同日 放課後 IS学園学生寮 剣と楯無の部屋
「それで初日から問題起こしたの? アナタは」
「それを言われるとっ、288っ、辛いなっ、289っ」
楯無は呆れた様なジト目を、自室の扉の上枠部分の僅かな取っ手に指をかけ、指の力だけで懸垂に励む剣に向ける。
初日の授業を終えて学生服から着流しに着替えた彼は、かなりの速度で懸垂運動に精を出しながらも汗はほとんどかいておらず呼吸も乱れていなかった。
「293っ、頭に血が上った俺も悪いとは思うけどさっ、294っ」
「彼女も見事に地雷を踏み抜いたものね。【日ノ本第一主義】の草薙の人間にとっての一番の禁句を的確に、ですもの」
セシリアとの一件の後、クラスの雰囲気は多少悪くなっていたが昼食の際に剣と一夏はその件について謝罪している。
本音をはじめとして、大半のクラスメイト達はその件を笑って許してくれており、剣は一夏と共に胸をなでおろしていた。
またすでに学生寮で生活していることを一夏は知らずに、一人取り残されてしまっていたが合掌してから部屋に戻ってきていたのだ。
「問題起こしたことは反省してるけどっ、299っ、まぁ、全力でやるだけだよっ、300っ」
「はいっ、そこまで」
300回目のカウントを終えると、楯無がパンッと軽く手を叩いた。
彼女の行動に内心首を傾げた剣だったが、扉の上枠部分から手を離して着地する。
「たっちゃん、どうしたのさ? 俺としてはまだまだやりたかったんだけど」
「300回でキリがいいでしょ。放っておいたらアナタはずっとトレーニングしてるんだから」
ため息混じりにそう言った彼女が手に持った扇子が開くと、そこには達筆で【トレーニングバカ】と書かれていた。
「さて止めた理由だけど、少し話があるからなのよ」
「話?」
「明日から私が少し学園を空けるの、その連絡よ」
「なるほど、国家代表もお忙しいことで」
その言葉に肩をすくめて大きくため息をついた彼女の姿に、剣は思わず苦笑してしまった。
「どれくらい離れてるんだ?」
「大体、【クラス対抗戦】が終わるくらいまでかしらね。だからもしアナタがクラス代表になったとしても観れないの、ごめんなさいね」
「別にそれはいいけど」
「そう、私もそれはいいのよっ! でもねっ! 私が本当に残念なのはっ! 簪ちゃんが4組の代表なのにっ! その晴舞台をこの目に焼き付けることができないことなのよっ!」
大声でそう力説する楯無は興奮しているようで息が荒い。
そのとても残念な姿に、今度は剣がジト目を向けることとなった。
「ねぇ、剣っ! もしよかったら録画してくれないかしらっ!! 簪ちゃんの雄姿を録画するためなら何でも協力するわよっ!?」
(……かんちゃん絡みだとほんと残念になるよね、たっちゃん)
「ヒメにも呆れられてるぞ、たっちゃん」
はっといつの間にか出ていたよだれを拭った楯無は、軽く咳払いする。
「とにかくしばらく私がいないけど、セシリアちゃん絡みの問題もなんとか解決しなさいね、剣?」
「分かってるよ。俺は全力で彼女と闘うだけさ」
「そう、ならちょっとだけアドバイス。彼女は国家代表候補生として英国でも前面でアピールされてる。それだけ情報が転がってるってことだから……分かるわよね?」
彼女のアドバイスに剣は頷く。
決闘の相手となるセシリアは英国の代表候補生だけではなく、英国でも名高い貴族の血統だ。
それ故に英国では他の代表候補生よりも前面に押し出されてアピールされている。
つまりは、他の代表候補生よりも情報を手に入れるのは容易というわけだ。
「ありがとう、調べてみるさ。ジャックさんにも手伝ってもらうよ」
「それがいいわ。あ、剣、もしよかったら荷物纏めるの手伝ってくれる?」
彼女の提案に剣は首を縦に振って答える。
それから数分かけて簡単な荷物を用意し終えた2人は一息入れていた。
ソファに座り込んで剣が用意した緑茶の味と香りを楽しんでいた楯無だったが、腕時計を見てお茶を一気に飲み干して立ち上がった。
「……ふぅ、名残惜しいけどそろそろ出なくちゃね。明日には現地に着かないといけないのよ」
「そっか。ちょっと寂しくなるけど、たっちゃんも頑張れよ」
「っ、えぇっ、分かってるわ」
一瞬だけ身体を硬直させたような態度を取った彼女に、剣は首をかしげていた。
(……ホントダメだなぁ剣は)
(何がダメなんだよ?)
急に意識の中でため息をついてそう告げたヒメに、剣が尋ねる。
だが彼女はしかめっ面を浮かべた後、プイッとそっぽを向く。
(たっちゃんを気づかう言葉をかけてあげたのはポイントプラスなんだけど、うーん、ダメ、教えてあーげない。たっちゃんが可哀想だし)
(プラスってなんだよ、それに何でたっちゃんが出てくるんだよ)
(……自覚なしでこれだもん。はぁー、たっちゃんが可哀想で私は引っ込みたくなるのであった)
剣にとってわけの分からないことを述べた後、意識の奥に引っ込んでしまったヒメに再度彼は首をかしげるのだった。
それから時間は経って一週間後。
IS学園 第2アリーナ Aピット
剣はAピットで迫るクラス代表決定戦のための準備に追われていた。
試合の順序は【剣VSセシリア】が最初に行われることになっている。
これについては、一夏の専用機の到着が遅れているためであった。
そのため、すでに専用機を所持している者同士の試合を先に持ってきているのだ。
また機体に大きなダメージが有った場合は、インターバルを取って最後まで行う予定だ。
IS【都牟刈】の開発主任であるジャックこと、【ジョン・ヌル・ドウズ】がメンテナンスベッドに鎮座する機体の最終確認を行っている。
2人目の男性搭乗者である剣のISである【都牟刈】の開発主任でもある彼は、学園への定期的な立ち入りを許可されていた。
ジャックのほかにはクラスメイトの本音と、4組の簪もその場でジャックの手伝いを行っている。
なお簪は4組の代表だが、対戦相手になるかもしれない相手の情報を集める気など一切なく、幼い頃から親しい人間である彼のために手伝いを申し出ていた。
「つるぎん相変わらず身体柔らかいね」
所謂開脚前屈の形で、剣の背中を軽く押す本音がぺたりと床に身体がついている彼の姿を見て口を開いた。
「【天鳥船】には身体の柔らかさも必要だしな。ん、ありがと本音、もういいよ」
剣の言葉で背中を押していた本音が手を離して起き上がる。
ジャックによる都牟刈のソフト面の最終確認を簪が手伝い、ハード部分で手持ち無沙汰になった本音がIS搭乗前の柔軟運動をサポートしてくれていたのだ。
剣も手伝うと告げたのだが、かなり専門的な部分の調整を行っているらしく必要になったら呼ぶといわれて渋々離れていた。
「剣、終わったよ。搭乗者確認してほしいからこっちにきて」
剣が立ち上がると同時に、簪がこちらを見ながら言う。
「待ってました」
本音と共に駆け足気味でメンテナンスベッドに駆け寄る。
「ん、剣君。お待たせしてすまなかったね」
ヨレヨレの白衣を翻して、初対面の時以上にボサボサのクセッ毛が目立つジャックが振り返る。
「さぁ、早速だけど搭乗してくれないかな」
そう言った彼の表情には少し、いやかなりの疲労の色が顔に滲んでいる。
だがそれ以上に目立つのは歓喜の感情だ。
おそらくハードワークで異常なハイテンションになっているのだろうと予測した剣だったが、黙って彼の指示に従って都牟刈に搭乗する。
『……ジャックさんも簪も、調整ありがとうございます』
左マニピュレータを感覚を確かめるように握り締めつつ、剣が2人に頭を下げる。
「機体の反応速度をかなり高めの設定にしたけど、これで大丈夫?」
「あぁ。【天鳥船】をガンガン使う予定だから、これくらいが丁度いいと思う」
「成程。所謂【ヒデン】ってヤツだね」
少し興奮したような様子のジャックが嬉しそうに告げる。
しかも何処かイントネーションがおかしく聞こえた。
『天鳥船は草薙の基礎の体術なんですが……』
(でも草薙家しか伝わってないし、基礎であり奥義でもあるわけだし、秘伝といえば秘伝じゃない?)
ヒメの声に、それは確かにと、剣が軽く頷く。
『……まぁ、秘伝といえば秘伝ですね。後は【剣術】もありますけど』
「【剣術】っ!? それは斬撃を飛ばしたりするのかいっ!? 日本の漫画で育った私にとっては憧れなんだがっ!?」
剣の言葉に興奮した様子で食いついた彼の表情は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供の様に溌剌としている。
彼の隣で本音は苦笑していたが、簪はどこか納得したようにうなづいていた。
「うん。秘伝の剣術とかロマンあるから分かります。飛ぶ斬撃もカッコいいですしね」
「分かってくれるか、簪さんっ!」
『簪もジャックさんも冷静に考えてくれ、斬撃が飛ぶはずないだろ。てか簪は見たことあるだろっ、飛ばないからなっ』
簪とジャックがお互いに頷きあって瞳をキラキラとさせているのを尻目に、剣が思わずツッコミを入れてしまった。
そんな時、機体のハイパーセンサーがこちら側に接近する存在を捉える。
ピット内に設置されているカタパルトの点検を終え、セシリア側のピットとの状況確認も完了した千冬と真耶だった。
「草薙、カタパルトの点検が完了した。それにBピットのほうでも準備が完了したと連絡があった。準備はできているか?」
『問題ありません』
「そうか、ではカタパルトに移動しろ」
千冬の指示に従って、メンテナンスベッドからカタパルトへと都牟刈を移動させていく。
機体の固定が完了し操作を担当していた真耶に視線を移すと、彼女が頷く。
「剣、頑張って」
「つるぎん、頑張ってねー!」
カタパルトからの出撃直前に、簪と本音がそう剣に告げた。
その様子に剣は微笑みながら都牟刈の右マニピュレータでサムズアップを取った後、シュッと敬礼のようなポーズをとった。
都牟刈のコンソールにコンディションOKが表示され、同時に機体のコントロールが剣に渡される。
『草薙剣、【都牟刈】、出ますっ!』
電磁加速によって急激な加速を得た都牟刈がカタパルトから射出され、AMBACのみで姿勢制御を行いアリーナの青い空に飛び出していった。
1年1組の代表候補生を含めた、専用機持ち同士の試合があるとすでに1年生の間では噂になっており、アリーナの見学席には多数の生徒があった。
中には1年生のリボンとは違う色のリボンをつけた上級生達の姿もちらほらと見えている。
そんな様子をハイパーセンサーで俯瞰しながら眺めていたセシリアだったが、機体がとある情報を拾った事を確認して視線を動かした。
鮮やかな蒼のIS【ブルー・ティアーズ】を装備したセシリアは、視線の先、Aピットから射出された剣の姿を捉える。
射出された都牟刈はそのまま上昇し、セシリアの目の前で停止してアリーナの上空で2機は相対する。
『いらっしゃいましたか』
『言っただろう。相手になるとな』
『……いいでしょう、その自信を打ち砕いて差し上げます』
先日は剣に気圧されたセシリアだが、彼女の瞳には明確な戦意の炎で溢れていた。
剣は背にマウントされている日本刀型実体剣【無銘】を引き抜き、セシリアは右マニピュレータに武装である狙撃ライフル【スターライトmk-Ⅲ】を展開する。
その様子に張り詰めた空気がアリーナに充満し、ガヤガヤと騒がしかった観客席もしんと静まり返った。
だがアリーナが静寂に包まれたのはほんの一瞬だった。
その数秒後、試合開始のコールが鳴り響き静寂を突き破ったからだ。
試合開始のコールが響くと同時に、相対した2機は動きをとっていた。
『落ちなさいっ!』
狙撃銃から発射された閃光。
その速度は、光速と同等であり回避は容易ではない。
だが容易ではないだけであり、回避自体は可能なのだ。
『なっ!?』
都牟刈は全身のスラスターを駆使して、その閃光を踊るようにして回避してみせのだ。
相手は素人、完全に命中するとたかを括っていたセシリアもこれには驚いた。
その驚愕は、十分な隙として機能した。
都牟刈は回避したまま、AMBACで体勢を整えると同時に【
齎された爆発的な速度でブルー・ティアーズに肉薄し、八相の構えからそのまま袈裟切りを放つ。
『っ!?』
咄嗟にブルー・ティアーズもスラスターを噴かしての回避を選択したが、都牟刈の斬撃の方が速かった。
回避しきれずに左腕の装甲を斬撃によって切り裂かれる。
稼動には問題ないが、その分のエネルギーは消耗させられてしまう。
『っ、このっ!』
斬撃による衝撃で体勢を崩していたセシリアだが、AMBACによって一瞬で体勢を立て直す。
そしてスターライトmk-Ⅲのトリガーを迷わず引く。
『ふっ!』
トリガーが引かれる一瞬前、追撃に移ろうとしていた都牟刈は反撃がくることが分かっていたかのように動作を切り替えて距離をとった。
その動作にセシリアも何故、剣が初撃を取れたか理解した。
(まさかっ、銃口からこちらの射線を読み取っていますのっ!? それに先程の【瞬時加速】っ、ISの稼働時間が2ヶ月程度しかないはずの彼が……っ!?)
剣がしたことは単純だった。
銃口の向きや機体の動きから
だがそれはISの高速射撃戦では基本であると共に、最も重要な技術でもある。
それを稼働時間2ヶ月程度の相手が行ってくることに、セシリアは驚愕したのだった。
しかし、驚愕はほんの一瞬だった。
(草薙剣、あなたの行動には驚きました。認識を改めましょう……ですがっ!)
すぐさま、狙いを修正して再びスターライトmk-Ⅲのトリガーを引く。
『それができるのはあなただけではなくてよっ!』
『っ!?』
先程よりも正確に発射されたレーザーが、都牟刈の左腕を掠り装甲が一部融解しその分だけエネルギーも減衰する。
剣の表情が一瞬だけ、驚愕に満ちたが行動を鈍らせはしなかった。
すぐに瞬時加速を用いて距離を取り、左腕部内蔵エネルギーガトリング【
左腕部から連続で発射される光弾がブルー・ティアーズに向かうが、先程都牟刈が行ったように瞬時加速で回避されてしまう。
戦況は次第に、互いに瞬時加速を用いてアリーナ上空を縦横無尽に駆けながらの高速射撃戦闘にシフトしていく。
(……初撃取って勢いに乗るつもりだったけど、甘かったね)
(そうみたいだな。これからが本領発揮って訳だ)
意識の中に響くヒメの声に剣も頷く。
数十m離れた下方から、ブルー・ティアーズがこちらに銃身を向けている。
その銃口から射線を読み取り回避行動に移る、が発射されたレーザーを紙一重で回避しきれなかった。
(っ! 狙いがさらに正確になったよ、剣っ!)
(分かってるっ!)
左脚部に被弾して体勢を崩した都牟刈だったが、すぐさまAMBACとスラスター制御によるリカバリーを終える。
反撃に【玉祖命】を向けるが、ブルー・ティアーズはスラスターを噴かして高速で移動していた。
(【玉祖命】の弾速はレーザーよりもおっそいから射撃戦だとやっぱりまずいよ、これっ!)
ヒメの言うとおり、機体の射撃武装のコンセプトと性能がそもそも異なっている。
都牟刈の【玉祖命】は精度や射程をあまり重視しておらず、高い効果が期待できるのは近距離が、
一方でブルー・ティアーズの狙撃銃【スターライト-mkⅢ】は中・遠距離での射撃戦に特化している性能だ。
機体コンセプトも、都牟刈は近距離格闘を重視しており、ブルー・ティアーズは中・遠距離射撃戦を重視している。
射撃戦でどちらが優位であるかなど、語るまでもない。
状況は都牟刈が不利としか言いようがなかった。
(だけど、まだ終わらないっ!)
――だが、それはあきらめる理由にはならない。
『はぁっ!!』
瞬時加速を発動させて、一気にセシリアとの距離を詰める。
加速の最中に玉祖命を稼動させることで、光弾をばら撒く。
元々精度に主眼を置いた武装ではないため、加速時のブレでまともな攻撃としては機能していない。
だが、逆にそれがセシリアの警戒心を刺激させた。
『っ、無茶苦茶なっ!』
簡易な面攻撃として機能した玉祖命の光弾に対して、舌打ちしながら回避行動に移る。
しかし、面攻撃の密度から全てを回避しきるのは不可能だった。
右腕部のマニピュレータの装甲に数発着弾し、その分エネルギーが減少する。
衝撃を逃がすために、AMBACを行い姿勢制御を終える。
その時、ふと都牟刈を操る剣の顔に視線が移った。
(諦めて、いない……っ?)
試合の状況はセシリアも分かるように自分が握っている。
先程のような付け焼刃の面攻撃も次は対処できる自信があった。
このまま射撃戦を続ければ自分が勝利する未来が見える。
だが剣の顔はまだまだ戦意に満ちている。
欠片も諦めの色を浮かべていなかったのだ。
(……他の男性とは、違うとでも……?)
脳裏に浮かんだのは、一人になった己に群がる悪意を持った男性達。
すぐに我に返ったセシリアはその映像を振り払うかのように頭を振った。
『……何故ですか』
同じく姿勢制御を行っていた都牟刈に、オープンチャネルでブルー・ティアーズから通信が繋がった。
内心首をかしげながらも、彼女も戦闘機動を一時停止していたため、剣はそれに答えることを選択した。
『……どうかしたのか?』
『何故、あなたは諦めないのですか? すでに試合の流れはわたくしにあります。それはあなたも分かっているはず』
セシリアの言葉は、剣も理解しており認めざるをえない。
しかし、それよりも気になったことがあった。
それは彼女の声色だ。
彼女の声色は、酷く困惑しているようだった。
『わたくしに侮辱されたから? ただの意地? それとも何か理由があるのですか?』
『俺が諦めないのは、
彼女の言葉に剣は即答する。
『俺がここにいるのは色々な人達に支えられているからだ。それなのに俺が諦めたらその人達に申し訳が立たない。だから俺は誇りを持ってここに立つんだ、【草薙】としてな』
『っ、わたくしにも誇りはありますわっ! いいでしょうっ、これでも諦めないと言えますかっ!』
彼女のその言葉と同時にブルー・ティアーズの背部スラスターが分離し、4機の遠隔無線誘導砲台が彼女の周りを浮遊している。
『ブルー・ティアーズの
(来たかっ、オールレンジ攻撃っ!)
セシリアの指令の下、4機の遠隔無線誘導兵器が都牟刈に襲い掛かる。
同時に剣の脳裏には、ある記憶がよみがえっていた。
クラス代表決定戦にあたり、剣が協力を求めたのは所属する企業【日出工業】の上司であるジャックであった。
目の前の空間投影ディスプレイに移る、ブルー・ティアーズの公開されている範囲での情報を一瞥した後、ジャックが口を開く。
「彼女の機体の最大の特徴は、背部スラスターから分離する遠隔無線誘導砲台【ティアーズ】だね」
「……遠隔無線誘導砲台。成程、切り離した部分がこちらを襲ってくるってことですね」
「そう、別名【BT兵器】。この遠隔砲台が縦横無尽に駆け巡ってオールレンジ攻撃を仕掛ける武装だね」
(日本のアニメでもこういうのよく見るよね、なんだっけ、ビット? あぁ、そうだ、ファンネ……)
「それで、どうすればいいですか?」
意識の中で語りかけてきたヒメの言葉を無視した剣が、ジャックに尋ねる。
「明確な攻略法、というのは実は確立されていないんだ」
ジャックの言葉に剣が目を見開く。
「……そうですか」
少し気落ちしたような声色になった剣に、ジャックは微笑んでから続ける。
「ただね、彼女のこれまでの試合記録を見て気づいたことがあるんだ」
「試合記録、ですか?」
「今からそれを説明するよ。 後暫定的だけどオールレンジ攻撃に対する攻略法もね」
「っ、はいっ、よろしくおねがいしますっ」
「まぁ、これは都牟刈だからできるってのが、前提だけどね」
そう言ってジャックは空間投影ディスプレイを操作した。
――意識が現実に回帰する。
迫るティアーズ4基がそれぞれ閃光を放ってくる。
初撃を瞬時加速を行うことで左方向に回避する都牟刈。
だが、ティアーズもそれに追従していく。
(その程度ではっ!)
都牟刈の速度は確かに速いが、ハイパーセンサーを振り切るのは不可能だ。
ティアーズに追従させる操作を行い、その砲口から閃光を放つ。
確かに都牟刈を完全に捉えた――タイミングだった。
しかし瞬間、横方向に加速していた都牟刈は、突如上方へと跳び上がった。
『え……っ!?』
思わずセシリアの口から困惑の言葉が零れた。
何もないはずの宙に【足場】が有るかのように跳び上がった都牟刈はそのまま加速して、今度は右のマニピュレータで宙を確かに【掴んで】いた。
まるで振り子の様に方向を転換した都牟刈は、再び速度を上げた。
『はぁっ!!』
気合の咆哮と共に、【無銘】を振り下ろす。
突然の事態に思考が僅かながら停止していたセシリアのティアーズは、上段から振り下ろされた無銘の刃に真っ二つにされて落下していく。
『1つっ!』
再度、何もないはずの空中を蹴り上げると共にスラスターを吹かせて、加速する。
続けざまに空中で停止していた2つのティアーズを右薙で両方とも切り裂いた。
さらに連続で空中を蹴り上げ、その度に加速していく。
(明らかに鈍ってるよっ!畳み掛けろーっ!)
(ジャックさんが言った通りっ、オールレンジ攻撃中は、本体は動けずティアーズ操作にかかりっきりになる。 そして本体の脳波で操るってことは動揺がモロにでるっ! 鈍ったさっ!)
(この状態ならビット全てに意識を向けられるから、どこからくるかも分かるよっ!)
(【天鳥船】ならぁっ!)
ジャックが剣に伝えた攻略法、それは動揺を誘うことだ。
ティアーズは試作兵器の面が非常に強い武装である。
その稼働には本体のコンディションが深く関わっており、本体の動揺がティアーズの機動へ非常に強く反映されるのだ。
また、ティアーズ使用中は彼女は満足な機動が取れなくなる。
それは彼女の試合記録から、ジャックが見つけた弱点とも言える点であった。
また暫定的な攻略法、それは全方位に意識を向けること。
本来は縦横無尽に駆け巡るティアーズに対しては厳しい。
だが、現在は違った。
突如目の前で起こったことに意識を乱されれば、機動はその分乱れてしまう。
加えて、すでにこの周囲は都牟刈のフィールドでもあるのだ。
(【天磐船】は周囲に配置済みっ、ここは私達のフィールドだねっ!)
ヒメの言うとおり、策はすでに打っている。
都牟刈の特殊装備である【天磐船】。
先程の射撃戦で、エネルギーを削られながらもアリーナの上空に無数に設置済みだったのだ。
最後のティアーズの上方の天磐船を蹴ると共に、瞬時加速を発動。
『これでっ、最後ぉっ!』
圧倒的な速度を持って4つ目のティアーズを真っ二つに切り裂いた。
ここまでされてセシリアは、何が起こっているのかを理解した。
ハイパーセンサーの感度を調整することで、周囲に無数に微弱な力場が生成されていることに。
それを用いた、剣の戦法に。
『っ、まさかっ、周囲に微弱なエネルギー反応っ、これはその機体の……っ!?』
『これで、円舞曲は終わりだっ!』
『っ、きゃぁっ!?』
無銘の一閃を咄嗟に回避しようとしたが、間にあわなかった。
左薙の一撃を左腕の装甲を盾に受けたブルー・ティアーズの装甲が舞い、弾き飛ばされた。
弾き飛ばされ落下していくセシリアだが、すぐさまAMBACで姿勢制御を行い復帰する。
(……あぁ。あなたは違うのですね)
情けなさなど微塵も感じさせない彼の姿。
世の男とはまるで異なり、誇りを背負って戦う姿。
不思議と、セシリアの心は穏やかだった。
笑みを浮かべてしまうほどに。
(正面から堂々と誇りを背負って戦う姿。うらやましいほどに眩しい……ですが、わたくしも誇り高いオルコット家の女。負けられません、負けたくないっ!)
穏やかだった心に一滴の水滴が落ちて、波紋が起こる。
その波紋は感情の波であり、初めて会えた【好敵手】に負けたくないと言う想い。
『草薙剣、いえ、
繋がったままであったオープンチャネルで、セシリアは剣に呼びかける。
『……何だ』
『わたくしの全力、受け止めていただけますか?』
そう言ってセシリアは【スターライトmk-Ⅲ】を格納する。
代わりにショートサーベルを展開してからフェンシングの構えを取った。
(え、雰囲気変わった?)
(……みたいだな)
戦意の炎を燃やしながらも、爽やかに笑う彼女の表情に剣とヒメは驚愕を浮かべる。
だがすぐに2人とも笑みを浮かべ、八相の構えで無銘の刃を構えた。
『草薙の誇りにかけて』
『ありがとうございます……それでは、参りますっ!』
セシリアのその声と共に、ブルー・ティアーズは蒼の閃光になった。
そう形容できるほどの凄まじい速度と気迫であった。
無銘とショートサーベルがぶつかり合い、激しい金属音を立てる。
このまま鍔迫り合いかと思われた瞬間だった。
『切札は、最後に切るものですわっ!』
『っ!』
ブルー・ティアーズのティアーズは全部で6基。
先程剣が破壊した総数は4基であり、セシリアは奥の手としてミサイルビット2基を残していたのだ。
本来は実弾攻撃手段として使用するこの武装を、至近距離で炸裂させれば当然自分自身も巻き込まれる。
だが、それは覚悟の上であった。
『ぐあっ!!』
爆発によって弾き飛ばされた剣の元へ、爆煙を突き破って追撃の刺突を繰り出す。
咄嗟に受け止めるために無銘を盾にするが、体勢が悪かった。
刺突と共に手首をスナップさせることで、無銘を上方へ弾き飛ばした。
『これでっ、終わりですっ!』
とどめの一撃を繰り出そうと瞬時加速に移るセシリアだったが、追撃に移る前に確かに捉えた。
剣の顔に浮かぶ笑みを。
瞬間、弾き飛ばされた都牟刈は背後の空間を握り、取っ手として己を引き上げることで上方に跳び上がった。
その先には先程弾き飛ばした【無銘】が舞っている。
『【天鳥船】っ!』
『まだですっ!』
無銘をその手にしてその刃を繰り出した剣と、とどめの一撃の軌道を強引に変えたセシリアの速度は全くの互角であった。
再び激しい金属音が鳴り響き、勝敗は決定する。
『かはっ!?』
無銘の一撃を受け止めたショートサーベルは半ばから断ち切られており、その刃がブルー・ティアーズの装甲を切り裂いた。
そして同時にブルー・ティアーズのエネルギーが尽きた。
ブルー・ティアーズ、エネルギー切れにより勝者、都牟刈。試合時間、10分13秒―
試合終了のコールがアリーナに響きわたり、観客席から歓声が上がる。
『よっと』
再び空中を蹴って落下していたセシリアを都牟刈が抱え上げる。
『お疲れ、
『……えぇ、お疲れ様でした。剣さん』
互いに全力を尽くして戦いあった後に笑いあうなど久しぶりだと、セシリアは思った。
『Bピットまで送ろう』
『ありがとうございます』
都牟刈も残りのエネルギーは2割ほどしか残っていないが、彼女をピットに送り届けるのならば十分だ。
セシリアもその好意に甘えることにした。
『……剣さん、その少しだけ、よろしいですか?』
彼女をピットまで送り届けるために機体を操作しようとしたときに、セシリアが声をかけてきた。
彼女の言葉を聴くために、機体を静止させる。
『何だ?』
『いえ、その……先日は浅慮な言葉であなたの誇りを傷つけてしまったことを、お詫びします。申し訳ありせん』
いきなりの彼女の謝罪に、剣は目を見開いた。
だがすぐに笑みを浮かべた。
『構わないさ。なんていうのか……君の雰囲気が試合中に変わったことが分かったからな。驕りの様なものが消え、ただただ真摯にこちらを見てくれる感覚があった』
『うぅ……』
恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女に、思わず小さくぷっと吹き出してしまった。
『酷いですわっ!』
『ごめん。悪かったよ』
平謝りをする剣に、セシリアは何かを思いついたように表情を変えた。
『でしたらっ!これからはわたくしの【
『……あぁ、分かった。セシリア、これからよろしくな』
『……はい!』
剣の言葉に、セシリアも笑みを浮かべて頷いた。
次回予告
第4話「決着とヒメの出会い」
「なら、私達はもう友達だよね!」