その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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ベル君サイド。原作で言うところのオラトリアではなく本編サイドですね。
オラトリア、本編、タカヒロ(+リヴェリア)と3種類書いてしまって長引いております(汗)

いや、焦らしプレイじゃないんですよ…?


13話 抱く悔しさ

 時は少し遡り、ロキ・ファミリアが乾杯の音頭を取った辺りまで遡る。騒がしくなった店の奥にあるカウンター席で2つのパン入りコーンスープを注文したタカヒロは、芯の据わった歩き方をするエルフ、リュー・リオンを内心で褒め称えていた。

 

 

「飲み比べ勝負や!勝者は“リヴェリア”のおっぱいを自由にできる権利付きや!!」

「自分もやるッス!!」

「俺も参加だ!!」

「私も!!」

 

 

 なお、そんな感心も下品な言葉で消し飛ぶこととなる。ショートヘアの赤髪をポニーテールでくくる目の細い女性の叫び、なぜかサムズアップされた指に止まるように参加者が群がっている。

 周囲に居るエルフの絶対零度な視線がそこかしこに向けられている中で唯一目を閉じ無関心な反応を示している様子を見るに、どうやらタカヒロが嘘つきエルフともじった緑髪のエルフこそがそのリヴェリアと呼ばれるエルフらしい。思わぬところから名前も知ることとなり、先ほど赤髪の女性が口にした結末を見たならば揶揄ってやろうかと腹黒さを抱いていた。

 

 

「遠征ねぇ。連中、今度はどこまで潜ったんだ?」

「知らねぇのか?まぁ俺も噂で聞いた程度だけどよ。50階層で野営して、59階層を目指してたんだよ」

「かーっ、やっぱり第一級は目指すところが違うなぁ」

 

 

 ポツポツと聞こえてくる、ロキ・ファミリアの情報。ならば自分が母体を屠ったあの地点が50階層なのだろうと、タカヒロは脳内の情報と照らし合わせていた。

 撤退具合からしても、かなり急いでいたことが伺える。彼が請け負った3名の逃げ具合からしても何かしらのトラブルが発生したことは読み取れており、結果として遠征は失敗したのだろうなと結論付けた。

 

 

「そうだアイズ、今日起こったあの5階層の話を聞かせてやれよ!あの殺り逃したミノタウロス!!」

 

 

 ピクリではなく、ビクリ。ベル・クラネルは、突然の大声に対して明らかに震えあがった。そんな少年を横目見るタカヒロは、何かしら関係しているのかと推察したがそこから先が続かない。現段階では、情報が不足しすぎている。

 とりあえず、傍観することを選択した。大声を出した者はさっそく酔いが回っているのか、あまりの声の大きさに圧倒された周囲も聞き入る様子を見せており、彼の周りに居る者の声も聞こえてくるほどに静かな店内となっている。

 

 

「ミノタウロスって、17階層で遭遇したやつ?」

「そう、それだよ!奇跡みたいにどんどん上に登っていきやがって、その時にアイズ、お前が5階層で始末した時に居たトマト野郎!」

 

 

 それって間接的に「ロキ・ファミリアともあろう者が17階層でミノタウロスを取りこぼした」と言っちゃってるんじゃないのかな。

 と脳天気に考えるタカヒロだが、横に居る弟子の震えが一段と大きくなったように思えた。

 

 まだしばらく、傍観することを選択する。続けられる罵倒は、その時に居たのであろう駆け出しの冒険者に向けられていた。

 ヒョロくさい餓鬼だの生まれた小鹿のようだと、足が竦んで尻餅をついたなど、よくもそこまで次々と言葉が出てくるなと一種の感心すら抱かせる。なお、どれもこれもが当時の状況とはかけ離れており、発言者は相当酔っぱらっているのか所々でフラフラしており呂律も怪しい。名実ともに、酔っ払いの戯言だ。

 

 アイズを除いて当時を知らない周囲は酔っ払いの戯言を事実と捉えているものの、「駆け出し者の反応がそうなるのも当然だろう」と、周囲もタカヒロも、ついでに言えば耳にしていた店員の全員が思っている。彼も本で読んだ知識程度だが、ミノタウロスが出現するのは初心者がウロつくエリアではなくかなり下、それこそレベル2の冒険者が進出するエリアだ。

 生まれたばかりの小鳥が蛇、それも大型のソレを前にすればどうなるか?答えは簡単である。少年が見せた反応は当然の内容であり、まともな思考があるならば非難するなど在り得ない。むしろ、よく生き残れたなと感心する方が筋だろう。

 

 ミノタウロスを逃がした責任が、ロキ・ファミリアにあるならば猶更だ。そして此度の暴言祭りの責任を押し付けてしまえば、酒という人の本性を暴く飲み物が原因である。

 「酒を飲むと癖が悪くなる」という言葉があるが、そうではない。酒を飲むことで“理性”が無くなり、“本性”というものが暴かれるのだ。

 

 

「それでアイズが切り刻んだ時の返り血を浴びてよ、真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!ヒャヒャヒャヒャ、腹いてぇ!」

「恥を知れ!」

「気持ちだけが空回りしている奴に、アイズ・ヴァレンシュタインの隣に立つ資格なんか無ぇんだよ」

 

 

 玲瓏な声が一度場を収めるも、止まらない。男に注がれる酒と言う燃料は、その喉元にある本音から数々の罵倒の言葉を引き出している。

 

 

「雑魚に、アイズ・ヴァレンシュタインは釣り合わねぇ」

 

 

 店に響く、トドメの一言。胸から熱く込み上げる()()()()()に身を任せ、少年は本能的に立ち上がろうと膝に力を入れ――――

 

 

「っ―――!?」

 

 

 その右肩に、優しく左手が置かれ停止した。

 

 右に座る彼に顔を向けて見上げるも顔は正面を向いたままであり、また、いつのまにか被っていたフードに隠れて表情は読み取れない。その口元は、先ほどまでの記憶と違って据わったものとなっていた。

 

 

 

「少年、()()()か?」

 

 

 

 代わりに返ってきたのは、小さい音量ながらも今までに聞いたことのない据わった声。周囲に気づかれぬよう配慮しているのだろう。

 一人で悩んでいた故に少年と呼んだ青年の一言で我に返り、己を鍛えてくれた師の存在を思い出す。そして悲しみなど吹き飛んでしまい、置かれた手を跳ねのけて逃げ出してしまいたい衝動が消えてゆく。

 

 まるで、その手を使って元気を分けているかのような。怒りでも悲しみでもなく言われて気づいた悔しさの感情は消えるどころか、勘違いしていた2つのエリアを埋めるかのように広がっていく。

 

 悔しい。師が口にしてくれたように、芽生えた感情は、ただそれだけ。

 

 想い人の前で、目指す道標の前で貶されるしかない、己の実力が何よりも悔しかった。一般よりは遥かに強い少年だが、そんなことはこの場においては関係ない。

 自分は今、自分を貶した者に立ち向かえないのだ。間接的に己の師を貶される相手の言葉に、反論することもできないのだ。ただ手を握り歯を食いしばる事しかできない自分自身の実力に、心から悔しがっているのである。

 

 

「……はい。すごく、すごく……」

「そうか。だがかつて自分も通った道だ、決して恥じることではない。初めて抱くだろうその感情は大切なものでもある、いつになろうと忘れてはいけない。今日この場で知り得た感情こそが、君自身を英雄に押し上げる活力の一部になるのだからな」

 

 

 目線を膝に戻し、唇をかみ、爪で両手を貫かん程に拳を握り。目に溜めた涙を決して見せまい、落とすまいと瞳を強く閉じ。少年は、上ずった声で小さく呟いた。

 自分にしか聞こえないであろう小声ながらやけに耳通りの良い、青年が呟くそれらの言葉。出会ってまだ一か月も経っていないはずの男の言葉が、妙に胸に刺さっていく。

 

 

「進む先では再び、何度も力の差に絶望するだろう、数の差に潰されそうになるだろう。しかしそれは強くなるためには必然の障害だ。突破できずに悔しいか、ならば負けないように強くなろう。ぐうの音も出ない程の活躍と実力でもって、あの“犬”を見返してやろうじゃないか」

「……師匠、僕――――」

 

 

 ダンジョンに、行ってきます。そう言わずとも、横に居てくれる青年にはしっかりと伝わっていた。

 

 

 なお、非常に良いシーンなのだが彼が口にした内容はケアンで抱いた感情そのものだ。物理・魔法がミックスされた数の暴力と耐性減少でリンチしてくる上にレベルが格上である敵の群れに、何度悔しさに塗れクソッタレと喚いたかは既に記憶の彼方となっている。

 更なる蛇足としては、ベートが狼人だと分かっておらず犬人だと思い込んでいる。傍から見れば似ているために仕方がない点だが、実は耳の部分で見分けがつくのもまた蛇足である。

 

 

「わかった、あとで迎えに行こう。繰り返すが死んだら何もかもが終わりだ、あくまでも正規ルートにおいて倒しながら進むんだ。何度も言うけど、過度な無理だけは自発的にしないようにね」

「――――はい」

 

 

 少年は、わき目も振らずに店の入口に走ると駆け出していく。後ろから誰かが追いかけてきた気がするが、前を見据えて振り向かない。

 今はただ、ひたすらに強くなるために。自分と同じ、ヘスティア・ファミリアに所属する者。年齢的には10歳上の、タカヒロという青年のような強い存在に成るために。

 

 今日の一件で心は折れかけたが、彼の言葉で元通りに治ったように思える。そして、己が辿るべき道標は目の前に見えている。彼が言うように、経験値とは文字通り経験を積むことで得られるものだ。

 

 冒険をしよう、ある程度の無理をしよう。しかし彼が教えてくれたように、強くなるための引き際は弁えよう。無理をして死んでしまっては、何もかもがお仕舞いだ。

 そう考えるベルの目には日ごろの鍛錬がよみがえり、ダンジョンが一層のこと違って見えてくる。その場所とは常に死と隣り合わせなのだと、そして無理をするだけでは強くは成れないということが、不思議と脳裏に刻まれる。

 

 冒険をしよう。彼のように強くなるために。

 冒険をしよう。彼女に似合う存在に成るために。隣に並んで立つために。

 

 

 今すぐ彼のように強くなれる、なんて夢物語は思っていない。オラリオにやってきた自分自身の物語は、まさに始まったばかりなのだから。

 




ベル「そうか、夢物語じゃなくて現実にしちゃえばいいんだ!」
タカ「いけるいける」
ヘスティア「やめて!」

本文ぶっ壊してますがコミカルだったら多分こんなオチ。


師が差し伸べる手があるんだから、猶更のことベル君はめげないぞ!

さて次回、いよいよ酒場騒動の最終パート、主人公の対応です。ベート君の運命やいかに…

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