これは北水 柊と回帰母 愛が愛し合っていた世界とは違う場所。なおかつ原作開始の約十年前。そして、この世界の、彼らの年齢が五歳のとき。
ふとした瞬間に回帰母 愛は自分自身の精神が五歳児に戻っていることを自覚した。理由は不明、自分が何かをやったわけでもない。だが、そんなことはすぐに頭から消えた。
しゅうはどこ?
彼女の脳はすぐに彼のことで頭が一杯になった。今、自分自身が寝ていた家のことも、かつて自分を襲おうとした最低な父親のことなど、ほんの一瞬も考えることなく、彼女は家を飛び出した。
外に出ると同時に個性を使用、なかったはずの角が急激に成長し、髪の毛から黒泥が生産される。ウガルを生み出し、飛び乗る。同時に背中の上でもう一体の魔獣を生成する。
「……ふむ。この状況は意味がわかりませんが、ティアさんの心境は理解しました。柊さんを探せばよろしいですか?」
「今すぐ」
ドゥムジは呼び出された瞬間に、彼女の記憶を頼りに、自らがするべきことを判断。『羊の知らせ』を使用し、多数の分体を街中に放った。
「確認します。時間短縮を重要視するために、少々危険な手も容認する。数を増やしても構わない、ということでよろしいですか?」
「構わない。直ぐに」
「夜中で良かったですよ、本当に。何匹かに北水の名字を持つ戸籍を、直接探させます。柊さんの名前はないでしょうが、その親族ならば探せます。この街に限った場合、同姓で夫婦、子供なしとなれば、そう大量にはいないでしょう。30分ほどください」
「長い。10分でやって」
「……追加で黒泥を、私二人分ください。分体を増やして、直接探します。いくら夜とはいえ、相当リスクが上がりますが、まぁ、今更ですか」
わずかに人が通る、深夜の街。そのビルの上をウガルが翔ける。彼女が急いでいる理由は、ある場所に向かっているからだ。初めて、彼女が北水 柊という人間に出会った場所へと。
「ティアさん、一応言っておきますけど、柊さんはまだそこにいません。向こうの柊さんのお話では、一人で過ごしていた時間は五年も長くはありませんよ」
「わかってる。でも、あの場所に行かなければならない気がするの」
「……ご自由にどうぞ。ちょうど、柊さんの親らしき戸籍を発見しました。両親とも敵予備軍かつ子供なし。というか、これ以外の戸籍はまともな家庭ばかりのようですし、間違いないかと」
「場所は?」
「今向かっている方向と大きな差はありません。あの場所に寄る前にたどり着くので、丁度いいですね」
きょうもいつもとおなじ。おとうさんになぐられて、おかあさんにけられて、へやのはしっこでじゃまにならないようにねる。
へんなにおいのするぱんをたべる。おいしくないけど、たべないと、いたいことをされる。
おとうさんとおかあさんはいつもけんかをしている。ぼくはなにもいわないほうがいい。
「おい、おまえ、何だその目は!? ガキの分際で!」
いたい。またなぐられた。でも、こえをだしたら、またなぐられるからださない。
「ねえ、今日の私のお金は!?」
「んなもんねえよ、アバズレ女!」
「なんですって、このクズ!」
いつもとかわらない。きょうも、なにもかわらない。なにも……。
「随分とぼろぼろな家に住んでいますね」
げんかんのとびらがひらいたとおもったら、ひつじさんがはいってきた?
「な、なによ、あんた。鍵はどうしたのよ!?」
「あの程度であれば、針金一本でどうにでもなるんですが。まぁ、それはそれとして、あなた方には邪魔なのでどいていただきましょう」
おくから、くろいふくのぎんいろのかめんをつけたひとがいっぱいきて、おとうさんとおかあさんをつれていった。
「しゅうっ!!」
しろいおんなのこが、ぼくにだきついてきた。ぼくはわけがわからなかった。みたことがないおんなのこだったから。
「こんなにっ、傷だらけになって! 大丈夫っ、すぐ治してあげるから!」
「……あなたはだれ?」
おんなのこは、びくっとした。ゆっくりぼくからはなれて、ぼくをまっすぐみてくる。おんなのこは、かなしそうなかおをしていた。
「……覚えてない?」
まっしろなからだと、くろいつの、そしてあかいめのなかにほしがみえた。すごく、すごく。
「きみのめ、きれい、だね」
「~~……っ!!」
おもわずきれいだって、いっちゃったら、おんなのこがもういっかいだきついてきた。さっきよりもちからがつよいきがする。
「あぁ、しゅう、しゅうっ! 間違いない、しゅうだ!」
こえがすこしたかくなった。ないてる、のかな? なまえもしらない、女の子。だけど、
「ぼくはきみがだれかはわからないけど、なかなくていいよ?」
なくのはつらいことだから。ぼくはよくしってる。おんなのこがもっとつよくだきついてきた。ちょっといたいかな。
「取り込み中だと思われますが、失礼します」
ひつじさんがわりこんできた。なんでしゃべれるんだろう?
「あなたに抱きついている人は、あなたを大切に思っている方なのです。突然ではありますが、柊さん、この人のために、我々についてきてください。よろしいですか?」
いきなりここにあらわれて、ぼくのいつものことをめちゃくちゃにして。ふしぎだけど、なんでだろう、しんじたい。おんなのこがないているのはぼくのことだとおもうし。
「どうして、ぼくを?」
「あなたでなければ、あなたがいなければ、この人は生きていけないのです。お願いします」
ひつじさんがあたまをさげた。ぼくなんかでいいのかな、ぼくがなにかできるのかな。
「ぼくでよければ」
ひつじさんのくちがわからないけど、わらったきがした。
「何しやがる!」
柊さんをティアさんに任せ、柊さんの親らしいモノを睨む。正直に言うと、言葉をかけることすらやる気がでない。だが、これも仕事のようなもの。オプリチニキに抑え込まれている一応人間と呼べるものたちに視線を向ける。
「良かったですね。ティアさんの意識は今、柊さんのことしか頭にない。そうでなければ、あなた達はどうなっていたか……。想像できませんよ」
「なんなのよ、あなたたち!? いきなり人の家に入ってきて! ヒーロー呼ぶわよ!」
…………。
「一旦黙れ」
おっと、あまりに自己中心的な上に話を聞かないので、口調が変わってしまいましたね。まぁ、黙ったので丁度いいです。
「お前たちは本当にあの人の親なのかと疑います。お前たちみたいな産業廃棄物からあの人が生まれたのかと考えると虚しい」
「な、なんなんだよ、あんなガキになんの用があるってんだよ!?」
…………………。ガキ、と言いましたね。柊さんの事を。確かに聞きました。
「もういいです。最初から理解されると思っていない。お前たちには最初から何も期待していない。そして、あの人に傷をつけたことには変わりない」
「お、お前ら何なんだよ!? 何する気なんだよ!?」
「そうよ、そうよ! さっさと離しなさいよ!!」
震えているゴミ二つが騒がしい。というか、今は気にしていないだけのティアさんが、お前たちへの罰をどうするか決めるまでの問題でしかない。
「お前たちは親ではない。私の知る母親は愛情溢れる性格ではなかったですけれど、子供に対して平等に愛がありました。私の知る父親は子に名前を与え、無条件にその子達を信じた。それが愛でないわけがない」
我々に、ティアさんに愛を教えた方が愛を教えられずに育ったなど。これほどの理不尽がそうあるでしょうか。
「お前たちは知らないと思いますが、あの人は私達の母親の大恩人なんですよ。愛を知らない私達の母親に愛を教えてくれました。そして、愛をその子達である私達にも振りまいてくれた」
これほどの怒りを覚えたことは初めてですね。向こうの柊さんは過去のことを何一つ気にしていないようだった。それならば私達が気にすることではないはずだった。それでも、実際目にすれば、どれほど辛い目にあっていたのか想像に固くない。
「全身に打撲痕や切り傷、軽めとはいえ栄養失調らしき症状、筋骨があまりに細い。お前たちは何をしていた?」
本来なら重症だ。子供ならなおさら。この歳でこんな症状だったなら、十歳まで生きるのにどれほど苦労するだろう。周りのことを愛せるようになるのにどれほどの苦しみを知るだろう。愛を振りまけるようになるのにどれほどの闇を知ったのだろう。
「お前たちはただでは殺さない、生かさない。その意地汚く、醜いその性根で。せいぜい生き延びることですね。私の考える限り、最悪の生き物に成り果てて」
オプリチニキたちに、いやオプリチニキになっているそれに指示を出す。さて、お二人のために新しい家を探しましょう。もう何も苦労はさせません、柊さん。私達がいる限り、あなたは悲しみを感じることはない。感じさせない。