その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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103話 休日の遭遇

 運命の夜から一夜明けた、オラリオの街。数多ある掲示板の全てに、とある内容の羊皮紙が中央にデカデカと掲示されていた。

 

 “ヘスティア・ファミリアがアポロン・ファミリアとの戦争遊戯(ウォーゲーム)を受託。”

 

 人伝か、もしくは掲示板の張り紙を目にして。その知らせは朝一番から波紋のように広がり、ここしばらく大きな抗争の無かったオラリオの街に駆け巡った。

 冒険者登録しているのはレベル2が一人の零細ファミリアと、中規模の上位に入りそうなファミリアとの抗争。故に聞こえてくる声もお祭り騒ぎ的なものではなく、消化試合に対する感想のようなものばかりだ。

 

 なお極一部では、またこれとは違った感想で溢れている。よりにもよって一番ヤベーところに申し込んだものだと、アポロン・ファミリアの葬式でもあげてやるかと、水面下で談笑が生まれている程。

 同時にギルドが行っている賭け事の類も開催されるのだが、オッズはお察し。だというのにロキ、ヘルメス、ヘファイストス、フレイヤ、タケミカヅチ、その他数か所の各ファミリアや“豊饒の女主人”などの者は何故だか揃って博打を打っているのだから、そこかしこで疑問符も芽生えているのは仕方のない事だろう。

 

 当該者であるベルは、本日はアイズとみっちり修行中。とりあえず1日は我武者羅に剣を振るうべきだとの師の教えに従っており、少し残ってしまっているであろう、相手への怒りの類を発散させることが目的だ。

 

 

「少し早かったか……」

 

 

 そして当の師匠は滅多に人気(ひとけ)のない場所でデート待ちという惚気具合。緊張感の欠片も無いが、万が一にも参戦となれば欠伸をしながら薙ぎ倒していくことだろう。

 比喩表現抜きに、やろうと思えばそんなこともできるのだ。当の本人は、そんなことよりもと、考えを今に向けている。

 

 表情こそ不変ながらも先日の一件と相まって「テンション上がってきた」的なモードに突入しかけている青年は、約束の20分前に到着している。恐らくは10分ほど待つことになるだろう。

 さわさわと風が樹々を撫でる音が響く程に、静かな場所。ベンチに腰かけ、気持ちを落ち着かせるために深めの息を吐くと、自然と心が洗われる。森や滝などとはまた違った癒しの力は、何事にも代えられない。

 

 後ろから足音が聞こえ始めたのは、十数秒後の出来事だった。てっきり10分前に来るものだとばかり思っていた青年は、相手も待ちきれなかったのかと、いつかの立食会の時を思い返して口元が緩む。

 このデートが終われば、暫くは出かけることもできなくなるだろう。故に、今日は思いっきり羽を伸ばしたい心境なのだ。

 

 しかしながら、なんだか聞こえてくる足音が少しだけ重い気がする。恐らく静かな周囲の影響か、違った靴でも履いているのだろう。そう判断し、近づいてくる気配をそのまま追っていると、一直線にタカヒロの元へと向かってくる。

 こんなところに来る物好きは、約束を交わしたリヴェリアぐらいのものである。そう言えば彼女が真正面から歩いてくる姿は中々レアだなと惚気けた思考を巡らせる男は、優しい表情でその姿を目にしようと振り返り――――

 

 

「……」

「……」

 

 

 筋肉モリモリ、マッチョマンのヘンタイ――――ではなく猪人であるオッタルがそこにいた。普段ならば絶対に気づいていただろうが、本来の目的が目的であるために、完全に気が抜けていた青年である。

 

 艶やかな長い髪も、宝石のような瞳も、ガラス細工の如き細い身体もそこにはなく。

 視界に広がる、圧倒的な筋肉。ひたすらな筋肉。どこまでも筋肉。

 

 

 一言で表すならば、「むさ苦しい」。

 

 

 俗に言う細マッチョとは違って、ガッチガチのムッキムキ。故に爽やかさなど無縁そのもの。

 いや、人によっては“汗の混じった爽やかさ”あたりが該当するかもしれない。しかしタカヒロにとっては、間違いなく該当に値しない内容だ。

 

 と、いうことで。

 オラリオのヤベー奴が望んでいた、者でもモノでもないことは明白であり――――

 

 

――――貴様だけは、どう間違っても、絶対にヒロインじゃぁない。

――――な、なぜ殺気を向けられる!?

 

 

 ノベルタイトル、“オラリオでヒロインのオッタルに出会うのは絶対に間違っている。”

 

 

 だろうか、ではない。小数点以下の確率で得する者も居るかもしれないが、間違っている。

 

 そんな感想を表すかのように眉間にしわを寄せ、来訪者にガンを飛ばす青年が約一名。口元こそ笑っているものの、オッタルからすればヤベー笑顔以外の何物にも見えないのだ。

 己が何かしたのかとアタフタするも、後ろからとはいえ武器も鎧も無しで近づいた程度であって何が悪いのかサッパリと分からない。もちろん何も悪くないオッタルは、放たれる殺気を受けて額に汗を浮かべるのであった。

 

 

「……ダブルレアMI(ドロップ率0.1%)装備よりも珍しい、自分のピュアな気持ちを返せ」

「なにが!?」

 

 

=====

 

 

「……何がどうなっているのだ、これは」

 

 

 約束の10分前にやってきた私服姿のリヴェリアは、光景を見て思わず腕を組み、少しだけ顔をしかめた。フレイヤ・ファミリアの珍しい人物が居ることもあるのだが、光景が意味不明である。

 自分自身の左拳を右手のひらで掴んで指を鳴らしているタカヒロと、壁際に追い詰められてホールドアップしている、レベル8のはずの猪人の組み合わせ。何か互いに会話を行っているようだが、流石にそこまでは読み取れない。

 

 もっとも、その二人だけでも彼女からすれば妙な組み合わせである。見知らぬ者にあのような態度を取ることは無いタカヒロゆえに、リヴェリアは二人が知り合いなのだと判断した。

 そして理由は不明なものの、己の相方が“おこ”である。今までに怒ったところを見たのは、かつてのベート事件の一件だけ。故に、オッタル側が相当の事をしでかしたと考えている。

 

 

「だ、だからだな、フレイヤ様たっての頼みを伝えに来たのだと――――」

 

 

 どう頑張っても超えられないヤベー奴の肩越しに、見たことのある女性(リヴェリア)の姿が映って声が止まる。私服姿の彼女を見て、オッタルは色々と察することが――――できるはずもなく、何故だかリヴェリア(ナインヘル)が来たとしか認識をしていない。

 やってきた相手も、取り分けて気にしている様子は出していないために猶更だ。青年との約束ながらも明らかな第三者の姿があるために、ファミリアで見せるような普通の対応を行っている。

 

 

「お、おや、ナインヘルか。何か所要だったか」

「ああ、まぁな。しかしながら、何かあったのか?猛者」

 

 

――――そして、お前は何をしている。

 

 彼女の視点においても、普通の様相ではない。そう言いたげな視線が向けられたタカヒロは、フンと軽く鼻を鳴らして距離を取った。完全に拗ねている。

 解放されて溜息を吐くオッタルは、心身ともに疲労した様相だ。表情は二回りほど年を取ったかのように老けてしまっており、やつれている。

 

 そんなオッタルの口が開いたのだが、どうやら、タカヒロにお願い事があって訪れたらしい。急ぎということも無いのだが、待ち合わせ場所に行く彼の姿を遠くに目にし、後を追った格好である。

 

 

 で、その内容とは何ぞや。そう言いたげに隙間なく並ぶ二人を視界に捉え、オッタルは頼まれた内容を、一字一句違わぬよう口にする。

 

 

「四人だけでズルい、私も混ぜて欲しい。と、フレイヤ様からの伝言だ。確かに伝えたぞ」

 

 

――――理解できるか、タカヒロ。

――――到底、無理だ。

 

 そう言いたげな顔と視線が互いに向けられ、心境は即座に一致した。せめて要望の大筋ぐらいは聞いてこいと、青年は少しばかり“おこ”である。

 なんだかんだ脳筋が多い、フレイヤ・ファミリアにおける眷属の短所だろう。彼女たってのお願いとなれば、とにかく言われたことを“そのまま”実行してしまうのである。

 

 タカヒロは「貴様は理解できるのか」と問いを投げるも、我に返ったオッタルは考える人と化してしまう。この場においてフレイヤに一番近い者がコレでは、他人がどう受け取るかは語るまでも無いだろう。

 

 

「……自分の中の、貴様に対する評価が変わりそうなのだが」

「おや、上げてくれるのか」

 

 

 どのように受け取ったら、そのような解釈になるのだろうか。

 

 

「按ずることは無い、滝の如くダダ下がりだ」

「頼むから維持して欲しい」

 

 

 そもそも“混ぜろ”とは何がしたいのだと問いを投げるタカヒロだが、オッタルも混ぜろとしか聞いていないらしく、今更ながら腕を組んで唸っている。援軍かと考えたタカヒロだが、実際の戦闘についてフレイヤは傍観に徹することとの命令を出しているらしく、共闘ということはないらしい。

 他に何か言っていなかったかタカヒロが問いを投げると、オッタル曰く「ヘスティア・ファミリアが鍛錬を行うらしい」的なことをフレイヤが口にしていたらしい。ますますもって、謎が深まるばかりだ。

 

 とここで、“アイズ語”検定1級であるリヴェリア的には、今のやり取りからピンとくるものがあったようだ。「もしかしたら」との出だしで、自分の考えを口にした。

 

 

「恐らくだが、鍛錬の様子を一緒に見学させろ、ということではないか?」

 

 

 男二人、「ああ……」と、腑に落ちた模様。ならば、このタイミングでの発言も頷けるというものだ。混ぜろ、という意味も理解できる。

 なお、「また無茶ぶりを」と言わんばかりに、オッタルは眉間を摘まんでいる。己のファミリアにおける鍛錬も極秘事項だというのに、他のファミリア、それも主神がそれに参加させろと言うのが、いかに無理難題であるかは理解できる。

 

 それでも、他ならぬ彼女たっての要望だ。幸いにもそこの青年とは面識があるオッタルは、どうにかして主神の願いを叶えて欲しいと祈願する。

 タカヒロとしては別に支障がないのだが、ベルは現在レベル4。アイズとの戦闘でも思っていたのだが、あの場所は手狭となってきた。

 

 もっと広いフィールドということで50階層での鍛錬を考えているのだが、これにはリフトの使用が不可欠だ。とはいえロキ・ファミリアには知られているために、今更一つ二つ知っているファミリアが増えたところで変わらないだろうとも考えている。

 ということで、移動手段は問題なし。あとはフレイヤという機関車にくっついてくるだろう多数の眷属をどうするかだが、その点は要相談と(シャットダウン)すればいいとはオッタルの弁だ。タカヒロとしても、オッタルとベルとを戦わせたい所もあるのでウェルカムである。

 

 

 と、ここでリヴェリアが口を開いた。フレイヤ・ファミリアとは何かと関係があるようで、「また関わりを持つとはな」と言葉を零している。

 

 

「過去にも何かあったのか、リヴェリア」

「ああ……少し、昔の出来事を思い出してな。当時、私が闇討ちを受けたのもフレイヤ・ファミリアであった」

「待ってくれナインヘル。今、その話は……」

 

 

 リヴェリアが口にしたのは、随分と昔の話である。フレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアが抗争を行っていた時代、彼女が狙われ、フレイヤ・ファミリアがオラリオ中のエルフを敵に回した時の話だ。

 当時の様相がリヴェリアの口から語られ、早1分ほど。それを耳にするオッタルは、約一名が一転して無言を決め込んでいるために全力で冷や汗を流している。

 

 まるで、嵐の前の静けさとでも言わんばかりの殺気を纏う、その姿。破裂寸前の大魔法とも言えるだろう。かつてダンジョンの9階層で挑んだ場面を思い出し、オッタルの全身に嫌な汗が溢れ、同時に静電気が走った。

 まさしく目の前にいるのは、あの時に恐れた、加減を忘れかけている戦士の姿なのだ。物理的に手を向けられたわけではないものの、こうして対峙しただけで、己程度の戦意など容易に圧し折られてしまっている。

 

 本来ならば敵として対峙していたかと思うと、己が喧嘩を売った相手が間違っていたと再認識する。現に相手が纏う殺気は、かつて己が背中を追った、レベル9が見せたモノすらも程遠い。

 もっとも、青年がそのような反応を示すことも嫌という程に理解できる。己とてフレイヤがその危険に貶されれば感情がどうなるか、他ならぬ猛者自身が誰よりも知っているからだ。

 

 

 と、いうことで。

 

 

「……戦士タカヒロ。その件は、本当に心からすまないと思っている」

「……貴様も心底、苦労人だな」

 

 

 オッタルは、謝罪一辺倒の態度をとるほかに道がない。2メートルを超える屈強な身体の上半身が、何度も“くの字”に折れ曲がっている。ケアンの神である魔神ドリーグ(苦労神)を思い出したタカヒロは、怒りと共に同情の言葉が浮かび上がった。

 そのために答えとしては、オッタルもベルとの鍛錬を行う前提で許可が出される。その点は、オッタルからしても最良だ。流石に周囲への説明は必要であるために明後日からの参加許可となったが、その点については、オッタルも仕方ないだろうと言葉を残していた。

 

====

 

 用件が済んでオッタルを追い返せば、訪れるのは二人の時間。エスコートするかのようにとられた手を見つめたリヴェリアは、はにかんだ表情を浮かべている。

 元々具体的にどこどこへ行くと言ったような計画はないために、予定が狂ったと言うようなことも無い。二人は露店でサンドイッチとドリンク、2メートル四方の簡易的なシートを購入し、リヴェリアの提案で、とある場所へと足を運んでいる。

 

 実はこの場所、少し前にアイズがベルに膝枕をしていた秘密の高台。逃走した件を謝りに行った際、どこに行っていたのかとリヴェリアが尋ね、アイズが答えていたのだ。そんな場所を思い出し、今回は訪れたわけである。

 石造りの高台は景色もソコソコながら、まるで人気(ひとけ)が見られない。シートを敷いて雑談と共に食に舌鼓を打てば、なんちゃってピクニック気分が味わえる事だろう。

 

 

 その前に、大切なことがあるようだ。明らかに様子が変わったリヴェリアに対し、青年は、“あの件か”と察しがついていた。乱入者となったオッタルの所詮で、言い出すタイミングを失っていたのである。

 

 初回のデートの時に付けていた、小さく主張する髪飾り。今回は別の物へと変わっており、レフィーヤに選んでもらったものではなく、完全に彼女が自分で選び購入した代物だ。

 故に、その変化に気づいて欲しいのである。なんともまあ健気(けなげ)で思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、彼女をいじった際の反応を知っているタカヒロはグッと我慢し、少し遊んでみるかと気づく様子を見せずにいる。

 

 そんな青年の反応を見た彼女は、むっ。と片眉が下がりかけ、反射的に片頬が膨れそうになる。相手の顔の位置と向きならば、しっかりと見えているはずだ。

 なにせ相手は、戦いの際に見せる広い視野を持っている。加えて、自分の事ならば気づいてくれると信じて、リヴェリアは相変わらずアピールの真っ最中。焦りと悲しみが7対3ぐらいの表情になっていた。

 

 そんな姿をいつまでも眺めていたいと思ってしまうタカヒロは、未だ気づいていない振りをしてみると、相手の必死さがレベルアップ。ココ!と言いたげに、わざとらしく視線誘導をしたり、行う手振りの通過点にするなどして必死さを隠していない。

 思わず吹き出しそうになるぐらいに可愛らしい仕草も放置しすぎると可哀そうなだけなので、そろそろ気づいてやるかと、青年は目ざとく見つけたようなリアクションをして「新しいアクセサリーが似合う」と薄笑みで褒める。すると彼女は青年の腕を抱き寄せ寄り添い、心からご満悦の微笑みを見せるのだ。

 

 

 そうこうしているうちに昼時となり、シートに並んで腰を下ろした二人はサンドイッチに口を付ける。セット品であるために小さな大きさ、様々な具材が並べられており、飽きることは無いだろう。

 通り抜ける風は心地よく、複数の意味で火照る身体に心地よい。つられるように互いの声も柔らかく、普段は仏頂面な男の表情も影を潜めている。互いに談笑を続けながら、手に取るサンドイッチの具材についても会話が弾んでいた。

 

 

「おや、鶏肉か?それも美味そうだ」

「ならば口を開けろ、食べさせてやる」

 

 

 返ってきた予想外の発言に、「ガキじゃあるまい」と呟きながら苦笑したタカヒロ。確かに相手から見ればまだまだ幼いかもしれないが、年齢上は立派な成人だ。

 ともあれ、回答こそ捻くれているものの満更ではない、この状況。加えて相手が「あーん」と言わんばかりのノリノリな表情でサンドイッチを口元に近づけてくるので、応えてやるかとかぶりついた。

 

 口に含む直前、例えば半分程度をかじった際の光景が頭に浮かぶ。もしも溢れ零れ落ちたタレが彼女の服を汚す事があるならば、最も起こしてはならない結末だ。故に、更に数センチほど顔を前に出す。

 てっきり照れながら一口だけ食べるのかと思っていたリヴェリアだが、半分正解。一口は一口でも、まさかの一口で“ほぼ全部”持って行かれたわけである。

 

 

「こ、こら、全部を口に含む奴があるか!」

 

 

 今日も今日とて人気のないエリアばかりを選んでいる、このバカップル。単に乳繰り合いたいだけの可能性が、小数点以下の確率で在り得ている。

 




隙あらば惚気。装備キチ浄化中。次回、鍛錬パートです。

ところで本作のフレイヤですが、可愛い近所の少年にチョッカイかけてるショタオネーサン的な立ち位置ですので強硬手段をとることはありません。
でも誘惑に負けてベル君側からホイホイ付いて行っちゃったら食われます()

強化ミノをぶつけたのは単なるオッタルの暴走です。
そしてフレイヤ様は22話の時のように強化ミノの恐ろしさを分かっていないという()

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