…新実装されたMI装備掘らなきゃ(使命感)
畏れ多く、恐縮です。皆さまのお陰様でございます、今後ともよろしくお願いいたします。
「……大丈夫かい、タカヒロ君。なんだか、生きることに無頓着のように感じるよ」
早朝に愛弟子のベル・クラネルを5階層へ送り出した日の昼下がり。今日はバイトも休暇となっていたヘスティアは、ソファベッドによりかかって読書をするタカヒロの向かいの席に腰かけ呟いた。
書物に向けられていた視線は途切れ、言葉の主が己に向けるサファイアの瞳へ。フッと軽く笑ってパタンと本を閉じ、より一層ソファにもたれかかり受け答える。
「半分正解、と言ったところかな。流石は神、よく見ている」
「これでも君の神様、親だからね。ベル君を可愛がってくれるのは嬉しい……なんだか最近は虐めているようにも見えるけど、ちゃんと君自身の目標も見つけなきゃダメだぜ?君は、オラリオというダンジョンに何を求めるんだい?」
「そう言われても、求めるものなど……」
―――だってモンスターぶっころしても武具の1つも落ちないんだもん。
という残念な本音をぶちまけるワケにはいかないのが彼の辛いところである。しかし、そのために戦い戦場を駆けてきたことも、また事実だ。
目的と結果が入れ替わって、装備集めに没頭した結果として世界を救った男が、その主目標を失ったために出来上がったのが今の彼だ。別に引きこもりということもなく、ベルとの鍛錬は欠かさないしフラっと出かけていることもある。彼が弟子に説いた戦う理由を、彼本人が手からこぼれ落としているというだけの話だ。
完全な居候となると色々と問題なためにダンジョンへ行くこともあるが、上層部で適度に稼ぐ程度にしか赴いた事がない。それもまた弟子の成長を確認するついでの行いでであり役割はサポーターで、彼が戦闘を行ったことは一度も無い。もし今のベルが5階層あたりをウロウロしていることを少年の冒険者アドバイザーが知れば、説教という指導の雷が落ちるだろう。
ダンジョンで行われるベル・クラネルの戦いに、彼は決して手を出さない。モンスターが集団で襲ってくるなどして彼の前で危機に陥った状況も何度かあれど、それもまた弟子の成長に欠かせないと傍観者に徹していた。そして彼の期待にこたえるかのように、少年は教わった技を駆使して危機を乗り越える。
彼がベルと共に戦えば、危機に陥った時に手を出せば、もちろん非常に安全な狩りとなるだろう。しかしそれでは、少年の成長は望めない。ステイタスにおける各種アビリティという数値の類は成長しても、この世界で言うところの発展アビリティ、ベル・クラネルとしての真の強さの類は育たない。筋肉を付けたところでスポーツで勝てるわけではないのと同じである。
今も昔も、人の手と経験によって育つモノに変わりはない。技術と呼ばれるその代物は絶え間ない努力の上に成り立つ代物であり、青年にとっても少年にとっても同じものだ。
青年とて、「もうこれで十分」と思ったことは無い。権能を発揮した神ですら屠れる程にまで技術を磨き、揃っているはずの装備を収集する理由の1つがそこにある。
例え1%の能力向上でも、可能性があるならばそれを追うのがハクスラ民だ。その程度しかステータスが上昇しなかったとしても、向上した己の実力と装備の性能は必ず応えてくれるものである。
後者の向上が期待できない現状においても、現在も弟子との鍛錬や勉強の合間を縫って自主トレを欠かしていない。重量物とは思えない程の速度で振るわれる盾の威力と狡猾さは、現役のソレと遜色ないほどに鋭く力強さを兼ね備えている。
だからこそ、戦士であるウォーロードは戦うべき道を見失っている。まるで、ゲームを極め卒業した人物が、アップデートがきていないそのゲームを再びプレイしているかのようだ。
守るものもなければ屠るべき相手もおらず、ならばと娯楽的なコレクターという道があるわけでもない。「装備がドロップしない」という真相までは見抜けないが、進むべき道を見失っている点を感じたが故に、ヘスティアは先ほどの一文を口にしたのである。
「……ベル君のように、女のケツでも追いかければ変われるだろうか?」
「どこかのまな板神とベル君を同じにしないでくれるかなー。ベル君は、そんなふしだらな男じゃないよ!」
珍しく下ネタの類を呟く彼を見る。「自分は迷子だ」と遠回しに訴えるタカヒロの心の声を拾って、彼女も悲しげな表情を見せている。
ベル・クラネルのように、自分を拾ってくれた神様の役に立ちたくてヘスティア・ファミリアへと入ったわけではない。青年にとってのこの場所は、一時的な止まり木のようにも受け取れる。
それでも、理由が後から生まれても構わない。青年がヘスティア・ファミリアを好きになってくれることが、彼女にとって今一番の目標だ。
「……ああ、そうだ。ただ後ろを追いかける下種な男じゃなくて、理想の隣に立てるよう藻掻き頑張る立派な雄さ」
顔を逸らして呟いた青年の顔が、優しく緩む。まるで遠くに居る子を見守る父親のようであり、同時に、その視界に自分自身を捉えていない。
しかし、今において彼が掌に持っている生きる理由だ。ベル・クラネルの成長を見守ることが、彼にとっての数少ない愉しみとなっている。
そんな青年のスパルタ英才教育を受ける少年だが、これほどの天才型はオラリオにおいても過去に例がない。レベル1から2の最速ランクアップ記録は、現在アイズ・ヴァレンシュタインが所持している1年だ。僅か一か月でリーチをかけていることが、どれほど異常かが分かるだろう。
ベル・クラネルが“十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人”を地でいかない為に、タカヒロが行っている鍛錬の内容も師弟の両方にとって難しいものがある。彼からすれば、ステイタスを更新するたびに別の世界線のベル・クラネルを鍛えているような感覚であり、匙加減が毎度の如く大きく変わるために調整が難しいのだ。
「ってことで、別に全く目標がないってワケでもないのさ。ベル君に色々と教えるのは、宝石を磨いているかのようで面白い。ステイタス更新のたびに、内外面共に強くなっているのがハッキリわかるよ」
「君の教えが優れているから、言い方は悪いけどあれだけ馬鹿みたいに強くなってるんだと思うよ……」
「自分の指導はさておき、何かしらの理由で引き起こされている急激な身体能力の向上に対して戦闘技術が追い付いていない。力任せに剣を振るえば7階層でも後れを取ることは無いと思うけど、だから今は5階層で制限を掛けている」
「うっ。すごいね、よくわかってる。タカヒロ君になら見せてもいいだろうね、これが昨日のベル君のステイタスだよ」
そう言って、彼女は一枚の紙をタカヒロに差し出す。そこには、部外秘である内容が記載されていた。
ベル・クラネル:Lv.1
【アビリティ】
力 :E:401
耐久:S:973
器用:D:554
敏捷:D:507
魔力:H:101
剣士:I
【魔法】
【ファイアボルト】
【スキル】
【
魔法が1つ、スキルが1つ、レベルアップもしていないのに発展アビリティが既に1つ。魔法はさて置くとしても、この3つは異常と言っていいだろう。
耐久については鍛錬とはいえ心の中で謝るしかなく、彼も心が少し痛んでいる。
いつのまにか発現している魔法は本人の口から聞かされていないが、これは発現した理由にある。基本として魔法に疎いヒューマンが魔法を発現することは、実はとても珍しいことなのだ。
オラリオにあるソコソコお高い酒場、“豊饒の女主人”から持って帰ってきた本を読んだ、というのが、まさかの原因である。何を隠そうその本こそ魔法を強制的に発現させる“グリモア”と呼ばれるものであり、お値段も最低でも数千万ヴァリスを軽く超え高品質のものならば億ヴァリスを上回る代物だ。
後の祭りとなってからそれに気づいたのはヘスティアなのだが、知らぬ存ぜぬの指示を出したために少年はタカヒロに対してもその指示を実行してしまっていたのである。
もっとも青年とて、もしそれを教えてもらったところでロクなアドバイスはできないだろう。魔法については、からきし疎いウォーロードが教えるべき内容ではないと考えている。
ともあれ青年が本で身に着けた知識をなぞるならば、冒険者になって一カ月程度の少年にしては破格どころか規格外のステイタスだ。
アビリティがDランクに達しているが故に、既にレベルアップが可能な条件の1つを満たしている。あとは何かしらの大成を行うことができたならば、晴れてレベル2になれるだろう。
と思っていたタカヒロだが、ヘスティアの口から驚愕の事実を知ることとなる。
「実はもうレベル2になれるんだ、君もベル君の異常さがわかるだろ?このスキルは君が来た2日目の夜に発現していたんだけど、ベル君にはスキルや発展アビリティ、もちろんレベルアップ可能なことについては教えていないよ」
「……もしレベル2になれば過去の最速記録すら話にならん速さか。そしてこのスキルはレアスキル、最近では固有スキルとも言うんだったか。見る限りだけど成長ブーストだ、ステイタス更新の度に別人になっていたのはコレが原因か……」
「そう、よく勉強しているね。ま、これらを持ってる本人に言わない理由も分かると思うけど……」
……まぁ、隠し事なんてできそうにないからな。と、タカヒロは呟き溜息を吐いた。目を閉じ眉間に力を入れて困ったような顔を全開にして、ヘスティアも盛大に溜息を吐いている。
少年の良いところであり、しかし悪いところだ。ではどちらを取るのかとなれば、やはり前者のウェイトが大きく、今時はレアスキルよりも珍しい正直かつ素直な若者である。
【
もっともアビリティ数値の上昇を早めるだけで、だからと言って剣術の能力などを上昇させるものではない。レベルアップも含め、ベル・クラネルが成長するかどうかは彼の冒険次第なのだ。
ちなみにレベルアップの保留については、タカヒロも賛成する意向を示している。当初と比べればかなり身についてきたとはいえ、基本となる戦闘技術が伴わない内は現状維持というのが彼の考えだ。彼の中で、まだ合格ラインは超えていないようである。
ところで今回におけるレベルアップのトリガーは、いつかの鍛錬において死亡一歩手前の極限状態から青年のメイスを完璧に受け流したことが影響している。“上質な経験値”とやらが曖昧なこの世界においては、何がトリガーとなるかは神ですら把握できない内容なのだ。何も、相手を倒さなければ経験値が入らないという道理はない。
「……で。話が戻るけど、タカヒロ君はまだ、冒険者になってみる気はないのかい?ボクも、君ならかなりいいところまで行けそうな気がするよ!」
それこそ、第一級冒険者のようにね。
と、ヘスティアはポジティブな言葉、若者にとって魅力的な内容でもって彼を焚きつけようと言葉を掛ける。彼女から見た一般的な“子”ならば、目を輝かせて憧れるような言葉の類だ。
しかし、メンヒルの化身は揺るがない。そんなものに興味は無いと言わんばかりに鼻で笑い、しかし心配してくれる彼女に礼の言葉を述べ。彼は先ほどまで読んでいた本を手に取ると、弟子のために知識の習得を再開するのであった。
神ヘスティア、思ったより青年が重症であることを知る。
となれば、なにをもって“やる気スイッチ”を押してあげるか。金や名声については先ほど鼻で笑われた上に、同様の愚痴から女性関係は逆効果だろうと考える。
程度は違えど、どちらも普通の冒険者ならば食いつく代物だ。そこまで冒険者に対する魅力が足りないかと考え、なんとかして良さげな言葉がないかと記憶を探り――――
「あ、そうだ。ヘファイストスが言ってたんだけど、51階層の泉にいるカドモスっていう強力なモンスターが、固有のアイテム!皮のようなレアアイテムを落とすらしいよ!」
それがゲットできれば一攫千金、男の夢だねー!
という、続けざまの言葉は彼の耳に入っていない。つい先ほどまで読んでいた本など興味ないと言わんばかりに輝く青年の目には、もう51階層のカドモスというモンスターしか映っていない。
固有アイテム、つまりMI。装備かどうかはわからない、むしろ確率としては低いと考えるが、MIというだけで青年の戦意は急上昇してしまっている。
零細ファミリアを束ねる女神・ヘスティア。苦し紛れに出した己の言葉が、己の胃を苦しめることになると知るのは数日後の話であった。
ステイタス的には(耐久と魔法を除いて)シルバーバックと戦う辺りと同じぐらいですかね。
主人公よりチート気味なベル君になってきました。
そしてヘスティア様の胃やいかに