IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第2話 蒼の雫

同日

 

 真耶との模擬戦を含めた、本日の確認事項全てが終了してから数十分。

 

 

「……」

 

 

 ISスーツから制服姿に着替えた剣は、少しけだるそうに空を見上げながら歩いていた。

すでに夕刻、空は茜色に染まっている。

 

 

「なにだるそうにしてるのよ。大して疲れてはないでしょう?」

 

「まぁ、うん。ただちょっと情けなくてさぁ」

 

「言っておくけど彼女はこの学園の中でもトップクラスの実力者、現役時代に国家代表候補の選考に残っているくらいなのよ。初心者が彼女に一撃与えることなんて早々できないわ。十分な成果を上げたといっても過言じゃないのよ」

 

 

 剣の数歩先を歩いていた楯無が振り向きながらそう言う。

剣はそんな彼女に肩をすくめて返す。

 

 

「そう言ってくれるけどなぁ」

 

(意地があるんだよ、男の子にはぁっ!)

 

(うるさいよっ)

 

 

 意識の中でケタケタと笑うヒメの言葉に、剣の眉間に皺がよる。

 

 

「ヒメちゃん?」

 

「こっちはいきなり寮生活だって聞かされてただでさえ滅入ってるのにさ……」

 

 

 そう彼の言葉通り、今日から寮生活が始まるのだ。

IS学園は全寮制であることは楯無から聞いていた。

しかしまさか当日からとは想像もしていなかったのだ。

当然学生寮にいるのは女子生徒のみ。

頼みの綱のもう1人の男子生徒である【織斑一夏】は入学式当日までは自宅待機しているらしい。

つまりは孤立無援の状態、ということだ。

 

 人格と共に性別が切り替わるという類稀な特異体質である剣は、同年代の青少年よりも女性に対する免疫はあるほうだ。

だが、それも度が過ぎれば意味を成さない。

 

 

「あ、そうそう。伝え忘れてたけど寮部屋だけどルームメイトは私だからね。もしかして期待してたりした?」

 

「はは、冗談はよしこさん」

 

「……つれないわねぇ」

 

「そりゃもう子供の頃からの付き合いだし。まぁ、気が楽といえば楽だよ」

 

 

 乾いた笑いを浮かべた剣に楯無は肩をすくめて返した。

 

 

それから数分後。

IS学園 学生寮 二年生寮廊下

 

 

 学生寮に到着した2人は、とある一室の前で足を停めた。

千冬から手渡された鍵に書かれている番号と、部屋の番号に相違はなかった。

 

 

「ここが今日からアナタの部屋よ、剣」

 

 

 まぁ、私の部屋でもあるんだけどね、と彼女は続ける。

 

 

「今更だけどさ、一応俺1年として編入されるんだよな? それなのに2年の部屋使っていいのか?」

 

 

 年齢やそれまでの学歴から、本来は2年生として編入するのがとして通例だ。

だが、IS学園では特例として剣は1年生として編入される。

そんな彼が2年生の部屋を使っていいのかと、疑問に思うのも当たり前だった。

事実、まだ休暇中で人数が少ないとはいえ途中ですれ違った生徒達に好奇の視線で見られていたのだ。

 

 

「そこは私が一枚噛んでるのよ。なんせ生徒会長ですので、ワタクシ」

 

(生徒会長ってやっぱり権力強いんだね。アニメでやってた!)

 

 

 クスクスと笑う楯無に意識の中でヒメが反応する。

 

 

「さて立ち話もなんだし、早く部屋に入りましょうか」

 

 

 彼女の言葉に頷いた剣は、鍵を使って扉を開く。

 

 

「おぉ」

 

(お~)

 

 

 パタンと、部屋の扉が閉じた同時に剣とヒメは声をもらした。

明らかに学生寮の物ではない内装だからだ。

直近の仕事で使用したホテルにも引けをとってはいないだろう。

 

 2つある机には参考書等が置かれているものと、綺麗に整理されているものに分かれている。

きっちりと整理された私物等もおかれており、後者が楯無の机だろう。

台所には最新の調理器具や大きめの冷蔵庫が置かれており、可愛らしいマグカップなども食器棚に置かれていた。

シャワールームの扉が曇りガラスなのは元は女子寮だからかと邪推したが、今は考えないこととした。

2つあるベッドのうち、使われた痕跡のない方に目をやる。

枕元のベッドサイドランプを手にとって、電源を確認するが特に不審な点はないためランプを元の位置に戻す。

 

 

「盗聴器なんて流石にないか。たっちゃんが?」

 

 

 机の上に積まれている参考書を手に取りつつ、その横の積まれている段ボールに視線を移す。

数は2段が2列の合計4つ、そこそこの大きさのダンボールのため必然的に目が行っていた。

 

 

「残ってるわけないでしょ。あ、それは荷物ね。家のほうから運んでもらってるわよ」

 

「ありがと。私服とPCくらいあればいいんだけど、量多くないか?」

 

「流石にそこまでは分からないわ。おば様が私物を入れてくれたとか?」

 

「だといいんだけど」

 

(お願いお母さんっ、着替え以外にちゃんと入れてくれてますようにっ!)

 

 

 意識の中で大声を出したヒメを無視して、ダンボールを開封していく。

1つ目は主に衣類で私服など、好んで着ている着流しなども入っていた。

2つ目は小型のノートPCや各種充電器、小説などが入っている。

3つ目、4つ目と開封していくがそれぞれ参考書とトレーニング器具が入っており、ヒメの目的のものは入っていなかった。

 

 

(えーっ! なんで入ってないのーっ!? お母さんっ、酷いよーっ! 休日の私の楽しみがないよーっ!!)

 

「……流石に母さんが入れてくれるわけないだろ、ヒメ」

 

 

 キンキンと頭の中に響くヒメの叫び声に思わず口から言葉がもれていた剣。

それを見た楯無は苦笑していた。

 

 

「必要なもの、なかったの?」

 

「俺の分は合った。ヒメの分はなかった」

 

「あぁ。ヒメちゃんが好きな特撮とアニメの?」

 

 

 剣が彼女の言葉に頷く。

ヒメの趣味は日曜朝に放送されている特撮番組や、深夜に放送されているアニメの視聴である。

剣もヒメにつきあって朝の特撮番組は視聴しているが、勝手に身体を借りられて徹夜を数度経験してからは深夜アニメのほうはDVDやブルーレイを購入して観ろと言い聞かせていた。

そもそも草薙の当主となってからは深夜のアニメなど見る暇があまりないのも事実だったが。

 

 

「誰の影響かしらね」

 

「そんなの【簪】に決まってるだろ。俺とヒメ、小さい頃から更識につきあってた訳だし。 たっちゃんだってたまに見てたじゃん」

 

「そうね。お泊りで【虚】ちゃんや【本音】ちゃんを含めた6人で夜更かし、懐かしいわねぇ……あっ」

 

 

 幼い頃を思い出していると、別の何かを何かを思い出したように彼女は声を出した。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「アナタが学生寮に来るってこと、簪ちゃんと本音ちゃんにもう伝えてあるのよ。だからそろそろ……」

 

 

 彼女がそう言った途端、コンコンと部屋のドアをノックする音が耳に届いた。

 

 

「ナイスタイミング」

 

 

 ぐっとサムズアップしつつ、ドアを開けに言った楯無に剣が苦笑する。

ガチャリと部屋のドアが閉じる音がして、すぐに楯無が戻ってきた。

彼女の後ろには水色の髪に眼鏡をかけた少女と、袖丈が異常に長い制服を来た少女の2人がいた。

2人とも楯無とも遜色ないレベルの美少女であった。

 

 眼鏡の少女のほうは楯無と同じく綺麗な水色の髪の毛であり、肩口くらいの長さでサイドの髪の毛がふわっとカールしている。

腕輪のような装飾物などで微妙にIS学園の制服が改造されており、加えて特徴的なヘッドセットが目を引いた。

 

 袖丈が異常に長いほうの少女は栗色の髪の毛を短いツインテール気味に纏めており、狐型の髪留めが目を引く。

人懐っこい笑みを浮かべてた少女は、長い袖丈に隠れた手を剣に向かって振っていた。

 

 

「簪に本音、来てくれたのか」

 

「うん、久しぶりだね。剣」

 

「つるぎん~!ひっさしぶり~!」

 

「そのニックネームも久しぶりだな」

 

 

楯無が連れてきた、【更識簪】と【布仏本音】がそれぞれ剣に向かって挨拶し、本音が出したニックネームに剣は思わず苦笑してしまった。

 

 

「むぅ。簪ちゃん、私には何もないの?」

 

「お姉ちゃんには朝電話したでしょ……」

 

「かんちゃん、眠たそうに電話とってたよね。電話で飛び起きてたし」

 

「朝6時に起こされた身にもなって、本音……」

 

 

 少しうつむいて肩を落とした簪の態度に楯無が慌てだす。

 

 

「ごっ、ごめんね。簪ちゃん。私最近忙しくて声聞けてなかったから思わず……っ」

 

「お姉ちゃんはいい加減妹離れを覚えるべき。そうすべき」

 

 

 わたわたと頭を下げる楯無に困惑した表情になっていた簪だが、口元には少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべていた。

本気ではないのは剣からも見て取れた。

 

 

「相変わらずだなぁ、この姉妹は」

 

「だねぇ」

 

 

 剣と、彼の横にいる本音は同意したように頷き合っていた。

彼の言葉通り、楯無と簪は1つ差の【姉妹】である。

更識家と布仏家とは幼い頃から交流がある剣は、彼女達の姉妹仲がいいことはよく知っていた。

 

 

「そういえば、虚は?」

 

「お姉ちゃんは生徒会のお仕事でまだやることがあるからって。たっちゃん、お姉ちゃんが探してたよー?」

 

 

 虚とは、本音の姉である【布仏虚】のことであるがこの場にはいなかった。

本音の言葉に簪への謝罪を続けていた楯無は、ピシリとまるで身体が凍ったかのように硬直した後、だらだらと冷や汗を流し始める。

あれは何か忘れてたんだろうなぁと、剣は彼女の態度から推測した。

 

 

「よっ、予算案の承認……忘れてた……っ!」

 

「……お姉ちゃん、ゴー」

 

 

 蒼白な表情な楯無は、簪の言葉に激しく頷きつつ部屋から飛び出そうとする。

そんな彼女に剣は声をかけた。

 

 

「たっちゃん」

 

「なっ、何っ!? いま時間が……っ!」

 

「頑張れよ」

 

 

 剣のその言葉に、蒼白だった楯無の表情が幾分かいつもの余裕を取り戻していく。

 

 

「っ、えぇっ、虚ちゃんに怒られない程度には……頑張るわね」

 

 

懐から扇子を取り出した楯無がそれを開く。

そこには達筆で【感謝】と描かれており、そのまま廊下を全速力で楯無は駆けていった。

 

 

「……まぁ、多分怒られると思うんだがな」

 

「そうだね」

 

 

 飛び出していった姉の様子を見て簪がため息をつく。

その瞬間だった。

 

 

(つーるーぎぃーっ! いい加減替われーっ! かんちゃんとほんちゃんと話をさせろぉーっ!)

 

 

 ガァンッと頭を両サイドから大型鈍器で叩きつけられたかのような衝撃に、剣は思わずふらついた。

突然ふらついた剣に首をかしげた簪と本音だったが、彼のしかめっ面を見てすぐに理解が追いついた。

 

 

「もしかして、ヒメ?」

 

「うん。 2人と話したいんだってさ、大丈夫か?」

 

 

 彼の言葉に2人が頷く。

それにありがと、と返した剣の姿が変わっていく。

2人のまばたき未満の時間で、背が縮み、髪が伸びて体形が女性のそれに変わる。

次の瞬間には、草薙剣は【ヒメ】に切り替わってそこに立っていた。

服は剣が着ていたIS学園の男子制服そのままであるため、当然丈がヒメにあっておらずブカブカだ。

 

 

「かんちゃん! ほんちゃん! 久しぶりぃ!」

 

 

 だがそんなこと気にするものぞ、とヒメは満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「久しぶり、ヒメ」

 

「元気いっぱいだね、ひーちゃん!」

 

「最近忙しく遊びに行けなかったからね。 そうだ、かんちゃんっ!」

 

「どうかしたの?」

 

「お母さんが剣の荷物に私の私物入れてくれなかったのぉっ!」

 

 

 涙目でそう告げるヒメに、納得がいったように簪は頷く。

 

 

「だからVシネ2作目のDVD貸してくださいっ! この前借りたDVDは休みのときに剣にとってきてもらうからっ!」

 

(おい、コラ)

 

「分かった。 ヒメは大事に観てくれてるから返すのはいつでもいいよ。 あ、この部屋なら再生できるからここで観る? DVD部屋から取ってくるけど」

 

 

 意識の中の剣の講義の声を無視したヒメに、簪が提案を持ちかける。

 

 

「いいのっ!?」

 

「うん。 この後は暇だから……本音はどうする?」

 

「それなら、私はお菓子用意するねっ! ひーちゃんとつるぎんとの再開祝いにっ!」

 

「分かった。 それじゃ部屋から持ってくるから」

 

 

 とんとん拍子で話が進んでいくのを、剣は黙ってみていた。

3人とも楽しそうに笑顔を浮かべており、それを邪魔することなど無粋でしかない。

加えて、その【光景】こそが己が草薙として守るべきものだと改めて認識できたからだ。

 

 

(……まぁ、しばらくはヒメの好きにさせてやるかね。菓子食いすぎたら出て行くけどな。若いのに糖尿病はご免こうむる)

 

 

 意識の中の剣は、3人の美少女達が特撮を見始めたことに苦笑しながらそんなことを考えていた。

 

 


 

それから数日後。

桜が見事に開花し、風に乗って舞う春の陽気に溢れるIS学園は新学期を向かえていた。

 

 

IS学園 1年1組 教室

 

 

「ううっ……」

 

 

 1年1組の教室、その中で男性である【織斑一夏】は周囲からの視線に耐えている状況に置かれていた。

何故ならばIS学園は本来女子高であり、男性など少ない例外を除いて存在しないのだから

その数少ない例外は、彼の真横の席にいるのだが。

 

 

(辛いな、この視線の数)

 

 

 天井を見上げながら、剣はそんなことを考えていた。

 

 

(まぁ、慣れるしかないよね、ほんちゃんもいるわけだし。 それと、1人目君がこっち見てるよ)

 

(分かってるって……さて)

 

 

 隣の席の一夏からの視線には当然気づいていた。

その視線は興味と話しかけたいオーラに溢れている。

ヒメにそう返した剣は、天井に向けていた視線を隣に向ける。

 

 

「何か用か、織斑?」

 

 

流石に男2人だけの空間は居心地が悪い、よって少しでも負担を減らすため同じ境遇である一夏と話すことにしたのだ。

 

 

「あぁ、えっと……草薙、さんでしたっけ?」

 

「あぁ。草薙剣だ。よろしく」

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 

 互いに軽く会釈して、剣は一夏が敬語を使っていることに気づく。

 

 

「敬語はいい。普通にしてくれ、普通に」

 

「でも……1つ上ですよね?」

 

「1つくらい替わらない、剣でいい。 その代わり俺も一夏、でいいか?」

 

「……分かった。よろしくな、剣っ」

 

 

 少し戸惑っていた一夏だが、すぐに笑顔を浮かべた。

 

 

(さっ、爽やか系かこやつっ!)

 

 

 意識の中でヒメがそんな反応を取っていたが、その直後に教室のスライドドアが開いた。

カツカツと教壇の前に歩を進めたのは、真耶だった。

 

 

「全員そろってますね。それじゃあSHRを始めましょう」

 

 

 彼女の言葉で必然的に剣と一夏から視線は外れ、視線が集まる。

本日の真耶の服装はスーツではなく、季節にもぴったりの薄黄色のワンピースだった。

 

 

「今日からこの1年1組の副担当となります【山田真耶】です、よろしくお願いしますね」

 

 

 剣や一夏も含めた生徒達は、座りながら一礼を返す。

 

 

「担任の先生は少し遅れますので、その間に皆さんの自己紹介をしましょう。出席番号順でお願いします」

 

 

「……えっ!?」

 

 

 彼女の発言に自分だけにしか聞こえないレベルで声を出してしまった一夏であった。

この教室に男性は自分と剣だけであり、必然的に注目されてしまう。

横目でチラリと剣を見ると彼も驚いてはいたようだが、すっと瞳を閉じて何か考え出しており場慣れしている雰囲気を感じた。

少なくともあせりまくっている自分よりはよほど余裕を感じさせている。

 

 

(どうするっ!? どんな事を言うっ!? 剣に相談……いやっ、そこまでする時間も暇も……っ! そうだ、得意な事とかで、家事とかは得意だな、うんっ!)

 

 

 ぐっと心の中でガッツポーズを取った一夏は思考を加速させていく。

 

 

(得意な事と後は……好きな食べ物とか趣味っ! うん、これで!)

 

「むら……く……織斑一夏君!」

 

「ふぁいっ!?」

 

 

 自己紹介の内容を頭の中で組み立てていた一夏だが、真耶の声によって現実に戻され思わず飛び上がるように立ち上がってしまった。

その様子に、彼を呼んだはずの真耶もビクッと驚いていた。

 

 

「おっ、大声だしてごめんなさい、びっくりしましたか? でも自己紹介の順番が【お】なんだけど自己紹介してくれるかな?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 

 真耶に大丈夫と伝えた一夏だったが教壇前まで歩を進めたところで、先程まで考えていた自己紹介の内容が頭からすっ飛んでいることに気付いた。

 

 

(えっ、嘘だろっ、やばいっ、内容忘れたぁぁ!?)

 

 

 心の内で絶叫しながら、素早くと教室を見回す。

クラスメイト達は何が出るか期待している眼差しを一夏に向けていた。

己以外の男性搭乗者である剣も興味深そうにこちらを見上げている。

先程考えていた内容を思い出す時間があるわけもなく、泣く泣く自己紹介を行うしかなかった。

 

 

「おっ、織斑一夏です……以上です!」

 

(名前だけかーいっ!) 

 

 

 苦肉の策である名前のみの自己紹介に、一夏以外の1年1組の人間が全員ずっこけた。

剣もガクッと肩を落としており、意識の中でヒメも同じようにすっ転んでいた。

そしてその内容について冷徹なツッコミも入る。

 

 

「お前はまともに自己紹介もできんのか」

 

「げぇ、関羽っ!?」

 

「誰が三国志の武将か、馬鹿者」

 

 

 大げさに驚いた一夏の頭に神速の何かがぶつかり鈍い音を立てた

彼の頭に鈍器のような音を立ててぶつかったのは出席簿だった。

明らかに出席簿に叩かれたそれではない音だとクラスメイト全員が思い、叩いた人物に目線を合わせた。

 

 

「織斑先生、もう会議は終わられたんですか?」

 

「あぁ。 クラスへの挨拶を押し付けてすまなかった」

 

「いえっ、大丈夫です! 副担任ですから!」

 

 

 真耶の言葉に微笑んで、一夏を叩いた人物、織斑千冬が黒板の前に立って話し出す。

 

 

「このクラスの担任の織斑千冬だ。 私の仕事は1年でISについて科を問わず必要最低限の基礎を叩き込むことだ。 私や山田先生の言葉はよく考えて自分のモノにしろ、口答えしてもいいがあまり煩わせるなよ」

 

 

 まるで独裁者のような発言だが、その言葉に爆発したかのような黄色い声が教室中からあがる。

 

 

「キャーーっ!  千冬様よっ!  本物っ!  世界最強の【ブリュンヒルデ】っ!!」

 

「貴方のようになりたくてここに来ましたっ!!」

 

「ずっとファンでしたっ!!」

 

「叱って下さいっ!」

 

 

 年頃の女の子の言葉じゃないようなものが混ざっており、まさに教室は阿鼻叫喚の文字がぴったりの様相になっている。

あまりのうるささに剣もその様子を見て辟易していた。

教室内の少女達の歓声に、心底鬱陶しそうに千冬が話し出す。

 

 

「……毎年よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ、逆に感心させられる。 それとも誰かが私のクラスだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 

 少々語気が荒くなっているが、それは火に油を注ぐだけだった。

 

 

「もっと叱って罵って下さいっ!」

 

「我が生涯に一片の悔いなしーっ!」

 

「まだよっ、まだ終わらないわっ!」

 

 

 その様子に顔に手を当てて千冬はため息をついた。

 

 

(あの人も苦労してるんだね)

 

(そうだな。流石にこれは気の毒だ)

 

「……織斑、さっさと自己紹介を続けろ」

 

「えっ、千冬姉っ、まだやるのっ!?」

 

「当然だ馬鹿者。それと織斑先生だ」

 

「……はい、ちふっ、織斑先生」

 

 

 一夏がいつもの癖で出してしまった身内への親しい呼び方を注意し、訂正させる。

しぶしぶ従った一夏に視線が集まりある女生徒が声をもらす。

 

 

「えっ、先生と織斑君って姉弟なの?」

 

「あ、確かに……苗字同じだし」

 

「……貴様ら、いい加減に無駄口をたたくな。 さっさと自己紹介を進めろ」

 

 

 千冬の鶴の一声で雑談は消え、自己紹介が再開された。

一夏は真耶に話しかけられる前に考えていた自己紹介の内容をかろうじて思い出して自己紹介を完遂した。

 

「はい、次は……【く】なので、草薙君。お願いします」

 

「はい」

 

 

 真耶の言葉で剣は立ち上がって教壇前まで歩を進める。

振り返ってクラスメイト達に目をやるとそのほとんどがこちらに好奇の目を向けていた。

 

 

「初めまして、といっても全員知ってるだろうけど2人目の男性搭乗者の草薙剣だ。 所属は【日出工業】で趣味はトレーニング。 皆と違って1つだけ年上だけど気にしないで剣って呼んでくれ。 1年間よろしく」

 

 

 軽く一礼して教室を再び見渡す。

すると再び教室は黄色い声で溢れまるで爆発するかのように騒がしくなった。

 

 

「織斑君もカッコいいけど草薙さん……草薙君もいいっ!」

 

「年上属性ぃっ! 1組勝ち組だったぁっ!」

 

「よし。今年は草薙×織斑で新刊ねっ!」

 

「なにそれ詳しく。 5万までなら融資するわよ」

 

 

 キャーキャーと黄色い声が響く教室を見て剣は苦笑していた。

 

 

(人気者だね、剣ぃ?)

 

(まさかここまでとはなぁ。 女子高ってこんなノリなのか)

 

 

 はぁ、と大きくため息を出した剣は自分の席に戻って着席する。

思った以上の精神的疲労からか再開された自己紹介を剣は呆けて眺めていた。

 

それから少々時間は過ぎて、1時限目終了の休憩時間

 

 

「剣、俺やばいかも……」

 

「俺は復習すればいいだけだからな。 頑張れとしか言いようがない」

 

「ぐへぇ、1人だけかよぉ……っ!」

 

 

 机に突っ伏している一夏の背中は哀愁を感じさせており、それを見た剣は思わず苦笑してしまった。

自己紹介をかねたSHRが終了した後1時限目の授業が始まり、その際に一悶着があった。

一夏が授業内容について理解ができず、千冬からの参考書はどうしたのだという質問に対して必読である参考書を古い電話帳と間違えて捨てたと発言したのだ。

もちろん一夏は千冬からの出席簿アタックを喰らった後、再発行後1週間で覚えろと罰を科されてしまった。

ちなみに剣は、楯無の特訓の合間にジャックから座学を教わっており、授業のレベルにも十分ついてこれていた。

 

 

「少しいいか?」

 

 

 一夏を励まそうとした剣に、【黒髪のポニーテールの少女】が話しかけてくる。

少々目つきがきついがそれを補って余りある美少女であり、日本での女性の理想像である【大和撫子】の言葉が当てはまるだろう。

プロポーションも同年代の少女達とは一線を画すレベルで抜群だった。

 

 

「……もしかして箒?」

 

「っ、あぁ。覚えていてくれたか一夏」

 

 

 突っ伏していた一夏が顔を上げて、その少女の名を口にする。

 

 

「もしかして、知り合いか?」

 

「あぁ、幼馴染だよ」

 

「……なら積もる話もあるだろう? 後でノートでも貸してやる、行ってこい」

 

 

 そう言って剣は自席に座る。

ノートを貸してくれるといわれて感激していた一夏が、箒に教室の外へ引っ張られていくのを視界の端に捉えて外さずに。

 

 

(彼女が【篠ノ之箒】か。 IS開発者の【篠ノ之束】の妹の)

 

(ちょっと怖い雰囲気あったよねぇ)

 

 

 彼女の名前はこの仕事を始める前に楯無に告げられていたため聞き覚えがあった。

 

 

(神経質っぽいってのには同意するけど、初日から問題を起こす気はないからな。 それに積もる話もあるんだろ)

 

(剣が一夏と話してるときに話しかけたそうにうずうずしてこっち見てたもんね)

 

 

 余計なことで初日から波風を立てることはこれからの仕事に影響があるかもしれない。

特に【天災】と呼ばれる【篠ノ之束】の【妹】となると、警戒するに越したことはない。

 

 

「つるぎん、お疲れ様ー」

 

「本音か、まぁ、疲れてはないけど。 ありがと」

 

 

 少しだけ思考の海に沈んでいた剣に、同じクラスとなった本音が話しかけた。

 

 

「そういえば、簪とは別クラスなんだな」

 

「うん。かんちゃんは1年4組だよ。 一緒がよかったなぁ~」

 

「それは同感だな」

 

 

 よよよと悲しそうな顔を浮かべて自席に戻っていく本音に剣が苦笑していると、彼に話しかけるものがいた。

 

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 

 剣が振り返るとそこには、【美しい金髪を縦ロールにした少女】が立っていた。

白い肌、白人特有の透き通った目に凛とした佇まい、加えてプロポーションも非常に良い。

だが、1つだけ剣は本音や他のクラスメイト達とは違う点を見抜いていた。

それは、彼女の目がまるで【値踏み】するかのような目つきであったことだ。

 

 

「草薙剣さん、でよろしかったですね?」

 

「そういう君は【セシリア・オルコット】さん、だよな? イギリス代表候補生の?」

 

「えぇ。 日出工業に所属している方はご存知でしたか」

 

 

 彼女、セシリアの言葉に剣が頷く。

【代表候補生】とは国家におけるIS搭乗者の代表である【国家代表】の候補生の事であり、彼女の場合はイギリスの国家代表候補生にあたる。

ジャックにISについての座学を叩き込まれており、各国の代表及び代表候補生についてもある程度の知識はある。

 

 

「それで、そのオルコットさんが俺に何の用だ?」

 

「いえ、代表候補生たるもの、これから1年共にする相手のことも気にかけるべきかと思いましたので。 特に男性のお2人はISなどの知識には乏しいと思いますので」

 

「あぁ。何か困ったことがあったら聞いてほしいってことか」

 

 

 剣の言葉にセシリアが頷く。

 

 

「ありがたい。ただ今のところ俺は困ったことがないから、一夏が戻ってきたら伝えておく」

 

「そうですか。それでは」

 

 

 軽く会釈したセシリアはそう言って己の席に戻っていく。

 

 

(絵に描いたようなプライド高いお嬢様キターっ! アニメでしかいないと思ってた)

 

(……まぁ、プライド高いって所は感じたよな)

 

 

 これまで彼女と会話してみて感じたこと。

それは高いプライドを持っていることだった。

密接に自信と結びつくそれは、彼女の場合は行き過ぎている様に見える。

でなければ初対面の男性を値踏みするかのような目で見ることなどできないだろう。

 

 それを感じたからこそ、当たり障りのない回答で場を濁すことを剣は選択したのだ。

その選択はどうやら正解だったようで、彼女は満足して帰っていったのだが。

 

 

(……何も起こりませんように)

 

 

 そう考えて机に突っ伏すと同時に、一夏と箒が教室に戻ってきていた。

 

 

休憩時間が終わり2時限目

 

 

「そうそう、1限目に伝え忘れていたが近々行われる【クラス対抗戦】に出場する【クラス代表】を決定する必要があるんだった」

 

 

 授業開始と同時に千冬の口から爆弾が落とされた。

 

 

「自薦他薦は問わない、誰かいないか?」

 

 

 彼女のその言葉にそっと手を挙げるのは、1年1組唯一の代表候補生であるセシリアであった。

その佇まいには自信が溢れていた。

 

 

「ん、立候補はオルコット。 他にはいないな?」

 

 

千冬が教室を見回すが、セシリア以外に手を挙げている生徒はいなかった。

 

 

「それでは推薦はあるか?」

 

 

 彼女のその言葉に一斉にクラスメイト達が手を挙げ始めた。 

本音や箒、自薦したセシリアを除いたほぼ全員が勢いよく手を挙げている。

 

 

 

「織斑君がいいと思います!」

 

「同じく織斑君で!」

 

「えっ、俺!?」

 

 

 選ばれることはないだろうと思っていたのか、素っ頓狂な声を一夏が発した。

 

 

(この流れは……っ!?)

 

(いやな予感がヒシヒシとするんだが)

 

 

「私は草薙さんで!」

 

「私も草薙君で!」 

 

(ほらやっぱり……)

 

 

 流れで予想できていた展開に、剣ははぁとため息をついた。

辞退しようとした剣が立ち上がる瞬間、教室に声が響いた。

 

 

「納得いきませんっ!」

 

 

 バンッと机を叩きつつ、セシリアが自席から立ち上がったからだ。

その表情には怒りの感情が溢れていた。

 

 

「皆さんはただ物珍しいからという理由だけで彼等を代表に選ぶというのですかっ!? 実績などを判断材料にすべきですっ!」

 

「自薦他薦は問わないといったはずだ、それではオルコットも含め織斑、草薙の3人か……そうだな、3人で戦って勝った者がクラス代表でどうだ?」

 

 

 千冬のその提案にセシリアは口元を笑みにゆがめる。

 

 

「その様な勝負の結果など見えておりますわっ、わたくしの実力ならば勝利という結果に揺らぎありませんものっ! 後進国の男性お二人に負ける理由がありませんものっ!」

 

「……よく言うぜ、イギリスだって大した国じゃないくせにさ。料理なんかじゃ英国料理は世界一まずい料理何年一位だよ」

 

 

 セシリアの自覚のない売り言葉に、一夏が買い言葉を返す。

まさか反論されるとは思っていなかったのか、一瞬だけ呆けた彼女は耳まで真っ赤にした後に叫ぶ。

 

 

「あっ、あなたはわたくしの祖国を侮辱しますのっ!?」

 

「先に侮辱したのはそっちだろっ! 後進国とかってよっ!?」

 

「っ、許しませんっ。織斑一夏っ、貴方に決闘を申し込みますっ!!」

 

 

 2人が立ち上がってにらみ合う。

それに伴いクラスの雰囲気がどんどん悪いものになっていく。

 

 

(……そもそも日本人が多いIS学園で、それは悪手だろうに)

 

 

 本日何度目か分からないため息をついた剣が立ち上がる。

 

 

「一夏、流石に落ち着け。オルコット、お前もだ」

 

 

 にらみ合いを続ける2人の間に剣が割って入り込む。

 

 

「剣っ、俺達のこと馬鹿にされてんのにいいのかよっ!?」

 

「俺個人ならどうでもいい。ただ流石に立場があるだろう、オルコットには」

 

「……立場?」

 

 

 一夏が怪訝な表情で剣に尋ねる。

それと同時にハッと何かに気づいたようにセシリアの表情が変わった。

 

 

「代表候補生なんて立場だ、流石にこれ以上はまずい……そうだろう?」

 

 

 代表候補生、つまりは国家代表の候補生、つまりそれだけの責任が候補生の肩にかかっているということだ。

先程の発言は下手をすれば外交問題にすら発展しかねない。

それを理解できないセシリアではなかった。

だが悔しさが勝ったのか、思わず言葉が口から零れ出てしまった。

 

 

「……ふん、自国が侮辱されたというのに随分と冷静ですね。 貴方にとって【日本】など所詮はその程度ということなのでしょうね?」

 

 

 【愛国心】が強いセシリアだからこそ零れた言葉だった。

だがそれは最もこの場で口にしてはならない言葉だった。

もっともそれを彼女には知る由もなかったのだが。

 

 彼女が口を閉じた瞬間、周囲が凍りついたかのような【圧迫感】がセシリアを襲った。

まるで背骨に氷柱をつきたてられたかのような、首に刃物を突き付けられているかのような圧倒的な【重圧】

一般的に【殺気】と呼ばれるものであることを、ISの試合を通して学んでいるセシリアだったが、【濃度】が試合で感じるようなモノとは桁違いだった。

その殺気の出所は、目の前にいる男性である【草薙剣】だった。

黒真珠のような漆黒の瞳には、殺意の色しか浮かんでいない。

 

 

「……俺にとって【日ノ本】がなんだって?」

 

 

 静かにそう告げた剣の圧に、セシリアはゴクリと唾を飲み込むことしかできなかったが、彼女はすぐに開放されることになる。

 

 

(はい、落ち着いて剣。日ノ本侮辱されたのは分かるけど、流石に可哀想になってきたから。我慢我慢)

 

(……悪い、ヒメ)

 

(トラブルメーカーってやつだね、剣も彼も)

 

(ごめん)

 

(いいよ、慣れてるから)

 

 

 意識の中でヒメが剣に語りかけると、セシリアを襲っていた殺気が霧散していく。

セシリアの言動で雰囲気が悪くなっていたクラスメイト達も、剣が発していた殺気に影響され、先程の険悪な雰囲気など消し飛んでいた。

間近で感じるセシリア程ではなかったが、殺気が霧散していくことで深呼吸する音も聞こえていた。

クラスメイトの中では本音が唯一事態に対して理解しており、彼女も安心したように胸をなでおろしていた。

 

 

「……決闘だったな? いいだろう、相手になってやる」

 

「っ!? もっ、もちろんですわっ!」

 

 

 殺気にひるんでいたセシリアを睨みつけながら、剣は席に座る。

圧倒されていたセシリアだが、そのプライドからか何とか立て直して、食って掛かる。

 

 

「一夏、やるなら協力するぞ」

 

「あっ、あぁ」

 

 

 セシリア程ではないが一夏も怯んでいたが何とか相槌を返すことができた。

瞬間、バンッと手を叩く音が響きクラスメイトの視線は教壇に集まる。

 

 

「……やれやれ、では勝負ということで話はまとまったな? なら1週間後、第2アリーナを使用してクラス代表を決める。それでいいな? では授業を再開する」

 

 

 千冬の声と共に授業が再開したため、剣と一夏は席に着く。

 

 

(……先程の殺気は草薙か。 あの歳でアレほどの殺気……あれが【草薙家】か。敵には回したくはないものだな)

 

 

 そんなことを考えながら、参考書のページを読むように指示した千冬は授業を続けていった。

 




次回予告

第3話「都牟刈VS蒼き雫」

『わたくしの全力、受け止めていただけますか?』
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