悪夢を孕んだ正義を掲げる愚鈍な民への粛清。
世界をまもり、救いたかったたった一人の勇者の判決。
「はぁっ、はぁっ」
日の暮れた森の中、一人の少女が落ち葉を踏みつけ、疾走していた。黒のロングの髪は所々に白いベタベタとした液体が絡みつき、その頭から生える二本の角が彼女が人間ではないと証明していた。しかし、そんな角も、片方は中腹から折られており、歪な形になっている。服はほぼ破け裸同然、その体にもべったりと白い液体がついている。そんな彼女の後方から白い服に身を包んだ集団が必死の形相で追ってきている。その手に握られた簡素な作りの魔法杖から様々な魔法が放たれるが、射程外なのか彼女に届く前に効力を失って消えていく。
「絶対に逃すな!」
このまま逃げ切りたいが、少女の足では当然大人の足から逃げ切ることはできない。どこかで闘うしかないことはわかっているが、彼女につけられた首輪がそれを許さない。
「だが、この森は...」
「関係あるか!逃したらどうせ殺されるぞ」
白服の一人が追うことをなぜか止めようとするが、上司のような白服が怒鳴りつけ、後を追い続ける。
少女は魔族だった。それもただの魔族ではない。魔王の娘。だが、3年前に現れた勇者が時の魔王を殺し、その日から人間は魔族を捕まえ、女は玩具として拐い男は皆殺しにした。魔王の娘であった彼女は2年は隠れていたがそこで捕まってしまい、人間の性処理用の玩具にされた。そこに尊厳は一切なく、もし行為を拒むようであれば暴行を加えられ、特殊な薬を盛られ性行が強制的に行われる。
そんな彼女は輸送される馬車に同乗していた仲間の魔族の助けもあり、逃げ出すことに成功した。彼女を逃すために動いた数人は恐らくもう殺されているだろう。本来であれば魔族が人間の兵士に遅れを取ることはないが、この特殊な鉱石でできた首輪がそれを許さない。体には力が入らず、魔力も失ってしまう。こうなれば魔族もただの人間の女と変わりなくなってしまう。
少女は必死に逃げるが落ち葉に隠れていた木の根に躓き、転んだ拍子に男達に押さえつけられてしまった。
「このやろう。やっと捕まえたぞ」
「ここで一発薬キメて犯してやるか」
男の一人は押し倒された少女に馬乗りになり残りの4人が手足を抑える。口を開けない少女の股を弄り声が漏れた隙に空いた口に薬を入れた。
世界がゆっくりと進む様な感覚、体に触れている落ち葉の一つ一つがわかる程に、男達の息遣いが分かるほどに感覚が鋭敏になっていく。男の一人が装備を脱ぎ捨て行為に至ろうとしたその時、男達の頭部が落下した。下半身の露出して男を押し除け少女が立とうとするとそこには黒いフードをかぶった若い人間の姿があった。
差し出された手を借り、起き上がると人間はフードを外す。黒髪の少年、顔も風貌も普通の人間。だが彼女は気づいていた。見た目が普通であってもこの人間が普通ではない事に。
「貴方...何者ですか?」
「この森の住人です」
落ち着いた声、そこに嘘は無いと感じた。
「まずはフードを」
手渡されたフードを被り、身体を隠しながら森を進む。数十分歩いた後に前方に大きな家が見えて来た。
「ありがとうございました」
思い出したように少女が感謝を口にするが少年は返答せず、家へと招き入れた。
「お!帰ってきた」
「リリー、魔族の女の子だ。恐らく避妊具なしで人間と性行させられた。処理を頼む」
少年の帰宅を喜び、その胸元に抱きついた白髪の少女に少年は淡々と指示を出す。
「魔族ね。わかった。ちょっと見せてね」
少女と同じくらいの身長、140cmくらいの白いワンピースを着た少女がフードを脱がせた。
「ちょっと!?」
「あー、そうだよね恥ずかしいよね。ほら、一回出て」
少女の指示を一瞬は理解していなかったようで少年は不思議そうな表情をしたいたが、すぐになる程といったように外へと出ていった。
「ごめんね。いい人なんだけど気が利かないの。身体見るからあそこのベットに横になってもらっていいかな」
少女の指示の通りにベットに横になる。白髪の少女は黒髪の少女を触診し、ウンウンと唸っている。それを受ける少女は先ほど飲まされた薬の効果が現れ、その触診にすら感じてしまっていた。
「ちょっと待っててね」
ベットから立ち上がり、少女はドアの外の少年に相談に向かった。
「結構中に入っちゃってる。でも魔族に聖属性の技撃てないしどうしよう。それに捕まるギリギリで媚薬飲まされたみたいで、内部からやると可哀想かも」
少年は少し考え、それでもやったほうが良いだろうから一回気絶させてからすれば良いと提案した。気絶の方法は少女の身を考えて少年の魔法で意識を奪う事になった。
「一瞬失礼する」
ドアを開け、こちらを除いてきた少年と目があった瞬間。少女の意識は奪われた。
「ありがとう。後は任せて、入っちゃダメだよ」
わかってると言いたげに手を振り、少年は家を後にする。鬱蒼としげる森の中を少し歩くと開けた丘に出る。その頂上で横になり、青空を眺めるその顔はどこか自虐的で、哀しそうだった。
「やっぱりだめ...か」
そのまま目を瞑り。目を開く。少年の表情から悲壮は消え、瞳が流れていく雲を映す。流れていったそれはいつしかそれはから離れていった。
「本当にこの世界を救う価値なんてあるのか?」
少年の小さな疑問は誰にも届かない。彼にも、彼女にも、そして、世界にも。
世界が危機に瀕する時、勇者は現れ。世界を救う。
全ての民、人、魔族、獣人、エルフ、その全てがこの伝承を信じている。そして、その勇者は確かに現れ世界を救っていた。悪事を働けば勇者が罰を与えると親は語る。だが、その悪事とは、何だろうか。まずまず、世界の危機とは何だろうか。
この世界の五種族は仲が悪い。お互いに侵略を繰り返し、戦争を行う。それが過度に行なわれていると判断されれば勇者がやり過ぎた種族に粛清を与える。だが、それは何の解決にもなっていなかった。勇者の襲撃によって弱った種族はその他の種族に襲われる。女、子供は犯され、男は奴隷にされる。そして正義は地獄を産み落とす。絶望と精液に塗れた顔をした女を、玩具として手足を切り落とされる男を、内臓が破裂するまで犯された子供を。そして勇者はそれを暴虐として裁けない。何故なら種族の罪では無いからだ。元はと言えば侵略を行った種族が悪い。だが、そこで生まれるのは棒大な復讐心だ。目の前で母が犯され、姉が犯され、妹までもが臓器が破裂するまで犯される。父は十字架にかけられて焼かれた。許せるわけがない。当然争いになるが少数派は勝てない、そこで勇者が敵の種族を倒してくれる。
永遠と続く復讐と怨嗟の螺旋。
勇者は悲しくもその中軸を担っていた。
そして明確に壊れ始めていた。
そしてこの日、ついに勇者というものは壊れた。
正義などない、この世界にあるのは無限の復讐。救うべきものはなく、故に一切の愚鈍な民は殺し尽くす。残酷に、凄惨に。一斉に各地の魔法陣が形成される。周囲の物は腐り落ち、地面は黒く染まる。事態の異常に気付いた民が逃げ始めた。しかし、あまりに遅過ぎた。魔法陣から割れた風船のように赤子の鳴き声を上げる肉塊が溢れ出す。それは都市を呑み、森を呑み、海を呑んだ。一切の民は圧殺され、絶望の中で犯人への復讐を誓う。
勇者だけがその光景を静かに眺めていた。
そして最後に自らも肉塊の海へと消えていった。