宇宙戦艦ヤマト2199 白色彗星帝国の逆襲 作:とも2199
惑星ファンタムという名は、当時のボラー連邦での呼称だった。その為、シャルバートの周囲が推す、惑星シャルバートと改名する事になった。
しかし、シャルバートにとっては、砂の惑星であるファンタムの名が何であろうとどうでもいいことだった。それよりも、いつの日か、もっといい環境の惑星を発見し、そこを新たなイスカンダルと名付けようと、彼女は心に誓っていた。
早速、居住環境を整える為、シャルバートは都市の建設を命じた。作業自体は、イスカンダルとガミラスから運ばせたイスカンダロイドとガミロイドが担ってくれる。建設作業は、急ピッチで行われた。
一方、ボラー連邦の領域を侵したシャルバートたちは、襲い来るボラー連邦艦隊との対抗も並行して行っていた。
それから、半年後――。
「次は、この星系を奪取しましょう。資源を採掘できる惑星が複数存在するわ」
「分かりました。では、第二艦隊を派遣しましょう。第四艦隊は、分割してこのラインの防衛に回すとして……」
シャルバートが参謀に任命したシャンバルは、まだ若く、優秀な軍人だった。アンドロメダ銀河などの探索を行った時から、長年彼女を支えてくれていた、最も信頼する部下だった。
彼の的確な指示で、ボラー連邦領の侵略は着々と進み、既に三分の一近くの恒星系を自分たちの物にした。シャルバートの名は、広く知れ渡り、民衆からはボラー連邦の圧政からの解放者と喧伝されていた。その意図が、ボラー連邦と何ら変わらない事に、まだ人々は気づいていなかった。
「……それにしても、歯痒いわね。マゼラン銀河に帰る場所が無いから、あんまり乱暴な戦い方も出来ないし。本当だったら、今頃は、ボラー連邦などこの宇宙から消し去っている頃だわ」
シャンバルは、彼女に笑顔を向けた。
「あまり、急ぎ過ぎてはいけません。今は、民衆を味方につける方が得策です。あなたを信奉する人々を増やせば、民衆はあなたに積極的に協力してくれるでしょう。それに、反乱など起こされて、もしもあなたの身に危険が及べば、私たちは、この辺境で迷子になってしまいます」
シャルバートは、彼を見て微笑んだ。
「そんな事を言ってくれるのは、あなただけね。ありがとう、シャンバル」
二人は、少しの間、互いの瞳を見つめ合っていた。
「……と、所で……。科学者たちの方は、どうなっているの?」
「はい。本星で発明した、件のコスモリバースシステムについての研究は進めています。どうやら、新しい発見をしたようですよ」
「どんな発見かしら?」
シャンバルは、シャルバートを連れて、研究者たちの元へ向かった。アンドロメダ銀河の探索にも同行した科学者たちに、本星で行われた発明を、兵器に転用可能か研究させていたのだ。
「これはこれは、女王様。我々の、研究の成果のことですね?」
「ええ。説明してくださるかしら?」
その科学者は、実験の映像をスクリーンに映して説明した。
「コスモリバースシステムは、高次元に存在する生命や惑星の記憶を、この世界に再現する事で、滅びそうな惑星を再生する事が可能です。非常に驚異的な技術ですが、使い方によっては、逆に崩壊させてしまう事も可能です」
シャルバートは、感心して続きを促した。
「面白そうね。詳しく話して」
「はい。つまり、滅びそうな惑星に使用するのは良いのですが、そうでない文明が存在する惑星に使用した場合、記憶情報を元に、ある時点に強制的に再生されてしまう為、例えば建設されていた建物が消滅したり、存在する生命が命を落とす事もあるでしょう。それに、ある時点の、例えば火山活動前や、地震の前の状態に戻ってしまうと、地形の大きな変化が、その文明を崩壊させてしまうことも考えられます。いろいろ研究してみると、使い方によっては、波動砲よりも危険な代物と、我々は考えています」
シャルバートは、満足気に聞いていた。
「そう。それは、興味深いわ……。それで、新たな発見をしたとシャンバルに聞いたのだけれども」
「はい。これをご覧ください」
科学者は、スクリーンに時間軸の線が引かれた図を表示した。
「コスモリバースシステムは、コアと呼ばれる触媒となる生命の記憶を用いて、高次元に滞留する記憶情報にアクセスします。これによって、コアとなった人物の記憶を頼りに、ある時点の過去の記憶情報を取得する事が、出来るのです。しかし、高次元には、我々が存在する三次元の世界とは関係なく、宇宙の始まりから終わりまでの時間軸、つまり遠い過去から、遠い未来までの記憶情報が蓄積されている筈です。しかも、多元宇宙理論によれば、その可能性時間軸は、無数に分岐しています」
シャルバートは、科学者の話が分かったような分からないような、少し理解が追い付いていなかった。彼女に代わってシャンバルが尋ねた。
「つまり、何が出来るのかね? もう少し、分かりやすく説明してもらえないか?」
「も、申し訳ありません。要するに、任意の時点の可能性世界の過去や未来の記憶を再生する事も可能だと言う事です。しかし、過去については、我々の世界では確定していますが、未来なら別です。例えば、現在発生している状況から、未来に起こり得るであろう可能性を現在に再現する事が出来ます。いわば、コスモリバースシステムは、過去の記憶の再現に特化したものですが、これを応用すれば、未来の記憶を再現する事が出来ると言うことです。便宜的に、我々はこの技術をコスモフォワードシステムと名付けました」
シャルバートは、考えをまとめようと頭を整理していた。
「コスモフォワードシステム……。いいわ。面白いじゃない。何に使えるか考えてみるわ。その技術を早く完成させて」
「もちろんです。承知しました」
それから、更に半年後――。
既に、ボラー連邦領の半分を占領し、シャルバートの野望は着々と達成されていた。しかし、それを妨げる大きな問題が発生していた。
「何ですって!?」
シャルバートは、シャンバルの報告に焦りを見せた。
それは、イスカンダルで発生していたあの疫病のような精神疾患を発症する者がいると言うものだった。
「申し訳ありません、シャルバート様。既に、広範囲に影響が広がっているようです。戦意を喪失した第三艦隊、第五艦隊は、これによってボラー連邦艦隊に、初めて敗北を喫したとのことです。現在、残存艦艇が、この惑星シャルバートに帰還中とのことです」
シャルバートは、即座に言った。
「その艦艇は、直ちに殲滅しなさい。この惑星に、あれを持ち込まれたら終わりよ。イスカンダルの二の舞になってしまう」
シャンバルは、彼女の顔色の変わりようを真剣に受け止めた。
「承知しました。直ちに実行します」
「……イスカンダルの偵察から戻った二人が持ち込んだのに違いないわ。その二人を探し出して、処刑してしまいなさい!」
そうしている間にも、次々に影響は波及し、次第にイスカンダルの艦隊は、弱体化して行った。その為、イスカンダル艦隊に代わって、ガミラス艦隊が戦線の維持に乗り出す事態となっていた。
このようなイスカンダル艦隊の異変に気が付いたガミラス人の代表は、シャルバートへの謁見を求めていた。ガミラス人は、惑星シャルバートで労働に従事させている者を除き、別の恒星系の惑星に居住させていた。その為、彼らは、宇宙船を飛ばして惑星シャルバートに押しかけて来ようとしていた。
当初は拒んでいたシャルバートも、事態の急な展開に、彼らにも説明が必要だと判断して謁見を認めた。
「シャルバート女王様。このままでは、これ以上戦線を広げる事は困難です。我々の艦隊と、ボラー連邦艦隊の戦力は拮抗しており、防戦が精一杯の状態です。我々に、イスカンダルの波動砲艦隊を供与して頂けませんか? そうすれば、作戦の継続は容易なものになるかと」
ガミラスの総統ゲパートは、恐る恐るシャルバートを見つめた。しかし、シャルバートは、黙って不機嫌に彼を見下していた。
そんな彼女に代わって、シャンバルが答えた。
「それは出来ない相談だ。我々は、もうすぐ、この問題をコントロール出来るようになる。それまで、君たちの艦隊で、戦線を維持してくれ」
「分かりました……」
総統ゲパートが、肩を落として出ていった後、シャルバートとシャンバルは、話し合った。
「コントロールなど、出来ていないのでしょう?」
「……そうですね。しかし、ガミラス人にそんな事を、言えません。弱みを見せれば、彼らがどう動くか、予想が出来ませんので」
ガミラス人を連れてきたのは失敗だったのか? と、シャルバートは後悔していた。
そうして手をこまねいている間に、遂に惑星シャルバートでも、精神疾患を発症した者が出たと報告があった。その第一報が届くと、瞬く間に惑星に建設した都市全体に広がって行った。
そうなると、人々は、これまでの戦いを悔やみ、日々祈りを捧げて過ごすようになっていた。既に、波動砲艦隊は壊滅状態であり、ガミラス人からは、どうなっているか何度も問い合わせがある状態だった。そして、それは、彼らの反乱を示唆する所まで来ていた。
そして……。
「シャンバル!」
シャルバートは、自宅に閉じこもったシャンバルの家に駆け付けると、扉を叩いた。シャルバートは、護衛を遠ざけて、その扉を叩き続けた。
しばらくすると、ようやく扉の向こうからシャンバルの声が聞こえた。
「シャルバート様……。ここへ来るべきではありません」
「あなたが発症したと聞いたわ。本当なの?」
扉の向こうは、しばし沈黙した。
「本当です。私は、これまでの事を、日々後悔するようになってしまいました。それに、あなたにも、これ以上戦いを続けて欲しいと思わなくなってしまいました。間違いなく、発症したと思います。私が、私の元の意思が残っている間に、あなたに言えることは……。早く、この惑星から逃げて下さい。それしか、本来のイスカンダルを残す道はありません」
シャルバートは、扉の前で崩れ落ち、しばらくの間、そこから動けなくなっていた。
彼女は、イスカンダルがあのようになってしまってから、母親も妹も、信頼するすべての人を失った。そうなって、本来の強いイスカンダルを残せるのは、もはや自分しかいないと自分に言い聞かせ、今日まで戦ってきたのだ。その意志を支えたのは、彼女の唯一の心の拠り所となった、シャンバルの存在だった。
多くの民を失い、彼を失っても、この戦いを続けられるのか?
そう彼女は、自問自答した。
しかし、結論はかなり前に出ていたのだ。
「シャンバル、お願い。ここを開けて。私も、その病を受け入れるわ。もう……。疲れてしまったの」
しばらく間があった後、その扉のロックが解除される音がした。
扉に背を向けて、膝を抱えて座っていたシャルバートは、すぐに立ち上がると、その扉を大きく開けた。
そこには、とても穏やかな表情をした、シャンバルが立っていた。常に戦略を考えてくれていた、鋭い目つきの彼は、もうそこには居なかったのだ。
「女王様。そのような行いは、とてもお勧め出来かねます。本当に、よろしいのですか?」
シャルバートは、彼に駆け寄ると、その胸に顔を埋めた。
「ええ。もう、終わりにしましょう……」
シャルバートの瞳からは、涙が零れ落ちた。
後悔などしない。
これで、この人とまだ一緒に居られるのだから……。
二人は、そこでしばらくの間、互いの身体を抱きしめ合った。
しかし、そんな彼らをガミラス人はそっとしておいてはくれなかった。
ガミラス人は、弱体化したイスカンダル人たちを蔑むようになり、シャルバートに対しても、圧力を加えてきた。そして、長年のイスカンダル人による搾取と圧力に耐えてきた日々を振り返り、遂に復讐を決めたのである。
「惑星シャルバートは、疫病が広がっていて危険だ。シャルバート星に配置しているガミロイドに、イスカンダル人の都市の破壊を命じるのだ!」
そして、惑星シャルバートで、労働に従事していたガミロイドたちは、一斉に蜂起して都市を襲い、破壊活動を行った。
無抵抗となったイスカンダル人たちは、都市の破壊活動に巻き込まれ、多くの人々が犠牲になっていた。
シャルバートは、既に戦意を喪失していたものの、女王として、民を守らなければならないと、イスカンダロイドに、都市の防衛を指示した。
ロボットたちは、都市の様々な場所で戦いを繰り広げ、街は火の海になった。多くの人々が、家から炙り出され、そして行き場も無く怯えることになった。戦いはしばらくの間続き、多くの建物が破壊され炎上していった。
戦いが落ち着くと、街には、人々の死体と、ガミロイドとイスカンダロイドの残骸が散らばっていた。
それを視察したシャルバートは、あまりの惨状に絶句することになった。
「酷い……。ガミラス人は、そんなに、私たちのことが憎いの?」
シャンバルは、倒れそうになる彼女を支えた。
「そうだったのでしょう。私たちは、彼らをただの労働力か戦力としてしか扱って来なかった。その報いを、我々は受けているのです」
「民を、人々を、救う方法を考えなければ」
「……私に、考えがあります」
戦意を失い、心変わりを起こしてしまっていても、彼は相変わらず優秀だったのだ。
イスカンダロイドと、ガミラスの制御から外れたガミロイドたちは、街の外れにロボットたちの残骸を集めて埋めた。そして、シャンバルのアイデアにより、急ピッチで地下都市の建設を始めた。惑星外から、ガミラスの攻撃があっても、人々を守る為だ。
惑星シャルバートには、労働者として従事していたガミラス人も居住していたが、幸いにも、彼らも同じ様に精神疾患を起こしており、両者の間で争いが起こることは無かった。彼らは、協力して、地下都市の建設を行ったのである。
その頃には、上空からガミラス艦隊の砲撃を受け始めて、次第に地上の残った建物も破壊されて行った。
出来かけの地下都市に、人々は移動し何とかこの難を逃れていた。
その頃、ガミラスの総統ゲパートは、惑星シャルバートの状況について報告を受けていた。
「惑星シャルバートでは、地下都市の建設が行われ、通常の艦砲射撃による攻撃では、ほとんど効果が無くなりました」
「まだ、惑星には降りられんのか」
「例の病気が蔓延している状況です。まだ無理だと思います」
「ふん。もう、イスカンダルの庇護は不要になったのだ。後は、波動砲艦隊が手に入れば、奴らは用済みだ」
既に、その頃にはイスカンダルの波動砲艦隊は壊滅しており、残すところ、惑星シャルバートに待機しているであろう艦隊や、建造工場を抑えることが、ガミラスにとっては急務だった。それが叶わなければ、イスカンダル人の科学者を拉致する必要があった。それには、イスカンダル人を皆殺しにする訳にはいかなかったのである。
ボラー連邦との戦いは、それほど彼らにとって苛烈を極めていたのだ。
「その他の惑星に居たイスカンダル人は、それぞれの惑星から出てこようとはしません。彼らの扱いは如何なさいますか?」
「今は、放っておけ。ただし、あの病の蔓延がいつまで続くのか、サンプルをとって注視しておけ。それが治まるのが確認できたら、シャルバート星に降りて、我々がイスカンダルのすべてを奪うのだ」
「ザー・ベルク!」
そうして、また半年が過ぎた――。
「宇宙艦の建造工場の、波動砲搭載艦の建造方法のデータ削除は完了しました」
「ありがとう、シャンバル」
シャルバートは、いまだ女王として働いていた。戦意を喪失し、後悔の念にさらされながらも、多くの民衆を守らなければならなかった。そして、その傍らには、今もシャンバルが居た。二人は、執務室のテーブルを挟んで身を寄せ合って、話をしていた。
「科学者に分析させていた、この精神疾患のことだけど、どうやらもうすぐ感染が広まらなくなりそうよ。ただ、一度そうなったら、もう元へは戻らないみたいだけど」
シャンバルは、それを聞いて複雑な表情をした。
「となると……。間もなく、ガミラスがこの惑星に降りて来ますね」
「本星防衛用の波動砲艦隊は、かなりの数廃棄したわ。でも、まだ五百隻ぐらい残っているはず。彼らに悪用されないように、急いですべて廃棄しないと」
シャンバルは、それには難しい顔で答えた。
「それを廃棄すると、もう我々が身を守る術が無くなってしまいます」
シャルバートは、ため息をついた。
「無理よ。私やあなたも含めて、もはや艦を動かして反撃することなど出来やしないわ。そうするぐらいなら、ここで死んだほうがましだと。あなたもそう思っているでしょう?」
シャンバルは、苦痛に満ちた表情になった。
「ええ。残念ですが。しかし、あなたは、恐らく見せしめとしてガミラス人に裁かれ、処刑される可能性が高い。そんな事は、私は望みません」
シャルバートは、彼の目を見つめて、その手にそっと触れた。
「ありがとう……」
二人は、やがて訪れるであろう、互いの運命を思い、視線を絡ませた。
その視線を、先に逸らしたのはシャルバートの方だった。
「私は、まだ諦めた訳じゃない。別件だけど、コスモフォワードシステムを研究させていた科学者たちが、新たな提案をして来たの」
「そうですか。しかし、もうそのような研究はあまり意味が無いかも知れませんが……」
シャルバートは首を振った。
「そうでも無いわ。私たち全員が助かる道を見つけてくれたかも知れない」
「それは、どのような……?」
「それを聞きに行きましょう?」
シャルバートは、シャンバルと共に、科学者たちの研究施設へ移動した。彼らは、相変わらず研究を続けていたのだ。
「ご案内します」
二人は、久しぶりに地上に出ると、宇宙港のあった台地へと地上走行車両で移動した。
ガミラスの攻撃で破壊しつくされた宇宙港は、穴だらけになっており、砂が覆っていた。その真ん中に、科学者たちは、二人を案内した。
「ここの地下です」
シャルバートは、辺りを見回した。
「何も、無いみたいだけど」
「イスカンダルの女王のみが、施設へ行けるように細工を施しています。女王、どうぞこちらへ」
シャルバートが彼の指示する場所に近づくと、突然突風が吹き荒れた。砂が集まり、四角い形のものが形作られた。そして、砂が吹き飛ぶと、そこには階下へ行くための入り口が現れた。
シャルバートとシャンバルは、目を丸くして、その入り口を眺めた。
「女王。あなたの遺伝子情報を確認して、自動的に入り口が現われる仕組みです。イスカンダルの女王の家系のお方以外は、この入り口さえ見つけられないようにしました。ここには、センサーで検知できない特殊なフィールドを展開しており、ガミラスでも、これを見つける事は出来ないでしょう。どうぞ、女王様」
その入り口の扉は、シャルバートが近づくと開き、暗い内部には階段が果てしなく地下へと続いていた。
「あなたは、数段階段を降りれば、下に辿り着けます。どうぞ、お先に」
シャルバートは、意味が分からなかったが、取り敢えずその階段を降りてみた。すると、どういう訳か、数段降りたところで、最下層の廊下へ辿り着いていた。
驚いたシャルバートは、階段を見上げてみると、入り口は、遥か上の方にあった。そこから、恐らくシャンバルと思われる人影が階段を降りようとしているのが見えた。
「どうなっているの?」
シャルバートは、不思議そうにその場に立ち尽くしたまま、後から来る一行を見守った。たっぷり、十分ぐらいかかって、彼らは、シャルバートのいる階下に降りてきた。皆、息を切らしている。
「じょ、女王様。この階段には、空間を転移する装置が組み込まれています。これも、女王様の遺伝子情報を確認すると、自動的に機能が働くようになっています。もしも、敵に侵入されるようなことがあれば、僅かですが隠れたり逃げたりする時間を稼げます」
シャルバートは、少し呆れたような顔をしていた。
「もう、いいのよ。私は、確かに女王を名乗っていたけど、もはや、ここに至っては、そこまで大切にしてもらう理由が無いわ」
シャンバルは、真面目な顔で言った。
「そんなことはありません。あなたさえ、生きていれば、イスカンダルの代々続いた王族の血は絶えることは無いのですから」
「そんなもの、もう、なんの意味も無いわ。それに、イスカンダルで、本当の女王シャラートや、私の妹も健在よ。彼女たちさえいれば、王族の血は失われることは無い……。それより、ここが、皆が生き残れるという場所なの? ここに、隠れているということかしら? でも、すべての民を招き入れるには、ちょっと狭いようだけど」
科学者は、先に立ち、シャラートたちを案内した。
「説明します。どうぞ奥へ」
シャラートたち一行は、まだ何も置かれていない棚の間を抜け、奥へと移動した。
「あ……」
シャラートは、そこに、まだ地上で生活していた頃、宮殿として使っていた建物の部屋に置いていたいくつかの調度品が置かれているのを見た。そして、置かれているテーブルや椅子は、同じ様に宮殿で使っていたものだ。
科学者たちは、このような落ちぶれたシャルバートの為に、まだ気を使ってくれていたのだ。
「皆さん……。ありがとう」
これらは、元々イスカンダルの自室で使っていたものだ。それを、アンドロメダ銀河の旅に持って行き、それからこの惑星で使っていた思い出の品々だ。ガミラスからの攻撃で混乱するさなかに、誰かが運び出してくれたのだろう。
科学者たちは、人心地ついた所で、そこで皆を座らせると、説明を始めた。
「ここで、皆で生き残る方法を考えました。先程入って来た入り口のように、イスカンダルの王族の遺伝子情報を持つ人間で無ければ、決して破ることが出来ない様々な仕組みを用意して、この場所を隠し通します。惑星ごと、破壊されない限りは、恐らく見つかることは無いでしょう」
「ふむ……。そういう事だったのね。しかし、さっきも言ったけど、皆を受け入れるには、ここは手狭な気がするのだけど。それに、食料だって、かなりたくさん必要になる筈だわ」
科学者は、大きく頷いた。
「その通りです。我々は、何とか生き残る術は無いかと様々な検討をしました。そして、コスモリバースシステムを応用した技術で、それを実現する方法を考え出しました」
科学者は、そこで、五十センチメートル位の立方体の黒い箱を取り出した。
「これは、コスモリバースシステムのコアとなる生命の記憶を閉じ込める為の箱です。我々は、この箱に記憶情報を収めて、ここで、災厄が去るのを待つのです。そして、安全になったらここから出る。それだけです」
シャルバートは、箱を凝視した。
「この箱に入る……? どうやって……」
シャンバルは、その意味する所に、彼女よりも先に気が付いた。
「我々の記憶をここに……? 身体はどうするんだ? 元に戻れたとして、本当にそれが同じ人間だと言えるのか……?」
科学者は、首を振った。
「この惑星には、現在一万人以上のイスカンダル人と、労働者のガミラス人がいます。皆さんの身体すべてを保存しておくのは不可能です。それだけで、大規模な施設が必要で、それを用意する時間はもうありません。ただ、女王様など、何名かの身体を保存して置くことは可能です。向こうに、その為の冷凍保存室を用意しています」
確かに、部屋の隅に扉があり、その向こうに部屋がありそうだった。
シャルバートは、あまりのことに、身体が震えだした。
「もう一つの質問ですが、理論上は、記憶を元の身体に戻せば、完全に元の人間に戻ると考えています。その違いを、本人も周囲も判断する術はありません。それから、身体を失う人々ですが、新たな技術として、イメージライフという合成人体を用意しています。現状は、暫定的に、後ろの十個のロッカーにそれを入れておきました。これを使って、ここから出た人間……我々科学者が望ましいですが、その他の人間のイメージライフを用意すれば良いのです。そうすれば、皆が生き残れます」
シャンバルは、慌てて尋ねた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。そのイメージライフと言うのは、所詮はロボットのようなものだろう? それでは、生き残ったとは、とても言えない」
科学者は、頭を振った。
「いいえ。それぞれの、遺伝子情報から、完全に当人と寸分違わず再現することが可能です。それに、ロボットではありません。本物の人間とは、ほとんど見分けがつかないですよ」
シャンバルは、シャルバートに言った。
「シャルバート様。こんな話を受け入れる事は出来ません。それならば、死んだ方がましと言うものです」
シャルバートは、まだ震えていた。
「シャルバート様……。大丈夫ですか?」
シャルバートは、シャンバルの手を握った。
「シャンバル……。これ以外に方法は無いわ。ガミラスがここへやって来たら、何をされるか分からない。私は、生き残る方法があるのに座視していることは出来ないわ。民にこれを公表し、希望を募りましょう。希望しない者は、これを受け入れる必要はありません。でも、多くの人々が、受け入れて生き残ることを希望すると私は信じます」
科学者は、手を広げて言った。
「ご理解頂けて、光栄です。私たち科学者は、ガミラスに捕まれば、恐らくイスカンダルの技術を渡すように要求されるでしょう。ですから、既に全員の意志を確認しています」
シャンバルは、立ち上がってその場から少し離れた。
「シャンバル……」
彼は、すぐには頭を整理出来なかったのだ。
そして、数日が経った。
シャルバートは、民衆の前で演説し、間もなくガミラスに襲われる事を伝えた。そして、助かる為には、肉体を捨て、記憶情報を残す手段を用意していることも。
多くの人々は、この事実に絶望し、中には、自死を選ぶ者も、何人も出てしまった。
シャルバートは、その度に涙を流し、人々の為に祈った。
そして――。
結果的に、シャルバートの話を、ほぼすべての人々が受け入れた。
人々は、地下都市のシャルバートに指示された場所に止められた車両に乗り込み、宇宙港へと運ばれて行った。この作業は、半月はかかる見込みだった。ガミラスは、半月もすれば、この惑星に降りてきてしまうだろうから、ぎりぎりのタイミングでもあった。
シャルバートとシャンバルは、遠巻きに、その様子を眺めていた。
「どうにか、間に合いそうですね。我々の科学者は、本当に優秀です。彼らは、どのイスカンダル人よりも、優先して保存状態に万全を尽くすべきでしょうね。今は、私なんかよりも、ずっと大切です」
シャルバートは、ぼうっとして人々の様子を眺めており、シャンバルの話を聞いているのか、よくわからなかった。
「どうされましたか? シャルバート様」
シャルバートは、そこで遠くを見る目をして、静かに語りだした。
「……結局、イスカンダルで母上が行った選択は正しかった。あのまま、私たちもイスカンダルに留まれば、母上は、絶望する人々に新たな希望を与えてくれたでしょう。星々を救済する任務を、生涯をかけて行うという。その方が、こんな惨めな思いをするよりも、遥かに良かった。私は、皆に酷いことをしてしまったのね……」
シャンバルは、それでも彼女を勇気づけた。
「それが、本当に幸せだったかどうかは、今となっては分かりません。あなたは、その時出来ることを精一杯実行しただけです。それに……」
「それに……?」
シャンバルは、今の姿のまま話すのは、もうすぐ最後になると覚悟を決めていた。その為、それまで言えなかった心の内を、彼女に伝えることにした。
「あの時、イスカンダルに戻れば、私はもうあなたと関わることは無かったでしょう。あなたは、第一皇女で、あの後、シャラート女王がお決めになった方と、ご結婚なさる予定でしたでしょう? ですから、私は、こうして、あなたのそばに仕えることが出来て、本当に幸せだったのです」
シャルバートは、彼の肩に寄りかかり、小さな声で言った。
「私もよ……」
半月後――。
惑星シャルバートのある星系に、総統ゲパート自ら艦隊を率いて訪れていた。
「本当に、もう大丈夫なんだろうな?」
「はい。我々の科学者が確認しています。それに、既に他の星系で実験を行い、もう影響が無いことを確認しました」
ゲパートは、満足そうに頷いた。
「分かった。惑星シャルバートの占領が完了したら、イスカンダル人は、全員奴隷にしろ。歯向かうものがもし居るなら、処刑して構わん」
ゲパートは、惑星シャルバートにまだ残されていると言う、波動砲艦隊を手に入れるのを、楽しみにしていた。そして、女王を勝手に名乗ったシャルバートを、跪かせ、公開処刑することを企んでいた。
「これでもう、この銀河は、我々ガミラスのものだ。そうだな、ガミラス……という国は我々はもう捨てたのだ。何か、違う名を名乗るべきだろうな」
ゲパートは、頭の中で考えた。
かつてのガミラス歴史上、国を二分して統一戦争を行った時代があったらしい。ガミラスに最後まで抵抗して戦った英雄のいた勢力があったと言う。それは、ガルマン民族と言う名だったらしい。さしずめ、ガルマン帝国と名乗るのはどうだろう?
ゲパートは、ガルマン帝国の初代総統として演説する時の自身を想像して、ほくそ笑んだ。
ガミラス艦隊は、惑星シャルバートに到着すると、軌道上から艦砲射撃で、地上の都市を徹底的に破壊した。
そして、上陸部隊が地上に降りると、イスカンダル人と、波動砲艦隊の在り処を探し回った。地下都市に侵入したガミラス兵たちは、既に何処にもイスカンダル人がいないので、所構わず荒らして回った。
結局見つかったのは、自殺したと思われるイスカンダル人や、ガミラス人の遺体だけだった。彼らは、シャルバートの誘いに乗らず、残った者たちだった。彼らの絶望は余りにも深く、皆自ら命を断ったのである。
「総統! 何処にも、イスカンダル人も、波動砲艦隊も見つかりません!」
「どういう事だ!?」
「もしかしたら、我々の監視の目を欺いて、逃げたのでは無いでしょうか?」
「監視を行っていたのなら、そんな筈は無い! 徹底的に、探すのだ!」
ガミラス人たちは、それから一ヶ月もの間、そこで捜索活動を行った。しかし、遂に見つからず、彼らは、その地を離れる事になった。
惑星ごと破壊する事も考えられた。しかし、巧妙に隠している可能性が否定出来ず、ゲパート総統は、監視部隊を残して去って行った。
それから五十年の年月が流れた。
シャルバートは、予め決められた日時に目覚め、冷凍保存装置から起き上がった。数少ない身体を残した人々の中に、シャンバルもいた。同じタイミングで、目覚める筈のシャンバルが、何故か起き上がって来ない。
不審に思ったシャルバートは、彼が保存されている冷凍保存装置を恐る恐る覗いた。
しかし、そこには、シャンバルでは無く、科学者の代表者が寝ていた。シャルバートは、真っ青になって、五個あった冷凍保存装置を確認した。どれも、科学者たちが入っている。
シャルバートは、目を見開いたまま、その場で倒れそうになっていた。
「どうして……!」
シャルバートは、はっとした。
人々を保存するのを二人で見送ったあの日、自分よりも科学者の方が大切だと、彼は言っていた。もしかしたら、最後の瞬間に、入れ替わったのではないか? そう、シャルバートは考えると、身体の震えが止まらなかった。
そんな……!
シャルバートは、倒れそうになる身体を引きずって、棚に収められた黒い箱を、確認しに行った。そこに、光が灯っていれば、再び彼に会うことは出来る。しかし、不安に駆られたシャルバートは、本当に大丈夫か確認せずには居られなかった。
棚に並べられた黒い箱には、それぞれ番号が振られている。シャルバートは、目的の棚に辿り着いた。
一番の箱は、シャルバートのもの。その箱は、シャルバート自身の記憶の光が瞬いている。その隣の二番の箱には、シャンバルが入っている筈だった。
しかし、その箱には、光は灯って居なかった。
シャルバートは、激しい絶望感に包まれると、その場に崩れ落ちた。
激しく動悸がし、嘔吐感が彼女を襲った。
シャンバル……!
あなたがいなければ、私は、生きていても、何の意味も無いじゃ無い……!
シャルバートは、泣き崩れて、長い時間、その場に倒れ込んでいた。
一時間もそうしていた彼女は、何かあったのか確認する為、ふらふらと立ち上がると、端末の置いてある場所に向かった。
そして――。
端末には、シャルバートに向けた、シャンバルからの最後のメッセージが残されていた。
「シャルバート様へ
もしかしたら、驚かせてしまったかも知れません。
そうだとしたら、本当に申し訳ありません。
私が入る筈だった冷凍保存装置は、科学者に譲りました。当初は、そのまま入ろうと考えていましたが、やはり科学者が万全な状態でいることが、皆のためになると判断し、最後の最後であなたが保存された後で交代を決めました。
それから、先に科学者たちには行ってもらいました。彼らに、記憶を保存する装置の起動を、私が出来るか心配されましたが、スイッチを押すだけでしたので、余り心配はしていません。ですから、私は、自分で装置を起動して、箱に収まるつもりです。
私の遺体があって、驚かせてしまうかも知れませんが、どうぞお許し下さい。
また、お会いできる日を、楽しみにしています
ユーリ・シャンバルより」
シャルバートは、ふらふらと、記憶を保存する装置の在り処を探した。その装置は、焼け焦げたような跡があり、装置の起動中に、何らかの事故があったのが伺えた。
恐らく、装置が彼の記憶を抜き取る最中に、故障して箱への保存に失敗したのだろう。
そのそばには、白骨化した遺体が倒れていた。
恐らく、それがシャンバルだったものなのだろう。
シャルバートは、力無く、乾いた笑い声を出した。
彼女の絶望は極限に達した。
もはや、母なる星にも戻れず、大切な人もこの世に存在しない。
彼女は、冷凍保存装置へとふらふらと戻ると、冷凍装置の電源だけを切り、中に入って眠りについた。こうしていれば、眠りについた後、冷凍保存されずに彼女の身体は朽ち果てる筈だ。
そうして、彼女はシャンバルの夢を見ながら、眠りについたのだった。
続く…
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開、または公開を予定しています。
注)ヤマト2202の登場人物は、役割を変更して登場しています。