夜更けと共に
深夜らしく周囲はシンとした空気が張り詰めており、己の足音が空へと響いているのではないかと錯覚してしまう程だ。後ろを歩く新たな仲間ジャガーノートは、青年が初めてオラリオに足を付けた時のようにキョロキョロと左右を見渡している。
時間が深夜ということで、門限があれば破っていると言って過言はないだろう。青年の壊れ具合を知りつつあるヘスティアは門限破り程度では何も言わないが、それでも眷属を心配している気持ちはタカヒロも受け取れている。
故に、明日の朝食は早めにとって帰宅を報告するべきだろうと考えていた。タカヒロとてヘスティアに迷惑をかけるなどして、決して主神の胃を“いぢめ”たいワケではない。らしい。
しかし、此度においては門限破りがもう一名存在している。アイズと一緒に食事をするために昼前に旅立っていた少年、ベル・クラネルその人だ。
今の今まで何をしていたかは、誰も知らない上にプライバシーに該当する。ともあれ当該人物とタカヒロが、門の前で鉢合わせたというわけだ。
「ししょっ……!?」
驚きで語尾がおかしくなった少年、ベル・クラネル。闇の中でギラリと光る紫紺の爪と深紅の双眼は、目にするだけで強烈な恐怖を抱いてしまう代物だ。
故に、「師匠、遅かったですね!」と口にしたかった言葉は前半すらもマトモに出てこない。レベル4ながらも腰は完全に引けてしまっており、暗いこともあって目も瞳も開きっぱなしの様相だ。
その背中で薄っすらとエメラルドグリーン色に光るイーサークリスタルも、不気味な怖さを演出するのに一役買っていることは間違いない。大きさ的には小さいが、存在感は抜群だ。
そんなジャガーノートを目にして「どうしたんですか」と何とか口にしたベルに対し、青年は「テイムしてきた」とだけ答える呑気ぶり。ジャガーノートはベルに対して首を向けるだけで何か反応を示すわけでもなく、それが更なる恐怖を演出していると言っても良いだろう。
ともあれ、軒先で突っ立っていては更なる被害者が現れないとも限らない。もしも叫ばれて
そこで二人+一名は、とりあえず扉を開いて抜き足差し足のままタカヒロの自室に移動する。似たような動きをしているジャガーノートも、しっかり空気を読んで動作を真似ていた。自室に到着するも広さがない為に、身体を縮めるようにしても、ジャガーノートが大半を占領してしまっている。
「いやー、驚きました。強そうなモンスターですね……」
「ああ、可愛いだろ?」
さっそく話が噛み合っていない上に、妙に感性がズレている。キモカワイイという妙な言葉を初めて耳にした少年だが、その言葉が持ち得るニュアンスは、なんとなくだが理解する事が出来ていた。
ちなみにベルも59階層で目にした事があるのだが、初見のモンスターと捉えられてしまっている。あの時は遠目だったこととリヴェリアの魔法が放たれた直後で土煙もいくらかは残っており、“地面を高速で移動する”ぐらいの認識しかできていなかったのだ。必死にポーションを配っていたことも、要因の一つとして挙げられるだろう。
ともあれ、ジャガーノートなるモンスターが持っている潜在能力の高さは明白と言って良いだろう。レベル4だからこそ少しは分かってしまう相手の強さは、ベル・クラネルでは全くもって歯が立たないと分かる程だ。
そして話の話題は、この子の名前をどうするかという呑気な内容へとシフトする。ネーミングセンスが無いらしいタカヒロに代わって、ベルが名前を付けることで決定した。
目線を合わせてじーっと見つめるベルに対して、ジャガーノートは首を少し傾げる。そんな仕草から一人の少女が脳裏に浮かんだ恋する少年の脳内に1つの名前が浮かび上がり、「コレだ」と言わんばかりに口に出した。
「君の名は――――“ジャガ丸”です!」
「おお、呼びやすいし雰囲気がいいな」
その言葉に対し、右前脚を軽く上げるジャガーノート。どうやら拒否感はないようであり、特に暴れる様相も見せていない。
なおベル・クラネルからすれば、単に相方が好きな“じゃが丸くん”の頭4文字を採用したに過ぎないネーミングセンスである。顔を傾げるジャガーノートの様相が、アイズ・ヴァレンシュタインとソックリだったのだ。
そんな事実をほじくりだされる前に、ベルは話の話題をすり替えてしまうことにする。ベル自身も見たことのない、聞いたことのないモンスターであったために、引きつけられる興味は強いのだ。
しかし命名の理由を聞かれる前に話題を変えようとしていたために、脳裏に浮かんだ言葉を噛み締める間もなく口に出してしまっている。本来は「ダンジョンのどこでテイムしてきたのか」と口にしたかったのだが、微妙にニュアンスの違う質問となってしまっていた。
「ところで師匠、なんでダンジョンに潜っていたんですか?」
――――新しい装備効果を試すためにドラゴンに会いに行っていた。
傍から見れば純粋さ溢れる質問に対してそんな本音を言えないタカヒロは、どうしたものかと腕を組む。この手の動作をする時は“
どうしようかなと悩んでいると、数秒程してタカヒロが口を開く。そこから出てきた内容は、少年の予想とは大きくかけ離れているモノであった。
内容としては、対モンスターにおける戦闘経験が乏しいベルのために、モンスターをテイムしていたという理由が筆頭だ。ワケあって少し深いところのモンスターとなったらしいが、それでも実践的な訓練を積むことができるだろう。
かつての師が見せる優しさに嬉しくなり、幻想の尾っぽをブンブン振り回すベル・クラネル。その実「キモかわいいからテイムしたかった」という根底を知れば、呆れた表情へと一変することだろう。
そんなこんなで、タカヒロがテイムしたモンスターの名前も無事に決定。それ以外については全くの無事ではないものの、差し当たって直ちに影響はないだろう。
今夜はタカヒロの部屋で寝泊まりすることとなり、ベルは静かに自室へと戻っていく。ジャガ丸に対して手を上げるとジャガ丸もまた左前脚を上げるなど、コミュニケーションもバッチリだ。
そして翌日、炉の館の裏手に広がる広い庭にて。ヘスティア・ファミリアの一同が集まり、とある光景を眺めていた。
「リリ、大丈夫ー?」
「大丈夫ですベル様ー、楽しいですよこれー!」
やたらめったらハンドルの位置が高いバイクのような感覚でジャガ丸に騎乗し、地を走り回るその姿。ヘスティア・ファミリア所属のリリルカ・アーデは、“サポーター”から“ライダー”へとジョブチェンジしていた。
二つの職業を選んでウォーロードとなっているタカヒロのように、サポートライダーなる新たな職業が生まれるかもしれない。ヘアスタイルをモヒカンにして、「ヒャッハー」とでも叫べば満点だ。
彼女が50階層から先へと運ばれるかはさておいて、頭ごなしに「無意味」と否定する程の組み合わせでもない。サポーターの機動力が大きく向上するために、ベル・ミサイルのようにソコソコ有効的な運用であることは確かだろう。
そして都合のいい事に、事情を知らない者が見れば、庭を駆けまわる大型犬とじゃれ合う少女にしか映らない。光景を目にしているファミリアのメンバーも、エルフを含めて「実の所は乗ってみたい」という気持ちを隠せていない。
貶しているわけではないが、背丈が小さいパルゥムだからこそ跨る骨の位置がピッタリ合う。だからこそ内腿で踏ん張ることができてバランスがとりやすく、ハンドル代わりの2本の角の位置こそ高いものの、足を引きずられることもなく安定した騎乗と成り得るのだ。
そう書けば聞こえはいいが、何を隠そう乗り物の正体は階層主を上回る存在“ジャガーノート”。モンスターであることは分かっている周囲だが誰も目にしたことは無い上に、テイム済みならばモンスターが大人しい点も珍しくはない存在。
よりにもよって、まさか95階層産の超イレギュラーなどとは誰もが僅かな欠片も思っていない。ダンジョンにおける白血球的な存在は持ち得る戦闘能力も非常に高く、例を挙げれば、あのオッタルですらマトモに当たれば瞬殺される程のものと言えば異常さは伝わるだろう。
そして何より。エリート環境におけるネメシス級並みの強さを誇るその立ち位置は、タカヒロの“ペット”である。
そう。つまり青年のペットである以上は、極一部ながらも“星座の恩恵”にある“ペットのステータス増加”が反映されるのだ。勿論、タカヒロ本人としては「大差がない」という程度の認識なのは、“ぶっ壊れ”が基準であるために仕方が無い事だろう。
具体的にはヘルス上昇が中心ながらも、そこはご存知ヘファイストスが作ったガントレットの守備範囲。例に漏れず数値は8割増しとなっており、上昇値は以下の通りだ。
■ジャガーノート・ステータス上昇値
+12% ⇒+21.6%全属性ダメージ
+30% ⇒+54%ヘルス
+100%⇒+180%ヘルス再生量増加
+15% ⇒+27%毒酸耐性
+30% ⇒+54%カオス耐性
+20% ⇒+36%イーサー耐性
+15% ⇒+27%生命力耐性
+25% ⇒+45%エレメンタル耐性
+5% ⇒+9%最大全耐性
耐性についてはジャガーノートが持ち得る装甲そのものが魔法を反射するので毒酸を除けば実質“死にステ”であるために、こう見れば星座の恩恵は大したことがないのかもしれない。しかしながらペット関係の星座においては合計でペットの全属性ダメージを100%もアップしてしまうような代物もあるために、そちらを取得すればガラリと変わることだろう。
実際は“ビスミールの拘束具”がジャガーノート本体に装着されており、タカヒロの装備に装着されることとなった“新しい増強剤”も仕事をしている。本来ならば当該の拘束具はペットに装着するモノではないのだが、「装着できてしまったものは仕方ない」とは“乗っ取られ”の言葉である。
全ダメージは更に+80%されて+101.6%、クリティカル発生時のダメージが+5%、ヘルスは10%上乗せされて合計+64%。ヘルスについては元々がそこまで高くないために、結果としては誤差かもしれない。
しかし、見ての通りジャガーノートからの攻撃は全てがオリジナルの2倍になるという上昇具合。ただでさえ凶悪な攻撃力が、輪をかけて酷いことになっている。
という内容が知れ渡れば、全員がドン引きすることになるだろう。そこまでは知らないものの、ジャガ丸を目にしたレヴィスは、レベル10ながらも色々と言葉が見つからないようだ。
「……タカヒロ。アレは、ほんとに大丈夫なのか?」
「大人しくて可愛いぞ。ベル君、呼んでみてくれ」
「はい。ジャガ丸ー、戻っておいでー!」
あどけない様相でベルが名前を呼ぶと、ピクリと反応したジャガ丸は進路を変えて一直線に戻ってくる。今のところ、タカヒロとベルに対しては飼い主として接している様相だ。
なお、同じ爆弾という存在であるためか、レヴィスだけは
そしてどうやら次はヘスティアが乗るらしいが、流石に凡人以下の運動神経では荷が重い。スタートの段階で振り落とされてしまっており、ジャガ丸はドライバー不在のままに呑気に庭を疾走中。
そんな相手に「おとなしくしろー!」と遠くから文句を言うヘスティアは、周囲の笑い声を受けながら土ぼこりを掃うと皆の元へと戻ってきた。己の胃を吹き飛ばす正真正銘の爆弾に乗っていたことなど、微塵も想像にしていない。
「それにしてもタカヒロ君。テイムしたモンスターを飼いたいなんて、普通は、すんなり行かないもんだぜ。よくウラ――――ギルドが許可を出してくれたね」
ヘスティアの問いに言葉を返すタカヒロ曰く、“交渉した”とのことらしい。どのような内容かを問い合わせたヘスティアだが、“己の興味に従って動いたぶっ壊れ”にマトモな回答を期待した彼女が間違いだ。
「拒絶された際に戻しに行くのも面倒でな……許可が出ないなら野に解き放つ、と説得したら許して貰った」
それを仏頂面で口に出すのかとヘスティアは顎が外れ、他の者は揃いも揃って呆れている。本人曰く“交渉”しつつ“お願い”している状況らしいが、やっていることは
「師匠……」
「おい……」
「……タカヒロ君。知っていると思うけど、それは“脅迫”って言うんだぜ」
「そうとも言う」
「いや、そうとしか言わないからね!?」
一応はゴリ押しを行っている自覚もあるらしいが、95階層産、しかも
故に胃が痛んでいるウラノスだが、結果としては許可するしか道が無い。かつてあの時、魔石が無いモンスターを「知らない」と言った
やがて試乗会も落ち着き、場は解散。誰も居なくなった庭において、タカヒロはジャガ丸の戦闘態勢をチェックしている。実質的に不法侵入したフェルズがコッソリとやってきて裏庭へと辿り着いたのは、その時であった。
さっそく戦闘態勢に入るジャガ丸の殺気を浴びて全力で後ずさるフェルズだが、この点については不法侵入している方が悪いだろう。喉元に突き付けられる紫紺の爪がギラリと輝き、まさに死の宣告を突きつけるような様相を見せている。
そんな姿もタカヒロの命令で解除されることとなり、フェルズはバックパックから1つの封筒を取り出した。テイム済みのモンスターであることを証明する、首輪のようなモノと書類一式を持ってきたというわけだ。
もしも未公認状態で外へと連れ出され、何かしらのトラブルとなった際。いや、そんなことは己とウラノスの胃のために絶対に起こさせないと迫真の様相を見せるフェルズは、一夜にして書類一式を揃えたというワケだ。
これにて、公の場に連れ出しても問題はないということになる。外へと出ることは滅多にないとはいえ、姿形が禍々しいために、周りからは驚愕の目を向けられることだろう。
そして、フェルズの話は続くこととなった。テイム済みのモンスターを管理する時の注意点など基本的なことの他に、圧を強くして口にする内容が1つある。
曰く、その存在を出現させる方法は、絶対に公にしてはならないとのこと。理由としてはタカヒロも知っている殲滅能力の高さが筆頭であり、コレが一体出現するだけで地獄絵図が作られてしまうのだ。
過去一番の気迫を見せるフェルズだが、別にタカヒロとて悪用したい気持ちはサラサラない。ジャガ丸の頭を撫でつつ内容を承諾すると、首輪をつけてフィット具合を確認している呑気さだ。
対闇派閥のことを考えれば、これ以上に無いと言えるレベルの1つに匹敵する戦力強化。レヴィスの一件も含めて、ヘスティア・ファミリアは第一級のファミリアと呼べるレベルに在るだろう。
しかし当然、己や主神の胃を考えると、これ以上にないと言えるレベルの胃潰瘍の原因。肉を切らせて骨を断つと考えれば有効的な手段なのかもしれないが、ダメージ交換ではなく肉側が一方的に侵食されている点が問題だ。
ともあれどの道、このファミリアが協力してくれなければ討伐の達成は不可能だろう。とにかく敵にならないことを祈りつつ、存在しない胃袋を摩るようにして、苦労人フェルズは闇へと消えるのであった。