その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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日常回


138話 ファミリアの司令塔

 

 ヘスティア・ファミリア。

 

 オラリオにおいて約1年前に発足した、零細ファミリア。主神を除くと冒険者登録されているのは僅か一名という、オラリオにおいて最も力のないファミリアの一つとカウントして差し支えないだろう。

 ともあれ、“ヘスティア・ファミリア”という名前そのものが浸透していない為に、話題に上がることも全くない。加えてそこに居る眷属はレベル1が一人だけであるために、名実が伴っているのも実情だ。

 

 

「おい。あれ、悪魔兎(ジョーカー)じゃないか?」

「一緒に居るのは運搬小人(リトル・ポーター)か。あのヘスティア・ファミリアだぜ、粗相しないように気を付けろよ」

「アレでアポロンとソーマ・ファミリアの連合軍を叩き伏せたんだろ?とても、そんな豪傑には見えないなぁ……」

 

 

 そんな認識も、約半年前迄のこと。様々な意味で前代未聞となった戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わってから、ベル・クラネルが街中で注目されることは増えている。注目してくる相手に年上の女性が多いのだが、ベル曰く「なんででしょう?」と首をかしげている程度だ。

 もっとも注目されているのは、ベル・クラネルと言うよりはヘスティア・ファミリア全体だ。現に今も集団で買い出しの業務に赴いており7人の集団になっているのだが、先頭をいくベルの注目度が最も高いものの、続く者達が浴びる視線の数も非常に多いものがある。

 

 眷属がたった一人だというのに入団の際に面接が必要だったこともまた、一般的には異質と呼べるもの。内容も細かく具体的であったために、その点が拍車をかけて広まっているのだろう。

 先の戦争遊戯(ウォーゲーム)で沸き起こった熱気こそ少しは収まってきたが、実績の内容が内容であるためにオラリオにおける認知度は非常に高い。基本として別のファミリアとは仲が悪いものであり、そのために他の冒険者達も、ヘスティア・ファミリアに因縁を付けられないよう気を配っているというワケである。

 

 

「噂話で持ち切りですね、ベル様」

「あはは。混んでても道が空くから、その点だけは便利だけどね……」

 

 

 同時に、ヘスティア・ファミリアに対して畏怖の感情が芽生えているというわけだ。実のところヘスティア・ファミリアの団長ベル・クラネルこそオラリオで最も優しい人物の一人なのだが、ファミリア間の抗争というのは、そんな事実さえも消してしまう。

 周囲が抱く心境を示すかのように、噂話の類もいくつかは聞こえてくる。加えて、人混みのド真ん中だろうとベルの周囲には自然と空間ができる程だ。

 

 

 なお。実のところは色んな意味で飛び掛かろうとするご婦人方が多数居り、誰かがそれを止めている状況も並行して生まれている。もちろん中には某美の女神も含まれて居り、先の噂と相まってベルの周囲が色々とヤベー状況になっているのはご愛敬だ。

 

 

「自分も、団長に対する世間の噂話は何度か聞いたことがありますよ。“あんな顔をして心は悪魔”だとか、“実は裏の顔で、ファミリアでは常に激怒して厳しく接している”とか」

「ええ~っ?僕ってそんな目で見られてたんですか……」

「ははは、そりゃー見当違いにもほどがある話だな」

「まったくです。ベル様は、そんなお人ではありません」

 

 

 流石は噂話と言うべきか、まさに言いたい放題である。もっとも真相については団員の全員が把握しており、先程も一人の男性冒険者が口にしたが、カスってすらいないのが実情だ。

 少年に恩義があるリリルカは怒りの色を見せているが、仕方のないことだろう。いつかタカヒロが(けな)された時に三名の冒険者(オッサン)が怒りの色を示したが、それと似たようなものだ。

 

 

「ところで団長。今更なんですけど、タカヒロさんって何者なんですか?」

 

 

 ヘスティア・ファミリアにおいて、恩恵は貰っているらしいが冒険者ではないうえに、団長のベルが「師匠」と呼ぶ程。フレイヤ・ファミリアの猛者とも交友があるという、全員が“非常に謎の人物”という認識を抱いている青年だ。

 実力も相応のものがあることは既に知れ渡っており、団員が行う鍛錬の際もベルと一緒に赴いており、その都度にわたって最適なアドバイスを行っている程だ。ここに居る者達はアドバイスを受けるたび、各々の技術力が既に向上していることを感じ取っている。最も顕著なのは、少し前に行われた50階層で行われた鍛錬だ。

 

 もちろんタカヒロとて単に同行しているだけではなく、鍛錬の場面を真剣に見ているからこそ的確なアドバイスとなって現れている。新人の全員がベル・クラネルの類まれな才能に遠く及ばないとは理解しつつ、それでも最も効率的なアドバイスを与えることが出来るよう、ここでも師としての立ち位置を示していると言うわけだ。タカヒロが居ない時はベルが師事の代役を務めているのだが、アドバイス内容のクリティカル具合で言えば雲泥の差がある状況となっているのは仕方のないことだろう。

 ベルの命令、というよりはファミリアの方針として、受けたアドバイスをファミリアのメンバーで共有しているために、実力の“底上げ”度合いは猶更だ。その時はベルも混じって真摯に耳を傾けており、何か取り入れることが出来るものがないかと貪欲さを隠そうともしていない。

 

 

 そして最も疑問な点の一つとして、時たまチャッカリとロキ・ファミリアの者が見学に訪れている点だろう。それこそレベル1から7まで職種を問わず、手ぶらではなく差し入れと共にやってくるために、ヘスティア・ファミリアの新人たちは緊張した面持ちを隠せない。

 なんせロキ・ファミリアとは、オラリオにおいて最も有名なファミリアの一つなのだ。仲が良いことは知っていた新人達だが、これ程までとは思っておらず気が動転しかけた程である。

 

 特にその中で、必ず青年の真横に陣取る九魔姫(ナインヘル)が見せる行動が謎の筆頭。行われている訓練の内容ではなく、その青年に目を向けているのは周知の事実だ。

 二人はフレンドリーな仲である、というリヴェリアに関する噂話を知るエルフ三名が休憩時にザワついている点も仕方のないことだろう。一方で容易に広めて良い話ではないことは明らかであるために、口外もしていない。

 

 

「あ、それ自分も気になってた。なんなんだ?あの人。いや、凄いって意味だけど」

「ステイタスが上がっていることもあるんだろうけど、モンスターと戦うのも、確実に楽になってるよな」

「わかる」

 

 

 それにしたってどう答えたものかと、ベルは内心で冷や汗を少し流す。時たま主神が「胃が痛い」と泣き付いてくる事象の鱗片を知った少年だが、己もまたその原因の一端に居ることは気付いていない。

 悩みに悩んだベル・クラネルが出した回答は、「いろんな意味で凄い人」。ボカしにボカしを入れているが間違ってはいないために、リリルカは苦笑でしか示せなかった。

 

 とはいえ流石にそれだけだと色々と足りていない為に、タカヒロに剣を学んだことについては正直に答えている。厳しさについては皆が行っている鍛錬の比ではなく文字通り死にかけたこと、それを自ら望んだことについても口にしていた。

 具体的な内容の一つを聞いてみた団員は、文字通り一歩引いていた。今となっては喉元過ぎた熱さながらも、ベル・クラネルはハッキリと内容を覚えており戦いに生かしている。

 

 

 もう己の師ではなくなってしまったが、ベルもまた、指導するタカヒロの姿が好きなのだ。己もいつかあのようになれればと、今なお情景は非常に強いものがある。

 

 

 そんなベルの表情は凛々しく据わっており、前を見据えた顔は14歳の様相に映らない。横に並んで上目見るリリルカの口元は、見守る姉のように優しかった。

 少年には相手がいることを知っているために抱いているのは一方的な好意ながらも、実のところ彼女もまた、そんなベル・クラネルが好きなのだ。特に先程ベルが見せた据わった表情は、彼女の中で最も好みな表情の一つとなっている。

 

 

「あ、師匠!」

 

 

 それが青年を見つけた時、一転して花が咲いた子供のような顔になる。先程までの凛々しい姿はどこにいったのかと、まさに疑問符しか生まれない。

 

 皆を率いていくために必死に頑張るベル・クラネルが唯一見せる、気の緩み・素の姿。逆に言えばタカヒロ以外を相手には絶対に見せない姿はアイズが引き出そうと頑張っているものであり、レア度で言えば最上級に匹敵するものがある。

 というワケで、影から見ている美の女神が例によって鼻血を垂れ流しているのは周囲に影響がない為にさておくとして。ヘスティア・ファミリアの者達もまた、タカヒロに対して「お疲れ様です」の言葉を発している。

 

 相変わらずのワイシャツ姿で仏頂面、愛想の欠片もありはしない。だがしかし、“らしい”といえば“らしい”姿だ。

 

 

 そしてどうやら、今からダンジョンへ行くらしい。まさかワイシャツ姿で行くのかと口には出せないものの驚くヘスティア・ファミリアの新人達だが、以前にも同じことをやっていた点を思い出してスルー安定。だんだんと毒されていっている。

 何をしに行くのかとベルが尋ねてみれば、内容が“ロキ・ファミリアの新人達と鍛錬する”ことだと知って表情は一変する。学ぶべき事だらけな相手から一つでも多くのことを吸収するべく、一行はそのままバベルの塔へと向かい、ダンジョンへと下りて行った。

 

 

=====

 

 

 ダンジョンの上層であり、中層の少し手前となる10階層。かつてソーマ・ファミリアという闇の中に居たリリルカ・アーデの世界に光が差し込んだ、特別な場所。

 なお、その直後に50階層へと連れていかれて再び闇が覆いかけたのは少し前に思い返すこととなった内容であり、今となっては苦笑を伴う“お笑い種”。死と隣り合わせのように錯覚してしまう深層の空気を知っている今の彼女は、大抵のことでは(くじ)けない。

 

 10階層において前方より迫ってくる、大量のキラーアント。防衛一方ではジリ貧の結果となることは明らかであり、適正レベルの狩りにおいては、数秒のロスなく的確な指示を出すことが司令官に求められる。

 そして、この場における司令官が誰かとなればリリルカ・アーデに他ならない。故に彼女は叫ぶために、大きく息を吸い込んだ。

 

 

「左翼から中央!盾、構え――――!!」

 

 

 背中に受ける小さな身体に負けぬ声に応えるように、盾を持つ前衛職が左翼から中央にかけて壁を作る。ガチンと甲高い音が鳴り響き、続いて盾でもってモンスターが放つ突進の勢いを殺して時間を稼ぐ。

 密集陣形を維持しており、文字通りネズミ一匹すらも通さない気迫と言って過言はない。野郎共の雄たけびを筆頭にしてモンスターの叫び声も交じっており、非常に切迫した様相が作られている。

 

 

「弓兵は右翼より攻撃を、続いて迎撃も上がってください!」

 

 

 司令塔となるリリルカは続けて詠唱の続行を魔導士に対して指示しており、ナイフを携帯した弓兵の一部に対しては後方警戒を怠らないよう釘をさす。有効かつ効率的ではあるものの、下層や深層では通用しない内容だ。

 とはいえリリルカ達が今いる所は上層であり、パーティーメンバーの実力ならば通用する。だからこそ彼女はその選択を行ったわけであり、最良の判断の一つと言えるだろう。

 

 此度の戦いに参加しているのは同行していたヘスティア・ファミリアの新米、レベル1の者達。ベルも含めてレベル2以上の者達は少し離れた場所から見守っており、一方で注意点や参考になるところがないかと真剣な眼差しを向けている。

 しかし、その数は街中を歩いていた時の倍以上に膨れている。ヘスティア・ファミリアではない者達が加わったためであり、本来タカヒロが用事として行う予定だった相手達のことだ。

 

 

「ところで、なんで彼女を司令塔にしたんだい?」

 

 

 例によってタカヒロと並ぶリヴェリア――――の反対側に陣取る、小さな影。とても実年齢とはかけ離れた容姿を持つロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナその人だ。

 二人は据わった表情にて、一行の戦いを見つめている。前回の場面においてはリリルカがリーダーとなっている場面は見たことがないフィンは、タカヒロと言葉を交わしつつも、一層のこと食い入るようにして状況を見つめていた。

 

 

「観察眼は十二分で知識も良好、度胸もある。駆け出しの域であることは揺るがないだろうが、将来を任せるには適任かと思ってね」

「君がそれ程の評価とは、とても興味深いね」

 

 

 実際、フィン・ディムナの目からしても手際よく纏められているのが実情だ。まだまだ荒削りな部分も見えているが、その点については経験数が物を言うために仕方のないことだろう。

 タカヒロの見込み通りにリリルカの呑み込みは早く、ロキ・ファミリアの司令塔役の冒険者も驚いている程だ。一新して威力が向上したクロスボウにてピンポイントで的確な援護射撃を行えている点も、もちろん評価するべき点の一つである。

 

 もっとも、集団戦において重視すべき点が何かとなれば、タカヒロとて答えられない部分は少なくない。常日頃からソロで戦ってきたがゆえに、こちらも仕方のないことだろう。

 故に青年とて、新人たちと一緒に勉強中というワケだ。単純なモンスターとの戦いならばアドバイスは行えるために、全員に対して何かしらのメリットが付与される環境となっている。

 

 

「魔法攻撃が来ます、前衛は退避を!」

 

 

 そして魔導士の詠唱が終わった為に前衛を含めて全員が後方へと飛び退き、セオリー通りに片が付いた。前衛の者がいくらかの負傷を負ったものの軽微であり、戦闘の続行にも支障はない。

 もし今の戦いが映像として残るならば、模範的な戦闘パターンとして全てのファミリアにおいて教育に使用されていたことだろう。ベル・クラネルが戦っていない為に某残念女神も今回の案件は録画しておらず、故に各々の記憶にしか残らないのが実情だ。

 

 見事なまでの、セオリー通り。この先、ここにイレギュラーという事象が付随されて、成功と失敗を繰り返しながら、司令塔と呼ばれる人物は完成へと近づいていくことになる。

 オラリオにおいて最も優秀な司令塔と呼べる一人、フィン・ディムナ。真剣な表情を崩さずに前へと出ており、先程まで戦闘に参加していたメンバー。特にリリルカとロキ・ファミリアの司令塔要員に対して、細かいところの対応について注意を行っていた。

 

 日が浅いリリルカに対して、今しがたフィンが口にした内容まで気を配れと言うのは酷だと異論を捉える者も居るだろう。そこまでするのは、フィンが二人に対して期待を寄せている為に他ならない。

 そしてリリルカもまた、己の種族の英雄であるフィン・ディムナから指導を受けていることも相まって真剣そのもの。時たまリヴェリアが後衛のことについて口を挟むなどして、内容は非常に濃いものとなっている。

 

 それらが終了すると、続けざまに、今度はタカヒロから個々の戦闘についての改善点が出されている。言われた者は全員がハッとしており、己の未熟さを感じ取った格好だ。

 流石に魔法職についてはお門違いながらも、そこは相方リヴェリアの出番というわけだ。指導を受ける中にエルフの者が混じっているために違った意味の緊張が現れているが、それは仕方のないことだろう。

 

 

 やがてフィンを先頭に、一行はダンジョンを横に動く。突き当りの部屋に多数のモンスターが群れていることを確認したフィンは、振り返って言葉を発した。

 

 

「それじゃぁ、皆いいかな?今の反省点に注意して、もう一回やってみようか」

「はい、頑張ります!」

 

 

 柔らかさの中に強さが残る口調となったフィンの言葉に、全員が覇気と共に応えている。先程まで集団を相手して疲れが溜まっているだろうに、雄たけびと共に駆け出した。

 先程のモンスターと種類は同じながらも、数は明らかに増えている。だというにも関わらず、撲滅速度は多少の尾ひれを付けて2割増しだ。

 

 

 自分たちの遥か先を歩く者達から貰える、的確な助言。こうして目に見える程に強くなれる現実が伴うならば、自然と“やる気”も伸びるものだ。

 

 

 

 とはいえ、此度の参戦は偶発的な代物。参加できなかったヘスティア・ファミリアの者達には、ホームにおいて、口頭ながらも各々の学んだ情報がしっかりと伝達されている。

 参加できなかった事に対して悔しがる者も多々居るのだが、このような場面においてもヘスティア・ファミリアとしての連携は実施されている。邪魔しないように遠くから見守る一方で何かしてあげたい善神ヘスティアは、皆の喉が渇くだろうと予想して薄めの果実ジュースを差し入れるのであった。

 




こんなフレイヤ様だったら17巻は生まれなかったことでしょう……

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