その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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131話 ロクでもない装備

 ヘスティアの知らぬところで、非公式ながらも新生ヘスティア・ファミリアの最高到達階層が50階層になってから数日後。天気は晴れと言える程に澄み渡っており、先日の昼までに降っていた小雨の気配は欠片もない。

 

 

 かつてのホームを知る者が見上げたならば、大出世したことに驚き羨むことだろう。見上げる館は立派の二文字そのものであり、落ち着いた洋館の様相を出している。

 絶対的な敷地面積こそあまり広くはないものの、少し背伸びをして建てられた四階建ての建物だ。過半数が相部屋ながらも30人は余裕で住める程のモノであり、装飾こそないものの周囲の土地も開けており、建物よりも何倍も広い裏庭が用意されている。

 

 外観の雰囲気としては教会の様相を少しだけ残しており、ここが以前は教会であったことを伺い知ることが出来るだろう。もっとも知っているのは近隣住民程度のものであり、今となってはオラリオにおける過去の歴史の一つとなっている。

 ともあれ、ここがヘスティア・ファミリアの新しいホームというわけだ。今までとは雲泥と言って過言は無い程の設備を備えている、第一級ファミリアに通じる程のモノである。

 

 

「ふうー、今朝は天気がいいな。まったく優雅な食後だぜ」

 

 

 その新しいホーム、名を“竈火(かまど)の館”の主となった炉の女神ヘスティア。朝食を終えた彼女は、自室で穏やかな時間を過ごしていた。

 本日の予定において際立ったものはなく、リフレッシュタイムと呼んでも差し支えは無いだろう。数日前に目を逸らしたくなるような事実と対面しただけに、心が自然と回復期間を求めている。

 

 

 いつかまた来るであろう不測の事態(フレンドリーファイア)に備えて、心の余裕と言う貯蓄を求めているのかもしれない。あれ程の事をやったのだから暫くは大丈夫だろうと考え、ヘスティアは完全に油断しきっている。

 連動するようにして本日の1つの予定を思い返すが、それもさして大きなことではない。むしろ部外者が来るのだから一層のこと何も起こらないだろうと考える一方、一応はその予定に対して考えを向けている。

 

 

「そう言えば、今日はロキの所の子が来るんだったな……。ま、このボクの子供たちに任せておけば、間違いはないはずさ」

 

 

 ファミリアの資金が潤沢になったことで心の余裕ができたためか、少し以前の“ぐうたら”具合が顔を出してしまっている。数日前に見つけてしまった新たな爆弾を、本能的に忘れようとしているのかもしれない。

 本日は、ロキ・ファミリアの一部の者が新ホーム完成のお祝いと、非公式ながらも先日の助力の御礼ということで手土産を持ってきてくれるらしい。とはいえ、ロキの所で宴を開く際にも動いていたのは眷属たちであるために、さして問題はないだろう。事前に伝書鳩にて連絡を受けていたために、既に簡単な“もてなし”の用意は終わっていた。

 

 主神であるヘスティアは、最初に顔を出して挨拶を行う程度のものとなるだろう。一緒に混ざって騒いでいても全く違和感は無いのだが、そこは“我神ゾ”のスタンスを通すらしい。

 本日はアルバイトもお休みとなっているようであり、こうして趣味の読書をして過ごしているというわけだ。誰にも見られていないのをいいことにドヤ顔のまま、インスタントながら紅茶のティーカップに手を伸ばして口に含み――――

 

 

 

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

「ぶふーっ!?」

 

 

 無駄に中性的ボイスながらも下品極まりない、甲高くも野太くもなけれど濁った男の雄叫びを耳にして。口に含んだ中身を、盛大に卓上へとぶちまけていた。

 流石に大音量ということもないが、防音が効いているはずの室内でもソコソコの音量が聞こえた程。周りに建物は少ないが、下手をすれば近所迷惑となる音量と言えるだろう。

 

 

「な、なんだあ!?」

 

 

 兎にも角にも、状況の確認が最優先だ。勢いよく扉を開き小さな体をめいいっぱい使って廊下を疾走するも、再び先の雄叫びが木霊する。

 どうやら広い庭の方から聞こえてくるようであり、急ブレーキをかけたヘスティア・ミサイルは、そちらへと目標をロックした。他の者達も、数名が何事かを確かめようと廊下を駆け出すかどうか迷っているところでもある。

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

「へ、ヘスティア様、いったい何が!?」

「こっちが聞きたいぐらいだよ!あれ庭へ出る扉ってどっちだっけ?」

「あっちです!」

「ゴメンよありがとう!こ、こんなフザケたことをするのは……!!」

 

 

 そして考えるは“叫んでいるのは誰か”という点であるが、こんな明後日の方向に想定外なコトをやらかすのは、可愛い可愛い1番眷属か2番眷属に他ならない。あの白髪コンビ、相変わらずやる事成す事の半分ほどが問題行動なのは彼女の気のせいではないはずだ。

 もっとも、この時点においては物的証拠も状況証拠もありはしない。単に己の直感と今までの行いから、彼女が決めつけているだけの話と言えるだろう。

 

 それでも、火のない所に煙は立たぬ。かつて何度も盛大なキャンプファイヤーを開催してきた二人だけに、真っ先に疑いの目が向けられても仕方のないことなのだ。

 

 

 事の発端は数分前、ベルが身に着けていた“ブラザーズ アミュレット・オブ ライフギビング”についての話が出た時に遡る。団員の一人がアミュレットに気付いて質問を飛ばしたことが発端なのだが、これはタカヒロからの贈り物だ。

 実のところちょっとしたエンチャント効果があるアイテムだと説明したタカヒロが、「こんなアイテムもあるのだぞ」と1つのアミュレットを取り出したことが要因だ。それを身に着けたベル・クラネルが、先ほどの雄叫びを発したわけである。

 

 

「クククッ……。べ、ベル様、どこからそんな声を出されたのですか……ククッ」

「も、もうだめ!あははは!」

「ハハハハ!だ、団長、すげぇっす……腹いてぇ……」

「ちょっ、ちょっと!ぼ、僕は出したくて出したわけじゃ!」

 

 

 顔を真っ赤にして言い訳真っ最中のベルながらも、今の雄叫びは場に居た全員が聞いている。何事かと中庭に出てくるメンバーに対しては「団長の雄叫び」としか伝わっていないため、ベル・クラネルは様々な視線を向けられるのであった。

 ということで、ヘスティアの推察は半分が正解。タカヒロがベルに渡したアミュレットによって、ベルは叫ばずにはいられなかったのだ。もう半分は、“どちらか”ではなく“連携プレイ”であった点だ。

 

 

 ――――アイテム名“ウィルヘルムの素晴らしき戦宝石”により付与されるアクティブスキル、“ウィルヘルム!”。なんともヤッツケなスキル名と言えるだろう。

 

 

 このアイテムを持ちだした、というよりは彼以外は絶対に誰も持っていない。そんな元凶のタカヒロ曰く「装備すると使用したくなるアクティブスキル」で、発声の言葉はともかく一応は使える分類のスキルらしい。

 そこそこの量のマインド(エナジー)を使うが半径6メートル圏内の敵に対して“混乱、防御能力低下、与ダメージ低下”の3種類の状態異常を4秒間にわたって付与するのだ。リチャージに8秒かかるために常時付与というわけにはいかないが、囲まれた際には絶大な威力を発揮する。

 

 それはともかく、叫び声についてはベル・クラネルの地声とは全く異なる中性的な男の声。それでも空に向かって叫ぶような様相と叫び声は、傍から見れば非常にシュールなものがある。

 装着していると叫びたくなるためにアミュレットを外したベルは、不思議そうにアミュレットを眺めている。見た目はアメジストの宝石のようで綺麗な代物なのだが、いかんせん効果のほどが問題だ。

 

 

 やがて息を上がらせたヘスティアがやってくるも、残念ながら“お客”も同時に到着した模様。故に何事かとつっかかる時間は与えられておらず、一行は玄関へと移動した。

 

 やってきたのはアイズとリヴェリアの二人と、レフィーヤとアリシア、そしてエルフ数名の者達だ。最初にアリシアが新築祝いの贈り物を渡しており、笑顔で受け取ったヘスティアは謝礼の言葉を述べている。

 手土産で機嫌を良くしたヘスティアはそのまま主な施設の案内を始めており、一行はゾロゾロと行列となっている格好だ。さも「我が定位置」と言わんばかりにタカヒロの真横がリヴェリアでベルの横がアイズ、その後ろにキーキーと音を出しかねないレフィーヤが続いているのはセオリーながらも見学会は進んで最後に中庭へと到達しており、案内は終了となっている。

 

 とここで、己が先ほどのアミュレットを手に持ったままだった事に気づいたベル・クラネル。レフィーヤもそれに気づいて何を持っているのかと問いを投げたために、一行の関心がそちらへ向くこととなった。

 王族であるリヴェリアの眼鏡からしても、やはり見た目だけは綺麗なこのアミュレット。それだけでロキ・ファミリアの女性集団の気を引いており、既に注目の的となっていた。

 

 

「そうだレフィーヤさんでしたら似合うんじゃないですか?付けてあげますよ!」

「えっ!?」

 

 

 突然何事かと、驚きと共に少し頬を染めるレフィーヤ。ベルとアイズの関係はほとんどの者が知っているために発言を耳にした者全員が疑問符を抱くが、今の段階においては口に出されることは無い。

 その瞬間、アイコンタクトにて“何か裏がある”という内容がアイズとベルの間で伝達されている。珍しく膨れっ面にならないアイズに疑問を抱いたリヴェリアだが、その答えはすぐに分かることとなるだろう。

 

 とはいえ真実を知らないレフィーヤは、少し高く鳴った鼓動を隠せない。かつての59階層や先日の一件で少年の勇敢さを知っており認めているからこそ、このようなシチュエーションでは異性として認識してしまっている。

 アイズ・ヴァレンシュタインが居るにもかかわらず、何をやっているのか。そんな類の内容を叫びたかったが、自分でも不思議ながらも、アミュレットを付けてもらうことを優先してしまっているのは乙女故に仕方のない事だろう。

 

 己の胸元に輝くアミュレットを見つめたレフィーヤ、何故だか喉の奥がムズムズする。ワナワナと小さく可愛らしく震えるも、奥底から湧き上がるこの葛藤は抑えられそうにない。

 ならば、開放してしまってはどうだろうかと自問自答。クシャミを我慢するような様相だったものの最後には我慢の限界を迎え、大空へと顔を上げると――――

 

 

『アア゙ア゙↑――――ンッ!!』

 

 

 やはり地声とは全く関係のない中性的な叫び声が上がった瞬間、周りはドッと笑いに包まれた。唐突にも程がある為ワンテンポ遅れたもののアイズもお腹を抱えて笑っており、此度はリヴェリアがツボに入ったらしくタカヒロの肩に顔を伏せて声を抑え込みながらも爆笑中。

 エルフにあるまじき、という言葉を体現したかのような声を発した実行者レフィーヤは目を見開いて盛大に茹で上がっている。そして即座にアミュレットを外すと上空へと放り投げ、顔を背けて笑いをこらえているベルの肩を掴み、乱暴に揺さぶり始めて猛抗議。直感的に、このアミュレットが原因であることを見抜いている。

 

 ベルを挟んで反対側ではアイズが可愛らしい笑いを見せているのだから、レフィーヤの羞恥具合は一入(ひとしお)だ。乙女心を弄ばれたようで、それはもう抱く怒りは有頂天。

 当の本人であるベルは“してやってり”顔で笑っている。こちらは文字通り、今まで無条件でキツかったアタリに対する“お返し(カウンター)”だ。

 

 

「あ、あ、貴方って人はああああああああ!!」

「ごめんな、さ――――い!!」

 

 

 故にレフィーヤの温度も更に上昇することになって掴みかかる強さも揺れ具合も増しており、やがてベルが庭へと逃げ出し彼女が追いかける格好となっていた。広さはある庭なので、思う存分駆けまわることができるだろう。

 

 

「た、たか、タカヒロ!な、なんなのだ、あれは……」

「さっきベル君が、このアミュレットを付けてやっていただろ?コレを装備した際に生まれる効果の副産物だ」

「やーっぱりそのアミュレットの仕業かい……」

 

 

 レフィーヤによって空中に投げ捨てられたアミュレットを綺麗にキャッチしたタカヒロは、笑い終えたアイズに対して「こんな感じ」と言わんばかりに外観を見せている。厳選に厳選を重ねたご自慢の一品であり、見た目はアメジストの宝石のようで美しいが、先のような効果があるというワケだ。

 そんなことをやっていると、庭を一周し終えたベルとレフィーヤが戻ってくる。ベルがアイズの後ろに隠れてしまいアイズも庇うようにして両手を広げたために、レフィーヤは怒りをぶつける場所がどこにもなかった。

 

 もっとも、このアミュレットが持つ効果のほどは叫び声を上げるだけではない。レベル1から装着可能な“レジェンダリー”等級となるこのアイテムには、当該レベルとは懸け離れる、途轍もない効果が備わっているのだ。

 

 

「山吹髪のエルフ君、魔法で損害を出すことだけは勘弁してくれよ?とにかくタカヒロ君、そんなロクでもない装備は仕舞った仕舞った!」

「ロクでもないとは聞き逃せんな。叫ぶデメリットこそあるが、れっきとした一級品のエンチャントが施されたアイテムだ」

 

 

 炉の女神ヘスティア。鍛えられ始めた直感が“ぶっ壊れ”の口から出される“一級品”という言葉を耳にして、身体()の悲鳴に備えるべくメンタルをスタンバイさせている。

 

 

「これを装着すればスキル効果が上がる上に、攻撃速度・詠唱速度・移動速度が、それぞれ12%も向上するのだぞ?」

「そんなフザケた代物なら猶更気軽に取り出すなアアアアアアア!!!」

 

 

 無情にも嘘発見器は反応せず、これはボクが預かると叫びつつ掴みかかるヘスティアだが身長差は歴然であり、上に掲げられたアミュレットに届くためには圧倒的に足りていない。ピョンピョンとジャンプしてつかみ取ろうとするも、どちらが先に疲れることになるかは明白だ。

 なお、当該アミュレットを装備したならば8%の経験値が加算されることについては触れられていない。そのことを知った途端、彼女はお腹を押さえて部屋へと帰ることになるだろう。

 

 

「えっ、タカヒロさん……詠唱速度向上ってことは、詠唱にかかる時間が短くなるのですか……!?」

「ああ、文字通りだ」

「そのようなエンチャントアイテムがあるのか……!」

 

 

 もっとも魔導士からすれば、“詠唱速度”の部類は見逃せない。たとえ数秒の削減だろうとも、死に物狂いで短縮を狙うことが1つの使命と言ってもいいだろう。

 例えば3分間かかる詠唱ならば、秒数換算したあとに12%の削減となるために計算結果は約158秒、つまり2分38秒で詠唱が完了することとなる。戦場における22秒の時間短縮がどれだけの効果を発揮するかは、説明するまでもないだろう。

 

 短縮割合などを説明したタカヒロだが、当たり前とはいえ魔導士の全員が目に力を入れて聞き耳を立てている。そのようなエンチャント効果があるならば、文字通り喉から手が出る程に欲しい一品だ。

 効能について考えているのは、ベルとアイズも同様だ。そして二人がそれぞれ必要としている時間に当てはめて考えると“数値”は出すことができないため、導き出される答えは1つであった。

 

 

「凄い、ね」

「凄いですね!」

「無詠唱の人は黙っていてください!!」

 

 

 ベルとアイズ、揃ってショボーンと項垂れる。確かにこの二人が使う魔法には、“一般的な詠唱”という概念は存在しない。そこの元凶が使用するアクティブスキルにも詠唱は無いために、ある意味では3人とも無詠唱に近いと言えるだろう。

 ベルに対する言葉だったつもりのレフィーヤだが、アイズのエアリエルとて同様だったことに気づきメトロノームのように何度も頭を下げている。庭の隅っこで体育座りのまま塞ぎ込むベルとアイズは、仲良く“どんより”とした空気を漂わせていた。

 

 

「しかし……いくら詠唱時間が短くなるとはいえ、あれ程の叫びを上げるとなると、立ち上げた魔力が暴走してしまいそうだ」

「……君も叫ぶか?」

「いらぬ!」

 

 

 メリットもあれば、デメリットもあり。装備の選定とは、難しいモノなのである。

 




■ウィルヘルムの素晴らしき戦宝石
・"アーーーーーーーー。"
・レジェンダリー アミュレット
・必要な プレイヤー レベル: 1
・必要な 精神力: 1
・アイテムレベル: 1
+8/+12% 総合速度
+8% 経験値獲得
19/29% 出血耐性
20/30% 減速耐性
+1 全スキル

■付与されたアクティブスキル:ウィルヘルム! (アイテムにより付与。本文とは違って任意発動です)
・ウオオオー
33 エナジーコスト
8 秒 スキルリチャージ
6 m 標的エリア
標的を混乱 4 秒
50 標的の防御能力低下 4 秒
15% 標的のダメージ減少 4 秒

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