IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第22話 きみと俺の心の距離(ビトウィーン アワー ハーツ)

 ゴーレムⅢの襲撃から、数日後。

IS学園はすでにいつもの日常を取り戻しており、広大なグラウンドにはIS合同実習のため一年生全員が整列している。

しかしこの場にいるのは一年生だけはなく、なぜか楯無も列の中に混じっていた。

 

 

「これで全員だな」

 

 

 それを指揮するのは当然千冬であり、彼女の背後にはいくつもの大型コンテナが陳列されている。

その横にはいつもの合同訓練で使用する学園所属の訓練用機がいくつか鎮座していた。

 

 

「織斑、草薙、篠ノ之、凰、オルコット、デュノア、ボーディヴィッヒ、更識……両名共だ、前に出ろ」

 

 

 名を呼ばれた全員が、千冬の前に集まる。

 

 

「先の襲撃事件でお前たちのISは全て深刻なダメージを負っている。自己修復やエネルギー回復、メンテナンスのために当分の間ISの使用は禁止させてもらう」

 

 

 全員がその言葉に頷いて答える。

千冬の言葉の通り、【十種神宝】を長時間使用し続けた剣のIS【都牟刈】や比較的ダメージが浅いと思われていた簪の【打鉄・弐式】までもが、修復やオーバーホール作業が行われるため1週間程度の使用禁止が言い渡されていたのだ。

 

 

「さて、そこでだが……山田先生」

 

「はい、こちらに注目してくださーい!」

 

 

 そういって真耶が千冬の後ろに並んでいるコンテナ群の前で、「ご覧あれ!」とばかりに手を上げていた。

 

 

「あれ、なんなんだろうな、剣?」

 

 

 横にいた一夏が剣に小声で尋ねてくる。

グラウンドに集合した時から、剣も気になっていた。

大きさ的にはISでも十分に格納できるほどの大きさであるため、何か大きなモノが格納されているのだろうとは想像できる。

 

 

「さぁな」

 

「そっか……ってそういえば、なんで会長さんもこの実習にいるんだ?」

 

 

 一夏が、剣の横でコンテナに目を向けていた楯無に視線を移しながら2人に尋ねる。

その質問に楯無が肩をすくめた後苦笑して答える。

 

 

「一年生の実習と同じタイミングで別アリーナで二年生の授業があるんだけど、私もISの使用禁止が言い渡されちゃっててね。そしたら織斑先生にこっちに参加しろって言われたのよ。虚ちゃんは向こうの授業に出てるのにね」

 

「はぁ、成程」

 

 

 一夏のあまりよくわかっていないような生返事にクスッと笑みをこぼした楯無だったが、目の前でいよいよコンテナを開こうとしている真耶の所作が視界に入ったため会話はそこまでとなった。

 

 

「それではっ、オープン・セサミッ!」

 

(古っ!!)

 

 

 咄嗟にツッコミを入れたのは、剣の意識の中のヒメであり剣を含めた他のメンバーは首をかしげていた。

 

 

「うぅ……世代差って残酷ですね……」

 

 

 僅かに涙ぐんでいる彼女の手の中のリモコンが押され、内部駆動機構を搭載されているコンテナからモーター音が響く。

重厚な金属壁が開かれると、中には金属製のアーマーのような機械が数機鎮座していた。

 

 

「これは……?」

 

「それはEOS(イオス)。正式名称Extended Operation Seeker、略してEOSだよ。織斑一夏君」

 

 

 一夏の疑問の声に答えたのは男性の声(・・・・)だった。

一夏の他には剣しかこの場にいないはずの男性の声に、千冬たち教員を除いた全員の視線が向いた。

 

 

 視線の先には着流しを身に着けた長髪の男性がいた。

一見長身細身に見えるが、着流しから見える筋肉は非常に引き締まったもの。

黒の髪を風に靡かせながら歩み寄ってくる男性に、楯無と簪は目を見開いた。

 

 

「「おっ、お父様っ!?」」

 

「「「「「「お父様っ!?」」」」」」

 

 

 思わず楯無と簪が驚愕の声を上げると、一夏達事情を知らないメンバーが声を上げた。

男性はその様子に満足したのか、手を上げながらニヤリと笑みを浮かべる。

件の男性の名は、【更識蔵人】。楯無と簪の父親であった。

 

 

「やぁ、2人とも。サプライズになったようだね」

 

 

 落ち着いた声色だが、口元には明確な笑みを浮かべている彼に楯無と簪は声が出ないでいた。

それは蔵人を知る剣もまた同じであった。

 

 そんな中、蔵人の視線が剣に向いた。

 

 

「剣君、まだサプライズは終わりではないよ?」

 

「え?」

 

「今日は【特別授業】というやつでね、もう1人来ているんだよ」

 

 

 その彼の言葉に、剣は素っ頓狂な声を出してしまった。

そんな姿に満足したのか、丁度剣達の視界に入らないコンテナの後ろ側へに向かって手招きを蔵人は行う。

するともう1人、男性が現れた。 

 

 蔵人と同じく着流しを身に着けた男性だ。

彼と同じく長身細身の体つきだが、着流しから見える筋肉は非常に引き締まっており軟弱なイメージなど浮かんでこない。

そして剣と同じく、黒髪に入った炎のようなメッシュや整った顔つきをしているが年の彼にはない歳をとった男性の凄みを顔の皺から感じた。

 

 

「特別授業、いい響きだね。年甲斐もなく心が躍るね」

 

 

 その男性の姿に今度は剣が目を見開いた。

何故ならばその男性の名は【草薙峰善】、実の父親だったのだから。

 

 

「やぁ、剣とヒ……おっと、何でもない何でもない」

 

「父さん!?」

 

(お父さんっ!?)

 

「「「「「「父さんっ!?」」」」」」

 

 

 再び事情を知らない一夏達が驚愕の声を上げると、峰善も満足したのか笑みを浮かべた。

 

 

「本日は特別講師として、こちらの【更識蔵人(さらしきくろうど)】氏と【草薙峰善(くさなぎみねよし)】氏を外部からお招きしている。このEOSは両氏から学園に提供いただいたモノだ、丁寧に使うように」

 

「正式には国連からの依頼を日出工業で通して、ですがね。まぁ、私達が持ってきたことには変わりないか」

 

「なぁ、蔵人、これならば僕も乗れるんだよな? そうだよな? 触ってもいいか? 触るぞ。このボタンとか押したらどうなるんだ?」

 

 

 蔵人の背後ですでにEOSにべたべたと触れている峰善。

そんな様子に横目で進めても構わないかと目で訴えてくる千冬に、苦笑しながら手でどうぞと蔵人が返すとコホンと咳ばらいをした千冬が進める。

 

 

「……さて、一般生徒達は訓練機による模擬戦を行ってもらうが、ISが使えない組についてはこのEOSに搭乗し基本動作を行った後に模擬戦を行ってもらう」

 

 

 IS学園の生徒からしてみれば、触り慣れているISよりも珍しいEOSと現れた剣と更識姉妹の父親2人のほうが気になるらしく、ええーっと声を上げたが千冬の一睨みでせっせと運搬作業に移っていく。

 

 

「それではこれから起動方法のマニュアルを手渡すので、それぞれマニュアルに書かれた番号の機体に乗ってほし……おい、峰善、お前用のはあっち、8番だ。それは剣君用の機体だ」

 

 

 手に持ったマニュアルを配りながら、近くのEOSをベタベタ触っていた峰善に蔵人が苛立ちを込めた声を送る。

彼の言葉におぉっと頷いた峰善が小走りで番号の振られたEOSへと駆けていく。

その姿はまるでおもちゃ売り場にきた子供の様にも見えた。

 

 

「なんつーか、剣のお父さんって、元気だな」

 

「……やめてくれ」

 

 

 父親の悪い癖を、クラスメイトどころか一年生全員に見られるという恥辱を味わうことになった剣は思わず手で顔を覆ってしまった。

当然、耳まで真っ赤であった。

 

 


 

 

 EOSの起動準備が始まって数分が経った。

すでに一般生徒達は模擬戦を開始しているが、まだEOS組は起動準備を行っている途中であった。

 

 剣も父親の登場という驚愕の展開から立ち直り、マニュアルに沿って作業を進めている。

だが眉間に皺を寄せた彼は、作業の手を止めてとある方向を向いた。

その先にいたのはすぐ隣のコンテナで作業をしている楯無であった。

 

 彼女はISスーツに上半身だけジャージを身に着けており、せっせと近くの格納コンテナからEOSを起動させようとコンソールを操作している。

そんな彼女も向けられた視線に気づいたのか、剣に声をかけた。

 

 

「どうかしたの? 手が止まってるわよ」

 

「……なぁ、たっちゃん。少しだけいいか?」

 

「えぇ。もう起動設定は終わったから、少しだけならいいわよ」

 

 

 首を傾げながらそう返事をした楯無。

 

 

「今日、あまり寒くないのにジャージ着てるよな、なんで?」

 

 

 剣の言葉に楯無の笑顔が一瞬だけ固まった。

それは幼い頃から親しい関係の者にだけにわかるような、小さな動揺であった。

だが、剣にはすぐに分かったのだった。

だから無言のまま、視線だけで答えてくれと訴える。

 

 

「……あぁっ、もう。わかったわよ」

 

 

 剣の言葉と視線にバツの悪そうな表情を浮かべた彼女は、着ていたジャージを脱ぐ。

その下はISスーツであることは分かっていたが、以前と違う点が1点だけあった。

 

 美しい白い肌の両腕がジャージの下から現れるが、両腕には稲妻のような傷跡が至る所にあったのだ。

一つ一つは小さいものだが幾重にも繋がって広がっており、彼女の白い肌にくっきりと軌跡を残している。

 

 

「その傷は……っ」

 

「この前の襲撃のとき自爆でできた傷よ」

 

 

 剣に両腕を見せた彼女は苦笑しながら、すぐに腕を組んで傷を隠した。

傷口は前腕部分に集中しているためか、腕を組んでいれば大部分は隠すことができ、一部は身体が影になって発見することはできない。

だがすべてを隠しきれているわけではないため、一度気づいてしまったならば視線を向けられることもあるだろう。

 

 

(うわー、あれちゃんと治療しないと消せないよね、多分)

 

 

 意識の中のヒメが思わず口を開いた。

 

 

「私国家代表だから、完全な再生治療で治療するまでは隠しておきたかったのよ……それに、まだあんまり激しい運動もするなって言われてるのよね。まぁ、あまり気にしないで、私がミスした証拠みたいなものだからね」

 

 

 カラっとした表情で笑う彼女だったが、さらに剣の表情は曇っていく。

 

 

「……ごめん」

 

「なんであなたが謝るのよ。言ったでしょ、これは私のミスのせいで……っ」

 

「それでもっ、俺はたっちゃんに傷ついてほしくないんだっ!」

 

 

 思わず、かなりの声量で彼の口から出た言葉に楯無はビクっと驚いた。

彼の声量は模擬戦の雑音がなければ周囲に響いてもおかしくないものであったが、幸い雑音に消され届くことはなかった。

そして驚いたのは彼女だけではなく、その言葉を放った剣自身もまた驚愕していた。

 

 

「っ、ごめん」

 

 

 思わず出た声に、自分自身で驚いた様子の剣。

明らかに普段とは違う彼の様子に、楯無も困惑していた。

 

 

「えっ、えぇ……別にいいけど……剣、何かあったの?」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

 顔を逸らした剣はそのまま、放っていたEOSの起動作業へと逃げるように手を動かす。

 

 

「……早く、起動させましょ」

 

「……うん」

 

 

 それっきり、2人は会話を止めてしまう。

 

 

(ねぇ、剣、ホントにどうしたの?)

 

 

 剣の様子がおかしいことにはヒメも気づいていた。

彼らしくない返答と行動、何かおかしなものでも食べたのかと、ヒメは心配になっていたのだ。

 

 

(……何でもないって言ってるだろ)

 

(……うん、分かった)

 

 

 ぶっきらぼうな言い方の剣に相変わらずらしさを感じないヒメは、心配しつつもそこで会話を切ることを選択したのだった。

 

 

 さて、そんな様子を少し離れたEOS搭載コンテナから眺めている者たちがいた。

 

 

「ふーむ、怪しいわね、あの2人」

 

 

 EOS搭載コンテナの影に隠れた鈴は、その視線の先にいる剣と楯無を見てそう呟いた。

 

 

「そういうもんかぁ?」

 

 

 しゃがんで鈴の下にいる一夏が、彼女を見上げるように感想を呟いたところ、鈴はジト目で一夏を見下ろしてため息をついていた。

呆れ10割の配分であることは目に見てわかる。

 

 

「……まぁ、アンタならそうでしょうね。それで簪。あの2人どうなの?」

 

 

 ちょうど反対側で同じように様子を見ていた簪とセシリアに鈴が視線を移す。

ちなみに鈴の背後にはシャルロットとラウラがおり、2人も揃って簪の言葉を待っていた。

 

 

「この前の襲撃の後くらいから、うん、多分結構いい感じになってると……思う」

 

「剣さんが生徒会長を見る視線の色が、確かに変わってますね」

 

「ふむふむ、成程成程。やれやれようやく己の気持ちに気づき始めたようだね、剣は」

 

 

 乙女+一夏達の会話に突如として割り込んだ、男性の声。

全員がギョッとして振り返ると、ニコニコと満面の笑みを浮かべて一夏達と同じようにしゃがみこんでいる着流しの男性。

先程紹介された草薙剣の父親である峰善であった。

 

 

「峰善様っ、いつのまにっ!?」

 

 

 驚いた簪だったが、峰善がしーっと口に手を当てたことで声を押える。

 

 

「あまり大きな声は出さないでね、簪君。流石にこの距離で気が飛んでいるアイツ()なら気づかれないだろうけど」

 

「はっ、はい」

 

「うんうん、それでいい。さて、僕も気になっていてね。楯無君が剣に好意を向けていたことは、草薙家も更識家も全員が周知しているわけだし」

 

「そっ、そうなんですか?」

 

「あぁ。以前更識の家のほうに許嫁の話が来ていたんだがね、蔵人の奴も楯無君の想いに気づいていたから秒で却下していて、あの時の表情は今も忘れられないよ。ちなみに僕は腹を抱えて笑ったからあいつにぶん殴られたけどね」

 

「お父様がそんなことを……あっ」

 

 

 納得した簪だったが、峰善に向けていた視線が彼の頭上へと移る。

それを不思議に思った峰善も首を傾げて、頭上を向くとそこには見知った顔があった。

 

 

「お前は何をやっているんだ、峰善?」

 

「くっ、蔵人……っ!」

 

 

 先程の自己紹介と変わらぬ静かな声色だったが、額に青筋が浮かんでいるのはこの場にいた全員が気づいた。

峰善の返答を待たずにガシッと彼の両肩を掴み引き釣り立たせる。

 

 

「お前は年齢を考えろ。私達はもう若くはないんだぞ?」

 

「いや、ほら、でも気になるだろう? お前だって楯無君の想いがどうなるか気になっていたじゃないか」

 

「そうだがそれは当人達が決めるべきことだ。40代の男がそうやって覗きなんてしていたら犯罪と言われても仕方ないぞ、全く」

 

 

 そのまま襟首を掴んだ蔵人は峰善を引きづっていく。

 

 

「あー……皆、もしよかったら今後も剣の事見てやってほしいんだ。あいつかなり不器用だからね。おい蔵人、そろそろ手を離せ、痛いぞ」

 

「お前には痛いくらいがちょうどいいだろう」

 

 

 ずずーっと引きづられつつ、峰義は一夏達に声をかけそのままフェードアウトしていった。

蔵人はその一切合切を無視していた。

 

 

「……なんというか、仲いいわね、簪と剣のお父さんは」

 

「やめてっ、お願いだから、やめて……っ!」

 

 

 鈴がジト目に苦笑しながら簪に視線を移すと、彼女の顔は羞恥からか真っ赤になっていた。

 

 


 

 ガシン、ズシンと重い金属が地面にめり込む音が響く。

EOSの起動を完了させた一同は基礎動作確認後に機能習熟のためにグラウンドを3周するように指示を出されていた。

ランニングには一同の先導する形でEOSに搭乗した峰善と蔵人も参加しており、男性が計4人いるという状況に模擬戦で空中にいる女生徒たちの視線も自然と地上に向かってしまっていた。

 

 すでに一同は先頭集団と後方集団に分かれてしまっていて、先頭集団に含まれる剣は後方をチラリと眺めた。

先頭集団は剣、楯無、峰善、蔵人、そしてラウラの5人で形成されており、それ以外のメンバーは後方集団に含まれている。

なぜここまではっきり差が出てしまっているのか。

 

 

「くっ、この……っ!」

 

「こっ、これは……ここまで違うのか……っ!!」

 

「重いっ、ですわ……っ!!」

 

「うっそでしょ……っ!!」

 

「うっ、動かしずらい……っ!」

 

「ISとこんなに違うの……っ!?」

 

 

 それは単純に身体能力の差と、EOSはISに比べて非常に重量があったことに起因していた。

 

 先頭集団を形成している5人は先代、今代の草薙剣と更識楯無、そして現役の軍人である。

代表候補生とは言え一般の女生徒の範囲内に収まる後方集団の面々とは鍛え方が違うのだ。

 

 そして総重量ではISのほうが重いのだが、ISにはPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)と呼ばれる反重力システムが搭載されている。

加えて各種パワーアシスト装置、補助駆動装置による恩恵の為フル装備状態であってもほとんど重量を感じることはない。

 

 だが、EOSはISに比べてしまうと金属の塊といっていい。

補助駆動装置は積まれているが、ISに比べるとその性能は遥かに下である。

加えて背部に積まれている【PPB(ポータブル・プラズマ・バッテリー)】と呼ばれるバッテリーパックは単体重量で三十キロを超す重量があった。

さらには、ダイレクト・モーション・システムで操縦者の肉体動作を先回りして動くISと比べて、反応速度は常に操縦者の後追いになる点も違和感に繋がってしまっている。

ISよりも後発で開発されたため、各種問題点があっても仕方がないのだがやはり操作の快適性で言えばISが圧倒的に上と言って過言ではないのだ。

 

 

 さて先頭集団を見てみよう。

先頭集団を先導するのは峰善と蔵人の2名であり、その後ろに剣と楯無、ラウラの順で並んでいた。

 

 

「……もう少しペース落とした方がよくないですか?」

 

 

 先頭集団の剣が、先導している峰善と蔵人に声をかける。

 

 

「……そうだね。おい、峰善飛ばしすぎだ。もう少しペースを落とすぞ」

 

「わかった」

 

 

 ガシンガシンと騒々しくなっていた振動音が少しペースを落とした間隔へと変わる。

ペースを落としてくれた先導者2名に軽く会釈する剣に、ラウラが声をかけた。

 

 

「剣、この2人は先代の【草薙剣】と【更識楯無】であっているか?」

 

 

 ラウラが少しだけ怪訝な表情をしていたため、苦笑しながら剣と楯無は口を開いた。

 

 

「あぁ」

 

「それぞれ18代目と16代目よ」

 

「成程。ならばこの身体能力も説明がつくわけだ……ぜひ模擬戦で手合わせしたいものだ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女に、剣と楯無は苦笑していた。

 

 

(今考えてみると、お父さんと蔵人さんってそれぞれ大きな壁だよねぇ)

 

(……そうだな。まだまだ俺は若輩者だよ)

 

(歴代最年少の草薙剣は私達だけだけどねぇ)

 

 

 ヒメの言葉にフッと笑みをこぼした剣――その瞬間であった。

グラウンドの電光掲示板や照明が一斉に消灯したのだ。

同時にあちこちに空間投影ディスプレイが表示され、そこには【非常事態警報発令】と表示されていた。

 

 

『全生徒は地下シェルターに避難! 繰り返す、全生徒は地下シェルターに避難っ!!』

 

 

 突然の警報だったが、訓練機で飛翔していた生徒達は慌てることなく一斉に地上に降下してくる。

パニック状態になっていないのは、すで何度か事件を経験したことによる余裕だろうか。

 

 

 剣達もすぐさまEOSの装着を解除して、生身の状態で千冬の元へと駆け寄った。

千冬は己の眼前に展開された空間投影ディスプレイに流れる情報を目で追っていく。

 

 そしてすぐさま指示を飛ばす。

 

 

「専用機持ちは全員地下オペレーションルームへ向かうぞ。今からマップを転送する。どうやら防壁が降りているようだ。進路の妨げになる場合は破壊して進むぞ」

 

 

 千冬の言葉は、またしてもこのIS学園で事件が発生したことを克明に告げたものだった。

 

 


 

 それから20分後。

 

 

「では状況を説明する」

 

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム。

 

 本来ならば生徒は立ち入りが禁止されている区画に、現在学園にいる専用機持ちが集められていた。

一夏、箒、剣、楯無、簪、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラの9名に、別アリーナと地下シェルターから招集された虚、本音が並んで立っている。

教員は千冬と真耶の2名のみ。加えて本日特別に招かれていた峰善、蔵人もいた。

 

 

「現在、IS学園のほぼすべてのシステムがダウンしています。これは何らかの電子的な攻撃……つまりはハッキングを受けていることを示しています」

 

 

 オペレーションルームの電子モニターに表示される情報を元に、状況を説明する真耶の声はいつもと比べて堅いものであった。

それだけ事態は緊急性が高いものということを示していた。

 

 

「今のところ、生徒に被害は出ていません。校舎の方で防壁に閉じ込められることはあっても、命に別状があるようなことはありません。どうやらすべての防壁が降りているわけではなく、それぞれ一部分だけの動作のようです」

 

 

 だからトイレにも行けますよ、と彼女が告げるが誰も笑わなかった。

 

 

「そっ、それでは何か質問は?」

 

「はい」

 

 

 ラウラがすっと手を上げる。

現役軍人となると有事の際に行動が機敏なのだった。

 

 

「敵の目的は?」

 

「それがわかれば苦労はしない」

 

 

 確かにそうか、とラウラは質問を止める。

他に挙手を行おうとするものは現れなかったため、真耶が作戦内容の説明を開始する。

 

 

「それではこれから、織斑君、篠ノ之さん、草薙君、楯無さん、簪さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーディヴィッヒさんはアクセスルームに移動、そこでISコア・ネットワークを経由した電脳ダイブをしていただきます。虚さん、本音さんは皆さんのバックアップをお願いします」

 

 

 すらすらと告げる真耶。しかしそれに対する専用機持ちの反応は静かなものであった。

 

 

「あれ? どうしたんですか、皆さん?」

 

 

 きょとんとしている真耶に、楯無と簪、虚と本音、そして剣以外の専用機持ちは全員ぽかんとしていた。

 

 

「「「電脳ダイブっ!?」」」

 

「はい。理論上は可能だということは理解していると思いますが、ISの搭乗者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想可視化しての侵入ができるものです」

 

 

 本来はアラスカ条約で規制されていますが今回は特例として許可されますねと、彼女が続ける。

 

 

「これ自体に危険性はない。確かに専用機持ちが全員集まる点や電脳ダイブ中は操縦者が無防備になる点があるが、IS学園(・・・・)として対処できる事を示す必要があるのだ」

 

 

 千冬の言葉で、作戦内容に疑問を感じていたメンバーもグッと表情を引き占める。

それを確認した千冬が頷く。

 

 

「よし、辞退する者はいないな。それでは電脳ダイブのためにアクセスルームへ移動! 作戦を開始するぞっ」

 

 

 その言葉を受けて、一夏達はアクセスルームへと移動していく。

残ったのは千冬、真耶、剣、楯無、蔵人と峰善であった。

 

 

「さて、更識。お前には別の任務を……っ」

 

 

 そこまで言いかけた千冬だったが、蔵人がスッと手を上げたのに気づいて口を閉ざした。

 

 

「……何か?」

 

「差し出がましいかもしれませんが、今の楯無は万全の状態ではありませんのでその代わりを担当させていただきたいのです」

 

 

 彼の言葉に動揺したように楯無が少しだけ震えた。

 

 

「まだ怪我が完治していない、そうだね、楯無?」

 

「……っ、はい。お恥ずかしながら」

 

 

 ふむ、と千冬が顎に手を当てて思考しながら蔵人を見定める。

10秒程度経過してから彼女は静かに頷いた。

 

 

「……お手数をおかけしますが、お願いします。おそらくこのシステムダウンとは別の勢力が学園にやってくると思われます」

 

「敵、ということですね」

 

「はい。今の彼等は戦えない。護国の更識と草薙の力を頼らせていただきます。よろしいか?」

 

 

 蔵人の次に峰善に視線を移した千冬。

峰善もコクリと頷いて答えてから剣に視線を移した。

 

 

「こういった防衛戦ならば……剣、お前も蔵人についていけ。お前達(・・・)の力が必要になるだろう」

 

 

 先ほどのEOS実習で元気にふざけていた者と同一人物に見えないほどの冷たい声色。

思わず真耶はゴクリと唾をのんでしまった。

 

 

「楯無はアクセスルームで電脳ダイブによるハッキングを食い止めてくれ、いいな?」

 

「「分かりました」」

 

「よし、では行こうか、剣君」

 

 

 蔵人の声に頷いて答えた剣は、彼と共にオペレーションルームを出ていった。

後に残された楯無も先に出て言った剣に少しだけ心配そうな視線を飛ばしたが、自分のやるべきことを行うためすぐにアクセスルームへと駆けていく。

 

 

「……我々にもっと力があればな。生徒達を巻き込むこともないのだろうが……現実というモノは辛いな」

 

「完璧な人間など存在しません。我々はできることをやるだけですよ、織斑先生」

 

 

 自嘲気味にこぼしたその言葉を拾ったのは、峰善であった。

その言葉に静かに頷いた千冬の双眸に、強い意志が宿っていることを確認した彼が微笑む。

 

 

「失礼しました……それでは峰善氏は私と山田先生と共に別区画の迎撃で、よろしいか?」

 

「えぇ」

 

「山田先生も準備を」

 

「わかりましたっ」

 

 

 オペレーションルームに残された3人はこれからの作戦に向け、準備へと取り掛かった。

 

 


 

 

「これが……?」

 

 

 一夏、箒、簪、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、虚、本音、そして少し遅れて合流した楯無はアクセスルームへとたどり着いた。

 

 部屋の中は白一色で、それぞれがぼんやりと発光していた。

部屋の中には合計で十台のベッドチェアがあり、部屋と同じく真っ白なそれはまるでヘアサロンのようにも見えた。

 

 

「皆さんはこのイスで身体を楽にしてください。私と本音が向こうのデスクでバックアップを行います」

 

「ごろーんとしてねー」

 

 

 虚の言葉に促されて、全員がベッドチェアに身体を横たえる。

全員が緊張しているのか、身体に力を入れているのはバックアップを行っている虚と本音には一目瞭然であった。

だがその程度ならば問題はない。バックアップ作業のために展開された空間投影ディスプレイを2人は高速でタイピングしていく。

 

 

「それでは皆さん、ISをコア・ネットワーク接続のためにソフトウェア優先処理モードに変更してください」

 

 

 全員が己のISの設定を変更したことをダブルチェックした虚と本音は電脳ダイブの簡単な説明を開始する。

 

 

「中は仮想現実世界になっていますが、こちらでバックアップを行います。皆さんはシステム中枢の再起動を目指してください。ナビゲートもこちらで」

 

 

 コクリと全員が頷く。

 

 

「それでは……電脳ダイブ、開始」

 

 

 虚と本音がシステム接続を行う――瞬間、8人の意識は吸い込まれるような落ちていくような不思議な感覚に包まれていく。

 

 

 電脳ダイブで意識が遠のいた瞬間だった。

 

 

 ――この2人――ま――邪魔――な――弾く――でき――■■■

 

 ――分か――■■

 

 

 ノイズまみれの声が2つ、耳に届いた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 意識が遠のいたのは一瞬だった。

すぐにむくりとベッドチェアから一夏が起き上がった。

 

 

「っ、織斑君っ!?」

 

「おりむーっ、どうしたのっ!?」

 

 

 電脳ダイブの接続作業は正常に行ったはずなのに、起き上がった一夏に2人は驚いた。

そして起き上がったのは、一夏だけではなかった。

 

 

「……どういうこと?」

 

 

 少し離れたベッドチェアから、簪も起き上がってきたのだ。

 

 

「簪様もっ?」

 

「ミスはしてないのに……?」

 

 

 数度手順確認をしてみるが、やはり正常に接続作業を行っていた。

起き上がった簪だったが、すぐに2人の元に駆け寄って指示を出す。

 

 

「とりあえず、私と織斑君はアクセスができなかった……けどほかの皆は成功したみたいだから、ナビゲートしないと」

 

 

 彼女の言葉にハッとなった虚と本音は急いでナビゲート作業へと移っていった。

一夏も手伝えることはないかとデスクへと歩み寄っていった。

 




次回予告

「第23話 超えるべき双璧」


「――あぁ、君たちは知らないのか」


「――揺れるな」

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