おかしなところがあったらごめんなさい。
「……さて、渡す物は全て渡した。今日はお前の仕事はない。ゆっくり体を休めるといい」
「了解」
「お前達も今日の業務はないな? 新しい仲間を案内してやれ」
「「「「了解」」」」
俺が局長室に入って数分。親衛隊の四人を紹介され、親衛隊になるにあたって必要な物を紫から手渡された。
色々なショックから何とか脱出したらしい四人に、局長室を出てから話しかける。
「んで、俺はこっから暇なんだよな? どうすりゃいいんだ?」
「とりあえず、歓迎会の準備をしていたんだ。といっても、ケーキなんかを用意しただけだけどね。話はそこでしよう」
「オッケ、案内頼む」
「こちらですわ」
歩き始めた俺たちだが。
歩いている内に職員らしき人間とすれ違ったが、不思議なものを見るような目で会釈された。
……うむ。
「……やっぱいずれぇなこの空間。なんでわざわざ俺を……」
あれだ。動物園のパンダになった気分だ。日本初のパンダってこんな気持ちだったんだろうかね。
「そこら辺は慣れるしかないね」
「無理。女性集団に男一人だぜ? ハーレムか何かですか? 俺は勘弁願いたいね」
「あら、そんな状況なら選り取りみどりではなくて?」
「肩身が狭くてそれどころじゃねーっつの……」
ふと、前に通ってた学校の女友達を思い出す。アイツも要は紅一点か……よく平気だったな。
「ねぇねぇ、おにーさんってどこから来たの?」
後ろを歩くバーサーカーにそんな事を聞かれる。
「岐阜。美濃関が近かったな」
「じゃあ美濃関に通ってたのか?」
「今は美濃関に所属してることになるんじゃね? 知らんけど。まあ元々はごく普通の中学校だが」
……本当に俺どうなってんだろうかその辺。義務教育を受けなきゃならん年齢だよな? 無頓着なのも考えものだなホントに。
「じゃあ紫様と戦って互角だっていう話は!? 」
「え、何? そんなことまで話されてるの? クソ嫌なんだけど」
「既に折神家中に広まってますね。残念ながら」
「嘘だろ……」
「もうみんな知ってるし、観念した方がいいよ……ここだね」
折神家、親衛隊専用スペースにて。
テーブルの真ん中にはホールケーキが一つ。美味しそうないちごのケーキだ。
ケーキを切り分け、簡単な歓迎の言葉を親衛隊の実質的なリーダーであるイケメン……真希が述べ、夜見の淹れた紅茶を合わせていただく。
やってもらってばっかだな。なんか……モヤっとする。モヤっと。
「……んで? 俺と紫様が互角で戦えるのかって話だっけか」
「そうですわね。貴方の実力が如何程かというのは、全国が注目することになりますわよ?」
お嬢、ケーキ食ってるところにそんな事を言ってくれるな。胃が痛い。
「……まあ、そうだな。迅移を使われると流石にキツくなるが、何とか食らいつけてる」
「……待ってください、貴方、迅移も使う紫様と互角なんですの?」
「? その通りだが、何かおかしいか?」
「おにーさんって写シを使えるの?」
「無理に決まってんだろ」
「さも当然とでも言うような目はやめてくれ……」
「そこまでいくと流石に人間か怪しいですわね……」
「行く先々で人外認定を受けにゃならんのか俺は」
……心外ではあるが、まあこの反応も無理はないか。
写シや迅移とは刀使の特殊能力だ。
写シは体を質量のある霊体に変えることで精神的疲労と引き換えに物理的なダメージを無効化するもの。刀使達はこれにより致命傷を避けてる。
迅移は高速移動を可能にするもの。これを使うとビデオの早送りの様な動きになる。
勿論、俺は刀使じゃないからそんなもんは使えない。
刀使は普段普通の少女達だが、御刀からそんな不可思議能力を引き出し、荒魂という化け物と戦っている。
そんな刀使だから、並のと互角というだけでも、既に人間を卒業していることになる。
「まあ、俺の戦闘能力がどこから来てるのかは俺にも謎だ。荒魂を祓える理由も合わせてマジでわからん」
「ふむ……謎だらけ、ということか?」
「謎だらけだ。せいぜいわかってるのは、コイツが御刀とはまた違うってことだけだ」
そう言って腰の刀を軽く叩く。炎を象ったような鍔が特徴的な、昔掘り出した刀だ。結構な年季が入っている。
「見せてもらっても?」
「おうよ」
鞘ごとお嬢こと寿々花に渡す。抜いてみれば、刃元に“滅”と刻まれた漆黒の刀身。こんなデザインは今までこれ以外に見たことがない。
「……漆黒の刀か。今まで聞いたことがなかったな」
「構造は特におかしい訳ではなく、変わっているのは色だけですね」
「確かに、このような御刀があるとは、少し考えにくいですわね」
思い思いの感想を言う真希、夜見、寿々花。と、ここで結芽が不思議そうな顔をした。
「……あれ? おにーさん、色が違くない?」
「色? ……ああ、そういう事か。ちょっと返してくれ」
寿々花から手渡された刀の鞘を握ると、刀身が赫く染まった。四人とも目を見開いていらっしゃる。……驚いてばっかだな。
「思いっきり握ると何故かこうなる。この刀の特性だろうな」
「すごい! これどうやってやるの!?」
「俺は握っただけでこうなるが、他はこうはならなかった。なぜかは俺もわからん」
「なーんだ」
ちょっと不貞腐れる結芽。しかし、思い出したように身を乗り出す。俺の中で嫌な予感センサーが反応してるぜ!
「そうだ、おにーさん!! ケーキ食べたら試合しようよ試合!!」
「やっぱりな……嫌に決まってんだろが」
「何で!? いーじゃん一回ぐらい!」
「結芽、俺はもう疲れてるんだよ。慣れない電車に揺られーの、着いたら着いたで荒魂出てきーの、流石にキツいわ」
「あと一回ぐらいいけるでしょおにーさんなら!」
「こら結芽、あまり新を困らせるな」
「いけるかもしれんが全力は無理。本気出せない相手と戦って楽しいかお前は」
この言葉に黙る結芽。結芽から不機嫌そうな唸り声が聞こえる。戦闘民族は本気で戦ってなんぼという思考は共通しているらしい。
「……はぁ、明日ならいいぞ。ただ今日は休ませてくれ」
「……絶対だよ? 約束だよ?」
「わーってるよ」
「……すまないな。結芽が迷惑をかけて」
「何、戦闘狂の相手は慣れたもんだ」
「一体向こうでどんな生活をしていたのやら……」
……住んでたとこの近くの剣道場にいたバーサーカーを思い出す。いや、ベクトルは違うか? アイツは純粋に勝負や剣術が好きな感じだったが、結芽は……やめよ。俺の脳はそろそろ疲れてきてる。
「まあ、歓迎会はここいらでお開きにしようか。部屋はわかるか?」
「知らん」
「では、私が案内します」
「……おう、それじゃあ頼むわ」
夜見に連れられ、部屋から出ていく。
「珍しいですわね……夜見さんが自分から案内を申し出るなんて」
寿々花の声が閉められた扉の向こうから聞こえる。耳がいいのも考えものだな。
連れられて数分。俺に与えられた部屋の前に来たが……いい加減だんまりはやめてほしいところだ。
「……で? 何か言いたいことでもあるのか」
「……」
「それとも聞きたいことか? どっちでもいいか」
「……あなたは」
言葉を切る夜見。俺は何を言うでもなく、ただ次の言葉を待つ。
「……」
「……あなたは、私を覚えていますか?」
そう問う夜見の顔は、どこか縋るようにも見えた。
……わかってて聞いてるな。
今の今まで、局長室で見た時から考えないようにしていたが、限界か。
「……誤魔化せねぇよなぁ。お前、昔っからやけに鋭いし」
「……やはり、そう、なんですね」
「そうか、皐月夜見か。いい名前じゃないか」
「……ありがとうございます」
はにかんだような笑み。やっぱ変わらんな。
そんな懐かしさに加えて、苛立ちが募るのを感じている。黒い感情が出てきそうなのを抑えるが、漏れた分が怨嗟として出てきた。
「あの、ずっと「なんでお前がこんなとこにいやがる」……え?」
「ああ、クソ、なんでお前が戦ってんだよ……」
「……新、さん」
……また泣かせるのか? 俺は。
だが、こんな形で会いたくなかった。そもそも、会いたくなかった。
そんな顔をしてんだろうな、俺。多分、結構な拒絶の念が出てんだろうな。
夜見も泣きそうな顔になってる……こんなに弱かったか俺は。
「その、私、は……」
「……すまん。言いたい事があるんだろ? ……今はやめてくれ、気が狂いそうだ」
「……っ、はい」
「……俺も色々話したいことがあるが、無理だ。そんな気持ちじゃない」
「……」
「勝手なこと言ってんのはわかってる。だが、俺は……」
「……いつか」
「あ?」
「いつか、お話できますか?」
「……気長に待っててくれ」
「……それだけで十分です」
泣きそうな顔で無理やり笑顔を作ろうとする夜見。できてねーけどな。
……なあ、いつの間にそんな強くなったんだお前は。……なんでこんなに弱いんだ俺は。
やっぱ、眩しいな。
「……ありがとな。俺はちょいと寝ると思う」
「わかりました、それでは……ああ、制服に袖を通しておいてくださいね?」
「大丈夫だ。そんぐらいやっとくさ」
それだけ聞いた夜見は、目は赤いが真顔に戻り、去っていった。……後で追及されんだろうな?
……ああ、やっぱり。
「弱いもんだな、俺」
新君はものすごく複雑なのです。