明らかになった、アイズの情報。アイズという呼び名は知っていたレヴィスだが、ヴァレンシュタインの姓も初耳である。
もっとも、最近のアイズに少しでも関わったことがある者ならば特別と言えるような内容ではない。レヴィスは2回ほど剣を交えただけであり、アイズを「アリア」と呼んだことについて驚愕された程度しか、情報を持ち合わせていないのが現状だ。
そして、煽り行為に長けると言う事象。なお24階層で対峙した際のアイズは言葉のままに捉えており、煽っているつもりなど欠片もない。レヴィスの認知を耳にしたならば、不本意だと言わんばかりに頬を膨らませることだろう。
真面目に解説を行うならば、当時においてレヴィスが口にした「舐めるな」とは、舌を使って舐めるワケではない。どこぞの娘に従って表現するならば、
つい先ほど判明した一つである“ジャガ丸くん”という料理の名前も初耳ながら、聞いてみれば“ふかした芋を磨り潰して油で揚げたモノ”。似たような調理法は彼女も覚えていて想像が出来ており、先の名前は商標であることが付け加えられている。
変わぬ調理法と、一方で変わっていた名前。内容こそ数点であれど、レヴィスが知らない事ばかりであった。
そして今になって、論点がズレていたことに気付いたようだ。
「なるほど。……いや待て、そうではない。私は、アリアとの関係を言っている」
「風の精霊、か」
汚れた精霊が探している“風の精霊アリア”、その存在はウラノスから聞いていたタカヒロ。かつて神々が下界へとやってきた時、年数で示す所の1000年以上前に存在していた精霊だ。
アリアという名前は、“ダンジョン・オラトリア”と呼ばれる有名な古事記にも記載がある。大英雄アルバートに寄り添ったとされる風の精霊であり、二つの存在はイコールと呼んでいいだろう。
とはいえ、逆にレヴィスがどこまで知っているのか気になるタカヒロ。書物で知った内容を一通り話すと、逆にレヴィスへと問いを投げた。
内容は単純であり、それらの内容が正しいかどうか。結果としてはレヴィスも一部分の内容しか知っておらず、彼女は理由についてを口にする。
「私はかつて、アリアやアルバートと共に行動していた訳ではない。黒竜との戦いにおいて、共に行動していた程度の繋がりだ」
「なるほど。しかし怪人へと至った経緯について考えれば、君は1000年以上も前の人物ということか」
タカヒロが言うようにレヴィスとは、1000年前に存在した人物。いや、こうして今も存在しているのだが、1000年も生きることなど普通のヒューマンには不可能だ。
その点については無論のこと、怪人すなわちモンスターとなっていたことが要因である。身体能力が上がる点もさることながら、人として成っていた“器”が変わってしまうのだ。
――――アイズには、精霊の血が流れている。
アイズが使う魔法エアリエルについてタカヒロが訪ねた少し前、リヴェリアから返された重大な一言。聞く者が聞けば目を見開いて驚き、アイズが持ち得るエアリエルの出力が異常なまでに強い点も理解することだろう。場合によっては、畏怖や軽蔑の感情を向けるかもしれない。
なお聞き手のタカヒロからすれば「そうか」程度に納まる内容らしく、現にその一言しか返していない。逆に驚くことになったリヴェリアだが、タカヒロがアイズへと向ける目に変わりがない事を知って安堵している。
比率としては大きくはないものの、魔剣を打つことが出来るヴェルフ・クロッゾという鍛冶師を知っていたことが理由の一つ。そのクロッゾの家系に纏わる簡単なことは、タカヒロも以前に直接本人から聞いていた。
ヴェルフ・クロッゾの場合は“桁外れた出力を誇る魔剣”を打てることであり、血は薄まってこそいるものの、ヴェルフは確かにその力を継承している。曰く、これは祖先が、精霊から血を分け与えられたことがトリガーらしい。
絶対にできなかったことが、できるようになる。精霊の血を分け与えられたことで発現した、確かな能力だ。
勉強したら数学ができるようになった、などとは次元が違う話。レヴィスも汚れた精霊の影響で器が変わり、魔石を食すことで身体を強化していた。
ヴァンパイアに血を吸われた者はヴァンパイアとなる話が、最も有名な一例だろう。原因としては、吸血時にヴァンパイアの血が僅かながらも流れ込むことが挙げられる。
つまるところ特定の案件ながらも“血を分け与えられる”とは、見た目の変化はどうあれ“器そのものが変わってしまうこと”。ポジティブに捉えるならば新たな能力を得たという事になるが、根底としては存在そのものが変わってしまった事に他ならない。
一方で、レヴィスがタカヒロへと向ける目は変わってしまっている。レベル100という事実もさることながら今に使用したアイテムの数々によって、常人という枠から一瞬でもって外れてしまったのだ。
けれども。相手の男が、普通という枠から外れたからこそ。レヴィスは、タカヒロに尋ねたい別の内容があるらしい。
「タカヒロ、もう1つ聞きたいことがある」
「年上からの相談ならば、耳に
リヴェ何某もビックリ、怪人年齢も合わせると名実ともに
「相談ではない、いくつか質問したい事がある」
まずは1つ目。まだ地上に精霊達はいるのかと彼女が訪ねるも、タカヒロから返されたのは「そう滅多にいるものではない」という淡泊な回答。とはいえ滅多に居ない点は事実であり、耳にしたレヴィスの表情が少し曇った。
かつて共に戦ったが故の、少しの寂しさ。知己が居たならば顔を出したかった彼女だが、今となっては儚い夢になってしまったらしい。
再び天井を仰ぎ、当時の情景に思いを馳せる。今という未来に大英雄と称えられる存在にこそ成れなかったが、地上の平和の為にと尽力した仲間達の笑顔は、彼女が怪人に堕ちて唯一手放さなかった掛け替えのない情景だ。
「……私達の戦いに、意味はあったのだろうか。私達が抱いた夢は、時の移ろいと共に変わってしまっただろうか」
彼女が最も気にしている一つ。闇派閥を経由して多少の事情はダンジョン内部や
自分達が繰り広げた戦いに、そして命を捨て去ることとなった敗北に意味はあったのか。かつて大きな戦う理由を持った者の一人として、彼女は先に逝った仲間へ捧げる言葉を探している。
「未だ世界に住まう人々は、地上へと這い出た黒竜の討伐を夢見ている。そういった意味では、時代は何も変わっていない」
返されたのは、やはり淡泊な回答だ。天井を見上げるレヴィスの目が僅かに細まり、無情な現実を受け入れている。
そもそもにおいて黒竜が今何をしているのか、どこに居るのかはタカヒロも分からない。かつての英雄達がオラリオから追い出した為に付近に居ない事は想定されるが、少し考えてみればヘラ・ゼウス・ファミリアがどうやって黒竜を見つけ出したのか。この点も、謎のベールに包まれている。
「一方で、ダンジョンに対する認識は変わっている。こちらについては、前に進んでいると“も”言えるだろう」
ダンジョンに蓋をしてから1000年のうちに、ダンジョンそのものとの付き合い方は変わったと言って良いだろう。名声と共に魔石という鉱物資源のようなものを目当てとして冒険者はダンジョンに挑み、地上に住まう者達は、モンスターを倒した際に得られる魔石が持つ力でもって生活が豊かになるという恩恵を受けている。
最初の内は、倒したモンスターの死骸に気を回す余裕は無かった。蓋をして一定の目途がついたが為に、気を向けた“変わり者”が居たのだろう。決して貶しているワケではなく、世の中を覆す天才とは、大体がそのような性格を持つ者だ。
「ダンジョンを頼りにした、利便性の高い生活、か。到底、昔では考えられないな」
しかし。メリットが生まれるならば、デメリットもまた生まれるのが定めである。
「だからこそ、無視することは出来ない問題も付きまとう」
「なにっ?」
魔石灯に始まり、空調管理についてもダンジョンで産出した魔石の力が使われている。タカヒロもバベルの塔で見たエレベーターも、動力源は魔石で、逆に魔石が使われていない装置の方が、オラリオでは珍しい程だ。
魔石の有効利用が進む一方で科学技術の類は全くと言って良い程に発達しておらず、魔石の供給が途絶えたならばどうなるかは想像に容易い。だからこそ環境汚染の類がほとんど生じていないメリットもあるのだが、その点については、さておく事とする。
オラリオのダンジョンが滅びたならば、これらを筆頭に、使い物にならない道具は数多の総数があるだろう。そして生き物というのは楽を目指すモノであり、生まれ出た快適さに慣れてしまうと、以前の不便さに戻ることは難しい。
もしも、オラリオで魔石の生産が廃れたならば。世界中で、魔石を求めて戦争が発生しうることは十分にあり得る内容だ。
「隻眼の黒竜を討伐すること。その一方で、ダンジョンの“制覇”もまた、夢見る者は少なくない」
制覇とは聞こえが良いかもしれないが、言い換えれば制圧だ。黒竜とは言え、たかだかモンスター一匹を倒すのとはワケが違う。
タカヒロがダンジョンの最下層を目指さないのも、ダンジョンを“制覇”するという“大業”による影響で、万が一にもモンスターのリポップが止まってしまうことを警戒している。彼自身が抱いている勝手な想像とはいえ、最悪のパターンとして想定していたようだ。なお、黒竜ソロ討伐については“大業”ではないらしい。
装備収集という目標の為をさて置くとしても、モンスターや神を殺し続けることでしか希望が見えなかったケアンと比べれば、オラリオが置かれている環境は全く違う。例えて言うならばオラリオはケアンの次の段階であり、希望の次、生き続けるための方向性を示し進む段階へと来ているのだ。
そこに突如として現れた部外者が、道を進む為の道具の1つ、資源を生むダンジョンを潰したならばどうなるか。このように、己の興味で動いては巻き込む範囲が大きすぎると理解したが故の“自重”だ。
初回に黒竜を討伐した際に素直に帰還していたのは、満足感を満たすことが出来た為という簡単な理由。それでも何度も行っている生存確認の際に“次”を求めて下の階層へと進まなかったのは、オラリオに来てから徐々に芽生えていた自重が影響している。
なお発芽してからの成長速度は非常に遅いうえに巻き込む対象にヘスティアの
何が如何なろうとも装備の事しか考えなかった昔と比べれば、なんと人間らしいことだろう。それこそ昔の自分が聞いたら驚いていただろうなと、タカヒロは内心でほくそ笑んでいた。
「もし仮に、モンスターの生成が止まったとしよう。確かに目先だけを見れば安泰に映るかもしれないが、魔石の採取が止まれば取り返しがつかなくなる。余程の技術的な革新でも起こらない限り、未来は先程口にした通りになるだろう」
「……」
俗に言われる“世界の危機”とやらが発生する戦いの原因が、モンスターによるものか人の手によるものかという違いだけ。これが起こってしまっては、何のために危険を冒してダンジョンへと挑んだのかが分からない。
世界を巻き込み血で血を洗う未来など、誰も得する者はいない。少なくとも“英雄”を望むものが大半となるオラリオでは、猶更の事だろう。
自身とは全く違う目線で物事を捉えている男の目は、レヴィスを視界に捉えていない。見つめる先に何があるのかは、彼女にも分からない。
流石の彼でも、この期に及んで何も考えていないということは無いだろう。装備ばかりを追っていたケアンにおいてはそうだったかもしれないが、今と昔の彼は明確に違うと言える。
そんな彼の横顔を、レヴィスは静かに見つめている。彼女のような昔の人間からすれば、ダンジョンの最下層を目指す事こそ人類の夢。
レベル100という境地に居る者。それこそ黒い竜を1分程度でソロ討伐できるともなれば、ダンジョンの最下層へと辿り着くことも容易のはずだ。傍から見れば、行わないこと自体を理解することが出来ない。
そんな感情は、相手の説明によって数秒前に消え去った。そして、彼女が抱いていたダンジョンに対する考え方にも影響を与えている。
男が抱く戦う理由が、明確に変わっていったように。人や考えとは、時間が経つにつれて移ろいゆくもの。
昔はダンジョンと呼ばれる建造物に対してはデメリットしか見出すことが出来なかったが、これもまた時代と共に変わっている。蓋をして落ち着いて見ていくなかで、後世の人々は得られる資源からメリットを見出した。
やがて起こり得るだろう
ウラノス辺りは、恐らく感じ取っているはずだとタカヒロは考える。フェルズが口にした“結ばれた誓約と決着”。資源を求めて争うことが誓約と呼べる程の運命であり決着となるならば、間違いではないだろう。流石に今の推察は間違いであり別の意味があるだろうと考えているタカヒロだが、生憎とそちらについては興味がない。
「未来についてはどうあれ、ダンジョンとの付き合いについては、結果として生まれたことだ。手法がどうあれ成果物を出す為には、先駆者が残した道が必要となる」
物事の決定とは、何かを成したが故に得ている知識や知恵から芽生えるものだ。故に、それを残した者が必ず居る。
報復ウォーロードと呼ばれるビルドだって、同様だ。特に“属性を変換した際は、報復ダメージにもステータスボーナスが反映される”という飛びぬけた発想を持ち検証した者が居なければ、報復ウォーロードは単純な物理報復で溢れていたことだろう。
「ダンジョンへと挑んだ者が身をもって知り、後世に伝えた確かな情報。君達が残した道。例え歴史に名が残らずとも、数多の故人が紡いできた歴史があるからこそ、今の世代は発展の結果を見せている」
即ち、レヴィス然り、神の恩恵を持たずしてダンジョンの封鎖に挑んだ者。彼女たちのような偉大な前人が残したものと、地上へと降りてきた神から得た恩恵を使い、ダンジョンの封印に成功したのだ。
オラリオが今に至る経過は知らないうえに、あくまでも客観的な意見ながらも。タカヒロは自信をもって、先程のことを口にしていた。
「……そうか」
ならば自分達の戦いにも、少なからず意味はあった。一つの答えを貰った彼女は僅かにだけ表情を緩め、締め直し、かつての仲間に心の中で報告を行い別れを告げる。
怪人になってからオラリオに与えた危険は、少ないとは言い切れない。汚れた精霊の所為で死ぬことすら許されない現実に怯えたとはいえ、かつて仲間達と掲げた理想に反することだ。
償いも含めた道は、果てしなく長けれど。行きつく先がどうなるか、全くもって分からないが。
命ある限り、このオラリオを見守ろう。それが、レヴィスが己に課した責務であった。