今回いつもより非常に長いです。ご了承ください。
昼食を食べ終えて、研究棟へと向かう新と結芽。
何人かとすれ違っているのだが……
「なんでこんな怖がられてるんですかね」
挨拶はあるにはあるのだが、先程の試合の噂がもう広まったのか、はたまた別の要因か。
とにかく、すれ違う人々に怯えた目を向けられる。
「おにーさんの殺意? 殺気? が強かったもん。皆怖いに決まってるじゃん」
「そんなにかよ……紫が異常なのかね」
「紫様と何回も試合してるの?」
「仕事が無い日にはな。そんな日は滅多になかったが」
「じゃあ紫様にずっと鍛えられてたんだ」
「自分でも特訓してたけどな」
主に隠世で、と心の中で付け加える。
現実世界でも毎日2回の演舞を欠かさず行っているが、時々呼ばれる隠世にて、新が師匠と呼ぶ青年と、炭治郎と実戦形式の修練を重ねている。
その成果もあり、彼は呼吸による身体能力強化の一点においては2人を超えるレベルに達したのだが、まあそれは置いておこう。
「……と、ここだったか? こんちわー」
「お邪魔しま〜す」
「おお、来たな。第四席も一緒か?」
伝えられていた研究室に入ると、黒縁メガネと白衣の組み合わせが良く似合う30代のオッサンこと、森元さんがいた。
「さっきまで試合してたんですよ」
「負けちゃったけどね」
「……あの尋常じゃない寒気はさてはお前か。つーか第四席負かすってお前……」
「ここまで届くのか、あそこから200メートルぐらい離れてたはずなんだが」
「まあ、それも含めて話を聞きたい。今後の研究の参考になればいいがな。ほら、第四席も座りな、コイツとの試合についても聞きたい」
そう言って2人分の椅子を用意する森元さん。気の利く人である。
「了解。と言っても、こっちが教えられることは少ないんで、質問してください。結芽もな」
新の言葉に目を見合わせる2人。先に結芽が質問する。
「じゃあ、さっきの話に出てきた呼吸について詳しく教えて?」
「呼吸?」
「さっき結芽には説明したんですが、俺が刀使と互角なのは、一つに特殊な呼吸法を使っているからなんです」
「ほう」
「この呼吸法の仕組みは単純で、空気を多く取り込んで、体内に酸素をより多く巡らせる。それによって一瞬、瞬間的に身体能力を爆上げすることができるんですね」
「随分と単純だな」
「……待っておにーさん。あの試合では瞬間的にって感じじゃ無かったじゃん。もしそうなら私の攻撃を防げないと思うんだけど?」
「ああ、その事か。少々語弊があったか? この呼吸法、全集中の呼吸って言うらしいが、慣れたら日常的に使えるんだ。それこそごく普通の呼吸と同じように。これを常中と呼ぶとか」
「じゃあ、おにーさんは今もその、全集中の呼吸って言うのを使ってるの?」
「ああ。ま、酸欠になったらお終いなんだが。呼吸である以上、空気がないと使えないしな」
「身体能力の強化はどれほどだ?」
「……その気になれば素手で猛スピードで突っ込んでくる車を片手で止められるぐらい?」
その発言を聞いた2人は流石に唖然とした。
生身の人間が車を片手で止められる。しかも聞いている限りかなり余裕そうだ。
いや、刀使もそれぐらいは出来るだろう。
刀使の能力として八幡力というものがある。これは神力によって一時的に馬鹿力を発揮するものだ。それを使えばまあ出来るだろう。
それが無ければ刀使であろうと轢かれるだけだが。
「全力で走れば音を置いていく事もあるし、落石から人庇ったら岩の方が砕けたし、目や鼻に意識を向けりゃセンサー並だし。……便利だな全集中の呼吸」
「……身体能力の強化は五感にも及ぶのか?」
「少なくとも目は10キロ先の鳥の動きが余裕で」
「……刀使の動きにもついてこれるよそれは」
結芽は呆れてしまった。
逆に昨日の時点で垣間見た新の異常性をよく理解した森元さんは、納得のいった表情で続けて質問する。
「待て、それが理由の一つ? まだあるってことか?」
「確かにもう一つあります」
「それについては教えてくれるか?」
「いいですけど……結芽、引くなよ?」
「? うん」
謎の前置きを一つ。しかし、彼の経験上必要と判断されるものなのだ。
「……俺は、透き通る世界という物を認識できるんです」
「……透き通る、世界?」
「はい、視界に入るものが全て透けて見える状態の事で、生物相手なら筋肉や内臓、骨格に至るまでを見抜けるんです」
「……それは、また、なんだろうか」
「……それと私が引くことの何が関係あるの?」
「いや、昔このことを友達に話したことがあってだな。その時にいた女子に、『私の裸見たの?』とか怒られた」
「ああ……確かに怒られるわな」
「……」
そっと胸を隠す仕草をする結芽。表情が険しく赤くなってしまっている。
「うん、話聞かずに怒鳴られるよりはマシだな。安心しろ、常に透き通る世界を見てる訳でもないし、そもそもそんな風に調節出来ないから」
「……本当に?」
「本当だよ。飯食ってる時に人体模型と食うわけないだろ?」
「それは、気持ち悪いね」
「だろ?」
嘘である。実は調節できるのだ。常に透き通る世界を見ている訳では無いのは本当ではある。つまり、その気になれば裸体ぐらいは見れる。
新自身その辺の事については冷めていて、見たところで何の感情も抱くことはないが。
「とにかく、新はレントゲン写真の様な世界を見ているって訳か?」
「いえ、それだけじゃなく、こう……頭がスッキリすると言うか、回転が早くなるというか?」
「思考も冴えるのか、研究者としては羨ましいな」
「大変そうですもんね、研究業。中学校のテストは普通に全部満点になる程度には記憶力も良くなると思います」
「えー、それいいなぁー」
「残念ながらこれはちょっと教えられない。俺がどうやって透き通る世界に入ったのかを覚えていないからな」
「むー」
「……筋肉や骨格の動きで先読みする、とかもできるのか?」
黙っていた森元さんの突然のこの言葉に新は驚く。
「鋭いですね。戦闘時はいつもそうしてます」
「だからおにーさん、私がどこに攻めるかってわかってたんだ! 全部お見通しーみたいな感じで防がれてたもん!」
「紫の動きに対応できるぐらいだからな、そう易々と突破させんよ」
そう笑う新。次に質問したのは結芽。
「おにーさん、流派は? 決まった型みたいなのはあるみたいだけど」
剣術の流派についての質問である。
「……流派か。俺の場合、流派と呼べるのかも疑問だな」
「なんで?」
「俺の剣技は正確には神楽として伝わっているものだ」
「……神楽だと?」
新は頷く。
「ヒシン神楽。何らかの理由で秘匿され、この世に伝わることなく、それでも確かに神として存在している神々。その存在への畏敬を込めて奉納する舞。森羅万象に宿るその神々の偉大さを、理解出来ぬとも奉る、という神楽です。ただ、何故そんなものが剣術に応用できるのかは分からないんですが」
「ヒシン、ヒシン……なるほど、秘められた神か」
「一応、私も聞いたことあるよ! おにーさんが言った通りのことだけだけど」
2人の反応に、今度は満足そうに頷く。今まで友達に話しても理解を得られることかなかった分、嬉しいのだ。
「森羅万象に宿るが故、神楽もまた森羅万象を現す。本来なら大晦日の月の出から年を越して日の出まで、何度も何度も舞うもので、そこに全集中の呼吸が必要になってくるっていうことです」
「うわぁー、大変そう」
「慣れればそうでも無いぞ? というか冬には雪が積もる俺の故郷で伝わってた神楽だ。そんな中でぶっ通しでやるのはやっぱ慣れがいる」
「どんな体力だよ、お前もお前の故郷の人達も」
故郷、と聞いて渋い顔をする新。不味かったかと森元さんも思い直すが、
「……さて、どうだったか。まあ、みんなが素手で熊と殺り合える程度かな」
「化け物の里かよ、素手でってか」
「ま? あの……アイツらは全員ヤバいやつらだったから」
このように普通に返してくれたので安堵した。
「……神楽が剣技に、か。神楽を舞っているから荒魂を滅する力を得られるのか?」
「正しい呼吸、正しい動き、そして正しい心。この3つの整が静を生み、邪を祓う」
「何それ?」
「神楽について書かれてた本の一節だ。多分森元さんの考えと同じことだと」
そこまで聞いて、森元さんは降参と言ったように両手を挙げた。
「ダメだ、理解はできるがなんか後一歩が解らねぇ……いや、聞いてはいたが不明瞭な部分が多いなやっぱ。調べたくても今日は設備を整えていないんだよなぁ。今度もまた来て貰っていいか?」
「勿論、俺も知りたいので是非お願いします。あ、何なら健康法程度ですけど、呼吸教えましょうか? 結芽もどうだ?」
「あ、私やりたい!」
「そんなんもあんのか? あぁいや、身体能力を強化できるんだ、代謝や免疫力を高められるのも有り得るか。教えてくれ」
「よし、それじゃまずは……」
「……いや、体が妙に熱いな」
「媚薬でも飲んだんですか? キモイですよ博士」
「何故そういう解釈になる。色ボケでもしたか?」
「冗談です」
新と結芽が立ち去って数時間。月が見える森元さんの研究室では、森元さんとその助手、桜木さんのいつもの漫才が繰り広げられていた。
漫才が一段落し、一転して心配そうな声音で話しかける桜木さん。美人なのに能面のように表情が変わらないのが少し怖い。夜見の方がまだ変わるレベルである。
「熱でも出たんですか? 夏風邪が流行ってきているそうですが」
「いや、そんなんじゃないさ。ほら、昨日第五席の少年がやって来たろ?」
「ああ、紫様のご子息という噂の。そういえば今日ここに来ていたんですよね?」
「え、マジ? アイツ紫様のご子息? ヤバくね?」
「あくまで噂です。それで、彼がどうかしたんですか?」
「話を聞かせて貰ってな。主に何故刀使と渡り合えるのか、な。知ってるか? 第四席を負かしたらしいぜ」
第四席と戦って勝利した。その情報は桜木さんの能面を崩すのには十分だった。と言っても目を見開いた程度だが。
「第四席といえば神童と謳われている燕結芽じゃないですか。あの娘に勝ったんですか?」
「俺は見てなかったが、第四席も認めてた。……なあ、元刀使としてどう見る?」
「信じられませんね。彼女の天才ぶりは私もよく見てきました。そんな娘を……」
「だよなぁ」
久しぶりに見る助手の狼狽えぶりに、愉快に笑う森元さん。それに気づいて、桜木さんは咳払いをした。
「……それで、彼がどうかしたんですか?」
「彼の強さは呼吸の仕方によるもの、そのほんの一部を教えてくれたんだよ」
「……呼吸?」
「自分が使っているものは才能が関わってくるし、何より結構な時間を使うことになるんだと。そこで、すぐにでもできる健康法として呼吸を教えてくれた。それ使うと体が熱を持ってきてね」
「大丈夫なんですか? それ」
「続けるのは非常に疲れるな。だが元気になるのもまた事実だ」
溜息をつき、手元にあった棒付き飴を咥える森元さん。
「しっかし、恐ろしいよなぁ」
「何がです?」
「第五席……新は、自分がどれほど異質かを分かってねぇ。紫様と殺り合える剣技、出処が分からない荒魂を祓える異能、何より異常に高い身体能力。特に最後のはまだまだ成長するだろう」
「……その全てが異常だと思っていないと?」
桜木さんの言葉にキョトンとした顔の森元さん。すぐにお互いの勘違いを理解して続ける。
「いや? あいつは自分の力はヤバいもんだと思ってるぞ」
「……はあ? では、どういう意味で、彼が自分の異質さを分かっていないと言ったんです?」
「……あいつ、自分より強いヤツがいくらでもいると思ってやがる。そうでなくとも、いつかは自分を越える人間が表れるんだとよ」
「……」
「お前はまだ見てないから知らないだろうが、アレは人類最高峰、じゃ片付かねぇ。荒魂だって言われた方がまだ信じられるぐらいだ」
そう言って森元さんは飴を噛み砕く。それっきり2人の間に会話が無くなった。
月が雲に隠れる。これは、この先の暗示か、それとも……
戦国の世に生まれた神の子もまた、人間だったんです。
補足説明
鬼滅世界と刀使ノ巫女世界の登場人物達のおおよその力関係。
この小説だけの独自設定です。
一般鬼殺隊士、一般刀使≒小型の荒魂、十二鬼月以外の鬼<下弦、中型の荒魂<エレンや薫等実力のある一部の刀使、終盤のかまぼこ隊、柱≦上弦≦悲鳴嶼さん、紫、結芽、可奈美等や猗窩座以上の上弦、現在の新≦無惨様、大荒魂<<<<越えられない壁<<<<縁壱さん
正直、縁壱さんレベルの刀使がいたら大荒魂の単独討伐ぐらい余裕だと思います。
なお、これはあくまで目安です。刀使も鬼殺隊もピンキリなので、総合的に見た結果の話です。
新君は更に強くなる予定です。