僕は漫画を書く時に、「この言葉で合っているか?」ということを常に考えている。それには言葉に対する理解を深めることが必要不可欠となる訳だが、僕がその過程で知ったことを一つ、特別に君たちに教えてやろう。いいか、よく聞けよ?、「うた」という言葉には様々な漢字が当てはめられる。歌、唄、他にもあるが、よく使われるのはこの2つか。これは一つ一つが違う意味を持っている。『歌』は音楽に合わせて歌う詞や韻文全てに足して使うことが出来る。『唄』は日本の伝統的な邦楽に合わせて歌う詞によく使われる。と言った感じだ。理解したか?、まあ理解しようがしまいがどっちでも良いんだが。今回の話は、そんな『唄』に関する『奇妙な話』だ。
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短かった春も終わり、外を歩いているだけで汗を掻くような不愉快な気温になった8月某日、僕は最近出来た話題のカフェ、「speranza(スペランツァ)」に次の読み切りの打ち合わせに来ていた。イタリア語で希望という意味のこのカフェは、木製で統一された店内に、丁度いい聴き心地のクラシックが流れ、何とも調和のとれた空間になっている。ここはどの料理もそれなりに旨いが、特にサンドイッチが絶品だ。
「しかしこのカフェは素晴らしいな。君もそう思わないか?」
そう言って、二人席の前方に座って下を向いている女性に話しかける。
「えぇ・・・、そうですね・・・」
覇気のない声でそう答えるこの女性は、半年ほど前から僕の担当になった、「笹ヶ峰友梨(ささがみねゆり)」だ。
笹ヶ峰友梨、ジャンプ編集部所属。27歳。黒のミディアムヘアに黒縁の眼鏡を掛けている。あまり感情の起伏がないタイプだ。まあ仕事に関しては卒なくこなし、余計なことも言ってこないので、僕はそれなりに気に入っている。前の編集と比べても、とても優秀と言えるな。最も、前の編集、上野と比べれば大多数の人間がマシに見えるだろうが・・・、この話はまた今度にしよう。
「おいおいどうした?感情が少ないのはいつものことだからまあいいが、あまりにも覇気がないな」
この半年、何度も打ち合わせをして来たが、彼女が笑っているのを見たことが無い。しかし、今日はいつもにもまして元気がない。これでは打ち合わせもうまく進まない。
「・・・・・露伴先生、打ち合わせをする前に、少しだけご相談があります。」
彼女はゆっくりと顔を上げる。その顔には疲労が見えており、あまり寝れてない様子だった。
「・・・・何だ?もしかして仕事を辞めるのか?」
「いえ・・そうではありません。今日は露伴先生に聞いてほしい、いや、露伴先生にしか話せないお話があります」
そう言って僕の目を見る彼女の雰囲気には、鬼気迫るものがあった。
「・・・・・・・いいだろう。他のやつならこんなものまともに取り合わないが、君のことはそれなりに信頼している。打ち合わせを進めたいところだが、話くらいなら聞いてやるよ」
「ありがとうございます。・・・・実は、私の親友を助けて頂きたいのです。」
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「私の地元は、L県の三技町(さんぎちょう)、私たちは女遊町(にょゆうちょう)と呼んでいます。ご存知ですか?」
「いや・・・・、聞いたことがないな。それで?」
「はい、実は、この町には昔から言い伝えといいますか、都市伝説のようなものがありまして・・」
「ほう・・・・、言い伝えね・・・」
「私のおばあちゃんから聞いた話で、地元の人はみんな知っているのですが、その町には通ってはいけない通りがあるんです。今は誰も使わない、古い通りなのですが」
「・・・・・・・・・・・」
「町の片隅にある20メートルほどの通りなのですが、夜中の2時ちょうどに、一人で歩いていると、どこからか子供の声で、『かごめかごめ』が聞こえてくるというのです。一人や二人でなく、たくさんの。そこからはかごめかごめと同じです。強制的に目を瞑らされ、周りを何かが周り、後ろの人の名前を当てる。もし間違えば、仲間に引きずり込まれるらしいです。」
「かごめかごめって、あのかごめかごめか?」
「はい。露伴先生が考えているかごめかごめです。」
「フゥン・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・私の親友が、ここで行方不明になりました。」
「・・・・・何だと?」
「2週間前のことです。私のたった一人の親友、『三条春乃(さんじょうはるの)』という子なんですが、そういったオカルトや都市伝説が大好きな子なんです。春乃とは大学で知り合って、それからずっと一緒にいました。それで、私、少し前に久しぶりにあった時に、春乃に喜んで欲しくて、つい話してしまったんです。本当は地元の人以外に話しちゃいけないのに」
笹ヶ峰の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「そしたらあの子、2週間前に、前に今から行ってくるってLINEを送って来て、私は必死に止めたんですけど、やると決めたら止まらない子で、そこからLINEを送って来ていたんですけど、最後に届いたのがこれです」
そう言って笹ヶ峰はスマホの画面を向けてくる。そこには
「・・・・『たすけて』、か・・・・」
「警察にも言いました。でも、まだ春乃は見つかりません。」
涙が溢れて、止まらなくなる。
「わた、私のせいで・・・・、私が話したから・・・・」
「・・・・・・・それで、僕にどうして欲しいんだ?」
「・・・・・・露伴先生は、これまでにもこう言ったことを解決して来たと聞いています。こんなことを頼むのはおかしいと承知しています。でも、もう露伴先生しか頼れる人がいないんです!警察も信じてくれません!お願いします!お願いします!」
立ち上がり、頭を下げる笹ヶ峰に店内の視線が集まる。
「おいおいおいおいおいおい!一回落ち着け!」
「・・・・・・すみません」
落ち着きを取り戻し、席に座る。
「・・・・まあ、君が嘘をついているとは思わない。だがな、僕はゴーストバスターズじゃあないんだ。漫画家なんだよ。そもそも、その親友だって人に拐われたって可能性もある。むしろそっちの方が可能性は高い。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですね。私、何言ってるんだろう。すみません、露伴先生。変なこと言って」
こっちを向いて笑顔を見せる笹ヶ峰。だが、どう見ても無理に取り繕った笑顔だ。
「・・・・・・・・・・・・・まあ、漫画のネタにはなるかもな。」
「・・・・・・え?」
驚きの表情を見せる。
「いいじゃないか。その話。興味が湧いたぜ。取材に行こう」
笹ヶ峰はパアッと表情が明るくなる。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「出発は明日だ。場所を教えてくれ。」
「はい!」
「・・・・じゃあ、切り替えて打ち合わせを始めようか」
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今の時刻は深夜1時58分、昨日(性格には一昨日になる)笹ヶ峰に聞いた、通りの入り口に立つ。
「なるほど・・・・、確かに何かが出そうな雰囲気はあるな。」
昼のうちに付近の住民に聞き込みはしておいた。最初はよそ者と言うこともあり何も話してくれなかったが、僕が少し右手をかざすと、それはもう詳しく『見せて』くれた。それによると、確かに笹ヶ峰に聞いた話と同じ事が書いていた。深夜2時に一人で通ると、かごめかごめが聞こえてくると。
「さて、そろそろ2時になるな。・・・・・行こうか」
左手に着けた腕時計で時刻を確認し、歩き出す。そのまま進み、ちょうど真ん中に差し掛かった時だった
『か〜ごめかごめ、か〜ごめかごめ』
どこからともなく聞こえだす。その声は5〜6人ほどの子供の声が重なっている。
「来たか・・・・」
僕は覚悟を決める
『僕はユウジ、私はナオ、私はアカネ、俺はオオジロウ、』
一人一人名前を言っていく。なるほど、と言うことは
『私はハルノ』
「!!!!!」
どうやら、笹ヶ峰の言っていたことは間違っていなかったらしい。三条春乃はここでかごめかごめに失敗し、仲間に引きずり込まれた。だったら春乃を取り返すにはどうしたらいいか。簡単だ、僕がこの勝負に勝てばいい。
『覚えたかな〜、じゃあいくよ〜』
「!!!、くっ!」
僕の意思とは関係なく瞼が閉じていく。何者かの気配が、僕を真ん中にして円を作る。
『か〜ごめかごめ か〜ごのな〜かのと〜り〜は〜』
なる程、おそらく三条春乃もこうやって強制的に参加させられたんだろう。これは最初から運でしか勝てない勝負だ。
『よ〜あ〜け〜の〜ば〜ん〜に〜』
そう・・・・、普通の人間ならな。
『うしろのしょ〜めんだ〜れ〜』
「・・・・・・・・この岸辺露伴を舐めるなよ。そっちがそうするなら、僕も全力でいかせてもらう!」
目なんて見えなくてもいい。僕にはそんなことは関係ない。
「後ろが誰であろうと、向こうから名前を言わせればいい!!『天国への扉(ヘブンズドアー!!)』、後ろのやつに命ずる、『名前を名乗れ!』」
『何だとぉ!!』
子供の一人が叫ぶ。その直後、僕の後ろから女の声が聞こえた。
『ハ・・・・ハルノ・・・』
「勝った!ハルノだ!僕の後ろは、ハルノだ!!」
目が開く。どうやら僕の勝ちのようだ。
『卑怯だぞ!こんなものイカサマだ!!」
子供の声の正体が露わになる。ボロボロの服を着た、汚い年寄りの見た目をしていた。
「おいおいおい、自分から名乗ったんだぜ。まあ後ろが春乃だったのは偶然だが、どのみち僕の勝ちに変わりは無いな。」
『くッ!!!!クソがァ!!』
「悪いが三条春乃は返してもらう。僕の信頼する担当の親友なんでね」
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打ち合わせから1週間後の今日。僕はまた、カフェ『speranza』に来ていた。しばらくは打ち合わせはここで行いそうだ。
「露伴先生、本当にありがとうございました!また、春乃に会うことが出来ました!」
「そうか、良かったな。」
「まさか本当に助けてくれると思ってませんでした。露伴先生って、優しいんですね。」
「何をいう。僕はいつだって優しいさ」
「あはは!そうですね、本当に、優しいです」
何だ、僕を見る目が1週間前とは違うものになっているぞ。話を変えよう。
「あの後調べたんだが、君の町、三技町は、昔、遊女の町と言われていたらしい。かごめかごめも一説では遊女が元になったと言われている。まあ、僕は学者じゃないし、真実はどうか知らないが、もしかしたらそうこともあるかもしれないな。」
「だから、女遊町と言われているんですかね?」
「さあな。そんな事は僕は興味ない。君が自分で調べてくれ」
「あははっ、分かりました!」
「・・・何だ、今日は元気だな。今までで一番元気じゃないか?」
「はい!今日の私は気合入ってますよ!露伴先生!」
「フッ、そうか。じゃあ、打ち合わせを始めようか」
「はい!」
そう言って笑う彼女は、今までで一番の笑顔だった。