その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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*ステイタスについて、大きな独自解釈が入ります。*


15話 バケモノ

 バベルの塔、中央部。ダンジョンの一階層へと続く螺旋階段を、一人の男が駆け足で降りていく。重装備である棘のついた黒色の鎧がガチャガチャと音を立て反響しており、とてもステルスには程遠い。

 そんな状態で、ほとんど人が居ない夜間のダンジョンへと突入したならばどうなるか。一階層とはいえ、侵入者に対してコボルトは襲い掛かる。

 

 棍棒と盾の交わる鈍い音が、静かなダンジョンに木霊する。なお、結果としてコボルトが壁に叩きつけられ魔石ごと消えたのはご愛敬である。

 そんな行為を続け、6階層。襲い掛かってくるモンスターは相変わらずベルの相手にはならなそうだが、少年らしい軽い雄叫びが、タカヒロの耳にも届いてくる。声が聞こえる方向へと足を進めると、彼がよく知る少年がモンスターを倒した瞬間であった。

 

 

「あ、師匠……」

「……あの場の始末はつけてきた、君を罵った“犬”はいくらかの罰を受けている。そして神ロキから謝罪を理由に訪れてくれとの要望が出たが、どうする?」

「いえ、あの言葉は事実ですから結構です。ですが……師匠、すみません。6階層にまで来ちゃいました」

「謝ることは無い、倒しながら進むのなら階層の制限は設けていないさ。たまには一心不乱に戦うことも大事なことだ、心済むまで潜ればいい。安心しろ、52階層からだろうが五体満足でヘスティア・ファミリアに連れ帰る。ただし――――」

 

 

 ぶっ倒れるまでに変わっていく身体の感覚は、覚えておくように。そのような宿題が出されたことを承知して、ベル・クラネルは再び一心不乱に駆け出した。

 

 タカヒロが出した宿題は、自分自身の限界を覚える点にある。生きて帰るためには絶対に必要な事象だが、駆け出しの冒険者でありソロで活動するベルは、まだその感覚を知らないで居たためだ。

 この点はケアンの地においても同じであり、ヘルスの減り方を数秒で把握し、直感的に“戦っていい相手かどうか”を見極めなければならない。程度によっては時たま逃げ回りながら回復しつつ、戦闘を続行するのも1つの選択だろう。

 

 

「つあああああああっ!!!」

 

 

 手に持つ2本のナイフが、迷宮6階層に居たモンスターを切り伏せる。酔っ払ったチンピラも裸足で逃げ出す程に手当たり次第にモンスターへと喧嘩を吹っ掛ける少年の姿は、バーサーカーと比喩して異論はないだろう。

 真相としては文字通りの八つ当たりが含まれているのだが、相手がモンスターでは無礼講だろう。また、あまり冷静さを見せず声を荒げるスタイルだというのに、戦闘の強さだけで見れば普段とあまり変わりない点が、タカヒロ視点における奇妙さに拍車をかけていた。

 

 

「……悔しさを晴らすための手当たり次第な攻撃でも、教えた基礎は守っているか」

 

 

 ベル・クラネルがここまで進撃出来ている理由の真相はそこにある。今までの自己流と比べればナイフの扱いも立ち回りも別人へと変わってしまっているが、単純にタカヒロ流に染まったわけではなく大きく改善されているために違って見えているにすぎない。無駄となっていた部分は大きく削ぎ落されており、立ち回りもナイフの扱いも変わっている。

 攻撃を的確な位置と威力で当て、相手の攻撃を真正面から防ぐわけではなく的確にいなし、乱戦となれば相手の身体まで利用して的確に立ち回り。

 

 故に、無駄な体力を使わない。ソロでの連戦という過酷な状況下において、教わった最も重要なことを実践することができていた。

 

 呑み込みが早い少年だとは思っていたが、青年から見ればまだまだ荒削りとはいえ、ここまで露骨にされると思わず口元が緩んでしまう。自分が磨いてきた石が輝きを発する様は、見ていて嬉しさがこみ上げるものだ。

 思わず2枚の盾を手に取り、装備も星座も全て使って加減無しであの戦いの中に飛び込みたい。そう思ってしまう程に、いつの間にか少年は気迫に満ちた姿で戦っている。抱いた悔しさをバネに飛躍せんと足掻くその姿は、戦う理由を失っている青年の感情を動かす程のものを持っている。

 

 

 とはいえ、流石に限界は訪れる。10階層の途中、5体のモンスターを相手にしたその直後。カラクリ仕掛けの螺子が止まったように、少年はバタリと倒れ込んだ。

 その直前に、本能的にナイフをホルスターへと仕舞っていたのもタカヒロの教えを守っている証拠である。此度における少年の冒険は、ここまでとなった。

 

 見守っていた青年は、間髪入れずに残りを一撃で始末すると魔石を回収。少年を担ぎ、リフトを使って町へと戻る。ケアンの地で行っていたマッピングもあり、暗闇でも迷わずにホームへと帰還した。この時間では、目立つこともないだろう。

 

 

「なっ!?べ、ベル君!!ど、どうしたんだい!?」

 

 

 月明かりどころか朝日が昇ろうとしている時間に帰宅したものの、ヘスティアは寝ずに二人の帰りを待っていた。二人に詰め寄る彼女の顔は、心配と疲労に満ちている。

 タカヒロは精魂尽き果てた表情を見せるベルをベッドに寝かせると、リビングへと戻ってくる。彼も予想はしていたがヘスティアに説明を求められ、事の概要を説明し始めた。

 

 

「帰りに立ち寄った居酒屋でひと悶着があってね。自分もベル君も、ロキ・ファミリアに目をつけられてしまった」

「ロキ・ファミリアに目を付けられたぁ!?ま、まさかベル君!」

「いや、ロキ・ファミリアに手を出されたわけではなくダンジョンで負ったものだ。軽傷だが傷の所在を責めるならばベル君ではなく自分にしてくれ、頑張れと発破をかけ10階層まで見守ったのは自分の判断だ」

 

 

 じゅ、10階層……。と、ヘスティアは絶句してしまう。ベル・クラネルが彼女の眷属になったのは、たった1か月前の話であるだけに無理もない。なお、彼の指示で入口から出会った全てのモンスターと対峙していたために到達階層が10階層で済んでいることは知る由もない。

 百歩譲ってベルの方はともかく、目の前の男は恩恵すら刻んでいない。そんな状態で10階層、レベル1冒険者の終盤に行くような階層に足を運ぶなど、いくら鎧と実力があったとしても自殺行為に他ならない。

 

 それらの点、その他諸々を説明するヘスティアの口調はひどく強い。表面上だけではなく心から二人を心配しているが故に、決してその強さを緩めようとはしなかった。

 タカヒロも真剣に聞き入っている仕草を見せているために、彼女も一定以上はヒートアップしていない。それでも矢継ぎ早に問題点や不安要素が羅列され、気づけば10分ほどの時間が経っていた。

 

 

「以上、わかった!?こうしちゃいられない。こういう機会があるなら君にもボクの恩恵を与えるよ、異論はないね!?」

 

 

 説明の後に出された決定には、ヘスティア・ファミリアに所属するならば逆らう選択は無いだろう。初回のような単なる神の願望ではなく論理付けされた上で己を心配してくれているが故の内容ならば、彼にとっても拒否する選択は行いたくないのが実情だ。

 しかし、彼には一つの懸念があった。こればかりはシリアスなど裸足で逃げ出す思考なのだが、52階層のモンスターを恩恵無しで屠れるならば、それを数値化した際にどうなるかが凡そながら想像できていたのである。

 

 

「主神ヘスティア、恩恵を受けることに異存はない。しかし、もしかしたらの話だが……自分の秘密に、巻き込まれることになる」

「大丈夫だよタカヒロ君、秘密ぐらい誰にもあるものさ!」

 

 

 ……なるほど、とことんポジティブだな。

 

 ニカッと笑ってサムズアップする“らしい”彼女に対してそう笑い飛ばし、タカヒロは覚悟を決めたのか部屋で着替えると、リビングの椅子に座って背中を見せる。ベルの場合はベッドに寝かせるのだが、これは完全に彼女の趣味もとより生きがいとなっているために仕方ない。

 ともかく、ヘスティアは恩恵を与えるため。もっとも初回なので、今の彼の潜在能力を背中に起す事も含めて己の血を使って文字を書き――――

 

 

タカヒロ Lv:100

アビリティ

 力 :S :982

 耐久:Ex :6154

 器用:C :686

 敏捷:I :0

 魔力:F :338

魔法

 【メンヒルの盾】:物理・炎属性を持つ魔法の盾を相手に投げつける

 【サモン ガーディアン・オブ エンピリオン】

 :物理・炎属性を持つエンピリオンのガーディアンを2体まで召喚・使役可能

 【 】

スキル

 【祈祷恩恵(プレイヤー・ベネフィット)】:取得した星座の恩恵を受けられる

 【武器交換(ウェポン・チェンジ)】:2種類の武器または盾をセットし任意のタイミングで瞬時に交換可能

 【妖精嗜好(エルフ・プリファレンス)】:エルフとの共闘の際に全能力が僅かに向上

 

 

 

 内容を読み返して、一層のこと目を見開き絶句した。スキル欄の最後や、本来の“ステータス”に無いために違う意味でおかしなことになっている敏捷など気にならないぐらいに。

 

 

 

 誰が予想できるだろうか。かわいいかわいい、文字通り目に入れても痛くない一番弟子ならぬ一番眷属が、道端で前代未聞のバケモノを拾っていたなどと。

 まずヘスティアは、魔法欄にあったエンピリオンという文字に目を奪われていた。その身が神であるならば、猶更のこと無視できない単語なのである。

 

 

(エンピリオンって言えば天界にある原初の光じゃん!ボクはもちろん上級の神々でも訪れることができる者は僅か、それこそ最上位だけだよ!そんな場所のガーディアンって、冗談だろう……!?)

 

 

 そして目に入る、レベル100という数字の圧倒的な威圧感。かつてヘラ・ファミリアにレベル9が居たという記録は残っているが、そんな孤高の冒険者すら足元にも及ばない数値である。

 それでいて耐久に至ってはバグっているのではないかという6000を超えた数値を記録しており、ランクもExという見たことのない代物だ。なお、そちらに気を取られて“メンヒル”という文字に気づいていない。

 

 

 そもそも、神が与える恩恵のアビリティにおいて全員がI:0からスタートするのは何故なのか。それは大人の恩恵無しと子供のレベル1初期値を比べた際においても、子供のレベル1の方が圧倒的に強いためだ。恩恵がない時の力の差など簡単に逆転してしまい、大人が子供に負ける事態が簡単に発生してしまうのである。

 

 では逆に、最初からアビリティがI:0以外であるとは、どういうことか。つまりは神が与えることのできる力以上のものを既に所持しているということであり、結果として恩恵を貰ってから経験値を稼いだ者と対等に渡り合うことができる。

 極々稀に、例えば大人のドワーフなどにおいてレベル1における力アビリティの初期値がI:1~3程度の者こそ居るという情報は確かにある。しかしここまでのバケモノとなれば、そんな特例にすら当てはまらない。

 

 一番眷属が「強い強い」と子供のように……と考え子供だったので違和感なく連呼していた割に、師匠と呼ばれる青年と出会った時、青年はファミリア未所属かつ恩恵を貰っていない立場であった。加えて恩恵を貰うことに対し抵抗があったためにワケありであることは察していたが、ここまでのバケモノとなると想定外すらをも超えている。

 

 

「……こ、これが、君のステイタスだよ」

 

 

 震えを隠せない手で、書類を渡す。それを受け取って見る彼は「性癖駄々洩れやんけ!」とスキル欄の最後にプライバシーについて文句を言いたいものの、その他に関する項目は実感と相違ないことを理解していると見て取れる。

 

 

 彼が自分の部屋に戻ってからも、ヘスティアは考え事でしばらく眠ることができなかった。無論、内容は先ほどのステイタスに関するものである。星座の恩恵などヘスティアも知らないが、何らかのレアスキルなのだろうと自分を納得させた。

 ヘスティアもオラリオで暮らしてしばらくたつが、タカヒロという名など聞いたことがない。これだけの実力で無名であるなど、世界中を探しても見つからないだろう。

 

 ベルがそのバケモノと鍛錬しているのは知っている。また、その時期からステイタスが飛躍的な速さで伸び続けていることも知っている。

 同時期に出現した【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】のために、ベルがまさかの同性愛者なのかと絶望に暮れた半日もあった。が、蓋を開けてみればただの憧れで別途アイズ・ヴァレンシュタインに惚れていたということが発覚して嫉妬を覚えることになるのはもう少し先の話である。

 

 そのスキルは憧れにより発現するわけであって、恋愛感情が対象ではない。前例のないレアスキルのために、ヘスティアが勘違いしていただけである。少年は、2つの憧れを抱いていた。

 アイズ・ヴァレンシュタインに対する、比較的現実的な強さと異性としての憧れ。己の師であるタカヒロに対する、物語の英雄染みた圧倒的な強さへの憧れ。この2つのブーストとタカヒロとの鍛錬の甲斐あって、ベルのステイタスは驚異的な成長を遂げているのだ。

 

 もっとも、ただステイタスが伸びているだけではない。全てとは言えないが付属する必要な技術もまた青年から直に学んでおり、力任せに戦うようなことはしていない。

 ベルにそんな影響を与えている者のうち、同じファミリアに属する彼はというと……

 

 

「……一体、これはどう言うことだ」

 

 

 ヘスティアに恩恵をもらったのは早朝間近であったものの、その日の夜。タカヒロは、自室で顔を左手で覆いながら唸っていた。それぞれのアビリティがケアンの地におけるステータスと連動している点は把握出来ている。見ての通り、レベル的な数値としてはそのままだ。

 連動しているものについては、力は体格、耐久はヘルス、器用は狡猾、魔力は精神。どれも装備や星座の効果を全て取っ払った、通称“(はだか)”の状態である。該当なしとなっているのか敏捷の数値は潔いゼロだが、これは仕方ないだろうと納得している。

 

 唸っている原因はこれ等ではなく、自分にしか見えない脳内ARにおけるステータス、およびスキル画面。最高値であるレベル100になってからは増えないはずのソレが、1ポイントずつ“振り残し”として表示されていたのだ。

 もっとも、何を行ったところで絶対に増えない、ということは無い。特定のクエストをクリアすることで、スキルもしくは“ステータス”ポイントが1貰えるというものも存在していた。

 

 試しに“ステータス”を体格に割り振ってみると、しっかりと各種能力、例えばヘルスにも反映されている。割り振りをクリアすれば、振り残しポイントとして1ポイントが戻ってきていた。

 体格・狡猾・精神の3つしかない“ステータス”は、報復ビルドという性格上、前者2つのどちらか固定となるために悩む要素は非常に少ない。体格ならば防御重視で狡猾ならば火力重視であり、タカヒロは体格を選択した。

 

 しかし、スキルとなれば話は別だ。ヘスティアが羊皮紙に書き写したスキルにおいて、彼が持つ合計20種類ほどのトグル・アクティブ・パッシブスキルの類は、そのほぼ全てが記されていない。例外として、魔法であるサモンサマナーとメンヒルの盾が魔法欄にあった程度だ。

 3つ目の空きスロットについては、恐らく“ジャッジメント”と呼ばれるウォーロードの残り1つの魔法スキルだろうと考察している。彼は使用していないためにポイントを割り振っていないのだが、それが実施されればここに表示されるのだろう。ウォーロードは、これら3つの魔法しか使えないのだ。

 

 とはいえ、秘匿されている他のスキルのうちどれもが、彼にとっては重要なスキルなのである。そうは言っても分配できるポイントの総数には限度があるために、最も効率の良いバランスでスキルを選択しスキルレベルを調整していたため、本来ならば最大レベルにまで上げたいスキルは山のように存在するのだ。

 バランス調整の過程で途中で止めているスキルの数が10を超えているために、どれにするかと非常に唸っているのである。また、現状では非常にバランスが良いために、他のスキルを取ることも視野にできる。故に選択肢は百を超え、うち半数が魅力的に映るのだ。

 

 今までの総数248に対するたった1ポイント。しかし彼にとって大きな意味を持つ、炉の女神が与えた確かな恩恵だ。

 

 結果として、その1ポイントは保留ということで彼の脳内戦争の決着がついた。ソロプレイヤーとしてはほぼ完成しているうえに今のところ支障はなく、スキルの分配もすぐに行えるためである。

 考えているうちにソコソコの時間となったようで、考えることにリソースを使っていた脳は休息を欲して眠気を催す。彼は布団に入ると欠伸をし、夢の世界へ旅立つのであった。




 お叱りの言葉を頂きそうですが、どう表現するか悩みに悩んだぶっ壊れWLのステイタスは結局こんな感じになりました。諸事情で神の恩恵とGrimDawnステータスを別枠にしたくなかったので変換を行い、本文中の解釈を挟み、この決定としております。
 また、装備・星座込みだと輪をかけて酷いことになるのと、ステイタスとは本体の強さを表現するものだと思うので、数値表記も裸のステータスにしています。
 スキルについては最後を除いてGrimDawnで使える物(仕様)です。

追記:耐異常を取り外しました。
 
 次話タイトル:カドモス逃げて


 また、アンケートを設定させて頂きました。25話ぐらい?までを目途といたします。

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