その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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お詫び:92話 4人の夜 にてレフィーヤのレベルが4となっていましたが、3の間違いでした。修正しました。原作と同等と思って頂いて問題ございません。

21:20
手違いで他の話の文章が一部混じっておりました。
ウォーゲームはまだ始まっておりません。


102話 不本意な二つ名

 その1話の呼び名を、神回(かみかい)。物語のとある1話などにおいて、読者の心を打ち震わせるような展開があった際に使われる独特の言葉だ。

 その会議の呼び名を、神会(デナトゥス)。今回の意味はこちらであり、オラリオにおいて神々が行う会議のようなモノ。大抵は“神の宴”とセットで行われるモノであり、此度はアポロン・ファミリアが催した宴の夜遅くの開催となっている。

 

 バベルの塔で行われるこの会議で出される内容は、それこそ千差万別で様々だ。どこどこのファミリアが何した、どうなった、どこどこの眷属同士が争ったなど、他愛もない内容もいくつかある。

 少し前にソーマの酒造りが禁止された件もこの会議で話題に上がり、ああだ、こうだと神々の興味を引いていた。単純なことだとしても、色々と尾ひれ背びれをつけたり内容を増長するなどして神々は楽しんでいるわけである。

 

 もっとも最終的には、増長もされておらず過少にもなっていない事実のみが蔓延するのだから“その辺りのルール”は守られているらしい。しかしながらド田舎コミュニティよろしくここで上がった話題は一瞬にしてオラリオへと広まるために、中々に侮れないスポットなのだ。

 

 

 そして、翌日。

 

 

ルォォォキ(ロキ)イイイイイイイイ!!!」

 

 

 ラ行の巻き舌が特徴的な発言で主神ロキの名前を呼ぶベートは、埃を巻きあげながら廊下の床を蹴る音と共に“黄昏の館”を疾走する。モノ言いたいことがあるために自慢の嗅覚でロキの位置を突き止め、こうして突撃を見せているというわけだ。

 呑気に振り返るロキの目先では、瞬く間にベートの姿が大きくなる。心当たりのあるロキだがあくまでも内面では平常を保っており、「よっ!」と言わんばかりの仕草で手を挙げて言葉を発した。眼前で急停止したベートの発する風圧で、くくったポニーテールが鯉のぼりの様になびいている。

 

 

「おっ、どないしたんやベート?」

「どうしたじゃねぇだろうが、テメェその表情は確信犯だろ!?レベル6になった俺の“二つ名”、どういうことだ!!」

 

 

 59階層にて、精霊の分身を倒したロキ・ファミリア。その討伐、及び2体目の出現から生き残ったことは大量の経験値を与えると共に、偉業として認められたらしい。

 これにより、ベート、ティオネ、ティオナの3名はレベル6へ。レフィーヤがレベル4へとランクアップすることが可能となっていたのだ。

 

 もっともレフィーヤは保留となっており、もう少しステイタスを上げてからランクアップするらしい。残りの3名は目標数値に達していたこともあり、この段階でレベル6へとランクアップを遂げている。

 ヘスティア・ファミリアには兎の跳躍の如くポンポンとランクアップしている少年が居るために実感が薄いが、本来ならばランクアップとは、涙を流して喜んでも不思議ではないことだ。その際に与えられる、もしくは更新となる“二つ名”の存在も、当該者の心をくすぐることだろう。

 

 ロキが思い当たる節は、この“二つ名”だ。先の神会(デナトゥス)にて、ランクアップ者へ“二つ名”を与える任命式が行われたのである。 

 ちなみにティオネは怒蛇(ヨルムガンド)、ティオナは大切断(アマゾン)の二つ名をレベル5の時点で既に所持しており、これらは変わらず継続。問題は、凶狼(ヴァナルガンド)の二つ名を持っていたベートであった。

 

 

「ブフッ!な、なんや、そんなはしゃいで……き、気に入って貰えたんやな!」

「んなワケねぇだろうが!ぶっ飛ばすぞ!!」

 

 

 笑いを堪えきれないロキと、割と真面目に怒りを露にして食って掛かるベート・ローガ。新たな“二つ名”をイジられたことは、本日だけで既に2桁の回数に突入している。

 

 

「俺の新しい二つ名が“仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)”ってのは一体どういう了見だってか“ゼクシィ”って何のことだコラアアアア!!!」

 

 

 遠吠えならぬ雄叫びを耳にして堤防が決壊し、ロキは腹を抱えながら大爆笑。ゼクシィの意味こそ不明なベートながらも、仲人という文字からしてロクなことではないとの予想は付いていた。

 

 不本意ながらも何かと活躍している名探偵ベート君。ロクなことではないというその推察、大正解である。

 

====

 

 時は、先日の夜。神の宴が終わってから開かれた神会(デナトゥス)に遡る。話題はそれこそ様々ながらも、統一性もない点が特徴的だ。

 

 状況報告などの雑談の時間も一通りが過ぎたところで司会役の神が一旦場を治め、授業開始前に静まり返る教室のような空気が作られる。いよいよ場面は、二つ名の命名式へとなったのだ。

 ちなみにヘスティア・ファミリアにおいてはベルが対象となるはずだったのだが、ランクアップが秘匿されているために名を連ねてはいない。“暗黒戦士(ダークマター)”やら“超絶魔導(エクストリーム)”など痛々しい名前が次々と命名され、とある鍛冶師の番となった。

 

 

「えーっと、そろそろ終盤だな。それじゃ次は……ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。17歳男、レベル1から2へのランクアップだが……」

 

 

 先の例があるために、ちゃんとした二つ名を付けてあげようと気合を入れるヘファイストス。しかし、周囲の反応は至って静かだ。

 議論の議の字も始まらないとは、このことである。なぜだか女神連中は生暖かい目で彼女を見つめており、盟友ヘスティアですら口をへの字にして難しい顔をしている。その横に居る、タケミカヅチも同様だ。

 

 なんで?と言いたげに目を丸めてキョロキョロ辺りを見回す彼女だが、実の所は己に原因がある。ヴェルフに言われた文句を嬉しさのあまり周囲に言いふらしていたせいで、ここにいる神々全員が知っているなどとは予想にもしていない。

 

 

 事の発端は、ヴェルフがヘスティア・ナイフを作った辺り――――ではなく、更に昔へと遡る。それこそ、彼がヘファイストスと出会う前の頃だ。

 一個部隊を滅ぼすことができる“クロッゾの魔剣”を打てるという、世界中を探してもヴェルフ・クロッゾしか持ち合わせていない鍛冶能力。故に己の作品は二の次に、魔剣だ魔剣だと迫ってきた者の数と頻度は凄まじいものがあった。

 

 確かに魔剣だとしても、それもまたヴェルフ・クロッゾが打った武器であることに変わりはないだろう。しかしながら当時の彼は10歳を過ぎた頃であり、周囲のしつこさが反抗期と重なって、絶対に魔剣は打たなくなってしまっていた。

 精霊の血によって得た力を使わない、己の作った武器を認めて欲しかった。ファミリアにおいて仲間外れにされようが、疎まれようが、持ち得る意地。良い言い方をすれば“信念”でもって、その在り方を貫き続けた。

 

 

 その努力は、つい3か月ほど前に報われることとなる。初めて己の剣、魔剣ではない一振りを認めてくれた青年、そして少年のために躍起になり、成果が出なくて涙を流していた頃。

 あの時に主神ヘファイストスから授けられた言葉は、今もヴェルフの中で業火と成り猛っている。どこぞの装備キチのように、その言葉に心底救われた格好だ。

 

 故に、「流石は“ヘファイストス”・ファミリアの武器だ」と認められる一振りを作りたい。この女神に、認められる武器を作りたい。

 その想い、鍛冶へ注ぎ込む情熱の炎は、“この女神に認められたい”へと燃え広がって日に日に強さを増していた。そして打ちなおす前のヘスティア・ナイフが出来た時、簡潔に纏めるならば、「いつか貴女に認められる程の武器を作れたら、俺と付き合ってほしい」と想いを打ち明けていたのだ。

 

 

 そして場面は、ヘスティア・ナイフの打ち直しが終わった時へと進むこととなる。新造ではないとはいえ、間違いなくヴェルフ・クロッゾが打った一振りのナイフだ。

 一切の穏やかさを捨て去った表情でナイフを鑑定するヘファイストスを目にして、ヴェルフの額に汗が浮かび口はカラカラに乾いている。かれこれ4-5分が経過しているが、未だ決定は下されない。

 

 それほどまでに、今の彼女は本気なのだ。ヴェルフ・クロッゾという男が作れる中でこのナイフがどこに位置するかを見極めるべく、神経を研ぎ澄ませている。

 結果としては、文句なしの出来栄えだったらしい。故にナイフを納める鞘には“ヘファイストス”の名を刻むことが許されており、ヴェルフは初めて己の作品にその文字を刻んだのだ。

 

 

 つまり、己の作品が認められたということ。つまるところ三か月前の条件を満たしたこととなり、ヴェルフはそのことについて口を開いたのである。

 しかしヘファイストスの口から出てきた言葉は、かつて何度も眷属に告白され、誰もその想いが叶ったことはないという事実。何故かと一瞬だけ考えたヴェルフだが、思い当たる節が一つあった。

 

 彼女の右目にある、大きな眼帯。ハッとした表情をヴェルフが向けると彼女はそれに触れ、隠された下にはとても醜い顔が広がっていると告白した。

 天界の頃から、かつて何度も眼帯の下の醜さで傷ついてきたヘファイストス。故に己の右目については強いコンプレックスを抱いており、そんな傷を持った女とは付き合うべきではないと、今までに何度も眷属たちに素顔を晒してきた。

 

 

 それによって生じた結果は今のヘファイストスが独り身であることが物語っており、此度も同じだと決めつける。ゆっくりと眼帯を取ってヴェルフに素顔を晒し、否定の言葉を受け入れる準備を行った。

 しかし何故だか、相手は据わった表情のまま変わらない。驚きの表情に変わる彼女だが、男の様相はやはり不変。やがて男は「フッ」と鼻で笑って一蹴すると、次の一文を口にしたのであった。

 

 

――――貴女に鍛えられた(オレ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない。

 

 

 二言は不要、必殺の言葉でヘファイストス航空013便は恋の底なし沼へと墜落した。此度において蛙漁師はいないが、故に――――

 

 

「鍛えられたアッツアツの鉄でもってヘファイストスを墜とした男の二つ名だ、“カッコイイもの”を考えようじゃないか!」

「「「イイイイイイヤッホォォォォウ!!」」」

 

 

 暇を持て余した神々には、格好の玩具(エサ)となっていた。

 

 

「な、なんでみんな知っているのよヘスティア!?」

「あれだけ惚気といてよく言うよ……」

 

 

 驚きと今更の羞恥でワタワタするヘファイストスだが、先にヴェルフが発した文言はヘファイストス・ファミリア団長の椿が7回、ヘスティアに至っては20回以上の回数を聞かされている。壁に耳あり障子に目ありと言うわけではないが、どこからか耳にしてしまった者が居ても不思議ではない回数だ。

 故にこの場に居る神ならば、ヘファイストスに向けられた言葉を全員が知っている。そして鍛冶師と言うことで、剣をイメージする“†”の記号が組み込まれた二つ名の案が次々と出されているのだ。例を挙げればオッタルの二つ名をもじって“†猛火†(おうか)”など、単純に記号マークで遊んでいるモノもある。

 

 

「な、なぁ皆!ホラ、仮にもオラリオを代表する鍛冶師の相手だ!とりあえず“(コレ)”を付けるのはやめないか!?」

 

 

 善神タケミカヅチ、ヘファイストスのために仲裁を入れようと一人動く。ヘファイストスに拝まれる彼ながらも、実は彼自身がその記号にトラウマを抱えていた。

 直後、隣に居た二枚目俳優的な神、またの名をヘルメスが、タケミカヅチの肩をポンと叩く。振りまくグッドスマイルのままキラッと白い歯を輝かせ、次の一文を口にした。

 

 

「流石、“絶†影”ちゃんを眷属にする親が言うことは一味違うね!」

「野郎ォぶっころしてやらあああああ!!!!」

「グフォァ!?」

「ヘルメスが死んだ!?」

「「「この(ひと)でなし!」」」

 

「お、落ち着くんだタケ!次のランクアップで何とかなるさ!!」

「そうさ、俺がガネーシャだ!」

 

 

 炸裂する一本背負いからの卍固め。何故に柔道からのプロレス技なのかは不明であるが、無駄な勢いでガネーシャ(マッチョマンの神)まで乱入するという乱闘直前の阿鼻叫喚である。

 もっとも此度において、悪いのは完全にヘルメスだ。お気に入りの眷属に先ほどの二つ名を付けられたタケミカヅチの恨みはオラリオのダンジョンよりも深く、先の発言は完全に地雷を踏み抜いている。

 

 

「ってなわけで、ヴェルフ・クロッゾの二つ名は“不冷(イグニス)”でいいな!?」

「「「いいともー!」」」

「ああああああっ!!」

 

 

 とりあえず“†”こそ付かなかったものの、口説き文句を知っているヘファイストスが悶える程に大ダメージとなる二つ名だ。ヴェルフの名を呼ぶたびに、目にするたびにあの時の光景を思い出すという新手の羞恥プレイとなっている。

 公開処刑の真っただ中にいる彼女は、文字通りの嬉し恥ずかし。どこぞのlol-elf(ハイエルフ)よろしく頭を抱えて茹ってしまっており、卓上に突っ伏したまま動かない。

 

 

「そういえば恋愛繋がりなんだけど、ロキのところのハイエルフが男と一緒に居るのを見かけたって、うちのエルフ達が盛り上がってたぞ」

「え、あの“九魔姫(ナインヘル)”がか?」

「あー、それ俺のところも話が出てたな。見間違いだろうって結論だったけど」

「アタシの所もそうだねー。ロキ、何かあったの?」

 

 

 他愛もない話が出るために、こんな話題も出るわけで。オラリオ最大派閥であるロキは発言力も大きいために何を言っても通るのだが、どう返したものかと悩みに悩んでいる。

 ヘスティア・ファミリアに所属する冒険者では無い男とお付き合いしている、という事実をぶちまけるのは簡単だ。しかしそれを口にしたならば、絶対に根掘り葉掘りの言葉と己に対して一斉攻撃が向けられるのは明らかである。

 

 なんせここに集っているのは、娯楽に飢えて地上へと降りてきた神々共だ。カタブツのハイエルフが誰かと交際するなどというネタも、立派な燃料となるのである。

 

 もしもリヴェリア・リヨス・アールヴが、例えばちょっと位の高い男エルフと交際を始めたならば、ロキとて「実はなー!」と話題の渦中に飛び込むだろう。ロキとて、己の眷属である彼女が女性らしく立ち回れるのは喜ばしい。

 しかし此度の場合は、渦中が火中になっても不思議ではない。更に場所は活火山であり噴火口であるのだから、一度燃え広がれば消すまでには相当の苦労を要するだろう。

 

 精霊の分身すらも秒殺してしまうその火山(装備キチ)が噴火したならば、大災害は免れない。それでいて闇派閥に対する切り札である青年の実力を公にするのは好ましくは無いために、彼の名前は話題に上らせない方が良いだろう。

 とはいえ、こうも露骨に話題に上がってしまっては簡単に注意を逸らすことも難しい。故に災害の回避(生贄)として、とある一人の狼人へと白羽の矢が立ったのだ。

 

 

「実はうちのベートが焚きつけおったんや!皆、ええ二つ名与えてやってな!!」

「おっしゃ、なら次はレベル6になったベート・ローガだ!」

 

 

 結果として生まれたのが、容姿や言葉遣いからは千里の道程も懸け離れた二つ名、仲人狼(ヴァナル・ゼクシィ)。実際にタカヒロとリヴェリアの仲、間接的にアイズとベルの仲をブーストさせているために別に間違ってはいないのだが、ベート本人からすればその気は無かったために不本意極まりないモノである。

 そして、決められた二つ名はよほどのことが無い限り覆せることがない。このあとベートが男女の仲人を次々と依頼され、ブツクサと文句を言いつつ片っ端から受ける羽目になるのだが、それはまた別のお話だ。噂話曰く、上手くいった際は、「孫と曾孫に囲まれて老衰で死にやがれ」という言葉を残しているらしい。

 

 

 

 ところで今回の神会(デナトゥス)において、ヘスティアに接触した一人の女神が存在した。戦力差のありすぎる戦争遊戯(ウォーゲーム)に、どのように立ち向かうのかを尋ねたのである。

 しかし、回答は至ってシンプル。どうやらヘスティアは、その神にも助力を頼むつもりはないようだ。

 

 

「君が心配する必要は無いぜ、フレイヤ。ベル君は、鍛錬で今よりもっと(これ以上強くなるとボクの胃が死ぬ)強くなるんだからな(から程々にしてくれ)!」

「わかったわ。鍛錬……そう、鍛錬ね……」

 

 

 美の女神が作る瞳が、怪しく光る。妙にきな(ポンコツ)臭い動きを見せながらも、オラリオの夜は過ぎていくのであった。

 




口の悪さは天下一品だけど、根っこは優しいベート君。
これ以降はマトモな出番になる……はず!

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