「げほっ、げほっ!…本当に、死ぬかと思った…」
「危なかったねぇ、太一」
「お前があんな所から落ちてこなかったら、全然危なくなかったんだよ!」
呑気なことを言うアグモンに太一は怒りをぶつける。その怒りは確かに正当性がある。アグモンがわざわざ太一の頭上に落ちてこなければ、必至の思いで岸まで泳ぐ羽目になることはなかったのだ。
とは言え、アグモンにも言い分はある。
「しょうがないよ。僕だってまさかあんな所から落ちるなんて思ってなかったんだから」
「そりゃ、そうかもしれないけど…って、そういやアグモン。お前なんで此処に?」
「ゲンナイさんに連れてこられたんだ。太一のために着いてきてくれって言われて。それで言われた通り、穴に飛び込んできたらここに」
「あのジジイ!」
諸悪の根源を見つけたかのように太一は声を荒げる。ゲンナイにしても、太一を思うが故の行動だったのだがそんなこと太一には何の関係もない。
暫くして太一の元にやって来たゲンナイは最初に太一からの恨みつらみを聞かされる羽目になるのであった。
「な、何言ってんのよ。止めてよ、嫌な冗談は」
はははと笑う京をハックモンは無言で見つめる。その反応にこの場の子供達は全員息を呑む。
分かった、いや、分かってしまった。先ほどの言葉が冗談でも何でもなく、紛れもない本気だということを。
「…訳を…言え」
歯を食いしばりながら、極めて理性的であろうとしながらヤマトは言葉を発する。
そうでなければ感情のまま、ふざけるなと声を荒げてしまいそうだった。
「八神太一とあの時のコロモンのリンクを切るためだ」
「何だよそのリンクってのは」
「お前達選ばれし子供達とそのパートナーデジモンを結びつけるものだ。現実にそんなものは無いが、お前達の関係はタグと紋章の関係に近い。放っておいても引かれ合う性質がある。その性質をリンクと呼称している」
「テメェふざけてんのか!?何でそんなことをわざわざする必要があんだよ!」
「そうしなければ全ての世界が崩壊を迎える可能性があるからだ」
「どういうことよ。ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
大輔の怒り混じりの言葉に返答したハックモンの言葉は説明を省略しすぎて誰も納得できない内容だった。そんな突飛なことを聞かされて納得できる人間がどれほどいるだろうか。事実、それを受けての空の言葉も普段では考えられないほど冷たいものだった。
「そのリンクが原因で極僅かだが、確実に少しずつ暗黒の海と現実世界の境界がなくなってきている」
「そんな馬鹿な」
光子郎が真っ先に否定する。確かに異なる世界の接近は危険だ。しかし、その太一とあの時のコロモンのリンクとやらのせいでそんなことが起こるはずがない。そうだとしたらデジタルワールドと人間界など既に接近していないとおかしいではないか。
「あの世界だけは特別だ。本来、どんなことがあっても生者が行ける所ではない。言ってしまえば、光の紋章の少女があの世界に呼ばれたり、ましてや優しさの紋章の少年の力でゲートをこじ開けるなどあり得ないことなのだ」
「でも、現実にあり得てるじゃない」
「ああ、そうだ。ナニカの影響で暗黒の海が今まで無いほどに人間界とデジタルワールドに近付いてしまっているからな」
「え…じゃあ、もしかしてそれも!」
「そうだ。そもそも今回の問題はお前達がデーモンを暗黒の海に送ったことから異常に気付いた。まあ、あの時はそのお陰で助かったとも言えるがな」
「じゃあ、もしかして暗黒の海が近づけば!」
「デーモンもこちらの世界に戻ってくるだろうな。とは言え、別にそれは大した問題ではない。世界が崩壊すればどの道デーモンも生きてはいない」
「あの、すみません。何処も安心できる要素がない気がするのですが…」
ある意味身も蓋もない発言をするハックモンに発言をした伊織だけでなく、全員が顔を引き攣らせる。今の話の何処にも安心などという単語が這い出る隙間などなかった。
「ま、今のは極論よ。とにかく、今はデーモンのことは気にしないで良いってことを考えていればいいわ。八神太一君と同じ場所にいることは間違いないけどあの広い世界で出会う可能性なんて殆どないし、万が一に備えて八神くんのことは見張ってるから」
「え、つまり、お兄ちゃんの場所は分かってるって事ですか!?」
「当然だよ。八神くんの身の安全は保証するって言っただろ?八神君のあの世界への耐性が強いからって流石に放置ってことはしないさ」
マキ達の言葉にヒカリと空は、ほっと一安心するが、その言葉には気になるところがあった。
「待て。じゃあ、お前達は太一が何処にいるか知っていて、尚且つその場に行ける手段を持ち合わせているということか?」
「そうなるわね」
「じゃあ、俺たちを連れて行くことなんて簡単じゃねぇか!」
「可能かどうかで言えば可能だ。だが、それをするかどうかで言われれば拒否する」
「何でだ!」
「必要ないからだ」
先程から繰り返しているが、あの世界に耐性が低い者が行って良いことは無い。その危険を犯して大輔達をあの世界に連れて行くことのメリットがホメオスタシス側としては全く無かった。太一に依頼した内容は太一であれば簡単に成し遂げられるものだからだ。
「何が簡単だ!じゃあ、お前らがすれば良いだろうが」
「生憎と場所が分からない。生体反応が薄すぎて、広大なダークエリアの何処にいるのかも不明だ。分かるのはリンクがある八神太一だけだ」
「そのリンクがあれば場所が分かるって言うの?」
「飽くまでも何となくというところだろうがな。子供達とパートナーデジモンの関係はタグと紋章の関係に近い。放っておいても引かれ合う性質があるのだ」
「不思議だとは思わない?あれだけ長く旅をして、子供達がバラバラになったことはあったでしょうけど、パートナーと離れ離れになったことって一体何回あった?」
「そりゃ、ほとんど無かったろうけど、俺たちは基本的にパートナーなんだから側にいるからじゃないの?」
「勿論、大部分はそうでしょうけどそれだけじゃないのよ。理屈じゃない因果の所でも貴方達とパートナーは惹かれあってるの」
そう言われればそうかもしれないと思ってしまうが、証明のしようもない。だが、向こうがこれほどまでにそのリンクで場所が分かるというからにはそうなのだろう。しかし、だとすればこれはどんな運命なのだろうか。
普通であれば考慮しない奇跡的な偶然が続いた結果だ。
奇跡的に、コロモンは生きたまま暗黒の海に送られた。
奇跡的に、その状態で生存し続けた。
奇跡的に、太一とのリンクが切れなかった。
本来であれば美談の物語だ。
生きてて良かったと抱きしめる物語だ。
しかし、この物語はそうではない。他でもない八神太一本人が美談を悲劇に変えなければならない。
これが運命なのだとしたら、余りにも悲しすぎるではないか。
感情的なミミや京などは薄らと涙を浮かべている。
「何で…何で太一さんがそんなことを…」
「勿論、止めを刺すのは私達が行っても構わない。勇気の紋章の少年がそれを許せばだがな」
そんなことはしないだろう。それだけは全員が断言できた。
この場の全員が知っている彼はそうなんだ。苦しみの結果を誰かに渡すような人ではない。
例え、その結果として自分が傷ついたとしても、自分が選択することからは逃げないのが彼なのだから。
そんな彼だから自分たちのリーダーだったのだから。
「他に…何か…何か方法はないんですか!?」
藁に縋るような伊織の言葉にハックモンは首を振る。
「無い。自体が判明してから散々可能性を模索した。ホメオスタシスとて、好き好んでこんな選択をしたわけでは無い」
「ふざけるな!世界かパートナーかを選択しろって言うのか!」
「そうだ」
年長組として何とか自分を抑えようと努力していたヤマトだが、もう我慢できそうになかった。震える拳でハックモンを殴りつけようとしたのだが、それより先に大輔が動いた。
「んな選択認められっかよ!いいから、俺たちを太一さんの所に連れて行け!」
「同じことを言わせるな。メリットがない」
「そんなこと知るかよ!嫌だってんなら無理やりにでも行ってやる!」
「…そうか。では、話し合いはこれで終わりということだな」
大輔の言葉にハックモンの雰囲気が変わった。そして、それはマキ達にも伝わった。
「待ちなさい、ハックモン!」
「確かにお前達にとっては重大な問題だ。その問題に理屈で納得しろと言っても無理な話だろう」
世界が変わる。殺風景な会議室は緑豊かな草原へと変遷しており、気付けば裕明達大人組は姫川と西島を除いて居なくなっていた。
「理屈で納得できなければ、力で納得してもらう他ないな。悪いが、無理やり納得してもらう」
ハックモン進化、ジエスモン!
「折角だ見せて貰おうか!デジタルワールドを救ってきた選ばれし子供達の力を!」
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