「そんな…そんなことって…」
ミミは目の前の現実に顔が青ざめる。
「じゃ…じゃあ…四聖獣が五匹じゃなかった理由って…」
「ダークマスターズの戦いで姫川さんのパートナーデジモンが死んでしまったから…」
京も伊織も辛すぎる事実に言葉を失う。だが、光子郎だけはその事実に否を唱える。
「そんな馬鹿な!これが事実なら姫川さんのバクモンが死んだのはデジタルワールドです!であれば、始まりの街で生き返るはずです!」
「そうだ。だがバクモンは蘇らなかった。こんなことはデジタルワールドの歴史上でも初めてのことだ」
理由は未だに不明だが、四聖獣に進化させるために復活のエネルギーも使ってしまったからではないかと言われている、とゲンナイは補足するが殆どの子供達にはそんなことはどうでも良い。
「姫川さんは…デジタルワールドを守るために…パートナーを失った…」
大切なのはその事実のみ。その事実が子供達に重力のようにのしかかる。
平気なわけがない。自分を許せるわけがない。
同じ選ばれし子供であるヤマトたちだからこそ、それが伝わる。
「そうだよ…僕らが弱かったせいで…」
「大吾さんのせいじゃありません!」
自嘲気味に呟く大吾の声を伊織は大声で否定する。
大吾達が原因のはずがない。そんなことがあるはずがない。
だが、そんな伊織の声にも大吾は弱々しく笑うだけだ。
「ありがとう…だけど、そうなんだ。僕たちは何もできなかった…本当に何も…」
バクモンを助けることができなかった。
バクモンをはじまりの街で生き返らせることができなかった。
ダークマスターズを倒すことができなかった。
世界を救うことができなかった。
できなかったことだらけだ。自分たちの負債を太一達次世代の子供達に負わせ、解決してもらった。
挙げ句の果てに、今度はその子供に自分のパートナーだったデジモンを殺せと言う。
…いや、もっと酷い。自分は殺せと言う勇気もない。その咎を自分は姫川に負わせている。
自分が守りたかった女の子に、自分は未だに守られている。
その事実は、荊のように大吾の心を蝕んでいる。
「絶対に大吾さんのせいじゃない」
だが、それでもヤマトは大吾の考えを否定する。
「たりめぇっすよ!大吾先輩達が原因のわけがねぇ」
大輔もそれを肯定する。
他の子供たちも言葉には出さないだけで、全員が2人に同意している。
大吾が原因のわけがない。そんなことあって良いはずがない。
「そうだよ。だから僕たちが、今ここにいるんだ」
丈が、ヤマトと大輔の震える肩にポンと手を置いた。想いは此処にいる全員同じだった。
「大吾先輩達が守ったものを否定させない…そのためにも…俺たちが止める」
ヤマトの静かな、けれど熱い言葉。それに呼応するように、子供たちのデジヴァイスが微かに光を放つ。その光は大吾を責めるものではなく、迷える先輩を優しく包み込むような光だった。
だが、そんな感傷的な空気を切り裂くように、頭上から凄まじい衝撃波が降り注いだ。
「ぐわっ……!?」
「きゃああっ!」
爆風に煽られ、子供たちが次々と地面に伏せる。
見上げれば、そこには地獄のような光景が広がっていた。
蒼い雷を全身に纏い、天を舞うチンロンモン。
それに対峙し、翼から紅蓮の火炎を撒き散らすスーツェーモン。
二体の聖獣の衝突は、もはや「喧嘩」の域を超えていた。一撃一撃が山の地形を変え、空の色を塗り替えていく。
止めようと声を出そうとする大吾よりも早く大輔が口を開く。
「やめろ、お前らぁぁぁぁぁぁ!」
その声に、二匹の四聖獣の動きが止まる。
「邪魔だ勇気と友情のデジメンタルの子供!今度こそ殺されたいか!」
「殺されたいわけねぇだろ!だからってなぁ…お前らみたいな分からず屋を放っとけるか!」
世界が広いとはいえ、四聖獣を分からず屋呼ばわりできるのは大輔くらいだろう。
その声に大輔のデジヴァイスが更に輝く。その光に思わずヤマトは薄く笑う。
「結局は力尽くか…だけど…そうだよな。こんな悲しい戦いは絶対終わらせる!行くぞ、ガブモン!」
「うん、ヤマト!」
「私たちも行くわよ。ピヨモン!」
「分かったわ、空!」
ヤマト、空、大輔たちのデジヴァイスが一斉に光を放つ。この戦いを絶対に止める。その決意が感じられる光。
その決意に応えて、パートナーデジモンは成熟期へと進化する。
成熟期へと進化したデジモンたちが果敢に空へ飛び出し、二体の巨体の間に割り込もうとする。しかし、聖獣たちの闘争はあまりにも次元が違った。
「邪魔だ、羽虫どもが!」
スーツェーモンが翼を一振りするだけで、バードラモンが、ガルルモンが、木の葉のように吹き飛ばされる。
「くっ……成熟期じゃ、近寄ることさえできないのかよ!」
大輔が地面を叩いて悔しがる。どれだけデジヴァイスを握りしめても、今の彼らには完全体以上の力を引き出す術がなかった。
希望も、友情も、今は目の前の圧倒的な「現実」に押し潰されそうになっていた。
「もうやめて……お願いだから……!」
子供達の声が悲痛に響く。
その時だった。
空から巨大な地響きと共に、二つの新たな「圧」が迫ってきた。
北から這い寄る巨大な亀、バイフーモン。
南から地を駆ける白き虎、シェンウーモン。
残る四聖の2体である。
「……そこまでだ、スーツェーモン。チンロンモン」
シェンウーモンの重厚な声が響き渡ると同時に、四聖獣の力場が互いに干渉し合い、嵐のようなエネルギーが急速に中和されていく。
「退け。これ以上の衝突は、ホメオスタシスの望む『安定』からも遠ざかる」
バイフーモンが静かに、だが逆らいがたい威圧感を持って告げる。
スーツェーモンは不満げに喉を鳴らしたが、他の三体が沈黙の圧力をかける中で、ようやくその紅蓮の翼を畳んだ。
「……ふん。あくまでこの子供たちの可能性に賭けるというのだな。まあ、良いだろう。どの道できることなど限られている」
そこまで言うとスーツェーモンは空の彼方へと飛び去った。
「全くお前らは…少しは穏便に片付けられんのか?」
「アイツが過激なのが悪い」
「どっちもどっちだろう」
バイフーモンとシェンウーモンが処置なしと言いたげにため息を吐く。この二匹の喧嘩など見慣れたものだが、四聖獣になってまで続くとは…正直、勘弁して欲しい。
「とにかくすまんな子供達…我が同胞が手間をかけた」
「いえ、こちらこそ助けてくださりありがとうございます」
バイフーモンの言葉に光四郎は謝罪で返す。結果として助けられたのだから恩しかない。
「謝罪というわけではないが、ホメオスタシスと話す機会は与えよう」
「本当!?」
その言葉でヒカリに笑顔が浮かぶ。他の子供達も同様だ。だが、とシェンウーモンは続ける。
「ホメオスタシスと話したとしても何か変えられることはないだろう。世界の崩壊を防ぐには八神太一がコロモンを殺すしかない。例え、どれほど辛かったとしてもな」
そうかもしれない。だが、そうだとしても諦める理由にはならない。
「…そうだとしても、諦めるわけにはいかない」
「…そうだな。それが『人間』だったな」
データだけでは行動しない。データ以外に感情という未知数がある。その未知へのエネルギーが進化に繋がる。それに自分たちも助けられてきた。
「見届けよう。デジタルワールドを幾度も救ってきた子供達の選択を」
そう言うと、バイフーモンとシェンウーモンも空の彼方へと消えていく。
その姿を見届けるとチンロンモンは、ゆっくりとその巨大な頭を地上へと向けた。その視線の先には、意図的にチンロンモンから視線を逸らした大吾がいた。
その大吾の姿を見たチンロンモンは慈愛に満ちた、けれどどこか寂しげな声を漏らす。
「……大きくなったな…大吾…」
「…」
だが、大吾は、答えなかった。
彼はチンロンモンを見上げることもせず、ただ地面の砂を見つめたまま、一言も発さない。再会の喜びも、懐かしさも、そこには微塵も感じられなかった。だがそれが分かっていたかのように、何の反応も示さずチンロンモンも空高く浮上していく。
「……大吾さん!何で答えないんすか!チンロンモンが呼んでますよ!?」
大輔が声を上げるが大吾は、まるで石像のように固まったまま、沈黙を貫いている。
その姿を見て大輔は更に声を荒げようとするが、それよりも先に伊織が大声を上げた。
「……どうしてですか、大吾さん!」
突然の伊織の大声に周囲が驚く中、それに構わず伊織は続ける。
「チンロンモンが、あなたのパートナーだったデジモンが、あんなに優しく話しかけてくれているんですよ! なんで何も答えないんですか! 返事をしてあげてくださいよ!」
大吾は、ゆっくりと、本当にゆっくりと伊織に顔を向けた。
その顔には、泣きそうな笑顔が浮かんでいた。
「……伊織君。僕はね、返事をする資格なんてないんだよ」
「……え?」
「僕らが弱いせいでバクモンが消えたあの日に僕は自分に誓ったんだ」
大吾は、自分に言い聞かせるように、消え入りそうな声で続ける。
「僕だけが、パートナーと再会して楽しんだり、昔を懐かしんだりする資格なんてない。姫ちゃんは今でも一人で、あの日の絶望の中にいるんだ。僕だけがパートナーと触れ合うなんてこと……できるわけがないじゃないか」
「そんな……そんなの、おかしいですよ!」
伊織が詰め寄る。その瞳には怒りが宿っていた。
「姫川さんのために、自分を罰してるって言うんですか!? そんなこと、姫川さんが喜ぶわけないし、チンロンモンだって……!」
「いいんだよ、伊織君。これでいいんだ。それに…」
大吾は、悲しく、優しく笑った。
「僕が…僕を許せない」
大吾は泣きそうな顔で、けれど頑なに笑い続けていた。
その姿に伊織は言葉に詰まった。正論ならいくらでも言える。そんなことは意味がない。大吾にも幸せになる資格がある。
だが、伊織には分かってしまった。そんな言葉に意味などない。
そんな正論では救われないから、彼は苦しんでいるのだから。
「大吾さんは…大吾さんは馬鹿です……っ!!」
伊織の目から、大粒の涙が溢れ出した。だって泣く以外どうすれば良いのだ。
自分を犠牲にして、友の苦痛を背負い、一生自分に「幸せ」を禁じるという、その救いようのない決意に。姿に。泣く以外どうすれば良いと言うのだ。
「なんで……なんでそんな、悲しい道しか!選ばないんですか……!」
伊織は、大吾の服の裾を掴んで叫んだ。
大吾は、何も言わずに伊織の頭をそっと撫でた。
「ごめんね…」
その掌は温かかった。けれど、その温かさが、伊織にはより一層辛かった。
「謝らないで…ください…」
その姿にヤマトも、空も、大輔も、誰も声をかけることができなかった。
大吾の選択は、正しいとは言えない。
だが正しさだけでは救われない。それを彼等は十分に分かっていたから。
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