その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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141話 未到達地域と花工場

 リヴェリアが主張する「52階層での用事」も終わり、再びリフトを使用したタカヒロは、他3人と共に50階層へと戻ってくる。当初の予定から大幅に遅れているもののダンジョンを逆走し、目指すは30階層というわけだ。

 道中においては時たまアイズとベルがモンスターを相手しており、リヴェリアも弓を用いて後方支援。邪魔をしてはいけないサポーターのタカヒロは何もしていないが、連携を取る二人の動きをしっかりと見据えている。

 

 気付いた点は、移動する時間を用いて指摘するというワケだ。今となっては、轢き殺されるモンスターに対して疑問や同情を抱く者など一人もいない。

 判断基準が“ぶっ壊れ”に侵食されてしまっているのだが、逆に言えば侵食される程に親しい距離に居るということだ。当たり前のことだが、闇派閥などはこの対極に存在する。

 

 

 ダンジョンを駆け上がるように進む疾走を止めることなく、正規ルートに沿って進み続ける。道中においてリヴェリアから様々な説明を受けるベルは正直なところ全てを覚えていないものの、重要な点は聞き逃さない。

 44階層の火山地帯を筆頭に地上とは全く異なる様相を見せるダンジョンとは、一筋縄ではいかない代物。リヴェリアとて未だ学ぶことも少なくはない程となる、未開拓地と呼んで支障はない領域だ。

 

 

 なぜだか先頭を走るサポーターに続く一行、例によって平均レベル表記では29となる4人パーティー。そんな一行は、ダンジョンの深層において様々な意味での危険地帯となる37階層へと辿り着くこととなる。

 ダンジョン内部であるために時間を視覚的に計ることはできないが、時間は夜9時になろうかと言ったところ。あまり疲れはないタカヒロながらも、とある場所を知っている為に休むことを提案した。

 

 

「そろそろ疲れも出るだろう。ここらで野宿としないか?」

「こんな所でか?」

 

 

 飛び出す暴論、返される正論。よりにもよってペルーダの出現する37階層で休むなど危険極まりない選択を耳にしたリヴェリアは、思わず強めの声で疑問を返してしまっている。

 彼女の教導を受けたタカヒロとて、37階層で休むとなると危険が――――いや、確かに青年だけならば問題は無いだろう。そんな事実に気付いてしまったリヴェリアだが、流石に周囲を巻き込むことは無いと考えて相手の言葉を待っていた。

 

 

「ああ。君の教導においても出てこなかった、隠されたような場所を知っている」

「隠されたような場所?まさか、未到達エリアか」

 

 

 大なり小なりダンジョン内部に存在する、未到達エリアと呼ばれる場所。危険を伴うダンジョン内部において冒険する者、マップとして記録に残す者が少ないために生まれているエリアでもあるのだが、タカヒロが口にしたのはそう呼ばれる場所である。

 

 かつて37階層で――――比喩表現なしに眠りについた時。たまたま近くに居たラムトンによって、闘技場(コロシアム)の下へと落とされた時。

 偶然見つけたことになるが、間違いのない安全地帯(セーフゾーン)。タカヒロは3人を連れて、ダンジョンの壁によって隠された入口の場所へと移動する。

 

 

「ペルーダです!」

「っ!!」

 

 

 道中にエンカウントした、37階層において最も厄介なモンスターの一つ。相手が持ち得る武器は遠距離攻撃が可能となる毒針だけに、後手に出ては被害が拡大してしまう。

 

 故にアイズとベルは、どちらが言わずとも左右に分かれる。相手のモンスターは“右を向きつつ射線は左に”などという器用なことは行えない為に、防ぐ側としてはアドバンテージを得るわけだ。

 此度の交戦では相手が一体であるために、最も有効な戦術の一つだろう。まさかの壁走りを披露しているアイズもあって、ペルーダは、どちらを狙えばいいか迷って後手に回ってしまっていた。

 

 

「ッ!」

「せいっ!」

 

 

 最後の最後に攻撃を見せるペルーダだが狙いもちぐはぐで、広い目を持つベルに容易く回避されてしまう。カドモスや階層主とは程遠い耐久力の低さであるために、戦闘そのものは一撃で片が付いた。

 そして戻ってくる二人ながらも、どこかソワソワした様相を隠しきれない。それに気づいたリヴェリアだが、原因については分からないのが実情だ。

 

 実のところ、一連の動きを見ていたであろうタカヒロに誉めてほしいという微笑ましい裏事情。一方で改善すべき点があるならば指摘して欲しく、彼の言葉を待っているのだ。

 基本として良い所を見つけ、誉めて伸ばすのが彼のスタイル。もっとも改善するべき点はしっかりと指導を入れる事も特徴的であり、過去に何度も行われてきた光景だ。

 

 

「どちらと言わずに行動をはじめ、隙もなく息の合った攻撃。見事、教本のような連携だ」

 

 

 ヘスティア・ファミリアの為に買われた教本そのものには記載されていなかったものの、つまりは載せても恥じないと言える程。娘息子の顔に花が咲き、二人はハイタッチで喜びを分かち合っている。

 しかし一方で、“捻りが足りない”とも受け取れる回答だ。その点に気づいたベルは、何かあればと考えて問いを投げる。

 

 

「ああ、その点についてか。荷物持ちである自分も含めた4人のパーティー行動という前提における最適解を言うならば、少しだけ叱りを入れねばならん」

 

 

 後ろ二人は大丈夫だろうと無意識に判断しており、疎かになっていた事実。確かに今は4人で行動しているために、ベルとアイズが互いだけを見ていては失格と言えるだろう。

 言い回しからそのように捉えている二人は表情を戻しており、真摯(しんし)に聞く姿勢を見せている。だがしかし、二人に問題があるわけではないのが実情だ。

 

 

「ここで棒立ちしているハイエルフが弓で射なかった点が、最も改善するべき問題だ」

「……」

 

 

 タカヒロが口を開いた際に飛び交うことのある流れ弾が、リヴェリアへとヒットしたわけである。蛇足ながら、過去も含めた場合、最もデッドボールを受けているのはヘスティアと言って過言はないだろう。

 

 

「どうした、まさかペルーダ相手に腰が抜けていたワケではないだろう?」

 

 

 久々に現れる、タカヒロ十八番の“リヴェリアいぢり”。彼女のことを名前ではなく“ハイエルフ”と呼んでいる時点で相手にも意図は見えてしまっており、だからこそ翡翠の強いジト目で返されている。

 例によって直後に発生しつつ現在も続いている玲瓏(れいろう)で少し音量大き目な言い訳ボイスを背中に聞きながら、タカヒロは機嫌よく先頭に立ってダンジョンを進んでいく。遠くからこちらに気づいた敵には遠距離攻撃“メンヒルの盾”をお見舞いするなどして、BGMを切らさないよう留意しているのは流石といったところだろう。

 

 

「ここだ」

「だから先程の一件は……なに?」

「壁、ですね」

「壁、だね」

 

 

 心地よいBGMも、タカヒロの発言でもって停止することとなる。彼が立ち止まったこの場所に何があるかとなれば何もなく、ベルとアイズが表現したようにダンジョンの壁に囲まれているだけだ。

 ここにあるのは隠し通路であり、以前にタカヒロが落下した場所から伸びていた通路、37階層における出口というわけだ。「見ていろ」とだけ口にしたタカヒロは右の盾を軽く振り上げて、勢いよく振り下ろす。

 

 当たり前のようにダンジョンの壁も一撃で粉砕する攻撃には最早誰も驚かず、一方で壁の先に隠し通路があることに驚愕するベルとリヴェリア。アイズは正直、何を驚くのかよく分かっていない。

 ともあれ、タカヒロが口にした場所への通路が、こうして目の前に現れている。タカヒロを先頭にリヴェリア、すぐ後ろにベルとアイズが並んで護衛の配置となって、4人は、後方で修復を始めるダンジョンの壁を遠くに見ながら、少し下っている坂を奥へ奥へと進んでいった。

 

 

「ここ、モンスターの気配が全くないですね」

「うん。ダンジョンの中じゃ、ないみたい」

「ああ。安全地帯(セーフゾーン)と言われても、納得できてしまいそうだ」

 

 

 呟くベルに同意するアイズとリヴェリア。足音と鎧の鳴る音だけが僅かに響くという、ある意味ではホラー染みた状況となっている。

 そもそもにおいて安全地帯(セーフゾーン)とは“モンスターが沸かない場所を指し示す言葉であるために、リヴェリアの推察は正解と言って良いだろう。何も答えないタカヒロに対して視線を向けるリヴェリアだが、何も分かっていないので答えようがないと言うだけの話だ。

 

 あまり時間を要さずに、一行は目的の地点へと辿り着く。湧き水のせせらぎが木霊する静かな空間は、以前にタカヒロが落ちた時と変わらない。

 

 

「師匠。ここって、どのような場所なのですか?」

「いや、正直なところ場所以外は全く分からん。以前に一度だけ来た時と変わっていない。モンスターが沸く気配も、見ての通りだ」

「場所については、今いる所も37階層なのか?」

「37階層には、闘技場(コロシアム)と呼ばれる場所があるだろ?その真下だ」

 

 

 気さくに問いを投げたリヴェリア、思ったよりもヤベー場所であることを実感して表情が曇っている。

 

 

「……安全ながらも危険とは隣り合わせ、ということか」

「床が、と言いますか、天井が抜けたらと思うと恐ろしいですね……」

「その時は、タカヒロさんに、任せよう」

「なんとかなるさ」

 

 

 “師匠がこの場所を知っているのは、あの時の一件か”とベルは瞬時に要因を察するも、口には出さずに黙ったまま。戦闘で床を貫通したのかと推察するが、実際は、遥か斜め上を行く理由で床が抜けたというのが現状だ。

 確かに身体を休めることの出来る地点でこそあるものの、リヴェリアが言うように危険を伴う。有事の際はタカヒロに丸投げしようとしているアイズと呑気に受け答えしているタカヒロの二人だが、アイズは先の内容を口にしつつ荷物の中を覗いている。

 

 タカヒロが運搬していた、アイズの持ち物。その中へと丁寧に入れられていた一つ、蓋のついた浅いバスケット。

 なんだろうかと、地面にある敷物の上に置かれたバスケットを囲うように残り3人が覗き込む。アイズが中身を見せるように開くと、全員が目にしたことのある料理が飛び込んできた。

 

 

「みんなで、食べれたらと思って……サンドイッチ、作ったんだ」

 

 

 ただパンを切っただけではなく、具材の調理を始めとしてアイズが作った立派な料理。4人分の量が分からなかったこともあって男二人を考慮するとやや少ないが、間違いなくアイズが作った一品だ。

 珍しく少し驚いた様相のタカヒロと、美味しそうと言わんばかりに口を開いて覗き込むベル。リフトで一時的に戻ろうと思えば戻れる為に衣食住については問題がないのだが、空気を読んだタカヒロは口を閉ざしたままだ。

 

 なお、残り一名。驚愕の表情を浮かべるリヴェリアは、目を見開いて色んな意味で動揺中。“女子力”においてアイズに上を行かれている状況に動揺してる、というポンコツ具合だ。かつて相方と共に露店のサンドイッチで乳繰り合った過去があるために、衝撃は一入(ひとしお)となっていることだろう。

 そんなリヴェリアを置き去りにするようにして、アイズは飲み物を準備中。こっそりとレフィーヤに聞こうとして……面倒ごとに発展してはいけないと直感的にストップしてフィンに聞いた結果、カフェオレが用意されていた。

 

 勿論のこと、こちらもアイズがブレンドしたオリジナル。ベルが居ることや彼女も苦みは不得意なために味のバランスは“やや子供向け”となっているのだが、その点は仕方のない事だろう。

 それでも、立派な“女子力”には変わらない。数歩先どころか天と地の差があることを突き付けられたリヴェリアの前でタカヒロが手を振るが、どうにも反応は期待できそうにないようだ。

 

 

「と、ともかく食べましょう!師匠、どれにしま――――」

 

 

 「いや、そこはベル君が最初だろう」と言いたげにタカヒロは目で訴え、ベルもハッとしてバスケットに手を伸ばす。いったいどのように仕上がっているのかと僅かばかりの不安を覚えながら、ベルはサンドイッチにかぶりついた。

 

 

「ごくん。アイズ、美味しいよ、これ!」

「っ……良かった……!」

 

 

 行儀よく飲み込んでから言葉を発し、続けざまに、美味しそうに卵サンドを大口で頬張るベル・クラネル。表情は花の笑顔が満開であり、つられてアイズの表情も緩みっぱなしだ。

 この一品でアイズの料理が気に入ったベル・クラネル、文字を変えれば“餌付け”とも言えるだろう。しかし女性が男の心を掴むためには、最も重要な家事の一つである。

 

 寝る間を惜しんで勉強して作成した、アイズ・ヴァレンシュタインにとっての最初の料理。そのようなことは恥ずかしくて決して誰にも言えないが、間違いなく、彼女が積み上げた努力そのもの。

 料理に不慣れで独学であるがゆえに、時間がかかっているのは仕方のない事と言えるだろう。それでも積み上げた経験値は、こうして形となって存在している。

 

 

「……で、君はいつまで固まっている。腰抜けではないだろう」

「……」

 

 

 煽ってみるタカヒロだが反応はなく、今回ばかりは腰抜けのご様子なハイエルフ。仕方がないので三人で食べるべく、ベルの食べる姿を眺めているアイズを誘い、タカヒロもバスケットへと手を伸ばした。

 狙っていたのは、大好物となる鶏の照り焼きサンド。曰く、あの茶色いタレを目にするだけで食欲が沸くらしいのだが、それは仕方のない事と言えるだろう。

 

 

「おお」

「このタレ。頑張って、作ったんだ」

 

 

 此方は行儀悪く頬張りながらも、最低限のマナーは厳守した発言量。冷めてこそいるものの濃厚なタレは味覚から一段と食欲を誘い、シャキっとした触感が残っているレタスとの相性も申し分ない。

 下手に焼くと生焼けとなる為に難しい肉の焼き加減も問題なく、しっかりと火が通っている。故に男ならば100人のうち99人が好きな料理となっており、例に漏れず、ベルも照り焼きサンドにかぶりついていた。

 

 

「そら、君も食べてやれ。記念すべき、アイズ君の力作だ」

「……あ、ああ」

 

 

 やっとこさ再起動を終えたリヴェリア.exe(elf)は、卵サンドに手を伸ばす。視線の先では服にタレを溢してしまったベルと、慌ててタオルを取り出すアイズの姿。

 しかしタオルを濡らすための水が見つからないのか、少し向こうに流れている湧き水へと向かう模様。二人して立ち上がり、埃を立てないよう、仲良く小走で遠ざかる。

 

 二人の背中を視界に収めるリヴェリアは、小さく一口。パンと具材をバランスよく口に入れると、噛み締めるように、ゆっくりと味わっている。

 

 

 

 

「……本当に、大きくなったな、アイズ」

 

 

 ポツリと出された微かな独り言に、どれだけの意味が込められていただろう。巣立ちを意識して嬉しく想うと共に過去を思い返して目を細める翡翠の瞳に、少しの潤いが生まれていた。

 

 

「っ……」

「……」

 

 

 そんな彼女に必要なのは、他人の温もり。誰に言われずとも察しているもう一人の男が、優しく肩を抱き寄せ頭に手を置く。

 本当に小声だったために聞かれていないだろうと思ったリヴェリアだが、タカヒロという男は、しっかりと彼女のことを見ているのだ。そんな嬉しさも相まって、彼女は顔を伏せて相手の胸へと体重を預けている。

 

 

 賑やかなベルとアイズが戻ってくるまで、残り1分とかからないだろう。彼女に寄り添う男は、己に出来ることをこなすだけ。

 

 

 少し前にしてもらった時のように、膝を貸すことはできないが。リヴェリアが弱さを見せることができる僅かな時間、言葉は不要と言わんばかりの堅牢さをもって支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、その翌日。ダンジョン30階層、とある方角に位置する食料庫。

 

 

 

 

「うーん、もう終わっちゃったかな。師匠ー、これで全部ですかー?」

「ああ、それで最後だ」

「歯ごたえ、ない」

「……」

 

 

 身バレ防止の為のローブを羽織り30階層へと登ってきた4人パーティー、火加減の内訳は“火力”、“大火力”、“特大火力”、“詠唱中に事が済んで何もできなかった大火力”。故に食人花(ヴィオラス)程度ではひとたまりもなく、プラント工場は数分と耐えることが出来ずに壊滅し、4人は上の階層へと歩みを進めていった。

 

 

 あとは、各自のホームへと帰るだけ。しかしここはダンジョンであり、家へと帰るまでが冒険だ。

 




最後で台無し装備キチ一家。割りと真面目に、書いていて本来の目的を忘れてました(

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