傍から見れば無茶振りながらも、優しい少年が呟いた率直な疑問だった。ピクリと反応するレヴィスは表情に力を入れており、期待も含まれた瞳でタカヒロを見つめている。そんな青年の顔は仏頂面とあまり変わりはないが、口元からは神妙な面持ちが読み取れていた。
曰く、この魔石を再び使えば埋め込まれた魔石の効果を消すことはできるが、彼女を人間に戻すことはできないだろうと答えている。いくら魔神から直々に授かったモノだとしても、そこまで万能ではない。
できるとすれば、レヴィスの魔石に宿る魔力そのものを無効化する程度。しかし魔石がただの石となれば、“怪人”即ちモンスターの分類となる彼女はやがて消滅する。創造主どころか神ですらないタカヒロは、モンスターを人間へと変換するような事はできないのだ。
故に、単に魔石をどうこうするだけでは助からない。何かあるかとインベントリの中を漁っていたタカヒロは、とあるアイテムの存在に目が留まった。
「あー、もしかしたら程度だが……」
「何か手があるのですか!?」
今回の魔石のように、青年が知っている使い方とは違う使い方。その前提ながらも、該当するのではないかと思われる怪しい貴重なポーションが1つ該当している。彼も今までにおいて、10回程は飲んだことのある代物だ。
とりあえずポーションの類は、“持っているモノ全種類”をインベントリから取り出して用意した。見たことも無いようなモンに対して何だろうかと疑問符が芽生えるベルながらも、その対象が多すぎるために声には出さない。
タカヒロが「やってみるか?」とレヴィスに問うと、一度だけ力強く頷いた。今度こそ失敗したならば取り返しのつかないモノであるために、彼女の額にも僅かに汗がにじんでいる。
なんせ、前例など全く無い。もしここにヘスティアが居たならば、レヴィスの身を案じる善神の身と、成功して欲しくないと願う胃による戦いが開始されていただろう。
ともあれタカヒロは、再びドリーグの魔石に対して命令する。するとやはり魔石は効力を無くしたようで身体は風化する兆しを見せており、ポーションの数々を使うが効果のほどは全くない。
「し、師匠、効いてないですよ!?」
失敗だったのかと不安に襲われ、ベルの表情が酷く歪む。どこまでも純粋で優しい少年は、それこそ純粋に、悩みを話し合ったレヴィスという女性の身を案じていた。
一方で、やはりタカヒロは落ち着いている。後ろに展開したポーションの類を見渡して、その中の1つを手に取った。
回復系のポーションは全て無効。となれば、やはり可能性があるならばコレしかないと、1つの薄青色の透き通ったポーションを取り出した。かつてネメシス級を討伐しすぎたために1スタック近くも溜まっているのだが、タカヒロとしても滅多に使うモノではない。
そこの装備キチに対して使えば体格・狡猾・精神の3つに割り振った属性値をリセットする代物、名称は“再構成のトニック”。これは、“飲んだ者の全体像を再構成する効果”、具体的にどうなるかと言えば“経験値は残しつつ
レヴィスは神の恩恵こそ受けていないが、精霊の加護を得たのは先の問答で証明済み。ならば“神が与えるステイタスと同類だろうから効くのではないか”と湧き出た安易な発想は的を掠っているという、ヘスティアにとっては悲報であった。
使用した際に無力だった頃に戻る感覚は、タカヒロも覚えている。故に魔石に関する負の因子を全て取っ払ったこの場面においては使えるのではないかと、視線もおぼろげで意識を手放そうとしているレヴィスの口にポーションを流し込んだ。
「フグッ、ガハッ、カハッ!!」
暖かさに包まれつつ、まるで命が注ぎ込まれたかのように彼女が息を吹き返したのは、そのタイミング。大きく咳き込む彼女は上体を起こして咳を続けるも、そこには怪人として存在したレヴィスの身体はどこにもない。
血液を送り出す臓器は力強く息吹を示し、血の巡りもまた強く感じる。生きると言う言葉の定義など様々なれど、こうして生命の鼓動を感じることも値するならば、レヴィスは確かに生きている。
一方で、全身に倦怠感が強く芽生える。とはいえそれは“再構成のトニック”によるものであり、彼女の身体が再構成されたために起こっている現象だ。タカヒロもまた、己に対して使用した直後は似たような感覚を覚えている。
今の彼女は怪人レヴィスの身体能力とは程遠く、かつて精霊の力を借りてダンジョンへと挑んでいた時にも全くもって及ばない、ただの一般女性としての身体能力。ライトアーマーの鎧すらも非常に重く感じる感覚などそれこそ忘れていたものであり、表情に苦笑の色が浮かんでいた。
今まで積み重ねてきた経験値は残っているはずだと、断定できないながらもタカヒロは口にする。恐らくは恩恵を貰えば反映されるはずとも付け加えているが、今回の実験のように、実際にやってみなければ分からないことだらけなのが実情だ。何しろ、前例というモノが全くない。
もしかしたら、それこそレベル1からやり直しになるかもしれない。それでも、己の手を閉じたり開いたりしながら薄笑みを浮かべる彼女ならば、如何なる困難も乗り越えていくことが出来るだろう。
これら一連の流れをヘスティアが見ていたら、泡を吹いて倒れているだろう“ぶっ壊れ”具合。壊れのベクトルこそ違えど、神が描いたシナリオすらも容易く壊してしまうケアン民、その異名を甘く見てはいけないのだ。今回ばかりは甘く見て居なくとも予測することは出来なかっただろうが、その点は蛇足である。
また、もしも彼女の背中に神が与えた恩恵があったならば、どうなったかは分からない。ともあれ、それでも一人の女性を人間に戻せたのだから、成功か失敗かで言えば紛れもない前者なのだ。
「良かったですね、レヴィスさん!」
「ああ……。これからは罪を償いつつ、精一杯に生きると誓おう。私を見つけてくれてありがとう、少年」
素直に喜ぶ少年に対し見せるのは、背丈が似た姉の様相。数分前とは程遠い程度の力しか出せない手でもって、レヴィスはベルの頭を撫でている。それに対する花の笑みに、思わず再び柔らかい表情と相成った。
そして少年は、良くも悪くもヘスティア・ファミリアに来ませんかと勧誘中。行く当てもないレヴィスはタカヒロに対して感謝の念を示すとともに同意するも、青年は直感的に、とあることが思い浮かぶ。
――――これ、アイズ君が知ったらどう思うのだろうか。
レヴィス浄化事件の共犯となる青年は、「なんとかなるだろう」とポジティブ思考。少なくとも闇派閥を追い詰める上では強力な戦力であり、色々と知っているはずであるために仲間にしない手立てはない。
レヴィス本人も、例えレベル1に戻ろうが再び恩恵を貰って闇派閥と戦う姿勢を示している。そこには今までの罪滅ぼしもあるだろう。とりあえずベルに対して彼女の存在は秘匿するよう指示し、彼女に対しても、色々と黙秘するよう念を押していた。
「それは、君がレベル100と言うのも含まれるのだな?」
「冥途の土産と言っただろ、その時まで見せることの無いように」
「生涯極秘にしておけという事か。喋ったらどうなる?」
先程示した全力の気配を、ほんの一瞬だけかもし出す。殺る時は躊躇なく殺る気配を隠しておらず、レヴィスは冷や汗を流しつつ全力で首を上下に振るしか答えることが出来なかった。
せっかく第二の、文字通りの人生を歩むことができそうなのだ。この場において散らせる理由はどこにもない。
――――ぐぅ。
それでも、人間とは腹が減る代物だ。胃がモノを求めて音を立てており、木々のせせらぎだけの音が聞こえる50階層においては、男二人の耳にも届いてしまっている。
「……許せ」
「……生理現象だ、仕方ないだろう」
「……あ、あはは」
やや顔を赤らめ明後日の方向を向くレヴィスに対し、男側が見せるフォローは各々の性格が表れている。直後、「何か食べ物を探してきます!」と駆け出すベルは、優しさの塊だ。姿が見えなくなってしまったが、一応は安全地帯であるために問題は無いだろう。
一方で、残った二人。普段から仏頂面かつ口数少ないタカヒロと、これまた似たようなセットを持ち合わせる人間レヴィス。
故に、会話など微塵も生まれない。とはいえ聞きたいことがあったのか、タカヒロは静かに口を開いた。
「エニュオとは、何を示す」
レヴィス曰く、闇派閥や彼女の前にも姿を現さない謎の存在。闇派閥とレヴィスは、そのエニュオという存在の命令に従って動いていたというのが真相だ。
しかしエニュオそのものは姿・言葉・手紙の一切を示さず、配下らしき存在、仮面とローブを常に身に着けている者を経由する指揮系統を成していたとのことだ。
内容としては、短期的・長期的を問わずに命令の類。あくまでレヴィスが知る限りながらも、資金や物資の提供はなかったらしい。
恐らくアレかと、タカヒロは18階層で撃退した人物とリンクさせている。外観の特徴は一致しており、恐らくは間違いないだろうと結論付けていた。
エニュオという言葉の意味はレヴィスも分かっておらず、タカヒロも知識として持ち合わせていなかった。少なくともそのような神の名は聞いたことがなく、これ以上の議論も暗礁に乗り上げるだけだろうと判断する。
そのために、もう一つ。話題としては似たようなところがあるものの、全くの別件を訊ねていた。
「自分達が言う所の“汚れた精霊”だが、風の精霊を求める理由は何だ?」
「嘘偽りなく、知らされていない。見つからないからと眠り込んでいた程だ、たいして重大なことでもないのだろう」
そのような言い回しをするレヴィスは、どうやら汚れた精霊と対面したことがあるようだ。どんなモノかとタカヒロが訪ねるも、“神の成り損ない”だと返されている。
24階層で出会ったオリヴァ何某は汚れた精霊のことを神だと呼び讃えていたらしいが、レヴィス曰く、どう頑張っても違うという。あのような下劣で禍々しいものが神であってたまるものかと、やや苦虫を噛み潰したようで言葉を吐き捨てている。
「残念ながら神の本質というものは欲望に忠実だ。どいつもこいつも、そんなものだぞ」
「……そうなのか?まぁいい。そして、汚れた精霊は――――」
全力なのかどうかは不明ながらも、求めたことに執着するのはオラリオに居る神々と同等だ。故にレヴィスが口にする「神の成り損ない」という言い回しも、あながち外れてはいないだろう。
現に長年かけて探し回ってもアリアは見つからず、いつからか不貞寝を開始。そんな不貞寝の最中にダンジョンの中で風の精霊アリアを感じ取り、活動を再開したとのことだ。
今の説明は、リヴェリアが口にしたアイズの過去と一致する。8年前という具体的な時間までは知らなかったレヴィスながらも、タカヒロは脳内で話をリンクさせていた。
神々が下りてきた時代をレヴィスが知っているのは、つい最近において闇派閥と接触して情報を得たが為。神の力を使ってもらえば此度の問題も解決するのではないかと当時は一筋の希望を抱いたが、蓋を開けてみれば神が地上で
そこには、責務でこそないが、地上の破滅を目論む闇派閥との付き合いも含まれる。故に彼女は闇派閥の秘密を色々と知っており、討伐に役立つことが出来ると答えていた。
討伐の目標を掲げているのは、最近まで忘れかけていたタカヒロ一人ではない。24階層で激闘を繰り広げたアイズ・ヴァレンシュタインもその一人であり、レヴィスが最も気にする一人と言って良いだろう。
別人と知りながらも彼女が“アリア”と呼ぶ、
「……アイズの事を、どこまで知っている」
「名前と年齢と性別、あとベル君とジャガ丸くんが大好物」
タカヒロ視点における、アイズの存在。彼がもっともよく知っている内容を羅列しただけであるために、レヴィスが思っていたよりも斜め上の認識であった。
本編で全く触れられていない部分の捏造に時間がかかっております…。