その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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123話 メレンの楽園(2/2)

 

 時は少しだけ遡り、ベルとアイズがバタ足の訓練を始めた頃。最初の頃は恥ずかしがっていた集団も所詮は女子であり、いくつかのグループが自然と形成されてワイワイキャーキャーと騒ぎ始める。

 水をかけあうなど、内容も微笑ましい代物だ。一部の活発的な者は水泳競争などを開催しており、このあたりはグループの個性が現れるところだろう。腕を組みながら仕事を遂行するタカヒロだが、先ほどから気になることが発生しているのも事実である。

 

 

「……いつまで隠れている、腰抜けではないだろう」

 

 

 集団とは言え、例外も居る。岩陰からコソコソとこちらを伺う気配を感じ取ったライフセイバーは、周囲の至近距離に誰も居ないことを確認して、背中越しに煽り声を投げた。内容は、かつて彼女と初めて出会った時のモノである。

 こうでもしないと、このイベントが終わるまで、ずっと出てこなかったことだろう。普段は凛としており強気な彼女でも、やはり、恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。

 

 後ろの岩陰にあった気配が、少しずつ近づいてくる。サンダルが砂を踏みしめる音が止まり、青年は左足を軸にして右足を少し後ろに下げ、右に90度ほど向き直った。

 

 

 シミの一つすらも伺えない、きめ細かく整った美しい肌。全体的に細いと呼べるスラリとした身体の(ライン)は、成長しきった大人の女性と呼ぶに相応しい。

 虎に爪や牙が、タカヒロに盾があるように。普段はローブの下に身を隠している丸みを帯びた2か所の部分と腰のくびれは、只それだけで強力な武器になると言えるだろう。

 

 とはいえ、それらの事実は既に知っていた青年タカヒロ。こうして日の光の下で目にした情景は言葉で表すに程遠く、一周回って只々“綺麗”という感想しか生まれないのが実情だ。

 夏日の光に負けぬ翡翠の髪が、砂浜の情景に映える。大人らしい黒を基調として彼女を象徴するかのような翡翠色のラインが施された水着に、大人らしく品のある同色のパレオが組み合わされている為に猶更だ。

 

 いつも通りに腕を組むことはせず身体の前で指を絡めており、そこには羞恥の具合が伺える。青年が視界に捉えた似合いすぎる水着は、なぜだかピッタリ“すぎる”程に彼女のラインにフィットしていた。

 ということで、まさかのオーダーメイドという気合の入れよう。寸法と発注・受け取りはレフィーヤ経由であるために、カモフラージュも問題なし。好感度は互いに振り切っている為にそこまでやる必要はないのだが、恋する乙女は、相手に気に入られようと常に全力なのである。

 

 

「なんだ。てっきり趣味の悪い水着でも押し付けられたのかと思ったが、似合ってるじゃないか」

「っ――――!」

 

 

 先ほどの煽りもどこへやら。この男、突然と相手を心配して暖かい声を掛けるために、彼女からすれば何事よりも(たち)が悪い。

 目を見開き、頬が瞬く間に色づいていく。直前に煽られ「なにくそ」と勇気を出して肌を露出する恥ずかしさを克服したと思ったら、今度は別の恥ずかしさが襲い掛かるのだ。そして、嬉しさから緩み始める己の表情との格闘が始まるのである。

 

 とはいえ褒められて嬉しいものの、リヴェリアの中で何かの葛藤があるようだ。見せる為、魅せる為に着たというのに、いざ見られた際に発生した羞恥の心は収まる気配を見せていない。

 青年が相手とはいえ、恥ずかしさが芽生える内容が言葉として出かかっている。何か言いたいことがあるのかとタカヒロが訪ねると、リヴェリアは目を左右に流しながら恥ずかし気に口を開いた。

 

 

「……不意打ちは、やめてくれ。動揺が、静まらない……」

 

 

 そんな君の慌て顔が好きなんですよ。とは流石に口に出せない青年だが、右手の甲を口に当てて恥じらいと共に身体をよじるリヴェリアは落ち着かない。タカヒロの顔へと目線を向けて、すぐに逸らす動作を数秒おきに繰り返す。

 語尾に覇気がなくなっており微かに上ずっていた声も含めて、凄まじい破壊力を秘めていることは間違いない。「そんな彼女の姿は、きっと世界が終わるまで眺め続けることができるだろう」とは青年の心境だ。

 

 

「「アイズさーん!?」」

 

 

 乳繰り合う二人を他所に、そんな悲鳴が聞こえてきた。何事かとリヴェリアと共にそちらに向き直るライフセイバー役だが、そこにはベルの肩につかまるアイズの姿があった。

 傍から見ても、惚気て少年の肩につかまっているようには見て取れない。つまるところ救助の類と読み取ったのだが、そうなると、導き出される結論が1つある。

 

 

「アイズ君は、全く泳げないのか……」

 

 

 言葉を耳にしてギクリとした感情を抱き、視線を逸らすハイエルフが約一名。言葉も行動も発しなくなった彼女に向かって首をまわすタカヒロは直感的にカナヅチの原因を察するも、何も言わずに首を元の方向に戻している。

 すると、アイズがベルの首回りに抱き着いていたというわけだ。沈みかけるベルに対してシャキッとしろと活を入れたくなるものの、桟橋からロキ・ミサイルが発射されかねないために、2枚の盾を瞬時に取り出す。

 

 結果としてロキ・ミサイルを直撃(インターセプト)したのが、アクティブスキル“メンヒルの盾”。発動に盾を要するためにわざわざ取り出した格好で、射出が終わればすぐに収納。【武器交換(ウェポン・チェンジ)】とは、なんとも便利なスキルである。

 

 

 浜辺に並ぶ二人を目にしたエルフ達の感想は、揃いも揃って“おのれ戦士タカヒロ”。あ奴の前ではリヴェリア様は容易に素肌を晒すのかと、バーチャルなハンカチを咥えていた。いつかの神の宴の日に起こった事実を知れば、バーサーカーと化すだろう。

 決してファミリアでは見せない表情を容易に晒すリヴェリアと顔を向けるタカヒロを目にして、気絶効果が解除されたロキもまた内心で唸っている。あのリヴェリアの水着を前にして微動だにしない青年に対し、面白くないと言う感情を抱いているのだ。

 

 そんな視線を浴びる二人は、呼ばれていると勘違い。リヴェリアがタカヒロの肩を押してスイッチとなり、ライフセイバー役は水難事故の未遂があった現場へとやってきたわけだ。

 アイズのすぐ横に赤い線と共に仰向けに浮かんでいるレフィーヤの水死体が浮かんでいるために、桟橋の上から一応回収。アイズの姿への興奮から肺の空気をすべて吐き出し続けていたために、肺に水が入ることは無かったのだろう。自発呼吸もしっかりしており、放置しても問題は無さそうだ。

 

 

「アイズ……まだ、泳ぎは苦手か?」

「うん……ダメ、かな……」

「師匠、なんとかなりませんか?」

「そうだな……」

 

 

 最初から全てを見ていたわけではないタカヒロは、とりあえず浮かんでみるようアイズに指示を出す。すると仰向けならば浮かべるが、うつ伏せとなると直ぐに沈む結果となっている。

 もっとも仰向けの際も、浮いているのは上半身だけ。それがうつ伏せとなった際に即時終了ということで、1つの仮説が浮かんできた。

 

 ダンジョンにおいて前衛で戦う職業は、瞬間的に筋肉を酷使することが多い。そのために力を入れることについては慣れているが、力を抜いてリラックスする使い方には慣れていない。その点において狡猾さに優れるベルは、少し得意な分野となるだろう。

 人と言うのは基本として筋肉が多い程沈みやすく、実際のところ細マッチョなタカヒロも何もしなければ沈むのだ。ベルもまた同様であり、その点においては女性陣よりも不利と言えるだろう。ソコソコきれいに浮いているベルも、水面下ではゆっくり足を動かして浮力を得ている。

 

 また、力を入れると筋肉が収縮するため、その分の身体の体積が小さくなるのだ。見た目には分からない程の変化ながらも体積が小さくなることで、得られる浮力が減ってしまう。

 そして、力を入れると身体全体の重心が変わることになる。例えば藻掻こうと足に力を入れるとその部分の浮力が減るために、空気を溜め込み浮力が大きくなる肺とのバランスが崩れ、沈みゆくことを恐れて全身に力が入るという負の連鎖に陥るのだ。

 

 

 なお、論理的に説明するのは簡単でも実践となると非常に難しい。それでも先のようにすぐに沈まなくなっただけ、少しは進展があったと言ってもいいだろう。

 文字通り、たった少しの進展だ。それでもまるで自分の事のように喜ぶベルの素直で純粋な笑顔に、つられてアイズの表情も薄笑みに変わって行く。まるで姉弟を見守るかの如く、周囲の表情も同様だ。

 

 

 その後、陸上で活動するグループとこのまま水辺で活動するグループへと別れることとなる。タカヒロとベルは宿泊せずに本日中にオラリオへと戻る予定ながらも、それまではメレンの街に残るようだ。

 調査内容は、メレン近海にて、緑色の蛇のようなモンスターが目撃されているという情報。最初に食人花(ヴィオラス)を見た時に抱いた感想と同じであるために、こうしてロキ・ファミリアは調査へと訪れている。

 

 タカヒロとベルは調査の頭数には入っていないが、二人して独自に聞き込みを行うようだ。最も活気がある場所ということで、こうして二人で市場へと訪れている。

 

 

「モンスターなら、湖からソコソコの量が湧いてくるわよ」

「植物のようなモンスター?さぁー、聞かないなぁ。困った時にはニョルズ・ファミリアが何とかしてくれているからねぇ」

「そうですか、ありがとうございます!」

「それより少年、この串焼きなんかどうだ?美味いぞ!」

「えっ。え、えーっと、それじゃ、情報の御礼に一本を……」

「あいよ、まいどあり!」

 

 

 なお、店は違えどこれで12本目。時たまタカヒロが口にしているが、根が優しいために頼まれると断れない気質を持つ少年である。

 それでも、確実に分かったことがある。街中ではモンスターの存在こそ一般的だが、食人花(ヴィオラス)は全く知られていない。色すらも知らぬ程だ。

 

 そうなれば、ロキの話していたことと矛盾が生じる。ロキ・ファミリアは、“食人花(ヴィオラス)出現の噂”を聞いて、ここメレンへとやってきたわけだ。

 だというのに、情報が集まるであろう街中においてはコレである。ロキならば住民の嘘を見破れるために確信が持てるのだが、タカヒロから見ても、嘘を口にしているようには見られない。

 

 また、後衛とは言え当時レベル6だったリヴェリアが押される程のモンスターだ。事前にロキから聞いていたニョルズ・ファミリアでは、対抗できるとは思えない。

 そんなものが暴れたならば瞬く間に広まりそうなものだが、そちらについての噂も皆無。故に、メレンにて脅威となっているモンスターは街中において影すらも見えないのだ。

 

====

 

 

「そうか……。誰かが真実を隠している。もしくは、私達が欺瞞(ぎまん)情報を掴まされた、か」

 

 

 夜、ロキ・ファミリアが貸し切っている宿の食堂。リヴェリアと並んで座っているタカヒロが口にした独自調査の報告を耳にして、彼女は溜息交じりに考察を呟いた。

 互いに薄笑みを浮かべながら食したい程に舌鼓を打てる料理ながらも、会話の内容が内容だけに笑みは生まれない。青年はいつもの仏頂面、そして神妙な表情を浮かべるリヴェリアは、互いの飲み物に口を付ける。

 

 

「可能性は低くは無いだろう。そちらでも、ロキと一緒に街中の聞き込みは行うべきだ」

「ああ、そうだな。情報を感謝する、タカヒロ」

 

 

 住民が口裏を合わせている傾向は無かったために欺瞞情報だとするならば、一体何が目的か。ロキがその情報をどこから仕入れたかが分からないために、二人は考察することもできない。

 そしてこの段階でリヴェリアが18階層の扉について聞いてこないとなると、ロキからはまだ知らされていないのかとタカヒロは勘繰っている。何かしら理由あっての事だろうと、青年から口が開かれることは無い。

 

 

「私が確認したわけではないのだが、湖底の封印は健在だった。となると地上経由、24階層で見た檻によって運ばれたとみて間違いは無いだろう」

「バベルの塔からということか?」

「まさか、流石に目立ちすぎる。ガネーシャ・ファミリアならば怪物祭の時期にモンスターを運ぶ檻を使うが、中身はギルドの検閲を受けるからな。ギルドが黒幕ではないという前提だが、そちらも不可能だろう」

 

 

 そうなれば、やはり18階層の扉が非常に怪しい。これがどこに繋がっているかは未だ不明なものの、搬送ルートは確立できたと言って過言は無いだろう。

 もっとも、19~24階層に扉があるかの確認も必要だ。その点についてタカヒロは既に19~21階層までのマップ全てを埋めており、そこまでは扉の類が無い事を確認している。

 

 続けざまにリヴェリアが口にした内容は、ギルド支部長のルバートという男に話を聞いた時に、違和感を抱いたという内容だ。簡単に言えば、リヴェリアの関心を、露骨に食人花(ヴィオラス)から逸らそうとしていたらしい。

 残りとしては、少し前からアマゾネスが増えているという内容。こちらはロキ・ファミリアが調査に動いているために、そのうち情報が上がってくることだろう。

 

 ともかく、ヘスティア・ファミリアの仕事はこの食事会で終了だ。タカヒロ個人の調査はオラリオに戻ってからも続くだろうが、今においては関係のない話である。

 

 

「自分とベル君は、このあとオラリオに戻るが……無理は、するなよ」

「……ああ、お前もな。約束だ」

 

 

 表情はそのままながらも優しい口調の語尾を長い耳で受け止め、リヴェリアの顔に笑みが浮かぶ。照れ隠しにエールに口を付けるタカヒロだが、問題が起こったのは、そんなタイミングであった。

 

 

「ちょっ、アイズさんそれお酒!!」

「えっ!?」

「っ!?」

 

 

 ベルが発した驚愕の声でティオナの悲鳴やリヴェリアを含めた全員が瞬時に振り向くも、時すでに遅し。酒だと指摘して口を開いたまま固まるベルの横で、アイズはジョッキに入った軽い果実酒を飲み乾してしまっていた。

 いくら軽いとはいえ、アルコール度数1%程度とはいえ、立派なお酒。既に周囲の者達は飛び退いて逃走準備を終えており、ロキですらも同様だ。

 

 しかし、不思議とアイズに変化はない。数秒するとガタっと音を立てて立ち上がったためにさらに飛び退く周囲ながらも、足取りは柔らかだ。

 向かう先は、対面のテーブルに居る二人のところ。彼女も、そして相手二人もよく知る仲であり、アイズはタカヒロの横、リヴェリアとは反対側に腰かけると、いつかベルを相手にやったように、青年の左腕を抱きかかえた。

 

 

「アイズ……!?」

「アイズさん……!?」

 

 

 驚きを筆頭に様々な感情が駆け巡ったリヴェリアながらも、それはベルとて同様の内訳だ。今までならば誰かしらをボッコボコにしてしまう酒癖の悪さだったために、周囲の驚きも一入(ひとしお)である。

 それが此度はこのような格好になっており、違うベクトルの驚きと恐怖はあれど、今のアイズはとても落ち着いている。少しそちらに顔を向けたタカヒロは、兎にも角にも、なぜそのような行動をとったのかを問いかけた。

 

 

「……どうした、アイズ君。ベル君と、勘違いしているのか?」

 

 

 違う。そう言いたげにアイズは抱きかかえた腕に顔をつけながら首を左右に振るうと、次の一言を口にしたのであった。

 

 

 

 

「……お父、さん」

 

 

 

 

 今まで彼女と接してきた男性のなかで、タカヒロが見せた対応は今までにないものだった。あまり深く接することは無いものの、見守りつつ、叱るところは叱り、彼女の一つの道を示したことが挙げられる。

 そして18階層で撫でられた感覚は、アイズの中に深く残っている。幼い頃に両親を失った不安定さがあるからこそ、そんな気持ちを抱いてしまった1つの要因となったのだろう。

 

 それに答える言葉は、肯定も否定も何もない。18階層と同様にただ頭に右手が添えられ、男らしく少し強い力加減で押し付けるように撫でるだけ。

 たったそれだけで、アイズは安らかな笑みの表情を見せるのだ。悔しがるベルながらもコレばかりは持ち合わせておらず立ち向かえないために、アイズ宜しく片頬を膨らませてタカヒロに向かって猛抗議の姿勢を示している。

 

 

 やがて彼女は眠気が襲ってきたのか、軽やかな吐息と共に夢の中。こうなってしまうとしばらく起きないとはリヴェリアの弁であり、タカヒロはベルを呼ぶと、寝室まで運ぶよう指示を出した。

 例によって山吹色の姿が猛抗議しながら後ろを追いかけるも一件落着であり、その場に居た全員がテーブルへと戻っている。しかしながら、抗議したくとも出来なかったもう片方は、今更においてスネている様相を露骨に見せていた。

 

 

「……さて、君までベル君と同じときたか。許せリヴェリア。あのまま突っぱねて、暴れられても困るだろう」

「ふんっ。だからと言って、あのような」

「要はお前もやって欲しいだけだろ?」

「ちがっ――――!……いは、しない、が……」

 

 

 己がよく知るそんな相手には、いつもの煽り文が効果的だ。事実ながらも認められず物言いたげなジト目と共に言い合いが始まるも、青年にとってはそれも(さかな)の1つである。

 結果として少女のようにスネてしまう彼女を宥めるやり取りは、タカヒロが持つ愉しみの1つ。決して口には出せないが、可愛らしい姿を目にするだけで心が休まるというものだ。

 

 ご機嫌取りが終わったタイミングで、プンスカと露骨に不機嫌なベルがこの場に戻ってくる。そろそろいい時間となっていたために、ヘスティア・ファミリアの二人はここで別れ、オラリオへと足を向けたのだった。

 流石の当日は、プイッと拗ねるベルがマトモに口をきいてくれなかったとはタカヒロの後日談である。


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