・ゼフィルスだが、ワイヤーの切断には至らない。

捕縛されても通常ならビット兵器によって状況を脱することもできるだろうが、肝心のビット兵器のすべてをブルー・ティアーズに破壊され最後のシールドビットも先程切り捨てられた。

 

 

 この状況はもはや詰みといってもいい。

 

 

 セシリアによって撃墜寸前まで追い詰められた今のサイレント・ゼフィルスでは、絶対防御が発動してもあのビームサーベルは間違いなく防ぎきれない。回避も3つのワイヤーで行えない。

彼女の目的のためにはこんなところで死ぬわけにはいかない。

だが確かに眼前に迫る濃厚な【死】の気配に、エムはなす術もなかった。

 

 

『死ね』

 

 

 超巨大ビームサーベル【八握剣(やつかのつるぎ)】に飲み込まれる瞬間、エムは確かにその言葉を聞いた。

 

 

『やれやれ。こんなところで消えてもらっては困るな、マドカ(・・・)?』

 

 

 エムにとっては聞きたくもない()の声が耳元で聞こえた瞬間、彼女の視界は【黒い靄(・・・)】に包まれた。

 

 

『……』

 

 

 光の粒子が振動する轟音を響かせて、振り下ろされた刃が消える。

同時に都牟刈のエネルギーが危険領域に突入してコンソール上にアラートが表示された。

 

 だがそんなことは今の剣にはどうでもいい。

八握剣(やつかのつるぎ)】を振り下ろし、サイレント・ゼフィルスを飲み込む瞬間確かに見えたのだ。

 

 

 ――幾度となく辛酸をなめさせられた【黒い霞(・・・)】を。

 

 

(……八坂、がいた)

 

(……うん。私も見えた)

 

 

 ヒメの言葉に静かに頷いて答える。

ハイパーセンサーを熱源に特化させて周囲を見回すが、すでに反応は消えていた。

 

 

(奴の目的は何だ? 何のために行動しているんだ?)

 

(分からないけど……【亡国機業(ファントム・タスク)】とつながりがあるのは確かだよね)

 

 

 彼女の言葉で思考の海に沈みかける剣だったが、左腕の中で小さく声を漏らしたセシリアに意識が向かう。

都牟刈の搭乗者保護機能の対象にセシリアも含んでいるが、それでは根本的な解決にはならないことは明白だ。

 

 

(ひとまずはセシリアを学園へ連れて行く。設備は学園のほうがあるだろう)

 

(そうだね、女の子に傷残すのはまずいからね)

 

 

 ヒメの言葉に頷いた剣は、都牟刈を反転させて飛行していった。

 

 




次回予告

「第19話 クラウド・ハート」

「私と組んでほしい。今の実力がお姉ちゃんにどこまで通用するか、試したいから」

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