その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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105話 戦士達の鍛錬(2/3)

 話が脱線したものの、しかしコミカルな雰囲気もそれまでだ。二枚の盾を持つ戦士が僅かに盾を掲げて腰を落としただけで、場に漂う空気が一変する。

 フレイヤとリヴェリアを含めた4人の観戦者の表情にも力が入り、バトルフィールドを見据えている。足を伸ばして座っているベルも、正座を崩しているアイズに後ろから手をまわされて支えられつつ、それが気にならぬ程に集中した。

 

 三対一。更に三人側は、オラリオ屈指の強さを誇るレベル6が二人と、孤高と言えるレベル8。その三人がパーティーを組んだだけで、大抵のファミリアは滅ぼせてしまう程。

 だというのに三人に流れる冷や汗は、その量を増やしている。実際に対峙してこそ分かるが、相手が加減してくれていると知っているはずなのに、勝てると言う気配が微塵にも浮かばない。

 

 

 それでも、あのベル・クラネルを目にしたならば、気持ちの段階で負けることは許されない。恐怖を振り払うかのように雄叫びをあげた3人は、僅かにタイミングをずらしつつ、突撃を行った。

 先頭はオッタル、それにフィンが続き、ガレスが最後尾。この点は敏捷の数値も影響しているが、フィンが間に挟まることで、小回りの良さを生かすのだ。

 

 

「っ!?」

 

 

 攻撃が通じないことは予測通りだったが、振り下ろしとなったオッタルの一撃が地面に直撃するまで“加速する”ことになるとは想定外だ。故に刃は地面に深く突き刺さり、続けざまの行動が迅速に行えない。

 しかしながら最大の問題はそれではなく、体格のいいオッタルを“盾”にするかのようにして留まること。その隙にタカヒロが何度の攻撃を浴びせることができたかと考えれば答えは容易く、加えて続くフィンとガレスの突進を無効化してしまったのだ。

 

 さっそく一区切りとなり、オッタルは光景を思い返す。盾の曲面に刃を添わせ、峰の部分に達したならば、上から押し込むようにして振り下ろした先ほどの防御術。凄まじい力で地面へと突き刺さった剣では容易に対応はできず、タカヒロの身体は振り下ろされた剣の柄側へと回り込んでいるために実質的に使用不能。

 最初の目論見が見事に潰されたものの、だからと言って諦める三人ではない。試せると判断すればアレよコレよと次々と技を繰り出し、対峙する戦士は技にて応える。

 

 

「これは――――“こうしろ”ってことだね、タカヒロさん」

「そこは君が吟味しろ。示したのは一例であって、戦闘において唯一の正解は存在しない」

「なるほど、手厳しいが……望むところだ!」

 

 

 例えば囲碁においては、指導碁と呼ばれる打ち方がある。指南役がわざと隙を作って相手にそれを発見させることで、“このような技法もあるのだぞ”と実戦的に諭すのだ。

 相手が上手い指南役となれば、それこそ指導されていることに気づかずに、いつもより調子が良かったと感じる程のものがある。自分はこれだけ出来るのだと、自信を持つことができるのだ。

 

 タカヒロが行っているのも、ベクトルとしては同様である。青年が手加減していることは伝わっている3人ながらも、普段よりも己は良く動けていると感じており、疲れるものの気分が良い。

 そして、今までに知らなかった手法の数々に気づかされる。それがかつて見たベル・クラネルと似た技法であると気づくのに時間はかからず、己が高みへと昇る為に、体力の限度を気にすることなく全力で刃を交えている。

 

 

 そのうち復活したベルも参戦しており、青年に挑む男4人の特徴がハッキリしてくる。その中で最も小手先の技術が上手いとなればベルだが、戦闘経験量の差だろうか、最も応用が効いているのはフィン・ディムナだ。

 技術の引き出しはさておき、小手先の柔らかさでいえば、彼はベルを上回るものがある。本人を直接褒めれば、“年の功”とでも返されることだろう。戦闘の中に居た時間が永い為に成せるものであり、間違いではない。

 

 指南役も含めた5人の男は、相手する人物・人数を変えて、様々な戦いに挑んでいる。ソロだけではなく一対二、逆に二対一を経験することで、ベルを筆頭に全員の技量が引き上げられているのだ。

 アイズも強くなるために参戦しており、挑む側のフィンやガレスが疲労で倒れる事も珍しくはない。教える側も危険を感じ取れば直ちに身体を張って戦闘に割り込み中断しているために、万が一が起こることもないだろう。

 

 

「クラネル君は左から差し込んだよね。今の一連の流れ、どう思った?」

「相手が師匠ですから対応できただけでしょう、悪くなかったと思います。差し出がましいですが、もしくは今の場面でしたら……」

「なるほど、それも良い」

「試してみたいな。ガレス、一度受けてみてくれないかい?」

「良かろう、相手になるぞ」

「じゃあ、オッタルさんはそっちからお願いします」

「ああ」

 

 

 そしてタカヒロが口にした、しっかりと検討することも忘れていない。あくまでも理論上での話ながらも、“そう捉える者もいる”ことを認識することで、理解する輪を広げるのだ。

 馬鹿正直に身体を動かすのも大事な鍛錬となるのだが、考えることも大事。様々なパターンを論理的に考え理解することで、ここ一番の動きが咄嗟に行えるというのがタカヒロの持論だ。

 

 そんなアドバイスを受けたために、アイズも交じって「ああだ、こうだ」と色々と議論中。言葉にするのが得意ではないアイズについてはベルがフォローするなど、何気に親密な関係も見せている。

 

 

「タカヒロ、そろそろ時間だぞ」

 

 

 議論もしばらくした時、タカヒロはリヴェリアの言葉に対して頷くことで返事とした。そして色々と鍛錬中のメンバーに声をかけ、昼食を兼ねた休憩を指示している。

 食事についてはタカヒロが総菜屋へと事前に発注しており、朝一で受け取ってから50階層へと訪れている。やや消化が良いモノで構成されており、栄養バランスも完璧、とまではいかないが一通りは網羅しているという抜かりなさ。

 

 個人の好みは分からないために味付けや品物は無難なものに収まっているが、それは仕方のない事だろう。今後はフレイヤとフィンそれぞれが、何か一品を持ち込むらしいと口にしている。

 フィンについてはタカヒロが「ロキ・ファミリアの食材を使って良いのか?」と問いを投げている。そしてフィンの回答としては、実はこの鍛錬はロキも知らないという秘匿具合のようであり、フィンもまた総菜の類を持ち込む手筈でいるようだ。

 

 ちなみに、主神に対して何をしているのか秘匿中なのはヘスティア・ファミリアも同じである。“鍛錬する”という内容“だけ”は包み隠さず伝えているだけに、ヘスティアもまた納得してしまっているのが現状だ。

 続いてフレイヤからの弁当持ち込み発言があった際、あからさまにオッタルが顔を背けた点をタカヒロの洞察力が見逃すはずがない。コッソリと聞いてみると青年もまた表情を歪め、昼食はこちらで手配すると押し切った。此度の鍛錬における、一番の英断であることは間違いない。

 

 

 食後、一時間ほどは仮眠もしくは座って休憩するようにタカヒロから指示が飛んでいる。各々はそれに従っており、フィンはタカヒロの横に腰かけて軽い雑談を行っていた。

 

 ベルは鎧を脱いでタオルで身体を拭くと、さっそく昼寝を行っている。いつかの鍛錬の成果なのかどうかは不明ながらも、起きている時よりも体力を回復させることができるだろう。

 しかし火照った身体というのはそう簡単に冷えないものであり、やはり寝苦しいのか少し歪んだ表情となってしまっていた。そんな顔を見てオロオロとしているアイズの横で更にオロオロとするフレイヤに対してオロオロするオッタルという、妙な構図が発生している。

 

 そこでタカヒロは、悩める少女アイズに団扇(うちわ)に似た何かを手渡している。ティンときたアイズは正座にて地面に座ると、ベルの頭を膝に乗せようと――――考えて、起こすと悪い為に我慢した。

 

 かつて“人形姫”とまで言われた、表情薄くリアクションも皆無な一人の少女。そんな彼女が、新しい素材を見たヘファイストスよりも生き生きとしているのは気のせいではないだろう。

 見せる表情は少女、ごく一般的な町娘のソレであり、そんな彼女へと時たま目を向けるリヴェリアもまた表情を緩めている。自分の分の団扇(うちわ)は無いのかと言わんばかりに頬を膨らませて抗議中な美の女神については、残念ながらオッタル以外は気に留めていない。

 

 

「微笑ましいね」

「まったくだ。この書類が無ければ、愚痴を零すことも無いのだが」

「り、リヴェリア」

「タカヒロ、一緒に頑張ろう!」

「……」

 

 

 ダンジョン50階層とは思えない穏やかな時間が過ぎるも、一時間とは意外と早いものだ。鍛錬再開の合図が出され、ベルも背伸びをして表情を整える。

 午前中とは打って変わって、今度は一対多数の鍛錬へと移行するようだ。フィン、ガレス、オッタル、そしてアイズとリヴェリアまでもが、レベル4程度に加減しているもののベル・クラネルに襲い掛かることとなる。

 

 

 襲い掛かると言っても、変な意味ではない。剣と剣が交わる、純粋な鍛錬である。

 

 

 戯言はさておき、ベル・クラネルからすれば全員が2レベル以上格上という難易度アルティメットな状況である。こうして対峙すると威圧に押されるが、負けじと目に力を入れて駆け出した。

 まず潰すべきは、明らかに魔導士。とはいえ、それは相手も分かっていることだろう。

 

 リヴェリアの護衛にはアイズがついており、たとえ男三人を突破したところで難しいものがある。そして、どのように突破するかを考えている余裕はない。

 目の前から戦士3名が迫っており、既に至近距離にきているのだ。マトモに相手をしていては、魔導士に付け入るスキを与えてしまう。

 

 そのへんの有象無象ならば、強引に突破することもできるだろう。しかし加減しているとはいえ、相手は全員が強者の類。

 真正面からぶつかっては、己のスタミナも大きく減る。故に――――

 

 

「おおっ!」

「むっ」

「やるではないか!」

 

 

 ベル・クラネルが選択したのは、突撃からのバックステップというフェイント行為。相手の攻撃を“わざと”一か所に集めて、理想的な一振りで明後日の方向へと受け流す。

 バランスの崩れた三名を確認して間髪入れずに全力で脇をすり抜け、敵の後衛へと突撃する。手に力を込めて迎撃の構えを見せるアイズだが、その覚悟すらも打ち消す驚愕の状況が作られた。

 

 

「っ!リヴェリア、下を避けて」

「わかった」

 

 

 ベルが選択したのは、ナイフ二本による高速の投擲。それぞれ魔導士の左胸元と右膝を狙っており、“レベル4程度の反応速度ならば”両方を防ぐことはできないだろう。

 故にアイズは、次の攻撃に備えやすい上方の迎撃を選択。下側の回避についてはリヴェリアとしても理想的であり、彼女は上段の迎撃をアイズに任せて詠唱に集中する。

 

 

 が、しかし。相手はアイズをよく知るベル・クラネル、そして持ち得る狡猾さは少年の師匠のお墨付きだ。

 この迎撃も、そして相手が取りえるであろう回避行動。それらもまた少年の想定の範囲内というわけであり、わざと左胸元とは別に“魔導士の視点から回避しやすい右膝”を狙ったワケだ。

 

 

「なっ!?」

「しまっ――――!?」

 

 

 油断、決して驕りではない。アイズとリヴェリア、双方が理想的な選択肢だったと言えるだろう。

 しかし、想定にしていなかった。まさか左胸元を狙った投擲のナイフ、その一本目のすぐ後ろに“二本目”が隠されているなど、まったく想定にしていなかった。

 

 鍛錬とはいえ、ナイフが持ち得る殺傷能力は変わらない。ヴェルフ・クロッゾが作り上げたナイフはアーマーはともかくバトルクロス程度ならば容易く切り裂き、レベル6とはいえ魔導士ならば奥深くに突き刺さることとなるだろう。

 そんな状況だというのに、ベル・クラネルは全くもって慌てない。そんな様相に困惑するアイズだが、自身は二本目の迎撃に間に合わない。リヴェリアもまた予想外もいいところで、回避することはできないだろう。

 

 

「……分かってましたけど、ヒヤヒヤしますね。対応ありがとうございます、師匠」

「気にするな、仕事の内だ」

 

 

 突如として魔導士の前へと差し込まれる、くたびれた黄金色の一枚の盾。突破どころか傷一つつかない状況にぶー垂れるベル・クラネルだが、そこは装備単位で地力の差があるので仕方がない。

 突進スキルで瞬くよりも早く距離を詰め、状況を処理したというわけだ。もちろんリヴェリアには傷一つついておらず、今回の戦闘はここで一旦終了となっている。

 

 

「ともあれ、見事だベル君。一応聞いておくが、投擲したナイフはどうするつもりだ?」

「そうですね、このメンバーですと……アイズさんとの戦闘中になんとか回収して運用するぐらいしか、方法が思いつきませんね」

 

 

 曰く、ともかくジリ貧を回避するために魔導士を潰すことを優先としたらしい。

 曰く、直感程度ながらも最初の三人が距離を詰めるたびに加減を緩めていた気がして短期決戦に持ち込むしかなかった。

 曰く、師匠が何とかしてくれると信じてヤッチャエ精神で仕込みの投擲を実行してしまいましたごめんなさい。

 

 二つ目についてはタカヒロも眉を歪めかけていたことであり、身体は大人・心が子供なオッサン三名にはお叱りが必要かと思っていた程だ。三つ目については信用してくれているということで嬉しいものの、自分の仕事だと認識している。

 

 今回ベルの相手として集まってもらった、男三名。ベルよりも強さが上である者との鍛錬は、少年にとって実力を伸ばすのに最適と言える一つの環境である。

 しかしそれは強い者が相手の為の戦い方をするという前提条件の元に成り立っており、強さをひけらかして圧倒するだけでは何の鍛錬にもならないのだ。収穫がゼロということはないだろうが、効率が悪いのは事実だろう。

 

 

「そうか。ならば、次に加減を誤った者に対しては……自分との鍛錬の時に、同じ処遇をくれてやろう」

 

 

 そんな発言を耳にしてギクリとする三名ながらも、図星であるために各々が明後日の方向に向いていた。あからさまに口笛を吹いているフィンが、最も不審者と言えるだろう。なお、音程もキッチリしており妙に上手い。

 

 

 ともあれ釘を刺された面々は、その後はキッチリとレベル4程度での立ち回りを遂行することとなり。ベル・クラネルの鍛錬を中心としたブートキャンプは、充実した時間となって流れてゆく。

 

 




・小ネタ
ベル君がやった突撃からのフェイント→63話
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