その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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126話 おむかえ(1/2)

 月が雲に陰る、深夜と呼べる時間帯。突如として港町メレンの市街地に現れた多数の食人花(ヴィオラス)は、街の一部を破壊するなどして暴れている。

 何かを探しているようにも伺えるが、それがいつまで続くかは分からない。ターゲットが建物へと向いている以上、住民が逃げる時間を稼ぐことぐらいはできるだろう。

 

 木造の小屋なら吹き飛ばしてしまう力でもって全てを破壊し、住人を食い漁っても不思議ではない光景だ。もしもこのまま暴走を許せば、被害は凄まじい規模になるだろう。

 だからこそロキ・ファミリアは、入手できた武器でもって立ち向かう。短剣などの小さな武器ならば携帯していた者はいたのだが、アイズの長剣やリヴェリアの杖など、大きなものは持ち合わせていないタイミングでの交戦だった。

 

 

「リヴェリア様、レフィーヤ達は!」

「今は食人花(ヴィオラス)が優先だ、陣形を作れ!」

 

 

 この地に来ていたカーリー・ファミリアというアマゾネスしかいないファミリアに、ロキ・ファミリアのティオネ、ティオナ姉妹が連れ去られた。更にはレフィーヤも捕虜となっているらしく、悠長にしている時間は無いに等しい。

 その上さらに、愛用の武器が無いという状況は最悪だ。取りに帰っている暇もないために在り合わせの装備で対抗するが、杖を持たぬ魔導士の者は、本来の力の数パーセントすらも発揮できない。

 

 杖を持っていない上に、お得意の魔法は住民が逃げ惑う中では使えない。家屋だけならばまだしも、恩恵を持っていない一般人に被害が出たならば取り返しのつかないこととなるだろう。

 だからこそ、その辺に転がっていた剣を手に取ってアイズ・ヴァレンシュタインは駆け出した。かつての怪物祭を思い起こさせる光景だが、決定的に違うことが1つある。

 

 彼女が持ち得る、少年譲りとなる小手先の技術。当初から比べると文字通り雲泥の差となっているために、此度においては剣の消耗が非常に小さく抑えられている。

 それでいて、火力については誤差程度の低下量。故に防御に劣る食人花(ヴィオラス)相手ならば問題は無く、アイズを中心として、一行はその全てを排除した。

 

 

――――なんとか、耐えた。

 

 

 そう思ってホッとするアイズだが、何かがおかしい。食人花(ヴィオラス)以外にも何かいると、彼女の直感が告げている。

 

 

 その直感は、現実となって現れることとなる。それは前触れもなければ、ロキ・ファミリアにとって完全に予想外の出来事だった。

 カーリー・ファミリアと共に襲撃してきた存在、うち何名か混じっている見知った顔。特に後方に見えるアマゾネスのくせして丸い容姿は、鎧越しながらも、否が応でも誰か分かってしまう程のものがある。

 

 

 まさかと思うも、どう頑張っても援軍の気配には程遠い。オラリオにおいては東地区で娼婦を経営するアマゾネスを主体としたファミリア、イシュタル・ファミリアまでもが襲い掛かってきたのであった。

 その数もまた多く、状況はロキ・ファミリア側が10名ほどで相手は数倍。リヴェリア、そしてアイズとそれに付き添っていたロキ・ファミリアの冒険者達に、多数のアマゾネス達が襲い掛かったのだ。

 

 

「敵襲――――!!」

「後ろからも来てるよ!円形に展開、後衛を中央に!!」

 

 

 奇襲に対し、ロキ・ファミリアは急ぐも慌てることなく迅速に対応する。そのまま各所で一対多数をメインとした小競り合いが開始されるも、レベルで勝るロキ・ファミリア側が押されている。

 理由としては人数差もさることながら、突如として食人花(ヴィオラス)が現れたことによる対応を優先したためで、武器・防具の数々を準備する時間が皆無に近かったこと。住民の安全を最優先として行動したことによる弊害であり、仕方のないことと言えば、そのようになるだろう。

 

 もしくは、襲い掛かってきたアマゾネス達が狙って仕組んだことか。ともあれアイズ・ヴァレンシュタインに襲い掛かったアマゾネスは、少し――――いや、圧倒的に周りのアマゾネス達とは違っていた。

 基本的に水着レベルに露出度が高い戦闘衣(バトルクロス)を身に纏うアマゾネスに対し、その者はフルアーマー。そしてスレンダーな体型というセオリーに対し、ひたすらに丸い。鎧越しでも分かる程に肥えており、まさに“ヒキガエル”のような出で立ちだ。

 

 イシュタル・ファミリアの団長、名は“フリュネ・ジャミール”。アイズが名前を覚えている数少ない人物の一人――――と言うよりは、あまりにも特徴的すぎてアイズとて忘れられないだけかもしれない。

 夜ということもあって数秒間はモンスターと見間違えたアイズだが、それはかつて、何度か戦った相手でもある。体格を生かした、超が付くほどの前衛で、レベル5を誇るパワーファイターだ。

 

 ソレが対峙するは、アイズとリヴェリア。他のアマゾネスたちが二人以外のロキ・ファミリアの面々を抑えているのだが、それは作られた戦いであった。

 フリュネの目的は、その手でもってアイズを倒すこと。レベル5だというのに、理由は不明ながらもレベル6の己と同等の戦力を有していることに疑問を覚えたアイズだが、それを考察している時間がないことも明らかだ。

 

 

「アイズ、無理はするな」

「……うん。分かってる、リヴェリア」

 

 

 そんな疑問からくる僅かな焦りを消すかのように背中に届けられる、聞き慣れた玲瓏(れいろう)な声。心の底からアイズ・ヴァレンシュタインを心配する姿と気持ちは、目にせずともアイズの脳裏に浮かんでいる。

 庇うようにして前に立つ黄金の少女は、他ならぬ第二の母を守るために、例え刃零れた剣だとしても引く選択を選ばない。こちらもまた伝えなくとも分かってしまうからこそ、リヴェリアは輪をかけて心配の声を発するのだ。

 

 忘れかけていた母の温もりを与えてくれる、優しい声。そんな彼女に何度勇気づけられ自信を貰ったかは、とうにアイズの認識を超えている。

 

 母が娘を気に掛けて励ましている、と表現すれば、さして特別な関係とは言えないのかもしれない。一般的な家庭においては、当たり前と言えるコミュニケーション。

 しかし、だからこそ、アイズはリヴェリアの前でしか。そしてリヴェリアもまた、アイズの前でしか示さない表情を躊躇なく見せるのだ。他のロキ・ファミリアの団員では成し得ない“特別”だ。

 

 どちらかが欠けては成立しない、二人そろって成り立つ関係。だからこそ、互いに互いの無事を強く願う。

 人が死ぬことなど、オラリオにおいては日常茶飯事。それが冒険者であるならば猶更のことであり、例えここでアイズ達が死んだとしても、誰にも気づかれることは無いだろう。

 

 

 だからこそ、絶対に守り切る。口にこそ出さないが、リヴェリアを守るという心中の正義を掲げ、アイズはフリュネに対して向き直った。

 

 

 剣を正面に構え、対峙する。夜間だったことも手伝って、相手の異常に気付いたのは、そのタイミングであった。

 

――――光の、粒?

 

 丸い相手の全身から、微かに見える光の粒。何事かは全く分からないアイズだが、それに気を取られたことがよくなかった。

 

 

「アイズ、上だ!!」

「っ!?」

 

 

 リヴェリアの声が響くも、時すでに遅し。家屋の屋根の上にて、イシュタル・ファミリアが用意していた魔法を封じる呪詛(カース)が発動し、アイズはエアリエルの魔法を封じられてしまう。

 とはいえ、通常ならばリヴェリアを相手に使う呪詛(カース)の類だ。此度においては杖を持たないリヴェリアよりも、アイズのエアリエルを封印した方が勝率が上がると判断した為である。

 

 

「ゲゲゲゲゲ!成功したようだねええええ!!」

 

 

 レベル6と同等の能力を発揮するレベル5、光の粒、魔法を封じる呪詛(カース)。どこから出しているのだろうか汚い声も含めて情報量が多すぎて整理ができないアイズとリヴェリアだが、状況は止まらない。

 

 円形陣の外からは、白刃の鳴り響く音が木霊する。外に展開する仲間達が押され始めている一方、こちらの開戦も、そう遠くない未来となるだろう。

 力や速さなどの基本的な身体能力は、何故だか同等程度だと仮定する。ならば封じられた魔法を考慮すると、輪をかけて差は開き、よりアイズが劣勢になったことは明らかだ。

 

 

「今日こそぶっ潰してやるよ、剣姫(けんき)いいいいいい!!」

「来るぞアイズ、取り乱すな!」

「うん。大丈夫だよ、リヴェリア」

 

 

 心配から声を掛けたリヴェリアだが、予想に反して落ち着き払うアイズを目にして逆に困惑を覚えたほど。とはいえ、それにはれっきとした理由が有った。

 圧倒的に劣勢な状況だというのにアイズが取り乱さないのは、エアリエルを使ったところで手も足も出ない戦いを何度も知っている為だ。最近では「勝てないのは仕方ない」と割り切っている傾向がみられるのだが、最も正しい正解の一つだろう。

 

 そして、劣勢を覆す為に行う、血の滲む努力。彼女の目の前でそれを実践し、遥かなる高みに挑み続ける少年の姿を知っており、焦がれを現実とするために頑張る、ひたむきな姿勢に惚れているから。

 だからこそアイズは、この程度の劣勢でも挫けない。ベル・クラネルの横に並び共に歩むための試練の一つなのだと受け入れ、乗り越える気迫を抱いている。

 

 

「……ゲゲゲ。やる気は残っているようだねえ、剣姫(けんき)ぃ」

 

 

 その光景が、フリュネにとっては最も気に食わない光景の一つであった。圧倒的に有利な状況から舌なめずりでもって勝利する計画だったようだが、前提は気持ちいい程までに成功したというのに、開始する前から破綻しているために無理もない。先程の威勢も影を潜めている。

 とはいえアイズからすれば積極的に攻める理由がないこともあり、表情一つ変わらず動く気配が見られない。たまらず痺れを切らしたフリュネは、レンガの敷かれた地面にヒビを入れて突撃を敢行した。

 

 

 振り下ろされる双斧と、なまくらの剣が交差する。打ち合う度に火花が飛び散り地面が抉れる光景は、終わる様相を見せていない。

 

 互いの武器に差がある上に守るべき者がいるために、アイズは果敢に攻めきれない。円形に展開する布陣の中央、つまるところ己の後ろに気を配りつつ、相手の攻撃を防ぐことに集中する。暫くして後方が落ち着いた時、攻めに回る算段だ。

 そんな彼女の為にリヴェリアができることは、杖がない為に効果量としては弱いものの、対象の物理防御能力を上げる魔法を詠唱して援護することぐらいのものだ。それでも己に出来る仕事を遂行するために、こうして一歩前に足を踏み出し詠唱を続けている。

 

 もっとも、そのような援護があったところで双方が使用している武器防具の性能差は明白だ。基本として高レベルになればなる程に質の良い武器・防具を使用するために、その差は猶更のことに顕著となる。

 筋力任せに振われる双斧が相手となれば、輪をかけて分が悪い。数度目の攻防でアイズが持つ剣は折れてしまい、刃渡りは半分程度となってしまっている。

 

 

「ゲゲゲゲゲ、どっちも脆くて弱くて醜いねぇ。そんな詠唱で、何か戦況が変わるってのかい」

 

 

 煽りの一文に対し、リヴェリアは表情一つ変えずに応対する。アイズもまた剣を握る手に力を籠め、いつでも再び飛び出せる用意を行っており、最後の一撃が交わる時は近いだろう。

 そのアマゾネス達の仕事は、ここにいるロキ・ファミリアの幹部を道の先、港側で待っている主神イシュタルのもとへと連れていくこと。実の所フレイヤ・ファミリアを打ち取るべく裏で動いているイシュタルなのだが、前哨戦と言わんばかりにロキ・ファミリアの数名を始末する算段だ。

 

 

 

 ここで何かを察したリヴェリアが、相手の問いに答えるようだ。珍しい対応に何事かと反応するアイズは、少し前にやってしまって失敗した“戦いの最中において相手の動きから目を離さない”よう気を配りつつ、リヴェリアの声に耳を傾けている。

 

 

「……私は今、信じていることが二つある。一つは、戦いとなれば、アイズがお前に勝つという事だ」

「……チッ。王族(ハイエルフ)だか何だか知らないけど、負け際に往生がなってないねぇ。」

 

 

 イシュタル・ファミリアが作り上げた光景は、圧倒的に有利なモノ。ダンジョンのイレギュラーに匹敵する余程の事が起こらなければ負けることなど在り得ないのだが、それでも相手に怯む様相は見られない。

 そんな光景を目にして余裕が生まれたのだろうか、はたまた煽りに反応しない光景が気にくわなかったのか。当該のアマゾネスは、最も口に出してはならないことを言い放ってしまう。

 

 

 

 

「だったら強くて硬くて美しいアタイが、その顔をギッタギタに刻んで――――」

 

「――――そして、アイツが来てくれるという事もな」

 

 

 

 “お前”から更に砕け、“アイツ”呼びになっていることに気付いていないリヴェリア(lol-elf)。展開した魔法によって最も望んだ者の気配を察知して、内心では、14才辺りのリヴェリアが笑顔で満開の花畑を駆け巡っていることだろう。

 

 

 

 一方で。対峙するアマゾネスの集団に突き付けられたのは、そんな微笑ましい光景とは正反対。

 

 

 

 自身が(ゆう)する血の気の一切が消え去り、低下する体温と共に、ゾクリと表現できる感覚が頭の天辺から足の爪先までを駆け抜ける。ロキ・ファミリアと敵対した全員の背後から死神の鎌が首に添えられたのは、まさに一連の言葉が口に出された瞬間であった。

 

 

 ガチャリという文字で表現できる重い鎧の鳴る音が、闇の奥より現れる。あれ程までに斬撃音や雄叫びで緊迫していた空間からは一瞬にして全ての音が消え去っており、否が応でも金属音が各々の耳に届いていた。

 もっとも、“首に添えられた死神の鎌”とは比喩表現。それが見えてしまう程に強烈な殺気を浴びせられた為であり、それはかつて神々さえも逃れることができなかった“死そのもの”。全身に芽生え突き付けられた恐怖を振り払うことができれば、さして問題はないだろう。

 

 

 僅かにもできぬからこそ、敵対したアマゾネスの全員は身動き1つとれはしない。それがカーリー・ファミリアと呼ばれるアマゾネスしか生まれない国の出身であり、その身1つでモンスターや同胞と戦い続けて幾度の死線を潜りぬけてきた存在であるからこそ、絶対的な死を前にして一層のこと強く反応を見せてしまう。

 

 

 数秒後。陸地側の奥より、一人の姿が闇から浮かぶようにして現れたのは。重く据わった声が場を貫いたのは、そのタイミングであった。

 

 

 

「――――リヴェリアに、何をすると、口にした?」

 




勝ち確と知ってポンコツ化するlolエルフさん()

■乗っ取られ語録(ちょっと使い方が違います)
・味方「よう“乗っ取られ”!」
⇒私のことを何と呼んだ?

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