その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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122話 メレンの楽園(1/2)

 

 

「海や!」

 

 

 透き通る青さは太陽を照り返し、さざ波の音色が優しい耳触りとなって心を洗う。思わず両手を後ろに広げ、肺に溜まった全ての空気を入れ替えたくなる程に清々しい。

 途切れることのない水平線は、終わりなき物語を示すかの如く永久に広がる。まるでこの向こうに新たな冒険があるのだと、目にする者を誘うかの様相だ。

 

 

 なおコレ等については、エセ関西弁が特徴的な叫び声が存在しなければという前提だが。

 

 

「水着や!」

 

 

 一夏のアバンチュール的なモノがあるかどうかは神とて知らないが、浜辺に集うはロキ・ファミリアの主神ロキ御自慢である、様々な種族の美少女たち。姿形の好みは個人差があるためにさておくとしても、誰もかれもが美少女と表現して過言ではないハイレベルさを見せている。

 そんな者たちが集うのは、とある入り江にある隠れスポット。結果として作られたフィールドを漢字二文字で表すならば、次の二文字が適正だろう。

 

 

「ロキ・ファミリアの楽園(パラダイス)や!!」

「……そうか。では何故その楽園に、ヘスティア・ファミリア、更には男である自分達が混じっている」

 

 

 咲き乱れる花々に、混じる“異物”。腕を組んで深いため息をつく青年と、初心丸出しで両目を手で覆っている少年は、表現するならば、まさに異物において他ならない。オラリオの外、メレンへと行くことは耳にしており同意したタカヒロながらも、今現在におけるイベントとなれば寝耳に水だ。

 そんな青年の衣類については、南国をイメージしたような派手さある柄のアロハシャツと、一転して地味な紺色のサーフパンツ。師弟揃ってお揃いの様相は、そこにいる神ロキが選んだ組み合わせである。

 

 無理やり砂浜へと連れてこられたタカヒロは下心など微塵も無いオーラが全開であるために、女性陣の反応も、そこまで棘のあるものではない。ロキ・ファミリアにおいて真面目に過ごしてきた、実績や態度の賜物もあるだろう。

 それでも、非常に居づらいことに変わりはない。水に油が混じらないように、この場における男と言う存在は、まさに油と言って過言の無い代物だ。

 

 

「ええやんええやん、男からしたら眼福やろ?」

「そのプロポーションでとツッコミを入れるべきか?」

「入れんでええわ!どついたるぞ!!」

 

 

 なお敵意をもって“どつく”と、報復ダメージもしくはカウンターストライクにて天界送りとなる模様。水着なのか普段のチューブトップなのかよく分からない専用品を身に着けシャドーボクシングを披露し抗議するロキだが、相手に当てることは一度もない。

 

 

「まぁそれはさて置いてやな、うちら美少女を守ってーな」

「ここらのモンスターはダンジョンよりも非常に弱いのだろ?君たちが戦えば、素手でも戦力は十分だろうに……」

 

 

 オラリオの南西3㎞程の所に、メレン港と呼ばれる場所がある。オラリオと海原を接続するような位置に存在する大港であり、連日、多くの人や物が行き来することで有名だ。

 やはり特産品は海鮮関連となっており、少し街中に入ったエリアでは様々な店が軒を連ねている。漁業に関する者、水産物を加工する者などの住居も数多くあるために、朝早くから夜遅くまで賑わいが絶えぬ街だ。

 

 ロキ・ファミリア一行が居る場所は汽水湖に分類されるエリアで、名前を“ロログ湖”という。淡水ではないものの海水と比べると塩分濃度が低く、有機物などの栄養物が集まりやすい反面、植物性プランクトンの大量発生で水質障害が起こりやすい場所だ。

 とはいえ、この湖はそのようなことは滅多に起こらないらしい。白い砂浜が一面に広がり、静かにさざめく波と沿岸部に生える樹々もあるために、さながら南国のような雰囲気を醸し出している。

 

 ロキ曰く、知り合いに教えてもらった“穴場”とのこと。現に一行を除いて人影は見えておらず、モンスターの気配すらも全くない状況だ。

 一方で、近くには店のような建物も見られない。自然の中にポツンと存在するような、まさしく穴場と言って良いスポットだ。羽を伸ばすならばピッタリと言って良いスポットだが、女性陣は、各々が身に纏っている衣類について言いたいことがあるらしい。

 

 

「こ、これが水着……。神々が発明した、三種の神器の1つ……」

「あ、ある意味、裸よりも恥ずかしいんですが……」

「そうー?普通じゃない?」

「アマゾネスは、いつもと似たようなものじゃないの……」

 

 

 下手をすれば、普段着より布面積が広い可能性もある。そして基本としてオラリオにおいては「伸びる服」は馴染みがないために、肌にピッチリと張り付くような感覚は強烈な違和感を覚えるらしい。特に肌の露出にすら敏感に反応するエルフに至っては、多大な羞恥心を隠せずにいる程だ。

 ということで、そこのセクハラ主神がこのイベントを開催した理由としては、皆の恥じらう姿を見たいだけというオヤジ級の理由である。男二人が居るのは、彼女曰く「おすそ分け」とのことだ。何かと理由を付けて他のヘスティア・ファミリアがオラリオでお留守番となっている点が、ロキの根回しの入念さを示している。

 

 

「ほらアイズ、恥ずかしがらないのー!」

「だ、ダメ……!」

 

 

 胸元のリボンがアクセントとなった、上下白一色という純白のビキニ姿。ある意味裸よりも恥ずかしいという感想はアイズも同じであり、普段からこのような格好で居るアマゾネス姉妹の凄さを思い知った格好だ。

 ティオナに背中を押されつつ前へと押し出されるアイズながらも、そこにはベルが居るわけで。水着という概念が薄いベルからすれば“裸に布切れ一枚を纏った好きな人が目の前に居る”という状況は、14歳には刺激が強すぎると言って過言は無いだろう。

 

 そして逆もまた然りであり、そんな姿を己の想いの相手に見られるというのは、初心な16歳の少女からすれば羞恥心が天元突破しかけるモノだ。互いの顔は既に茹っており、日差しを受ける砂浜よりも熱を帯びているかの様相を見せている。

 もっとベルに自分を見て欲しいという感情と、相反することである。そんなおかしな気持ちは整理がついておらず、やがてベルの目を他の者に向けたくないと言う意地まで張ってきたのだから、最終的には“なるようになれ”という極地に達していた。

 

 

「と、とても似合ってますよ、アイズさん!」

「……あ、ありが、とう」

 

 

 それでも、そんな言葉を掛けることが少年の成すべき仕事だ。本心でもあるために恥ずかしさは隠しきれないものの、アイズに習って相手の目を見てしっかりと気持ちを伝えている。

 そんな二人の初心すぎるやり取りに周囲はすっかりアテられてしまっているが、モジモジして恥ずかしがるアイズの姿は新鮮である。どこぞの山吹色のエルフは片や許せず片や死ぬまで眺めていたい光景であるために、結局何もできずに右往左往するだけだ。

 

 アイズもアイズで、普段はストイックな戦闘衣類を身に付けるベルが、ここまで肌を晒していることでテンションが上がっている。とはいえ羞恥心のほうが勝っているために、先ほどの対応となっていたのだ。

 ロキ・ファミリアにおいても普段はベートなどが腹筋を晒しているものの、いつも見えているために希少さは生まれない。普段は見せない者が肌然り、言葉然り、性格然りを稀に晒すことで、一層のこと魅力的に映るのである。

 

 

「あれ、そういえばリヴェリア様は?」

「向こうで悶えに悶えてたわよ」

「おいたわしや……」

 

 

 そのような感想をアリシアが抱くも、リヴェリアの相手方となる男は、彼女が居ないことについて特に気にする様相も見せていない。故に、エルフ群団を含めた女性陣の間でヒソヒソ話が展開されている。

 

 曰く、皆の水着姿を目に焼き付けている。

 曰く、鼻の下を伸ばしている。

 

 内容や程度はどうあれ、タカヒロが(うつつ)を抜かしていると言った内容だ。

 

 ともあれ、いくらか時間が経過したことでタカヒロの信頼度合も上がっており彼を擁護する声も出てきている。そのために、擁護する派としない派の間で軽い論争となってしまっていた。

 ちなみにだが、アリシアを筆頭にエルフ組はすっかりタカヒロ押しの一員である。故に、真っ先に相手方の考えを否定する言葉を出していた。

 

 

「リヴェリア様がお認めになった方ですよ、節操は持ち合わせている筈です!」

「どうだかねー。あんなこと言ってたけど、所詮はヒューマンの男よ。きっと今頃、鼻の下でも伸ばして……」

 

「岩場の連中、あまり急ぐな!そこは思うよりも滑るぞ、怪我に気を付けろ!」

「「はーい!」」

「砂浜のグループ、そこに長居しては足裏を火傷するぞ!浜辺に居座るならば濡れた波打ち際まで移動しろ!」

「「はーい!」」

 

 

 結果としては、擁護しない派の意見もどこ吹く風。鼻の下どころか表情1つすら変えておらず、木製のメガホンを片手に、ライフセイバーもどきの仕事を遂行していた。

 なお、つまりはロキ・ファミリア女性陣が見せる水着姿にも全くもって動じていないということ。こうも見事にスルーされると、一転して癪に障る感情が芽生えてしまうのが女心である。

 

 

「……前言撤回。真面目に、仕事しているわね」

「ロキより大幅にマトモだわ……」

「そうでなければ、リヴェリア様がお認めになることなど在り得ません!」

 

 

「えっ、アイズさん泳げないんですか!?」

 

 

 ベルの叫びがソコソコの周囲に響いたのは、突然だった。何事かと、ライフセイバー役もそちらへと顔を向けている。直ちに影響は無さそうであったことと別の事に気づいたために、視線を戻した。

 ベルからすれば、あれ程の運動神経を発揮するアイズが泳げないというのは意外にも程がある内容だったらしい。頭を何度も下げながら叫んでしまったことを謝っているが、アイズは動揺を隠しきれていない様相だ。

 

 

 きっかけは、アイズの水着姿に(うつつ)を抜かしている少年だった。戦闘用の衣服、普段着共にあまりストイックさを見せないために、かなりのハイレベルで整ったプロポーションであることは少年も分かっている。

 それでも、布切れ1枚というのは全く違って映るらしい。少年からすれば下着との違いが全く分かっていないのだが、それを口にしたならば瞬時にタコ殴りにされることだろう。“幸運”のアビリティが、喉元で押さえつけているというわけだ。

 

 とはいえノンリアクションというわけにもいかないだろうと、ぐっと覚悟を決めてアイズに対して一緒に泳ごうと提案すると、彼女は途端に蒼い顔となってそそくさとパラソルの下へと逃げてしまったのだ。続けざまにレフィーヤが誘うも、状況は悪化する一方で変化がない。

 理由としては、先ほどベルが叫んだ内容。単純に、レベル6の【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン16歳は“カナヅチ”なのである。

 

 本人曰く、泳ごうとすると沈むらしい。体育座りのまま落ち込んでおり、顔を下に向けてしまっている。

 

 あのベルが誘っているにも拘らずドン引きしたアイズを目にしたロキは、「リヴェリアとの特訓がトラウマになっとる」と口に零してしまう。全員が揃ってリヴェリアが何をしたのか気になる感想を抱いているが、本人不在のために真相は闇の中だ。

 そして「リヴェリアがー」という辺りの言葉が聞こえてきたアリシア達は、会話の内容が気になってそちらへと足を運んでいた。周囲に混じって桟橋に腰かけ、何事かとロキに問いかけるも、アイズのカナヅチ事情が拡散されるだけである。

 

 

「ごめんね、ベル……格好、悪いよね……」

「そ、そんなことないですよ!そうだ、泳げないのでしたら特訓しましょう!」

 

 

 どよーんとした雰囲気で落ち込んでしまったアイズを元気づけようと、ベルが彼女の手を引っ張った。ぐっと引き起こされる感覚、己の手を導いてくれる感覚は新鮮なものがあり、少し目を見開いたアイズは、「頑張る!」と決意を露にして海へと向かう。

 レフィーヤやティオナ達も「私達も手伝う!」と参戦しており、ここに特訓が開催されることとなった。さっそくティオナが魚雷のような泳ぎを見せているが、当然ながら参考になりそうにもない。

 

 

 ひとまず、どこまでできるかを試すこととなった。塩分濃度が低いために普通の海とは浮力が異なるが、アイズも仰向けに浮くことはできる模様。ベルの少し横で浮いているのだが沈む気配も無く、安定した様相を見せている。

 ここだけ見ると、泳げるのではないかという疑問が各々に芽生えてくる。同じ感想を抱いたティオナが「そのまま反対になって浮いてみて!」と言うと、アイズは従い――――

 

 

「「アイズさーん!?」」

 

 

 ベルとレフィーヤと発見された敵の潜水艦も驚愕する急速潜航っぷりを発揮して、水深2メートル程の湖底へと沈んでいった。すぐさまベルも後を追い、肩を貸して水面へと浮上させている。

 流石に自力での特訓は無理だと周囲も判断しており、セオリー通りながらも手を引いてのバタ足の訓練と相成った。勿論手を引くのはベルの仕事であり、少し横から山吹色の鋭い視線が突き刺さっている。

 

 とはいえ運動神経の良さが生かされているのか、バタ足のリズム・強さ共に一定であり、継続して泳ぐならば理想的な力の配分である。必死な表情で前へと進もうとするアイズの顔を眺めながら、少年は浮きながらゆっくりと後ろへ進んで彼女を導くのだ。

 では、そろそろ少しの距離ならば手を放しても行けるのではないだろうか。そう思ったベルは、ちょっとだけ火がついてしまった“いたずらごころ”も相まって、突然ぱっと両手を放してしまう。

 

 その瞬間、恐れをなしたアイズは目を見開いて俊敏な足さばきを発揮した。瞬間的ながらも推進力が潜航能力を上回って前へと進み、僅か30センチ程度ながらも泳ぐことに成功したのだが、その感覚を思い出せることは無いだろう。

 手が離された時の恐怖感は、凄まじいものがあったらしい。少年の首回りに手をまわしてしがみ付き、豊満な胸が相手の胸板に当たっていることも気づかないのだろう。よほど怖いのか、今にも泣き出しそうな表情の瞳に涙を浮かべて僅か数センチの距離からベルの顔を見上げると――――

 

 

「はなさ、ないで……」

「っ――――!!?」

 

 

 ベル・クラネル、身体に感じる触感と合わさって一撃でノックアウト。軽く2桁の回数ぐらいはメンタルが死亡しており、普段の鍛錬で培った忍耐の成果などコレっぽっちも役立たない。海岸で光景を眺めていた同性であるはずの女性陣も、一撃で心を奪われている程に強力な攻撃(表情)だ。

 最も間近で体験した少年は、溶鉱炉に沈むかのごとく一片の悔いのない心で海底へと沈んでいき――――かけたところで、アイズまで道連れにしてしまうことを思い返す。その結末だけは何としてでも阻止せねばならないと理性を再起動し、なんとかして耐えていた。なお、赤い線を作りながら沈んでいるレフィーヤは、残念ながら誰にも気づかれていない。

 

 

「アカン、アカン!ウチの理性が限界やアイズたグホエッ!?」

 

 

 そして二人の邪魔をしかけた乱入者には、天罰が下される。浜辺のライフセイバー役から放たれた遠距離攻撃による一撃が、アイズに飛び掛かろうとしたロキの脳天へと直撃した。

 

 ――――アクティブスキル名、“メンヒルの盾”。メンヒルの祝福により術者に流れ込んだ大地の力で、標的に向かって飛ぶ魔法の盾を投げつけて、戻ってくるまでよろめかせ呆然とさせる。

 

 ウォーロードが唯一使える遠距離攻撃で、2枚の盾しかない状況では威力は非常に低いものの、ヘイトを稼ぐ効果と一定時間における気絶効果を持ち合わせている。装備こそ皆無なれど彼の一撃を受けてロキが即死を免れているのは、コメディバリアという装甲値によるものだ。アイズの張り手や殴りにも耐えうる万能の代物である。

 最初に集っていたエリアから飛んできた攻撃に気づいた女性陣は、戻っていく魔法の盾につられてそちらの方面に目を向けた。立ち上がっていた青年が攻撃者と判断し「よくやった」と褒め讃えたいが、その感情を打ち消す存在が、すぐ横にあったのだ。

 

 

「えっ。ちょっと、タカヒロさんの横にいらっしゃるのって……」

「り、リヴェリア様!?」

「お、お美しい……!」

 




■アクティブスキル:メンヒルの盾(レベル2。普段はレベル4)
・メンヒルの祝福により術者に流れ込んだ大地の力で、標的に向かって飛ぶ魔法の盾を投げつけて、戻ってくるまでよろめかせ呆然とさせる。
*盾を要する。
15 エナジーコスト
2.5 秒 スキルリチャージ
有効標的数 1
0.2 m 半径
135% 武器ダメージ(オフハンド)
28 物理ダメージ
28 火炎ダメージ
標的の気絶を 1.4 秒
標的を挑発

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