ヘスティア・ファミリアのホーム、
「――――以上が、ロキからの情報だ」
「そうか。事情は把握したが、自分達の予測が外れていたか」
腕を組んで壁に寄り掛かっているのだが、これは彼女がシリアスな話をする時に見せる癖と言って良いだろう。真剣さの中に凛々しさと高貴さが表れる独特の様相は、この部屋の持ち主であるタカヒロからすれば中々のレア度がある。要はリヴェリアが彼の前では乙女と化すことが多い為に、逆に今のような姿を拝む機会が滅多にないのだ。
そんな珍しい彼女を見たいが作業もしたいタカヒロは、現在進行形で宝石を扱うかのようにガントレットを磨いている。これは作業中にリヴェリアが訪れたものの邪魔をするつもりはなく、「作業はそのままで」と口にしたためタカヒロも言葉に甘え、中途半端に終えず最後まで整備することを選択している。
装備に関わることは彼の好きにさせつつ本題を口にする、リヴェリア・リヨス・アールヴ。その気はないものの本能的に、“装備キチ”にとって最も効果的な手綱の握り方を分かっていた。
「場所は食糧庫とはいえ、私達も予想の範囲外だ。まさか、30階層からも運搬していたとはな……」
彼女が口にした内容を簡潔に纏めると、30階層の食糧庫の1つに
30階層については全く確認していなかったタカヒロだが、そうなると運搬を担っている者の想定レベルを1つほど上げる必要があるだろう。リヴェリアもまた考えは同様らしく、他に何か見過ごしている点はないかと口元に手を当てて考える仕草を見せている。
「何か思うところはあるか、タカヒロ」
「30階層からの運搬となれば、レベル4や5が絡んでいても不思議ではない。どこか、怪しいファミリアの名は聞いていないか?」
「いや、特には聞いていない。お前はどうだ?」
「世間との繋がりには疎くてね。自分が関わったことのあるファミリアは、全部が白と言って良いだろう」
そう口にするタカヒロだが、例外も一つある。どこのファミリアか全く情報は無いのだが、今現在において手にしている中で正体不明の人物が居た。
「どこのファミリアかは分からんが……24階層における赤髪の女、そして18階層で遭遇した仮面の人物については、君も収穫なしか」
「少し前に口にしていたやつだな、こちらには何もない。何か情報があるのか?」
「いや。アレ以降は、ダンジョン内部も含めて出くわしてすらいない」
「そうか。お前が今までダンジョンの内部を確認したのは、確か24階層迄だったな」
「ああ、結果は君も知っての通りだ」
ダンジョンとは基本として、階層が増えるごとに階層面積も増加する。40階層ともなれば広大なオラリオと同じ面積を有しており、その階層まで行かずとも、階層全体を調査するには骨が折れることだろう。
現にタカヒロも25階層付近ながら、そこそこの日数を要している。おおまかに換算して1日当たり一階層が目安となっており、収穫があったかとなれば首を横に振る程だ。
正直なところ18階層の一件については相手が使っていたナイフと仮面ぐらいしか覚えていないタカヒロだが、暗闇かつ相手が黒のローブ姿だった為に無理もないだろう。逆に言えばそんな状況下でもナイフだけは細部までシッカリと覚えているのだから、このあたりは一種の病気かもしれない。
もっとも相手側とてイシュタル・ファミリアを壊滅させた者については何も情報がない為に、そこだけを見れば互いにイーブンな状況。また、オラリオ防衛側は闇派閥の経路と拠点、攻撃側はオラリオ側の防衛能力が分からない為に、互いに動くに動けない状況が作られていた。
ともあれ、有力な情報として上がってきた30階層の一件をスルーする選択肢はあり得ない。かつてリヴィラの街にて出くわした冒険者の結末を繰り返さない事も含めれば、悠長にしている時間も限られる。
やるべき内容としては、かつてタカヒロとリヴェリアがアイズを探しに行った24階層の一件からヘルメス・ファミリアを引き算した内容と言えるだろう。
タカヒロが全てを叩き潰すか、リヴェリアが盛大なキャンプファイヤーを行うか。どちらにせよ、工場で生産されたモノは全て灰へと変わることに違いは無い。
その点は問題無いと仮定して、そうなれば、どのような算段をとるべきか。そのような内容を口にしたタカヒロだが理由があり、闇派閥との戦いについて、そろそろベルに説明する必要があると考えていた。
なんせ、ベルも現在はレベル4。そしてレベル5を目前に控えているという、立派な第一級の冒険者だ。
そのために、闇派閥との戦いとなれば強制ミッションか何かで駆り出されることだろう。決して自ら混乱の中に勝手に巻き込まれに行くようなことはないと信じたいタカヒロだが、もし仮にアイズの為となれば止めることもできないだろう。
七年前の大抗争に匹敵する戦いとなることは、何ら不思議ではない内容だ。突然の戦いとなってもベルが混乱することは無いだろうと考えるタカヒロだが、情報を知っているに越したことはない。
取っ掛かりとして30階層の討伐にベルが参加するとなれば、ヘスティア・ファミリアにおける本日の行事が問題だ。士気は高い為に団長が不在でもダラけることはないだろうが、かと言って放置と言うのも些か問題だろう。
もっとも
「良かったのか、こっちの新米をロキ・ファミリアに預けても」
「なに、此方はお前の力を借りるだろ?お互い様というやつだ」
大御所ロキ・ファミリアの副団長らしく、凛々しく答えるリヴェリア。確かに新参者の多いヘスティア・ファミリアからすればロキ・ファミリアに学ぶことも多く、とても中身の濃い時間を過ごすことが出来るだろう。
しかしそれは、ヘスティア・ファミリアにおける白髪の二名を借りるための大義名分。一緒に行動できる嬉しさを隠しきれておらず、見抜いたタカヒロが苦笑の表情で返したならば翡翠のジト目と共に片頬が膨れている。
絵に描いたような膨れっ面のまま脚を進めて距離を近づけたために、やや上目でタカヒロを見上げる位置関係。仏頂面のままの青年は相方と違って、この程度で狼狽えることはない。
流石に無視というのも問題があるために、人差し指で相手の頬を軽く押す。張りと弾力という相反する二つを供えた代物ながらも容量には限界があり、少しだけ口が開いて空気が抜けていた。
そうなれば、言葉を発する余裕も生まれるワケで。とはいえ相手の青年が何を言いたいか分かっている、かつ己が抱く想いを否定する程にツンツンしていないリヴェリアは、セオリー通りの言葉を口にしようとした。
「……悪いか、馬鹿も――――!?」
――――いいや、全く悪くない。
そんな回答を持つタカヒロは、言葉として口には出さず。相手の頭の後ろに優しく手をまわし、己の口でもって相手の言葉を物理的に遮る方法で答えを示した。
数秒で終わった行為ながらも、先程までの相手はものの見事に隙だらけ。故に不意打ちかつ“こうかはばつぐん”であり、かと言ってこのまま放置すればローエルフが出来上がる事は彼によって容易に分かるために、滅多に見せない柔らかな表情と共に煽りの言葉を口にする。
「君も例に漏れないが、エルフというのは素直ではないな」
「っ……!う、うるさいっ!うるさいっ!」
“だが、そこがいい。”とは、
それはさておき、リヴェリアから返ってきた回答もまた分かりやすいツンデレと呼べるもの。文章の割に現在のポジションから微動だにしない点や上下に羽ばたくように動く長い耳を見れば、彼女が今抱いている感情の真意は明らかと言えるだろう。
少しだけ茹で上がり具合が収まったかと思えばスイッチが入ったのか、上機嫌で甘えモードにチェンジしている
タカヒロがガントレットの整備をしていることは知っているはずなのに、「何をしているのだ」と口にしながら同じ椅子――――というよりは青年の膝の上に座ってもたれ掛かり全体重を預けるハイエルフ。真昼間から“誘う”ようなことはしないと分かっている青年ながらも、中々に色気のあるシチュエーションの一つだろう。人に頼ることを知り覚えたリヴェリアだが、それ以上に、甘えることも覚えてしまったらしい。
普段は容姿や口調とも相まって凛々しく纏まっており、それこそ高貴と言える立ち振る舞い。ほぼ全てのエルフが敬拝するハイエルフとしての姿であり、
そんな彼女が青年の前だけでは此度のように、小娘かの如く可愛らしい姿へと一転する。持ち得る“味”はこの二つに留まらず、相手と共に居る喜びを分かち合う恋人として。そして何かしらの理由で青年が弱ってしまったならば、母親の如く頼り甘えることもできるのだ。
少し前にタカヒロが黄昏の館を訪れた際、ロキに軽く飲み誘われて惚気話になった時。先の回答を示した上で、「飽きることなど考えられん」という本音を暴露している。
嘘発見器にも反応がないために抱く本心は伝わっており、ロキも「骨の髄までエルフを楽しんどんなー」とケラケラとした受け答え。ちなみにロキとしてはタカヒロの性格からしてそこまで溺れることは予測していなかったらしく、“筋金入りのバカップル”というのがロキの中における二人の位置づけである。蛇足だが、筋金は筋金でもオリハルコン製の代物なのは言うまでもないだろう。
「で?本題に戻るが、調査のために30階層へ行くのではなかったのか」
「あっ……」
すっかり話がすり替わっていたリヴェリア、どうやら思い出した模様。それでも青年の膝の上から降りる仕草は見せておらず、もう暫くはこのままなのだろうとタカヒロは諦めの境地に達していた。腿が痺れる状態異常にならないことを祈っている。
とはいえ30階層への進軍となったとしても、そこの男がいるために、予測される内容としては「行って壊滅させてリフト直帰」という脳筋具合。似た内容を口にする真面目な表情のリヴェリアは、どうやら己が立案した作戦の名も口にするようだ。
「以上が、作戦名“タカヒロ”だ」
「馬鹿にしているようにしか聞こえんのだが?」
「
背後から人差し指で両頬をつつかれ、呂律が回らないlol-elf。両頬を攻められているために表情が破綻しているのだが、誰にも見られていない為にセーフだろう。
いつまでも乳繰り合いたい
とはいえタカヒロとしては、二人で行くつもりもないらしい。ダンジョンの中層~深層を知らないベルの為に、一緒に潜ってよいかとリヴェリアに提案している。
「そう来ると思って、話は付けておいた」
どうやらベルが同行する決定を予測していたらしく、アイズにも話は付けてあるらしい。午前中は用事があるとのことらしいが、直にやってくるだろうとの内容だ。
ならばタカヒロは、ベルに話を付ける必要がある。別件で用事があってギルドへと行っていたので恐らくは裏庭で自主練習しているだろうと予測して向かってみれば、予想通り、軽い汗を流す少年がそこにいた。
いつか見た“質の悪いお手本”へと近づく為に汗を流す、ひたむきで真っ直ぐな姿。浮かぶ汗のように煌びやかなその姿は、数多の強者すらも引き付ける程のものだ。
しかし一方で、とある理由により“絶対に近づけない”と知っているタカヒロ。捻くれたお土産こそが効力を発揮するのだが、それはまだ未来のこととなるだろう。
視線に気づいたベル。二人揃って何事かと思い駆け寄るようにして近づくも、汗臭いかもしれないと自覚したとたんに急停止して普段よりも距離がある。実際のところは臭いなど僅かにしかなく、真横に並ぶなどしなければ気になることは無いだろう。
それはともかく、二人がやってきた理由が気になるようだ。久々に鍛錬で直接的なアドバイスが貰えるのかと目を輝かせているのだが、どうやらそういうワケでもないとすぐさま察してショボンとしている。
それでも真面目な話と分かった途端に表情が一変する辺り、師と違って表情豊かな少年だ。闇派閥などの具体的な内容はまだ出していないタカヒロは、簡潔な内容を口にする。
「ベル君も一緒に来ないか?ダンジョン30階層の問題を解決しに行くのだが」
「物理的に、ですね!」
段々と
ともあれアイズも来ると分かれば、恋する少年は聞き捨てならない。汗を流してくるとのことでダッシュで館の内部へと戻っており、タカヒロとリヴェリアは館の入口でアイズを待つこととなった。
リリルカを含む新米達はロキ・ファミリアと共に行動中でヘスティアもアルバイトとなっている為に、館の内部は非常に静かだ。そろそろ給仕の一人や二人でも雇うべきかとファミリア内部で話が挙がっているのだが、未だ進展を見せていない。
ともあれ30階層へ行くことが決定したために、タカヒロとベルは備品を含めて準備を進めている。男だから、という理由ではないが、あまり時間を掛けずに準備を終えていた。
もっとも内容としては、万が一を想定して一泊二日程度のもの。4人パーティーということでリヴェリアがサポーターをやると言い出したのだが、そこはタカヒロが「自分が持つ」と押し通す。
万が一の時には全廃棄したうえで突撃を行い、リフトにて直帰すれば命を落とすことはない為だ。50階層へとデメリットなしに到達できるリフトだが、デメリットなしで西区へと直帰できる点が、ダンジョン攻略において最も有用と言えるポイントだろう。
ならば、話し合うべき課題としては残り一つ。そうこうしているうちに少し多めの荷物を持ってきたアイズが扉をノックし、ベルが出迎え、荷物を代わりに持ちつつロビーへと招き入れていた。
原作では異端児が処理していた30階層ネタですね