日差しが隠れたならば肌寒く感じる時期ながらも、長袖という装備で陽の光を浴びれば状況は一転する。春とは一風変わって感じる陽気さは、屋外での活動意欲を促進させる事だろう。
「なぁ、リヴェリア」
「どうした、タカヒロ」
何気ない日常、珍しくない普段のやり取り。二人きりなのだが普段の仏頂面のままであるタカヒロと、名前を呼んでもらって上機嫌なハイエルフ。闇派閥など知った事かとでも言わんばかりの惚気っぷりである。
時は2分ほど前。オラリオにある人気のない小高いエリアでピクニックもどきと雑談を楽しみ、テンション上がってきたリヴェリアが正座を崩し、右手で自分の脚をポンポンと二度叩く。青年は僅かな恥ずかしさを見せながらも寝転がり、その上に頭を預けたのだ。
左手を男の頭の下に、右手で頭頂部を撫でつつご満悦。アイズが年頃の少女らしい表情を見せていることを喜んでいるリヴェリアだが、本人も大概と言えるだろう。年頃?言葉の意味を気にしてはいけない。
さておき、毎日会える環境ではないからこそ、このような恋人染みたやり取りが嬉しいのだ。相変わらず根っこは初心丸出しな、最年長のエルフである。
最近はリヴェリアの仕事をタカヒロが選定しており、分類作業のようなことを行っている。彼女でなくても実施可能な内容を他のロキ・ファミリアのメンバーに割り振っているために、以前よりも時間に余裕ができているのだ。
だからこそ。先日の歓楽街に関する騒動で不安を与えてしまった男は、以前から考えていたことを口にしたのだ。
「……何もない日は、二人で暮らしてみないか」
リヴェリア.
発言を考えるためのメモリが、圧倒的に足りていない。一方で脳みそというCPUは今貰った言葉を連続再生している為にフルロード中で使用率100%をキープしており、相槌の一つも返せない。
同様に身体の動きもピタリと止まっており、瞳のハイライトも消えている。普段ならば一瞬にして真っ赤になる表情は此度において生じておらず冷静そのものであるのだが、単に血流を増加させる為のリソースすらも割り振れないというのが真相だ。
とはいえ。そんな様相も、再起動が完了されれば話は別だ。
表現するならば、「そぉい」という三文字に
もちろん重力は作用しているわけで、いつまでも浮かんでいることなどあり得ない。自然の法則に従い、後頭部から地面へと叩きつけられることとなった。
「す、すすすまないタカヒロ!怪我などはないか、大丈夫か!?」
流石に正気に戻って心配するリヴェリアだが、その男は自称ながらも一般人。バベルの塔の最上階から突き落としても、五体満足で生き残っているはずだ。この程度で怪我をしていたら、神々と戦うことなど夢のまた夢であることに間違いない。
そんなことはさておき、ポンコツ化の症状も大半が収まったようである。オロオロとした表情を見せながらも再び座って、湯だった顔でタカヒロの頭を抱きしめているのは謝罪の意を表現しているのだろう。
突拍子もない事をしているリヴェリアだが、根底としては心から嬉しいのだ。故に相手の顔を視界にとらえることができずに視線は右に左に泳いでおり、落ち着くという文字の欠片もない。
ともあれ、青年にとっても軽視できない内容だ。起き上がって場を片付けると、人気のない喫茶店へと入っていく。
道中にて返事は貰っており、どこかで聞いた「不束者ですが」の文言が返されていた。相変わらず言葉選びが一足先を行っているが、今更なので青年もツッコミを入れていない。
「そ、そうか。ふ、ふた、二人で暮らすのだな。私もシッカリせねば」
「ニヤけているぞ」
「う、うるさいっ」
年上ゆえにシッカリするべく覚悟を決めようとして、どうにもできそうにないポンコツハイエルフ。何を考えているのかは不明なものの、きっと何も考えていないのは間違いない。
とはいえ正直なところ、何も考えずに勝手に同棲を始めても何とかなるのが良くも悪くもオラリオという場所だ。ファミリアの拠点を除いて誰がどこに住んでいるのかなど、全く管理されていないのである。
極端なことを言うと、人が管理される場合は次の三つに分けられる。オラリオの中にいるのかどうか、ファミリアに所属しているかどうか、冒険者登録をしているかどうかという点だ。
冒険者ギルドというオラリオトップの管理企業はあるものの、これは文字通り冒険者しか管理することができていない。とはいえ毎日において死者が多数出るオラリオにおいて管理できているのかも不明なものがあるのだが、それを口にするのはご法度というのが暗黙の了解だ。
ともあれ、だからこそいろんな意味で“やりたい放題”なのは間違いない。闇派閥などの活動を容易にしている理由の一つになっているのだが、それはまた別の話である。
「実は既に、ヘスティアとも話をつけてある。頻度もあまり多くはないだろう、特に問題はないとのことだ」
「むっ、用意が良いな」
ロキの確認は取れていないリヴェリアだが、今までも何度か秘密裏に一泊していて何も言われていないために拒絶される可能性は高くない。それでも連泊となる可能性も出てくるのとケジメはつけておいた方がいいために、近いうちに話をすることになるだろう。
「ではタカヒロ、今日は家具などを見に行こう!」
「……話を聞いていたか?ロキへの報告を」
「事後で問題ない、必ず承諾させる」
話し合いという言葉の定義が怪しくなってきたテンション上げ気味なハイエルフだが、青年としても一緒に暮らせるならば喜ばしい。話し合い(物理)でないことだけを祈りつつ、新居の話を進めていた。
とはいえ現時点では婚約も何もしていないので、新しく家を買うなどの行為は飛躍しすぎた話だろう。幸か不幸か隠れ家という名の借家が既にあるために、そちらの契約を延長して使うようだ。
時たま二人で過ごす分には、さして不都合は生じない広さであることも理由の一つとなっている。三つ子という事故が発生した前オーナーからすれば狭い家でも、住人が変われば評価も変わる。
一度隠れ家に寄って、あるもの・ないものを選別する。時たまベルやアイズと一緒に雑談を行っていたためか、ティーセットの類と菓子受けの皿だけは買わなくても良いようだ。
となれば、他の物品がターゲット。此度は食器の類を見るようであり、二人してオラリオの商店街へと訪れている。
「タカヒロ、この皿なんてどうだ?む、あちらの装飾もいいな……」
容姿が目立つために目深なフード付きの薄いコートを羽織り、お忍びの如く商店街を巡るリヴェリアは、かつてない程にご機嫌だ。目移りとは文字通りであり、家具が並ぶ商店を歩いて品定めを行っている。
目ざとく興味のある物を見つければ、タカヒロの袖の下を引っ張るなどして急かす程のハイテンション。君は子供かと言いたいものの喉元で押さえつけ苦笑する青年は、そんな彼女が好きであるために、適度に応えつつ見守りに徹している。
なにせ、リヴェリアの優れたスタイルは罪とも言えるだろう。普段の魔術師用の厚いローブを脱いでいるために、持ち得る身体の凹凸が強調されてしまっていたのだ。
故に、下半身が不真面目な者達が寄ってくる。その手の輩は雰囲気で分かるために接近される前に加減なしと言える殺気を向けて威圧と共に追い返し、近づかせないことが彼の仕事だ。
今の状況において、もし男側がベル・クラネルだったならば、寄ってくる者は居ないだろう。己との実力差が把握しやすく、返り討ちになることは目に見えているからだ。
そういった意味では、実力が知られていない青年には面倒事が付きまとう。しかしながら楽しい時間を無駄にされたくないために、手を抜く事は許されない。
本気に近い殺気を向けているために、受けた男全員は逃走後において息も絶え絶えで脂汗にまみれている。自業自得である上に手を出そうとした相手が最悪なために仕方がなく、カウンターを貰わないだけ有難いと思うしかないのだ。
しばらくすると食器系を売っている店の並びも終わり、品定めした中で特に気になったらしい店へと歩いていく。少しだけ高級志向のお店だが気持ち程度であり、売っている物も値段も庶民的だ。
中に入ると店主を名乗る30代後半と思われるゴツい男が出てきて、愛想の良い対応を見せている。聞けば自分で作った食器の数々らしく、どれもこれもが自慢の一品らしい。
リヴェリアが見つけたのは、赤に近いピンクの模様がアクセント程度に入った取り皿だ。深さはあまりなく、一般的な様々な用途に対応できる形状と言えるだろう。
そのような皿に対するタカヒロの評価は、妥当と言える内容だった。
「気持ちは分かるが、流石に自分には可愛すぎる」
「む、そうか……」
美的意識に対する男の視点と女の視点のぶつかり合いなので、差が生まれるのは当然と言えるだろう。モノによっては、相容れない程になることも珍しくないのが特徴だ。
意見が違ってしょぼくれる、リヴェリア・リヨス・アールヴ。長い耳がフードの上からでもペタンと
「店主。この皿、色違いなどは置いてあるだろうか?」
「ああ、あるぜ。落ち着いた色がいいのか?ちょっと待ってくれ」
そこで妥協案を考え、提案する。リヴェリアが気に入ったものならば、使わせてあげたいのが心境だ。先程の色ならば男視点では子供臭いが、色合いによっては男が使っても悪くないと考えたのだ。
事実、店主が持ってきた藍色の物ならば落ち着いた様相で悪くない。リヴェリアは先の色、タカヒロはこの色の皿を使うというワケである。
妥協案と理由を聞いた耳は持ち上がり、連動して彼女の機嫌も非常に良くなる。梱包はまだ終わらないか、梱包時に傷がつかないかと、作業風景に食いついている程だ。
一方の店主は、なぜ女性側がフード付きのローブで身を隠しているのかが気になった。手を動かしてはいるものの口は暇であるために、一つ推理した内容を口にする。
「ははーん。さてはお二人は、お忍びの新婚さんだな?」
「っ!?」
「ハズレだ」
「なんでい、違うのか」
名探偵店主、不貞腐れ顔で購入された皿を梱包していく。勝手に茹っているポンコツハイエルフは両腕を上下にバタバタとさせているが、商品にヒットすると危ないのでタカヒロが頭を撫でて暴走モードを解除した。
「ところで未来のご主人、これと似た文様のスープの受け皿なんかはどうだ?神々の言葉でいう“ペア・セット”ってやつだ、絶対似合うぜ?」
「あざとい接客だ。ならば店主、端数程度は値引いてくれよ?釣銭は面倒だ、気持ち良く購入したい」
「おうよ、任せとけ!」
「だ、だから私達はだな……!」
正直なところ店ごと買える資金を所有している二人だが、タカヒロ的にはこの手のやり取りは嫌いではないのが実情だ。横で騒いでいる相方の玲瓏ながらも慌てた声を聞くことができて、彼の気分も上々である。
「しかしニーサンのお連れの人、どっかで聞いたことあるような声なんだよなぁ……」
「っ!?」
その感想を抱くのも仕方のない事だろう。容姿もさることながら、特徴ある玲瓏な声もまたオラリオにおいてただ一人しかいない。
名実共にリヴェリアは有名人であるために、声を覚えていても何ら不思議ではない状況だ。実は店主が声を覚えていた点については明確な理由があるのだが、この段階ではさておく事とする。
ともあれ、似ているだけで本人がいるとは思いもしない。故に話は進むこととなり、まずは店主の妻の話となった。
曰く、今も現役で冒険者をやってダンジョンへと潜っているらしい。妻の実力に感謝していると口にする男だが、私生活でも尻に敷かれている風景がタカヒロの脳裏に浮かんでいる。
そこで一旦、話題が途切れる。流石に思った事の内容は口にできないが、話題をふいにすることもないために、タカヒロは話を続けることとなった。
「ほう?ご婦人が冒険者と。探索となれば、会えない日も多いだろう」
「いや、そうでもない。昔は深く潜ろうと、色々とやっていたんだがな。今は日帰りで、精々、6‐7階層辺りで安全に魔石を稼ぐ程度さ」
「ならばレベル2と言ったところか。職業は?」
「よくレベルが分かったな。職業は魔導士さ。おかげでロキ・ファミリアの魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴの大ファンでよ~」
まさかの展開。店主もまさかフードの下が本人とは欠片も思っておらず、話を止める気も無いようだ。
そうなるとリヴェリアとして気になるのは、仏頂面のままのタカヒロが見せる反応だ。アイコンタクトを放ってこないために良からぬことが起こるのではないかと危惧している彼女だが、実のところは正解である。
「奇遇だな店主、自分もファンの一人でね」
「!?」
「おお、ニーサンもか?いや実は、妻の影響か、俺もすっかりファンになっちまってな」
予想は的中し、会話は止まるところを知らずにいる。しかしだからと言って、止めるような言葉も見つからない。
フードの下の顔は右往左往。慌てるリヴェリアを尻目に、まさかの方向へと会話の流れは進んでゆく。
「仕方あるまい。彼女が持ち得る魅力の数々が目に留まらぬと言うならば、是非とも理由を聞かせて貰いたい程だ」
「!!?」
「分かるか!?いや~あの美貌がなんて言ったら色んな方面から怒られるから口には出せねぇがよ。それでいてレベル7、それこそ滅茶苦茶に強いときたもんだ。ありゃ最高の高嶺の花だねぇ」
「分かるさ。ハイエルフ故の冷静で高貴な佇まいかと思えば、烈火の如き魔法攻撃。その落差もまた、他ならない数多在る魅力の一つだろう」
「!!!?」
「分かる、分かるぞ!いやーニーサンとは良い酒が飲めそうだ!」
長い耳が、フードの下でピンと強く張って羽ばたくように動いている。仏頂面という仮面の下では何とかして笑いを堪えて言葉を口にしているタカヒロは、真相を言い出せないリヴェリアを良いことに煽りに煽っている状況だ。
なお当の本人は、こうも見事に褒めちぎられて羞恥心が有頂天。店主の言葉はどうでもいいとして、タカヒロが口にしてくれた言葉の数々が嬉しくて仕方ない。
「え、ええい!買うものは買ったのだろう!もういいタカヒロ、次へ行くぞ!!」
やがてタイミングを見計らったのか、リヴェリアがタカヒロの手首を掴んで店から出ようと大股で歩いていく。
なお、傍から見ればリヴェリア・リヨス・アールヴの会話に嫉妬した女性という感想に他ならない。故に店主もバツが悪くなったのか、謝罪の言葉を口にする。
「ありゃ、悪いなニーサン。そりゃそうだ、他の女のことは御法度だったな」
「はは、これは確かに。どうやら
「賢明だな、また来てくれよ!」
しかし実際は買い物の続きとはならず、足早に人気のない路地裏へと連れ込まれた一般人。そしてフードを外したリヴェリアは、先ほどの一件について「どういうことだ」とまくし立てている。
それに対する、青年の回答はただ一つ。ここぞとばかりに優しい笑顔で、言い返せないだろう煽りの言葉を向けるのだ。
「どうもなにも、自分が思っている内容を口にしただけだが?」
「っ~~~~!!」
真正面から両肩をつかみ、顔を近づけて揺すりに揺するハイエルフ。すごんでいるつもりなのだろうが、全く持って怖さがないのは仕方のない事だろう。
彼女が奏でる、焦りが混じった照れ顔と仕草。大好物のそれを見ることができて満面の笑みを披露する青年は、ご満悦の気持ちで買い物を続けるのであった。
この後、二人の生活は静かに幕を開けることとなる。そしてコッソリとそれに気づき、コッソリと羨む者も居た。