──ロドスに冬がやってきた。
「うー、さぶ」
ずずっ、と隙あらば垂れてくる鼻をすすりながら、執務室で一人寂しく仕事をする。一応さっきまで副官でアーミヤがいてくれてたのだが、何やら用事があるとかでどこかへ行ってしまったのだ。
ふと窓の外を見てみれば、夜闇の中で雪がしんしんと降り注いでいる。このペースで行けば、明日の朝にはこんもりと積もった雪がお目にかかれる事だろう。
とはいえ、寒いばかりというのもよろしくない。変温動物としてのサガか、ガヴィルをはじめとした爬虫類系のオペレーターは時折眠そうにしているのが見受けられた……一応施設全体で暖房の使用許可は出してはいるが、執務室の気温を鑑みるに基地内の気温が上がるのにはもう少しかかりそうだ。うっかり誰かが冬眠に入る前に温まってくれればいいのだが……。
ふとコーヒーでも飲むかと思い至り、俺はいったん執務室を後にした。
出来を立って扉を開くと、鋭い冷気が隙間から流れ込む。
「おおう……まだ部屋の外は中々だな」
せわしなく走り回るオペレーターたちの横を通り過ぎながら、執務室の近くにいつの間にか設置されていた給湯室でコーヒーを何杯か淹れる。
いちいち廊下に出るのが嫌なので、そう何度も行き来しないで済むようこの手の飲み物は一度に大量に用意するのが癖になっているのだ……アーミヤには洗い物を増やすなとよく小言をもらうが。
さて、居酒屋の給仕宜しく両手で大量にマグカップを抱えながら執務室に戻ってみると、
「……で、何やってんの君ら」
「解答します。これは種族としての特性である体温の高さを利用した暖房です」
「その、フィリオプシスがやろうといって聞かなくて……」
「ふむ、確かに平時よりも体温の上昇が確認できます。体力消費を度外視すれば、エアコンなどの暖房器具よりも時間効率は高いですね」
「うう……こうしている間にも仕事が……」
「落ち着こうかオーキッド、君は今日非番だ」
何やら執務室の真ん中に3つの影。どういう訳か、フィリオプシス、プリュム、サイレンス、オーキッドの4人がぎゅむぎゅむと押し合っていた。
……いや、本当にどういう訳だ? フィリオプシスは『暖房』と言っていたが、果たしてどれほどの効果があるのか。
「解答します。偶然近くにいた極東出身であるマトイマルさんに寒さに関する話を伺ったところ、大人数で『オシクラマンジュウ』なる儀式を行うと暖がとれるという解答を頂いたため、同族であるリーベリを何人か集めて実地試験を行っている次第です」
「儀式。……で、効果はあったのか? 見た感じよく分からんが」
「肯定します。正確な実験データをお望みであればそちらのサイレンスさんにお尋ねください」
「いや、大丈夫だ。正確な数値を言われても多分さっぱりだろうからな……あんまり言いたかないが、数学は苦手なんだ」
そう言って、俺は彼女たちの横を通り過ぎて自分の席に着く。残りの書類に手を付け始めるが……その、なんだ。
なんと言うか、非常に目によろしくない光景が繰り広げられている。見目麗しい女の子たちの体が惜しげもなく揉みくちゃにされているのを見ると、その……下品なんですが……フフ……下品なのでやめておきますね……。
「ちょっと、何処触ってるのよ!」
「す、すいません! あっ、んっ……!」
「警告。サイレンスさん、それは不正なアクセスです」
「あ、これフィリオプシスさんのお尻でしたか。通りで左手の感触が妙に柔らかいと」
「お前ら声に出すのやめてくれ、マジで集中できん」
顔が上気しているのが感覚でわかる。これ以上濡れ場まがいのシーンを繰り広げられると理性が危うくなりかねない──たまらず声をかけてやめさせようとするが、ここでフィリオプシスがとんでもないことを言いだした。
「提案。ドクターも一緒にどうでしょう」
「は?」
「ふむ、いい案ですね。現状の実験結果は対象をリーベリ種にのみ限定したものです──ここに異種族の参加者が混ざった場合、どのような影響が出るのか。非常に興味深い」
「それ以外の雑念がないと胸を張って言えるならこっちを向こうかサイレンス。おい、なんで顔を逸らす」
「こうなったら死なばもろともよ……否応なしにドクターくんにも参加してもらうわ……!!」
「オーキッドに至っては熱暴走しかけてないか!? ちょっ、待て! 離せプリュム! 話せば分かる!! うわぁ力が強い!!」
「逃がしませんよ……迅速攻撃αの名に懸けて、ドクターにはここで揉みくちゃにされて果ててもらいます……!!」
そして、必死の抵抗も空しく俺は彼女たちの輪の中に引きずり込まれた。ゾンビものの映画で嫌な死に方をするモブみたいな有様だ。
突然の攻勢に目を白黒させる俺を、濃厚な女の子の匂いが混ぜ込まれた暖気が迎える。
「……おお、本当に温かいな」
「肯定します。この数分間で我々の体温は平均値を大きく上回りました」
「それは分かったからフィリオプシス動くな! 俺は今決死の覚悟で万が一痴漢と訴えられても問題ないよう自身の体勢を調節している!!」
「……触ってくれても、良いのよ?」
「オーキッドはいい加減落ち着こうか! ちょっ、腕を胸元に持っていくんじゃない! コラ! やめろ!!」
そして、あの手この手と俺に手を出させようとする4人がかりの攻勢を神がかり的な動きで捌きながら、ガリガリと削られる理性にも気を配りつつ必死に現状に対する解決策を模索する。
だが、悪い知らせというのは得てして連鎖するもので。
どさり、と何か柔らかい物が床に落ちるような音が耳に届いたのはその時だった。
4人のうちの誰かが荷物でも落としたか、と流しかけた俺の思考が、次の瞬間には完全に凍り付く。
「……何やってるんですか、ドクター……?」
思考どころか体すらも凍り付いた。
ぎぎぎぎぎ、と油を差し忘れたブリキ人形のような動きで恐る恐る顔を動かす。
絶対零度の表情を浮かべて仁王立ちするアーミヤと目が合った。
「ま、待て! 誤解だ!!」
「最期の言葉はそれでいいですね?」
「俺が死ぬのは決定事項!? 落ち着け! マジで違うんだ!!」
必死に弁明するが、しかしここでなにやら俺の周りのオペレーターたちが互いに目配せをする。
そして、4人で一斉に俺に抱き着いてきた。
あるいは相変わらずの無表情で、あるいは熱に浮かされたような表情で、あるいはあからさまに悪巧みしているとわかる黒い笑顔で、あるいは露骨に苦渋の決断といった苦い顔で。
しかし異口同音にとんでもない爆弾をぶち撒ける。
「「「「……責任取ってくださいね?」」」」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
もはや絶対零度を通り越して、アーミヤの表情が完全な無になった。
「違う!! マジで違うんだ!!! おまっ、何とんでもない事口走ってくれてんのお前らーっ!?」
「……ドクターの……」
「落ち着けアーミヤ! 話す!! ちゃんと話すから!!!」
「ドクターの、ばかーっ!!!!!」
そんな叫びと共に、涙目のアーミヤが放った全力全開のアーツ攻撃が俺の顔面に直撃した。バチコーン!! と超絶物理的な音が響き、必要に駆られてそこそこ鍛えていたはずの体と意識が軽々と吹っ飛ぶ。
……気が付くと、医務室のベッドでアンセルに看護されていた。彼曰く、丸1日気絶していたらしい。どれだけの威力でぶっ飛ばされたんだ、俺。
その後、俺は諸々の事情を知ったらしく申し訳なさそうにしているアーミヤの横で改めて執務に取り掛かった。日も改まり、執務机の上にはうず高く書類の山が築かれている。
その内の1枚をおもむろに手に取った。
『極東の儀式「オシクラマンジュウ」による暖房の効果、およびドクターや他オペレーターを交えたロドスでの本格的な実地試験の要請について』
迷いなく不認可のハンコを押した。