IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第21話 名前の意味

 白と翡翠色の軌跡を残して、都牟刈がゴーレムⅢへと翔けていく。

1秒とかからず、互いの近接格闘武装の射程距離に入るであろう段階で、剣は現状の己の戦力を整理していた。

 

 

 ――足場になる【天磐船】は先ほどまでの戦闘で配置済。各マニピュレータの破損率は6割強、左腕部内蔵の【玉祖命(たまのおやのみこと)】は破損。機体エネルギーは2割程度、か。

 

 

 現在の戦力状況は芳しくない。

戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】を装備しているため、マニピュレータの損傷はカバーできるがその分エネルギー消耗率は高まる。

 

 

 ――問題ない。奴を破壊する事だけなら、できる。

 

 

 ドクンと脈動する意識(サツイ)が身体を巡る。 

先程からほとんど呼吸をしていないはずだが、血流が、血潮が、身体中に活力を届けるのを感じる。

草薙の人間として幾星霜に渡って紡がれた護国の剣としての、もはや習性と行ってもいい思考。

 

 理性(ヒメ)というブレーキが壊れた今の剣を止めることのできる人間は、この場にはいない。

少なくとも、目の前の機械人形では役不足には間違いがなかった。

 

 

 刹那、ゴーレムⅢを射程距離に捉えた都牟刈。

 

 機体速度をそのまま構えた刃に乗せ、逆風気味に切り上げる一撃を放つ。

だがその都牟刈に向かってまっすぐ、搭乗者の剣の顔面に向けて、ゴーレムⅢはカウンターを合わせてみせた。

 

 現在の戦闘機動速度は仮に第三者が肉眼では眺めていた場合、肉眼ではもはや光の軌跡にしか見えないほどの速度であった。

ISに搭乗している者たちからとっても、めったに目にかかるものではない。

最低でも国家代表候補生達が全力でISバトルを行う際に記録される速度と同等、いやそれ以上のものであった。

 

 だが、相手は肉眼で知覚する人間ではない。

ゴーレムⅢにとって剣の速度はすでに学習済みであった(・・・・・・・・・・・)

なぜ戦ってもいないゴーレムⅢが彼の速度を把握しているのか。

それは先ほど剣が撃墜した方のゴーレムⅢに起因する。

 

 ゴーレムⅢの機体データは絶えず共有がされている。

当然戦闘記録も共有されているのだ。

撃墜された方が得たデータを用いて、都牟刈のトップスピードを予測したのだ。

 

 そして脅威度も同時に算出している。

まっすぐこちらに向かってくる都牟刈を最優先とし、少し遅れて飛び込んできている紅椿を次点、後方に待機している打鉄・飛燕を最低値としていた。

 

 

 ――カウンターか。

 

 

 カウンターを合わされた剣だったが、その意識は冷静だった。

 一対一(・・・)ならばこのカウンターで終わっていたかもしれない。

だが、今の剣は一人ではない。

ならばこのカウンターに恐怖する必要など微塵も存在しない。

 

 故に敢えて、カウンターにぶつかりに行く。

当然、逆風気味に切り上げた刃はそのままに。

 

 ゴーレムⅢのブレードが剣へと迫る。

その差、わずかに数10㎝。

 

 もはやカウンターの炸裂は不可避、かと思われた。 

しかし炸裂の刹那、翡翠色の閃光がゴーレムⅢのブレードを横から斬り飛ばしたのだった。

 

 

『――っ!?』

 

 

 予想打もしなかった攻撃に、明らかにゴーレムⅢの動きが鈍った。

切断されたブレードは衝撃で明後日の方向へと吹き飛んでいき、都牟刈はさらにゴーレムⅢを間合いへと捉えていく。

 

 何がゴーレムⅢのブレードを斬り飛ばしたのか。

それは翡翠色の光を纏って飛ぶ【ブーメラン】であった。

打鉄・弐式のオートクチュール【飛燕】の機械翼部分に装備された攻撃端末【月鷹(げつおう)】だ。

 

 

『カウンターは読めてた……っ!!』

 

 

 ゴーレムⅢを空間投影ディスプレイ越しに簪は睨みながらつぶやいた。

 

 本来は自動追跡装置(ATS)で帰還するだけのブーメランだが、たった今それが描いた軌道はマシン任せのものではなかった。

月鷹には、自動追跡機能だけではなく搭乗者である簪の手動操作機能が存在しているのだ。

剣達がゴーレムⅢに向かって加速したのと同時に月鷹を射出し、ゴーレムⅢから見た死角に月鷹を配置していたため、カウンターの直前でブレードを切り落とすという芸当が可能となった。

 

 当然、加速している都牟刈の影に隠すように射出する、カウンター炸裂の瞬間にブレードだけを切り落とす、というブーメランの精密動作が必要になる。

神業といってもいい精密動作を可能にさせたのは、先頭による極度の緊張か、それとも愛する家族(あね)を傷つけられた怒りからか。

激流の様な感情の中でも、不思議と【澄み切った意識】を保てた簪は、己の潜在能力全てを引き出すに至っていた。

 

 

 ブレードを簪によって破壊されたゴーレムⅢだったが、すぐさま別のプランへと行動を移していた。

左腕に備えられた【超高密度圧縮熱線】を用いた迎撃だ。

より懐に踏み込んだ都牟刈はちょうど、掌を向けるだけで迎撃できる位置にいた。

 

 4つの砲口にエネルギーが集中した瞬間、先ほどの翡翠色の光とは別の【真紅の閃光】によって吹き飛ばされた。

 

 

『っ、【出力可変型ブラスター・ライフル 穿千(うがち)】……この土壇場で発現した武装だが、左腕、いただいたっ!!』

 

 

 慣れない高威力武装を放ったせいか、少しだけ体勢を崩してしまった箒の紅椿。

彼女が先程の真紅の閃光を放った正体であった。

 

 都牟刈と共にゴーレムⅢに飛びかかった瞬間に、紅椿は戦闘経験値が一定以上に達したとコンソールを表示していたのだ。

それによって新装備として構築されたのが両肩二門に構築された【穿千】である。

展開装甲と同じエネルギーを収束した閃光は、ゴーレムⅢの左腕を焼き払った後、そのまま周囲の瓦礫を焼き尽くすほどの威力を発揮していた。

 

 

 穿千の威力によって左腕を消し飛ばされた、ゴーレムⅢ。

衝撃によって体勢を崩したが、機械は痛みを感じない。

依然、機能停止には至っていなかった。

 

 だが、簪と箒の援護によってカウンターを回避した都牟刈がゴーレムⅢの懐にいる。

両腕の武装を失ったゴーレムⅢに、今の都牟刈を止めることはできなかった。

 

 甲高い金属音が周囲に響く。

穿千によって周囲の瓦礫が焼け落ちる音が小さく聞こえるくらいに大きく、高い音であった。

 

 己の得物である【無名】を振り抜いて、ゴーレムⅢの上方に飛びあがった都牟刈に対し、ゴーレムⅢは股下から胸にかけて縦一文字の傷を受けていた。

 

 

 ――まだだ。

 

 

 飛び上がった形になっていた都牟刈だが、何もない空間(・・・・・・)を蹴って軌道変更を行い、そのまま上方から襲い掛かった。

都牟刈の武装である【天磐船(あめのいわふね)】はすでに、この空間に設置済みであったのだ。

 

 無名を逆手持ちに持ち替え、加速はそのままにゴーレムⅢの頭部に刃を下す。

再び甲高い金属音が響き、ゴーレムⅢのマネキン人形にも見える頭部から胸部にかけて深く切り裂かれた。

 

 しかしまだ彼の刃は止まらない。

 

 一呼吸、たったそれだけで全身の細胞全てに力を届け、無名を持つ右腕を大きく反るような構えへと変化させる。

コンマ数秒以下の構えの変更の隙を、本来ならばゴーレムⅢが見逃すはずはない。

だが、ここまでに与えた剣の二撃、簪と箒の援護によるダメージがそれを許してしまった。

 

 都牟刈の脚部に都牟刈しか利用できない天磐船(あしば)が構築され、跳躍することによって得る加速(天鳥船)から放たれる、刃の名前は。

 

 

――  草薙流剣術 壱式【大蛇裂(おろちさき)】 ――

 

 

 かつてIS学園を襲撃した無人機にも放った、神速の抜き逆胴であった。

 

 光の軌跡を残して放たれた一撃は、箒の援護によって失った左腕部分から胴体へと深く食い込んだ。

だがそこまで刃が食い込んだ瞬間、【無名】は刀身をゴーレムⅢ内部に残したままへし折れてしまった。

へし折れて砕けた無名の柄を放り投げるが、陽光に反射して煌めく何かがゴーレムⅢの傷の最奥に見えた。

それは金色のキューブ。それこそがISの要である【ISコア】と呼ばれるものであった。

 

 同時に、ゴーレムⅢがブレードの砕けた右腕をわずかに動かす。

 

 

 ――まだ動くか。木偶が。

 

 

 剣は迷わず、ゴーレムⅢの傷へと砕けつつある都牟刈のマニピュレータを差し込んだ。

殴打による破壊を試みたのだ。その衝撃がゴーレムⅢを揺らし、残った右腕をガクガクと揺らした。

しかしISコアは【特殊なレアメタル】で作られており、パワーアシストがあるとはいえ単純な殴打では破壊は不可能であった。

 

 

『――ッッ!!!』

 

 

 だが効果がなかったわけではない。

悲鳴とも雄叫びともとれる機械音が目の前のゴーレムⅢから発せられるが、都牟刈のハイパーセンサーがアラートを飛ばしてくる。

その内容は、目の前の機体の内部エネルギーの上昇警告であった。

 

 武装をほぼ全て失ったゴーレムⅢが取れる手段、それは。

 

 

『っ、エネルギーの異常な上昇……っ、まさか自爆するつもりっ!?』

 

 

 簪の驚愕の声と共に察した剣は、マニピュレータを差し込んだままゴーレムⅢ毎、機体を上昇させていく。

機体の自爆まで時間がない、少しでも簪と箒から離れる事が重要であった。

 

 

 だが、ゴーレムⅢのエネルギー上昇警告とは別のアラートが表示されるとともに、ガクンと都牟刈の動きが鈍くなった。

 

 

『そんな、エネルギー切れ……剣っ!?』

 

 

 都牟刈の様子に異常を感じた簪の悲鳴にも近い声が響く。

箒が驚きつつも、救助のために紅椿を動かそうとしたが、当の剣は別の事象に意識を割かれていたのだ。

 

 

 ――これ、は?

 

 

 澄んだ輝きを放つ結晶が、いつの間にか目の前に出現していたのだ。

澄み切った綺麗な輝きに、命の危機が迫っていることなど思考から消えてしまっていた。

 

 それは剣もよく知る【女性】が操る【アクア・クリスタル】と呼ばれるものであった。

当然、それを操作しているのは――

 

 

『――剣、離れて』

 

 

 更識楯無だ。

 

 深く息をついて、少しで朦朧とした意識を回復させた彼女は、焼かれた腕をゆっくりと空へと伸ばし指を構える。

爆発による裂傷、機体のお陰か止血はされているがとても痛々しい傷は、もしかしたら一生残ってしまう傷になるかもしれない。

 

 だが、そんな傷ついた彼女の顔に浮かぶのは剣が最もよく知っている、笑顔だった。

 

 

 ――その姿を、美しいと思った。

 

 

 場違いな感想を、剣は思わず抱いてしまった。

 

 パチン、という音が響くのと、都牟刈がゴーレムⅢを蹴り上げて離れるのはほぼ同時であった。

次の瞬間、内部から発生した圧倒的なエネルギーに飲まれ、ゴーレムⅢは爆発の中へと消えていった。

 

 

『……いぇーい』

 

 

 ゴーレムⅢの残骸がアリーナの地面に落下したのを確認し、最後の力でサムズアップをして倒れ込む楯無。

 

 

『……無茶しすぎだろ、その負傷で』

 

 

 だが彼女が地面に倒れることはなかった。

彼女を支えたのは、ゴーレムⅢから離れた剣の都牟刈であった。

機体のエネルギー切れでもうほとんど動けないが、彼女を支えるくらいは可能であった。

 

 

『……それ、貴方が言えた事じゃないわよ』

 

『俺の事はいいんだ』

 

 

 彼の返答に呆れたように肩をすくめた楯無であったが、纏っていた【ミステリアス・レイディ】の展開が解除された。

 

 

『……っ』

 

 

 同時にISによる搭乗者保護も停止し、頬や額、身体中の傷口から血が滲みだしてくる。

最後の一撃は、彼女にとってもISにとっても、本当に力を振り絞ったものだったのだろう。

 

 

『すぐに治療するからな、刀奈(かたな)っ!』

 

「……あのね剣。貴方の事だから、本当に無意識でしょうけど……私のその名前……人前で、出さない……で……」

 

 

 ジト目になって抗議してきた彼女であったが、本当に精根尽き果てたのか彼に身体を預けたまま意識を失った。

 

 

『……完全に無意識だったな』

 

 

 彼女からの指摘に、今更気づいた剣が苦笑を漏らす。

同時に己から離れていかないように、離さないように身体を抱く左腕に少しだけ力を込める。

 

 

 研がれていた意識が、少しずつ元に戻っていく。

(ちしお)が冷めて、血流が落ち着いていく。

 

 

(……あ~っ、いきなり奥に閉じ込められて、ようやく出てきてみたら? まさか、もう全部終わってて? たっちゃんを抱きしめてるってどういうこと?)

 

(……うるさいな、黙ってろ)

 

 

 頭が冷えたおかげか、意識の奥に押し込んでいたヒメの意識が表に出てきていた。

茶化すような声色の中にも、安堵の感情が含まれているのを剣も気づいてはいた。

だが完全に頭に血が上って彼女を封じ込めてしまった事で後味が悪いのか、ぶっきらぼうに返していた。

 

 

(まぁ、黙ってもいいけどさぁ……まずはたっちゃんを医務室に連れていくのが先でしょ)

 

(分かってる。これ以上彼女の血を見るのは勘弁だ)

 

 

 エネルギー切れで具現化が限界であった都牟刈を待機形態に戻し彼女を両手で抱え上げる。

所謂お姫様抱っこの形になるがこの場でそれを茶化す者は誰もいない。

それと同時に空間投影ディスプレイが剣、簪、箒の前に現れた。

 

 

『あっ、繋がりましたっ、よかった、草薙君っ!』

 

 

 空間投影ディスプレイを介して通信してきたのは、真耶であった。

彼女はすぐに剣達の状況を把握したのか、少しだけ目を見開いた後に告げる。

 

 

『学園を強襲していた機体については、各アリーナで鎮圧が完了されたことを確認していますっ。負傷者は医務室へっ!』

 

 

 彼女の言葉に頷いた剣は極力楯無の身体を揺らさないように、かつ迅速に医務室へ駆け出して行った。

 

 


 

 

「……んん」

 

 

 ぼんやりとした意識と視界。

夕焼けの赤が目に沁みたが、楯無はゆっくりと身体を起こす。

 

 

「っ」

 

 

 途端、身体を奔る激痛。

思わず苦痛の声を漏らしてしまった。

身体を確認してみると、両手両足どころか全身がミイラ状態と言ってもいいほど包帯で包まれている。

 

 彼女が苦痛の声を漏らしたすぐ後に、ベッドをぐるりと覆う遮光カーテンが捲られ誰かが飛び込んできた。

 

 

「お姉ちゃんっ」

 

「簪ちゃん」

 

 

 楯無の返答と様子を見てほっと胸を撫でおろしたのは、彼女の妹の簪であった。

 

 

「よかった……起きてくれた」

 

「ごめんね、心配かけちゃったわ……つぅっ」

 

 

 たははと乾いた笑いをこぼした楯無だったが、それが傷に響いたのか顔を顰めた。

少し涙目になっていた簪だが、涙をぬぐってから楯無に告げる。

 

 

「命には別条がないけど、傷は軽くないから……無理はしないで」

 

「そう……ね」

 

 

 ポフッと軽く痛まない程度の勢いでベッドに身体を預けた楯無を見て、安心したように簪は笑みをこぼした。

 

 

「……そうだ、簪ちゃん。あの襲撃はどうなったの?」

 

「大丈夫。お姉ちゃんや私達の他にも襲撃があったらしいけど、もう鎮圧されてるから」

 

「……そう」

 

 

 それを聞いて安心したのか、一気に眠気が襲ってくる。

簪も彼女の瞼が眠そうに落ちていくのを察したのか、微笑んで遮光カーテンまで歩み寄る。

 

 

「お姉ちゃんはまずはゆっくりと眠って。今は皆がそうしてるから」

 

「……えぇ。ありがとう、簪ちゃん」

 

 

 激しく襲い来る眠気に何とか抗いつつ、愛しい妹へそれだけ告げた楯無は再び意識を手放した。

 

 


 

 ゴーレムⅢの襲撃が鎮圧されてから数時間。

IS学園は襲撃に関する事後処理に追われていた。

教員は今回の襲撃の件を関係各所に通達し、極力日本国内で処理すべく奔走していた。

 

 それは今回の襲撃でゴーレムⅢと戦闘を行った、草薙と更識もまた同じで。

IS学園での両家の本拠地といってもいい、生徒会室。

すでに夜の帳が下り静かな月光が降り注ぐ時間になっても、灯りは消えていなかった。

 

 

「ようやく……一息ついたってところか」

 

 

 副会長というネームプレートが置かれた長机と専用の椅子。

そこで今の今まで書類と格闘していた剣は、両目を軽く押さえて呟く。

ゴーレムⅢ襲撃による負傷が比較的浅かった剣は、頭に軽く包帯を巻いている程度であったため、楯無を医務室に搬送した後から事後処理に奔走していたのだ。

そしてようやく書類の8割がたを処理し終えたところだった。

 

 

(でもうーちゃんに比べたら軽いよね……)

 

(それはまぁ、そうだろうな)

 

 

 自分用の机とは異なる、虚専用の事務机に視線を流すとそこには書類の山が築かれていた。

剣の机の上にある書類の量を【ビル】とするならば、虚が処理している量は【山】と形容できるほどの差があった。

 

 その山の奥からカタカタというタイピング音、とカリカリと筆記用具が動く音が聞こえているため、現在進行形で虚は処理を続けているのだろう。

元々事務処理、書類仕事に秀でている彼女だからこそ、こんな無理ができるのだ。

己には絶対に無理だと、剣は苦笑しながら頭をかいた。

 

 

(ほんちゃんは草薙と更識の本家に今回の件伝えに行ってるから、その分処理してるよね、うーちゃん)

 

(各国から預かっているほとんどの代表候補生のISのダメージレベルが深刻だからな、報告は必要だ)

 

(都牟刈も酷使したせいで修復待ちかつフルメンテ確定だしねー……まぁ、誰かさんのせいだけどね)

 

 

 ヒメの言葉にコホンと喉を鳴らした剣だったが、ふと今ここにいない女性の机が視界に入った。

更識楯無、とネームプレートが置かれた会長用長机。

 

 静かに余計な音を立てずに、歩み寄った剣は机に手を置く。

 

 

(そういえばたっちゃんの【名前(・・)】、思いっきり叫んでたよね、剣)

 

(……あぁ、そうだな)

 

 

 ヒメの言葉で、忘れていたやらかしを思い出してしまった。

確かに完全に無意識で出してしまったため、非はこちらにある。

剣が叫んだ【名】には特別な意味があるのだから。

 

 

(本来は【婚約者】とか、親しい人にしか絶対に教えちゃいけない名前なんだから、ちゃんと謝りなよ?)

 

(……分かってる。わかってる)

 

 

 改めて己の犯した過ちの大きさに、胸を締め付けられる。

何故ならば、自分もまた【同じ立場】にいる人間だからだ。

更識家のしきたり(・・・・)に関わることであるため、謝罪は正式に、草薙家当主としてしなければならない。

そう思った剣だったが、ふと脳裏をよぎった言葉があった。

 

 

 それは――

 

 

『もしも……もしもの話だけど……剣はお姉ちゃんがいなくなったら……どうする?』

 

 

 ――以前、学園祭のときに、楯無の妹である簪に問われたif(もしも)の言葉。

 

 

「……今回の件は、そのもしもが現実になったかもしれない、のか」

 

 

 小さく呟いた剣。

心中には己の力不足への後悔の気持ちが浮かんでくるが、ある事実に気づいた。

 

 

(あの時、俺は……たっちゃんの事しか、考えてなかった……)

 

 

 ゴーレムⅢへの殺意で頭が塗りつぶされる直前に己が考えていたのは楯無の事だけであった。

 

 彼女の笑顔を、声を、匂いを、温かさを、失いたくないと、心の底から思った。

 

 ずっとそばにいてほしい、その笑顔のままで、いてほしい。

 

 

(……俺は……もしかして……俺は……)

 

 

 ――彼が、気づいたこと。

 

 

 それは、彼女の笑顔を自分だけに向けていてほしいという、己の感情であった。

 

 

「……っ」

 

 

 少しだけ頬を紅潮させた彼は、彼女の机に置いておいた手を払うように放してしまった。

 

 

(ん? どうかしたの、剣?)

 

 

 らしくない仕草に意識の中でヒメが首をかしげていた。

 

 

(別に、何でもない。ほら、まだ書類が残ってるんだ、さっさと終わらせるぞ)

 

 

 変なところで勘が鋭いヒメに今の自分では隙を見せる可能性が高いため、ぶっきらぼうな返答で話を切る。

彼らしくないと意識の中で思ったヒメだったが、残っている書類の数が数であるため、深くは追及しなかった。

 

 


 

 

 同じ頃――

 

 

 暗闇の中、モニター以外の明かりの存在しない部屋。

室内の大型モニターは質素なベッドや机、パイプイスと比べると高品質なものであり、そのギャップが異様さを際立てていた。

 

 そして質素なパイプイスに座りながら食い入るようにモニターを凝視しているのは、八坂焔その人であった。

以前の戦闘で負った傷は完全に治癒しているのか万全の状態であった。

 

 彼女が食い入るように眺めているモニター映像。それは数時間前までのIS学園での戦闘の様子だ。

主観視点で剣や楯無、簪、箒の姿が目まぐるしく入り乱れていた。

 

 

「……クハッ」

 

 

 食い入るように映像を眺めている八坂の顔に浮かぶのは歪な弧、醜悪な笑みであった。

手に持ったコンソールで何度も停止と再生を繰り返すように操作した場面は、1機目のゴーレムⅢの主観視点の戦闘映像だ。

 

 虚ろな瞳に殺意の光を込め、ゴーレムⅢに反撃の暇を与えない剣の姿。

拳の連撃で戦闘映像にノイズが奔るが、そんなものは彼女は気にしていなかった。

 

 

 そして容赦なく、ゴーレムⅢへと光の刃を突き立てたところで1機目の戦闘映像が切れて砂嵐へとモニターが変わる。

 

 

「クックック……フハハハ……アーッハッハッハ!!」

 

 

 モニター操作用のコンソールを放り捨てた八坂は、まるで狂ったような高笑いを数分間に渡って続ける。

しばらく笑い続けた彼女はようやく収まったのか、モニターはそのままでパイプイスの背もたれへと体重をかけた。

安物のせいかキイキイと金属が軋む音が聞こえる。

 

 

「あぁ、(おれ)の目に狂いはなかった……お前はなんて(おれ)の心を滾らせるんだ、草薙剣っ!!」

 

 

 すぐにでも、駆け出してこの気持ち(サツイ)をぶつけてやりたいと心の底から思う。

 

 しかし、それはできない。今の己には【やるべきこと】が別にある。

対等な取引には対等な対価。それを順守するのは己の矜持だ。

 

 

「だから、しばらくは……この映像で満足してやるさ、束」

 

 

 モニターは再び戦闘映像を繰り返していた。

己の心を満足させるため、八坂はその映像を眺め没入していく。

 

 

 そして再びゴーレムⅢを剣が消し飛ばす映像が映り、彼女は。

 

 

 ――その姿を、美しいと思った。

 




約4か月ぶりの更新です。
次からまた定期的に更新できると思います。


次回予告

「第22話 きみと俺の心の距離(ビトウィーン アワー ハーツ)


「特別授業、いい響きだね。年甲斐もなく心が躍るね」
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