その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

147 / 255
遅くなりました。


146話 二つの浄化

 思わず声が漏れたタカヒロ、まさかの再会。思わず視線が交差して固まった二名に対して2-3度にわたって目が泳いだベル・クラネルだが、理由はタカヒロの口から発せられることとなった。

 

 

「あー、そのー、なんだ、ベル君。それはドロップアイ……でもないが、自分やアイズ君の敵でな……」

「へっ?」

「……」

 

 

 リヴェリアに似た仕草で眉間を摘まむタカヒロに対し、お姫様抱っこ中のレヴィスを見下ろして目線を合わせるベル・クラネル。敵と判明しても放り投げないあたり、少年が持ち得る優しさと言えるのかもしれないし、祖父による洗脳の結果と言えるのかもしれない。

 

 それはさておき、ベル・クラネルの拾ってきた者が怪人レヴィスである事実は揺るがない。なぜ傷だらけだったのかとベルが問いを投げると、そこの青年がギクリとした反応を見せていた。

 レヴィスが“彼女”のもとから移動中、道中となる50階層へと辿り着いた時。突如の地揺れと共に、天井から“黒くて硬くて凛々しい奴(黒いバロール)”が降ってきたという内容だ。

 

 レベル8のオッタルとて苦戦し、本気モードとなった際は勝てないと思ってしまった程のモンスター。実の所はココ最近の連続召喚によってダンジョンの力が弱まっており前回と同じ強さではなかったのだが、それでもレヴィスとて過去に例を見ない程の強敵であった。

 怪人ゆえの特性を発揮して何とかして倒したものの、己に残された力も正に皆無。故に力が回復するまで休んでいたところをベルに発見され、こうして対面と至ったのだ。

 

 

 地面へと下ろされて大人しく体育座りしている彼女だが、残る力を使ったところでそこの青年(推定レベル8)には敵わないと知るがため。そのことを口にすると、ベルの首が少しだけ傾いた。

 双方に攻撃の様相は伺えておらず、むしろホンワカとした空気が漂っている。何故そこで首が曲がるのかと疑問に思うレヴィスながらも、答えは少年の口から取り出された。

 

 

「師匠、レベル8だったんですか?」

「いや?」

「じゃぁ、9?」

「9でもない」

 

 

 なんでお前が知らないのだとツッコミを入れたくなったレヴィスだが、続けざまに答えが出てくるのではないかと期待して無言を決め込む。しかし、相手がレベル8と仮定して魔石を大量に摂取するなどして力を強めたとはいえ、そこの青年がレベル8でないとなれば中々に問題だ。

 レベル8でもない9でもないと、いよいよ2桁の大台なのかとレヴィスは身構える。その逆でレベル7以下ではないことは、24階層の一撃から明らかと言って良いだろう。

 

 

「むーっ、レベルいくつなのですか?」

「そうだな……」

 

 

 チラリと、青年はレヴィスを睨みつける。たったそれだけで臨戦態勢になりかけた彼女ながらも、一瞬だったために影を潜めて平常時の対応ができていた。

 湧き出た唾をゴクリと飲み込むも、どうやら、そこの青年は自分を見逃してくれるつもりはないらしい。とはいえ、あれほどまでに敵対したならば当然と言えるだろう。

 

 とはいえ、幸いにもここはダンジョン。彼女とてレベル8ほどの実力を持つ相手への対策は考えてきたつもりであるし、後先を考えずに怪人の力を使えば、レベル10が相手でも逃れる術はいくつかある。幸いが重なって相手の青年は油断しきっており、文字通りの隙だらけだ。

 チャンスとしては、青年のレベルを聞いた少年が恐らくは反応するタイミング。訪れる逃走のタイミングを逃さぬよう、レヴィスは眉間に力を込めた。

 

 

「秘密にできるか?」

「できます!」

「では……嗚呼、貴様は冥途の土産に教えてやろう。自分のレベルは、100だ」

 

 

 ダンジョンの力を使って自己を強化できるはずの怪人レヴィスは目を見開き、まさにポカンとした表情という言葉が相応しい。無意識に立ち上がるも立つのが精いっぱいで力が入らず、逆らう気力がなくなってしまう。

 2桁の大台など、そんな生温いことは無かった。あまりにも頭がおかしな発言内容に瞳のハイライトは消え失せ、思考回路は全くもって機能することを放棄している。

 

 

「あー、だからさっき、1分程度で黒竜を倒しちゃったんですね。レベル100なら納得です、流石師匠!」

 

 

 そして、この常識の螺子が外れかけている、いや外れている、というよりは誰かの影響で外れてしまった少年の追い打ちである。タカヒロに対して向けた絶望的な表情のまま、「お前何言ってんの?」的な様相で油が切れかけている機械仕掛けの如くそちらへと首を回すレヴィスは、耳にした2つの言葉が信じられない。先程までの様相は“油断”では無く“余裕”だったのかと、絶望が脳を支配した。

 己が24階層で喧嘩を吹っ掛けた相手のコトを知り、真偽も確かめていないのに両膝がガクガクと震え出した。確信を得ている理由としてはそこの装備キチが原因であり、今しがた一瞬だけ、先ほど黒竜と対峙した時の気配を出したのである。

 

 24階層の時とは違って、加減など一切が無い死の気配。レヴィス程の実力者ともなれば察知し測り取るのは容易いものがあり、己がこの後どうなろうとも死の結末しか待っていないことを察知して、無意識に膝から崩れ落ちてしまった。

 なお、元凶タカヒロとしては「納得するんだ」とベルに対してツッコミを入れているほどの気軽さである。片や煮られるか焼かれるかを覚悟した身、片や呑気に愛敬を振りまく少年と仏頂面の青年という、なんとも不思議な状況だ。

 

 

 しかしベルが連れてきたレヴィスは、アイズ・ヴァレンシュタインに対してダンジョン内部で襲い掛かった実績がある。その状況をタカヒロが説明すると流石のベルも表情が険しくなり、少しだけ心の余裕が持ててきたレヴィスに対して向き直った。

 

 

「レヴィスさん……何故、何故、アイズさんを襲ったのですか」

「……私が死んだときに、助かるためだ」

「死んだときに、助かる……?」

 

 

 間をおいて口に出されたものの、ソレ以上は口を噤んだままだ。そこまでを口にする義理が無いと思っているのか、そこはタカヒロには分からない。ベルの言葉に対してそのような反応を見せている故に、別の方向からレヴィスの心に切り込んでいくこととした。

 まずは、互いの自己紹介が優先だと判断する。己は何者だと率直に問いを投げたのだが、相手の口から答えはすぐに返された。

 

 

「……私は……神々が地上へと降りてくる遥か昔。その時に死んだ筈だった、ダンジョンへと挑んだ者だ」

 

 

 かつてウラノス達が地上へと降りてくる前、古代と呼ばれる時代。精霊の力を借りた人々は、地上の平穏を目指してダンジョンへと挑んていた。

 このことは、様々な“物語”に登場する周知の事実。逆に言えば神の恩恵無しでモンスターと渡り合うという、今の神々をもってして“バケモノ”と言わしめた者達が活躍していた時代である。

 

 何名もの人々がダンジョンへと挑み、帰らぬ人となっているのは今と同じ。数多の犠牲の上ながらも、人々はダンジョンから溢れるモンスターを抑えるために奮闘した。

 彼女レヴィスも、その一人。地上の平和を願って仲間と共に挑み、敗れ、死を覚悟した、今で言う所の“冒険者”。

 

 

 敗れた原因は、今のオラリオで活躍する冒険者の全員が知る敵と対峙した為。地上の平和を夢見て隻眼の黒い竜へと挑み、結果として追い払うことには成功したものの、生まれ出た多数の犠牲の一人。

 

 

 目にしたことのある“伝記”そのものの内容を耳にして、ベルはゴクリと唾を飲み込んだ。よくあるパターンの一つ程度に捉えて仏頂面を維持しているタカヒロとは、対を成す反応と言えるだろう。

 事の末路までは知らないレヴィスは、黒竜が地上へと這い出した際にできた大穴へと落下した為。現在のレベル8ですら脅威となる一撃でもって、当時の者達は壊滅的な被害を受ける。

 

 害を受けたのはレヴィス達のようなヒューマンや亜人だけではなく、手を貸していた精霊も同じこと。レヴィスが守っていた汚れた精霊とは、かつて己に力を貸してくれた精霊と、当時においてダンジョンへと堕ちた他の精霊たちの集合体であることが告げられている。

 今の言い回しを耳にして引っかかるところが生まれ出たタカヒロだが、口に出すことなく聞くことに徹していた。ともあれ彼女が怪人となったのは、運よく生き残ってしまったその時が起源となる。

 

 

 汚れた精霊の手足となってから与えられたのは、ひたすらな斥候任務。埋め込まれた魔石が持つ魔法、精神ではなく魂を支配する魔法の影響で風の精霊“アリア”を探し出せという命令には逆らえず、ひたすらにダンジョンを探し回った。

 とはいえそれは、ダンジョンの深層におけるソロでの活動だ。怪人とはいえ幾度となく死線を彷徨い、幾度となく本当の死を意識した。

 

 死ぬことで己の使命が終わるならば、モンスターなどにひれ伏して大人しく殺されればよかった。しかし魔法によって魂を支配されている以上、死を迎えてなお、彼女はモンスターとして生まれエレメンタルの精霊のために働くことになるだろう。

 

 己の魂に打ち込まれた楔は逃げられないことを意識させるためか、レヴィスの身でも分かる程に強いものがある。それが分かっていたから、殺されたくはなかった。

 逆に此度の一件において、アイズを差し出せば己の呪縛も終わるだろうとも予測していた。その日、その時にチャンスがあると信じて疑わず、今日の今日とてダンジョンを彷徨い続けてきた。

 

 

 神となったアレが、地上へと出ようとする時。その力に少し干渉するだけで、レヴィスという怪物は本当の死を迎えることが出来るだろうと考えていた。

 何せ己を縛っているのは神の力だ。確信など欠片も無いが、それに賭けるしか方法が無かったのだ。

 

 1日でも早く呪縛から逃れるため、己のパーティーが夢見た地上の平和を乱す闇派閥とも手を結んで目を広げた。もっとも心の奥底では忌み嫌っているが、殺しては己の計画に差し支えるためにそれもできない。

 

 

 故に、悠久の時を常に一人。喜怒哀楽という感情すらも許されぬ環境は、一人の女を、アリアを探し連れてゆく機械へと変えてしまった。

 

 

 

 それが、レヴィスという女が辿った軌跡なのだが――――

 

 

 

――――って、なぜ泣いているのだこの少年は……!

――――ベル君、ほんと純粋だなぁ……。

 

 紅の瞳は、涙に濡れてルビーの如き輝きを見せている。ポタリポタリと静かに零れ落ちる輝きは、相手の心境に立って考えているからこそ流してしまう涙である。

 先ほどタカヒロが口にしたように、純粋に相手の立場になって考えているからこそ流せる涙。彼女が置かれている救いの欠片も無い立場を考えるだけで、この少年は相手のために涙を流すことができるのだ。

 

 本来ならば、完全な敵となる仲にある少年。この少年がアイズ(アリア)と関係があるというならば、レヴィスと刃を交えていた未来があっても不思議ではない。

 しかしそれは、レヴィスが目にするはずだった数多くある未来の中の1つである。あれほど必死になって自分を助けてくれた少年は、今度は自分の為に泣いてくれているのだ。

 

 レヴィスにとって忘れかけた、いや忘れていた感覚だった。魔石によって怪人と化した彼女とて、意識は人だった頃のままだ。ストレスも感じるし、酒を片手に淡々と愚痴を言いたくなる時もある。

 それでも、それを叶えてくれる相手などいなかった。最近は闇派閥やオリヴァスなどが居たものの、これらの関係を示せる相手とは程遠い。そもそもが己の手で滅ぼしてやりたい集団なのだから、親しい関係など示せるわけがない。

 

 

「レヴィスさんは、ただただ利用されてるだけじゃないですか!レヴィスさんは悪くない!!」

 

 

 それに対し、少年が抱いた感情は悔しさだ。何も悪くないレヴィスが、単にそのエレメンタルの精霊に使われて悪事に手を染めているだけという認識である。

 レヴィスという女性が辿った1つの物語に対する感想など千差万別であるために、正解など在りはしない。もっとも、アイズを傷つけようとした事を知ったうえで少年が抱いたこの答えは、タカヒロならば絶対に抱くことのできない内容でもあった。そのために、彼はベルを視界に捉えることができていない。

 

 

「……おい。なぜ、お前が目を逸らしている」

「……純粋(良い子)過ぎて、自分のような輩では直視できん」

「……奇遇だな、敵の立場ながら私もだ。何故だろうか、この期に及んで罪悪感が著しい……」

 

 

 涙混じりの宝石のような顔を向けられ浄化される怪人レヴィス、自分でも何なのか分からない心が芽生え掛ける。戦いに身を置くなかで純粋さを忘れてしまった二人は片や上を仰ぎ見て、片や罪悪感に項垂れたままだ。

 夢を捨てて現実だけを見る感覚は、可愛らしく首を傾げて二人を見る少年が知るには未だ早い。本当ならば知った方が良いのだが、できることならば、まだまだ知らずにいて欲しいという矛盾する葛藤がタカヒロとレヴィスの中に沸き起こっている。

 

 

「師匠、なんとかしてあげられませんか……?」

 

 

 そして少年の口から出てくる結論は、彼女を助けてあげたいという優しさだ。いつかリリルカを相手にも芽生えた心は、少年が持ち得る純粋な優しさである。

 まさかの内容にレヴィスは驚きを隠せずベルと一緒にタカヒロに目を向けるも、流石に荷が重いのか青年も目を閉じて唸っている。しかしながら成功するかどうかはさておき、1つの道筋はあるようだ。

 

 

 インベントリから取り出された物は手のひらほどの大きさがあり、深い緑色をした禍々しい気配を出す直方体が集合したような一品。その中央部には、紫色と表現できる球体が、これまた禍々しい色調を見せている。コレが何なのかまるで想像もすることが出来ず、ベルとレヴィスは、思わず顔を引いてゴクリと唾を飲みこんだ。

 

 

 敵の下劣な魔法を打ち消すためにタカヒロが魔神ドリーグから直々に授かった“ドリーグの魔石”。ある日突然に滅び去った文明の地コルヴァン地方におけるネフォスの墓、その奥の封印された扉を開放する際に使用し、そのまま青年が貰ったモノだ。

 故に扉を開くために使ったことはあるが、正規の使い方とは程遠い。渡した者曰く神様直々の力が込められているとのことだが、結局は他に使うようなことも無かったために効能の真相は不明のままだ。

 

 

「この魔石には、命じた魔法を打ち消す効果があるらしい。精霊による魂の束縛となれば間違いなく魔法の類だ、先の効能が本当ならば効くだろう」

「本当ですか!?」

「効力は確かなのか?魔法ではなく、呪詛の可能性も捨てきれないぞ」

「呪詛の類ならば別の手となる。とはいえこの魔石を使うのは初めてで魔法を相手にしても確信は持てないが……奴のホザいてた効能が偽物ならば、今日中に殺しに行ってやる」

 

 

 装備に関する――――ではなく、それ以外においても過剰広告は犯罪であり、特に装備やアイテムの類についてとなれば、そこの青年ならば許すことはあり得ない。

 

 

 

 その時。天界において、凄まじい寒気が背中を駆け巡った一人の魔神が居たらしい。

 

 

 

 それはさておき、あまりにも禍々しい殺気の為に、ベルとレヴィスも同様に死の気配を覚えたほどだ。蛇足だが、少し前にリリルカが装備を盗んでいた場合においても同じ光景が作られたことだろう。

 ともあれ現状では、試してみなければ始まらない。ドリーグが言っていたことが本当ならば効果があるが、結局のところは人体実験で検証する他に道が無い。

 

 かつてコルヴァンの地でコレを使った時は、魔石に対して封印を解除するよう命令した。故に今回も、レヴィスにかけられているであろう支配の類を解除するよう命令する。

 

 すると魔石は緑色の輝きを見せ、同様にレヴィスの身体も似た光に包まれた。明るい50階層ながらも一際強く光る魔石の光量は、思わず目を瞑ってしまう程の輝きを見せている。

 やがて光は収まったものの、外観に起こった変化はその程度。しかし当該者である彼女は、明らかに変わった感覚を得ていたようだ。

 

 

「外れた……外れた!枷が外れたぞ、少年!!」

「ちょ、レヴィスさぐふっ!く、くるしっ!」

 

 

 彼女が初めて見せる、驚や“怒”ではない感情だった。少年の瞳と似て真っ赤なカーネーションが開花したかの如き眩しい笑顔は、年頃の男ならば目にするだけで顔を赤く染め上げることだろう。

 

 なお、その後の行動は彼女の本能によるものである。隣りに居た、己を見つけてくれた少年を抱き寄せており、その際にベルが前のめりとなった影響で豊満な胸元にダイビング。

 もしもアイズが目にしていれば、ここで決戦が開始されていたことだろう。アイズすらも跳ね除ける強靭な筋力であるために、ベルの力では太刀打ちできなかった。

 

 推定レベル7。役得な状況ながらも、ベルはレヴィスのレベルをそのように判断する。実の所は正解であり、かつてアイズの反撃を許さず突進の一撃を見舞える程の身体能力なのだ。

 

 

 緩んだ隙に何とかして脱出すると、ベルの考えは別の所にシフトする。レヴィス曰く「神の楔」を無効化できるならば、次のようなこともできるのではないかと、純粋な心が考えを抱いていたのだ。

 

 

 

 

「それにしても師匠、こんな凄いことが出来るのでしたら、レヴィスさんを人間に戻すことはできないんですか?」

 




ヘスティア「……」


■ドリーグの魔石
"敵の下劣な魔法を打ち消すために、 魔神ドリーグから直々に授かった。"


GrimDawn、75%OFFセール中です!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。