その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

143 / 255
142話 手を出す方が悪い

 

 そんなこんなで危うさの欠片もなく、30階層のプランターを排除した装備キチ一家。リフトにて直帰することなく、道中はベルがモンスターとの戦闘訓練を行いながら、上へと目指して進んでいる。

 恐らくは、18階層に辿り着くかどうかのところで日付が変わる頃となるだろう。18階層で一泊となれば人目に付く為に、そこからはリフトを用いての帰還となる筈だ。今現在においても他の冒険者と遭遇する確率が高いことから、4人共に身を覆うローブを用いての行動となっている。

 

 ちなみにだが、そのローブは“カドモスの表皮”によって作られた超高級品。余りに余っている為に在庫処分を考えたところローブの運用を思いつき、技術力の向上が目的という名目でヴェルフが生贄となっている。

 なんせ1枚辺り1000万ヴァリスオーバーという破格の素材故に、失敗してはならないという緊張と素材を取り扱う集中力が高次元で要求される鍛冶の作業。伸し掛かるプレッシャーと胃壁へのダメージをさておくとすれば、滅多に経験することが出来ない上質な鍛錬と言えるだろう。

 

 結果として5枚ほどが消化されたが、まだその10倍以上はストックがあると言う斜め上の状況。後先を考えずに討伐しても絶滅することは無い一点だけは、不幸中の幸いだ。

 

 そんな素材だと知らずにローブを羽織る3人+元凶のタカヒロは、現在は“大樹の迷宮”と呼ばれる22階層を進行中。毒系統を筆頭とした状態異常を付与してくるモンスターが群雄割拠しているエリアであり、対応を間違えれば瞬く間に危機に瀕することとなるだろう。

 一方で、トロルなどの大きな近接物理型モンスターも出現する為に質が悪い。上層とは訳が違う程に厳しくなる状況は、安全という二文字をさておくならば、修行には絶好の場所となるだろう。

 

 先のテンプレートを表現するかのように、今現在においても二体のトロルと毒を付与してくるモンスターの計4体が立ちはだかっている。対するはベル一人のみのようであり、他三名は後ろから見守っている格好だ。

 

 

「フッ!」

 

 

 50階層における鍛錬でベルが見せた、予備のナイフによる投擲攻撃。奥側に居る毒を付与するモンスターは投擲で排除し、己はトロルの攻撃を相手する恰好だ。

 これがパーティー行動ならば、遠距離が前者を担う格好となるだろう。しかしながら現在の想定はソロである為に、一から十までベルが担当しているのだ。

 

 それでも破綻の欠片も見られないのは、対人だったとはいえ、今迄における鍛錬が生きている為。14歳とは思えぬ凛々しい瞳と目を見張る程の活躍を前にアイズが惚気ているが、それも仕方のない事だろう。

 

 

 しかしこのベル・クラネル、かつてない程に、本日は物凄く機嫌がいい。アイズですら理由が分からない為に問いを投げたところ、ベルはローブを脱ぎ、一つのアイテムを取り出して装着した。

 

 

「ベル、それって……」

「えへへ、師匠とお揃いです!」

 

 

 タカヒロ程ではないが、少し目深な布製フード。重要箇所のみを守るライトアーマーとの組み合わせにチグハグ感が強めとなっているが、統一感も特徴となる“セット装備”でもない為に仕方のない事と言えるだろう。

 それでもベルからすれば、超が付くほどにご機嫌な要因に他ならない。心なしかタカヒロも表情が柔らかくなっており、アイズとリヴェリアが、後ろから優しい表情を向けていた。地上でも、例のあの神が例の栓を緩めている。

 

 

 生い茂る木々の下に居る四人が、仲良く歩みを進めている時。オラリオを揺るがす事件が起こったのは、少し遠くのモンスターを目掛けてベルが距離を取った時だった。

 

 

「ベル君、左だ!!」

 

 

 突如としてタカヒロが叫ぶも距離は遠く、先程までの団らんによって対応が遅れていた。距離があったことと完全に油断していた事実もあり、奇襲の一撃はベルへと届いてしまっている。

 目に映る相手の容姿は特徴的であり、狙いはベルの頭部付近。間違いのない闇討ちの一種であり、目的はベルが所持している装備の強奪だ。

 

 

「野郎、躱しやがった!?」

「チッ、後ろにも誰かいるじゃねぇか!強奪失敗だ、引くぞ!」

 

 

 行われたのは、二名の冒険者による奇襲攻撃。驚きを隠せず目を見開く三人は、すぐさまベルへと駆け寄っている。

 攻撃を頭部に受けたベルは、両手と膝をついて顔を地面へと向けていた。強襲者の一人が「躱した」と口にした通り直撃こそはなかったようで、見る限りは出血も無いようだ。

 

 

 しかし――――

 

 

「嗚呼……フードが……」

 

 

 ハラリと擬音が鳴るかのように、顔の面積に匹敵する程の大きな布切れがベルの前に落ちている。それが先程ベルが被ったフードの一部であることは、まさに赤子でも分かるだろう。

 

 

 費用的には技術料金程度で済んでいるとはいえ、ヴェルフがワンオフで作ってくれたお手製フード。まさかのカドモスの被膜製とベルが知れば高級品過ぎて使ってもらえないために、ヴェルフは心の中で謝りつつ隠しているという事実がある。

 とはいえ、先程までベルの機嫌を急上昇させていたフードであることに変わりは無い。地面に膝をついて項垂れる少年の瞳からは、大粒の涙が零れている。

 

 

 一撃による身体の痛みなど、ない。突然の一撃だったもののベルが見せた頭部への攻撃に対する迎撃は完璧であり、伝わった衝撃は高さ1メートルの地点から着地した程度のものだ。

 咄嗟だったことと被り慣れていないこともあって、頭部だけは少し疎かになってしまっていた。故にフードの分だけが目算からズレており、こうして役目を終えてしまった格好である。

 

 ちなみにだが、カドモスの被膜といえど防御力は高くはなく、レベル3の者ならば傷をつけることもできるだろう。厚手のローブとは違ってそれを薄い布のようにしていたために、耐久力は一段と下がっていたというわけだ。

 

 

 故に受けたダメージとしては、装備を失ったという只一点。それでもベルにとっては、こうして年相応の姿を現してしまう程にショックな出来事だったらしい。

 涙を流すまいと僅かに抑える嗚咽が、ダンジョンの壁に木霊する。一秒ごとに青天井へと向けて強くなる殺気を感じ取ったリヴェリアは、特徴的な装備から先の襲撃者を割り出したのか、据わった表情のまま口を開いた。

 

 

「……一応、伝えておこう。アレはイケロス・ファミリア、闇派閥と共に活動する一員だ」

 

 

 無言で展開される、オラリオ西区へ直行するリフト。ベルと共にこれで先に戻ってくれということが痛いほどに伝わっているリヴェリアは、私でも止められないだろうなと考える一方、抱く怒りはくみ取れるために表情は据わったままだ。

 此度の瞬間。22階層から、全てのモンスターが逃げ出して居なくなる。知性など持ち合わせないモンスターだが、野生の勘と同じく、ヤベー状況は感じ取ることが出来る。

 

 

 もちろんそんな状況は人間も感じ取ることが出来るものであり、冒険者ならばな猶更だ。物陰から、両手を上げ顔を引きつらせた冒険者の数名が姿を現している。

 

 主神ヘルメスの命を受けてイケロス・ファミリアを追っていた、団長アスフィと他数名の女性陣。以前の24階層の時など比較にならない殺気を目の当たりにして、イケロス・ファミリアと間違えられないよう全力で存在をアピール中。

 なんせタカヒロは24階層で出会った時、窮地に陥ったヘルメス・ファミリアに対して「気に掛けない」と口にしている実績があるのだ。故に、アスフィの必死さに輪がかかっている状況である。

 

 

 目の前にて立ち上がる殺気は、言葉で表現するに程遠い。身を寄せ合って抱き合うヘルメス・ファミリアの女性陣は、死刑宣告を待つ罪人よりも恐怖を感じていることだろう。

 

 

 

「リヴェリア……ちょっと、()ってくる」

 

「オラリオに蔓延る、恥知らずのクズ共が……望みとあらば、安らかに眠らせてやろう(攻撃)」

 

 

 

 据わった重い声と共に出現するエンピリオンのガーディアンは、リヴェリアの「目立つぞ」という発言によって即・送還。そうは言いつつもすました顔して惚気るポンコツエルフと、目のハイライトを消して静かに燃える怒り心頭の“剣怒(けんき)”アイズ・ヴァレンシュタイン。

 心に抱く白い炎に変わって、黒い炎が出てしまっている。とはいえ、その炎はメンタルの影響を受けるために仕方のない事だろう。いつかベルが口にした「絶対に許さない」という言葉が、ピッタリとフィットする光景だ。

 

 

 

 実際に手を出された此度においては、タカヒロも文字通り“加減なし”。いまだ誰も体感したことのない圧倒的な実力(ゴリ押し)を、その身と引き換えに味わえるだけ光栄に思うべきだろう。

 まるでラスボスを目にしたかのように腰を抜かしたヘルメス・ファミリアの数名が、ガタガタと怯える中。ここに今、二人の鬼神が誕生した。

 

 

 

 

「……何、怯えてるの。はやく、案内して」

「は、はははははい只今!!!!」

 

 

====

 

 

「……オッタル」

「此処に」

 

 

 名を呼ばれて嫌な予感しかしない、オラリオにおける最強の中間管理職(ぼうけんしゃ)。それでも己が敬愛するフレイヤから与えられる指示となれば、遂行する喜びしか生まれない。

 脚を組んで椅子に腰かける彼の主神フレイヤは、あからさまに不機嫌だ。目からはハイライトが消えかかっており、オッタルもまた、フレイヤをこのような表情にする有象無象に対する怒りが芽生えている為に負の連鎖を止める者は誰もいない。

 

 

「全員に、集合を掛けて。()るべきことは、分かってるわね」

「直ちに、命じます」

 

 

 数分と経たぬうちに集合し、全速力で出撃してゆくフレイヤ・ファミリア。こうなっては、地の果てへと辿り着いても逃げられない。

 

 

====

 

 

「イケロス・ファミリアが壊滅したやて!?」

「そ、そんな事があったのかい」

 

 

 そんなことが起こってから、1時間ほど経った時。突如としてウラノスに呼び出されたロキとヘスティアは、まさかとも思わなかった驚愕の事実を耳にした。

 確かに先程、空へと還る光の柱が出現したことでオラリオは大騒動となっている。そんなさ中に呼び出されたのだからロキもイライラが芽生えていたのだが、こうして答え合わせが行われた恰好だ。

 

 柔らかな表現をすれば“問題児”と呼べるイケロス・ファミリアの存在は、ロキとてある程度は知っている。それこそ殺人・強盗を筆頭に“何でもござれ”な厄介者であり、逃げ足も鋭く尾っぽを出さない事でも有名だ。

 それらの罪状以上に、イケロス・ファミリアが闇派閥と共同していると言われている方が問題だろう。ちなみにだがその点は事実であり、実質的に闇派閥の下請けのようなことも幾度となくこなしていた実績がある。

 

 

 しかしながら此度においては、どこぞの自称一般人が口にした通り“間違った獲物”を選んでしまった。加えてフレイヤ・ファミリアまでもが全力で来たとなれば結果は目に見えており、こうして殉職の結末となっている。

 更なる結果としては、イケロスが潜伏していたオラリオの西区において建物の二つ三つが消し飛ぶという大惨事。昼時を過ぎていたこともあって真の一般人に対して人的被害こそなかったが、何もなかったでは済まないのも同様だ。

 

 

「……で。何か申し開きはあるか、フレイヤ」

「ないわ」

 

 

 口をとんがらせてキッパリと言い切る、美の女神。プイッとした表情で明後日の方向斜め上へと顔を背けており、これっぽっちも悪気は感じていないようだ。

 実は建物を吹き飛ばしたのは、フレイヤ・ファミリアの構成員。此度は名実共に被害を受けたベルと装備の敵を取るべく、ダンジョンを駆け上がったアイズとタカヒロ。一方でフレイヤからの壊滅命令を遂行するべくオッタル側と鉢合わせた為にジャンケンをしたところアイズが敗北し、勝者フレイヤ・ファミリアが突撃を遂行した。

 

 そのような事実を知って色々と物言いたげな目線をフレイヤへと向けるロキとヘスティアだが、それも仕方のないことだろう。敵のアジトの軒先でジャンケンをしていた事はさておくとして、理由はどうあれオラリオ最大戦力を自己の都合で動かしオラリオに損害が生まれてしまった点については、全く持って問題ない。

 何せ此度においては、闇派閥の一派を滅ぼしたという大義名分があるのだ。それによって多少の被害が生じたところで、それこそコラテラルダメージと呼べる範囲に収まっている。

 

 あくまでも問題は、成した事が“一般犠牲者なしという結果論”に納まっている点だろう。大義名分がある上に此度は未遂に終わったと言えど、“何らかのお灸”は必要と言える。

 もしもこれで偽の一般人や真の一般人に被害が及んだならば、中々に重い罰則が必要だ。そのような事態になっていた場合、話は神会(デナトゥス)にまで及ぶだろう。

 

 

「……自分からも、1ついいだろうか」

 

 

 その点が理由かどうかは不明だが、ここにきて初めてタカヒロが口を開く。一応は得物を取られた被害者の一人であるために、流石の此度は何かあるのかとヘスティアが問いを投げた。返答は肯定であり、何か言いたいことがあるらしい。

 フレイヤもタカヒロへと顔を向けて聞く姿勢を見せており、二人して視線を交わしている。流石のフレイヤとて今回ばかりは処罰を受けるだろうとロキは考えており、一方で自称一般人を怒らせてはマズイ為に、フレイヤへ釘をさすこととした。どうやらウラノスも、ロキの言葉に続くようである。

 

 

「フレイヤ、今回は心して聞きーや」

「厳しい処罰も、覚悟するように」

「此度の件で女神フレイヤを罰するならば全力で相手になろう、自分の屍を超えて行け」

「方針が決まった。此度の騒動、イケロス及びファミリアの構成員を罪人として、オラリオ全土に公表する」

 

 

 フレイヤを罰することでそこの男が出てくるとなれば、方針など一つしかなかった。どう間違っても絶対に敵にしてはならない存在が発した言葉によって、ウラノスは速攻で降伏宣言を発している。

 タカヒロからすれば、ベルの為に戦力を投入してくれたフレイヤが罰せられるなどもっての外だ。アイズのことが話題に上がっていないが矛先が向けられるならば今以上であり、故にヘスティアとウラノス、そしてフェルズは溢れだす胃酸との戦いにシフトしている。

 

 まさかの決定にズッコケるロキだが、ウラノスやヘスティアが抱える苦悩も分かっている。此度の彼がプッツンしていることは容易に察している為に、何が起こるか分からない玉手箱を開ける勇気はないようだ。

 故にヘスティアも冷や汗を流しながら力の入った目線を全力でウラノスへと向けており、ウラノスもそれに応えている。先の回答で一応は落としどころとなったようで、タカヒロとフレイヤは各々のホームへと帰っていった。

 

 

 ちなみにだがアイズはロキ・ファミリアのホームでベルを膝枕で癒している最中であり、フレイヤ・ファミリアの者がタカヒロを詮索しないのは主神フレイヤからの勅命が出ている為。今迄においてこのような場には出席していない彼女だが、自らの眷属が特大の地雷を踏むことは事前に回避している状況だ。

 

 

 ともあれ。彼を従える者、雇った者となれば話は別である。

 

 

「……ねぇ、ウラノス。味方、なんだよ、ね?」

「……。そう、信じたい、ものだ」

 

 

 動詞、“ウラノす”。己の胃壁へのダメージと引き換えにオラリオにおける重大な悪の一つを葬り去ることができたとはいえ、相手の本体(エニュオ)が残っている以上、更なる一撃が待ち構えている事は目に見えている。

 

 善神ヘスティア。薬事系となるミアハ・ファミリア特製の胃薬をウラノスにお裾分けして、共に苦悩を分かち合うのであった。

 

 

 

 

 

 ――――て、手を差し伸べているんやない……そないな様にも見えるけど、ウラノスを同じ沼に引きずり込む悪魔や……!

 

 そんな光景を目にして先の考えを抱いてしまう、天界のトリックスター。こっちは悪戯によって僅かながらも心が汚れている為に、そのように見えているのだろう。

 

 

 

 ヘスティアが悪神に見えるのは間違っているだろうか。真実は、雲の上でニッコリとほほ笑む太陽(エンピリオン)にしか分からない。




存在を忘れていました。

◆乗っ取られ語録
・主人公に対してこっちに付かないかと提案する敵に対して
⇒見下げ果てた糞野郎が!(攻撃)

・死ぬ間際の中ボス「俺に殺された方が良かったと思うだろう」
⇒安らかに眠れ、クズ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。