「せーの」
「一夏、誕生日おめでとうっ!」
シャルロットの声を合図に、一夏の両サイドからパァンパァンとクラッカーが鳴る。
クラッカーに遅れて、一夏を囲むように拍手が起こる。
「おっ、おう。皆、サンキュ」
場所は織斑家。時刻は夕刻5時。
織斑家にはかつてないほどの人数が集まっていた。
箒、セシリア、鈴、ラウラ、シャルロット。
男友達の御手洗一馬と五反田弾、その妹の蘭。
そして、草薙&更識メンバーである楯無、剣、虚、簪、本音。
そのうえ、新聞部のエース黛薫子までいて、リビングはパンク寸前であった。
テーブルの上に置かれたのは様々な種類のケーキ。
弾の妹である、蘭の手作りらしいケーキも混ざっており十分全員が食べられる量だけ存在していた。
加えてなぜか一夏の前にはラーメンの丼が置かれており、熱々の様子であった。
「あの後で騒げるもんだな」
壁に寄りかかって手に緑茶入り紙コップを持った剣が小さな声量で呟く。
それに気づいたのは、すぐそばにいた楯無であった。
「あの後だからこそ、皆こうして騒ぎたいのよ。結局、
彼女も剣に聞こえる程度の声量でそう返す。
楯無の言う通り、キャノンボール・ファストにて発生した襲撃事件の目的は不明であった。
報告では観客席に亡国機業のスコールというエージェントがいたらしいが、楯無との戦闘の後はすぐさま逃走しており捕獲までには至っていない。
また剣とセシリアが戦闘を行ったサイレント・ゼフィルスも明確な撃墜は確認できていない。
ただ都牟刈の戦闘データには【八握剣】が命中する瞬間に、【黒い霞】がサイレント・ゼフィルスを覆ったことは確認できていた。
それは剣とヒメが推測した通り、八坂焔があの場面にいた、ということを示していた。
「まぁ、八坂が亡国機業と繋がっていることくらいしかね。わかったことは」
「テロリスト同士、繋がっているってことか」
コクリと楯無が頷く。
「今は静観しかないわね」
「わかったけど……後処理、前本さんたちに任せっきりでいいのか?」
剣の言葉に楯無が肩をすくめる。
彼女の顔には、私も同じ考え。と書かれていた。
「事後処理も実務部隊の管轄だって言ってきかないのよ、皆さん。そのうち倒れなければいいけど……」
彼女の言葉通り、ISアリーナから市街地上空まで戦闘領域が拡大してしまった後処理を、更識実務部隊が行っているのだ。
IS学園側でも千冬や真耶もそれに協力しており、はっきりいって大問題である今回の事件の解決のために奔走していた。
「頼りになるなぁ、ホント」
剣も苦笑して肩をすくめた。
さて、リビングでは丁度セシリアが一夏に誕生日プレゼントを手渡していた。
エムの攻撃で負傷した右腕は包帯で巻かれ吊られた状態だが、活性化治療を受けるため一週間程度で元に戻るとのことだ。
「一夏さん、お誕生日おめでとうございます。それではこちらをどうぞ」
「傷、辛かったら言ってくれよ?」
「ふふ。この程度は怪我には入りませんよ。さぁ、どうぞ」
セシリアにそう催促された一夏は、しっかりと梱包された包装紙をはがしてフタを開ける。
「おぉ、ティーセットだ」
「はい。英国王家御用達のメーカー【エインズレイ】のティーセットです。それと、わたくしが普段愛飲している茶葉もセットです」
「おぉ……明らかに高級な雰囲気。ありがとな、大事に使わせてもらうぜ」
一夏の返事にはいと笑顔で答えるセシリアに、楯無が笑みを浮かべる。
「さて、せっかくこうして一夏君の誕生日会にお誘いいただいているんだもの、プレゼント奮発したわよ」
気持ちを切り替えるように快活な笑みを浮かべた彼女は、拡張領域から少し大きめの箱を取り出す。
「あっ」
一方剣は、素っ頓狂な声を上げる。
普段の彼らしくない反応に、楯無だけではなくリビング中の視線が集まってしまった。
「……剣、貴方まさか」
「あー、うん。てか一夏の誕生日が今日だって知ったのついさっきだから、用意なんてできないって……悪いな」
「いや、別に催促してないからいいって。来てくれただけでうれしいもんだぜ?」
バツが悪そうな剣に、一夏が苦笑しながら告げる。
それに悪いなと小さく剣は返した。
「まぁ、私も誕生日の事、伝えてなかったのが悪かったかしらね……さて、一夏君。お誕生日おめでとう。これあげるわ」
「楯無さん、ありがとうございます」
「結構有名なシャルモンってお店のクッキーだから、美味しいわよ」
「おお、シャルモンって俺も知ってますよ! ありがとうございます!」
一夏の反応に楯無が笑みを浮かべた。
それからは鈴がボードゲームを広げて、皆が参加したり。
いつの間にか弾と虚が姿を消していたことに気づいた楯無が取り乱したり。
少しして戻ってきた弾と虚の雰囲気が変わっていたり。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていったのだった。
「えっと、お、売り切れはないな」
「メモ読むから買ってくれ」
あいよと一夏が千円札を自動販売機に挿入し、ボタンを押していく。
一夏と剣は誕生日会が長引き、足りなくなったジュースの補充のために、織斑家最寄りの自動販売機に来ていた。
本日の主役であるはずの一夏にそんな真似はさせられないと箒たちが言ってくれていたが、彼自身が今日は何もしてないからと買い出しを志願したのだ。
剣はもちろん護衛も兼ねているが、プレゼントを用意できなかった負い目があるため付き添いに付き合っていた。
「たっちゃんが缶コーヒー、簪と箒がお茶、鈴がウーロン茶でシャルと本音がオレンジジュース。ラウラがスポーツ飲料。虚とセシリアが紅茶で、それから……」
剣が読み上げるメモに従って、ガチャンガチャンと自販機から飲料が排出される。
結構な量になるため、持参したビニール袋に飲料を入れていく。
「こんなもんか?」
一夏の問いに剣が頷いて答える。
人数が人数のため2人で分割し、片方の手で持てる重さの袋を互いに持つ。
「よし、んじゃ戻るか」
2人が歩き出したところで、ちょうど自販機の明かりが届かないギリギリのところに人影を2つ見つけた。
――その瞬間、剣の目の色が変わった。
「――止まれ、一夏」
グッと一夏の肩を掴んで、背後に隠すように前に出る。
手に持っていた飲料入りのビニール袋が地面に落ちて、音を立てて転がる。
「おっ、おい、剣?」
「出てこい、お前だということには気づいている」
一夏の言葉を無視して、ISの拡張領域から【日本刀】を取り出す。
以前の学園祭の際に八坂焔から手渡された日本刀と同じものであったが、鞘を赤鞘に変えていた。
音もなく鞘から引き抜き八相の構えで構えた日本刀が、自販機の光を反射して蒼く輝いている。
「うれしいことを言ってくれるじゃあないか、草薙剣。
人影の片方が、一歩前に出ながらそう告げる。
剣にとっては聞き覚えのある、いや、聞きたくもない女の声。
自販機の光が、その少女の顔を照らす。
「八坂、焔っ」
「ん、あぁ。そういえば初めましてだったな、織斑一夏」
一夏が相手の名前を呟くと、思い出したように八坂は笑う。
「かつての護国三家の1つ、八尺瓊勾玉の末裔だ。そこの草薙剣と同じくな」
「っ、なんでテロリストのお前がここにっ」
一夏の疑問に、剣も内心同意していた。
まさかこれほど早く再開するなど、思ってもみなかったのだ。
(距離は約5m……天鳥船なら一瞬で詰められるが……)
(それは向こうも同じだからね、何のつもりなんだろう)
剣と八坂の距離は、目算と同じく5m。
2人にしてみれば一瞬で詰められる距離だが、八坂は構えを見せない。
肉体を操作して爪を鋭利な刃物と化している様子もない。
だがそれでも隙は見せていない。下手に攻撃を仕掛けたら、手痛い反撃を食らう
(こちらには一夏がいる。攻撃を仕掛けるのは悪手だ)
うん、とヒメもその意見に賛成の相槌を打つ。
「なに、
肩をすくめてやれやれとため息をついた八坂の背後から、一歩前に出てくるもう1つの人影。
もう1人も少女であった。
見た目の年齢は八坂に近く、剣と一夏もどこか見覚えがあった。
正確には一夏にとっては見覚えどころではなかったのだが。
「千冬姉……?」
一夏の言葉が剣にも届く。
(……いわれてみれば、確かに面影はある)
(親戚っていうことはない……よね)
「私はお前だ、織斑一夏」
少女の口から出る言葉の意味を、2人は計りかねる。
鋭いナイフのような目が、一夏から剣に向かう。
「今日は世話になったな、草薙剣」
「っ、貴様は、サイレント・ゼフィルスの……っ!」
「あぁ、そうだ。私の名は――」
一歩、彼女が前に出る。
「織斑マドカだ」
自分と同じ名字に、一夏の思考は疑問の波にのまれる。
疑問の声は喉奥まで出てくるが、混乱する思考では言葉として紡ぎだすことは困難であった。
「私が私たるために……貴様を殺す」
混乱する一夏へスッと差し出される手には、鈍く光るハンドガンが握られていた。
コンマ数秒以下の時間で、トリガーが引かれる。
その瞬間、ハンドガンを上から押さえつける手が、マドカの凶行を止めることとなった。
「やめておけ。それ以上は腕を失くすぞ」
「焔、貴様……っ!!」
マドカの凶行を止めたのは、八坂であった。
彼女の行動に一瞬にして沸点を超えたマドカは、忌々しいモノを見るかのような視線を八坂に向ける。
「手は出さない、そういったのは貴様だ。
「……チッ」
八坂の言葉に、本当に渋々といった様子でマドカは銃を下す。
その様子に再び肩をすくめる八坂だが、剣は日本刀を構えたままであった。
「そう警戒するな。こいつがどうしても織斑一夏に会いたいと言ってな」
「……ッ」
不機嫌そうな顔を隠してもいないマドカに、八坂は苦笑していた。
「おっ、俺に……?」
「そうだ。なかなか女殺しらしいじゃないか、お前は」
顔は笑っているが、心底どうでも良さそうなのが声色で伝わってくる。
「街中でテロリスト同士が談笑する様を見せつけることが用事とはな。笑えない冗談だ」
剣がジリッと間合いを少しだけ詰める。
「残念だが今回は本当にそれだけだ。まだ傷が治りきってないんでな。決着はまたの機会ということだ」
少しだけ残念そうな顔色の八坂は、何かを思い出したように眉を動かす。
「あぁ、
八坂の言った言葉の意味を計りかねる2人。
それに笑みを浮かべた八坂が、マドカの前に出た瞬間IS【ツクヨミ】が展開された。
黒の竜巻と形容できる、ナノマシンの嵐も瞬時に出現する。
『用事は済んだ。再び相まみえよう、草薙剣』
ナノマシンの黒い竜巻が八坂とマドカを包み込むと、一瞬で2人の姿が消える。
瞬間、ISを展開した一夏がハイパーセンサーで周囲を確認するが、反応はすでにない。
「……なんだったんだ、結局」
「……さぁな」
構えていた日本刀を鞘に戻した剣は、八坂が消えた場所に視線を向けたまま大きくため息をついていた。
明かりのない部屋。
室内にはベッドと机とイス、最低限の家具しか存在しない。
安物のベッドの上には、静かに寝息を立てる八坂の姿があった。
「……」
机の上にある時計が、静かに時を刻む音が部屋に響く。
だが、次の瞬間、その静寂は破られることになった。
「はぁ~い、やーちゃんたっだいまー!!」
バンッと部屋の扉が爆発したかのように開いて、女性が飛び込んできた。
童話【不思議の国のアリス】で主人公の【アリス】が着ているような青と白のワンピース、紫色の髪。
この世界でもっとも有名な人間、篠ノ之束その人であった。
束はそのまま、八坂が眠るベッドへとダイブする。
だが彼女が部屋に入った時点で眠りから覚めた八坂は、ゴミを見るような目でダイブを避ける。
そのため、ボフンとベッドの上で束が跳ねる結果に終わった。
「……今日は
「おっ、様子はどうだったのかな? データは送ってくれてたから、大体わかるけど」
「大体わかるなら、それでいいんじゃあないか?」
ベッドから立ち上がった八坂が椅子に腰を掛ける。
「わかってないなぁ。データの閲覧と実際に見た感想は違うものなんだよ? 新鮮な情報が必要なんだぜぇ? それで?」
「草薙剣も織斑一夏も……順調に育っている、というのが
一瞬科学者の目になった束に小さく笑みをこぼした八坂は、率直な意見を束に告げる。
その感想に束も笑みを浮かべた。
「傷はもうほとんど治ったよね? クーちゃんが診察してるわけだし」
「あぁ。お陰様でな」
チラリと破壊された部屋のドアに視線を移すと、そこには漆黒の夜空と同じ色のゴシックドレスを身に纏った銀髪の少女が立っていた。
かつて波打ち際に打ち上げられた八坂を救った少女、クロエ・クロニクルだ。
「焔様、お久しぶりです」
「あぁ、お帰り」
束と違って温かみを感じさせる返事をクロエに返す。
その様子に束がぶーぶーと文句を垂れているが、八坂の耳には届いていなかった。
それから2週間経って。
IS学園 学生寮 放課後
「全学年合同タッグマッチトーナメント?」
「うん」
ソファに座るのは、この部屋の主の1人楯無――の妹の簪。
もう1人の部屋の主である剣は、トレーニング後のプロテイン補給のためシェイカーに牛乳を入れていた。
もちろん簪が部屋に来る前にシャワーは浴びているから、問題はない。
「キャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップのための全学年合同のタッグマッチ……お姉ちゃんから聞いてない?」
「いや、全然」
シャカシャカとプロテインと牛乳を混ぜながら、簪の言葉に返す。
「……副会長なのに」
「それは建前だ、建前」
ジト目でこちらを睨む簪に、混ぜ終わったプロテインを呷りながら剣が返す。
口の中にくどく甘ったるい味が広がるが、慣れたものだ。
500ml程度の出来上がった混合液全てを胃に流し込んで、一息入れる。
なぜか簪がまじまじとプロテインの入っていたシェイカーを眺めていた。
「それ、おいしいの?」
「俺はもう慣れたけど……簪が好きな味じゃないと思う。甘味が強すぎる。ちなみにバニラ味」
(私は好きだけどねー!)
「……ヒメは好きらしい。それで、話があるんじゃなかったのか?」
シェイカーを流し台に放り込んで、先に簪の話を聞く態勢を整える。
なぜ、この時間帯に彼女が剣の部屋にいるのか。
それは彼女から話とお願いがあるから、と返答されていたのだ。
「うん。率直に言う」
一息入れて、彼女が続ける。
「私と組んでほしい。今の実力がお姉ちゃんにどこまで通用するか、試したいから」
タッグマッチの話が出ていた時から、彼女のその言葉は半ば予想できていた。
彼女がこちらを見上げる視線に、迷いの色は見えない。
(やっぱり超えたい壁なんだな、簪にとっては)
剣にとっては更識姉妹は家族同然だ。
一時期姉妹中が拗れかけたこともあったが、とても仲のいい姉妹だと思っている。
だからこそ、簪にとって楯無は目指すべき目標なのだ。
(うん。大切な人だから並びたいって気持ちは、わかるよ)
とても大切な
だからこそ、その人に認めてもらいたい。対等に並んでみたい。憧れと羨望の気持ちを持つのは当然だろう。
現在は簪は代表候補生で、楯無は国家代表。
IS搭乗者として一歩先んじた姉に追いつきたいという強い気持ちは簪の胸の中で静かに燃えているのだ。
「……分かった。構わない」
「うん、ありがとう」
剣の返答を聞いて、少しだけほっとしたように簪が微笑む。
だが、剣の表情が少し芳しくないことに気づいて首をかしげる。
「タッグについてはいいんだが……1つ懸念があるんだ」
「懸念?」
あぁ、と頷いて向かいのソファに剣は座り込む。
「キャノンボール・ファストで【
そう、現在の都牟刈は【十種神宝】の最大火力【
正確には十種神宝の宝玉4種を再生成しているためなのだが、本体エネルギーが回復していないため間違ってはいない。
「あ、その件ならジャックさんから話が来てるよ。明後日に改善策を持ってくるって」
「……マジか」
「うん」
剣のあまりの驚き様が可笑しかったのか、簪の口元には笑みが浮かんでいる。
私用のバッグから大きめのタブレット端末を取り出して、起動させた。
「都牟刈の戦闘特化オートクチュール【十種神宝】の課題の1つ。エネルギー回復についてようやく改善できると思うから、明後日学園への入校許可を申請していてほしい……か」
簪の座るソファの後ろ側に回り込み、都牟刈の製作者であるジャックのメールを読み上げる。
「まさにベストタイミングって感じだな」
「多分、オーバーホールに近いと思うから一日中かかると思う。休日の入校申請は私のほうで出しておく」
うん、と簪の言葉に頷く剣だったが、ふと気づいたことがあった。
「そういえばだけどさ」
「どうかしたの?」
「ふとした疑問なんだけど……簪って所属は日出じゃなくて、倉持技研所属だよな? 日出と倉持って一応日ノ本のISシェアで競っている認識だったんだが」
剣の心中に生まれた疑問、それは自分と簪の所属している企業が違うのに、どうやって別企業の担当者から直接連絡が来るような深い関係になっているのか、という事だった。
特にISは国家の最先端科学の結晶だ。その開発企業ともなるとISシェアを席巻するため日々切磋琢磨していることは想像に難くない。
「あ、私、もう日出の所属だよ。言ってなかった?」
「え?」
(あらま)
予想外の返答に、剣とヒメの目が丸くなる。もっともヒメの姿は見えないのだが。
簪が左手中指に嵌められた【打鉄・弐式】の待機形態であるクリスタルの指輪に軽く触れながら続ける。
「私のIS【打鉄・弐式】なんだけど、ちょうど織斑君が見つかった段階で開発が一時中断されそうになったの。それでお姉ちゃんがその、本気で怒っちゃって……」
「初耳だ」
「更識の全権限を使って弐式を開発プロジェクトごと買い取って、更識のお膝元の日出にプロジェクト毎移行させたの。倉持からしてみれば織斑君の白式の優先を第一にしてたから、そんなに費用かからず移行できて、所属も替えられた」
「……たっちゃん、相当ブチぎれてたんだな」
「それにお父様も怒っちゃって……2人してもう見てるこっちが恥ずかしいくらいに……」
あははと乾いた笑いを浮かべる簪に、剣は苦笑する。
楯無は言わずもがなであるが、姉妹の父、先代更識楯無の更識蔵人も相当の親バカであることを彼は知っていた。
愛する娘が心血を注ぐモノをぞんざいに扱われたら、どう行動するか目に見えている。
「蔵人さんも、親バカだよな……あ、今のは聞かなかったことにしてくれ」
「まぁ、もう済んだことだったから……うん、聞かなかったことにする」
互いにクスッと笑いあった2人だが、簪が何かを思い出したように小さく声を漏らした。
「剣、ジャックさんへの返答は少し待ってもらってもいい?」
「構わないけど、何かあるのか?」
「うん。この前の答え、出せたのかなって」
簪の言葉に、先の学園祭で彼女に問われた
(もしも……もしもの話だけど……剣はお姉ちゃんがいなくなったら……どうする?)
(――あの話、か)
学園祭から、キャノンボール・ファストまで。そしてキャノンボール・ファストから現在に至るまで。
剣は暇があれば、彼女からの問いについて考えてしまっていた。
(……俺にとってたっちゃんは、大切な人だ)
それは間違いがない。
彼女がいなくなることを今まで考えなかったのは、それが当然でこれからも共に日ノ本を守っていけると信じていたからに他ならない。
「……そばにいてほしい。たっちゃんは今まで当然の様に傍にいてくれた。心から離れてほしくない」
それは、剣の本心だった。
彼女が離れる想像をするだけで、胸が締め付けられるような痛みが心を襲う。
この痛みが【寂しさ】からくるものなのか、それとも別の【何か】なのかはまだわからない。だがこれは偽りのない彼の本心だった。
「……そっか」
少しだけ、笑みを浮かべた簪。
だがすぐに片手を剣の目の前で開く。
「でも、50点」
彼女の口から出たのはその点数だった。
「え?」
「その答えだと、50点。だからもっと、自分の気持ちを考えてみて。そうすればきっと剣自身が納得できる答えが出るはずだから」
少しだけ意地悪く笑う彼女に、剣は苦笑するしかなかった。
剣と簪が自室で会話しているころ、IS学園の検査室に楯無の姿があった。
ここはIS搭乗者の身体データの精密測定ができる場所であり、測定したデータを元にISをより正確に調整することが可能になるのだ。
(やっぱり……おかしい)
数枚の空間投影ディスプレイ。
そこに浮かぶのは見知った者たちのデータであった。
まず目を引くのは【篠ノ之箒】と表示されているデータだ。
左のディスプレイに表示されているデータの取得日付は、今年の4月。
身体能力は同年代の少女としては高いレベルにあるが、IS適性に関しての判定は【C】。
次に右のディスプレイに視線を移す。
こちらはつい先ほど取得したデータになる。
身体能力はさほど変わってはいないが、IS適性に関しては【S】と表示されている。
(適性値は本来生まれ持った資質が最も大きく影響を与えるもの。訓練やISとのシンクロで多少上昇するとは言え、この短期間でCからSなんて聞いたことがないわ)
公開されているライブラリーにも、そのような記録はない。
「そもそもIS適性【S】だなんて、【ブリュンヒルデ】や【ヴァルキリー】くらいしかいないのに……」
適性で言えば、箒は世界最高ランクといって過言ではない。
そして彼女を悩ませる原因はそれだけではなかった。
箒のデータに並列して、2つのディスプレイを表示させる。
そこには草薙剣、織斑一夏とそれぞれ表示されていた。
(剣と一夏君のIS適性も箒ちゃんほどじゃないけど、高まってる)
空間投影ディスプレイに映る剣と一夏の戦闘映像と、IS適性値。
剣と一夏、両名とも適性は【A】。これがキャノンボール・ファスト終了後の検査で判明した現在の値であった。
(入学当初の2人は、適性がBだった。けど今の2人はA。しかもこの値は【S】に近いA……言い換えるならば【A+】。適性だけなら私よりも上になっている。こんなに早く適性が高まるもの……?)
この短期間でIS適性が大幅に上昇する人物が複数人現れるなど、尋常ではない。
「……」
ただ1つだけ、関連してくるのではないかというキーワードを剣から聞いている。
それは、一夏の誕生日会の際に八坂焔と遭遇した時に得たもの。
「21グラムね……単純な、重さな訳ないわよねぇ」
いくつかの仮説を脳内で立てながら、楯無は思考の海に沈んでいくのだった。
次回予告
「第20話 反転する意識」
――