その迷宮にハクスラ民は何を求めるか   作:乗っ取られ

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17話 それぞれができること

「それじゃーベル君、慣れない武器になるから今日は5階層までとしよう。そろそろお金も貯まってきただろうから、ダンジョンへ行く前にナイフも発注しておこうか」

「はい。えーっと、一本1万ヴァリスで……二本発注すればいいでしょうか?」

「そうだね。長さとか重さの注文があったら、ベル君の好みにすればいいよ」

「わかりました!」

 

 

 最近は蹴飛ばされることも減ってきたベルは、午後からダンジョンへと繰り出していく。声は元気よく玄関から飛び出していく少年だが、見つめるヘスティアの顔は晴れない。いつもと同じ様子を装う少年だが、確かに足取りは重かった。

 その理由は、最初にタカヒロがプレゼントしたナイフが左のホルスターに装着されている点にある。タカヒロがヴェルフに発注したナイフでない。実は今日の午前中の鍛錬において、2本あったそのナイフのうち一本を折ってしまっていたのだ。

 

 しかしこれは、少年のナイフの扱いが悪かったわけではない。どれだけ攻撃を受けようが傷つかない、レジェンダリー品質の神話級装備を相手にしてきた故の当然の劣化であり、壊れるべくして壊れたのである。

 むしろ、ここまで持ち堪えた点がタカヒロの中でも驚きとなっている。刃の使い方についても教えてきた身であり盾やメイス、鎧に受ける相手の刃の様子は逐一観察していた青年だが、弟子が見せる刃の使い方のあまりの激変に内心では冷汗が出るほどのものとなっていた。

 

 しかし数日前から、気になることも顔を覗かせ始めている。

 

 

「……さて、階層制限を緩和するタイミングはどうしようか。そろそろ、自分以外の相手を知ることも必要となってくる頃だが……」

 

 

 少年にとっての絶対的な物差しが、師となる自分であることは彼も理解している。しかし逆に、対人戦においては見学も含めてタカヒロしか知らないために、己が本当に強くなっているのかと不安に思う頃だと青年は捉えている。

 弟子を案ずる女神にも聞こえないつぶやきは、地下室の一角へと吸い込まれた。

 

 

======

 

 

「はい、今出ます……おっ。ベルじゃないか、どうした?」

「すみません。鍛ってもらったナイフ、折れちゃいました」

 

 

 ヘファイストス・ファミリアにある、とある工房。このファミリアにおいては駆け出しの鍛冶師でも自分の工房を用意されており、二十歳手前であるヴェルフ・クロッゾとて例外ではない。再び彼にナイフを鍛ってもらおうと思い師匠の許可を取ったベルは、ダンジョンへ行く前にその工房に足を運んでいた。

 タカヒロがベル用のナイフを作成依頼した鍛冶師であり、一度二人して訪れた際にベルとヴェルフは専属契約をして意気投合している。ヴェルフのナイフをべた褒めしている程だ。一方で褒められる鍛冶師は自分の武器を選んでくれたタカヒロに対して何度も頭を下げており、ヴェルフとしての人の良さが表れている。

 

 

 苦笑しつつ軽く舌を出してテヘヘと言いながらナイフを差し出す少年に、ショートヘアである赤髪の鍛冶師が兄貴分を見せる様子で挨拶を返している。

 和やかな空気ではあるものの、何かしらの作業の途中だったのか、ヴェルフの顔にはいくらかの汗が浮かんでいた。炎を扱うために熱が籠る工房は、基本として暑い環境にあるのが日常である。

 

 

「なんだそんなことか、気にするな。どうだ、また俺が鍛ってもいいか?」

「はい、むしろお願いします!あ、条件は前と同じで大丈夫です」

「よしきた!あまり良い出来とは言えんがこれは予備だ、持って行ってくれ。直ぐに取り掛かる。ヘスティア・ファミリアだよな?出来上がったら連絡するぜ」

 

 

 可愛らしく謝る少年と、折れたことに対してさほど気にしていない鍛冶師だが、初心者にはよくある話である。駆け出しの者においては“剣で殴る”と言ったような使い方をしてしまうことが多いことと剣の方も素材や値段の関係で強度が高いとは言えないために、この手の事はファミリア全体で見ても一日数件は発生する光景だ。

 しかし、心なしか少年の顔が晴れないように見受けられる。せっかく足を運んでもらって直ぐさようならと言うのもどうかと思い、ヴェルフは軽く話題を振ることにした。

 

 

「実は俺は、現場でも戦える鍛冶師を自負していてな。たまにダンジョンに潜ることがあるんだが、ベルは毎日行くのか?」

「必ずではありませんが、ほぼ毎日ですね。強くなるために、頑張らないといけませんから」

「にしては、今日は気分が沈んでいるように見えるぞ?」

「はは……色んな鍛錬は乗り越えてきて頑張っているつもりなんですけど、本当にちゃんと強くなれているのかと不安になっちゃいまして。確かに、少し不安になって落ち込んでいます」

「なんだ、そんなもん俺にだってあるさ。それでもな。俺達駆け出しは、どこまでも藻掻くしかないだろ?」

 

 

 なるほど、浮かない顔はこれが理由か。と考えるも、彼に出来ることは何もない。

 当たり障りのない内容ながらもそんな言葉を返すと、少年は少し吹っ切れたように礼を告げ、ダンジョンへと駆け出していくのであった。

 

 

――――なるほど、その心の乱れからナイフを折ってしまったんだな。

 

 

 そんな考えを巡らせる鍛冶師ヴェルフにとって、常識も今日までだ。折れたナイフを渡されたヴェルフは作業中だったためにナイフを脇に置いていたのだが、一段落した際に詳しく観察して目を見開くこととなる。

 

 到底ながら、レベル1の冒険者の使い方とは程遠い。彼も半人前程度故に詳しいことは分からないが、刃の零れ方が綺麗すぎる。初心者によくある殴るようにして使われたナイフではないことは、ハッキリと分かった。

 

 折れたのは劣化が原因であることは読み取れるが、練達の職人が作った鎧でも斬り続けていたのかと思える程の傷み方だ。それでいて使い手は武器を労わり、常に損傷の少ない箇所を選択している損傷具合に見て取れる。

 当該人物は謝礼のあとに発注依頼をするとすぐにダンジョンへ駆けだしてしまったために連絡は取れないが、鍛冶師の腕が使い手に追いついていないことは明白だ。その答えに辿り着き、彼はすぐさま今日の予定を変更して鉄を取る。

 

 

「畜生、ふざけろ!」

 

 

 甲高く鉄が鍛たれる音に掻き消される、愚痴と怒りを口癖と共に呟く対象は自分自身。かつてベル・クラネルにナイフを納めた彼は、決して少年を貶しているわけではない。

 使われ役目を終えた己のナイフを見ただけで、熱い鉄を打つための炉のように心が強く燃え上がる。レベル1とてあのような状態になるまで懇切丁寧に使い切ることができる程の人物ならば、もしかすると自分程度の鍛冶師は見切りをつけられてしまうかもしれない。

 

 それだけは、なんとしても避けたかった。自分を指名してくれた顧客第一号であることも大きいが、自分の腕を、素材は平凡ながらも丹精込めて鍛ったナイフを認めてくれた相手だからこそ、その使い手が求める期待にどうしても応えたいと強く思う。

 レベルはもとより、相手の年齢や儲けなどは関係ない。鉄の奏でる甲高い音が、今までと全く違って聞こえるのは気のせいだろうか。

 

 道は違えど、ここに新たな冒険が生まれている。一流と呼んで差し支えない使い手に応えられる剣を作るため、一人の鍛冶師の奮闘が始まった。

 

 

=====

 

 

「……タカヒロ君。ベル君は、何か悩んでいるのかい?」

 

 

ベルがそろそろダンジョンから出てくるであろう、夕暮れ間近。バイト先から帰宅し本を読んでいたヘスティアの質問に、タカヒロは読書タイムを中断して顔を向けた。

彼女もまた、青年と同じくベルの感情の変化をとらえている。しかしながら原因が分からないために、彼に最も近いであろうタカヒロに質問を投げたというわけだ。

 

 

「悩み?細かい点で言えばいくつかあると思うけど……ヘスティアが捉えている感情は、ベル君にとっては不安の類だと思う」

「不安、か……。よければ教えてくれないかな、ボクはベル君が心配なんだよ」

 

 

 そうは言われても、男には知られたくない覚悟と言うものがある。英雄になるための道を本当に進んでいけるのかと、鍛錬の過程において不安が顔を覗かせているのだ。師である彼もそれを捉えており、少年の心が折れてしまわぬように匙加減を慎重にして指導している。

 故に、タカヒロの口からは話せない。そのために彼は、濁した内容とアドバイスを口にした。

 

 

「自分から言えるとすれば……ベル君は覚悟を決めて、強くなるために足掻いている。昇るだけではなく、悩み苦しむ時期もあるだろう」

「うん、そうだね……」

「悩むことも大切だが、そんな彼のために出来る一番の選択は、心配じゃなくて後押しのはずだ。自分は戦闘技術の指南で支えてやれる。ヘスティアができることをしてあげれば、それだけで彼には御馳走だ」

「タカヒロ君……」

「ま、ニンゲンに恩恵と言うオモチャを与えて扱き使ったり楽しんでる神様方には荷が重いかな?」

「そういうグネグネに捻じ曲がった考えは良くないかなぁ!?」

 

 

 ボクは君の心の方が心配だよ!と、数秒前に発生した盛大なる感動をぶち壊された怒りがこみ上げヘスティアの顔は般若と化す。

 しかしここ最近ヘスティアが気付いたことだが、青年は、ひねくれる性格を見せることが僅かにある。大きな声を出させることで、まるで発破をかけているかのようだ。

 

 普段の仏頂面の表情を崩してケラケラと笑う青年はそんな彼女の反応を楽しんでいるようにも見えており、わざと先ほどの言い回しをしたとも思える程だ。言われたヘスティアからすれば、確かに“先ほどの文言”が当てはまってしまうファミリアが存在しているのも事実である。

 

 しかし自分は違う。と内心で己に言い聞かせ、ヘスティアは両手を強く握る。

 己が求めているのは家族であり、奴隷ではない。もう一人の眷属である彼には悪いが、ベル・クラネルの力になりたいと心から望んでいるのである。

 

 もちろんタカヒロのために何かできないかと考えたことも何度かあるが、ヘスティアから見える青年の立ち位置は摩訶不思議だ。あのバケモノのようなステイタスを持っているわりに大手ファミリアで活躍する気もなければ、かと言ってヘスティア・ファミリアに染まろうとも思っていないように見て取れる。

 彼女の第一眷属であるベルのように英雄になるという願望も皆無、レベル1の冒険者が見せる勢いもなければ夢を語るようなことも行わない。どちらかと言えば、レベル5や6の第一級冒険者が見せる達観さのほうが近いだろう。

 

 それでいて、興味がないことには意識を示さない。まるで、オラリオという迷宮に迷い込んだ猫のようである。もっとも、実力的に同じネコ科でも獅子どころかマンティコアでも温いかもしれないのは彼女がよくわかっておりご愛敬だ。

 今のところはベル・クラネルを見守る父親のような態度を見せており、ヘスティア・ファミリアとしてもデメリットがないどころか、カドモスの一件は除くとしていつのまにか小金を持ってきているのでメリットが遥かに上回る。もっとも、家族という枠を大事にする彼女からすれば、メリット・デメリットで語れるようなことは無いわけだが。

 

 

 と、ここで彼女はとある事項に疑問を抱く。話の流れは変わるが聞いておいた方が良いと考え、考えたことを口にした。

 

 

「……あれ?そういえばタカヒロ君もダンジョンに入ってたようだけど、いつのまにか冒険者登録をしていたのかい?登録にはレベルの申請が必要だろ?」

「いや?ダンジョンへ入る際にも身分確認はされないからな。ああ、魔石はちゃんと上層部で確保したものを交換してるし、換金はベル君に任せているよ」

「そういえば、この前の居酒屋では何を食べたんだい?」

 

 

 ヘスティアは、聞かなかったことにした。レベルを上げるためにはダンジョンに潜る必要があり、なおかつ冒険者登録の有無によるメリット、デメリットを比較した際に、無登録で潜る者が必然的に居ない点を逆手に取った方法であることは把握できるが、聞かなかったことにした。

 規約内容“冒険者はレベルの申告が必要”とは、つまるところ“冒険者に登録していないとなれば、レベルの申告も不要”と解釈できる。しばらくはヘスティア・ファミリアも、大手を振って零細として活動することができるだろう。そう考えると、ヘスティアは不思議な感謝の気持ちを抱くのであった。

 

 なお、回答も何もなかったかのように「パスタとサラダ」と告げられている。盛大な溜息をついていた弟子へのプレゼントだった、と口にする彼の言葉を聞き、ヘスティアはハッとした顔を見せた。

 

 

「プレゼントか……ちなみになんだけど、男の子がプレゼントされて嬉しい物ってなんだろう?」

「男の子……ベル君となると……うーん」

 

 

 難しいな。と呟き、タカヒロは両手を組んで考える。確かにこればかりは、受け取る人による影響の占める割合がかなり多い。駆け出しの少年には、武器だろうが鎧だろうが立派なプレゼントになるだろう。

 少年の人となりを考慮すると、何を貰っても喜びそうな点が難易度に拍車をかけている。現にタカヒロが渡した一本1万ヴァリスのナイフでも飛び上がって喜んでおり、片方を折ってしまった時は鍛錬で蹴り飛ばされた時以上の絶望的な顔を見せていたほどだ。ベル・クラネルは、感情豊かな少年である。

 

 

「ナイフ、はどうだろう?丁度良い、というわけではないが、先日に一本を折ってしまってね。鍛錬でも実際の戦闘でも消耗していくものだから、どんな品質だろうと何本あっても良いはずだ」

「ナイフ?そうか、武器か……」

 

 

 そのために、口から出された答えがコレである。ムムムと唸る小さな女神は何かしらの考えがあるのか、しばらく腕を組んで悩む仕草を見せていた。

 ヘスティアも乗り気になったようで、どのようなナイフが少年の好みなのかを詳しく聞いている。彼女が頼み込む予定がヘファイストス・ファミリアと知ったタカヒロは、そこに居るヴェルフという鍛冶師が一番知っていることを伝えると、彼女は「数日留守にする!」と言葉を残し、さっそく飛び出していった。

 

 行動が速いな。と溜息をつく彼だが、彼も彼とてどのようなナイフが出来上がるのかを楽しみにしている。このあたりは、装飾品も含めた武具が大好きであるハクスラ民のサガだろう。

 あまり質の良いものとなると彼としても大手を振って喜べないが、そこは目を瞑るべきだろうと考えた。何しろ少年の技術は当初とは雲泥であり、逆にそろそろ、そういう武器を知っても良いかと思ってしまう。

 

 ともかく、これは主神であるヘスティアの問題だ。極端な話、物理ダメージや刺突、出血ダメージがそれぞれ100%以上も上昇し攻撃速度すら20%も上昇させてしまう“レジェンダリー品質の武具”が出来上がったところで、彼が口を挟むべきではない。

 もっとも、彼が知るレジェンダリー品質のモノがポンポンと作れるならば先の斧におけるエンチャント程度も日常茶飯事となるだろう。レジェンダリークラスの装備はあり得ない、しかし目に掛かれるならば見てみたいと感想を残し、いつになるか分からないが結末を楽しみにして本を読む作業に戻っていた。

 




がんばれヴェルフ兄貴!

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