その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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久々の真面目なお話


125話 英雄の定義

 時は、タカヒロとベルがオラリオへと戻った二日後の夜となる。その日の朝に手紙で招待を受けたタカヒロとベルは、オラリオにある1つの酒場にやってきていた。

 かつてタカヒロがリヴェリアと訪れたエルフの店には遠く及ばないが、ここもまた個室であり少しの装飾が見受けられる。もっとも本質は居酒屋であるために細々したものではなく、飾りつけ程度の様相だ。

 

 

「美味しいですね、この店の料理」

「ちぃと場が上品すぎるのが問題じゃのう、ムズムズするわい」

「こういうのにも少しは慣れないとダメだよ、ガレス」

 

 

 円形のテーブルに対する席に対し、4人が均等に座っている。注文した料理も次第に運ばれてきており、徐々にテーブルを埋め尽くしていた。

 参加メンバーは、フィン、ガレス、そして先の二人の合計4名。外での“集団”飲酒禁止令が出ているロキ・ファミリアだが、あくまで今回の名目は“ヘスティア・ファミリアの団長に誘われた”というのがフィンの弁だ。

 

 

「何か聞かれたら、僕とガレスがレベル7になったことのお祝い、ってことにしておいてよ」

「うーん、ちょっと時期が遅いかもですね」

「建前じゃからの。同盟先のファミリアに誘われたんじゃ、ワシ等としては断る理由があるまいて」

 

 

 とはいえ手配から支払いまでフィンとガレスが行っており、場所は安っぽい店ではなく、ガレスが表現したようにソコソコの高級店。もっともワイワイガヤガヤとした様相は酒場そのもので、そのあたりは何ら一般の店と変わりない。

 違うといえば店内が広く、個室が充実していることぐらいだろう。もちろん料理の味もさることながら、見た目にも品のある料理が出されることも特徴だ。

 

 

「それにしてもフィンさん。誘って頂いてなのですが、建前はさておき、なんでまた突然と?」

「いやーほら、今日はウチのファミリアが静かだから、ね」

 

 

 つまるところ、メレンに行っている女性陣の事を指しているのだろう。諸々の事情を知っているタカヒロとベルだが、それが口に出されることは無い。

 

 ツマミや酒が消えるペースに合わせて、話が進む。アイズ・リヴェリアそれぞれの進展具合をほじくりかえされ照れるベルと相変わらず冷静なタカヒロなど、会話は男4人らしいものと言えるだろう。

 

 しかしこれまでの本題ではないと判断したタカヒロは、酒がソコソコ進んだタイミングで「本題は何か」と問いを投げた。このようなシチュエーションを用意するならば、酒の力を借りようとしていたことを想定してのタイミングである。

 結果としては、それは正解だったようだ。今までとは明らかに表情を変えたフィンはエールのジョッキを机に置き、神妙な表情で口を開く。

 

 

「笑われるかもしれないけれど……僕は、“英雄”と呼ばれる存在になりたいと、夢見てるんだ」

 

 

 ある意味で、突然の告白だった。酔っ払っての発言かと一応は警戒してガレス、そしてフィンと順に横目見るタカヒロだが、相手の表情は真剣そのもので、酒の力を借りたかもしれないが酔っているとは言えないだろう。

 とはいえ、さして不思議なことではない。英雄録と呼ばれる物語が存在するように、そのようなことに憧れることは、誰もが通る道と言っても過言ではない内容だ。

 

 

 ……そんな心を抱いた男の年齢?女がいつでも少女なように、男の心というのは、いつだって子供なのです。

 

 

 それはさておき、視線をテーブルに落としたまま言葉を発するフィンの悩みは深刻なものらしい。先ほどまでの気軽さが欠片も見えないために、タカヒロもベルも口を挟めずにいた。

 

 曰く、己が英雄と呼ばれる答えとなるように、フィン・ディムナ自らが画策し、用意し続けた一本道を歩き続けてきたとのこと。昔、フィン・ディムナがロキ・ファミリアへ入る際に“条件”としたことの1つであり、あえて己の二つ名を“勇者”と固定することで退路を完全に断ち切った。

 それは今までも、そしてこれからも変わらない。一族の繁栄を夢見、その結末を作らんと期待を背負ったパルゥムは、例え如何なる困難が待ち受けようとも棘の道を歩み続ける。

 

 

「だから……僕がなれるとしたら、計画と結果の上に成り立つ人工の英雄だ。このままじゃ、本物には至れない」

 

 

 約1000年前、神代という時代を迎えた時。それまで小人族(パルゥム)が敬拝していた“とある女神”は、天界にすら居ないことが判明した。

 元々がパッとしない種族と言っては無礼極まりないが、常識のない物書きからは“ヒューマンの劣化”と言われてしまう程に不遇な種族。そして女神の一件以降、拠り所を失ったその種族は加速度的に落ちぶれることとなる。

 

 英雄と呼ばれる存在。己がそのような極地に辿り着いたならば、世界に散らばる同胞に希望を与えることができる。己が同胞の“誇り”になることができればと、フィンは今の今まで藻掻き続けてきた。

 危機が迫って助けを求める者が、二人いるとする。凡人はどちらも救えず、強者は片方しか救えない。しかし、そのどちらも救ってしまうのが英雄だ。

 

 

「それが、君だ」

 

 

 ここで初めて、フィンは対面に据わる漆黒の瞳を見据えて断言した。ベルとガレスの瞳もそちらに向けられるが、気持ちとしては今のフィンの言葉に同意している。

 

 タカヒロという青年が59階層で見せた偉業。アイズとリヴェリア、そしてロキ・ファミリアの全員すらも助けてしまった実績は、間違いなく英雄の名に相応しい。

 誰に言われずとも、策を要せずとも大業を成してしまう本物の英雄、真の英雄。それが、フィン・ディムナが抱くタカヒロへの評価である。

 

 

「タカヒロさんが持っている答えでいい、教えてくれないか。どのようにしたら、君のような、本物の英雄にたどり着けるのかを……」

 

 

 消え入りそうな声で口に出される様相は、答えを求めて彷徨う子供そのもの。姿かたちは確かにそうかもしれないが、そこには普段、団員を纏める司令塔の様相はどこにもない。

 相手のタカヒロは、腕を組んで視線を下げる。喉を潤すように一口だけエールに口を付けると、静かに口を開いた。

 

 

「……英雄、か」

 

 

 まず口に出されたのは、そんな一言。どこか哀愁漂う表情に対して疑問に思うベルながらも、今は師の回答を聞くべきだと口を挟まない。

 

 当の本人は、どう返したものかと悩んでいる。もとより英雄などという言葉については無頓着であるために、今ここにいる他の3人とは、考えていることが根底からして全く違うのだ。

 

 

「あの時、そして今。フィンは自分の事を、ロキ・ファミリアの英雄と口にしたな」

「うん、その通りだよ。その点については他の団員や、ガレスだって認めてる」

「ああ、そうじゃな」

「……そうか」

 

 

 そう言うと、タカヒロはエールに口をつけ喉を潤す。ゴクリと喉を流れる音が、個室に響いたような静けさに包まれていた。

 

 

「では、それと同じだ」

「えっ?」

「そもそもにおいて英雄とは、誰かが崇め讃えなければ生まれない。つまり英雄そのものが、結局は人工と呼ばれる産物に他ならない」

 

 

 予想もしていなかった回答に、目を見開く。全ての音が遠ざかり、あるのはただ、己を貫く漆黒の瞳が示す戦士の姿ただ1つ。

 己が焦がれた“真の英雄”という名の存在を、面と向かって否定された。しかしそれを口にしたのは己自身が“英雄”と認める人物であるだけに、フィンは何も言葉が生まれない。

 

 

「フィン、明確な目標を持っている事は分かった。だが君は、どのような行いを重ねることで、英雄になるつもりだ?」

「どのような……?」

 

 

 英雄と呼ばれる大業を成すには日々の積み重ねが重要など、何を今更と口に出かける。そうなりたいが為に教えを乞いた為の先ほどの言葉だったのだが、疑問がそれを上回って言葉にならなかった。

 ともあれ、何かしら理由がある為に青年が口にした言葉だろう。ポカンとした表情のまま、フィンは相手の言葉を待つこととなる。

 

 

「……やはりそうか。願望に対して、明確に“何をしたいか”という理由が伴っていない。これは最初の頃、ベル君も直面していた光景だ」

「うっ……」

 

 

 正解であるために苦笑するしかないベルだが、そんなこともあったなと思い出に耽っている。今となってはアイズの為に戦うという理由を抱いている少年は、静かに耳を傾けていた。

 数秒の沈黙ののちに、青年は1つの物語を口にする。趣味の悪い御伽話だと前置きして、とある物語を話し出した。

 

 

 ケアンと呼ばれる大陸に、人類の終焉をもたらすモンスター(イセリアル)が現れた。それを滅ぼそうとした勢力(クトーン信者)が暴走し、最も勢力が大きかった帝国すらも耐えきれずに、人類の文明は崩壊した。

 同時に秩序もまた崩壊することとなり、盗賊の類(クロンリー)サイコ野郎(ウォードン)までもが己の野望を果たすべく狼煙を上げる。凶暴化したモンスターとも合わさって、人類は存続の危機に陥った。

 

 それらに立ち向かうためには、人も物も不足しすぎていた。故に諦めの空気は十数年にわたって漂い続けたのだが、そこに一人の男が現れる。

 

 その者がやったことを口にするならば、単なる殺戮。単独勢力という驚愕すべき要素を前提として、人類を危機に陥れる敵勢力を片っ端から撲滅して回り、破滅の危機にあった世界を救ったのだ。

 結果として生き残った人間は、その人物を英雄と呼び讃えた。こうして概要程度を耳にしただけでもどれほどの苦境があったかは容易に想像ができるものであり、まさに英雄と呼んで差し支えのない偉業の数々と言って過言ではない。

 

 

 しかしフィンは、そこで先ほどの言葉が脳裏をよぎる。話を聞いて己が抱いた感情も同じことが言えるのだが、結局はその者のことを、周りが勝手に“英雄だ”と決めつけているだけに過ぎないのだ。

 当時において生き残った人々はもちろん、この場における自分自身。そして恐らくはガレスもベル・クラネルも、その者のことを英雄と思っていることだろう。世界を救ったという今の話を耳にすれば、その感想も仕方がない。

 

 

「……フィン。今の物語を聞いて、その者を英雄と思うか?」

「……ああ。まさに、大英雄と表して遜色のない人物だ」

 

 

 周りが決めているだけとて、己の答えも変わらない。そう言われると流石に少し照れくさいタカヒロだが、重要な点はそこではない。

 この物語には、重要なピースが欠けている。今となっては彼自身でも馬鹿馬鹿しい話だと思って軽く溜息を零し、とある事実を口にした。

 

 

「では1つ、とある事実を付け加えたならばどうだろうか。実の所その者は、自身が持ち得る装備を一層のこと強くするために敵を倒し、素材として使えるアイテムを集めていたに過ぎないのだよ」

「はっ?」

「えっ?」

「敵がドロップするアイテムを集めるために、人類の敵を倒して回り……結果として、世界を救ったという“だけ”の話だ」

「なんともまた……」

 

 

 あまりにも自己中心的で、英雄とは程遠い。そのように批判されても、仕方がない事だろう。

 だがしかし、先の偉業を成し遂げられる者が他に居るかとなれば、答えは限りなく否に近い。“結果として”、やはりその者は、英雄という着地点が相応しいと思えてしまう。

 

 そして、それほどまでの偉業を行った者が、己の偉業を否定するわけがないと言う者もいるだろう。事実フィンとて、最初は青年の言葉を耳にし疑問符しか芽生えなかった。

 しかし実際、装備の為に戦っていたために即刻否定する実例がソコに居るのだ。問われなければ口には出さないものの、神が心を見れば本当のことを口にして居るのだと分かる程、自分自身に正直でもある。

 

 

「英雄、勇者、あとは覇者や豪傑(ごうけつ)などか?与えられる称号に焦がれること自体に問題は無いが……他人からの視線に心を奪われたままでは、戦う理由を失うぞ」

 

 

 語り部の青年は、言葉を続ける。英雄録に出てくるような主人公は数多の困難へと立ち向かい克服することが多いと口にするが、その点は事実だろう。

 “英雄とは”ではなく、英雄と評価されるような物事を行うためには。根底として、先の物語に出てくる困難を乗り越える程の覚悟を持てなければ務まらないのだ。故に英雄録に出てくる主人公たちは、常に屈することなく困難へと立ち向かうのである。

 

 しかし英雄そのものになるために戦っていては、周囲の評価がそうでなかった場合に闘志という名の剣はポッキリと折れることだろう。故にタカヒロは、そのような道を推奨しない。

 タカヒロやベル・クラネルが抱いたような、“誰かの為の英雄”という存在ならば話は別だ。その者の役に立つ、その者を守るという明確な戦う理由がある以上は抱く心中の正義は生き続け、きっと最後まで戦い続けることが出来るだろう。

 

 

「己が用意した道の上でもいい、己ではなく誰かの為であってもいい。それが偽善だろうが構うものか。自分が常に行うのは、正しいと信じた心中の正義を掲げ、守り抜くこと。その結果が生き残った民草の為になった際に英雄と呼ばれ、逆ならば悪党となるだけだ」

 

 

 最後に、「難しく考えるな」と付け加える。青年が口にしたこの一文は、フィンやベルが焦がれてきた英雄の物語に共通する項目と言えるだろう。

 フィン・ディムナはロキ・ファミリアの団長であるために、己の考えを貫き通すことは難しいかもしれない。ともかく自分程度の考えが必要だと言うならそれが答えだと口にして、タカヒロはエールの入ったジョッキに手を伸ばした。

 

 

「……参ったな」

 

 

 青年に続くように、フィンもエールによって満たされたジョッキを大きく煽る。しばらくして置かれたジョッキは、コトリと軽い音を立てた。

 それ程までに単純なことだったのかと考えると、自然と肩が軽くなる。小さな身体から文字通りの大きな荷物を降ろすことができた今は、どんな夢に向かっても挑戦することができるだろう。

 

 

 血相を変えた一人の冒険者、ロキ・ファミリアの団員が飛び込んできたのは、そのタイミングであった。念のために行先を知らせていたフィンを追って、店へと駆け込んできた格好である。

 このような状況となった理由は、一人の団員によって“手紙”が届けられた為。押し付けるようにして差し出された手紙を受け取ったフィンは、少し乱暴に紙を広げて内容を目に通す。

 

 

「ロキからの手紙だ。内容は――――」

 

 

 受け取ったフィンが内容を読み上げると、そこに居た者が摂取していたアルコール成分は瞬く間に飛び去った。飛び出すように店を出て己のホームへと駆けだしており、フィンとガレスも団員に対応を命じると、急いで黄昏の館へと戻ることとなる。

 

 真偽も確かめず白髪の二人が真っ先に飛び出した理由は、ロキに酒を渡した結果よりも想像に容易い。つい数秒前まで仏頂面だった青年の目は見開いており、年相応にあどけなかった少年の様相もまた一変。

 思わずゾクリと寒気が背中を駆け抜けたほどに、二人が抱いていた意思は強く熱い。“英雄”と呼ぶに値する行動を引き起こす、白髪の二人が掲げる“戦う理由”を目の当たりにして、負けじとフィンは気を引き締めた。

 

 

 黄昏の館では残っていた者達が出撃用意を整えており、戻ってきたフィン・ガレスと入れ違いになるようにして出撃した。とはいえ二人の足ならば、やがて追いつくことができるだろう。

 向かう先は、メレンの港。戦闘が予測されることを見越して“天界のトリックスター”が放った矢は、今ここに動きを見せている。

 

 

「失せやがれ!!」

 

 

 オラリオ屈指の俊足を生かして先着したベートは主神ロキの周囲を薙ぎ払い、膠着状態が作られる。とはいえレベル2が10名程度では少しの時間稼ぎにしかならず、ロキは戦闘を終えたベートを連れて、とある方向へと駆けだした。

 

 

「ティオネとティオナが、カーリー・ファミリアの罠に嵌められてもうた。二人を助けるで、ベート」

「分かったが……ロキ、別方向に居るアイズ達はどうすんだ」

 

 

 真剣な表情で問いを投げるベートだが、視界に映る主神の口元は心配とは程遠い。表情を伏せつつ、ニヤリとつり上がっている。

 

 

「心配いらへん。ついさっきな、最強の騎士様が、お迎えに行ったんや」

 

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