「あの…何であの車を追いかけてるの?」
「言えませんが事情があるんです!申し訳ないですけど黙ってあの車を追ってください!」
「は、はあ…」
タケルを乗せているタクシーの運転手は、鬼気迫るタケルの様子に一応は従ってはいるが当然納得などしていない。最悪、途中で降ろされる可能性も非常に高いがそんなことをされてしまえば目の前の車を見失ってしまうので何とかそれは回避しなければならない。
いざという時のために、母親の電話番号を携帯に打ち込んでいると、突然電話がなった。相手は学校に残ってくれた京だった。
『タケル君!今、どんな状況!?』
「どんな状況って…もしかしてヒカリちゃんから話は聞いてるの?」
『そうよ!さっき、慌てた感じでヒカリちゃんから電話があって事情は聞いたわ。私たちは大丈夫だから、タケル君を手伝ってあげてって。今、伊織は急いでデジタルワールドからホークモン達を呼んでるわ』
急な事態で焦っているのはあるだろうが、自分の周りの見えてなさにタケルは唇を噛む。
パタモンが居なくて戦力が足りないのであれば、太一の側に向かっていない仲間に即座に連絡をすべきだったのだ。本来であれば兄の危機に気が動転しているヒカリではなく、自分が冷静になるべきなのにむしろ助けられてしまうとは目も当てられない。
まあ、小5の子供にそれは難しい判断であるだろうし、何より連絡をするように伝えたのはテイルモンなので別にヒカリが冷静であるわけではないのだがタケルにそんなことは分かるはずもない。
『タケル君!!大丈夫!?』
京の声でタケルははっと我に帰る。
何をやっているのだ。今は反省などしている場合ではない。今は一刻も早く、京達と合流すべきだ。
そう考えたタケルは頭を振って気持ちをリセットする。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう京さん。じゃあ、伊織君が来る間、空さん達に連絡しておいてくれるかな?僕は兄さんに連絡するから」
『分かったわ。それでタケル君は今何処にいるの?』
「タクシーの中だよ。都心の方に向かってるのは確かだけど、まだ何処に着くのか分からないから着いたら連絡する」
『本当に大丈夫?危なくなったら、直ぐに引き返してね!』
「ありがとう。じゃあ、よろしくね」
そう言うと、タケルは京の返事を聞かずに電話を切った。可能であれば、もちろん直ぐに引き返すつもりではあるが、ここで自分が追うのを諦めてしまえば自分達に唯一残っている細い糸が途切れてしまうという確信に近い危機感があったからだ。
(太一さん…)
脳裏に自身のもう一人の兄と言っても過言ではない太一の笑顔が浮かぶ。ヒカリのように血の繋がりはもちろんないし、恥ずかしい上に本当の兄のヤマトがヤキモチを焼くこともあるので大輔のように好意を前面に押し出すこともないが、過去の冒険の中で守る対象としてではなく、自分を一人の仲間として見てくれていた太一のことが好きでない筈はない。
無事でいてくれ。その切実な思いを胸に秘めてタケルは前を走る車を凝視していた。
突然の展開に太一は一瞬パニックに陥りかけてしまったが、何とか冷静に努めようと努力して目の前のデジモンに質問する。
「ま、待てよ!いきなり過ぎて話が見えない。もしかして…お前が俺に話しかけてた奴なのか?」
「いや、それは私ではない。2、3日勇気の紋章の子供の様子を伺ってはいたがな。その声とやらが聞こえていたということは此方が当たりだったと言うわけか」
「イマイチ言っていることは分からないが…なるほどな。これでとりあえずは視線の正体は分かった訳だ。敵の感じがしなかったことにも納得がいったぜ」
言った後で自身の失言に気が付いた太一は目の端に映る光子郎の姿を捉えていた。そこで光子郎が物凄いジト目で睨みつけていることに気付いていたが、全力で無視を決め込んだ。後で誠心誠意謝ろう。
そんな太一の心情と秘事をほとんど正確に理解していた光子郎はため息を吐きながら、気を取り直してハックマンを見遣る。今、この場においてすべきことは太一を糾弾することではない。突然現れたハックモンの狙いを把握し、行動に移しがちな太一と大輔を宥めつつ冷静に情報を引き出すことだ。
そう考えた光子郎はハックモンに質問を投げ掛けようとするが、それよりも大輔の声の方が早かった。
「おい、お前!いきなり現れてなんのつもりだよ!お前は一体何者だ!」
いきなり現れて太一と話に来たと宣う謎のデジモンに対して大輔の質問はある程度的を得たものではあった。何者かという質問が漠然とし過ぎているので、答え方が曖昧になる可能性は高いがそれは後から詰めていけば良い。
大輔の質問から光子郎はそんな事を考えていた。今まで太一のことしか見ていなかったハックモンは大輔の方を向くとこう答えた。
「ハックモンだ」
空気が止まった気がした。
いやまあ確かに間違いではないのだが、大輔達は目の前のデジモンがハックモンだということは既に知っているし、どう考えても真剣に答えるべき場面でその質問は相手をおちょくっているようにしか見えない。
しかし、目の前のハックモンの態度からそんな様子は微塵も感じられない。
つまり、ハックモンは本気なのだ。本気で大輔の質問に答えた結果が今の回答なのだ。
それを感じた大輔は顔を引き攣らせるが、何とか言葉を紡ぎ出す。
「い、いや…あのよぉ…お前がハックモンなのは分かってんだよ。俺が言いたいのはお前が何者かってことで」
「ハックモンだ」
先程と同じように真剣な表情で見当違いな回答をするハックモン。何処となくドヤ顔に見えるのが、余計に相手の感情を微妙に煽る。
煽られ耐性が低い大輔は青筋を浮かべる。気持ちは非常に良く分かる。
「いや、だからよぉ!俺が言いたいのはそういうことじゃねぇんだよ!」
「少し落ち着け。勇気と友情のデジメンタルの少年。焦らなくても答えられる質問には答える」
「お前、喧嘩売ってんだろ!?なあ、そうなんだろ!?」
苛立ちが限界値を超えたのかハックモンに掴みかかろうと大輔が一歩踏み出したが、それを落ち着けと言いながら太一と光子郎が止める。
気持ちは分かるが、今はこんなことをしている場合ではない。
大輔を宥めるのを太一に任せた光子郎はハックモンの目を見ながら話を引き継ぐ。
「すいません、取り乱してしまいましたね。では、質問を変えさせてください。ハックモン。貴方は僕たちの味方…という認識でよろしいでしょうか?」
「今のところは間違っていないが、正確には違うな。私はデジタルワールドの味方だ」
「それは同じ意味ではないのですか?」
「今までは同じ意味だった。だからといって、未来もそうだとは限らない。今後もデジタルワールドの決定がお前達の決定と同じものになる保証はない」
「では…少なくとも今の所は敵ではないと?」
「ああ。それは保証する。先ほど言ったように敵意はない」
その言葉に光子郎は胸を撫で下ろす。これで少なくとも今この場でこのデジモンと敵対することは無さそうだ。パートナーデジモンも居ないこの場で戦闘になるという最悪のケースは取り敢えず免れた。
光子郎の話の区切りが着いたのを見計らって今度は太一がハックモンに質問する。知りたいことはまだ山のようにある。
「じゃあ、今度は俺からの質問だ。ハックモン…お前は何で俺のことを見張っていたんだ?」
「異変の原因が予想通りのものかを見極めるためだ。私が此方の世界に来た段階では異変の原因が予想通りのものだという確信が持てなかった。その確信を得るためにお前達を見張っていた」
お前達?その言葉に違和感を覚えたが、太一は取り敢えず質問を続けた。
「じゃあ、今はその異変とやらの原因が何かが分かった…っていうことで良いんだな」
「そうだ。そしてそれに対処する為に協力を仰ごうと思っている」
「なら、話は早い。俺たちだってことと次第にやっちゃ喜んで協力する。だが、俺たちにはまだ今何が起こっているのかすら分かってないんだ。協力して欲しいんなら俺たちにそこんところを教えてくれないか?」
「無論だ。だが、他の者に私から伝えるのは無理だ。私が伝えるのは勇気の紋章の少年だけだ」
その言葉に黙って聞いていた大輔は不満を吐き出すが、光子郎の静止によって何とか押し黙る。それを確認してから太一は静かに口を開いた。
「どうして俺だけにしか話せないんだ?」
「薄々感じているのではないか?」
太一の質問に対してハックモンは逆に質問する。その質問に対して太一は頭をかく。そんな事を言われても太一がこの件に関して気が付いていることなど無いに等しい。精々が声から敵意は感じないということだけだ。
その太一の様子が回答に見えたのかハックモンは太一の答えの前に口を開いた。
「自覚はないようだな。ならば答えを言おう。何故私がお前だけにしか言わないのか…それはこの問題がお前の問題でもあるからだ」
「俺の…問題…?」
「そうだ。この問題はデジタルワールドと人間界全体の問題であることは間違いない。だが、それと同時にこの問題は…お前の問題なんだ八神太一」
表情が全く変わらずに続けられるハックモンからの衝撃の告白に太一は戸惑いを隠せない。自分が何かをしたというのか?それとも俺が新たな使命を帯びた選ばれし子供達として再び選ばれたということなのか?
ハックモンの告白に太一だけでなく、光子郎や大輔も言葉を失う。と言うよりも、与えられた情報の処理に脳が追いついていないのだ。
「だからこそ、私はお前だけにしか事情を話せない。これはホメオスタシスの決定でもある」
更に予想外の名前が出てきたことに驚きは覚えるが、多少驚きにも慣れたのか大して表情を変化もさせずに太一は答えた。
「…分かった。場所を移そう。少し離れれば声も聞こえないと思うからそこで良いか?」
「ああ。それで構わない」
「太一さん、そんなのだめ「大輔君!待ってください!」」
二人で離れようとする太一とハックモンに大輔は声をかけようとするが、それを遮るように光子郎が声を荒げた。
全員の視線が集まる中、光子郎は深呼吸すると落ち着いて言葉を選びながら話しかけた。
「一つ確認させてください。ハックモン。貴方は先程、貴方は太一さんにしか話せない。確かにそう言いました。そうであるならば、貴方の話を聞いた太一さんが僕たちに話すのは構わない…そういう風に聞き取れるのですが間違いありませんか?」
「その認識で問題ない。私は勇気の紋章の少年にしか話せない。だが、私から事情を聞いた勇気の紋章の少年が誰かに話すのを止める気はない」
「良かったです。なら、大輔君。ここは二人に任せましょう。太一さん…分かってますよね?」
そう言うと光子郎は真剣な目で太一を見る。後で隠し事など許さない。そう訴えている目だ。
それを見て太一は苦笑しながら返事をした。
「分かってるよ。ちゃんと事情は話す。ちょっと待っててくれ」
それから太一とハックモンは特に喋ることもなく歩き出した。そしてある程度の距離ができたのを見計らって太一はハックモンに確認をした。
「さてと…こんだけ開けば大丈夫だと思うが問題ないか?」
「ああ。時間を取らせて申し訳ないな」
「別に良いさ。んで?俺の問題ってのは一体何なんだ?」
「今から話す。だが、その前に一言だけ言っておく。これは確かにお前の問題であり、対処できるのはお前しかいない。だが、お前がどんな選択をしたとしてもお前は決して悪くない。その責はデジタルワールドが負うべきものだ。お前に責任はない。ただ運が悪かっただけだ」
そのハックモンの言葉に何と返したら良いのか太一は悩むが、素直に思った事を言うことにした。
「…そんなこと言われても意味が分からねぇよ。何も俺は知らないんだからな。だから、取り敢えず早く事情って奴を『…た』ってまたか」
突然、再び聞こえた声に太一は周囲を見渡す。全く、こんな場面で聞こえてくるとは何を考えているのだか。少しくらい空気を読んで欲しい。
そんな無茶の極みのような事を考えながら太一は声を無視して話を続けようとした。
しかし
『…けた』
「え?」
いつもより何故か声が大きく聞こえた気がした。
そして
『見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた。見つけた』
「何…だよこの声!?」
突然、信じられないくらい大きくなった声に太一を耳を塞ぐが声はそんなこと関係なしに太一の脳に響いてくる。流石に太一の様子を不審に思ったのかハックモンは警戒度を高めながら問いかけた。
「おい、どうした!?」
「聞こえないのか!?この声が!?」
その次の瞬間
「…え?」
太一の影から生じた黒いカタマリが太一の腹部を貫いた。
流石に急展開過ぎるだろうか…