その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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平和な日常回


159話 要救助者の日常

 自称一般人と推定一般人が、揃ってダンジョン10階層でファミリアのメンバーと合流しているタイミング。地上では、平和な日常の一コマが繰り広げられていた。

 

 

 オラリオの中心に鎮座し天高く突き抜ける塔、通称は“バベルの塔”。真下にある巨大なダンジョンに蓋をする役割で1000年ほど前に建築された、オラリオを象徴する巨大建造物だ。

 塔の中には様々なファミリアが軒を連ねており、ある種、デパートと呼んでも過言は無いだろう。立地で言えば間違いのない一等地な事もあり商品の大半が高級品と呼べる値段で揃えられているが、その点については仕方のない事だ。

 

 故に“バベルの塔で武具やポーションを揃える事がセオリーとなる”、というのが冒険者における共通の目標。横方向の大きさもかなりのモノがあり、加えて縦方向には言わずもがなである為に、収容率もまた極めて高い。

 なお巨大さと高さ故に、実は大きな日陰を作ってしまう点がひっそりと問題にもなっている。とはいえオラリオで日照権を主張してバベルの塔を崩しモンスターを溢れさせる、などという本末転倒な事を主張する阿呆は何処にもおらず、故に声の大きさはヒソヒソに等しいものがある。

 

 

 

 そんな耳を澄まして初めて存在を確認できるヒソヒソ声と同じぐらいの強さで漂う、ほのかな芳香。なお香りの種類が鉄臭さを思わせなければ、まこと景観に相応しい事だっただろう。

 

 

 

 花は、散り際こそが美しい。

 

 鼻は、血り際こそが美しい。

 

 

 

 字は違えど読みが同じだから内容も結果も同じだろう。そんな理論(暴論)は、絶対に間違っている。

 

 

 とある猪人(ボアズ)が幼少の頃に加入した、美の女神が率いるファミリア。今までは辛い事の方が多かった時間だったものの、ここ1年弱の時間で大きく変わっている。

 特に最近は、最も充実しているひと時と表現して過言はない。追う背中もさることながら、追ってくる複数の者が同時に現れ、毎度でこそないものの、今までにない程にご機嫌な主神の姿を間近で感じることが出来るのだ。

 

 

 そんな敬愛する主神が住まうのは、オラリオどころか壁の外までを見渡せる高さにあるワンルーム。その床に敷かれた純白のカーペットを美しく染め上げる鮮血は、今日も今日とて産出量は絶好調。

 とはいえ流石に“毎日”というワケではないが、「またか」と呟いてしまうだけの頻度に達しているのは周知の事実。もはや目的が“護衛”から“介護”にチェンジしていると言っても過言ではないフレイヤ・ファミリアの団長は、抱く心境を素直に口にする。

 

 

「……フレイヤ様、“また”ですか」

 

 

 こんな惨状を晒すようなお方ではなかった。とは、オラリオ最強の猪人(ボアズ)冒険者(中間管理職)オッタルが抱く本音に他ならない。

 目の前に転がる一つの屍、のような女神。示すポーズは“臨終寸前のセミ”と表現しても違和感はないだろう。言葉こそ発することなく幸せそうな顔でピクピクと軽く痙攣している、持ち得る心境は「ヴぇへへ」とでも表現するべきだろうか。

 

 仮にも、オラリオ最強と言われるフレイヤ・ファミリア、その主神である。節度、と表現するには少し語弊があるかもしれないが、それ相応の“威厳”が求められる点は必然だろう。

 いつの世も、誰だろうと、出世して目立つとなれば求められる内容だ。記憶を遡れば1年程前までは威風堂々・凛としたお姿だったと想い耽るオッタルは、決して色褪せぬフレイヤとの出会いを脳裏に浮かべる。

 

 

 それはそれとして、今のフレイヤ様も可愛らしいのでヨシ。思うところは様々なれど、それが彼の本音だった。

 

 

 いや、何もよくはない、と思い直してハッとする。本日の赤物の生産量は歴代と比較して、目算ながらも非常に多い。背中越しにドアをノックする音が聞こえるが、フレイヤのご尊顔を脳裏に焼き付ける行為の他に意識を向けることなどありえない。

 フレイヤが何を目にしてこうなったかは分からないオッタルだが、とりあえず応急処置を通り越して救急搬送が必要なレベルに達していることは判断できる。名実ともに第一級冒険者、“死地”に近い者の判断は適切だ。

 

 問題は、“しんでしまうとはなさけない!”な事態になってしまったら取り返しのつかない結果に発展することだろう。早い話が天界への送還であり、そうなれば、二度と尊顔を目にすることは叶わない。

 理由を知れば悪戯神(ロキ)も巻き添えを食らって笑死千万となる点についてはどうでもいいオッタルだが、フレイヤの送還は、最も避けなければならない一つなのだ。

 

 

「――――入れ」

「おいオッタル、さっきからノックして――――」

 

 

 だというのに、どうも来客の男性は諦める気がないらしい。若く凛々しい声を知るオッタルは諸事情によりスルーを決め込んでいたものの声で応対すると、しびれを切らした、やや小柄ながらも細マッチョの人物は扉を開けて乗り込んできた。

 身体的特徴を述べるならば、頭上に猫型の耳が付いている点だろう。同種の尾も腰部分から生えており、猫人(キャットピープル)と呼ばれる種族であることは間違いない。

 

 フレイヤ・ファミリアのレベル6、25歳の第一級冒険者。名を“アレン・フローメル”。

 立場としてはフレイヤ・ファミリアの副団長であり、女神の戦車(ヴァナ・フレイア)の二つ名を持つ。スピードと手数が自慢となる、銀の長槍を操るオラリオ屈指の槍兵(そうへい)だ。

 

 

「……」

 

 

 とはいえ。今目の前で繰り広げられている状況においては、レベル1も100も変わりは無い。案の定、光景を目にしたアレンは表情も変えずに真顔のまま固まってしまう。

 光景は、理解したくはないが、理解した。原因までは不明なものの、今後行わなければならないタスクについても、数秒とかからない内に察しがついた。

 

 

 だからこそ。物音一つしない空間にて、フリーズしてから数秒後。

 

 

「……いつものフレイヤ様だな、ヨシッ」

「待て。何が、ヨシだ」

「ヨシッ」

「貴様……」

 

 

 帰宅を目的として振り向く直前に、一応は指差し確認する現場猫(アレン)は何も問題がないことを確認して逃げ出した。しかし回り込まれた。

 ではなく、オッタルにガッチリと肩を掴まれて動くことはできない。2レベル差故に発揮できるゴリ押しである。

 

 しかし今の行為について、アレンにとっては、“自分より強い”ことをアピールしている行為に他ならない。しかしながら惨状を前にして突っかかる元気は持ち合わせていないようで、己が中間管理職の地に堕ちぬよう、本能が拒絶反応を見せている。

 実のところ中間管理職になれればツヨーイ相手と打ち合うことが出来たり、その弟子を見てお目目キラキラなフレイヤを目にすることが出来たりと、メリットは計り知れない。特に、普段からソロプレイの多いフレイヤ・ファミリアならば猶更だろう。

 

 なお引き換えとして胃酸との戦いにシフトする可能性もあるのだが、己もまた一緒に楽しんでしまえば、そんなデメリットも何処へやら。少なくとも戦闘中のオッタルは、大半のイベントについては乗っかって楽しんでいる類となるだろう。

 

 

 そうなれるか如何かは分からないアレンは、先にも述べたが、己よりも強い者を嫌う傾向にある。実はこの者、傍から見た口と態度の悪さだけは昔のベート・ローガと1,2を争う程だ。

 最近は独身の立場で仲人をやっているらしいベートの噂は耳にしているアレンだが、もちろん感想は「バカバカしい」の類である。もしもこの二名が顔を合わせたならば「馬鹿猫」だの「クソ狼」などの暴言ラッシュが始まり、次いでエルフ達から礼儀と節操を持てと痛いところをほじくられ、飛び火することだろう。

 

 

 

 そんな第一級冒険者の騒動も、今現在においてフレイヤ・ファミリアで繰り広げられている惨状を前にしては霞んでしまう。溜息を交えつつもチラチラと見え隠れするフレイヤへの視線は、アレンとて、今のフレイヤをヨシとしているが為の行動だ。

 争いの当事者とて同様だ。アレンがフレイヤの現状を目にして出てくる感想は、ベートに対する時と同じカタカナ4文字のモノだった。

 

 

「で、今回は何が原因だ?」

「いつもの、映像鑑賞だ」

「……またか。この前なんぞ、ロキ・ファミリアの主神を呼びつけて巻き込……一緒になって謳歌していらっしゃっただろ。裏で俺たちが、どんだけ睨み合ったことか……」

 

 

 早い話がロキの護衛とフレイヤの護衛との睨み合いである。前者は「何してくれてんねん」、後者は「フレイヤ様のお誘いだ」とでも言った所だろう。双方ともに、ロクでもないという認識はあるようだ。

 このお誘いが原因で録画機能付き水晶玉の存在を知ることとなったロキだが、どこでも見ることが出来るワケではない為に、使い道については思い浮かばないようだ。暫くは、録画をしたくなるような戦争遊戯(ウォーゲーム)が起こることもないだろう。

 

 

 そんな話の数々はさておき、男二人して、目の前の要救助者へと意識が戻る。医療の知識など皆無である為に、悪化しては対処法など思いつかない。

 だからこそ、緊急搬送が必要と判断した。幸か不幸か、いや間違いなく後者なのだが、ここ1年程でフレイヤにとっての掛かり付けと呼べるまでになったファミリアは近くにある。

 

 

 となれば、あとは運ぶだけだろう。これについては可能な限り衝撃を与えぬよう優しく運搬するだけであり、お姫様抱っこが最良だろう。

 

 

 あのフレイヤに触れることが出来る、数少ない機会。本来ならば狂喜乱舞となるシチュエーションだというのに、双方ともに気乗りしない理由があるようだ。

 

 

「アレン。任せたぞ」

「また俺が、か?勘弁してくれ、“聖女”にどう言われるか……」

「……俺も、同じだ」

 

 

 だったら団長が行け、とでも言わんばかりに、アレンは露骨に渋い表情を見せる。フレイヤ・ファミリア内部どころかオラリオにおいても屈指の過激派であるアレンすら、避けたい相手のようだ。

 何せ最近は、フレイヤを連れていけばグチグチと小一時間の説教を受ける羽目になるのだ。相手はレベル2とはいえ、オッタルを筆頭に、オラリオの冒険者達が絶対に勝てない聖女である。

 

 

「にしても毎回思うんだけどよ、アレのどの辺が聖女――――」

 

 

 聞こえているはずがない。ここは紛れもなくバベルの塔の最上階。どう頑張っても、小言が外に漏れることは絶対に有り得ない。

 だというのに、とあるファミリアから猛烈な殺気・怒気がアレンの身体に突き刺さる。思わず室内で槍を構えたアレンは吹き出る冷や汗と共に目を見開き、オッタルが暗い視線を向けている。

 

 

 とりあえず。二人のやり取りを第三者が見ていたならば、きっと次のように思うだろう。

 

 

 

 早く連れていけ、と。

 

 

====

 

 

 数分後。場所は変わって、オラリオの中心部と呼べる場所にあるディアンケヒト・ファミリア。

 薄い灰色を基調とした立派なレンガ造りで、上にも横にも広大と呼べる建造物。内装についてもシンプルながらも加えられた装飾の数々は、此処がオラリオで最も巨大な製薬系ファミリアであることを伺わせる。

 

 なお、製薬と書いたが、その一方で医療についても行っているのが実情だ。重傷者ともなれば入院することが出来る施設を備えており、有事の際はギルドも真っ先に当てにする程の医療能力を備えている。

 受け入れ可能なキャパシティについても非常に大きく、流石にオラリオ全土の人口となれば不可能だが、それでも多くを収容できることだろう。ロキ・ファミリアとも繋がりを持っており、人脈もまた確固たるものとなっている。

 

 

 そんな場所の、診察室。小柄で身長149――――自称150㎝程ながらも白衣に身を包んだ少女が、オッタルによって運ばれてきた常連の急患に対応していた。

 

 

「……また、貴方達ですか」

 

 

 隠しきれない溜息と、凛々しい紫目(しめ)ながらも強烈なジト目が向けられる。基本として表情が薄い人物ながらも、どうやら基本ではない状況にあるのは確からしい。

 腰ほどの長さに伸ばした、ウェーブのかかった銀の長髪。冒険者とは一風を期した特徴的な衣類と合わせて、中級以上の冒険者ならば、ほとんどが知っていることだろう。

 

 

 名を、アミッド・テアサナーレ。11歳の時には既にディアンケヒト・ファミリアに所属して活躍しているという、非常に優秀なヒーラーだ。

 現在は19歳であり、レベルとしては2で留まっているものの、ヒールによる回復能力だけならばリヴェリアをも上回る。基本的な戦闘能力こそないものの、持ち得る回復能力は、前衛にはなくてはならない存在と言えるだろう。

 

 所持する魔法は、ディア・フラーテル。傷の治療はもちろん、体力(ヘルス)も回復し、中毒や呪詛までをも解除してしまう上に、半径5メートルに影響を与える範囲魔法だ。

 目にしたことのある者曰く、5メートルの範囲内に純白の光が立ち上がるらしい。回復能力と様相とが相まって、まさに“聖女”と呼ばれる源となっている。

 

 

 で、あるからして。

 

 

 そんな聖女様が診る常連の一人に、まさかの女神が存在する。まだ胃薬の範囲内で収まっているヘスティアではなく、すっかり1日入院の常連となっている女神フレイヤだ。

 診察と呼ばれる業務には、大きく4つに分けられる。直診、視診、聴診、打診の4つで漢字の一文字目が意味を示しており、アミッドは視診でもって、病名を判別した。

 

 

 ようは、只の鼻血からくる緩い貧血。もっとも僅かながら体調に影響が出ている為に笑いごとには収まらず、大なり小なり、何らかの処置が必要だ。

 おもむろにティッシュを千切って丸めて、オラリオ一と言える女神の整った鼻にズボッと突っ込む聖女様。もはや慣れたものであり、続いて脈などを計測している。

 

 

「毎度、すまない」

「おかげさまで最近は、私の治療スキルも伸びているのですよ。ええ、そうですね。鼻血だけの処置など、滅多に行うものではありませんから」

「……」

 

 

 皮肉たっぷりに放たれる言葉の一撃。確かにダンジョンで負う怪我の類で、鼻血だけという状況は稀だろう。色々な方面で耳が痛いオッタルは、顔をしかめて答える他に道がない。

 ともあれ、治療は終了したようだ。カルテのようなものに文字を書きながら、今後の処置について口にしている。

 

 

「あとで、いつもの薬を調合しておきます。今日1日は、いつもの所で安静にしてください」

「ああ、分かった」

 

 

 根っこがヒーラーで、決して素直になれないが。誰よりも患者を案じるアミッドは、最後まで僅かにも手を抜くことは無い。

 

 

 

 もはや“いつもの”で通じてしまうようになったものの。推しを筆頭に輝く魂を間近で見て居られるフレイヤの愉しい日常は、彼等が背中を追う者が居る限り、暫く続く事だろう。

 




原作フレイヤ?知らない子ですね…。
(アレンの口調、呼び名などが違っていたらごめんなさい)


P.S.
2か月の間が空きましたが10点評価ありがとうございます!

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