その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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ここから数話が、アンチ・ヘイト タグの筆頭です。
このシーンのために当該タグがついてるダンまちの二次創作は多いでしょうね。

念のために記載しますが、作者としては決してベートが嫌いなわけではありません。弟子とかとったら良い兄貴分になりそう。
とはいえ流石に、あのツンデレ語は初見相手に理解しろという方に無理があるかと…。


12話 懐かしい記憶

 物語が聞こえる。娘に優しく語り掛ける、鈴の音のように心に響く優しい風。

 

 遠い昔。幼い頃に何度も耳にした、心が芯から安らぐ声。地べたに座り木に寄りかかる親子のために、草木はサワサワと心地よいBGMを奏でている。

 物語の語り部は少女の母親で、語る内容は英雄詩。一般ではハッピーエンドと言われる結末を持つ、幸せな物語。一人の英雄が姫を眠りから呼び覚まし結ばれる、ありきたりなストーリー。

 

 母の膝の上で物語に耳を傾けるかつての自分自身がふと横を見ると、ライトアーマーに身を包んだ父親が優しい顔を向けている。その姿を数秒見つめ、少女は1つの疑問を声に出した。

 

 

「わたしも、こんなものがたりにであえるかな?」

 

 

 腰ほどの背丈である少女の問いに、両親は顔を見合わせる。どうやら、そのような問いを投げられたのは初めてのようだ。

 そして共に、子が抱いた疑問も当然だろうと考え苦笑した。これほどまでに読み聞かせてきた物語だ、興味を持ったところで何ら不思議ではない。

 

 

「あなたも、いつか素敵な人に巡り合えるわ」

「ああ。私は既に母さんの英雄だからお前の英雄にはなれないが、いつか、お前だけの英雄に巡り合えるさ」

 

 

 優しい声と力強い声を耳にして、少女は母の胸に飛びついた。

 

 これが―――この光景が、夢であることはわかっている。

 一人の少女、その随分と昔の話。戦いの毎日に明け暮れ、忘れかけていたかつての記憶。黒い龍に立ち向かい、捻じれた空間に消えていった――――

 

 

「――――っ、いけない、もうこんな時間……」

 

 

 ダンジョンの51階層で遭遇したイレギュラーから日付が経ち、地上へ帰還した日の昼下がり。いつのまにか、アイズ・ヴァレンシュタインは自室で転寝をしてしまっていた。

 ダンジョンでいくらかの無理をした疲れもあっただろうが、今宵は打ち上げが待っている。就寝前の噂によると店側の都合ということらしいが、なんともハードスケジュールな話である。

 

 しかし、そのおかげで。少しぐらい眠る時間があると判断し取った睡眠で、かつての記憶を夢見ることができた。

 もう何年も見ることなく、正直なところ忘れかけていた昔の光景。ベッドから立ち上がった足取りは不思議と軽く、遠征帰りの直後だというのに調子が良いと感じてしまう。

 

 

「……でも、なんで」

 

 

 日が落ちてロキ・ファミリアのメンバーと合流し街中を進んでいると、ふと、人波にあの時の少年を感じてしまう。その方向を見るも、残念ながらその姿は存在していなかった。

 そして、気づく。己の中に燃えていた黒い炎が、僅かながらに弱まっている。スキルにまで発現してしまうこの炎が弱まったことは、過去に前例の無いことだ。

 

 

――――もしかして、あの少年が見せてくれた?

 

 

 出で立ちは全く違うが、記憶にある父親とどこか似た白髪。そうは言っても、似ているところはたったそれだけ。

 それでも、何らかのきっかけの1つになったのかもしれない。そう考える彼女だが、猶更の事、ミノタウロスから助けた時に怖がらせてしまったことを謝らなければならないと焦りの念が生まれてしまっている。ただの恥ずかしさから逃げているなど知る由もない。

 

 そんなことを考えているうちに、今宵の宴の場所。豊饒の酒場にたどり着いた。集団が店に入るとウェイトレスが出迎えてくれるが、ざわざわと騒めきも聞こえてくる。

 強く見られた視線を感じたのは、そのタイミングであった。目線を向けられていると思われる先に目を向けるも特に顔が合う者はおらず、気のせいかと流してしまう。なぜだか、ミノタウロスから助けた時の少年のものと似ていたために、彼女もドキリとした感情を抱いていた。

 

 目覚めた時は調子が良いと感じたが、先ほどから自分が調子がいいのか悪いのかがわからない。しかしもう一度会えるならば、怖がらせてしまったことに対して面と向かって謝罪をしたいと彼女は思う。

 構っている余裕は無い。自分は強くならなければならないという義務を感じている少女の脳は、いくら迷惑を掛けてしまったとはいえ、その少年など放っておけと告げている。

 

 己の中で、この2つの考えが矛盾する。彼女の中にある直感と本心はもう一度あの少年と会うべきだと主張しており、身体に刻み込まれている強くなるために剣を振るう思考と真っ向から対峙する。

 

 そして本心は、お礼をしたいと強く語り掛ける。自分が忘れかけていた大切な記憶を思い出させてくれたであろう、己の中の炎を弱めてくれた、あの少年に。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

――――なんで。なんでその話を、今ここで。

 

 

 そう思う彼女は、本気で理由がわからない。ミノタウロスを逃がすと言うファミリアの失態から少年を怖がらせてしまったという自分の失態に繋がるその一件を、なぜ蒸し返すかがわからない。

 俯き、腿に置いた拳を握りしめる。気さくな仲であるティオナが「怖い顔をしないで」と笑いながら絡んでいるが、今のアイズにあるのは負の感情だけだ。

 

 

――――やめて。それ以上、あの夢を見せてくれた少年を罵倒しないで。

 

 

 そう叫びたい彼女だが、少年が逃げ出した原因が自分自身であるだけに口を開けない。加えて周囲は酒もあってベートの言葉に大笑いして同調しており、勢力的にも不利である。

 少年への罵倒は続く。周囲の冒険者も、ここまで馬鹿にされる少年に対して流石に同情の念を抱いた時――――

 

 

「恥を知れ!!」

 

 

 破れるような大笑いにも負けない凛とした強い声が、酒場に響く。鶴の一声とも表現できる言葉によって場はピシャリと静まり返り、酒場の外からくるソコソコの音量の雑音と、調理場から聞こえてくる音だけが場を支配した。

 その一言で、少年を笑っていた面々のほとんどがギクリとし己の行いを反省する。恐る恐る発言者である緑髪のハイエルフを横目見るも、その表情は怒りを露わにしている。落とされた雷は、豊饒の酒場において聞こえない場所が無かったほどだ。

 

 

「そもそも17階層でミノタウロスを逃したのは我々の失態だ。巻き込んでしまった少年を探し出し謝罪する義務はあれど、酒の肴にする権利は無い」

「ハッ。流石、ハイエルフ様は誇りとやらがお高いな。気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

「ソレとコレとに関係があるか?お門違いもいいところだ、頭を冷やせ」

 

 

 冷静な口調から、駆け出しの冒険者を貶す狼人に対して見事な論破を見せている。ここで暴走しないだけまだ理性が残っているのか、彼は言葉の先をアイズに戻した。

 

 

「なぁ、アイズはどう思うよ。お前の前で、震えあがるだけの雑魚のことをよ」

「震えあがる……?」

 

 

 その問いに、アイズは疑問符を抱いた。月明かりほどの光りが場を照らしていた洞窟内部において、目にした光景を思い返す。

 

 ミノタウロスが繰り出した最初の攻撃は恐らく縦薙ぎの一撃、それを少年がどのようにして回避したかは分からない。しかし少年は、二撃目の突きによる攻撃。突進と組み合わされたその攻撃を、完全に読み切っていた。

 それでいて、偶然かどうかはわからないが出口側へと飛び退く姿勢を見せたあの行動。その瞬間に見せていた怯えは微々たるもので、少年を貶す狼人、ベート・ローガが言うような内容とは程遠い。

 

 立ち向かう。この表現が、もっともシックリとくるだろう。このような場で達した結論ながら、それならば最後の逃走以外の行動の全てに納得できる。装備も乏しい駆け出しと思われる少年は、勝ち目がないと分かっているはずの目の前の強者に立ち向かおうと覚悟を決めていたのだ。

 トクンと脈打つ心が、その結論に反応する。少年が抱いていたであろう覚悟がどこからくるかは分からないものの、非常にアイズ・ヴァレンシュタインの興味を引いている。知りたいという気持ちが自ずと沸き立ち、もう一度会いたいという感情が強さを増した。

 

 

「じゃぁ聞くが、お前はどっちがいいんだ?もし俺と、あのガキを選ぶならよ」

「私は、そんなことを言うベートさんだけは御免です。あの子の事を、何もわかっていない」

 

 

 彼女はキッと目に力を入れて、相手を真っ向から否定する。行方を見守っていた者たちも、アイズが口にすることは珍しいハッキリとした意見を聞いて驚いている。

 まさかの反応にたじろいだ彼からすれば今の回答は、あの少年を擁護、つまりは少年を選んだということになる。何故だと喚きたてるのは己の本性に反したのか、心からの本音を口にした。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 ギシリ。その言葉から続いた一分ほどの静寂をおいて、床板を踏みしめる音が強く鳴る。己の中に燃える黒き炎を弱める、何物にも染まっていない白い風が駆け抜ける。

 思わず、駆け出していく姿を追った。最初は目で、次の瞬間に首で、数秒後には立ち上がって店の入り口まで。

 

 しかし彼女は、それ以上足を踏み出せない。今以上、前に出した手を伸ばすことができない。レベル6ともなった己の脚力ならば、今から同じ方向に駆け出せば簡単に追いつけるだろうが、針金で固められたように微動だにしない。

 あの時の店の静けさだ。身内が発した罵倒は、あの少年の耳にも届いている。そんな状況において、根底となっていた罪について謝れるはずが、それどころか謝る権利すら持ち合わせてはいない。

 

 

 静まり返る店内に足を向けると、ティオナが「大丈夫?」と声を掛けた。他の皆も彼女の姿を見つめているが、アイズは明らかに元気がない。

 到底ながら、大丈夫と言える心境でもなければ僅かな愛想を振り撒ける状況でもない。彼女は力なく椅子に座ると、シンとした空気、しかし各々の苛立ちが垣間見えるピリピリとした空気が場を支配した。外から聞こえるいくらかの雑音がある分、全くの無音の状態よりはまだマシと言えるだろう。

 

 

「……すみません、店主」

「……なんだい?」

 

 

 ピリピリとした空気を払うかのように静かに響く、店内だというのにフードを被った人物の声。空気に耐え切れなくなったカウンターの客が、前に居るミアに何かしらの注文を行うのだろう。

 このやり取りが聞こえた者は、これをきっかけに元の騒がしさが戻ってくるだろうと胸を撫で下ろし――――

 

 

「生憎と初めて訪れた店なもので教示願いたい。ここは……酒に溺れた輩の遠吠えで飯を食べる趣味嗜好なのか?」

 

 

 嵐の前の静けさである。青年の据わった声による一言が、静かな場を貫いた。




書きたいことを書いていたら予想以上に長くなりました。今回はアイズの内容です。
酒場イベントは残り二話ありまして、本日夜にもう一話更新するつもりです。

原作との違いはアイズの見解・反応と、リヴェリアの叱りがアイズに促されてではなく自発的に行っている点ですね。
誇り高いエルフ、かつ彼女ならば、あの場において促されるまで黙っていたのは個人的に違和感がありまして…。

そしてセオリー通りといえばそうですが、事実とは言え油を注いでいるウォーロードはフード(ヘルムの幻影)も被って交戦準備万端です。事の結末は、もう少しだけお待ちください。

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