ご機嫌取りの二日後。ヘスティア・ファミリアの裏庭に、ヘファイストスと椿、そしてヴェルフの姿が揃っていた。ヘスティア・ファミリア側はタカヒロとレヴィス、ベル・クラネルの三名である。
ヘスティアはアルバイトにつき欠席だ。決して、何かを予感して逃げたワケではない。
この6人が集った理由としては、タカヒロとレヴィスによって依頼されていた武器を納品するため。ヘファイストス・ファミリアでは振り回せる場所がなかったこともあり、こうしてヘスティア・ファミリアへ直接持参する形となったのだ。
「しばらく振りだな戦士タカヒロ。まさに素晴らしい素材だった、久々に腕が鳴ったというものだ」
「それは何より。得物の仕上がりは如何だろうか?」
「頂いた素材は手前がキッチリと使わせて頂いてな、戦士レヴィス要望の一振りを用意したぞ。まったく、主神様がしょっちゅう訪ねてきて失敗するかと思った程だ」
「だってだって、あんな素材なんて見たことないから仕方ないじゃない!」
椿の左肩を掴み駄々を捏ねて幼児化するヘファイストスを、ヴェルフが両手で引き剥がす。公衆の面前で何をやっているんだと言わんばかりに溜息を吐いており、本当に稀ながらも時たま発症するポンコツ症状に頭を悩ませていた。病原菌は目の前に存在するも、排除するには神々の力が必須の為に難病である。
そんな漫才も終わり、椿は、背中に携えていた得物を両手で手に取って前へと出す。全体は布でグルグル巻きにされているが、刃の先端から持ち手までの長さ150センチ程もある立派な両手剣であることは伺えた。
レヴィスが注文した得物であり、タカヒロが持ってきた素材によって作られた一振りである。集中すると工房に閉じこもる癖を持つ椿が輪をかけて閉じ篭り、ああだ、こうだと唸りながら完成した代物だ。
色々と説明する椿曰く、最初はタカヒロの評価が欲しいとのこと。素材を持ち込んだこともあってレヴィスも了承しており、タカヒロは剣の柄を握って布を解いた。
形状としては、本当に一般的な両刃の大剣。刃と刃の間も広く取られており厚みもあるために、薙ぎ払って良し、突いて良しの運用が可能だろう。
そして、問題はエンチャントだ。椿曰く「頑張った」とのことで、何かしらが付与されているらしい。
■アンブレイカブル・バスターソード・オブ デストロイヤー
武器ダメージ??~??
-10% 最終ダメージ修正
+15% 物理ダメージ
+15% 出血ダメージ
+15% 体内損傷ダメージ
+5% 物理耐性
付与された
前回にタカヒロが見た斧と違う点は、エンチャントの方向性だ。斧の方は出血と体内損傷の基礎ダメージを付与するモノだったのだが、こちらは属性ダメージの効果を上げる方向性。
つまり、誰が使っても属性ダメージを発生させることができる前者に対し、後者はテクニックが必要となる。それでも発生したならば、これらのエンチャントは確実に生きるだろう。
そのことを説明するタカヒロだが、レベル10とはいえ、生憎とレヴィスの器用さは非常に低い。だからこそメンタルにダイレクトアタックされているレヴィスだが、「腕を磨け」とタカヒロに発破をかけられている。
そして己の一振りに与えられる評価が気になり目をキラキラさせ問いを投げる椿だが、装備評論家が右手で掲げている剣はまだ振られていない。タカヒロは裏庭へと足を運ぶと、集団と少し距離を取った。
「おおっ……」
「すげぇ……」
「相変わらず、見事ね」
残像と共に振るわれる大剣は3秒後に、地面に対してピタリと水平に構えられる。最後に起こった風圧が頬を撫でる感覚は、ヘファイストス・ファミリアの者達に対して驚きと同時に冷や汗も引き起こした。
前回の斧と同じく重心などのチェックを行っていたタカヒロの評価としては、やはりエンチャントの内容も含めて逸品の類であることに間違いはない模様。ここから先は、個人の好みの範疇になるとのことだ。
「なるほど、見事な一振りだ」
「気に入って頂けたか?」
「無論だ」
続いて大剣を受け取り素振りするレヴィスだが、今までの武器とは明らかに違う感覚に驚いている。深い言葉で示すことはできないが、まさに手に馴染む感覚と言える程。
これならば、怪人だった頃にも引けを取らない戦闘能力となるだろう。文句の付け所などどこにもなく、アーマーの類はまだ仕上がっていないが、これにて武器は納品となった。
金額については、未知すぎる素材を持ち込んでくれたお礼ということで金属類の費用のみとなる破格の2000万ヴァリスポッキリらしい。とは言ってもレヴィスは一文無しであるために、事前に相談済みであったものの利息無しのローンとなった。
恐らくは試し斬りがてら、そのうち51階層でカドモスが犠牲になることだろう。二体ほどが犠牲になれば返済は可能であるために、さして問題はないはずだ。
その後はベルも手に持つなどして、大剣の感触を味わっている。使いにくいということは無いが、普段がナイフの二刀流であるだけに違和感は強いものがあるようだ。
椿の用事が終わったために、次はヴェルフの用事である。取り出した少し大きめの木箱に入れられた短剣に気づいたベルだが、少年は武器を発注していない。
誰のものだろうかと考えるも、やはりベル・クラネル用という回答だ。タカヒロが発注したのかと顔を向けるも、背景を知っているタカヒロは、違うと言いたげな表情を返している。
「そしてこれは、ベルの為の短剣だ。短剣と言ってもナイフに近いんだが、これは俺が渡すよりも……」
「あ、アイズさん……?」
いつの間に潜んでいたのか、建物の陰からヒョッコリと現れるアイズ・ヴァレンシュタイン。帯剣こそしているがワンピース姿であり、少しおめかししたのか簡易的な髪飾りも伺える。
トコトコと歩みを進めて、ヴェルフの所へと移動して。彼女がベルのために発注したナイフを、彼女自身の手によって渡す。
――――という内容が、
が、しかし。何を隠そう、今この場にはレヴィスという宿敵が存在しているのだ。もとよりヘファイストス・ファミリアとヘスティアとだけ打ち合わせを行っていたために、彼女が居ることなど知る由もない。
歩みを進めている最中は、緊張から気づかなかったのだろう。ナイフの入った木箱を受け取ってくるりと振り返った瞬間、まさかの姿を瞳に捉えて石と化してしまっている。
アイズ視点においてモンスターか人間か決めかねていた、不確かな命。どちらかと言えば判定はモンスターへとウェイトが傾いており、次に出会えば仕留めると意気込んでいた存在だ。
しかし今のレヴィスは、間違いのない人間という雰囲気をかもし出している。何がどうなったか分からないアイズは、父タカヒロに顔を向けて説明を求めていた。
流石に機密情報が満載であるために、タカヒロはレヴィスとアイズを連れて集団と距離を取った。当時の50階層における状況が説明されるも、ベルがお姫様抱っこをしていた点は伏せられている。
それでも、ベルが彼女に向けた心配の気持ちはアイズ・ヴァレンシュタインも汲み取っていた。普段から人助けのような仕草を見せるベルの姿は彼女も大好きな一面であり、だからこそ相手がかつての敵だろうとも、理由があるならば許せると思えてしまっている。相手が美女の類であるために嫉妬心も少し顔を出してしまっているが、その点については仕方なし。
そして手法もまた伏せられたが、どうにかして怪人から人間に戻すことに成功したことを口にした。アイズを狙った点についてはレヴィス本人から説明と謝罪が口にされており、今後はオラリオの為に戦う事についても触れられている。レヴィスの瞳を見据えるアイズは、相手の真剣さを感じ取っていた。
――――人間に戻った下りについては全くもって理解できないが、タカヒロが問題ないと言うのだから大丈夫なのだろう。
それが、アイズ・ヴァレンシュタインが辿り着いた答えだった。中々に単純ながらも、確かな信頼の証である。
ということで問題はインスタントに解決しており、恋する少女の計画は問題なく続行される。木箱を両手で抱えてベルの前に立つと、渡すような動作で前に差し出した。
「……アイズ、ナイフ」
「えっ?」
「……私からの、プレゼント。アイズ・ナイフ、だよ」
かつての鍛錬において、ヘスティア・ナイフを知って対抗心を燃やしていたアイズ・ヴァレンシュタイン。しかしながら武器のことなど素人であり、ベルの好みも含めて、何が良いのかなど全くもって分からなかった。
故に彼女が相談した相手が、信頼できる装備キチというワケである。ロキ・ファミリアにもナイフを使う者は居るが二刀流は居らず、持ち得る技術の差も雲泥であるために、プレゼントしようとしているナイフが役立つのか不安だった点も理由の一つだろう。一応はベート・ローガも短剣を使っているが、ベルと一緒に砂浜を駆け巡って居そうである為に、彼女の中で“危ない”判定が下されている。
もちろん装備の事となって、タカヒロという男が妥協するはずもない。しかし単に強ければ良いという事もなく、ケアン産の素材をベースとする事は良くないと考えを巡らせていた。
そこで前回62階層付近へと赴いた時に手に入れていた、アザラシらしいモンスターの牙はどうかと手に取ったわけだ。試しに一つを使ってみたヴェルフ曰く、攻撃力よりも耐久力に優れているということで、これを使うかと考えてアイズとヴェルフとの三人で打ち合わせを行っていたのだ。
以前に
作られたナイフは、攻撃ではなく防御向き。もっとも素材と向上したヴェルフの腕とも相まって、打ちなおしたヘスティア・ナイフと同等の耐久性能を備える逸品である。
攻撃力だけならば、使用金属の差もあってヘスティア・ナイフが上回ることだろう。「贈り物に高すぎる品も良くない(当社比)」との意見がタカヒロから出され、結果としてこの程度の性能に落ち着いたというワケだ。
もちろんヴェルフに依頼する技術料は、しっかりとアイズが支払っている。損得の話ではない上に、その話を持ち出すとしても、59階層で助けてもらった御礼がある為に猶更の事だろう。
そんな点はさておきアイズからのプレゼントというネタ晴らしをするも、嬉しさのあまりベル・クラネルはお目目キラキラで舞い上がっている。さっそくの試し切りと言うことで新しい得物を手に手加減するレヴィスと共に打ち合いが始まっており、軽快な金属音が響いていた。
とはいえ周囲からすれば、単純な打ち合いには映らない。片や対人戦闘で鍛えられたレベル4詐欺、片や泣く子も黙るレベル2桁ということで、抱く感情は様々だ。
「レヴィス、強い……」
驚くアイズの反応も仕方のない事だろう、伏せられてこそいるがレヴィスのレベルは10なのだ。あのベル・クラネルと打ち合っていることに驚くヴェルフなど、驚き方は人それぞれと言って良いだろう。
強さにも驚くアイズだが、真の驚きはベルの攻撃に振り回されていない点にある。実の所はパワーに身を任せて防ぎきっているだけなのだが、今のアイズの中ではレヴィスに対して“負けられない”という感情が渦巻いているために、それに気づく余地はない。
「どうした突っ立っているだけか。来い、“アイズ”――――!」
「っ、負けない――――!」
鳴り響く、金属同士がぶつかり合う打撃音。数秒に一度ではなく瞬きが行われる時間で繰り返されるぶつかり合いは、第一級冒険者、そのなかでも更に一握りの領域に居る者達の実力を示している。
手数のベルに対し、どちらかと言えばレヴィスと同じタイプになるパワーヒッターがアイズのスタイル。故に鳴り響く音色の頻度も強さもベルとは異なっており、分かりやすく言えば“力強い”。
ベルが放つ一撃一撃が“目で追うことができない”と感じ取っていたヴェルフだが、アイズの一撃は“見えない”と表現できる程。これはレベル4とレベル6が持ち得るポテンシャルの差であり、レベル2であるヴェルフではレベル6の動きは“それ程”の域に達している。
事実アイズの一撃をレヴィスが正面から受けたならば、生じる空気の衝撃は観客の髪を後ろに大きくなびかせる程。もしこれを並のモンスターが受けたならば、真っ二つとなっていることだろう。
とはいえ流石にレベル10を揺るがす程ではなく、一撃が全く通じない現実を前に段々とマジモードになっているのはご愛敬。どこぞの自称一般人に挑んだ時の事を思い出しているのかどうかは、彼女だけが知ることだ。
一方の椿はレベル5ということもあり、一応はついていく事ができている。それでも自称レベル4が見せるトリッキーすぎる動きや明らか手を抜いているレベル10を前にして、己もまだまだと受け取っている点は仕方のない事だろう。
「……あやつら、防具無しで激しいのぅ……」
「こうして見ると、やっぱすげーな、ベル……」
数名が呆れる中で、三人の鍛錬は続いていく。ベルとアイズが組んだ時の強さ、コンビネーションの良さは圧倒的であり、レヴィスは時折加減を緩めなければ持ちこたえることができない域に達している。
逆にベルがレヴィスと組んでの連携プレイに対し、アイズは明らかに不貞腐れる。器用さで劣るレヴィスはベルの横に顔を持ってきて対策を練るなど、非常に距離が近い様相なのだ。
そして二人の仲が縮まるかの如く、連携力が目に見えて向上している。嫉妬もある上にレベル差の影響でどう頑張っても一対二では勝てないという事もあって究極の禁じ手“
まさに、子供たちのチャンバラごっこにフル装備の特殊部隊員を介入させたようなもの。焦りの表情を隠せないベルとレヴィスの口から次々に出てくる猛抗議の声明が、危機的状況における必死さを物語っている。問答無用とばかりに襲い掛かるアイズと、珍しくノリが良いタカヒロに蹴散らされているのはお約束だ。
そんな光景もお昼間近ということで終了し、ベルはお礼ということでアイズを食事に誘っている。二人仲良く並んで出かけており、少し遅れてヘファイストス達もホームへと戻っていた。タカヒロもまたどこかへ消えている。
残ったレヴィスはさっそく自主練を行うらしく、昼食も兼ねて自室へと戻っている。しかし自室に戻ったところで何もなかったことを思い出して、何かないかと食堂のような場所を漁りに行ったのはご愛敬だ。
「……なんと、いうことだ」
そして今度は、調理器具の使い方が分からずに困惑中。かつてロキ・ファミリアのホームで料理研修が行われたが、彼女にもまた必要な内容なのかもしれない。