クラス代表戦での無人機の襲撃は、剣達の活躍で被害を最小限に抑えられた。
しかし、その襲撃についてはIS学園では箝口令が敷かれていた。
ISではありえないはずの無人機の襲撃であり、意図も不明ならば余計な混乱を防ぐために情報を封じ込める必要があるからだ。
また当然のことながら、クラス代表戦は中止となり、その結果デザートパスも無効となったため、一部の女子達は膝から崩れ落ちたという。
そして教員の指示に従わずに無人機と戦闘を行った剣、一夏、鈴は罰則として学生寮の廊下で正座という罰に甘んじていた。
しかもその間、千冬と真耶の説教付きであったのがまた地獄であった。
「教員の指示に従わないからこうなるんだ。今後は必ず教員の指示に従うこと、それがお前達の命を守ることに繋がる、覚えておけ」
とげのある言い方だが、最後はこちらを気づかってくれる千冬の説教はまだよかった。
それ以上に地獄だったのは、副担任である真耶の説教だったのだ。
「どれだけ心配したかっ! 今後は絶対にっ、先生達の指示に従ってくださいねっ! 絶対ですよっ、3人ともっ!」
涙ながら、叫ぶようにそう告げた彼女の様子に良心をえぐられ、罪悪感が心の中に沸いてきてしまったのだ。
しかもそれが2時間ほぼぶっ通しで続いたのだ、疲労を感じないほうがおかしいというものだろう。
そして2時間の正座を耐え抜いた後、反省文の提出を義務付けられてようやく開放されたのだった。
「っ、脚が痺れて上手く歩けねぇ」
「ちょっ、ちょっと一夏っ、手伝ってっ、こけるっ!!」
「おまっ、鈴っ、俺も脚痺れて上手く歩けっ!?」
脚がしびれて上手く歩けない一夏の肩を借りようとした鈴だったが、一夏も一夏で上手く歩ける状態ではなかった。
当然、バランスが崩れて2人とも倒れかけた。
「何やってんだ、お前ら」
その言葉と共に、2人の腕を掴んで止めたのは剣であった。
ぐいっと2人の腕を引っ張ることで、バランスを整えさせる。
「あっ、ありがと、剣」
「サンキュ」
まだ脚が痛むのか2人は直立姿勢ではなく、微妙に猫背でありその様子に剣は苦笑してしまった。
それから数十分、剣が脚の痺れが中々抜けない2人を寮部屋まで引っ張って送った後だった。
部屋のソファに座り込んで瞳を閉じていると、コンコンとノック音が耳に届く。
すでに消灯時間に近い時刻であり、ほとんどの生徒達は部屋で就寝しているはずである。
「誰だ、こんな時間に」
そう呟いてソファから立ち上がり、自室の扉を開く。
「はい」
「はぁい、剣、お疲れ様」
扉を開くと、そこにいたのは楯無だった。
「たっちゃんっ、もう帰ってたのかっ?」
「えぇ。それよりも、入っていい?」
うなずいた剣と共に入室した楯無は、手に持っていた鞄をドスンと床に置いてからソファに身を投げる。
かなり疲労の色が強く、彼女には珍しく気の抜けたような声も上げていた。
こんな彼女の様子は更識家でも中々見れたものではないだろう。
「お疲れのようで」
「そりゃそうよ。襲撃があったって聞いて仕事を大急ぎで終わらせて帰ってきたんだもの。まぁ、あなた達のお陰で大事にはならなかったみたいで、よかったわ」
「おかげで俺の脚はお説教で痺れたけどな」
「脚が痺れただけで、皆を守れたなら安いものでしょ?」
「当然」
剣の即答に彼女も満足そうに頷く。
そして何かを思い出したかの様に目を見開いた。
「剣っ、そういえば約束の簪ちゃんの雄姿は……っ!」
「いや、そもそもそんな約束してないし。というか簪の試合になる前に襲撃が起こったから、無いよ」
「そっ、そんなぁ……」
(ほんとかんちゃん絡みだと残念だよね、たっちゃん)
今度こそぐでぇっと力なく倒れた楯無を見て、ヒメが呟いたのだった。
クラス代表戦からしばらく経った日の放課後。
「転校生?」
「はい、今回は2名です」
夕暮れの赤色が1年1組を照らす中、教室に理由があるから残っていてくれといわれていた剣と一夏は目を見開いた。
そして彼女は周りを見回し、誰もいないことを確認して小声で二人に告げた。
「実は元々決まってたんですがスケジュールの調整が遅れて……それとまだ発表してはいけないんですが、1人は男子なんです」
「ええっ、本当ですかっ!?」
大声を出してしまったことに気づいて咄嗟に口を閉じた一夏。
そんな彼の様子を真耶は苦笑しつつ話を続ける。
「それで織斑君なんですが、相部屋はその男子生徒と一緒に変更になります」
「……よっしゃぁぁぁっ!!」
グッとガッツポーズを取って全身で喜びの感情を表現する一夏。
何故彼がここまで喜んでいるのか。それは度々学生寮で騒ぎに発展していたからだ。
大体の原因は、相部屋である箒のシャワーシーンを目撃してしまったりなどだったが。
(なるほどねー、一夏はラッキースケベでもあるんだ。あ、そういえば剣、ラッキースケベの語源って知ってる? 実はあれって国民的アニメの機動戦士ガ……)
(興味ないね)
意識の中で薀蓄を語ろうとしたヒメの言葉をばっさりと剣は両断する。
「と、言うわけでいきなりのお話で申し訳ないんですが、織斑君はこの週末に引っ越しの方お願いしますね」
「分かりました」
「山田先生、俺には何かあるんですか?」
一夏が残されていた理由は判明したが、剣が残されていた理由はまだ不明なままだ。
「草薙君には同じ男子生徒としての情報共有ですね。それと、ごめんなさい。草薙君の方はまだ調整が取れてなくてしばらくは相部屋になってしまいます」
シュンッと真耶の顔から笑顔が消えた。
それに苦笑しながらも剣が答える。
「いえ、分かりました。ありがとうございます」
真耶からの話は以上とのことで、2人は頭を下げて教室を後にする。
その途中で一夏は訓練をしたいとのことでアリーナに向かって行き、学生寮に戻るのは剣だけとなった。
(剣も訓練すればいいのにー、セッシーも訓練してるよ?)
(今は訓練よりも重要なことがあるだろ)
(まぁ、そうだよねー。3人目の男性搭乗者のこと、だよね)
歩きながらヒメと共に先程の真耶の言葉を思い返す。
(先生はその男子生徒は転入が決まってたといっていた。ということは少なくとも日ノ本の政府が俺のことを発表するのと同時期には見つかっていた可能性があるわけだ。だというのにニュースとかにはなってない)
(こっちの仕込みもあったけど、剣はニュースにはなったもんね)
(あぁ。おそらく何かあるんだろう)
すぅっと剣の目が険しく、研がれて行く。
見るものが見れば、殺気も感じられる刃のような目つきだった。
(とりあえず、たっちゃんに聞いてみる?)
(……そうだな。情報ならたっちゃんに聞くのが一番だ)
ふっと笑みを浮かべて、表情を崩した剣はそのまま学生寮の自室を目指す。
すでに夕焼けは終わり、夜の帳が下りていた。
「えぇ、知ってるわよ。その転入生の話」
自室に戻った剣は、ソファの向かいに座って優雅に紅茶を嗜んでいる楯無に、先程聞いたことを伝えたところ彼女はそう言い放った。
彼女の反応に剣は呆れた様な顔を浮かべる。
「知ってるなら教えてくれてもいいだろうにさ」
「この件は更識で処理すべきって考えてたのよ、見る? あなたもそう思うはずよ、あ、金髪のほうね」
懐から携帯端末を取り出して剣に向かって放る。
受け取った端末を起動させると、画面には入学書類データが表示された。
画面に映るのは、金髪の少年と、銀髪に眼帯をつけた美少女のデータだ。
彼女に言われたとおり、少年のほうに着目する。
IS学園の男子用制服を身につけているが剣や一夏に比べると中性的な顔立ちであり、美しいブロンドの髪を背中まで伸ばして束ねている。
身長も己や一夏に比べるとかなり低く、150前半位であろう。
データを一通り見終えた剣は、呆れ顔で楯無に携帯端末を渡しながら口を開いた。
「……どうみても女の子だろ、これ」
「これで男装っていうのは、正直無理があると思うわ」
彼女も苦笑しながら端末を受け取って懐にしまう。
「書類上の名前は【シャルル・デュノア】。はい、剣君、たっちゃん先生が教えたと思いますが、【デュノア社】ってなんでしょう?」
突然どこからともなく取り出した扇子で剣を指差しながら、楯無が問いかける。
クスクスと目が笑っているが、彼女から叩き込まれた座学知識を頭から取り出して答えていく。
「フランスの【デュノア社】、世界第3位のシェアを誇る学園でも使用されている量産型IS【ラファール・リヴァイヴ】の開発元、あってる?」
「正~解~!」
バッと扇子を開くとそこには同じように【正解】と無駄に達筆で表示されていた。
「さて、フランスの代表候補生に【彼】とそっくりな【女の子】がいるんだけど、最近になってデータが全て書き換わっていることに更識が気づきました。何故データが書き換わっているのでしょうか?」
「……【彼女】を使った情報収集か、もしくは色仕掛け。目的は俺か一夏のデータってところかな」
「おそらくね。同じ男子という肩書きなら近くに居られるし、いざとなったら色仕掛け。それにしても私の
無駄に決め顔でそう言った楯無に冷たい目線を投げかける剣。
意識の中ではヒメも同じようにジト目で凝視しており、たらりと冷や汗をたらした楯無はゴホンと咳払いしてから続ける。
「で、どうするの、剣?」
「ん、更識のほうで何とかしてくれるんだろ?」
ソファから立ち上がった剣は部屋の冷蔵庫から缶のコーヒーを取り出して蓋を開ける。
「まぁ、尻尾はもうほぼ掴んでるのよね……でも少し可哀想じゃない?」
「【スパイ】がか?」
即答でそう返す剣に、今度は楯無がジト目を送るがそれを無視して缶を呷る。
「……あなたってホント、日ノ本に危害を加えそうな人間に対して冷たいわね」
「そう言う風に【教育】されてますので。それで、特別な事情でもあるのか?」
「えぇ。【彼女】、デュノア社長の愛人の子らしいのよ。だから無理矢理こんなことやらされているのでしょうね、気の毒に」
肩をすくめながら言う楯無の言葉に、成程と剣は頷く。
「もちろんただ助けるだけじゃないわ、日ノ本の利益になるから動くつもり。ただ正直言ってフランス政府とデュノア社はやりすぎ……そう思ったの。手を貸してくれる?」
楯無の言い分も分かる。
【彼女】を助けることが、日ノ本の利益に繋がるのならば断る理由は無い。
それに、幼い頃からの知り合いであり大切な人間である楯無の言葉を無碍にしない程度には、薄情ではないつもりだ。
(私はたっちゃんに賛成だけど、剣は?)
(たっちゃんが助けたいのなら、手伝うさ)
(うん、それがいいそれがいい)
ヒメの言葉にそう返した剣は、楯無に肯定の意味を込めて首を縦に振った。
それを確認した彼女もほっと胸をなでおろしながら告げる。
「ありがとう、剣。ならあなたはいつもどおり、織斑君を守っていて頂戴。もし彼女が何か行動に出そうなら私にすぐ連絡して。数日中にかたをつけるわ」
「分かった。ただ……」
最後まで飲んだコーヒーの缶を一気に握りつぶしながら、剣が楯無に告げる。
「【敵】になるのなら容赦はしないけどな」
「えぇ。それは私も同じよ」
楯無もその言葉に頷いたのだった。
週が明けた1年1組では、真耶が伝えたように2名の転校生の自己紹介が行われていた。
1人は【金髪の美少年】、1人は【銀髪と眼帯の美少女】だ。
「フランスから来ました、シャルル・デュノアです。日本では色々と不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
そう言ってシャルルが1年1組の皆の前で頭を下げる。
「おっ、男……っ!?」
沈黙の後、清香が声を出した。
その言葉をシャルルが拾ってニコッと微笑みながら告げた。
「はい、すでに僕と同じ境遇の方が2人いらっしゃるとの事ですが、これから僕もよろしくお願いしますね」
彼の挨拶と共にふわりと美しい金髪が舞う。
その瞬間、まるで先程までの沈黙が嘘のように1年1組が沸いた。
「きゃぁぁぁっ!!」
「男子よ! 織斑君、草薙さんに続く3人目ぇっ!!」
「優しいイケメン、年上イケメン、貴公子系イケメンっ! 属性の宝石箱かしらっ! 1組で本当によかったぁっ!」
キャーキャーと騒ぐ女子達の姿に一夏は振り向いて驚いおり、剣は耳を塞いで少しでも騒音を抑えようと努力していた。
(いやぁ、思春期の女子のパゥワァーって強いねぇ)
(朝から元気だよなぁ)
チラリと視線を動かすと、離れた席のセシリアと目があった。
彼女は苦笑しつつ首を振って挨拶してくれたので、剣も頷いて返す。
あまりの声量の為に箒も耳を塞いでしかめっ面をしていた。
「騒ぐな」
大音量の女子達の歓声は、千冬の鶴の一声で消える。
その様子に千冬は小さくため息をついた。
そして歓声が静まったことで、自己紹介はもう1人に移る。
「えっと、それでは自己紹介のほうお願いしてもいいですか?」
「……」
真耶の言葉を無視しているのか、銀髪の美少女は無言で突っ立っている。
千冬はこの日何度目になるか分からないため息をつきながら少女に向かって口を開く。
「はぁ……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
千冬の声に彼女は佇まいを直して敬礼を向ける。
その姿は訓練された【軍人】のようだ。
「私はもう教官ではない。それにお前もここでは軍人ではなく代表候補生、そして一介の生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
千冬に向かってしていた敬礼をといた後、彼女は1組の皆に振り返る。
「名前はラウラ・ボーデヴィッヒ、以上だ」
そして再び口を閉じる。
「……えーっと、そのだけですか……?」
「質疑応答の意味を感じないので」
ラウラがピシャリと告げると、真耶がたじろいで顔を伏せた。
そんな真耶を無視し、無言のままラウラはクラスを見回して一夏に目を合わせた。
瞬間、ほぼ無表情であった彼女の顔に明確な色が浮かんだ。
それは怒気、怒りの色であった。
そのままずかずかと一夏の席の前に歩みを進めるラウラ。
当の一夏はぽかんとした表情を浮かべていた。
「貴様が、織斑一夏か?」
「ああ、そうだけど」
瞬間、一夏の頬をラウラの平手打ちが襲う。
完全に虚をつかれた一夏は反応しきれず、そのままではコンマ数秒以下の時間で平手打ちが彼の頬を打ち抜いただろう。
だが、その平手打ちは一夏の頬に触れる前に止まることになる。
なぜなら彼女の腕を掴み上げて、平手打ちを止めた者がいたからだ。
「いきなりだな」
彼女の平手打ちを止めたのは、剣であった。
そのまま掴み上げている彼女の手を、力を込めて握り締めていく。
「っ、貴様っ!?」
まるで万力にでも締め上げられているかのような痛みを感じたラウラは咄嗟に腕を払う。
払われた剣のほうも、それにあわせて手を離したため彼女は剣から離れることに成功していた。
「……何のつもりだ?」
「それはこっちの台詞だ。俺の目の前で日ノ本の民を傷つけようとした。それだけで俺が出る理由になる」
「……そうか、貴様が【草薙】か」
剣の視線が少しずつ刃のように研がれていくと、納得が言ったようにラウラが頷いた。
そして、剣から彼の後ろに居る一夏に視線を移した。
「余計な邪魔が入ったが、あの程度に反応もできないとはな。私は認めんぞ、貴様があの人……教官の弟であることなど認めるものか」
最後のほうは呟くほどの声量だったが、剣と一夏の耳には確かに届いた。
そう告げてラウラは自分にあてがわれた席に着席する。
当然、先程までのやり取りを見ていたのはクラスメイト達全員であるため、彼女の横の女子は泣きそうな表情を浮かべていた。
「……それではHRは終わりだ。各自着替えて第2アリーナに集合しろ。今日は2組との合同のIS操縦訓練だ。織斑、草薙、デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」
千冬の言葉に剣と一夏は頷いて答える。
それを確認した千冬が教室から出て行くと、真耶もその後を追って退出していく。
「何なんだったんだ……俺、叩かれそうになった?」
一夏は己を叩こうとしたラウラと、それを止めた剣を交互に見ながら口を開いた。
「あぁ。間にあってよかった」
「あー、サンキュ。それにしてもどういう意味なんだろう……最後のアレ」
「俺が知るかよ。さっさと準備したほうがいいぞ」
「そうだな、アリーナまで少し距離あるから急がないと間にあわなくなるな」
剣と一夏がそれぞれ移動の準備を行っていると、剣の頭の中に声が響いた。
(切れたナイフみたいな子だったねぇ。あ、そういえば先生達って気づいているのかな、シャルルの事)
(そりゃおそらく気づいていて、気づいてない振りをしてるんだと思うよ。たっちゃんが国家絡みって言ってたしな)
(成程ね。しかし国家って怖いねぇ)
(そだな)
ヒメの言葉に心中で頷く剣の準備が終わりかけると、2人に話しかけてくる者がいた。
「君達が織斑君に草薙君……さん?かな。まぁ、いいや、初めまして、僕はシャルル……」
シャルルが2人の前で自己紹介をしようとするが、彼の肩を軽く叩きながらセシリアが現れた。
「シャルルさん、先に移動したほうがいいですよ? それに3人がここにいらっしゃると私達も着替えられませんので……」
苦笑しつつセシリアが剣達3人に告げる。
「よっ、よし、さっさとアリーナに行こうぜ」
「そうだな」
シャルルも頷いて答えると、3人は足早に教室を出てアリーナへ歩を進める。
「男子はアリーナの更衣室で着替えるんだ、こっちだ」
「そっ、そうなんだ……っ」
案内するために一夏は走りながらシャルルの腕を掴んでいる。
そんなシャルルも、それを振り払うようなことはせず、少々頬を赤くして彼に引っ張られる形で走っている。
彼の走り方も男の様なものではなく、女性の走り方だ。
(……男装してるならそれくらいで恥ずかしがるなよ。それに所作の一つ一つが女の子過ぎる)
(いやー、これはフォローできなんだ。まぁ、一夏は優しい系のイケメンだし、仕方ないね)
その様子を剣は後方から呆れたように眺めていた。
意識の中のヒメが変なことを言っているがいつものことなので無視しているが。
3人が階段を降りて、更衣室への最短ルートを辿って行く、そんなときだった。
「噂の転校生を発見っ!」
「ダメだっ! じゃなくてヨシッ!」
「織斑君と草薙君も一緒ねっ!」
「ものどもぉっ! 出会え出会えいっ!」
各学年のクラスからそんな声が響くと共に、生徒達があふれ出してきた。
そのあまりの勢いに一夏とシャルルは脚を止めて驚き、剣は呆れていた。
(朝から面倒くさいなぁ)
(凄い数っ、まるで人がゴミのようだっ!)
(……お前、そう言うの休みの日に俺の身体使って言うのはやめろよ。事情知ってる簪とかならいいけど、彼女以外には絶対だぞ?)
(だいじょーぶっ、言う相手がいないからねっ! しいて言えばほうちゃんくらいだけど、彼女私がネタ振っても拾ってくれなかったから大丈夫!)
(おいこら、すでにやってんじゃねーかっ!)
ヒメとそんな会話をしている間も生徒達はわらわらと溢れてきていた。
その全員が3人を好奇の視線で見つめている。
「優しそうな織斑君、年上タイプの草薙君、貴公子系のシャルル君、じゅるり……っ」
「よだれはふきなさいよっ、んで誰が好み?」
「というか草薙君は私達同い年では?」
「アメジスト色の瞳、いいですねぇ!」
「見て、織斑君と手をつないでるっ!あっ、お願いっ、スケッチさせてっ!」
剣達からしてみれば先輩に当たる少女達のそんな反応にシャルルが困惑の声を上げた。
「なっ、何で皆こんなに騒いでるのっ!?」
「そりゃ、男子が俺達だけだからだろ!」
「……あっ、そっ、そうだよね、うんっ!」
シャルルが困惑した後合点が言ったという表情になった事を剣は見逃さなかった。
「よし、とりあえず捕まえましょうっ、そうしましょう!」
「草薙君の髪の毛、地毛なのかなぁ……触らせてっ!」
「囲め囲めーっ!」
呆れる表情を浮かべそうになるが、次々とわいて出てくる女子達を流石に見逃せなくなってきた。
それにすでに時間もあまり余裕はない。
「このままじゃ遅刻になっちまうっ!」
「……一夏、シャルル、俺が気を引くからさっさと逃げろ」
そう言って剣が迫りくる女子達へ歩を進めていく。
当然、女子達の注目は剣に集まっていき、僅かに包囲網に隙間ができていた。
一夏には剣の背中がまるで、犠牲になるから逃げろと語っているかのように感じた。
「草薙君っ!?」
「……っ、分かった、剣っ! お前の犠牲は忘れないっ!」
「うわっ、織斑君っ!?」
一瞬で理解した一夏がシャルルの腕を掴んで僅かに残った隙間から包囲網を突破し、更衣室へ向かって駆け出していく。
シャルルも混乱しつつ、一夏と共に去っていく。
(いや、別に犠牲になるつもりはないんだけど)
(男子ってこういうノリ好きだよねー)
(アイツが勝手に乗っただけだよ)
フッと薄く笑みを浮かべた剣の周りを女子達が包囲する。
階段を含めて全て包囲されているため、逃げ場はない状況だ。
「フフフ、2人には逃げられちゃったけど、草薙君、デッドエンドよ」
「いや、デッドエンドしちゃだめでしょ」
友人にツッコまれた蒼髪の女子生徒は、何やら左腕に力を込めてプルプルさせていた。
「デッドエンド……それは困るので、逃げます。一夏達も離れたでしょうし」
「ここからどうやって逃げるのかしらっ!」
蒼髪の女子生徒がそう叫ぶと同時に、剣は身を屈めて体勢を整えた。
次の瞬間、彼女の視界から剣は文字通り消失していた。
「……え?」
呆けた様に呟くが、周りの皆も同じ様に呆けた顔を浮かべている。
すると自身の背後の上方から何かを蹴り上げたかのような小さな音が聞こえた。
「ふぅ」
その直後、小さな声と共に包囲網から数m離れた場所に剣は現れていた。
(……え? なんで逃げられてるのぉ?)
全員が剣を見失っていたわけではない。
包囲していた数人の女生徒達はそれをしっかりと目撃していたのだ。
(嘘ぉっ!? 私達を飛び越えたぁっ!?)
剣は包囲した生徒を飛び越えて天井まで跳躍し、そのまま廊下の照明の枠を足場にして蹴ることでさらに跳躍して包囲網から少し離れた場所に着地していたのだ。
これを可能にするのが草薙の体術【天鳥船】であった。
廊下にある照明や窓枠など、全てが彼にとっては足場に等しいのだ。
だが草薙の体術など知らない少女達にとって、彼の動きは常識外れもいいところであった。
呆然としている様子の女生徒達に向かって、剣は一礼してから口を開く。
「それじゃ俺もこれで。そろそろ遅刻しそうなので」
そのまま駆けていく剣を誰も追いかけていかなかった。
何故か全員が呆けたような表情から、先程よりも強い好奇の表情を浮かべている事に剣は気づかなかったが。
なお、先についていた一夏とシャルル、囮となった剣もなんとか授業に間にあって制裁を回避する事に成功したのだった。
同日 IS学園
「……くっ、教官は何故、こんなところで教師などをしているんだ……っ!」
忌々しげにそう呟いたラウラはずかずかと夕焼けの廊下を歩いていた。
彼女がイラついている理由、それは織斑千冬との問答のせいであった。
彼女にとって織斑千冬はとても大きい存在だ。
地に落ちた自分という存在が、持ち直してより強くなれたのは彼女がいたからに他ならない。
そんな彼女は、ISをファッションにしか考えていないような生徒達の教員に甘んじている。
「教官はこんなところにいるべき人ではない……なのに、何故……っ!」
どうすれば千冬に納得してもらえるかを頭の中で考えていた。
そんな時だった。
「うわっ!?」
「っ、なんだっ!?」
廊下のつき当たり、曲がり角をラウラが曲がろうとしたところ誰かにぶつかってしまった。
軍人として鍛えているラウラには、その衝撃はたいしたことがなったが相手にとっては別だった。
ラウラの身長と同じくらいの少女が尻餅をついていた。
血のように赤い髪を片目を覆うように延ばした髪型のその少女はすぐに立ち上がってラウラに頭を下げる。
「すっ、すいませんっ!」
「どこに目をつけているっ!」
プルプルと震えるその少女をラウラ睨みつける。
「ごめんなさいぃ……っ!」
「……はぁ、まあいい。次からは気をつけろっ」
ため息をこぼしながらそう言って足早に少女の横を通り抜けた。
その瞬間、小さな痛みがラウラの首筋に奔った。
まるで針で刺されたかのような鋭い痛みだったため、咄嗟に首筋に手を当てる。
「っ!?」
首筋に当てた手を確認するが、血は付着していない。
それに先程の痛みもすでになくなっており、気味の悪い感触だけが残っている。
(……なんだというんだっ、クソ……ッ!)
元々機嫌が悪かったのもあり、特に気にせずラウラはそのまま去っていく。
ラウラとぶつかった少女は、その様子を彼女が見えなくなるまで見つめていた。
そして彼女の姿が完全に消えたことを確認すると、先程までの気弱な態度が嘘のように口角をゆがめていく。
「……さて、【種】は打ち込んだ。どうなるかな?」
そうこぼした少女はラウラと反対方向に歩を進め、曲がり角を曲がる。
その瞬間、少女の姿が音もなく消失したのだった。
それから数日たった夕刻。
時間はすでに夕食時。
食堂に向かうため、剣と楯無は寮の廊下を歩いていた。
「そういえば剣、しばらく組手してないわよね?」
先を歩く剣に向かって楯無が思い出したように告げる。
「そういえばそうだな。たっちゃんが学園空けてたから……一ヶ月くらいか?」
「今度手合わせしましょ。連敗記録を止めてみせるわ」
「まぁ、いいけど……というか、ISの模擬戦で全勝してるじゃん。それはカウントしてないのね」
「ISを使った模擬戦と生身は別よ。小さい頃からずっとアナタから一本も取れないのは悔しいのよ」
不敵に笑う楯無に剣は苦笑しながら歩を進めていく。
「なら【天鳥船】、マスターしたんだ?」
「アナタほどじゃないけどそれなりには、と返しておこうかしら……あれ?」
途中で会話を止めた楯無は前方に視線を向けていた。
それに剣も気づき、彼女の視線を追う。
その視線の先には一夏とシャルルがおり、一夏は私服姿で、シャルルはジャージ姿であった。
「一夏とシャルルか」
「奇遇ね、二人も食事かしら」
「そういえばシャルルの件、どうなったんだ?」
己の声の届く範囲には楯無しかいない事を確認した剣は、声量を落として尋ねる。
「んー、あと数日欲しいかなって所かしら。剣、シャルル君はまだばれてないわよね?」
「少なくとも俺が見た限りはな」
「そう……なら確認してみましょうか」
何か思いついたように、小走りで前方を歩く一夏達に向かっていく。
それに少し驚いた剣だったが、彼女に追いつくように小走りで向かう。
「っ、剣か」
「草薙君っ」
こちらの接近に、一夏と何故か少しだけ目が赤いシャルルが気づいた。
「飯か?」
「あっ、あぁ……っと、隣の人は?」
一夏が剣の隣にいる楯無に視線を移す。
少しだけ緊張しているように見えるのは気のせいではないだろう。
「初めましてかな、織斑一夏君。生徒会長の更識楯無よ。気軽にたっちゃんでいいわよ。あ、ちなみに剣のルームメイトは私ね」
「せっ、生徒会長……っ!?」
思わずと言った様子でシャルルが口を開いたが、すぐに口元をおさえ咳払いして誤魔化した。
「どうかしたの?」
「いっ、いやぁ、生徒会長って先輩ですよね? だからほら、緊張したんじゃないかなーって……なぁ、シャルっ?」
「うっ、うんっ! ほら草薙君は一応年上だから気さくに接する事ができてるから、僕はちょっと緊張しちゃって……っ!」
「てなわけでっ、俺達すげー腹減ってるから、悪いな剣っ!」
「うんっ、僕もお腹空いちゃって……それじゃね、草薙君っ、更識先輩っ!」
二人してあははと笑いながら早足気味で食堂に向かっていく。
二人が離れていった事を確認して、剣と楯無は視線をあわせた。
「……もう一夏にはバレてるよな」
「そうみたいね、ご飯食べたらまた仕事ね……はぁ、何とかしてあげないと」
「……俺も手伝うからさ、元気出してくれって」
がっくりと肩を落とした楯無をそう剣が励ますのだった。
さらにそれから数日がたった。
楯無の尽力もあり、シャルルの件はほぼ交渉も終わりかけ、彼女への連絡もあと少しでできるという段階。
そんな中、IS学園の第3アリーナでは剣達が各々の訓練に精を出しており、上空で機動訓練を行う一夏とその様子を眺める箒、そのほかにもギャラリーがみえていた。
もっとも剣が行っているのは訓練というよりは、検証作業といってもいいものなのだが。
IS【都牟刈】の右マニピュレータを部分展開した剣は、静かにマニピュレータの拳を握りしめていく。
そのまま正拳突きの構えを取ると、目の前に浮かぶ【ダミーバルーン】に拳を突き出した。
生身とは違う、質量の大きなマニピュレータが空気を裂く音が聞こえる非常に丁寧な突きだった。
当然、これはただの正拳突きではない。
剣が拳を突き出した先の【ダミーバルーン】が突如、音を立てて破裂したのだ。
『よし、できるな』
感触を確かめるように、マニピュレータを握ったり閉じたりの操作を行うと、訓練のサポートを行っていた簪が駆け寄り口を開いた。
「剣、今のは?」
「ん、【都牟刈】の【天磐船】の応用だよ。有体に言えば、拳圧を飛ばしたって所か」
「……成程、天磐船の【力場】をぶつけ合って飛ばしたってこと?」
「流石、簪だな。見ただけで分かるのか」
彼女の理解力に脱帽して剣は苦笑した。
剣が行った事は単純である。
正拳突きの構えを取った際に、前方に【天磐船】の【力場】をあらかじめ作っておき、正拳突きを行うと同時に拳を【天磐船】の【力場】で覆ったのだ。
そして正拳突きによって互いの力場同士が干渉し合い、あらかじめ作っていた力場が【弾丸】のように射出され、ダミーバルーンが射出された弾丸で破裂したのだ。
まさに【飛ぶ拳圧】とも言えるだろう。
『【飛ぶ拳圧】、うん、これはいい武器になりそうだな』
「元々【天磐船】は見えないし、初見だと絶対に困惑すると思う」
『正直【玉祖命】は使いにくいなぁって感じるところがあるんだ。だから色々と応用も考えてる。例えばほら、前にジャックさんと盛り上がってただろ、【飛ぶ斬撃】がどうのって』
「っ、できるのっ!?」
パァっと目を輝かせながら簪が剣に詰め寄る。
彼女と剣の身長さは30cm弱程度あるが、今の彼女からの期待という圧で剣は若干背を反りながら回答する。
『でっ、できると思うよ、流石に色はつかないと思うけど……』
「できれば【黒】とかがいいんだけど……それでも絶対みせてねっ、約束っ!」
『わっ、分かりました』
何故か敬語でそう返した剣の言葉に、グッと小さくガッツポーズした簪。
それに乾いた笑いを浮かべるしかできない剣だったが、ふと視線が上空に移った。
アリーナの上空で機動訓練を行っていた一夏の白式に、【黒いIS】がいつの間にか接近しているのだ。
「あれ、織斑君と……」
『ボーデヴィッヒだな』
そう、白式に接近していたのはラウラであった。
彼女が駆るIS【シュヴァルツァ・レーゲン】と白式はオープンチャネルで会話しているようであり、都牟刈を部分展開している剣にもその会話内容は聞こえた。
『なんだよ。何か用でもあるのか』
『……当然だ』
一夏の目の前で、ラウラが掠れた声でそう返答しながら俯いていた顔を上げる。
『貴様のっ、存在そのものがっ、教官を縛っているっ、ならば私のっ、する事は一つだけだっ!!』
充血した右目の焦点はあっておらず、顔には不気味に血管が浮いている。
呼吸も乱れに乱れており、唾液が一筋の道を作って顎まで垂れている。
素人目にも異常な状態であるというのは一夏もはっきりと感じ取った。
『おっ、おいっ!? 大丈夫なのかっ!?』
『私にっ、触れるなぁっ!!』
思わず機体を寄せようとした一夏だったが、ラウラの狂乱の咆哮と共に弾かれてしまう。
白式を弾き飛ばしたラウラだったが、追撃に移る瞬間、己の目の前に空間投影ディスプレイが展開された。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
そこからの変化は一瞬であった。
ラウラと同時に彼女の機体のフレームが溶け出し、まるで【泥】の様な黒い粘着質な液体が溢れ彼女を包み込んだのだ。
『ラウラっ!!』
AMBACを終えた一夏がスラスターを噴かせて接近しようとすると、【泥】の中から鋭利な物体が出現し、襲ってくる。
咄嗟に下方へ回避に成功する一夏だったが、目の前にいるのはすで【泥】ではなくなっていた。
まるで粘土を捏ねて人型を作っていくかのように蠢いた後、そこにはISサイズの人型が存在していた。
【長髪の女性】のようにも見えるそれは、同じく泥で形成されている大型の【刀】を得物として構えていた。
「……へぇ、ISにはあんな機能もあるのか。アイツが言うだけのことはあるな」
アリーナの通用口、その中の一つの壁に寄りかかりながらアリーナの状況を俯瞰している少女が居た。
彼女は、数日前にラウラとぶつかった紅い髪の少女であった。
「まぁ、種が芽吹いた事には変わりない。さてどうする、草薙……っ!?」
口角を歪めた少女だが、すぐさま何かに気づいて振り返って構える。
薄暗い通用口の先に、赤い瞳を持つ少女が立っていた。
その少女は――更識楯無。
いつもの余裕に満ちた笑みではなく、冷たい氷のような視線を少女に向けていた。
「アナタ、何者かしら?」
「……何者ってどういうことですか?私は1年生の……」
「嘘」
ピシャリと冷たい声色で彼女の言葉を否定する。
「伊達に生徒会長してないわ。学園の監視カメラの映像くらいチェックしてるもの。少し前の映像にアナタの姿はしっかりと残っていた。私は学園の生徒の顔と名前を全部頭に入れている。なのにアナタが誰か分からない……となるとアナタは【部外者】ってことになるのよね」
彼女の言葉に、少女はククっと声を漏らして演技をやめる事を選択した。
「ククッ、中々聡明だな。
「普通ならそれでも通せたでしょうね。でも【更識】と【草薙】を舐めないほうがいいわ。それを今から身を持って味わう事になるでしょうけど」
ISの拡張領域から彼女の身の丈ほどの【和槍】を取り出して、楯無は和槍を下段で構える。
その構えを見て、少女も臨戦態勢に移行し、前屈みに両腕を構える。
彼女の【爪】はまるで鋭利なナイフの様に鈍く光を反射させていた。
「……アナタ、名前は?」
「……
瞬間、【八坂焔】と名乗った少女の姿が楯無の視界から消え、視界の端ギリギリから白い光が迫ってきていた。
次回予告
第7話「宿命」
『ほうちゃんっ、大丈夫っ!?』
「泣けっ!喚けぇっ!」
「そして潰えろぉっ!」