「光ヶ丘の事件って…何でその話が今回の事件に関係してるのよ?」
誰もが抱いた疑問を代表してミミが尋ねる。あの事件であれば選ばれし子供達と裕明は全て認識している。体験した旧選ばれし子供達組はもちろんのこと直接見ていなかった組も既に聞いているからだ。
今更新しい真実があるというのか?
そんな疑問を胸に抱きながらハックモンの言葉を待つ。
「その話をするには先にお前達が暗黒の海と呼ぶ世界について話をしなければなるまい。そもそも、お前達はあの世界をどのように認識している?」
「どのようにと言われてもな…」
聞かれた所で答えを持っていないヤマトは頭をかく。どのようにと言われても「何かヤベェ世界」という認識しかヤマトは持っていない。光子郎や賢にしてもそうだ。暗黒の力が溢れている異世界という認識しか精々抱いていない。
ハックモンにしても、正解を期待しての質問ではなかったのでそのまま話し続ける。
「輪廻から外れし存在が行き着く世界。あの世界を定義するとすればそれが一番適した呼称だろう」
急に意味が分からない話になってきた。デジモン達や大輔やミミに至ってはそもそも「輪廻」の意味が分かっていない。ハックモンの言葉の意図を光子郎達が読み取っている間にまどろっこしい言い方をするハックモンにミミが怒りの声を上げる。
「もう!何を急に言い出すのよ!意味が全然分からないじゃない!輪廻から外れし存在って何のことよ!」
「デジモンは死んでも始まりの街で再度生まれてくるでしょ?そのことよ。私たちの世界で言えば輪廻転生ってことになるかしらね。つまり、その輪廻転生から除外された存在ってことよ」
「えーと、じゃあ、あの世界は天国とか地獄とかってことになるの?」
「考え方は近いけど正確には違うね。天国とか地獄っていうのは本当にあるかどうか確認の仕様がないけどあの世界は確実に存在する。それに、良いことをすればあの世界に行けるとか行けないとかそんな話はない。輪廻から外れた存在は否応なくあの世界に流れ着くことになる。善も悪も関係なくね」
マキや大吾の説明に少しずつ子供達にも意味が浸透してくる。してくると同時に一つの疑問が浮かぶ。
「じゃあ、その輪廻から外れた存在はその後どうなるの?時間が経ってから始まりの街に帰ってくるの?」
「いや、そんなことはない」
「え、じゃあ、どうなるの?」
「どうもしない。そこで終わりだ」
意味が分からず疑問符を浮かべるメンバーも多々いるが、意味が分かったメンバーは全員顔を引き締めた。
「輪廻転生もせず、ただそこに留まり続ける…そういうことか?」
「そういうことだ」
「それじゃあ…あんな世界でずっとそのまま…」
あの世界の恐ろしさを最も知っているヒカリと賢は顔を青褪めさせる。あの世界で永遠に生き続けなければいけないなど拷問以外の何者でもない。
しかし、そんな二人はハックモンは無言で首を振った。
「お前達二人は特別だ。光の紋章と優しさの紋章は特に闇に対する耐性が低い。いや、闇を引き寄せやすいと言った方が適切か。耐性が高いものほどではないとしても他の者はお前達ほど影響は受けない」
「そうなの?」
「そうだ。逆に勇気の紋章は耐性が高い」
だから太一のことは問題ないと言ったのか。つまり、先程言っていた相性の話はここに繋がるのかと光子郎は一人得心がいった。
同時に自分達があの世界に行くことを止めていた理由にも推測がついた。
「だから僕たちが暗黒の海に行くことを止めた訳ですか?僕たちが行けば闇に囚われる可能性がある。だから耐性が高い太一さんに行かせた」
「本筋ではないがその理由もある。耐性が高くない者があの世界に行けばあまり良い結果にならんだろうからな」
「待てよ。ヒカリちゃんと一乗寺が行けないのは分かる。だが、俺たちが暗黒の海に行ったって大した問題にはならないんじゃなかったのか」
「飽くまでも光と優しさの紋章に比べての話だ。友情の紋章の闇に耐性はどちらかと言えば低い。以前の冒険で闇に囚われた経験が一度くらいはあるんじゃないのか?」
思い当たる節があり過ぎるヤマトとついでに空はバツが悪い顔をする。以前の冒険での記憶が嫌でも蘇る。
「面倒臭いことするなぁ。折角なら全部の紋章の耐性を高くしてくれれば良いのに」
「耐性が高くて良いことばかりではない。耐性が高いと言うのは言い換えれば鈍いということだ。異常を見つけたり感じたりする感覚が鈍いやつだけでは問題があるだろう?バランスの問題だ」
「だとすれば耐性が高い者がもう一人いないとおかしくないか?」
「勿論いる。希望の紋章だ。希望の紋章も闇に対する耐性が高い」
「え!?僕!?」
「やったね、タケル!」
突然、名前を呼ばれてタケルは素っ頓狂な声を上げる。パタモンはそれを聞いて喜んでいるが別にこれは喜ぶ類の話ではないと思うのだが本人が嬉しいのなら別に止めることでもなかった。
「話がそれてしまったな。話を戻そう。色々と言ったがデジタルワールドにおいて死んだ者が輪廻の輪から外れたことなど唯一の例外を除いて今まで一度もない。だからデジタルワールドに居る限りは輪廻の輪から外れる可能性は殆どないと言って過言ではない」
「何それ?だったら、暗黒の海に行くことになるデジモンが殆どいないことになるじゃない?」
京の純粋な疑問は、殆ど全てに共通する疑問だったが光子郎だけは一つの仮説を得ていた。
「いえ、例外はあります」
「どんな例外なんでっか?」
「…人間の世界でデジモンが死んだ場合です」
光子郎の言葉に他の選ばれし子供達、特に旧選ばれし子供達組は弾かれたようにハックモンの反応を窺うが否定する様子は無かった。
その事実にヤマトとテイルモンは感情を荒げて詰め寄る。
「おい、じゃあ、ここで死んだデジモンはデジタマに戻ることはないってことか!?パンプモンやゴツモンも!」
「ウィザーモンもか!?」
「そうだ。人間界で死んだデジモンは例外なく輪廻の輪から外れることになる」
「何で…何で俺たちにそれを言わなかった!」
「言って何が変わる?」
イッテナニガカワルダト?
ヤマトは一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。しかし、理解した直後に脳裏からヴァンデモンに殺されたパンプモンとゴツモンの姿が蘇る。彼等はお調子者ではあったが決して殺されるべき存在では無かった。彼等は少しの間とはいえ、ヤマトの友達だったのだ。
コイツがあの二人の何を知っている?コイツがあの二人を殺された時の自分や、タケルや、ガブモンの気持ちの何を知っている?
怒りのままにヤマトは自身の拳を振り上げる。だが、その拳が振り下ろされる前に裕明がヤマトの腕を掴んだことでその拳は振り下ろされることなく停止した。
「親父!何すんだよ!」
「感情のまま暴力を振るうな!感情のまま行振るわれた暴力は碌な結果にならん」
「冷静になってくださいヤマトさん。納得はできないかもしれませんが…ハックモンの言うことは正論です」
光子郎から言われた言葉にグッとヤマトは唇を噛む。
そう、確かに聞いたところで当時のヤマト達にはどうしようもなかった。
今のようにデジタルワールドへのゲートは簡単に開けられるようなものではなかった。
今のように大勢の仲間がいるわけではなかった。
今のように何かに操られて戦っているデジモン達ばかりではなかった。
殺さなければ殺される。そんな戦いの中で手加減などできるわけがなかった。
その状況のヤマト達に真実を伝えることは負担になりこそすれ、助けになることなどない。
その上、その負担の結果、世界が滅んでしまう可能性も十分に考えられた。
真実とは毒であり、薬であり、希望であり、絶望である。そんな不安定なものを無分別に子供達に与えることがどれだけ危険なことか情報を扱う仕事をしている裕明には理解できた。
「お兄ちゃん…」
「ヤマト…」
パンプモンとゴツモンを知っているタケルとガブモンはそっとヤマトの肩に手を置く。二人ともヤマトの気持ちは十分に分かる。だが、ホメオスタシス側にも言えない理由があり、それは納得は出来ずとも理解はできるものだった。
何より、今の状況でそれを揉めた所で「何が変わる」ものでもない。
「…悪かったな」
「気にするな。続けるぞ。あの世界については理解できたな?では、私が光ヶ丘の話を持ち出した理由も分かるだろう」
「光ヶ丘の事件でも暗黒の海に送られたデジモンがいるから…だよね」
「そうだ」
「確かパロットモンだったな。それが今回太一に依頼した内容になってくるわけか?」
「違う。あの時死んだのはパロットモンだけだったか?」
そう言われても子供達に思い当たるデジモンなどいない。それ以前に、あの事件に関わっていた主体は太一とヒカリであり他の子供達は見ていただけだ。そのヒカリにしても幼過ぎた。当時、他にデジモンがいたとしても覚えているとは限らないだろう。
そう伝えるとハックモンは無言で首を振った。
「前提が間違っている。あの時、他のデジモンなど存在しなかった。お前達は正しく認識している」
「じゃあ、誰が死んだって言うんだ?丈達は誰も死んでないって言ってるぜ?」
「だから言っている。前提が間違っていると。何故、あの時いたもう一匹のデジモンの名前が出てこないんだ?」
その言葉に子供達は文字通り息を呑む。全員の頭にある可能性が頭をよぎったからだ。
「馬鹿な!あり得ない!だって、コロモンは太一を見た時に懐かしい感じがするって!」
「都合の悪い事実を隠蔽するな。同時にこうも言ったはずだ。それは違うコロモンだと」
子供達は声が出てこない。いや、正確に言うと信じたくはない。質問をすることで真実を知ってしまう戸惑いから子供達は全員押し黙る。
しかし、ヤマトはそれを確かめないと前に進まないと感じた。同時に太一であれば絶対に逃げないと。
「あの時死んだのは…あの時のコロモンも…ってことか…?」
「そうであれば、まだ良かったのだがな…」
「何だと…!?じゃあ…生きてるってのか!?お前、さっき死んだって!」
「誰もそうは言っていない。あの世界に送られたデジモンがいるのかと聞かれたから肯定しただけだ」
「じゃあ…コロモンは…生きたまま暗黒の海でずっと暮らしてるってこと!?」
「すぐに助けに行かないと!」
「無理だ」
突然沸いた希望に子供達はワッと騒ぎ出すがハックモンは即座に否定した。真剣な顔は子供達の希望を折るには十分すぎる説得力を帯びていた。
「生きているとは言っても反応が微弱すぎる。アレは殆ど死んでいると言っても差し支えない。デジタルワールドや人間の世界に動かすこともできないだろう」
「じゃあ、どうしろって言うの!?太一さんを連れていったのはコロモンを助けるためじゃないの!?」
「逆だ」
「逆!?どういうことだよ!」
要領を得ないハックモンの言葉に大輔は怒りをぶつけるが、その先の真実を知っているのか大吾と望月は目を瞑りながらハックモンの言葉を待つ。
そして、子供達はハックモンの口から信じらない言葉を聞くことになる。
「ホメオスタシスからの勇気の紋章の少年への依頼は…あの世界にいるあの時のコロモンを殺すことだ」
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