いつもは朝一から出かけていた5名の冒険者も、今日からはその
具体的には、先の鍛錬に参加していたロキ・ファミリアのメンバー。フィン、ガレス、アイズ、ベートの4名である。
「……上がっとる」
ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館。昼食をとる前にロキの私室にて丸椅子に腰かけステイタス更新を受けていたフィンは、後ろから聞こえてきた一文を耳にして年甲斐もなく心がはしゃいでいた。
とはいえ、それも仕方のない事だろう。レベル6の後半も更に後半であるフィン・ディムナのステイタスは、大規模遠征から帰ってきた時でも5程度が上がれば上々なのだ。
故に主神ロキの口から出る文言は、大抵が慰めの混じった陽気なものとなっている。だというのに今回は先の言葉であるために、期待してしまうのも無理はないのだ。
上昇値は普段の2倍か、はたまた3倍か。言い出しっぺとはいえ例の青年を相手に実践的で数十分は気絶してしまう程のダメージを負った戦いも何度か行っていたために、もしかしたら20程も上がっているのだろうか。
言っては失礼ながら20日間にも満たない“鍛錬”であったことも事実なために、ここで一旦心が落ち着く。どうやら更新も終わったようで、ロキの手が発する温もりが離れていった。
はたして、結果や如何に。年甲斐もなく興奮してしまった心を抑え、フィンは事実と向き合うために立ち上がった。
「どれぐらい、上がったんだい?」
ワイシャツのような上着を着ながら、フィンは仮面をかぶったいつもの表情で振り返る。そこには老眼宜しく羊皮紙を顔に近づけ片手で顔を覆い、唸りに唸っているロキの姿があった。
「あ、スマン言い方が悪かったわ。“上がっとる”やのうて“上がれる”、言い換えるなら“達成しとる”や」
「上がるじゃなくて、達成……?まさか、ロキ!!」
「せや、よう頑張ったなフィン。なれるで、レベル7に……!」
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「次はワシじゃぁ!!」
「来ると思っとったわ。せやかてノックぐらいしーやガレス、誰か居たらどないすんねん」
「あ。お、おう、すまなんだ……」
フィンが小走りでロキの部屋を出てから数分後。ドアを吹き飛ばさんばかりの勢いで豪快にあけ放ち、ガレスはロキの部屋へと駆けこむようにやってきた。
理由としては、フィンの事実を本人から耳にしたためである。同じような鍛錬を受けていたガレスは、もしかしたらと思い、逸る気持ちが抑えきれない様相だ。
「ま、逸る気持ちはわからんでもないけどなー」
「まったくじゃ!ホレ、はようせい!」
「おちつきーや、お菓子を目の前にした小娘になっとるで」
「ガレスちゃんだよ゙お゙~!」
突然と野太い声が、部屋に響く。ピースサインと共にその場のノリ十割で放たれたこの一声で空気は凍り、ロキが物言いたげな目線を向けていた。
ハイテンションな点については無理もないだろう。自分と同じことをしていたフィンがレベル7になれるという事を耳にしたのだから、心の高ぶりようも仕方がない。
とはいえ。
「……控えめに言っても流石にキモいで、ガレス」
「……すまぬ、はしゃぎ過ぎたわい」
珍しく頬を染めて咳払いするガレスは、落ち着きを取り戻して丸椅子に座っている。ロキが口にした通り、先の野太い自己紹介では誰も得する者は居ないだろう。
ステイタスを更新した結果としては、やはりフィンと同じであった。ステイタスの上がり方に差はあれど、ガレスもまたレベル7へランクアップ可能な域に達してたのだ。
しかしロキとしては、大手を振って喜べない。これが普通の遠征帰りなどならばファミリアを挙げて大騒ぎしているところなのだが、此度においてはランクアップの理由が不明にも程がある。
なにせ、59階層で遭遇した死地ですらランクアップの条件を満たさなかったのだ。帰還後のステイタス更新では、フィンもガレスも落ち込んでいたことをロキもよく覚えている。
とここで、10日ほど前に一度だけ更新したベートのステイタス上昇値を思い出す。レベル6成りたてとはいえ驚異的な成長だったが為に、この3人で何かをしているのではないかという結論に達したのだ。
そこで黄昏の館に残っていたフィンを呼び出し、他に誰も居ないところでガレスと合わせて白状するように尋問中。露骨に目を逸らした二人の内、フィンの口から出てきたものは驚愕の内容であった。
「毎日ずっと50階層で鍛錬しとったあ~!?」
「そうなるのう」
「ごめんロキ、黙っていたことは謝るよ」
拝むような動作をするフィンだが、ロキからすればコッソリと鍛錬していたことはあまり問題ではない。団員のうち何名かも、コッソリとダンジョンでソロキャンプすることはある程だ。
問題は、鍛錬が行われた場所である。行くだけで10日はかかる50階層で“毎日”となると、明らかに耳にした言葉が“オカシイ”のだ。単純計算で、よくて1日だけ鍛錬できれば御の字と言えるだろう。
しかし、フィンとガレスを筆頭に5人全員は、毎日深夜には黄昏の館へと戻ってきている。翌朝の朝食に、ロキも何度か見かけたことがある為に間違いではない。
となれば、どうやって往復しているのかと考えるのは自然な流れだろう。参加メンバーは誰かと問いを投げて、返された面子の中に何故かフレイヤが居たことはさて置き、“約一名”が居たために納得した。
「タカヒロさん、確か今日は来ていたよね。お礼を言いたいんだけど、どこに居るか知っているかい?」
「ああ、来とったのう。ただ、あまり浮かない顔をしとったわい。いつも通りならリヴェリアの部屋か、執務室にでも居るのではないか?」
「何かあったのかな」
ヘスティア・ファミリアに所属する、例の青年。ロキは「あの“リフト”っちゅー奴を使ったんか」と呟き正解に辿り着いた。
ダンジョンの50階層、更にはそのなかでもピンポイントとはいえ、デメリット無しに一瞬でワープすることができ、オラリオの西区にも戻ってくることができる強烈なスキル。控えめに言って“チート”な能力を思い出して溜息を吐いているが、無理もない話だろう。
そのスキルを持っているだけで往復20日分*人数分の消耗品と時間とリスクをゼロにできるだけあって、探索型ファミリアの全てが欲することは明白だ。色々と借りがありすぎるために強く出れないが、欲しているのはロキとて同じことである。
なお、タカヒロが「リフトについてはヘスティアが知らない」と呟いていたことをフィンが口にして、ロキはヘスティアに同情している。割と真面目に彼女の胃袋を心配する悪戯の神ながらも、心の片隅で“全てを知ったヘスティア”を妄想して楽しんでいるのはご愛敬だ。
更に青年はリフトだけではなく、持ち合わせている強さも別格である。最終的には近接職6人まとめて襲い掛かったが綺麗に蹴散らされたことを耳にして、ロキからは乾いた笑いしか生まれていない。
それでもフィンやガレス達からすれば、明らかに少し前の自分達よりも強くなったことが実感できている。その事を真剣な表情で主神へと伝えると、ロキもまた真剣な眼差しを返すのであった。
「強くなったのは僕達だけじゃない。フレイヤ・ファミリアの“猛者”も、数か月前にタカヒロさんと手合わせをしたからレベル8になれたと言っていたよ」
「マジか。せやからフレイヤの奴、恩義を感じて“
そんなことはない。向ける視線はベル・クラネル一直線。感情表現は全開で隠す気配なし、鼻血ダラダラの残念女神である。
「ウチも恩の売り買いで話はしとうないけど、眷属二人をレベル7にして貰ったっちゅー恩も生まれたワケやな……」
「ははは、そうなるね」
「呑気に構えとる場合とちゃうでーフィン、なんとか裏に手ェ回して開催まで20日間の日程は取り付けたったけどなー。ここまでして貰って、ホンマに
「うーん。だって彼が居れば十分だろうし、向こうも気にするなって言っていたから、お言葉に甘えた方がいいんじゃないかな?もちろん、何らかの形で返したいとは思ってるけどね。返せるのかはさておいて」
「そこが一番の問題や!子供同士ならええかもしれんけどな、神同士やとゴッツ気にするんやー!」
「その調整も“親”の仕事じゃのう」
「ぐぎぎ」
ああだ、こうだと話は出たが、感謝は忘れずとも“貰えるものは有難く貰っておこう”的な精神に落ち着いたらしい。
しかし、双方揃ってランクアップについては現段階で“保留”となっている。もう少しステイタスを上げるのかと思っていたロキは少し早めの昼食へと赴いていったのだが、実のところは違っていた。
ロキ・ファミリアの発足当時から共に歩みを進めてきたもう一人の人物、リヴェリア・リヨス・アールヴ。後衛職それも魔導士でありタカヒロの指導を受けることができない彼女だけは、未だレベル7になれないままなのだと二人は思っている。
だからこそ、二人の中で躊躇の感情が芽生えてしまう。文字通り死にかける程に地獄であった鍛錬を終えたが故とはいえ、決断することができずにいた。
噂をすれば影が差す。そんなことを話していると、ロキに用があったのかリヴェリアがやってくる。心なしか御機嫌のようであるが、流石の二人もそれは見抜けずにいた。
ともあれフィンは、タカヒロがどこに居るかを問いている。もっとも彼が居るならば一緒に動いているだろうから帰宅したのかと、諦め半分な様相も見せていた。
「タカヒロなら、少し前に帰ったぞ。
「あらら、入れ違いか。仕方ないけど、お礼はまた今度かな」
「奴等の事だ、危なげなく勝利して戻ってくるさ。ところで、何に対する礼なのだ?」
鍛錬をしてもらった礼、と言い返すこともできただろう。しかし二人は、余程の事が無い限りはリヴェリアに対して嘘を吐きたくないのが実情である。
だからこそ、隠さずレベル7へとなれること。そして、かつてより3人で歩んできただけに、自分たち二人だけがレベル7になる点を悩んでいる事を告げていた。
「……フィン、ガレス。私は、お前たちの足枷なのか?」
二人の悩みに対し返される、真っ直ぐで玲瓏な声。“それがどうした”と言わんばかりに返された文言は、男二人の胸へと届いていた。
もちろんフィンとガレスの答えは、更なる高みへ行きたいという内容だ。鍛錬の時に見せていた雄の顔へと早変わりし、リヴェリアに対して己の決意を伝えている。
「ならば、お前達がやりたい事をすればいい。私など気にするな、上だけを見続けろ」
――――モタモタとしているうちに、アイツとの距離は更に離れることになるぞ?
それが、薄笑みを浮かべながらリヴェリアが発した言葉だった。直後にフィンとガレスは右手を差し出し、最後にリヴェリアがそれぞれの手のひらに重ねている。
ロキ・ファミリアの結成当時、主神ロキに言われて無理やりやらされていた、団結の誓い。今となっては滅多に行わないものの、躊躇なく行われるのは信頼し合う三人の仲だからこその光景だ。
「ありがとう。一足先に行っているよ、リヴェリア」
「すぐに追いついてくるんじゃぞ」
「無論だ、待っていろ」
昼食を終えて、フィンとガレスはレベル7へとランクアップを果たすこととなる。更新が終わった後、ロキも含めて四人揃ってランクアップの結末を知ったリヴェリアは、拍手でもって祝福するのだった。
が、しかし。せっかくだから自分もとステイタスの更新を申し出たリヴェリアは、予想外の事実を知ることとなる。
「……な、なんやて?」
「?どうした、ロキ」
サラリと、かきあげていた翡翠の髪がシミ一つないきめ細かな白い背中に流れ落ちる。ロキの細い目は見開かれており、またスキルでも発現したのかと身構えるリヴェリアだが、どうやらその程度のコトではないらしい。
「り、リヴェリア……な、なれるで、レベル7に」
「なんだと!?」
もともとステイタスとしては、ランクアップの条件を満たしていたリヴェリア・リヨス・アールヴ。ランクアップの条件としては、ステイタスのどれか1つがDランクに達しているという点が挙げられる。
問題は、残り片方の条件。神々さえ認める“偉業”が足りていないのは、前回のステイタス更新で明らかだった。もし前回の段階で所持していれば、その時にランクアップ可能なことはロキも知っていたことだろう。
しかし、原因は本人にも主神にとっても不明である。では、彼女は一体どこで偉業を成したのか。
それは、相方が必死に理性を支えている膝を、「えいっ」とコンニャク製のハンマーで叩いた時に他ならない。権能を振りまく原初の神々ですら落とせぬ青年の理性を即死させたという、前代未聞であり紛れもない偉業の一つであったのだ。
ともあれ、鍛錬の結果か魔力も999に達していたこともあり、彼女もまたランクアップを選択。これにて、三人共にレベル7に達したこととなるのは言うまでもないだろう。
「足手まといか?」と言葉を交わしてランクアップ完了の報告を受けた感動から、僅か30分。ロキ・ファミリアの古参三人は、神妙な面持ちから苦笑いへとフェイスチェンジするフィン・ディムナの執務室に集っていた。
「あー、うん。その……ともかく、おめでとう、リヴェリア」
「……すまない。どうやら、追いついたようだ」
「早すぎじゃ、拍子抜けにも程があるわい」
「なんだと?」
その後、置かれている状況が心からおかしいのか。腹を抱える三人の笑い声が、黄昏の館に響くのであった。
なお、すぐにランクアップの申請は行わず、
レベルアップ装置タカヒロ。
こいつが絡むとイイハナシも結局は……