週や月単位など、一定のスパン毎に継続的に出版される書物または電子媒体を指し示す言葉。即ち一般的に“雑誌”と呼ばれるものには、広さと深さはともかく、様々な情報が集まっている。
これが例えば酒や武器防具の内容に偏れば、“専門誌”と呼ばれる場合もある。いずれにせよ情報の塊である為に、受け手は取捨選択が必要となるだろう。時たま嘘八百と言えるような
オラリオにある、とある地下室。屋内用の魔石灯の光が6畳程度の石造りの壁に無秩序に反射し、不規則な影を作り出している。
部屋の中心部にあるのは、4人掛けには少し小さい丸い木製テーブル。その横の壁際で背筋を伸ばし立つ女性に対し、椅子に腰かけ腕を組んでふんぞり返り天井を見上げる男は苛立ちを隠せない。
「っ~~~~~」
歯を食いしばる音が、静かな部屋に木霊する。彼の状態を示すならば、“機嫌が悪い”という言い回しが妥当だろう。
行儀悪くワインに口を付け歯軋りする光景は、もはや毎晩の恒例行事。持ち得る癇癪さをぶつけられないだけ、壁際に控えるフィルヴィスにとっては気が楽な話だろう。
俗に言う所の、ドメスティック・バイオレンス、のようなもの。直接的な手出しこそなけれど、その対応は、彼の為にと計画の遂行を頑張るフィルヴィスの心に暗い影を落としている。
未だ大きな忠義は有れど、楽しさは薄れてしまった。
それでも、様々な罪を犯した己は、今の道を進む以外に居場所など在りはしない。もはや強迫観念のレベルに達しつつある持ち得る忠義を正義とし、彼女は今日も主神の為に尽くす事を良しとする。
そんな忠義が向けられる彼が苛立ちを隠せていない理由については、様々な要因がある。オラリオの破壊を目論むディオニュソスは、十年近くも前から綿密な計画を練っていた。
しかし、ここ1年。完成間際の段階において、それらのほぼ全てに狂いが生じている。とはいえ一方で、己の手元に複数枚のカードが揃ってから発生した狂いである点が、彼にとっては不幸中の幸いだろう。
まるで完成間際の絵画に、黒々と輝く炭で一筆を入れられたかの様。おまけに筆は筆でも、書初めで使われるような極太の代物だ。
インクの類と違って炭とは基本として劣化することが無く、彼の心に対して永久的に残り続ける事だろう。なお一筆とはいえ回数は数度に渡っており、故に現在進行形で発揮されている彼の癇癪は輪をかけて強いものがある。
オラリオの壊滅を狙うディオニュソスは、共謀――――と見せかけ只利用している数名の神々と共に、様々な問題を抱えていた。厄介で大きな事象としては、次の4つが挙げられるだろう。
理由は不明だがイシュタル・ファミリアを潰されたことで、莫大な資金の調達手段の喪失。故に、カードの“餌”となる魔石を集めるだけでも一苦労。
理由は不明だがイケロス・ファミリアを潰されたことで、作業の末端を担う人手が不足。故に、戦う事になる相手の現状を探るだけでも一苦労。
理由は不明だが怪人レヴィスが行方不明かつ音信不通となり、
恐らくはロキ・ファミリアの者達が、オラリオ郊外に延びる
どれもこれもが、絶賛“ディオニュソす”している内容だ。
特に前者3つについては、色々と酷い思惑事情が原因なのはご愛敬。事実については完全に隠蔽されている上に、2つ目の犠牲者に至っては文字通り“悪者”として発表されてしまっている。
故に“己の推しの仇”と言わんばかり、ではなくその通りの理由で進軍したフレイヤは、オラリオにおいて、今ではすっかり善神扱いだ。何故か分かっていない本人は相変わらず推しの事しか頭にないために、まるで気にも留めていない。
ともあれ、ディオニュソスにとっては
更なる予定外としては、ベル・クラネルの実力が予想以上だったこと。また、オッタルやロキ・ファミリアの3名がランクアップした点だ。
オッタルについては以前より目を光らせていたディオニュソスは、相手の実力も把握している。例え“穢れた精霊”だろうともソロで攻略しかねない程の実力を所持しており、最も警戒すべき要因と考えていた。
彼が描く絵画を“完璧”なモノとする為には、更なる強力なカードを所持しているべきだろう。その時ふと、ディオニュソスの脳裏に一つのモンスターの情報が浮かび上がった。
その存在は、オラリオで最も名が知れ渡っていないと言える。
名が知られていないだけとなれば、単純に未到達フロアに存在しているモンスターも対象だろう。此度の“最も”とは、最低でも一人は名前を知っている中での括りだ。
では何故、そのモンスターは名が知られていないのか。単純かつ明快な理由が存在しているのだが、“そうなってしまう”理由について知っている者は存在しない。
「ディオニュソス様、もしや、そのモンスターは……」
「ああ。闇派閥が口にしていた、“最強”のモンスターだ」
しかしどうやらディオニュソスとフィルヴィスは、存在については認識があるようだ。恐らくは同じモノだろうと捉えたフィルヴィスは無言ながらも、僅かに頷く動作で返している。
最強という2文字については、様々な要素があるだろう。此度の場合は黒竜のような絶対的な強さではなく、特定条件下における最強の類だ。
闇派閥とて、そうなる結末を知るだけながらも。冒険者を屠るという一点において、最強と呼べるモンスター。
そのモンスターによってもたらされる結果を知ったならば、最凶と表現することもできるだろう。ダンジョンにおける厄災そのものを指し示す言葉は、冒険者の間でも知られていない禁忌の存在。
持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさだ。
パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。
行う攻撃の種類は刺突・出血が混ざった近接攻撃。微弱な耐久性と乏しい魔力と引き換えに攻撃力と敏捷性が異常なほどに高く、“魔法攻撃を反射してしまう”ことが最大の特徴と言えるだろう。
全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。そこから延びる背骨のような構造の骨の先の一か所から、手足を構成する骨格が伸びているモンスター。
強さで表現するならば、まさに天災レベルの凶悪さ。もし仮にソレを味方につける事が出来るならば、味方にした場所に左右されるとはいえ、ファミリアのランクが2つも上昇する程だ。
つまりそのモンスターは、単騎ながらも、それ程の力を有している。とはいえ、そこには大きな障壁が立ちはだかっていたのだった。
「もっとも……テイムすることが出来れば、の前提になりますが」
問題はフィルヴィスが口にした通り、「テイムすることが出来れば」という大前提。実のところ闇派閥の専門部隊が多大な犠牲と引き換えに色々やった結果として大失敗に終わっており、彼等も“不可能”と結論付けている。
いつか自称一般人を飲み込もうとして爆発四散した希少種“ラムトン”すらもテイムすることが出来た部隊が、埒が明かないと言わんばかりに匙を投げたのだ。故に、ごく一部の者は存在こそ知っているものの、そもそもにおいて、テイムすることが出来るかも怪しい程となっている。
俗に言う“
「ディオニュソス様。数々の“
厳しい目つきで、彼女は主に釘を刺す。主であるディオニュソスに向ける表情としては珍しいものがあるが、これには明確で大きな理由があった。
かつて彼女が夜の18階層で対峙した、謎の戦士。現在のオラリオで活躍する冒険者とは明らかに合致しない存在は、決して楽観視してよい存在ではない。
だからこそ“厄災”をテイムして、手札を増やし有事に備える事を意見具申している。それに対するディオニュソスの反応は、彼女が思っていたよりも穏やかなものだった。
「目的?……ああ、そうだな。“目的”の達成は不可欠だ」
フィルヴィスの言葉に対して一度フッと“愉しそう”に鼻で笑い、ディオニュソスは言葉を返す。“目的”の前に要るであろう言葉の数々が抜け落ちている点が気になったフィルヴィスだが、また癇癪を起こされても面倒な為に無言を決め込んだ。
ともあれ話は戻り、“厄災”についての結論は出ている。相手の実力を加味するとなれば難易度は更に上がり、常識的に考えれば誘い出すのが精いっぱいで、テイムすることなど到底不可能な話となるだろう。別のカード、手段を持っている為に、諦めの二文字が結論として出されることも難しくはなかった。
そう。様々な理論から導き出した“不可能”というファイナルアンサーは、様々な視点における“常識”の範疇に留まる話だ。
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そして時刻は、そろそろ午前0時になろうかというところ。オラリオの市街地は歓楽街を除いて比較的静かになっており、道行く者も飲み会帰りの様相を示す者だけと言うことができるだろう。
本日は月齢や天候の兼ね合いで月明かりも無いために、絶好のステルス日和となっている。そんな闇に紛れて、鎧姿となる一人の男が、とある場所に到着した。
「おや、こんな夜分に珍しい。どうかしたかな戦士タカヒロ、何か御用か?」
磨かれた石に反射した光が仄かに照らす薄闇が支配する広い空間は、僅かな階段があるものの、奥の壁端が見えない程に広大だ。床もまた、平らな石が敷き詰められており僅かに光りを反射している。
埃っぽさはなけれど薄明りに照らされる壁や天井は、さながら古代の遺跡と表現して過言は無い。唯一の光源となっている四
しかし、双方ともにタカヒロが来た理由が不明である。現在時刻は深夜であり、この時間帯に何かを話す予定もなかったためだ。ロキ・ファミリアの調査についても今のところ進展が見えていない為に、ウラノス側から伝えられる事も限られている。
そんな青年としては逆であり、話があるからこそ訪れたワケである。流石に昼間では“目立つ”と奇跡的に配慮することができていために、こうして闇に紛れたタイミングを狙って来訪した格好だ。幸いにも相手方は暇人の類であり、予約の必要も皆無である。
「ああ。忘れかけていたのだが、以前、魔石が無いモンスターの事を話した事を覚えているか?」
「そんな話もあったな。だが、そのようなモンスターが存在するなど――――」
――――おや。なんだか嫌な予感がする。
直感的に察知すると共に“唯一の例外”を思い出したフェルズだが、時すでに遅し。そもそもにおいて、目の前の相手には色々と“常識”が通用しない点もまた同時に思い出した。
いや、そのような表現はオブラートに包んでいるが為。評価する際に直訳するならば、“ぶっ壊れ”と表現して過言のない人物であることに違いはない。
笑い話に終わるかどうかは神のみぞ知る。いや神ですらも匙を投げるかもしれない状況は、未来予知の能力でも持ち合わせていない限りは想像すらも不可能だ。
もしも第三者の立場から、今迄タカヒロが行ってきた歴史を見ていたならば。そして今の問答を見ていたならば、きっと次のように思うだろう。
――――なんてことだ、さすが師匠ですね!
――――なんて、こと?よく、分からない。
――――なんてことだ、
――――なんてことだ、もうボクの胃は助からない
「だから、連れてきた」
「は?ふひょああああああっ!!?」
定命の者ではないアンデッド、名をフェルズ。骨だけの為に腹も膜も無いながらも、いつかタカヒロと出会った際に正体を見抜かれた時しかり、とてつもない声を出してしまう。
そして尻餅をついて、腰は完全に抜けてしまっている状態だ。少し後ろではウラノスも座りながら腰を抜かしており、2メートルを超える神の巨体がプルプルと震えている。
装備キチのすぐ横に寄り従う、特異的な存在。どこからどう見ても間違いのないモンスターであるソレを見て、二人は正気を保つことができなかった。
ガネーシャ・ファミリアがテイムするような普通のモンスターならば、さして問題では無かっただろう。怪物祭に使われるモンスターはレベル2程度のものであり、その程度ならば相手が群れたところでフェルズ一人でも対処できる。
しかし、此度において“持ち込まれた”モンスターとなれば話は別。持ち得る身体は特徴的であり、目にしたならば判別も容易いだろう。頭から尾の先まで全長7メートル程、手足を広げた時も同等の大きさだ。
パッと見は、4本脚の骨で出来た蜘蛛と捉えることもできるだろう。背丈と呼ぶべきか地面から頭までは3メートル程があり、そこそこ大きい部類に入るはずだ。闇の中で紫紺の爪と深紅の双眼がギラリと光り、ただならぬ恐怖を演出する。
行う攻撃の種類は刺突・出血が混ざった近接攻撃。微弱な耐久性や乏しい魔力と引き換えに攻撃力と敏捷性が異常なほどに高く、“魔法攻撃を反射してしまう”ことが最大の特徴と言えるだろう。
全体は骨のような印象であり、顔部分はドラゴンのような骨の構造のもので長い牙も角も見受けられる。そこから延びる背骨のような構造の骨の先には緑色のクリスタルが淡く光っており、手足を構成する骨格が伸びているモンスター。君の名は――――
「なん……と……!?」
「じゃ、じゃ、ジャガーノートだと!?」
今日のわんこを紹介するノリで紹介されたモンスター。ダンジョンにおける厄災そのものを意味する存在、“ジャガーノート”であったのだ。
背中……ケアン……緑色……クリスタル……
*フラグ:88話の最後
*ジャガ丸の大きさが間違っていたらすみません。