──三週間後、新しく親衛隊に配属される者がいる。
この報せは、折神家を騒がせるのに充分だった。
事の発端は一週間前。
「ゆかりさま〜、あーそーぼー」
幼い声で紫を呼ぶ少女。彼女は燕結芽。親衛隊の第四席である。
彼女は戦闘力がずば抜けて高く、選りすぐりの実力者である親衛隊の中で一番強いという才能の持ち主である。しかもこれで11歳という神童である。
ちなみに、親衛隊第一席の獅童真希は全国の刀使が集まり、剣術を競い合う折神家御前試合にて二年連続で優勝、第二席の此花寿々花は準優勝している。
彼女達を差し置いて親衛隊最強、さらに言えば、二十年ほど前から実力が変わらず今も尚全刀使の中で最強である紫とまともに戦えるのだ。
そんな彼女だが、親衛隊としての仕事を与えられることはほとんどない。
戦闘力に極振りしている上に飽き性な結芽は、真希や寿々花の様に隊を指揮することに絶望的に向いておらず、更に彼女自身楽しくなってくると暴走するという悪癖があるので、そのせいで被害が拡大する可能性もあり、周囲が彼女を前線に行かせることが少ないのだ。
そんな結芽は暇つぶしとして、紫や他の刀使に喧嘩をふっかけるという暴挙を働くことがある。今回もその一環である。
「すまないが、今は忙しい。後にしてくれ」
「えー、皆忙しいじゃん。つまんなーい」
結芽を見て、紫の脳裏にある考えが浮かんだ。
ズバリ、新を連れてきたら結芽が皆の邪魔をすることが少なくなるのでは? ということである。
──それに、彼奴をこちらに引き入れておくこともできれば、親衛隊の戦力の増加にもなるだろう
筆を走らせながら紫は結芽に声をかける。
「ふむ……結芽、お前の遊び相手に心当たりがある」
「え!? 誰!?」
「まあ落ち着け。今度その子を説得しにいく。それまで我慢できるな?」
「うん、頑張る!」
燕結芽、根はとても素直でいい子ではある。
……一日も持たず他の刀使を襲ったのは内緒。
ともかく、誰も知らないが発端はこれである。
それから一週間後、冒頭の報せが折神家中を駆け巡った。
「……新しく配属される刀使。一体どんな子だろうね」
「さあ? 流石に情報が少ししかない今、予想を立てることなんてできませんわ」
「……それもそうか」
この二人、真希と寿々花も浮き足立っている。
そも、折神家に仕えるものたちというのは、ざっくりと超エリートと表せる人達である。そんな人達が浮き足立つほど、この報せは衝撃的なものなのである。
なお、寿々花の言う情報だが、現時点でわかる情報は二つ。
まずその人物は紫が直々にスカウトしたということ。そして、
「紫様と互角以上の実力を持つ……か」
ということである。
本人の語るところによると、
『改めて実力を試すために立ち合ったが、お互いに本気ではなかったとはいえ、私は一本も取れなかった。そればかりか、少し押される始末だ』
老いたものだと自嘲していたが、先程も説明したとおり、紫は刀使の頂点に立つ実力者である。そんな紫が少し押されるほど。相当な実力者であることに間違いはない。ない、のだが。
「本当に、そんな人がいるとは思えませんわ」
「紫様が冗談を言うようなお方ではないのは知っているだろう?」
「あら、では真希さんは素直に信じられると?」
「……なるほど」
「ええ、そういうことですのよ」
ぶっちゃけ皆信じられていないのだ。
折神紫。1998年9月の相模湾にて起こった、「相模湾大災厄」にて発生した大荒魂を封じた特務隊を率いた人物にして最大の功労者。
大切なことなので何度も言うが、その時から実力が変わらず、最強の刀使として語られる英雄である。
そんな彼女と互角というのは、何十年に一度かレベルの認識であり、やはりにわかには信じ難く、皆疑念を抱いていることも仕方のないことなのだ。
唯一、結芽は疑うことなく楽しみにしているようだが。曰く、
『そんなに強い人なら、勝てば私の凄さがわかるよね』
との事。
「まあ、後三週間もすればわかる事だ。それまでのお楽しみということにしておこう」
「……ええ、そうですわね。今日も忙しいことですし」
無駄話もそこそこに、二人は職務に戻る。忙殺されそうなほどに、親衛隊の仕事も山積みなのだ。
──とある中学校
「エッキショイ!!」
「うわ汚ねぇ、せめて手で抑えろや!!」
「あーあ、ほらティッシュ」
「新、お前最近くしゃみ多いな。風邪か?」
「チーン……ああ、多分そう。あ、ティッシュサンキュな」
「どういたしまして」
「風邪じゃなくて噂されてるとかじゃねえ? コイツ何かと有名だし」
「……なるほど、ありえなくはない」
「否定してくれ、俺は普通の男子中学生だろうが」
「ごめん新君、それは無理がある」
「普通の男子中学生は手刀で人を気絶させたりしないし、そもそも体育の成績からして化け物じゃないか」
「まあ、そういうこった」
「化け物とは失礼な。俺は一般人だっつの」
渦中の新とその友達が談笑している。
皆は知らない。彼が折神紫の義理の息子で、近いうちに親衛隊となることを。
──ホントに……やっちまったなぁ……
話しながら、頭の中にはあの時の光景が映っている。
いつもの容量で木刀を振り、紫と打ち合っていた光景が。
手加減はしていない。本気を出していないだけ。それはお互い一緒だった。
しかし、立ち合いは平行線になり、決着がつかなかった。
その後、これからよろしくと言ってきた時には怒りが湧き、仕事があるからと走っていった後ろ姿には流石に同情した。自分が同じように忙しい日々を送ることになるのは考えない。
──何にせよ、こいつらともすぐお別れか
数少ない友人と離れることに少し抵抗があるが、仕方ないと割り切る新。
親衛隊になるまで、後三週間。