IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第7話 宿命

『一体、何が起こったんだ……っ!』

 

 

 目の前で変化したラウラの姿に、思わず一夏の口からそう零れた。

瞬間、目の前の黒い人型が己の間合いに踏み込み、得物である【雪片弐型】に酷似している【刀】を振り上げていた。

ラウラの変化に困惑していた一夏は、この一撃に反応する事ができなかった。

 

 だが、黒の人型の一閃は彼に届く事はなかった。

なぜならば、下方から飛来した【光弾】と【ミサイル】によって黒の人型が己から離れたからだ。

 

 まるで生きているかのような軌道で黒の人型を追いかけるミサイルだったが、黒の人型は己の体の一部である【泥】のような液体を、迫るミサイル群に向かって放つ。

ミサイルが泥によって起爆し、誘爆によってアリーナの上空を爆発で彩った。

しかし、黒の人型を大きく引き離すには十分であり、先程ミサイルと共に光弾を放った機体が下方から現れた。

それは白と翡翠色を基調にしたIS【都牟刈】であった。

 

 

 時間はラウラが変化した瞬間までさかのぼる。

 

 

『っ、何だっ!?』

 

「機体が変化したっ!?」

 

 

 彼女の変化を下方で見ていた剣と簪は驚愕の声を上げた。

突如として、ラウラのISに起こった変化。

ISの稼動暦が数ヶ月程度しかない剣はともかくとして、数年の稼動暦がある簪にとってもその事象は始めてであった。

 

 そして変化した黒い機体を見た瞬間、冷や汗が彼女の頬を垂れた。

黒の人型から感じる感覚は、紛れもない殺気。

その冷たい感覚に押しつぶされそうになった簪だったが、マニピュレータを解除した剣の手が肩に置かれ、彼に視線を合わせる。

心配するな、と目で語る彼の仕草に感じていた冷たさも不思議と中和されていくようであった。

 

 

『俺は一夏を援護する。簪はアリーナにいる皆の避難を』

 

 

 冷静に判断した剣はそう簪に告げた。

簪にとっては幼い頃から、友人として、【更識家】として付き合っていた間柄、彼の行動原理も当然理解している。

 

 剣の言葉に頷いて答え、待機形態である左中指の指輪が煌き、彼女もISを完全展開する。

彼女が展開するISは彼女の専用機である【打鉄弐式(うちがねにしき)】だ。

量産機である【打鉄】の汎用性を底上げし、防御型である本来の機体を【全距離対応型IS】として再設計したものである。

非固定浮遊部位のスラスターの機動力も量産機の非ではなく、十分高機動型ISに分類されるだけの推力を持っている。

 

 

『避難は弐式で剣の援護した後に。もちろん剣には当たらないようにするから、行って』

 

『あぁ、頼む。行くぞっ!』

 

 

 スラスターを吹かし都牟刈が、左腕部内蔵エネルギーガトリング【玉祖命】を展開する。

それと同時に後方で、打鉄弐式の眼前に球型コンソールが空間投影ディスプレイとして展開された。

黒の人型の間接部分を簪の視線が追うと、ピピっという電子音と共にロックオンが表示される。

機体の間接部分向けて彼女の視線が動くと、それに連動しロックオン表示が次々に現れる。

 

 

『視線連動型マルチ・ロックオンシステム異常なしっ……【山嵐(やまあらし)】っ、いっけぇっ!』

 

 

 多重ロックオンを完了した簪は、八連装ミサイルポッド【山嵐】のトリガーを引く。

炸裂音と共に打鉄弐式の背部から発射された6発のミサイルは、それぞれがさらに小型の8発のミサイルを備えた武装ポッドであり、最大同時発射数である48発のミサイルが発射される。

 

 

(あれがかんちゃんの【打鉄弐式】かぁっ! マルチロックオンとかロマンあるよねー)

 

(たっちゃんと協力して完成させたって話だったな)

 

(うん。そーいえば追加武装案に、なんだっけ【光の翼】とかあるらしいんだけど、案外似合うと思うなぁ!)

 

(お喋りはここまでだ、ヒメっ!)

 

 

 発射された48発のミサイル群は、先行した剣の【都牟刈】を追いかけていき、並走する。

それを確認した都牟刈は【玉祖命(たまのおやのみこと)】から光弾を打ち出していった。

 

 

 場面は戻り、玉祖命を格納し背部から【無銘】を引き抜いた剣が、振り返って一夏の無事を確かめる。

 

 

『一夏っ、無事だな』

 

『あっ、あぁ……助かったっ!』

 

 

 【無銘】を構える剣の言葉に、ようやく事態を飲み込んだ一夏は己の得物である【雪片弐型】を構えた。

 

 

『……あれはラウラでいいのか?』

 

『さぁな。ただ明らかに異質だって言う事は確かだ。皆に危害が出る前に……【処理】する』

 

 

 簪の打鉄弐式は、山嵐発射後に避難誘導に移っている。

元々アリーナにいた人数は先の襲撃事件よりも圧倒的に少なく、そのため数分もすれば避難は完了するはずである。

ハイパーセンサーでその様子を確認した、剣の目線が磨がれて行く。

それは先の襲撃事件、無人機に向けたものと同じであった。

 

 

(被害が出る前に、彼女毎斬ってでも止める)

 

 

 先程問答無用で一夏に斬りかかった黒い人型。

何をするか分からないものを放置するわけにはいかない。

一夏という日ノ本の国民を守るために、【草薙剣】として相手を殺めてでも止める。

そう判断した剣だったが、己の意識の中から聞こえる声がその決断を変えることになった。

 

 

(待って、剣っ! 何か聞こえるっ!)

 

『……だ……けて……』

 

 

 ヒメの言う通り、ハイパーセンサーが微かな【音】を拾っていた。

ヘッドモジュールを操作し、先程拾った音をより鮮明に解析して再生させる。

 

 

『いやだ、誰か……助けて……』

 

 

 【音】の正体、それは【声】だった。

黒の人型から聞こえたそれは、機体変化後に泥の内部に取り込まれてしまった【ラウラ】のものだった。

 

 

『剣っ!』

 

 

 一夏の声が響くと同時に、都牟刈の眼前に黒の人型が凄まじい速度で接近していた。

得物である【刀】が横薙ぎに振るわれるが、それを剣は【無銘】の刃で押し止める。

鍔迫り合いの形になるが、都牟刈は左脚部スラスターを吹かせて蹴りを叩き込んで弾き飛ばす。

 

 すぐにAMBACによって体勢を整える黒の人型であったが、剣は己の内から聞こえる声に意識を裂いていた。

 

 

(ラウラがあの中にいるんだねっ!?)

 

(みたいだな。それに今の動きは前にたっちゃんが映像で観せてくれたことがある……織斑先生の動きだ)

 

(それでどうする? 彼女毎、斬って止めるの?)

 

(……彼女の犠牲もやむ得ないとも思ってたが……変更だ、ヒメ)

 

 

 日ノ本の【民】である一夏や他の皆に危害が出る前に止める。

それは草薙剣である己にとって最も重要な事である。

 

 だがそれと比肩して余りある程、大切な事がもう1つ存在している。

それは――

 

 

(たとえ一時の間であろうとも、日ノ本で過ごす者が助けを求めるのなら命に代えても守る。助けるぞ、ヒメ)

 

(了解っ!!)

 

 

 ラウラを殺めてでも止めるから、彼女を助け出すに行動指針を変更した剣は一夏の白式にプライベートチャネルをつなげる。

 

 

『一夏、聞こえるか』

 

『あぁ……なぁ、剣、聞こえたか? ラウラの声が……』

 

『そっちでも拾ってたか。なら話が早い』

 

 

 一息入れて、剣が続ける。

 

 

『俺達2人でラウラを助けるぞ。彼女を中から引っ張り出せれば、助ける事もできるはずだ』

 

『……分かった』

 

 

 そう答えた一夏は、黒の人型に一瞬視線を移した後頷く。

それに気づいた剣はため息をついてから口を開く。

 

 

『……バックアップは俺がしてやる。ラウラを救い出すのはお前がやれ』

 

『っ、なんでっ!』

 

『何か思うところがあるんだろ、ヤツに』

 

 

 うっ、と思わず声を漏らした一夏だったが、すぐに真面目な視線で剣に答える。

 

 

『……アイツのあの形は俺の大切な人の【誇り】を汚してるって言ったら……笑うか?』

 

『……いい理由じゃないか。笑わないさ』

 

 

 そう告げた剣は回線をそのままに無銘を構える。 

 

 

『動きを止めるのは一瞬が限界だ、合わせろよ』

 

『分かった!』

 

 

 それからの2機の動きは速かった。

相反するように左右に別れて、黒の人型に切りかかる。

黒の人型は左から切りかかる都牟刈の右薙の一撃を刀で受け止め、右側から袈裟切り気味に振り下ろされた白式の一撃を、新たに生成した【刀】で受け止める。

 

 

『ならっ、【零落白夜】でぇっ!!』

 

 

 光が収束し、白式の零落白夜が発動する。

すると、硬質化していたはずの【刀】が次第に溶け始めていく。

 

 

(零落白夜ならあの【泥】を無効化できるのかっ!)

 

(なら一夏がラウラの救出で問題なかったね、結果オーライっ!)

 

 

 鍔迫り合いの形になっている剣もその様子を確認し、ヒメの言葉に頷く。

このまま押し込めれば、ラウラを泥の中から救出するのも行える。

 

 だが次の瞬間、ハイパーセンサーが下方、アリーナの出入口部分に動体反応を検知した。

それは生身の人間の反応。

その正体は――

 

 

「一夏ぁっ!! 男なら、勝ってみせろぉっ!!」

 

 

 篠ノ之箒が、そこにいたのだ。

 

 

『箒っ!?』

 

(っ、何で篠ノ之箒があそこにいるっ!? 戻ってきたのかっ!?)

 

 

 箒が何故ここにいるのか。

彼女は、簪によって誘導されてすでにアリーナ外に避難したはずだった。

しかし、彼女はアリーナで戦う一夏の事が心配だった。

そのため、避難誘導を行う簪の目を盗んで再びアリーナに戻ってきたのだ。

先の無人機襲撃事件とは異なり、避難誘導を行うのが簪一人しかいない状況は彼女にとって好都合となってしまった。

 

 恋する乙女は盲目であり、その行動力は侮れない。

それは本来は攻めるべき事じゃないかもしれないが、この場面では迂闊過ぎる考えとなってしまう。

 

 彼女の激励の叫びは黒の人型にも届いており、その形状を【球状】変えていく結果を引き起こした。

次々と突起物が球体に浮かびはじめ、球体の全周囲に浮かび上がると次々に硬質化した【棘】となって現出する。

次に何が起こるなど、もはや語るまでもない。

 

 

『チィッ!!』

 

 

 咄嗟に零落白夜を発生させた雪片を盾に使う白式と、弾かれたように箒の元へ瞬時加速で向かう【都牟刈】。

同時に避難誘導から戻ってきた簪の【打鉄弐式】も、アリーナの様子を把握して、すぐに箒の元へ向かおうとするが距離が遠い。

 

 

「……えっ?」

 

 

 状況を理解できない箒の声が漏れた瞬間、黒の球体から放たれた無数の【棘】が放たれ、アリーナの地面や観客席に飛来して突き刺さっていく。

当然、アリーナ出入口にいた箒の元にも数十本の棘が飛来する。

 

 

『うぉぉぉっ!!』

 

 

 だが、棘は彼女に突き刺さる事はなかった。

何故なら間一髪で、都牟刈がその間に割り込む事に成功したからだ。

しかし、箒の盾となった都牟刈は棘の直撃を受けて弾き飛ばされ、出入口横の地面へと落着した。

 

 

『剣ぃっ!!』

 

 

 一夏の叫びが木霊する。

箒をかばってくれた彼の元に駆け寄りたかったが、黒の球体が再び人型の形を取って襲い掛かってきたため、それは叶わない。

 

 

「……草薙?」

 

 

 状況をまだ飲み込みきれていない箒が、落着した都牟刈の元に歩み寄る。

都牟刈の背部スラスターと、左マニピュレータに棘が突き刺さった痕が残っているが、棘自体はすでに融解して液体の泥に戻っている。

そして搭乗者である剣の頭にも掠ったのか出血しており、棘と落着の衝撃で気絶しているようであった。

 

 

「そっ、そんな……っ!?」

 

 

 出血が止まらず左顔面はすでに血塗れになっている剣の様子に、ようやく事態を飲み込んだ箒は立ち尽くしてしまう。

腰が抜けなかったのは運がよかったのだろう。

どうすればいいのか、混乱した頭で考える彼女であるが、さらに彼女の意識を困惑させる事象が起こった。

それは目の前の剣の身体に起こった変化であった。

 

 長身である彼がどんどん縮んで行くのだ。

ISスーツもその変化と共にサイズを変えて、厚い胸板から豊満に育った二つの果実に変わった胸を強調するようにピッチリと肌に張り付いている。

髪の毛も黒髪から真紅へとその色を変えていく。

そんな変化が瞬きの間に起こり、剣から変わった少女がパチリと瞳を開けた。

 

 

『ほうちゃんっ、大丈夫っ!?』

 

「えっ、えぇっ!? ヒメっ!?」

 

 

 都牟刈のスラスターを軽く吹かして立ち上がったヒメに、箒が驚愕の声を上げて目を見開く。

目の前で倒れていた【草薙剣】が、数日前に出会った友人である【草薙ヒメ】に姿を変えて立ち上がったのだ。

その驚愕は妥当であろう。

 

 

『篠ノ之さんっ、剣っ!!』

 

 

 打鉄弐式に乗った簪がヒメと箒の背後から現れた。

 

 

『えっ、ヒメっ、何で……っ?』

 

 

 剣の体質とヒメという人格を知っている簪も、この状況で剣ではなくヒメが表に出ている事に驚愕している。

頭からの出血は変わらず、血を拭ってからヒメが答えた。

 

 

『さっきほうちゃんを庇った攻撃と体勢が無理やりだったからその衝撃のせいで、剣が気絶しちゃってるんだ。多分すぐに目を覚ますと思うけど、このままだとまずいから』

 

『……分かった、篠ノ之さんは私が』

 

『うん、よろしくね』

 

「うっ、うわっ!?」

 

 

 半ば無理やりといった感じで箒を抱える簪の姿に、ヒメは思わず噴出しそうになったが堪えてみせた。

 

 

「っ、まっ、待てっ、ヒメっ、どういうことだっ、お前っ、草薙剣だったのか……っ!?」

 

『ごめんね、ほうちゃん。後で全部話すから』

 

 

 そう言ってヒメは都牟刈のスラスターを噴かせて飛び上がっていった。

 

 

『こんなろっ!!』

 

 

【玉祖命】を起動させ、光弾をばら撒く。

白式と鍔迫り合いになっていた黒の人型は、機体を離れさせて光弾を踊るように回避していく。

 

 

『ちぇっ、当たらないかぁっ!』

 

『剣っ、よかった無事……じゃないっ、誰っ!?』

 

 

 都牟刈に乗っているはずの剣が、似ても似つかない美少女に変わっている事に一夏が声を上げる。

 

 

『今は後っ! まずはラウラを助けるっ!』

 

『おっ、おうっ!!』

 

 

 再び散開して、今度は上下から多段攻撃を仕掛けるヒメと一夏。

その上下からの斬撃を二刀で受け止めた黒の人型は、一夏の零落白夜使用よりも早く距離を取った。

黒の人型の挙動に思わず舌打ちした一夏だったが、ヒメは冷静に状況を分析していた。

 

 

(まずいなぁ、あの人型、零落白夜が脅威になるって学習(・・)してる……こりゃ、早く決めないと、まずいよねぇ)

 

 

 明らかに一夏の零落白夜を警戒している動きに変化している。

このまま後手になってしまうと、状況はますます悪いほうに流れる。

 

 そう判断したときであった。

意識の中で声が響いたのだ。

 

 

(っ、ヒメ、俺はどれくらい気絶してたっ!?)

 

 

 気を失っていた剣が目を覚ましたのだ。

 

 

(おそーいっ、もう1分くらいだよっ!)

 

(……そうか、バレた(・・・)か)

 

(仕方ないよ。こうなった以上、後で全部話す約束もしちゃったし)

 

(お前なぁ)

 

 

 ヒメの言葉に苦笑する剣だったが、すぐに笑みを消す。

 

 

(代わろう)

 

(はーい、草薙家頭首さん。さっさと決めないと、こっちの動き学習されちゃってるぽいから)

 

 

 ヒメの言葉と共に、変化が起こる。

先程とは逆に、柔らかなヒメの身体が男性のそれに変わっていく。

身長が伸びるにしたがってISスーツも伸びていき、豊かに実っていた2つの果実も厚い胸板へと変化する。

髪の毛も真紅から黒髪へとその色を変え、特徴的な炎のようなメッシュも現れた。

 

 

『一夏、次で決めるぞ』

 

『おうっ……って今度は剣かっ!? どうなってんだよ、お前の身体っ!』

 

『後で全部話すっ! 作戦は先程と一緒だ、お前が決めろっ!』

 

 

 剣が高速機動に移るのとあわせて、一夏が頷く。

黒の人型も都牟刈と同程度の加速でこちらぬ向かってくる。

 

 

『悪いが、すでに足場(・・)はできている』

 

 

 何もない【空間】を蹴り上げる。

通常の瞬時加速よりもさらに爆発的な加速で、一気に黒の人型との距離を詰める都牟刈。

黒の人型との戦闘を始めて行動するたびに、アリーナ上空のいたるところに【天磐船(あめのいわふね)】を配置しており、都牟刈と剣にとってのフィールドと化していたのだ。

 

 瞬時加速を併用した【天鳥船(あめのとりふね)】。

それによって距離を詰めた都牟刈にだったが、その動きに黒の人型は追従して見せた。

左腕に握った刀を袈裟切りの要領で振り下ろす。

 

 通常ならばこの袈裟切りを避けようとするか、防ごうとするだろう。

だが逆に、剣はさらに前と踏み込んだのだ。

それを可能としたのは【天鳥船】を利用した加速があったからであり、一歩奥に踏み込んだ事で袈裟切りは空を切る。

 

 そして煌くのは、都牟刈の得物【無銘】の刃。

 

 

――  草薙流剣術 参式【八重垣(やえがき)】 ――

 

 

 袈裟切りで繰り出されていた左腕部分を逆袈裟で切り上げて切断して飛び上がる。

 

 草薙流剣術 参式 【八重垣】

それは天鳥船によって加速して打ち込む、相手の手首を狙った神速の逆袈裟切り。

切り落とされた左腕と刀は、形状が保てなくなったのか泥状に溶けて落ちていく。

そして一瞬、確かに黒の人型の動きが止まった。

 

 

『いまだっ、一夏ぁっ!』

 

『あぁっ!』

 

 

 単一仕様能力である【零落白夜】を起動させ、瞬時加速を併用した白式が黒の人型へと向かい、雪片弐型の突き立てるのではなく、押し当てるのに成功した。

零落白夜の光に触れた箇所から泥が溶けていき、水音を立ててアリーナの地面に零れていく。

 

 やがて全ての泥が落ち切ったのか黒の人型の姿はなくなり、メインフレームだけの【シュヴァルツァ・レーゲン】の姿へと変化していた。

程なくしてエネルギーも尽きたのか、ISが解除された。

 

 

『おっと』

 

 

 一夏が確かにラウラを受け止め、彼女が無事か確認を行う。

先程助けを求めた意識はすでにないようであったが、しっかりと上下する胸。

 

 

『生きてるな』

 

『あぁっ!』

 

 

 剣の言葉に一夏は笑みを浮かべる。

その様子に疲れたように肩をすくめながらも、剣も微笑んで返す。

 

 

(なんとかなったねー)

 

(あぁ)

 

(まぁ、色々とばれちゃったけどね)

 

(なんとかなるだろ。それに篠ノ之箒にはお前が説明しろよ、ヒメ)

 

(ですよねー)

 

(当たり前だろ)

 

 

 さらに深いため息をつきながら、剣は空を見上げるのだった。

 

 


 

 剣と一夏が【黒の人型】となった【シュヴァルツァ・レーゲン】と戦闘を開始したのと同じ頃。

 

 

「っ!!」

 

 

 白い光。

己の顔面に迫るそれが相対する相手の【爪】である事を瞬時に悟った楯無は、屈む事でその一撃を回避してみせる。

 

 ハラリと彼女の水色の髪が切り裂かれて宙を舞っており、相手の爪の切断力の高さに内心冷や汗が垂れた。

人間の爪をまるで砥がれた刃物の様に使うなど己にはできない。

それを当たり前のように行う、八坂の異常さをはっきりと感じ取ったのだ。

 

 

(やはり、只者じゃない……けどっ!)

 

 

 屈んだ体勢から、己の得物である和槍に力を込める。

穂先は屈んだ事で後方を向いているが、反撃は十分に行える。

手に持った槍が持つしなやかさと、己の手首のスナップを使用させて回転させることで、丁度頭上に位置する八坂の顔面に向けて槍の石突を叩きつける。

 

 

「ッ!」

 

 

 己の顔面に迫る石突を振り切った右腕ではなく、左腕で払って止める。

その衝撃で横方向に転がり、すぐさま体勢を整え、楯無も立ち上がって和槍を構えた。

そして再び、八坂の姿が楯無の視界から消失すると共に、頭上に気配が移動していた。

 

 その動きには見覚えがあった。

いや、見覚えどころではない。

何度も辛酸を舐めさせられ、結局は己も会得した【体術】であるからだ。

 

 

(【天鳥船】っ!?)

 

 

 幼馴染である剣と同じ【体術】を駆使して、己の頭上を取った八坂。

だが、問題はない。

天鳥船については何度も側で見てきたし、己も学んだものだからだ。

自分で使えるという事は、その性質をよく知っているということだ。

 

 

「そこよっ!」

 

 

 回転させて加速を乗せた穂先を、頭上から【直線の軌道】で迫ってくる八坂に向かって突き出す。

 

 

「ッ!?」

 

 

 ほんの一瞬、時間にしてみれば刹那の長さ。

試合でもなく、死合。その緊張感が感覚を研ぎ澄ませる事で感じた感情。

穂先が迫る八坂は確かに、目を見開いて驚いていた。

しかし、彼女の驚愕は一瞬で静まった事を楯無は見逃さなかった。

 

 穂先ではなく、柄を右腕で払って無理やり突きと己軌道を変更したのだ。

無理やりの軌道変更で転がるように着地した八坂はすぐさま体勢を立て直す。

だが無傷ではなかった。

彼女の頬に一筋の赤い軌跡が刻まれていたからだ。

 

 

「……驚いた。まさか天鳥船を知っているのか」

 

「えぇ。何度も見たことあるから、弱点だってご存知よ」

 

 

 八坂に弾かれた和槍を、振り回しつつ楯無が答える。

 

 

「天鳥船は立体的な軌道を行えるけど、その軌道はどうしても直線的(・・・)になる。狭所では特にね」

 

 

 天鳥船の【弱点】。

それは楯無の語るように、軌道が直線的になることだ。

IS【都牟刈】のように見えない力場を展開し、連続かつ変則的な軌道を行える場合や、室内など足場になるものが多い場合は別として、天鳥船を学んだ者同士ではよほどの技量差がない限りは初回の跳躍を除いての連続使用は好まれない。

先程、彼女がやったように軌道を読まれてのカウンターを喰らう可能性が高いのだ。

 

 

「それにアナタの天鳥船はアイツよりも遅いもの。軌道を読むのだって苦労しないわ」

 

 

 彼女の言葉に、八坂は楯無を相手にして初めて歪んだ笑みを浮かべる。

誰もが美少女というだろう整った顔が、歪む口角によって邪悪な笑みへと変わっていく。

 

 

「ククっ、ここまでとは思わなかった。顔に傷をつけられたのは久方ぶりだ」

 

 

 己の頬から垂れる赤い雫を拭って、その液体を口に含む。

 

 

「だが、あまり遊んでいる時間はないんでな。遊びはこのあたりで終わりにさせてもらうっ」

 

 

 そう言って八坂は体勢を変え、前傾姿勢に移る。

 

 

(天鳥船っ、いや、体勢が前傾すぎる……っ!?)

 

 

 彼女が取った姿勢は、まるで地面についてしまうのではないかと思われるほどの前傾姿勢。

八坂の瞬間、再び彼女が視界から消えた。

一瞬で気配は右方向へ移動していた。

 

 

(先程よりも速いっ、でも天鳥船なら、壁を足場に跳躍してくるのはみえてるわよっ!)

 

 

 確かに速度は先程よりも速いが、軌道は先程と変わりない。

これならば槍の回転から十分な威力を乗せたカウンターをあわせるのも容易だった。

 

 そう、この時点までは。

 

 

「そこっ!」

 

 

 右側の壁を蹴り上げ、跳躍した八坂の顔面に合わせて回転の速度を乗せた石突を叩きつける。

だが、石突が八坂を捉える事はなかった。

 

 直線軌道で迫るはずの彼女は、石突を潜るかのように変則的な軌道でその打突を回避したからだ。

見知った天鳥船の歩法であったはずなのに、自身に向かってくる軌道はまるで生きた【蛇】の様。

 

 

(なっ!?)

 

 

 そして蛇の爪は、カウンターで突ききった体勢の楯無の胸部を貫く。

液体が迸り、辺りに巻き散る。

だがその色は赤ではなく、【無色】であった。

 

 

「……変わり身か」

 

 

 パシャリ、と己の爪が貫いた楯無の像が崩れて、液体に変わる。

腕についた水を振るって払う八坂の眼前に、無傷の楯無が立っていた。

 

 

(……危なかった。変わり身と入れ替わってなければ……いえ、それよりも曲線軌道の天鳥船(・・・・・・・・)ですってっ? そんなの剣ですら……っ! この子は一体何者なのよ……っ!!)

 

 

 己のIS【霧纒の淑女】の能力である【アクア・ナノマシン】を用いた変わり身とカウンターの際に入れ替わる事で、事なきを得る事ができたのだ。

通路を濡らす液体を踏みしめた八坂は先程と同じく前傾の姿勢に移る。

 

 

「いいだろう、次で仕留める」

 

 

 その言葉と共に溢れる殺気。

まさに先程までは【遊び】、その言葉に嘘偽りがないと思えるだけの濃厚な殺気。

しかし楯無も暗部の人間、この程度で怯む事はなかった。

 

 

(ISを完全展開して……っ、いえ、ここでは場所が狭いっ、やはりアクア・ナノマシンを使って彼女を行動不能にするしかないっ、それに条件はそろってるっ!)

 

 

 再び、八坂の姿が視界から消失。

気配は左側に移っており、すぐさま壁を蹴って跳躍してくる。

 

 

(今っ!)

 

 

 彼女の前面を覆うように、八坂が迫る軌道上に【水の壁】が出現した。

先程は【変わり身】という用途で人型で使用したが、今回は拘束用途で【壁】として用いる。

ただの水ではなくナノマシンで構成されている【水の壁】は、触れればそこから取り込んで、人間一人を抑えるだけならば十分可能であった。

加えて、先程変わり身に使用した水も同じように【水の壁】として、八坂の背後から迫ってきていた。

 

 

「これでっ!!」

 

「シィッ!!」

 

 

 しかし壁面をすでに跳躍していた八坂の軌道が再び、【曲線】となって展開した【水の壁】をすり抜けて着地してみせたのだ。

後方から迫る【水の壁】も意味がなく、着地した八坂は楯無の左側から再び跳躍し、無防備な彼女を狙う。

その動きは、先程よりも洗練された【大蛇】のような動き。

 

 

「なっ!?」

 

「遊びはここまでぇっ!」

 

 

 咄嗟に和槍を八坂に突き出すが、その程度では止まらない。

 

 

「泣けっ!喚けぇっ!」

 

 

 八坂の手刀が振るわれ、バキィッと言う破砕音と共に和槍の【太刀打】部分がへし折れ、柄部分も連撃の手刀によって砕けていく。

すでにその役目を果たせなくなった槍の残骸が舞う中、合計8回の連撃を終えた八坂の手が楯無の首へとかかり、彼女をそのまま持ち上げてみせた。

身長でいえば八坂よりも楯無のほうが高く、どこにそんな力があるのかと疑いたくもなるがそんな思考は一瞬で消える。

 

 

「かっ、はぁっ……!?」

 

 

 首を締め付けられているため、空気が漏れるかのような掠れた声が口から漏れる。

首にかかるあまりの力に薄まる意識の中、その力がさらに高まっていくのを楯無は感じとっていた。

 

 

「そして潰えろぉっ!」

 

 

――  八坂流掌術 壱式【八稚女(やをとめ)】 ――

 

 

 握り締めた楯無の細首に、八坂の鋭利な爪が突き刺さる。

――その瞬間、【銃声】が木霊した。

 

 

「ッ!?」

 

 

 咄嗟に楯無の首を離して、バックステップにより八坂が距離を取った。

八坂が首を離した事で、解放された楯無は尻餅をついてゲホゲホとむせている。

そんな彼女に駆け寄るものがいた。

 

 

「お嬢様っ、ご無事ですかっ!!」

 

 

 眼鏡にヘアバンドをつけた三つ編みの美少女が両手で自動拳銃を構えながら、楯無に声をかける。

 

 

「けほっ、虚ちゃん……ありがと、けほっ、助かったわ」

 

「いえ、ご無事で何よりですっ」

 

 

 虚と呼ばれた少女は安堵の息をついた。

彼女の名は【布仏虚】。

布仏本音の実姉であり、妹の本音が簪の付き人であるように楯無の付き人である。

己の主である楯無の無事を確認した彼女は、先程放った弾丸を回避した八坂に視線を向ける。

 

 楯無を仕留めるための一撃を仕掛ける瞬間、完全に意識の外から放った一撃なのに避けられた。

すでに八坂は体勢を整えており、楯無と虚の一挙手一投足を観察しているようであったが、すぐ笑みを浮かべた。

 

 

「成程、更識の付き人か……もっているな、更識楯無。殺す気で技を放ったんだがな」

 

 

 ククと髪をかき上げながら八坂は笑みを浮かべるが、左腕に身につけている腕輪のようなアクセサリーを見て笑みが消えた。

 

 

「潮時か」

 

 

 そう小さく呟いた八坂はすぐさま反転して、通用口を駆け出す。

彼女の行動に真っ先に反応できたのは虚であった。

 

 

「待てっ!!」

 

 

 拳銃のトリガーを連続で引き、炸裂音と共に数発の弾丸が発射される。

しかしその全てを八坂は軽やかに避けて進んでいく。

そして右折路を曲がり、その後を虚が追跡して同じように曲がる。

 

 

「っ、いないっ!?」

 

 

 右折路を曲がったのはしっかりと確認しており、その先にも折路は存在しているが40mは先だ。

とても数秒前に曲がった人間が行ける距離ではない。

だが、虚には別の可能性が頭に浮かんでいた。

 

 

(……おそらくは姿を消す機能のISか、何かでしょうか。取り逃がしましたか)

 

 

 数秒の間周囲を警戒していた虚だったが、周りに気配がない事を確認して拳銃を懐にしまって己の主の下に戻る。

楯無の元に戻ると、彼女は壁に背を預けながらもなんとか立ち上がっていた。

 

 

「お嬢様、大丈夫ですか」

 

 

 すぐさま虚は彼女に肩を貸し、楯無も苦笑しながら身体を預けてくれた。

 

 

「先程の相手はいったい何者でしょうか」

 

「残念ながら、さっぱり」

 

 

 ただ、と楯無が続ける

 

 

「【天鳥船】とそれに似た体術を使えることから只者じゃなかったわ……虚ちゃんが来てくれなかったら、死んでいたかもね。急所である首を押さえてきてISの展開もできない状況だったわけだし」

 

「っ、それほどの相手だったということですか」

 

 

 楯無の疲弊具合から、それが決して冗談ではないことが伝わってくる。

そんな楯無は、労わってくれている虚に感謝しつつも、別のことを考えていた。

 

 

(天鳥船を使えるなら、草薙家が何か知っているかもしれないわね……お父様と、御館様にこの件を伝えなきゃ……っ)

 

 

 八坂相手には敗北してしまったが、己は生き延びた。

ならば己の取る事は、次に備える事のみ。

 

 そう考えていると、虚の懐で携帯が振動する。

楯無に肩を貸しながら、すぐに開いて通話を行う。

 

 

「はい。虚です……はい、はい。分かりました」

 

 

 数十秒で通話が終わり、彼女は携帯をしまう。

 

 

「お嬢様、アリーナのほうで起こっていたドイツ代表候補生の暴走ですが、剣と織斑一夏君の活躍で無事鎮圧できたとのことです」

 

 

 その報告に胸をなでおろした楯無だったが、すぐに気持ちを切り替えて虚へ口を開く。

 

 

「虚ちゃん、頼みたい事があるんだけど、いいかしら」

 

「はい。何なりと、お嬢様」

 

 

 主の意図を汲み、虚も微笑んでそう返した。

 




次回予告

第8話「三種の神器」


「三種の神器について、ここで君達に伝えておこう。我等、護国三家の因縁を、ね」

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