その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

153 / 255
152話 依頼へ応える為に

 のちに主神から“レヴィス君事件”と語られるヘスティア・ファミリアにおけるイベントの二日後、早朝。今日は比較的自由な日となっており、ファミリアとして大がかりな行動は行われていない。決してヘスティアが入院したような理由ではないことを付け加えておこう。

 

 もっともファミリアとしても、普段から何もしていない、というワケではないのが実情だ。ここ数日はベルがリーダーとなってファミリアメンバーの実力向上を目的として10階層付近へと赴いており、リリルカ曰く、戦いとなると団長らしい姿勢を示しているらしい。

 得られる金額もしっかり黒字となっている辺り、ベルも何かと考えてメンバーを動かしているのだろう。レベル2の者2名を護衛につけてレベル1のパーティーを7階層辺りで動かすなど、ロキ・ファミリアを参考にしているところも多々見られる。

 

 

 そんなファミリアとしての行動を行っていない者が2名おり、うち一名は新参のレヴィスだ。現在は北壁にある秘密の鍛錬場で怪人だった頃との身体のズレを修正している最中であり、発案者のタカヒロ曰く、まだ合格ラインには至っていないらしい。

 彼女の為の武器と防具は製造を依頼している最中であるために、どちらにせよダンジョンに赴いたところで実践とはならないだろう。今はタカヒロから借りた武器を使い、素振りにて矯正しているというワケだ。

 

 矯正についてタカヒロとレヴィスは二人して簡潔に流していたが、それは互いに重要さを理解しているが為。後者が今までアテにしていた怪人としての再生能力は、人の身に戻った以上は存在しない。

 前者については最前線で突っ立っていようが死ぬことは無いだろうが、いくらレベル10とはいえ斬られれば傷つき、傷つけば死ぬのが今のレヴィスだ。戦いのこととなれば脳筋と表現できる反応も見せていたが、猪突猛進のような動きは行わないらしい。

 

 

 今日のタカヒロは、自室にて用事と向き合う1日を過ごすだろう。しかし来訪者が現れたことで、予定は少しだけ変わることとなった。

 

====

 

 時間は2時間ほど戻り、場所はヘファイストス・ファミリア。とは言っても販売店のあるバベルの塔ではなく、オラリオ市街にあるヘファイストス・ファミリアの工房地帯だ。

 ピークを過ぎた夏空に負けぬ熱気と共に、そこかしこから金属の打たれる甲高い音が響くエリア。音量は建物によって減衰されているために耳に響くようなことは無いが、それでも微かと呼ぶには程遠い。

 

 そんな工房地帯にある一つの工房で、一人の男が頭を下げていた。

 

 

「頼む椿、この通りだ。一から十まで説明してくれとは言わない、是非とも教えを請いたいんだ」

「むぅ……」

 

 

 ここの管理者は、ヘファイストス・ファミリアの団長である椿・コルブランドの拠点と言える場所だ。

 オラリオに数多いる鍛冶師の中でも最高の称号である最上級鍛冶師(マスター・スミス)の称号を持つ、神々を除けば、名実ともにオラリオ一の鍛冶師。頭を下げているヴェルフのことは、弟分として可愛がる仕草を見せている。

 

 

 外観に反して色気が薄いこともあって、青少年時代だったヴェルフは色々と苦労をしたらしい。それもあって、“可愛がる”とは“揶揄う”というニュアンスで受け取れる内容が半分ほどを占めていた。

 だからこそ、こうして真面目な対応をされると困ってしまう椿である。腕を組んでムムムと唸っているが、そう簡単に「はいわかりました」と応えられる内容ではないことも事実であった。

 

 ヴェルフが抱く最も大きな理由としては、急成長を遂げるベル・クラネルの為に、今までよりも何倍も良い武器を作りたいが為。おいて行かれぬよう日々努力を積み重ねてきたヴェルフだが、ここにきて限界と呼べる壁に向き合ったらしい。冒険者にしろ鍛冶師にしろ、あまり珍しくもない事だ。

 しかしだからと言って、何故他の者へと教えを乞うかについては会話の内容に含まれていなかった。そのためにヴェルフをサイドテーブルのような場所に腰掛けさせ、茶を出し話を掘り下げると、椿が想ってもみなかった言葉が出された。

 

 

「一度自分を離れて他を知り、他に学ぶ、か。手前にとっては遠く、なんとも眩しい言葉だな」

 

 

 守破離、という言葉がある。

 

 守とは、ひたすらに師の教えを忠実に身に着けること。

 破とは、他の考え等も取り入れ試行錯誤を続けること。

 離とは、上記の過程を経てオリジナルを生み出すこと。

 

 

 ヴェルフ・クロッゾにとっての“守”とは、魔剣を基礎とした己の技術。また、担い手のことを第一に考え、担い手に沿う作りをすることも挙げられる。

 鍛冶師にとっての破について極端に言うならば、全く違う鍛冶の神への弟子入りに等しい。更に言い方を変えてしまえば、他人の血を入れるに等しい行いだ。

 

 鍛冶師と言うのは、儲けを出すことを主目標とする者は居ないに等しい。そのような考えで鉄を打ったところで、出来上がる物など知れているのだ。

 一方で熟練の鍛冶師ほど、自分の技術と考えは“絶対”だ。己自らが築き上げてきた歴史、自信をもって“正しい”と言える過去そのもの。

 

 

 しかしそれが“最良”かとなれば、答えはイコールとは限らない。どこかの誰かがやっている装備の更新と同じく、例え僅か1%未満の程度かもしれないが、改良の余地は必ずあるのだ。

 

 

 椿もまた、似たような過去を経験したが故に今に至る。とはいえ彼女は、主神ヘファイストスに鍛冶を教わったワケではない。

 ヘファイストスは眷属が持ち得る技術を褒めて伸ばすことはあっても、己が持ち得る技術を伝授するようなことは行っていない。かつてベルの為に試行錯誤を行いヘスティア・ナイフを打っていた時も、同様だ。

 

 

「椿もだな、ヘファイストスに技術を教わったことはないのか?」

「全くない、ということはない。しかし炉の扱い方をはじめとした基礎の中の基礎だけでな、特に上級鍛冶師(ハイスミス)になってからはサッパリだ」

 

 

 理由は単純かつ明快だ。下界の子供たちが、己で見つけ、抱く夢を叶えるために鉄を打つ光景が愛おしくて仕方がない。そこに自分の念が入り、影響を与えてしまう事を嫌っている。

 最近は不純物の影響を受けてしまっているヘファイストスだが、悩みに悩んでいたヴェルフに声をかけた事象を例として、彼女もまたヘスティアのように自身の眷属を愛している。そのような理由もあって、ヘスティアとヘファイストスはウマが合うのだろう。

 

 

「とはいえ昔のヘファイストス・ファミリアは駆け出して貧乏、今は繁盛とくれば主神様も何かと忙しい。手前一人に構っている時間など取れぬだろう」

「それもあるかもしれないが、どうだろうな。特に最近のヘファイストスは、今の環境が嬉しいんじゃないかなって思う」

「嬉しい?ヴェル吉、どういうことだ」

 

 

 ヴェルフも何度か目にしたことがある、桁外れた品質を誇る素材の数々。既にオラリオに出回っているのもあれば、その延長線上のものもあれば、一方で何処から持ってきたのか見当がつかないモノもあった。

 そして“彼”の装備を目にして子供のようなテンションとなるヘファイストス、しかし持ち得る真紅の目が炎を宿していたことも知っていた。一度だけ見せてもらったらしい設計図を書き起こし、起きてから日が沈むまで食い入るように見つめ、まるで研究をしていたかのような様相を、ただ一人知っている。

 

 

 タカヒロという男がヘファイストスと出会い、装備を作ってもらったことで今までよりも強く成ったように。

 ヘファイストスという鍛冶師もタカヒロと出会ったことで、鍛冶師としての技量が今までよりも上がったのだ。

 

 

 各々の理由で停滞していた両者にとっては、まさに運命的な出会いと言えるだろう。異性としての交流は欠片も見られないが、信頼の度合いで表すならば強く硬い。

 一方で努力するヘファイストスというのは、ヴェルフ以外を相手にしては決して見せることのない姿だ。だからこそ輪をかけてヴェルフが焚きつけられており、確かな原動力となっている。

 

 

 とはいえ、鍛冶師にとっての“ヘファイストス”とは究極の理想の一つである。彼女が本気を出して武具を作ったところを知る者は居ないものの、持ち得る技術力の高さは、鍛冶の技に触れたことがある者の誰しもが知るところだ。

 ヴェルフとて例外ではなく、早い話が彼女が持ち得る技術力が高すぎて、ヴェルフ・クロッゾでは真似事の入口にすらも辿り着くことが出来ないのだ。この点は、タカヒロの技術を真似ようと色々と頑張って幾度となく挫折しているベル・クラネルにも当てはまる。

 

 その点、椿ならば距離はグッと近くなる。幸か不幸か気さくと言える仲でもある為に、こうして頭を下げに来たのだ。

 

 

「頼む椿。繰り返すが俺の為、いやベルの為に、オラリオで最高の技術を参考にさせてくれ」

「そうもハッキリと言われると照れくさいな……」

 

 

 深く頭を下げたヴェルフに対し、人差し指で優しく頬をかきながら珍しく女々しい反応を見せる椿だが、例え男であっても似たような反応を見せるだろう。親しい仲にある新参の者が己を頼ってくれるというのは、熟練者からすれば嬉しい事なのだ。

 顔を斜めに向けつつ瞳を動かしてヴェルフを追うも、向けられる表情に、普段の陽気さは欠片もない。こと鍛冶の事になると目の前のような表情になることを知っている椿は、フッと一度だけ笑うと口を開いた。

 

 

 かつての自分――――彼女流に表現するならば、かつての手前にもこんな時期があったなと思いに耽、椿は僅かに口元を緩めた。

 

 

「ヴェル吉の初めての顧客、リトル・ルーキー……いや、今となっては悪魔兎(ジョーカー)の為、か」

「ああ、そうだ。ベルも、他の鍛冶師の武器を使ったりして引き出しを増やしている。全く違うファミリアの、全く違う武器を使う冒険者にも教えを乞うているらしい。俺も、その貪欲さを見習わなくちゃいけない」

「ベル・クラネルとは、まだあどけなさが残る少年だろう?その歳で、随分と小難しい考えを持っているのだな」

「ベルも言っていたんだが、タカヒロさんから貰った言葉らしい。とはいえ、あの人が言ってくれる事のほぼ全てが、強く成るためには重要な事だとも言っていた」

「……なるほどな、あの御仁が与えた助言か」

 

 

 弟子を卒業した日にベルが貰った言葉は、彼なりに解釈されてヴェルフへと伝わっていた。

 

 確かに、なりふり構わずこうでもしなければ、驚異的な成長を遂げるベル・クラネルに見合う装備を作ることは。そして遥か先に居るもう一人の男に認められる装備を作ることはできないと、椿はヴェルフ・クロッゾの決定を感じ取っていたのだ。

 故に彼女も、ファミリアの先輩として、団長としてヴェルフ・クロッゾへと応えることとなる。了承の返事に対して今一度深く頭を下げたヴェルフに対し、椿が直近の予定の内容を口にした。

 

 

「しかし、今回の依頼については素材が素材だ。未だ試行錯誤を行う前の段階でな、もう暫く時間がかかる」

「そうか」

「そんなことより、と言ってはなんだが、今のヴェル吉がやるべき仕事は、主神様の御機嫌を取ることではないか?」

「あー……」

 

 

 椿の主神となればヴェルフと同じ、ヘファイストス。彼女が今どのような状態かを思い出したヴェルフは、右手のひらで額を抱えて大きなため息をついた。

 彼が尊敬の念を抱く、絶対に超えられないと知りつつも超えるべき大きな目標。女性として、一人の鍛冶師として。ヴェルフにとってのヘファイストスとは、“尊敬”と表現できる存在だ。

 

 では現状のヘファイストスがどうなっているかと言えば、布団にくるまって出てくる気配が無いらしい。二日ほど前からこのような症状になっており、諸事情から椿も知っている。

 病気でもなければ、脚などを負傷したわけでもない。食欲も正常であり、布団から顔だけを出してヴェルフに食べさせて貰っている点を除いては心身共に正常だ。

 

 

 時系列から、お分かりだろう。椿に渡された90階層付近のドロップアイテムを自分で使えないという現実を前にして、不貞腐れているだけなのだ。

 

 

 流石は趣味に全力を投球している女神である。もともと僅かにその傾向はあったらしいが、椿曰く「ここ1年は酷い」らしい。何故そうなってしまったかについては言わずもがなだ。

 これを解消するとなれば非常に難しく、同等のドロップアイテムでも渡して機嫌を直してもらう他に道はない。とはいえ椿もヴェルフも、当該のドロップアイテムなど見た事がない為に入手ルートも分からない。

 

 

「ヴェル吉、神ヘスティアは来ていないのか?少し前まで手前も何度か顔を合わせたことがあるが、あの性格ならば見舞いにでも訪れていそうなものだが」

「ああ、ベルに聞いたんだけど、なんだか神ヘスティアも悩み事があるらしい。唸る程だそうだ」

「本当か?ヘスティア・ファミリアも大変なのだな……」

「急に大きくなったんだ、色々とあるんじゃないか?」

「ふむ、なるほど」

 

 

 大変な思いをしているのは主神だけ。理由についても、ただのフレンドリーファイアである。

 

 

 とはいえヘファイストスの事に対しては、打つ手がないというワケでもないらしい。椿と別れて道を歩くヴェルフの中で、解決する糸口は見えているようだ。

 

 

「……うーん。やっぱり、あの人しか居ないよな……」

 

 

 なお、唸っていた者に対しては、毒になってしまう可能性のある行為である。

 

 

====

 

 

 ということで場所はヘスティア・ファミリア、玄関へとやってきたのは意図せずして原因を作ってしまった装備キチ。扉を開く前から頭を下げていたのだろうヴェルフは、頼み事が始まる前から恐縮の極みである。

 会話の内容が内容であるために、タカヒロの自室へと移動しての会話となっている。広いとは言えない5畳程度の部屋で室内はテーブルにベッドと箪笥が各1つと必要最低限の家具が揃っており、無機質でビジネスホテルのような内装だ。相方と違って、オシャレなど飾る傾向は見られない。

 

 

 「……状況は理解した。文字通りの一大事、か」

 「面目ないです」

 

 

 ヴェルフ曰く“あの人”、タカヒロからすれば他人事とは言えず、むしろ彼にとっても最も大きな問題の一つと言える事態だろう。どうしたものかと悩む仕草を見せるが、答えは分かり切っている。

 幸いにも、現在進行形で行われている装備更新キーとなる鍛冶を実践してもらうなど、機嫌を取りなおせそうなイベントは用意されているのが実情だ。今までとは全く違う素材を使う事になるだろうとも付け加えており、事の大きさが伺える。

 

 それをヴェルフに伝えると、彼もホッと胸をなでおろしたような様相へと変わっている。更にそこからヘファイストスへと伝えられると即座に布団を飛び出し準備を進める姿に対し、苦笑するしかないヴェルフ・クロッゾ。

 

 

普段の凛とした姿とは全く似合わないポンコツ・ヘファイストスは見たくないと思う反面、だらしない彼女の姿もまた魅力的と思う狭間に揺れる若者であった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。